「会長が籾井さんだから」の言い訳が利かなくなった時

201612月6日

昨夜のNHKニュース7~
政府広報報道の長期保存版~
 昨夜NHKニュース7をご覧になっただろうか? リアルタイムで視てあ然とし予約で撮った録画を、改めてメモを取りながら視た。NHK報道の政府広報ぶりを示す典型例として長期保存版になりそうな録画だった。放送項目、時間配分は次のとおり。

    2016125日 NHKニュース7 ウオッチ・メモ

 1.  安倍首相、真珠湾訪問 犠牲者慰霊の意向   551
 
2.  イタリア国民投票、首相が辞任表明      619
 
3.  ブレーキ作動などデータ分析、福岡3人死亡事故 338
 
4.  まとめ記事、掲載中止相次ぐ         302
 
5.  超高層ビルに雷 破片落下の危険       341
 
6.  参院TPP特別委 安倍首相、自由貿易の重要性示す 
                         1
25
 
7.  大谷、来期は27000万円   
                      128
 
8. 安倍首相、真珠湾訪問 犠牲者慰霊の意向   234
 
9.  天気予報                    43秒 
 
 

コメント
 1. 安倍首相の真珠湾訪問の意向発表を緊急重大ニュースかのように番組内で2度、延べ825秒を充てた。放送内容も安倍首相の独演、岩田明子記者の協演解説といえるものだった。
 さらに、オバマ氏の広島訪問の返礼といった「強いられた訪問であってはならない」というオバマ大統領の気配りを伝え、「安倍首相独自の判断による訪問である」と字幕付きで伝える念の入れようは尋常ではない。

 2.③は続報。一瞬にして両親を亡くした子供のことを聞くと心が痛む。しかし、「ブレーキ作動などデータ分析」という情報を3番目に338秒を充てて伝える話題とは思えない。

 3  ④⑤は今日7時のニュースで伝えるほどのニュース価値があるとは思えない。もっと時間枠のある「おはよう日本」で取り上げればよいのではないか。

 4. ⑥の扱いに大きな疑問。「国のかたちを変える」とまで言われるTPP協定案。大詰めを迎えた国会審議というのに、質問に立った与野党8人のうち、放送されたのは公明党の議員と安倍首相との一往復の質疑のみ。時間にして125秒。⑦の「大谷、来期27,000万円」という話題よりも短かった。なぜ公明党議員の質問だけなのか? この1点だけでも大問題と思えた。

「会長が籾井さんだから」の言い訳が外れた時

 籾井現会長の不再任が濃厚になったと各紙が伝えている。当然のことというより、今まで罷免もされず、会長職にとどまり続けさせた経営委員会の体たらくが情けない。
 そんな中、今夜のニュース7を視て考えた。今日に始まった感想ではないが。

   籾井氏が会長職を退いたとして、今日のようなあからさまな政府広報はNHKの報道番組から姿を消すのか?

   「会長が籾井さんだから」という言い訳が、「政治部には、上司の指示には逆らえない」という言い訳にとって代わることはないのか?
 
 NHK
の番組制作スタッフの個としてのジャーナリズム精神の真価が問われ、NHKの報道番組の真贋を見極める視聴者の眼力、醜悪な番組を正す行動力が試される時である。

言論の自由を実践する場はメディアの外ではなく、内にある
  「J氏は新聞社に身を置きながら、『世界』に書いているようなことを組織内で堂々と主張し、上司と闘っているのだろうか。新聞労連の委員長氏は出身母体に戻ったとき、数々の正論をその通りに主張し、堂々と社内で上司と議論しているのだろうか。」

  「『言論の自由』は、対権力との関係において語られるが、しかし、言論の自由を実践する場所は『対権力=メディア企業の外側』ではなく、メディア企業の内部にこそある。」

(高田昌幸「北海道新聞を去るにあたって 『組織』ジャーナリズムとジャーナリスト『個人』の狭間で」『マスコミ市民』20119月)


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TPPバスから下車することが唯一・最善の道~12月2日、参議院TPP特別委で意見公述~

2016124

  今月2日、急きょ、参議院TPP特別委員会に参考人として出席して意見を公述した。私の他、遠藤久夫氏(学習院大学教授)、西尾正道氏(北海道がんセンター名誉院長)が冒頭15分ずつ意見を述べ、その後、7会派の委員と各20分、質疑を交わした。以下はその録画である。

醍醐の冒頭の意見陳述の録画 (約16分)
https://www.youtube.com/watch?v=tf7DV5eTtP0&feature=youtu.be
 

公聴会全体(7会派の議員との質疑を含む)の録画 
https://www.youtube.com/watch?v=P0DSFaZh9-w&feature=youtu.be
 

なお、NHKが夕方のニュースで公聴会の模様を短く伝えたことを一昨日、帰宅して知った。

TPP参院特別委で参考人質疑 医療分野で意見NHK 122 1618分)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161202/k10010792771000.html
 

 なお、ネットを検索するうちに、「ももな」というニックネームの方が私の冒頭意見陳述を文字におこしてくださっていることを知った。
http://ameblo.jp/sumirefuu/entry-12225264393.html

ご尽力に感謝しながら、拡散可という趣旨の添え書きがされているので、以下、転載させていただく。なお、私の不明瞭な発言のため、聞き取りづらかったことから表記の正確を期すため、数か所、訂正と加筆をさせていただいた。また、このブログに掲載するにあたって小見出しを付けた。なお、参議院としての議事録が追って作成される。それが公式の記録である。

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               醍醐聰 冒頭意見陳述

 醍醐と申します。こういう機会を頂きましてありがとうございます。

国会承認は譲歩の国際公約となる
 私が申し上げたい事は、大きく二つでございます。もはや発効が見込めなくなったTPP協定。それでも国会で承認するという事は、ただ無意味であると言うにとどまらず、危険な行為だと言う事をお話ししたい。
 では、どこが危険なのか。協定案をスタートラインとして、二国間協議に入って行く事がどうして危険なのか?その事を少しお話しします。その場合、本日の主なテーマである医療、薬価問題を中心にお話ししたいと思っております。

 TPP協議に参加入りを決めた時に、全国の大学教員が非常に将来を危惧しまして、約850人の様々な分野の大学教員、私の様な名誉教授も含めまして、TPP参加交渉からの脱退を求めようという会を作りました。
 今回、1128日に緊急声明を発表しました。今日の私の話と関わる所を少し読み上げさせて頂きます。

 「死に体のTPP協定をわが国が国会で承認しようとするのは、無意味であるというにとどまらず、危険な行為である。協定文書を国内で承認すれば、仮にTPPが発効に至らないとしても、日本はここまで譲歩する覚悟を固めたという、不可逆的な公約と受け止られ、日米二国間協議の場で協議のスタートラインとされる恐れが多分にある。」
 この点を私は強調したいと思っております。

 これは実は大学教授の会だけが言ったのではなくて、安倍首相ご自身が国会で実はおっしゃっている訳です。28日、昨日、私もテレビで見ましたが、この特別委員会の場で安倍首相はこういう答弁をされています。

 協定案が国会で承認されるならば、「日本がTPP並のレベルの高いルールをいつでも締結する用意があるという国家の意志を示す事になる」、こういうことを明言されています。解釈は全く逆ですけれども、将来の見通しについては奇しくも同じになっている様な気がしました。
 しかし、その解釈の違いなのですが、つまりTPPバスの行き先が全く違うと言う事ですね。協定案は、それほど、安倍首相がおっしゃるほど胸を張れる内容なのか?  バスの行き先は、墓場から至福へといつ変わったのか? 私は変わったとは思っていません。むしろTPPの原理主義で例外無き関税撤廃に向かってひたすら走り続けるという事だと思っております。

国会決議に背く協定案
 そのようなTPP協定を国会が承認すると言う事は、そもそもなぜ危険なのかというと、危険に警鐘を鳴らした国会決議に背いていると言う事です。これにつきまして、ある議員が「日本は他国に比べて多くの例外を確保した」とおっしゃっていました。昨日、TPP特別委員会をテレビで見ておりまして、その録画をとってお配りしている〔パワポバージョンの〕資料に貼付けました。これは、よく頑張ったというおっしゃり方でした。しかし、この他国に比べてと言う時に、日本は他国がほぼ100%関税を撤廃したのに対して、日本は全品目では95%農林水産品では82%という数字をパネルで紹介されました。問題は、この82%から外れたのは一体なんなのだと。その事を触れられなかったのを私は奇異に思いました。
 重要5品目が594ラインです。そのうちの28.5170品目で関税を撤廃しております。また、269品目45.3%で税率削減か新たな関税割当をしております。このような内容抜きに、よくやった!ととても言えるものではないと思っております。

 しかも強調したい事は、この協定案がファイナルではないと言う事です。これからがむしろ、どんどんとTPPバスが先へまっしぐらに走り続けると。その事が、皆様には言うまでもない事ですが、協定案の附属書をご覧になればもう随所に協議、協議と言う言葉が登場します。しかもまた、セーフガードにつきましても牛肉は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止。豚肉は12年目で廃止。と軒並み廃止です。

片道切符の継続協議の約束に触れないのは欺瞞
 次のページです。安倍首相は再協議には応じないってことを繰り返しおっしゃっています。私はこの言葉がすり替えだと言うふうに思う訳です。
 そもそもTPP協定案で明記されているのは再協議と言う事ではなくて、協議、協議、つまり継続協議を約束すると言う事が、TPP協定の根幹だと思っているわけです。
 「協議を継続する」と協定案の中に明記されている事を、あたかも任意でやったりやらなかったりできるかのような「再協議」と言うふうに呼び方を変えると言うことはすり替えだと思います。
 しかも、この継続協議といいますけれども、逆戻りが出来るのかどうなのかです。

 

片道切符のバスと書きましたが、例えば第241では、「いずれの締約国も現行の関税引き上げ又は新たな関税を採用してはならない」となっている訳ですから、もう逆戻りは出来ないということです。これは、もう好き嫌いではなくて約束している訳ですね。これは安倍首相といえども変える事は、離脱しない限り、出来ない訳です。
 それから、同条の2で「漸進的に関税を撤廃する」ということも明記しています。
 また、同条3では、「関税の撤廃時期の繰り上げについて検討するため、協議を継続する」と言う事も明記しております。
 さらに、「附属書2D 日本国の関税率表 一般解釈の9a)では、「オーストラリア、ニュージーランド又はアメリカ合衆国の要請に基づき、原産品の待遇についての約束、これにはセーフガードも含むとあります、について検討するため、この協定が効力を生じる日の後7年を経過する日以降に協議する」となっています。協議と言いましても、どちらにも向けるのでは無くて、関税を下げる、撤廃の方向にひたすら走る協議だということは、もうこれは動かせない事実となっております。
 この後は少し、医療をめぐって、意見を述べさせて頂きたいと思います。

医療の分野にも組み込まれた継続協議の約束
 協定の第26章、このあたりは時間が無いのでやめますが、その中の第5条で
 「各締約国はこの附属書に関連する事項について協議を求める他の締約国の要請に好意的な考慮を払い、協議のための適当な機会を与える」と言っています。つまりTPP協定全般ではなくて、医療でもこのような約束が明記されています。

 また、この協議に関して、日米両国間が交わした書簡が含まれています。今年の24日に日米がかわした書簡で、フロマン氏からこういう書簡が出されています。

 「日本国及び合衆国は、附属書26A5に規定する協議制度の枠組みの下で、附属書に関するあらゆる事項、この中には保健医療制度を含むとあります、について協議する用意があることを確認する。本代表は貴国政府がこの了解を共有する事を確認されれば幸いであります」と書かれています。これに対し、同じ日に高鳥修一副大臣名で、
 「本官は、更に、日本国政府がこの了解を共有していることを確認する光栄を有します。」
と述べています。
 つまり、この書簡で医療をめぐって協議を入る事を約束している、TPPの中に二国間協議の入り口がリンクされている訳ですね。ですから、TPPと二国間協議はもう連動している訳です。TPPを承認すると言う事は、このような協議に入る事を約束すると言う事になる訳です。
 あるいは、TPPが発効しなくても安倍首相の言葉を借りれば、それを国際公約として胸を張って約束するということをおっしゃっている訳ですね。

二国間協議で薬価の高止まりを要求する米国
 そのことが、どういう懸念があるのかと言う事ですが、20112月に発表されました日米経済調和対話の中の米国側関心事項と言うのがあります。
 その中で、先程からちょっと出ました、新薬創出加算を恒久化する。加算率の上限を廃止すると記しています。それから、オブジーボの件でこの後、出てくる市場拡大再算定ルールが、企業のもっとも成功した価値を損なわない様、これを廃止もしくは改正すると。こういう事を米国は要望事項として出しています。
 その市場拡大再算定ルールを前倒しで使って半額にしたのがご承知のオブジーボです。詳しい事は時間が無くて触れられません。これが前倒しした事でオブジーボは緊急でしたが半分に下がった訳です。
 因にこれオブジーボだけでは無いということを申し上げたいので、(お配りしました)高額新薬品データー一覧をご覧ください。例えば、一瓶あたりとか、あるいは一日薬価とか、12週間とか。軒並みこれが一日薬価でも万単位はざらに出て参ります。このようなものが軒並みある訳ですね。これらをどうするのかと言う時に、予想よりも市場が拡大した、あるいは効能が拡大した、そのことをもって、それに市場が拡大したものに見合うだけ薬価を下げると言う仕組みが、今後の薬価の高止まりを抑える決め手になると私は思う訳ですが、アメリカはそれをやると成功した医薬品の価値を損なうといって廃止を求めてきている訳です。これはものすごく脅威だと私は考えております。

あり余る余剰資金~開発費の回収は薬価加算の理由にならない~
 私がこういうことを言うと、それをやると新薬開発のインセンティブを損なうのではないかという指摘がございます。しかし私、会計学を専攻している者として、これにはどうしても一言二言申し上げたいと思う訳です。
 「開発費の回収は薬価加算の理由にならない」と書きましたスライド原稿のところです。今回、意見陳述の準備をする過程で20052014年度の売上高営業利益率調べました。売上高を100とした時に営業利益としていくら残ったかの割合です。製造業の加重平均は3.4%でした。それに対し、東証一部上場27社の製薬企業は16.3%、製造業平均の約5倍弱でした。
 大事な事は、この営業利益というのは試験研究費を費用として差し引いた後の数字だと言う事を是非ご理解頂きたいと思います。
 次に、今度は製薬企業上位16社の財政状況です。製薬工業会が出しているデーターですが、20103月期から20163月期の6年間で見ますと、留保利益は7.5兆円から8.7兆円に1.2兆円増えています。では留保利益全部を設備投資等に使ったのか? そうじゃない。この間、現金預金は1.6兆円から2.7兆円。つまり留保利益が増えたのとほぼ同じ額だけ、手もとの現金預金として持っている訳です。
 もっと薬価上げて欲しいと言う前に、これなぜ使わないのですか?こんな状態で、お金が足りない、インセンティブが損なわれます、なんて言って社会的に通用するのかということを、ぜひとも申し上げたい訳です。

国民皆保険を未来の世代に引き継ぐ政治の責任が問われている
 最後に私が感銘を持ったのは、201374日、自民党長老の尾辻秀久議員が選挙の出陣式でおっしゃったことです。YouTubeで聞きました。こういう場で画像まで取り出すのはいかがかと思ったのですが、貼り付けました。
 「米では4000万人が医療保険に加入していない。」
 「WTOは世界の医療保険制度で文句なしに日本が一番と太鼓判を押した。」
 「なんで15番の国、米から世界一の日本が偉そうに言われるんですか?」
続きまして、
 「私たちの宝を、米の保険会社の儲けの走狗にするためになくすなどという愚かな事を絶対にしてはいけない。」

 私はこの言葉を聞いて本当に感銘を覚えました。そこでこれを受けまして、最後に。

・多国籍製薬資本の営利に国民皆保険制度を浸食されて良いのか?
・国民皆保険制度を財政面から揺るがさないためには、TPPバスから
 下車するのが唯一最善の道だと私は考えます。
・結局、今、国会議員の皆さま、あるいは国民一人一人、有権者一人
 一人に問われているのは、未来の世代に尾辻さんのおっしゃる貴
 重な財産、宝物を未来の世代にしっかりと引き継ぐ事ができるのか
 どうなのか。それを引き継ぐ責任が問われている、

と言うふうに申し上げて終わらせて頂きます。

 



 

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TPPからの離脱を~大学教員の会:緊急声明を発表~

 20161128
 
 TPPの国会承認手続きが緊迫した状況になっている折、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は17名の呼びかけ人が協議した結果、本日、次のような緊急声明をとりまとめ、報道関係者にリリースするとともに、TPPに関わりが深い団体、個人に広報した。(以下、文中で赤字にしたのは筆者の編集である。)

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                   20161128

緊急声明
  TPPの国会承認手続きを中止し、TPP協定からの離脱
           を要求する

     TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会

 日本政府はトランプ・米次期大統領がTPPからの離脱を明言した今もなお、日本主導でTPPの発効にこぎつけると公言し、国会承認手続きを強行しようとしている。
 当会は、以下の理由から、政府与党のこうした動きに強く抗議し、TPP協定の国内承認手続きを直ちに中止するとともに、日本がTPP協定からすみやかに離脱することを要求する。

 1.目下、国会で承認を求められているTPP協定には、わが国がTPP交渉に参加するにあたって衆参農林水産委員会で決議された事項に反する内容が随所に含まれている。そのような協定文書を国会が承認することは国権の最高機関として自殺行為に等しい。また、TPP反対を公約に掲げて当選した国会議員がTPP協定の承認を強行する「数の力」に加担するのは国民に対する重大な背信行為であり、とうてい許されない。

 2.目下、国会で審議されているTPPのテキストだけでは不明な懸念事項が山積している。
 協定文書には、「物品の貿易に関する小委員会」、「農業貿易に関する小委員会」、「政府調達に関する小委員会」などの設置が明記され、多くの分野で追加協議が行われることになっている。政府は再協議には応じないと語っているが、かりにTPPが発効した場合、これら小委員会の場で日本に対し、目下の最終テキストを上回る市場開放要求ならびに規制・制度の改変・撤廃の要求を突きつけられる公算が大である。
 そのように不透明な要素をはらむTPPを前のめりに承認することは、わが国の国民益をグローバル企業に売り渡す危険を顧みない暴挙であり、許されない。

 3.とはいえ、米国の離脱が確定的になったことから、TPPの発効はもはや不可能となった。そのような死に体のTPP協定をわが国が国会で承認しようとするのは無意味というにとどまらず、危険で愚かな行為である。
 なぜなら、トランプ次期米国大統領はTPPに代えて、今後はアメリカ第一主義の立場に立った二国間協議に注力すると明言している。日本がこの二国間協議の最大のターゲットになることは明らかである。となると、日本が各国の動向を顧みず、協定文書を国内で承認すれば、たとえ、TPPが発効に至らないとしても、各国から「日本はここまで譲歩する覚悟を固めた」という不可逆的な国際公約と受け取られ、日米二国間協議の場で、協議のスタートラインとされる恐れが多分にある。このような懸念は以下の事項で特に大である。
 
 ➀ すでに日本はTPP協定交渉に参加するにあたって「入場料」としてBSEの輸入制限を30か月齢以下まで緩めた。この先、米国は「科学的根拠を示せない輸入制限は撤廃すべき」と迫ってくることは必至である。遺伝子組み換え食品の表示やポスト・ハーベストの規制についても同様の論法で撤廃を迫られる恐れが強い。TPP協定文書では、農業・畜産の分野で関税ゼロに向けた片道切符の市場開放の協議を約束させられている。
 TPPの発効を待たず、「自主的に」米国の理不尽な要求に屈して市場を「開放」してしまった汚点は消えないが、TPP協定の国会承認を思いとどまることは、これ以上、米国の要求を飲まされる「アリ地獄」にはまらないための歯止めとしての意義がある。と同時に、国会決議に反して約束させられた市場開放を無効化し、今後の日米二国間協議で理不尽な市場開放・規制撤廃要求を拒む足場となる。

 ② もう一点は医療の分野での懸念事項である。わが国では超高額医薬品の登場が大きな社会問題(限度を超える患者負担、医療保険財政への過重負担)となっている。過日、市場拡大再算定制度を発動して緊急の値下げが図られた事例があるが、米国は日米経済調和対話の場で、「成功した製品の価値を損なう」として、この薬価再算定ルールの撤廃を要求してきた。
 わが国が「自由貿易主義の旗手」を気取って国民のいのちと健康を守る規制の撤廃を受け入れる意思を表明したり、国内の審議機関への外国資本の参加に道を開いたりすることは、米国第一主義の餌食となる恐れが強い。

 当会は、対等平等、互恵の精神に立った国際的な経済連携の実現を期待する立場から、それとは相容れない、食の安全と自給、国民のいのちと健康、国と地方自治体の経済主権を多国籍資本の営利に明け渡すTPPの国会承認の中止、TPP協定からの離脱を政府と国会に要求する。

                           以上

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なお、大学教員の会の呼びかけ人(17名)は以下のとおりである。
  磯田 宏(九州大学准教授/農業政策論・アメリカ農業論)
  伊藤 誠(東京大学名誉教授/理論経済学)
  大西 広(慶応義塾大学教授/理論経済学)
  岡田知弘(京都大学教授/地域経済学)
  金子 勝(慶応義塾大学教授/財政学・地方財政論)
  楜澤能生(早稲田大学教授/法社会学・農業法学)
  志水紀代子(追手門学院大学名誉教授/哲学)
  白藤博行(専修大学法学部教授/行政法学)
  進藤栄一(筑波大学名誉教授/国際政治学)
  鈴木宣弘(東京大学教授/農業経済学)
  醍醐 聰(東京大学名誉教授/財務会計論)
  田代洋一(横浜国立大学名誉教授/農業政策論)
  萩原伸次郎(横浜国立大学名誉教授/アメリカ経済論)
  日野秀逸(東北大学名誉教授/福祉経済論・医療政策論)
  廣渡清吾(東京大学名誉教授/ドイツ法)
  山口二郎(法政大学教授/行政学)
  渡辺 治(一橋大学名誉教授/政治学・憲法学)




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「国家の干渉からの自由」を超えて「国家への干渉の自由」を

20161110

 私も共同代表の末席に加わっている「東京・教育の自由裁判をすすめる会」から昨日、第12回定期総会の案内状が届いた。その中で出席がかなわない場合はメッセージを、と書かれていたので、欠席の通知と併せ、次のようなメッセージを送った。小見出しはこのブログに転載するにあたって追加したものである。

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                      20161110
東京・教育の自由裁判をすすめる会
12回定期総会へのメッセージ

                      醍醐 聰

「内心の自由」は個人の尊厳を守る最後の砦
 長らく名ばかりの共同代表となっていることを申し訳なく思っています。
 「絶望の裁判所」ともいわれる司法の扉を一歩ずつ開かせ始めた皆様の長期にわたる粘り強い運動に心より敬意を表します。

 私は日の丸、君が代の強制に反対する運動に関わって以来、「内心の自由」は人間の尊厳を守る最後の砦と考えてきました。
 と同時に、私は「内心の自由」とそれを表現する「外的行為の自由」を
切断する論法にも大いなる異議を感じてきました。
 なぜなら、言論の自由が奪われた極限的状況のもとでは「沈黙する自由」は人間としての尊厳を守る最後の砦と言えますが、言論の自由が強権的に封じ込められたわけではない今日、言論・表現の自由とは個人の興味にふける自由でもなければ、「
国家の干渉からの自由」だけでもなく、「国家への自由」、つまり、主権者たる国民に国家を奉仕させる能動的自由でなければならないと考えるからです。

意見の違いは「認め合う」だけでよいのか?
 
今回、お送りいただいた案内封筒に「この国をいろいろな意見の違いを認め合う寛容な社会に」というタイトルが付けられたパンフレットが同封されていました。日の丸、君が代の強制に反対する運動の啓蒙的な文書としてはもっともです。
 ただ、言論、表現の自由のそもそも論から言えば、意見の違いを認め合うことが究極の目的ではないと私は考えています。各々の意見、思想を尊重し合いながら、ぶつけ合うことによって、互いに自省し、啓発し合って、各人の理性を磨き、高め合うことこそ、言論の自由の究極の価値であり、目的であると思うからです。

 上記のパンフレットで使われた例えでいえば、「原発は安全だと主張する自由」も「原発は危ないと主張する自由」も認め合うことが言論、思想の自由の本意ではなく、真理に近づくために不可欠な、「思いの通りに物を言う」自由のことだと思うのです。

 日の丸、君が代にしても、教職員の方々自身の人権、尊厳という面からは別の議論があり得ると思いますが、教育という観点からは、「起立する自由」と「起立しない自由」、「歌う自由」と「歌わない自由」を認め合うことが究極の目標ではないと考えています。そうではなくて、日の丸、君が代の成り立ち、使われ方を共同で考え、討論すること通じて、日本の歴史、とりわけ近・現代史の真実を、世界史の中で、学ぶ機会にするという能動的な位置づけが重要ではないかと感じています。
 両方の自由を認め合うということは、意見の違いを「脇に置く」、「棚に上げる」ことでも、日の丸、君が代を「タブーにする」ことでもないと思うのです。

「日の丸・君が代」強制に対する「攻めの運動」を
 昨今、国家の統治権と人権を逆転させる動きが強まっています。しかし、本来、国家は人権の保障のために形成された機構であり、国家の統治権は人権の保障という目的に沿ってのみ行使されうるものです。

 天皇の生前退位、天皇の「公務」の範囲に関して議論が集まっています。しかし、それ以前に、私は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という日本国憲法の第1条で言われる「統合」とはいかなる行為、表象的効果を意図するのかに関心を向けています。

 「主権の存する日本国民の総意に基く」と断りながら、天皇の名において意図される「国民統合」とは何を意味するのか、象徴に過ぎない人物、造物が主権者を統合するとは、いかなる意味なのか、日の丸、君が代はそうした「国民統合」のツールとは無縁なのかどうなのか、という疑問です。

 過日のリオ・オリンピックでは、「国威発揚」を掲げ、国家が国旗・国歌というシンボルを用いて国民、世論を束ねようとする動きが顕著でした。東京五輪・パラリンピック組織委会長の森喜朗元首相は「どうしてみんなそろって国歌を歌わないのか。国歌も歌えないような選手は日本の代表ではない」と公言しました。

 机上の理想論と言われることを承知のうえで、私は前記のような問いかけを掲げた「攻めの運動」を皆様に期待したいと思います。
 私も、この十数年、関わっているNHKの報道を正す市民運動の中で、また、ささやかな自分のライフワークの中で、言論、報道の自由を「国家からの干渉を拒む自由」にとどめず、国民の知る権利に応える「国家への自由」に近づける運動に微力ながら、参加したいと考えています。




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3万筆まであと1,000筆~次期NHK会長選考への要望署名~

2016114

〔続報/11月5日、1時34分追記〕 累計3万筆突破
 11月4日24時現在の集約で累計署名数は3万1,503筆となった。
 11月4日の増加署名数: 用紙署名2,379筆 ネット署名96筆
                 計2,475筆

 今日にも3万筆突破
 8
11日以降、全国27の市民団体は連名で次期会長選考に向けた3項目の要望の賛同署名は目下、第三次の呼びかけ中(集約日114日、最終締め切り116日)であるが、昨日(113日)現在で用紙署名到着分とネット署名を合わせ、累計で29千筆を超え、3万筆まであと一歩になった。今日、明日にも3万筆を超える見込みである。

  万単位の署名を積み上げることが、経営委員会に視聴者の声を届ける力の一つになると考えている。それだけに、残る期間内に市民団体の自力と多くの方々のご協力で、ぜひとも3万筆に少しでも上積みする署名を達成したい。

 署名呼びかけの詳細は次をご覧いただきたい。ネット署名の入力フォーマットも入っていて、そのままで送信できます。署名用紙のダウンロードもできます。ご協力をお願いします。
 署名用紙のダウンロード  
   http://bit.ly/2aVfpfH


 
ネット署名の入力フォーム   
  https://goo.gl/forms/G43HP83SSgPIcFyO2
 
ネット署名に添えられたメッセージはNHK改革の宝の山
 今回の次期NHK会長人事に関する要望署名運動は数を追求するだけの運動ではない。ネット署名に添えられたメッセージを読んでいくと、NHKを視聴者本位の公共放送に改革していくための宝の山という気がしてくる。と同時に、NHK問題に関わってきた自分の感性を洗い直す数多くの材料を得た思いがしている。

 メッセージの中のいくつかを、このブログでこれまでに6回にわたって紹介してきたが、以下では、この6日間に届いたメッセージの中から4つを紹介しておきたい。
 すべてのメッセージは、個人情報を伏せて、次のサイトで公開している。
 https://goo.gl/GWGnYc


以下、冒頭に付けるのは通しの番号である。

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2021

NHK番組でフリーランスとして、時折仕事をします。今のNHK体制だと恥ずかしくて、胸を張って自分の仕事を知人に紹介できません。現状の体制を改善するためにも、籾井現会長の再任に強く反対します。」
 
1029 フリーランス 映像関係)

4038
NHKのニュースと論説などは、ほとんどみません。以前のNHKを思うとまったくの、政権のプロパガンダ機関です。とくに、私たち沖縄に住む者にとっては、最悪の『公共』です。ほとんど、沖縄民衆の敵対者といってもいいものです。職員のなかには良心的で、現状を憂えている者も多数いるはずです。このままではのちのち大変なことになります。」

 (1031日/沖縄県)

4645

「国民の知る権利を奪うNHKの在り方、特にニュース報道に抗議します。私は、1956年生まれ、ちょうど中学生の頃、公害訴訟で負けっぱなしの原告側に物申すNHKの報道(朝ドラが始まる前7:458:15)を毎朝見て、歩いて3分の中学校に通ってました。私にとって国とは弱いもの、国民の見方ではないことをこの時代のNHKの報道から学び、憲法を教えたく教員の道を歩んできました。中立とは、日本国憲法が基準ではないのですか?」

111日/東京都)

4682
「偏向報道にうんざりしています。事実関係を淡々と伝えてほしいと思います。ささやかな、私なりの抗議として受信料契約を拒否し続けてきましたが勧誘員玄関ドアを激しく叩くという脅しについに屈し、今年になって契約してしまいました。大男が大声で呼びながらドアをたたくので恐怖を覚えました。所謂お笑い芸人が相方をひっぱたくような番組制作にも受信料が使われているのだと思うと怒りを覚えます。情けないことに、もっぱら衛星放送で映画を視聴して、元を取ったと思い込もうと努力しております『安倍放送局』は早急にやめていただきたいです。」

111日/岐阜県)

4886
「政府が隠し続ける事実を隠す手伝いをするのが、公共放送の役割ではないはずです。

国民の不利益を報じないのは報道機関としての役割放棄です。報道機関自らの報道規制は、先の戦前と変わらぬ事態です。国民に誤った歴史認識を植え付けたりしないで!

国民の目となり耳となり、事実を報道する勇気を持ち続けてください。権力に迎合するのは、容易いことですが、国民の立場に立つことは生半可ではできないこと。しかし、どんな困難な時代でも人間的であり続ける勇気を持ってください。報道の果たすべき役割はとてつもなく大きく、時代を変える力を持っています。それだけに、責任も重大です。報道機関としての誇りをどうかかなぐり捨てないでください。権力に自分を売り飛ばすな!人間であり続けて!」

113日/埼玉県)

 

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TPP国会審議~数による意思決定の場に堕落してよいのか

20161030

 『農業協同組合新聞』電子版が連載している<シリーズ:TPP阻止へ! 現場から怒りの声>の本日付紙面に以下のような筆者の談話が掲載された。1028日に取材を受けて話した内容を編集部がまとめたものである。
 TPPがろくに審議もされないまま、週明けにも採決されようとする現実を目の当たりにして、日本の議会制民主主義が「数だけがものをいう」野卑な多数決主義に堕落していることを告発しようとしたものである。
 審議事項に関して識者の知見を聴き、審議の参考に供するのが本旨のはずの「公聴会」が採決のための単なる通過儀式に成り下がっている姿はその象徴である。以下、全文を転載する。

 
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国民への忠誠忘れた与党 民主主義は完全にマヒ
 
【醍醐聡・TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会呼びかけ人(東京大学名誉教授)】
(『農業協同組合新聞』電子版 20161030日)
 http://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2016/10/161029-31231.php 

 私はこれからの大事なキーワードは「地方」であり、地方が主体だと思いますが、TPP協定による農業への打撃は地方を衰退させると思っています。
 農業はもちろん食料の供給源であり、TPPによって食料自給率がさらに低下し危機的になる恐れがありますが、農業が衰退するということは地方の人口減、農業関連産業も含めた産業の衰退による就業機会の減少などでさらに人口減に拍車をかけることも心配されます。
 それは地域の医療機関を成り立たなくさせて医療機関の統合などとなれば住民の医療機関へのアクセスが悪くなる。それがまた人口減につながり学校も廃れていってしまう。
 TPP協定では公共事業調達で地元調達をしようとすると内外無差別の原則に反するということですから、学校給食での地産地消も、韓米FTAの例を見ても明らかなように脅威にさらされてしまう懸念があります。
               ◇    ◇
 医療や薬価の問題では、ガン治療薬のオプジーポなど良く効くけれども、非常に高額で患者負担も大変です。これをかりに高額療養費制度で負担を抑えたとしても、それは結局、保険財政に回っていくことになります。無くては困りますが、年間1人3000万円もかかってしまう。抜本的に薬価の決め方を変える必要がある状況に至っています。
 しかし、こうした医薬品は米国企業やその子会社のものです。これから外資が入ってくるというのではなく、すでに外資が上位を占めている。TPP交渉と並行して行われた日米並行協議では、外資が薬価決定にわれわれも参画させろといっている。薬価を引き下げるような決定をしようとすればISDS条項などを使って脅しがかけられる懸念もあります。日本の保険財政の立て直しに対して横やりが入ってくる可能性があるのです。
 こうしたことについて何の議論もせず、国民皆保険制度は交渉のテーブルに乗っていないから心配ありません、という言い方で批准しようとしている。
               ◇    ◇
 国会審議を見ていると結局、政治の質が問われていると思います。これまで国会決議には与党も賛成してきました。もちろん選挙のときの公約もありました。
 それにも関わらず、ここに及んで与党のなかから何ら異論がまったくない。本当に一色に染まっている。
 これを見ていると、日本では自分が属している集団や組織への忠誠は強いが、自分たちの集団外や組織外、とくに今回の場合は国民への忠誠ということですが、それはまったくどこかに行ってしまうということが、今回如実に表れているのではないか。自分が属している政党への忠誠はあっても、国民への忠誠というものは消えてしまう。
 TPPに限らずいろいろな問題でこうした体質が表れてしまうと日本の民主主義というのが完全にマヒしてしまい、政治とはただ数による意思決定の場でしかなくなってしまう。審議など非常に無意味なものになっているのではないか、それを露骨に現しているのではないか。単なる多数決主義に民主主義が堕落してしまった姿を痛感します。非常に重大な問題です。



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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(7/7)

20161020


上村氏の著書の書評依頼に関する経緯に思うこと

  最後に、貴紙と上村氏と私の三者にかかわるエピソードを振り返って思うことをお伝えします。
   昨年(2015年)秋、貴紙の文化部の方から、上村氏の新著『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』(201510月、東洋経済新報社)について書評依頼の電話が拙宅にありました。(貴部署はご存知なかったかも知れませんが、確かめていただければ、今でも経緯はおわかりになると思います。)
  私が「お受けしますが、この書物なら批判的な意見も書くことになると思います」と告げると、文化部の方は戸惑われたようで、「そうですか。・・・・それではどうするか検討して、改めてご連絡します」ということでいったん、電話は終わりました。
  約15分後に再度、先ほどの方から電話があり、応対した連れ合いに、「趣旨が違いますので、今回は見送らせていただきます」とのこと。

  それからしばらくして、貴紙の書評欄に、あるNHKOBの方の同書の書評が掲載されました。それは上村氏の著書を高く評価し、私なら指摘したはずの疑問・問題点の指摘は皆無でした。

  書評の評者を誰にするかは雑誌なり新聞なりの編集部の判断に委ねられるものですから、結果についてどうこう申し上げるつもりはありません。私の脳裏に残っているのは、私への依頼を見送る旨、告げられた際に聞いた「趣旨が違う」とはどういう意味なのだろうということだけです。機会がありましたら、「趣旨」とは何だったのか、お聞かせいただけると幸いです。

最後に

  この書簡に書いたような私の考えを私の周りにいる方々に話かけた時、返ってきそうに思える反応、異論は、「あなたが言うような意見の違いは、この時期に持ち出すのは控えた方がよい」、「今は多様な意見を互いに認め合って一致点で共同するべきだ」という「融和論」「多様性尊重論」です。
  実際、このような「融和論」、「多様性尊重論」は、私の経験に照らしても、今日の日本の市民運動の内部で広く共感され、支持される傾向があるように思えます。
  しかし、一致点と不一致点といっても一様ではありません。
  私がこの書簡で指摘した上村達男氏の言説を知った方々が、それでも上村氏を悪名高い籾井NHK会長を退かせる運動のための貴重な人材とみるのか、そうではなく、上村氏は真正の籾井批判者に値せず、同氏のNHK論全般を見れば、むしろ有害な見解が随所に含まれていると見るのか‐――この点を大いに冷静に議論する必要があるというのが今の私の考えです。
  この書簡で記してきた検討に照らせば、私が後者の見解にたどり着いたことは充分、おわかりいただけると思います。

 最後に一言しますと、最近、日本で見受ける「融和論」が「棚に上げる」のは、正確に言うと、「不一致点」ではなく、問題の核心に関わる不一致点を熟議することを避ける「理性の棚上げ」ではないかと私は考えています。


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〔追記〕

  以上(7回に分けて掲載した)が、しんぶん赤旗編集局/同ラジオ・テレビ部に宛てた書簡の全文である。
  連載を閉じるにあたって、この書簡を送った知人から届いた感想への返信をまとめながら考えたことを追記として、載せておきたい。

  私はアンチ共産党でも何でもないが、「主(あるじ)なし」の人間でよかったと最近、つくづく思う。
  今の市民運動を見ていると、「政府が右という時、左とは言えない」という籾井NHK会長の言葉を本当に批判できるのかと思うことがある。「政府」の代わりに「○○党」と置き換えたら、そっくり当てはまるような団体や人たちを見かけることが珍しくない。「左翼」にもタブーがあるような空気なのである。

  言論の自由というと対権力を念頭に、かまえた議論をしがちだが、私たちの日常生活や市民運動の内部でも、共感やほめ言葉は飛び交うが、批判や異論は疎まれがちである。「違いを認め合う」というと、日本古来の「和の精神」に適いそうだが、違いは認め合って脇に置くものではなく、すり合わせ、議論をするべきものではないのか? 

 
 「共闘」がキーワードになった時代のせいなのか、最近は主義の左右を問わず、
「摩擦」を負のエネルギー消費と捉える傾向が強まっているように思える。しかし、力学になぞらえていえば、「摩擦」は自省、進歩の契機として正のエネルギーとなり得るものである。
  というより、私には「摩擦のない同調、共感」はある種、宗教的で不気味な同質化としか思えない
  今は自民党政権を倒すことが革新の大義とされる。それ自体に疑問の余地はない。しかし、ここ数年、私はそうした政治体制の転換の後に来る言論、メディアの状況はいかなるものなのかについて、自分の体験に照らし、思いを馳せることがある。私の言論などは「趣旨に沿わない」と疎まれ、排除される状況になりはしないか、と想像したりする。げんに、その前兆と思える状況も一度ならず体験している。
  自分が生きているうちに、そんな政治体制の転換も深刻な言論状況も生まれそうにないという逆説で、安らぐのが賢い生き方なのかと思ったりするが。


                             (この連載、完)


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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(6/7)

20161019


視聴者目線が欠落した上村氏のNHKガバナンス論

1)経営委員会の職責をわきまえない上村氏の余剰資金活用論

   
NHKの次期3ヶ年経営計画が審議された20141014日の経営委員会で、籾井会長と上村氏(経営委員長職務代行/当時)が次のようなやりとりをしています。

 
 「(籾井会長)この3か年間での増収の合計1,000億円を何に使うのだということですね。これは明確に、何に使うというのか予定があります。ご承知のとおり、今、2つの大きなプロジェクトを抱えております。一つは東京オリンピック・パラリンピック、一つは新センターの建て替えでございます。やはり巨額のお金が要るものについては、そのときになってぱっとやるわけにはいかず、例えばオリンピックの場合は数百億円規模の放送権料をNHKは支払う必要があり、これを準備していかなければなりません。新センターの場合は、建設に要する経費も場所もまだ決まっておりません。そういう中で、今の建設費の高騰などを考えると、3,400億円で高いと言われていたものが、これでも足りないかもしれないということもあるわけです。結局、建てた後に急激な資金不足を来すことになり、損益が赤字になるということは、受信料収入で成り立っているNHKは、受信料を値上げしなければなりません。それを回避するためにも、今のうちから積み立てていき、余裕が出てきたら受信料を下げて還元することは、宿命的なものだと思います。私流に表現しますとそういうことですが、この2つの大プロジェクトを抱えているがゆえに、今の段階で値下げをすることは、必ず後に急激な値上げをする必要がでてきますので、今の計画のまま進め、この間にオリンピックの償却をしていくというのが一つです。やはり一番大きいのは、新センターの建て替え用の積み立てです。積み立てにより、将来の急激な受信料の値上げを回避する。NHKは収支を全部オープンにしていますので、そのときの収支の状況を見て、値下げなどについて検討させていただければと思います。」

   「(上村代行)これは感想ですが、余剰資金がある場合は、NHKがやりたいことを、あるいは国民が望んでいることがこんなにできるということを、NHKの側が言うのは当然だと思います。もう使い道はありませんといったら返すしかないということになる。日本の企業で、余ったお金があれば配当するように言われ、怪しげなファンドにただ金を移しているような風潮に非常に違和感を持っています。何となく戻すというものではなく、これだけの余剰資金で、こんなことができるということを是非おっしゃっていただきたい。」

  籾井会長の発言を受けた上村氏のこのような発言を知ると、NHK執行部とどのように向き合うのが経営委員会の職責なのか、考えさせられます。東京オリンピックや築地市場の豊洲移転をめぐって、当事者が立案した予算や事業計画のずさんさ、時間が経つにつれ、予算が膨らんでいく実態を市民、都民は厳しいまなざしで見つめています。

  NHKの放送センターについてもNHK執行部は第1期、第2期に分けた建設・財政計画を公表していますが、第1期計画でさえ、目下の予定で、今後の変更がありうることを断っています。いわんや第2期計画の予算は金額こそ公表していますが、概算にすぎません。
 
であれば、受信料の「公金意識」を徹底するよう謳っているNHKを監督する経営委員会の第一次的職責は、執行部が提案した建設・予算案を精査し、無駄を排除した上で必要な施設を建設するものになっているか、華美、不要不急の計画はないかをチェックすることであるのは明確です。

 
 (議事録を読む限り)そのような精査を行わないまま、「余剰資金がある場合は、NHKがやりたいことを、あるいは国民が望んでいることがこんなにできるということを、NHKの側が言うのは当然だ」、「もう使い道はありませんといったら返すしかないということになる」などと発言するのでは、上村氏が経営委員会の職責をいかに理解できていないかを示すものです。「国民が望むこと」を上村氏はどのように確かめたのでしょうか?
  しかも、そうした「感想」を営利企業の配当に例えて説明するのは、上村氏の「ガバナンス論」が営利企業版の引き写しで、公共放送には通用しない、有害なものでさえある言ってもよいでしょう。
 
 上村氏は放送法を引いて、健全な民主主義や公共を語っています。しかし、実践的な問題に直面した場面での発言を確かめると、上村氏の言う「公共」の真相は荘宏氏が語った放送法の原点、立法精神とは似て非なるものと言わなければなりません。
 ちなみに、上記の上村発言の後で、美馬委員、室伏委員は、次のように発言しています。

 
 「(美馬委員)語る会などに出席していると、年金生活者の方とか高齢者の方々からいろいろご意見をいただきます。特に受信料がかなり負担になっているというお話を伺います。そのような状況において、オリンピックがあるからという理由で、そういう方々に説明ができるのかということです。受益者負担ということをもし言うならば、その方々がオリンピックを見られるかどうか、そのために今新放送センター分を出しておくことについて、理解が得られるのかということ。それから、函館という地域に生活していますと、経済格差というのはかなり拡大している地域の状況を実感しています。例えば、この冬から北海道電力が20%値上げする。それはかなり問題になって、結局16%台に落ち着きましたけれども、生活がかなり厳しい方々が出てきている中で、NHKの今回のこういう話が出てくるとなると、全国、地域の人たちに対してきちんと説明ができるのかということですね。ぜひ考えていただきたい。・・・・
 
例えば、先ほどはそういうことで立ち行かなくなると、放送サービスの削減につながるというご説明がありましたが、それもいたし方ないのではないかとも思います。BBCはこれから1つチャンネルを減らすようですね。日本では人口があるところまで減少するというのが予測されているわけですし、労働人口が少なくなって、NHKも国内だけでは人材を確保できないということもあります。新放送センターも巨大な頑丈なものということですが、例えば今の技術を利用すれば、小さな組織で分散化するということだって考えられると思います。東京という、いろいろな課題があるところで、巨大な頑強なものを建てるということが、本当にそれが唯一絶対の最適の解決なのかということも踏まえてお考えいただければと思います。」

   「(室伏委員)建物について概算でこういう金額を出した。そして、それに設備費などをつけた3,400億円は既に公表している値だというご説明でした。私が危惧するのは、計算した根拠やNHKとしての方針などが明確ではないうちに、この数字を公表したことで、NHKの建て替えに、何とか参入しようとしている業者の方がたくさんいらっしゃるわけですから、数字が独り歩きしてしまうことで、いろいろな意味で課題が生まれてくる可能性です。皆さまがとてもご心配になっている数字の根拠については、こういう言い方をしては失礼ですが、NHKはやはり多少厳しくないという感じがします。私は別の企業で社外取締役をしていますが、やはり数字に関しては非常に厳しく詰めて、そしてこれでという確実な線を出していらっしゃるので、やはりNHKとしてもう少し考えていただかなければならないという気がします。世間で、NHKは受信料頼みで、のんびりしているということをおっしゃる方がいますが、そういう話を聞くたびに、いや、そうではありませんと申し上げていますが、今のやりとりを聞いていますと、やはり多少心配になります。ですから、こういう数字が公表される前に、もっと厳密な計算なども必要だったと思いますし、渡邉委員や石原委員がおっしゃったように、民放の建物の値段と比べてはるかに高いので、もう少し見直しをという話が以前にあったことを思い出しました。そういったことが、議論が進み、時間が経つと忘れられてしまうことがありますので、今後はしっかりと経営委員会での議論を生かしていただきたいと思っています。」

  ところが、上村氏は2人の委員の発言の後で、例によって自己流の「ガバナンス論」を持ち出し、次のような発言をして、議論を拡散させてしまっています。

 
 「(上村代行)今、各委員の方がおっしゃったことはそのとおりだと思います。ただ、当時はガバナンスと申しますか、経営委員会制度という監視監督機関がきちんと機能していなかった時代であって、そう言い切れるかどうかは別として、今のシステムでは大分違います。ですから、少なくとも当時は、今のような経営委員会制度、監査委員会制度のシステムはなかったわけです。総務省という役所があまり介入しない、これだけ公益性の高い組織で、会長に全部権限がある。そうすると、よりどころは経営委員会しかないです。その経営委員会のよりどころは監査委員会しかない私は思っています。・・・・」

  経営委員会のよりどころは監査委員会しかない、監査委員会をどうにかしなければ経営委員会はなかなか職責をまっとうできないというのが、上村氏の「NHKガバナンス論」の一貫した「専門的」見解のようです。
  しかし、大きな権限と責務を負った監査委員会がNHKの経営・財務に関して厳正な監査をするのは当然としても、経営委員会自身、放送法291項でNHKの事業計画、収支予算、資金計画など、NHKの経営全般に対する議決権を付与されています。こうした放送法の定めに照らせば、監査委員会の職務がどうという以前に経営委員会自身の職責、その遂行状況が問われるのは当然です。
 この意味で、上村氏が得意げに語る「NHKガバナンス論」は専門用語をちりばめた一知半解の机上の議論と言っても過言でないと私は考えています。
 その上で指摘しなければならないのは、上村氏の議論には、他の経営委員の発言と対比しても、視聴者目線が終始、欠落しているという事実です。それは上村氏の受信料収納目標に対する考え方にもよく表れています。

2)視聴者目線が欠落した上村氏の受信料徴収論

  今年の524日に開催された経営委員会で、外部法人委託の拡大、民事調停の活用等による受信料の徴収強化策についてNHK担当者から説明がされました。
  これを受けて、石原進委員(当時)は「支払率が76.6%に上がったというのは大変すばらしいと思います。九州では大分が非常に悪かったのが76.1%となったことは、こういった施策をいろいろと行った結果だと思います」とNHKの実績を高く評価する発言をしました。
  他方、美馬委員は、「民事調停の活用についての質問です。受信料をお支払いしていただけるのであれば、なるべく民事調停まではしたくないとお考えだと思います。予告文書は定型の文書をお送りするだけでよいと思いますが、申立文書を作成する際の経費や手間について教えていただけますか」と質問しています。


  さらに、佐藤友美子委員は次のように発言しています。

 
 「(佐藤委員)2つあります。外部法人委託により非常に成績がよくなっている一方で、この前の『視聴者のみなさまと語る会』でも、受信料徴収の対応についてのご意見がかなりありました。法人委託化することで、逆にNHKに対する不信感を抱くような方もいらっしゃるのではないかと思います。その対応策についてお聞かせください。これまでもいろいろと研修はしているということでしたが、なかなかそれでは納得していない方がいらして、NHKとして、きちんと対応しているというメッセージも送っておかないと、ご理解していただくことが難しいと思います。そのときは銀行振り込みについてのお話で、NHKの都合であるにもかかわらず高圧的であったというご意見でした。自分の成績のためにやっているような節があったというご意見でしたので、その対応策がきちんと行われているかどうか不安な気がしました。」

  目下、外部営利法人への集金委託、民事督促の裁判の活用を通じたNHK「対話なき」強引な受信料徴収に対して、各地の多くの視聴者から苦情・批判が出ています。その意味で、佐藤委員や美馬委員の発言は視聴者に目線を向け、NHKの高圧的な受信料徴収をチェックしようとしたものと言えます。
  上村氏は既に経営委員を退任していて、この日の委員会には出席していませんが、在任中の201499日に開かれた経営委員会で、NHKの営業担当理事が、平成27年度から3ヶ年の営業目標(ここでは受信料支払い率の達成目標)を80%とする計画を説明したのを受けて、上村氏は次のように発言しています。

  「(上村代行)それは自己矛盾というか、本来は全員支払う義務がありますね。仕方なく75%でしょう。それなのに目標は80%ということは、それは80%でよいのだというメッセージになりませんか。全員に義務があるのだから裁判をやってでも取ろうと言っているときに80%が目標ですというのは、何か違和感がありますが、だからこれは公表しなくてもいいのではないかと思いました。」

  このような上村氏の発言を聞かされると、上村氏は今のNHKによる外部営利法人への委託を通じた受信料徴収の実態、そこから報告される「収納率改善」の真相をどこまで理解しているのか、理解しようとする問題意識があるのか、疑問に思えます。
  とりわけ、美馬委員が「視聴者と語る会 in 函館」(2016514日開催)で語った次のような発言と対比すると、なおさら、上村氏の受信料制度論の薄っぺらさが際立ちます。

 
 「(美馬委員)受信料制度について『公平負担を徹底するために、税金のように全員から徴収するべきでは』というご意見は、これまでの『視聴者のみなさまと語る会』でも度々出てくるご意見ですが、公共放送の財源をこのような方法で徴収し、80%近い方々にお支払いいただいている国は他になく、イギリスやフランスやドイツの方と話をすると『税金のように徴収せずに、そこまでよく払ってくれますね』と言われます。このことを翻って考えてみると、それだけ皆さまとNHKの間に厚い信頼関係があり、その信頼関係の下に公共放送が成り立っているということを強く感じています。
  税金のように徴収することで徴収にかかる経費は削減できますが、一方で、現在のような形で受信料をお支払いいただいているからこそ、NHKに対して意見を言うことができたり、『視聴者のみなさまと語る会』のような場があり、意見交換ができるのではないか、と考えます。」 (前掲「語る会」実施報告より)

 以上のように受信料収納率目標、徴収方法に関する上村氏と他の経営委員の発言を読み比べると、上村氏の発言には、「対話なき」受信料の「取り立て」についての関心がいかに希薄か、視聴者目線がいかに欠落しているかが浮かび上がってきます。
 こうした視聴者目線の欠落は、上村氏が経営委員は国会で選ばれた、国会と共働でNHKをコントロールする使命を負っているという「国会目線」、政府によって任命された以上、いかに問題のある会長でも罷免しにくいという「政府目線」の強さに災いされたものであると思えます。

  
                    (以下、次回に続く)

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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(5/7)

20161018

 

経営委員の人事制度と職責に関する上村氏の曲解


  では、上村氏の上記のような稚拙な釈明が生まれた原因は何かを考えていくと、経営委員人事制度と経営委員の職責に関する上村氏の歪んだ認識に起因するように思えます。

 
上村氏は経営委員選考制度を政府人事と見るか、国会人事と見るかという点にこだわり、国家公安委員、公正取引委員会委員、中央労働委員会公益委員、人事院人事官、日銀総裁、NHK経営委員等の「国会同意人事とは、時々の政府の意向に左右されてはならない独立性の強い人事」であるのに、「安倍内閣になって以来、NHK経営委員の人事は政府任命人事と同視され、NHK予算も政府予算と同等の扱いを受けるようになった」(上村達男「NHKの再生はどうすれば可能か」(『世界』20156月、p.95)と述べています。

 
つまり、上村氏は経営委員を選任する仕組みが、政府の意向で決まる政府人事ではなく、野党も含む国会人事としての実を備えるなら、NHK経営委員は国民の代表である国会で選ばれたという意味での独立性を担保できると考えているようです。
  上村氏が、「NHK予算に対して国会が審議するのは、国会が公益を代表して1年に一回、NHKに対するガバナンスの機能を果たしているのです」、 「国会が関与しない間は、そうしたガバナンスの機能は国会が同意した人物たちからなる経営委員会に委ねられているのです」((上村達男『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』2015年、東洋経済新報社、p.131)と述べていることからも裏付けられます。

  さらに、上村氏は、「言い換えると、NHKの放送・経営等に対するガバナンス機能という点では、国会と経営委員会はその使命を共有していると見ることができます。・・・・国会が果たす役割・機能を、日常的にNHKの経営に接することのできる経営委員会がその代替機能を果たさなければなりません。」(前掲書、p.131)とも述べています。これは経営委員が政府とではなく、国会とつながるのは経営委員会の独立性を脅かすどころか、経営委員会が職責を全うする上で当然の姿であるとみなしていることを意味します。

  確かに、政府が委員を指名するという形の政府人事(審議会委員など)と比べ、国会の審議を経る国会同意人事は、政府の独断的な偏った人選をチェックする機能が伴うことは確かです。
 しかし、現在の国会同意人事を上村氏の言うように、「政府の意向に左右されない独立性の強い人事」と評価するのは実態を無視した議論です。なぜなら、

  ①経営委員候補者名簿は内閣の一部門である総務省が作成し、野党はこれにYes, Noの意思表示をするだけで、候補者推薦権はありません。
  ②国会同意人事と言っても、多数与党の意思で議決されるのが通例です。また、かりに政党ごとの議席占有比で経営委員を割り振ることにしても、世論調査で無党派層が与党支持率に匹敵する現状では民意の分布に見合った人事とも言えません。
  ③そもそも、「国会=国民の代表」と言っても、言論・報道機関としてのNHKは多数決原理で決せられる国策を遂行する機関ではありません。むしろ、多数与党と同与党によって組織される政府の国策遂行を監視するのが言論報道機関の使命です。そのように政権を監視する使命を負った言論報道機関としてのNHKの予算、事業計画を国会の審議、議決事項にしていることが、NHKに対する政権与党の干渉の温床になってきたことは否めません。
  またNHKの監督機関(経営委員会)の委員を政府が選任した候補者の中から両院の同意を経て任命する国会同意人事を政府人事とは異なる独立性の高いものと評価するのは、制度の本質を見損なった曲解です。

  上村氏は多くのメディア研究者、ジャーナリスト、市民が経営委員の公募・推薦制の採用を求め、総務省に替わって放送行政を所管する独立行政機関の設置を求めてきた理由、運動の歴史をどう受け止めているのでしょうか?
  ここでは、政府人事と国会人事の違いを過度に強調し、言論報道機関の人事や経営決定に多数決原理がなじまないことを理解しない上村氏に対し、放送法制定当時に川島武宜氏が述べた見解を紹介しておきます。

川島武宜氏の経営委員人事論を顧みて

  「川島公述人 私は東京大学の法学部におります川島でございます。先ほど委員長から忌憚のない意見を述べろというお話でございましたから、私は忌憚のないことを申し上げます。
  この法律に対して私は全体的に反対の意見を持つております。私が問題にしたい点を簡單に申しますと、まず第一にこの法律は、日本放送協会に対して国会と政府とが、非常な力でもつて統制をし、監督をするという点に、大きな眼目があるように思うのであります。はたしてこういうコントロールをする必要があるだろうか、それでよいだろうかということを、私は非常に疑問に思うのであります。・・・・
  と申しますのは、たとえば一番大きな問題は、経営委員会というものは内閣総理大臣が任命いたします。そうしてその経営委員になつた人は、委員たるに適しない非行があるときにはこれは何どきでも総理大臣が首を切ることができることになつておりますが、これは一体どういう場合に委員たるに適しない非行があるのか、これは考えようによつてはたいへんなことになるのであります。・・・・
  それからもつとこまかに言えば、これを国会でコントロールするという問題もあるのであります。私は国会や政府が一種の言論機関であるところの、しかもほとんど独占的な言論機関であるところの日本放送協会に対して、これほど強大な監督権を持つているということに、私は疑問を持つのであります・・・・
  もちろんこういう議論が成立つと思うのであります。つまり国会において多数を占める政党は、国民が選んだのである。従つて国民が多数を支持したのであるから、その多数の政党が言論機関を自由にするのは、結局国民が言論機関を使つておるのである。だから多数政党が言論機関を支配してもよいのだという議論をお持ちになつておる方が、あるいはあるのじやないかと思います。私はその議論に対して根本的に反対したのであります。・・・・
  私は特定のある政党が、たまたまそのときに多数になつたら、言論機関及び学問というものを・・・・全部コントロールして、自分の支配下に置いて、自分の権力を使用して使つてよいというロジックは、全然成立たない。それを成立つとするならば、これは今までまさに全体主義国家がやつて来たことであり、今日日本はそれで苦労をなめておるのであります。私たちはこういう苦労はもうたくさんであります。・・・・
  政府及び国会が直接に干渉し得るというような地位に置かないで、もつと直接に民衆の監督統制のもとに置くようなことを、ひとつ考えていただきたいと思うのであります
 
195028日、衆議院電気通信委員会公聴会会議録)

 
つまり、川島氏は政府によるコントロールか、国会によるコントロールかをことさら区別せず、両者は多数者によるコントロールと言う点で実質に差はないとみなし、政府人事であれ、国会人事であれ、多数決原理で言論報道機関の人事を律することに強く反対したのです。こうした川島氏の見解は今日のNHK経営委員人事にも通じる卓見と思えます。

 

さいたま地裁のワンセグ判決の示唆

  2016826日にさいたま地裁が言い渡した通称ワンセグ判決は今日のNHK経営委員選任制度がNHKの性格に関して、どのような法解釈を導くかを示した判決として注視するべき箇所があります。
  さいたま地裁はワンセグ機能付きの携帯電話の所有者は放送法641項がいうNHKの「放送を受信できる受信設備を設置した者」に該当しないから、NHKと受信契約を締結する義務はない、したがって受信料を支払う義務もないという判決を言い渡しました。
 その理由として、さいたま地裁は放送法214号で「設置」と「携帯」が区別されている事実を顧みず、「設置」には「携帯」を含むというNHKの主張は文理解釈上、相当の無理があると判断したのです。

  問題は、さいたま地裁がそう判断した際に、憲法84条が定めた課税要件明確主義と財政法3条が定めた「国が国権にもとづいて収納する課徴金等」をつなぎ合わせた解釈をした点です。
  つまり、判決は、「被告〔NHK〕は、放送法16条により設立された特殊法人であって、・・・・内閣総理大臣が任命した委員により構成される経営委員会が、受信料について定める受信契約の条項(受信規約)について議決権を有しており(同法2911号ヌ)、受信規約は総務大臣の認可を受ける必要があること(同法643項)からすれば、受信料の徴収権を有する被告は、国家機関に準じた性格を有するといえるから、放送法641項により課される放送受信契約締結義務及び受信料の負担については、憲法84条(租税法律主義)及び財政法3条の趣旨が及ぶ国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解するのが相当であり、その要件が明確に定められていることを要すると解するのが相当である」という論を一気に展開したのです。

   こで注視しなければならないには下線の部分です。つまり、内閣総理大臣が経営委員を任命する現行の人事制度を根拠の一つにして、NHKは国家機関に準じた性格を持つ、受信料は国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解釈されたことです。
 言い換えると、現在のNHK経営委員選任制度は、国会の同意という手続きを経るにせよ、実質は政府任命人事とみなされ、それを根拠の一つにしてNHKの政府からの自立を否定するに等しい法解釈が導かれたのです。

自民党調査会ならダメでも国会議員ならOKという浅慮
NHKを国政調査権の対象とみなすに等しい上村氏の危険な言説~

  私は、現在のNHK予算の国会承認制、国会の同意を経たNHK経営委員の政府任命制がこのような国権主義的法解釈を生む土台になっている、NHKの自主自立を求めるなら、こうした土台そのものを改革する視点と実践が求められと考え、これまで微力ながら、その方向に向けた運動を呼びかけてきました。しかし、上村氏の経営委員人事論がこうした運動の方向と相容れないことは明白です。

 こうした疑念は、上村氏が、自民党調査会によるNHK、テレビ朝日からの事情聴取(2015417日)について、放送の自主自立を保証した放送法3条の規定に照らして問題があると指摘しながらも、「国会が国政調査権に基づいてNHKを調査することは、その調査が放送法の基本理念との関係で許されるのかという大事な問題が残るものの」、「法律に定める権限に基づく場合と一応は言える」(前掲、『世界』掲載論文、96ページ)と記している点にも向けられる疑念と同根です。

 これでは上村氏は、NHKは国政調査権の対象だとみなしているのも同然ですが、その根拠は何でしょうか?国政調査権は、放送法3条でいう「法律の定める権限」に該当すると考えているのでしょうか? 自民党調査会ならダメでも国会議員(政権与党議員)としてなら、放送法3条に抵触しないとみなすのは危険なこじつけの解釈です。

                              (以下、次回に続く)

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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(4/7)

20161017


籾井会長の任免経緯をめぐって迷走した上村氏の釈明

 
上村達男氏はNHK経営委員長職務代行者の職を退任して以降、なぜ在任中に籾井会長罷免を発議しなかったのかについて釈明していますが、その内容は迷走と言ってよく、見苦しいものです。

  たとえば、退任まもない201533日『朝日新聞』に掲載されたインタビューの中で上村氏は次のように語っています。

――― 籾井会長を満場一致で選んだのは、上村代行を含む12人の経営委員です。

 
 「確かに経営委に責任があります。ただ、籾井氏の経歴を見ると、一流商社で副会長まで務め、海外経験も豊富な人物。数人の候補者がおり、籾井氏に異論は出なかった。」

―――市民団体などには「経営委は籾井氏を罷免すべきだ」という声もあります。

  「私はずーと罷免すべきだと思っていた。ただ、罷免の動議をかけて、否決されると、籾井会長は『信任された』と思うでしょう。それでは逆効果になると考えました。」

 
ところが、『毎日新聞』のインタビュー記事(2015526日、夕刊)では、上村氏はこんな発言をしています。

―――〔籾井氏への〕批判はさりとて、上村さん自身、籾井氏を会長に選んだ経営委員の一人だった。『内心忸怩たる思いです』と打ち明ける。

  「三井物産の副社長を務めるなど経営手腕があり、海外勤務経験も長いというのが推薦理由でした。経済界のトップクラスという点は
品質保証になると思いましたご本人も選任後のヒアリングで『放送法は順守する』と語っていましたから・・・・』と悔いる。」

 

これでは、罷免動議が否決されたら逆効果云々以前に、自分の不明をさらけ出すような罷免動議を出すのを躊躇ったというのが真相ではないかと思えます。

 

確かに、経営委員会内に設置された指名委員会がまとめた、籾井勝人氏をNHK会長に推薦する理由の一つに、「ITに関する見識も深く、日本ユニシスの社長に就任して以降、3,000億円以上年間総売上を達成するなどの実績を持つ」という記載がありました。

しかし、ITに関する見識があること、三井物産の副社長、日本ユニシスの社長を歴任したこと、日本ユニシス社長として年間3,000億円以上の総売上を達成したこと・・・・それがNHK会長の資質とどう関係するのでしょうか? そうした経歴がどういう理由で公共放送のトップとしての「品質保証」になるのでしょうか?

メディアであり、放送文化の担い手であるNHKのトップというなら、ジャーナリズムに関する造詣、教養文化の深さと広さをなぜ真っ先に問わなかったのでしょう? 放送法の字面を復誦できるということで、公共放送を理解しているとでも受け取ったのでしょうか?

 

あにはからんや、籾井氏の会長としての第一声は、「私の主たる任務は(NHKの)ボルトとナットを締め直すことになるんではなかろうかと思っている」という発言でした。会長就任早々、このような発言が口をついて出る人物を「経済界のトップクラスという点は品質保証になる」と思い込んだ上村氏の見識に唖然とするばかりです。

 

ところが、上村氏は前掲『赤旗日曜版』記事の中では、こんな釈明をしています。

 

「経営委員会が会長を選びますが、書類とその場でのやりとりだけでは本当に最適任かはわかりません。推薦者の推薦を信頼するしかありません。」

 

この発言が真意なら、上村氏は籾井氏の資質について何も「品質保証」をもたないまま信任したことになり、自らの軽挙を恥じなければなりません。

 

極めつけは次のような釈明です。

 

会長に問題があると思っていても、政権与党から承認を受けて委員になった以上、〔会長〕罷免までは踏み込めないと考えてもおかしくないでしょう」 (前記『毎日新聞』インタビュー)

 

ここまでくると、上村氏は、経営委員会を含むNHKの政治からの自立の意味を理解できているのかという根源的な疑問に行き着きます。
  これでは、上村氏は「NHKの反知性主義」を問う前に、自らの知性はいかばかりかを内省する必要があるでしょう。と同時に、籾井氏を放送法無理解で批判するのなら、放送法の基本精神に関する自分の理解の至らなさを認識しなければなりません。

  なお、今年の34日に開かれた「NHK包囲行動実行委員会」主催の院内集会の準備の過程で、実行委員会のメンバーであった湯山哲守氏は、実行委員宛てに次のような意見を発信しています。湯山氏の了承を得ましたのでご紹介します。

 
 「私は上村達男氏の招聘は反対です。これまで経営委員(経営委員長代理)時代に市民運動側が再三にわたり『籾井氏の罷免』を要求してきたのにそれを実行してこなかったことに対する『弁明』が数々なされていますが、まったく説得力がありません。」

上村氏はまっとうな籾井会長批判者といえるか

  上村達男氏は経営委員退任後、急先鋒の籾井NHK会長批判者として、たびたびマスコミや論壇に登場しました。では、上村氏の籾井会長批判の要旨は何かというと、籾井氏は放送法に反する自分の発言を個人的見解と断ってかわそうとするが、その個人的見解を撤回しないままNHK会長職にとどまろうとするのは許されないというものです。
  しかし、上村氏が放送法に反すると指摘する籾井氏の一連の発言—――「政府が右というとき、左と言うわけにはいかないい」等々―――が公共放送のトップに求められる資質と真逆のものであるということは、いまや衆目の一致するところです。それどころか、私たちが受け取った視聴者からメッセージの中には、上村氏よりも、はるかに深く鋭く籾井氏の発言の問題性を射抜いた指摘が数多くあります。メディア研究者やジャーナリストの中にそのような見識を持った人物が数多くいることは言うまでもありません。

  また、上村氏のこれまでの言説を見る限り、株式会社の統治になぞらえたNHKガバナンス論はあっても、現行の会長選考制度や番組審議会委員の選考制度、NHKの経営や番組編成に視聴者の声をどのように反映するかといった公共放送に固有の制度論は見当たりません。放送番組に関する批評となると、さらに見当たりません。

  なお、後述しますが、受信料制度に関する見識となると、同期の他の経営委員の見識と比べても上村氏の見識は稚拙なものです。

  にもかかわらず、上村氏がしばしば論壇に登場してきたのはなぜかというと、結局は、籾井会長時代の「経営委員長職務代行者」という職歴が重宝がられたからではないかと思われます。
   しかし、この職歴をいうなら、「三井物産の副社長を務めるなど経営手腕があり、海外勤務経験も長いというのが推薦理由でした。経済界のトップクラスという点は
品質保証になると思いました」と語って、籾井氏をNHK会長に任命することに賛同した上村氏の稚拙な履歴も問われなければならないはずです。
  
さらに、会長就任後、籾井会長が数々の妄言を繰り返したにもかかわらず、「会長に問題があると思っていても、政権与党から承認を受けて委員になった以上、罷免までは踏み込めないと考えてもおかしくないでしょう」などという、あまりに愚かな物言いで籾井会長を免罪してきた上村氏の資質、見識の信を問うべきは当然です。
  上村氏のこのような言動は、経営委員会を含むNHKの政治からの自立を求める私たち視聴者運動の目標とも根本的に相容れません。

  今や周知となった籾井氏の愚かな資質、言動に対する批判者というだけで、上村氏の言動の全体像、根本的な問題性に目をつむって、同氏を高く評価する側の見識も問われなければなりません。

                           (以下、次回に続く)


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