籾井NHK会長の即時辞任・罷免を求める申し入れ書を提出~視聴者コミュニティ~

  2015210

 籾井NHK会長が、去る25日に開催された定例の会長会見において、戦後70年の節目にあたってNHKが「従軍慰安婦」問題を取り上げるかどうかは、この問題に関する政府のスタンスを見てから、などと発言したことに関し、私が共同代表の一人になっている「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は今日(210日)の11時、NHK視聴者センターへ出向き、次のような2通の文書を提出した。

籾井会長宛て(副会長ほか、全NHK理事にも提出)
2月の定例会見における籾井会長の発言に関する申し入れと質問」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/momii_kaicho_ate_20150210.pdf
 (申し入れの要旨)
 今回の発言は、放送の自主、自立に対する外部からの干渉、介入というより、NHKが進んで政府の方針に順応することを明言した放送の自主、自立の放棄宣言に等しい。NHKの信頼を貶めるこうした言動を平然と繰り返す籾井氏に残された道は会長職を辞すこと以外にない。一日も早い辞任を強く要求する。

NHK経営委員会宛て
「放送の自主・自立を堅持する意思と資質を欠く籾井会長の即時罷免を求める申し入れ書」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/keieiiinkai_ate_20150210.pdf
 (申し入れの要旨)
 1.籾井氏を即刻、会長職から罷免すること
 2.経営委員会で籾井氏を罷免できない時は、籾井氏を会長に任命した責
  任、同氏を厳正に監督しなかった責任を取って浜田経営委員長は辞職
    すること
 3.浜田委員長ほか、全経営委員は籾井会長に対する監督責任の懈怠に関す
       る責任を取って、本年上期の期末報酬を返上すること

(参考資料)
 この1年間、浜田経営委員長は国会の委員会審議で、委員から、経営委員会の会長任命責任と監督責任を質される都度、「籾井会長は放送法を遵守して業務の執行に当たると明言しているので、それを見守りたい」、「経営委員会としては、執行機関の今後の動きを監督し、助言し、必要に応じて苦言も呈して、委員会の職務を一層果たしてまいりたい」という答弁を繰り返した。(当会が衆参委員会会議録で調べたところ、本年1月末までに浜田委員長は前者の発言を延べ18、後者の発言を延べ27繰り返した。)

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誰のための農業・農協改革なのか?

201529

「岩盤規制」の打破?
 「農協改革」がヤマ場を迎えている。これについて、26日付けの『北海道新聞』は「農協改革 これで『攻めの農業』に?」と題する社説を載せ、次のように記している。
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/590675.html 

 「担い手の減少、耕作放棄地の増加…。農業を取り巻く環境は厳しさを増している。それなのに政府・与党の論議からは、肝心の部分が聞こえてこない。重要なのは、組織論より今の農業が抱える問題への対策である。」
 「監査の仕方を変えれば、農業が活性化するのか。そんな単純な話ではなかろう。」
 「道内を含め金融機関などが農協だけの地域もある。制限で、こうしたマチの人が不利益を被る恐れもあった。結局、見送りになったが、これも改革論議が現実とかけ離れている証左と言えよう。」

 目下の「農協改革」を指して安倍首相らは「岩盤規制の打破」と称している。「岩盤規制」と言うと、いかにも「頑強な既得権益」を連想させ、郵政事業を「抵抗勢力」の象徴かのようにフレームアップして、「改革」=「既得権益打破」=善行、という虚構を拡散させ、地方の疲弊、富の格差をもたらす「似非改革」を強行した小泉「改革」と同根の手法である。

「地方創生」の美名の下で
 私が高校生まで過ごした実家は農家ではなかったが、近隣農家は政府の無秩序な減反政策に振り回されて後継者もいなくなり、耕作放棄地が増える一方だった。
 医療の面では、近くにあった「国立病院」が閉鎖され、中核病院と謳われた隣の市の県立病院も勤務医不足で小児科が閉鎖の危機に直面しているという。また、同じ地域にある赤十字病院でも産科が休止され、医療崩壊の危機に瀕している。
 
 地域の産業の中で農業、畜産業が大きなウェイトと占める地方では、これらの産業が衰退すると関連産業も連鎖的に衰退し、人口減少が止まらない。そうなると公的医療機関は患者数減→採算悪化→規模縮小・統廃合→医療アクセスの悪化→人口流出、という悪循環から抜け出せなくなる。

 
 TPP
交渉と並行して進められた日米二国間協議で、日本は米国車の対日輸出の非関税障壁になっているとして軽自動車の「軽課税」措置をやり玉に挙げ、軽自動車の増税を日本に押し付けた。
 しかし、全国軽自動車協会連合会の調べによると、20133月末現在で、軽四輪車の世帯当たり普及台数を都道府県別に見てみると、佐賀、島根、鳥取、山形、長野、福井の各県は0.98以上であるのに対し、東京都は0.11、神奈川県は0.21、大阪府は0.27だった。軽自動車は農作業に向いた小回りの利くほか、狭い農道や市町村道を買物、医療機関への送迎などにも適した車種なのだ。「地方差別」と言いたくもなるこうした増税がアメリカへの市場開放と称して行われたことを銘記しておく必要がある。

 私たち国民は今、政府が進めようとしている「農業・農協改革」を「農業固有の問題」とか「農協組織の問題」と狭く、他人事のように捉えて傍観することは大きな禍根を残す。

 「米百俵」の美談に淡い期待を寄せて、改革の痛みに耐えた先に、「富の格差」と「ふるさと衰退」の帰結を思い知った人なら、「誰のための改革」かという問いを立てなければならない。

 政府が農協の影響力を削いで、農業に「ビズネスチャンス」を与えようとしているのは企業参入ではないのか?
 しかし、地域に生活の場を持たず、採算に合わないとなれば、さっさと撤退するのが営利企業の原理である。 

 旧農地リース制度により農業に参入した企業の参入後の動向(撤退・継続)を調査した大仲克俊「農地リース制度による農業参入企業の経営展開と撤退」『JC総研レポ-ト』2013年夏、によると、32の企業が参入した新潟県では、そのうちの6社(18.8%)が撤退している。31の企業が参入した青森県では、そのうちの12社(38.7%)が撤退、島取県では参入した30社のうち8社(26.7%)、鹿児島県では参入した29社のうち9社(31.0%)、岩手県では参入した17社のうち5社(29.4%)が、それぞれ撤退している。
 こうして、撤退後に投げ出された荒地を誰が再興するのか?

「無知は罪」の自覚
 
 私も参加した大学教員の「TPPによる関税撤廃が農産業に及ぼす影響試算チーム」が昨年試算したところ、
  ・北海道は主要8品目の合計で50.5%の生産額、14.7%の農業所得を
         失う。
  ・富山県は米だけで富山県の全農業所得の26.3%を失い、福井県は
   25.6%を失い、石川県は19.8%を失う。
という結果を得た。
 農業、畜産業の衰退はこれら産業からの税収で成り立つ地方財政の破綻、雇用の場の消滅、学校教育や育児、医療、介護の崩壊につながる。ひいては、今でさえ、先進諸国で最低水準の食糧自給のさらなる悪化につながる。その先には、今以上に、どこで、誰が作ったかわからない食糧への依存度が一段と高まることになる。
 いまやシャッター通りと空き家は過疎地の代名詞ではなくなりつつある。地方都市にまで、急速に外延を広げつつあるのだ。

 安倍政権は「農業・農協改革」まで「成長戦略」に取り込むかの言辞を弄している。しかし、そのねらいは、地場の農産業の衰退、そこへの企業参入が辿った上記のような帰結は起こらないという見通しを何ら検証しないまま、「地方創生」なる美辞麗句で人々の期待をかき立て、政権の支持基盤を維持・底上げする点にあると思える。

 最近、私は「無関心は罪」という言葉以上に、「無知は罪」という言葉に魅かれる。国民が政治の主人公になるには、多くの国民が「無知は罪」を自覚できるかどうかにかかっていると思えてならない。

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死刑存廃の世論調査はどう設計されるべきか

2015131

今回は主体的解釈にもとづく報道も見られた
 前回(20123月)の死刑存廃の世論調査に関するメディアの報道は、内閣府が発表した主質問に対する結果をそのまま受け止め、「85.6%が死刑容認」をメインの見出しにした横並び報道だった。
 それに対し、今回は新たに「終身刑(仮釈放のない無期懲役刑)を導入した場合の死刑制度の存廃」が質問事項(注)に追加されたこともあって、メディアの報道にはバラツキが生まれた。
 (注)この質問に対する回答結果は次のとおりだった。
    死刑を廃止する方がよい (37.7%)
    死刑を廃止した方がよい (51.5%)
    わからない・一概にいえない (10.8%)

 「読売新聞」、「朝日新聞」、「毎日新聞」はそれぞれ「死刑『容認』、高水準を維持」、「死刑制度を容認80%」、「死刑制度 容認8割」という見出しを付け、主質問に対する回答結果に重きを置いた記事を掲載した(いずれも125日朝刊)。
 これに対して、NHK124日のニュースで「『終身刑導入でも死刑存続』は半数」という見出し(字幕)を付けて、「現状での死刑制度の存続は80%の人が容認する一方、仮に終身刑を導入した場合でも死刑は存続した方がよいと考える人は51%にとどまりました」と伝えた。「東京新聞」(125日朝刊)も、「死刑容認 微減80%」という小見出しを添えた上で、「終身刑導入なら『存続』は51%」という文言を主たる見出しにした記事を掲載した。
 ただし、「朝日新聞」は記事の最後の部分で終身刑を導入した場合は、「死刑容認の割合が大きく減る一方で、半数以上は「終身刑は死刑の代わりにならない」と答え、意見が割れた状況も伝えた。「毎日新聞」も「終身刑を導入した場合の死刑容認派は半数程度にまで減るとの結果も今回初めて出た」というコメントも付け加えた。

 死刑を廃止したイギリス、ドイツ、フランスで死刑廃止後の最高刑として、各国それぞれに適用緩和の条件を付けて、終身刑を採用している事実を参照すると、終身刑を導入した上での死刑廃止に関する賛否を問う意味は十分あると思われる。
 しかし、「死刑の存続か」、「最高刑として終身刑の導入による死刑の廃止か」という枠組みに収斂させて死刑存廃の世論調査なり国民的議論なりを進めるのはなお早計と思える。
 その前に、死刑存廃(特に廃止)の時間軸を明確にした世論の趨勢を見極めることが重要と思える。

死刑制度の存廃を問題にする時間軸
 政府が行った死刑存廃の世論調査の結果に関し、「当面は存続、将来、状況が変われば廃止してもよい」という回答を政府解釈のように「死刑存続」に含めるべきか、「死刑廃止」に含めるべきかの判断を難しくするのは、一連の質問の設計の仕方に問題があるためと思われる。
 というのも、冒頭の主質問で死刑の存廃に関する回答を求めた後で、「即時廃止か」、「漸進的廃止か」、あるいは「将来も存続か」、「状況が変われば、将来的には廃止してもよいか」を選ぶ質問が設けられたところからすると、「死刑制度の存廃」を問う主質問は暗黙裡に将来はともかく、「当面は存続か」、「ただちに廃止か」を問う趣旨だったと解される。そのうえで、「当面は存続」と答えた人に「将来的にはどうか」、「状況が変化した場合はどうか」を問う質問形式と受け取れるのである。
 質問の趣旨がそうなら、その趣旨が調査対象者に明瞭に伝わるよう、質問の文言を工夫する必要がある。また、質問の形式がこのように段階的なものだとしたら、「当面の存廃」を問うた主質問への回答結果が、その後のサブ・クエションと切り離して、一人歩きすることがないような広報や報道のあり方が求められる。 
 なぜなら、死刑制度について日頃から特定の強い主義・信念を持ち合わせている人は別として、死刑制度に疑問を感じている国民の間でも、「即時廃止に賛成か」と問われるとためらいを感じ、十分な国民的議論を経て(段階的に)廃止といった意見を選好する国民も少なくないと予想されるからである。

 実際、法務省が「死刑制度に関する世論調査についての検討会」第1回会議(2014828日開催)に提出した「死刑廃止国における死刑廃止に至る経緯等について」という標題の資料によると、イギリス、フランスにおける死刑廃止までの経緯は次のとおりである。

イギリス
 1957年以前 謀殺罪には死刑を絶対刑として適用
 1957年 犯情の重い謀殺犯、以前に別の謀殺で有罪判決を受けた者には死
      刑を適用し、これらに該当しない謀殺には終身刑を適用するとの
      法律を施行
 1965年 5年間の死刑停止を定めた法律が成立
 1969年 1965年制定の死刑停止法を恒久的なものとする動議が可決さ
                れ、謀殺罪が全廃される。
 1998年 反逆罪、暴力を用いた海賊行為罪の死刑および軍法犯罪の死刑廃
      止(死刑全廃)

 つまり、死刑制度をめぐる議論が立法府で議論され始めた1957年から起算すると死刑全廃まで41年を要し、その間、謀殺罪など犯罪の類型ごとに死刑の適用が段階的に停止・廃止されてきたのである。
 また、イギリスでは、その間、下院議会ではたびたび(直近では1994年死刑復活の是非を問う投票が行われたが、いずれも復活反対票が賛成票を上回った。
 死刑廃止後の最高刑は無期刑とされ、裁判所は無期刑を言い渡す場合、犯罪が極めて重大な場合は最低拘禁期間を「終身」とする(終身刑)ことも可能とされている。

フランス
 1970年代に相次いで発生した凶悪殺傷事件およびその被告に対する判決な
      どが国民の間にも死刑の存廃をめぐる議論を喚起
 1977年 この年に死刑が執行されたのをきっかけにバダンテール弁護士を
      中心とする死刑廃止派が死刑の廃止に向けた運動を強力に展開、
      数回にわたって死刑廃止法案が提出されたが、いずれも可決に至
      らなかった。
 1981年 死刑の存廃が争点の一つになった大統領選挙で死刑廃止法 案の
                提出を公約に掲げたミッテラン候補(社会党)が勝利 
 同年6月 司法大臣に就任したバダンテールは死刑廃止法案を国民議会に提
      出、可決・成立し、同年1010日から施行
 
その後、2007年までに死刑復活を規定した法律案が約30回国会に提出され
 たが、いずれも否決または採決見送り。
 2007年 死刑禁止規定を創設した憲法改正。これにより死刑復活の議論終
      結 

 
このようにイギリスでは死刑存廃の議論が始まってから死刑廃止に至るまで41年を要した。フランスでも死刑存廃の議論が起こってから死刑廃止が確定するまで37年が経過した。
 わが国でも、かりに死刑廃止の是非に関する議論を起こすとしても、立法的結論に至るまでには死刑をめぐるそもそも論や効用(犯罪抑止力)などについて、国民的な議論、国会での審議、専門家の間での国際的な刑法制度の比較研究などに長い年月を要することは間違いない。

死刑の存廃に関する世論調査の設計私案
 であれば、今の時点での死刑の存廃に関する世論調査は、死刑制度存廃をめぐる論議の長期的な展望に立って、次のように設計されるべきではないか。

 主質問 1 死刑の存廃をめぐる今後の議論の進め方について
   A. 死刑存続を基本にして議論を進めていくのがよい
   B. 死刑廃止を基本にして議論を進めていくのがよい
 
      C. わからない、一概に言えない。
 
主質問 2 死刑の存廃が定まるまでの間の制度の運用・見直しについて
   D. 現在の死刑制度に則り、対処していく
   E. 存廃の議論が定まるまで、死刑を停止する
   F. わからない、一概に言えない
 サブ質問1 (A, Bどちらを選んだかを問わず、すべての対象者に)
  今後、死刑の犯罪抑止力に関する評価が変わるなど、死刑をめぐる状況
      が変わった場合
   D. 議論の基本的方向性を見直す
   E. 議論の基本的方向性を見直す必要はない
     F. わからない、一概に言えない
 サブ質問2 (Aを選んだ回答者に対して) 
 
終身刑を導入した場合の死刑制度の存廃について
   G. 死刑を存続させる
   H. 死刑を廃止する
   I.  わからない、一概に言えない

 上川法務大臣は、さる127日の記者会見で内閣府が実施した死刑制度に関する今回の世論調査の結果について、死刑について「肯定的な結果が示された」、「慎重かつ厳正に対処していく」と述べつつ、死刑制度を維持し、刑を執行していく考えを示した(「朝日新聞」2015128日)
 現職の法務大臣として現行制度に則って死刑を施行していくのは当然と言えば当然であるが、刑の執行については大臣の判断が介在してきたことは周知のところである。そして、その判断にあたって、死刑をめぐる国内世論(冤罪の確定、それが死刑制度や死刑執行に及ぼす世論の動向なども含む)や死刑制度をめぐる国際的な議論の動向が斟酌されるのも当然だろう。
 その意味で、内閣府が行う(質問形式は法務省が作成)世論調査の回答結果は慎重に解釈される必要があると同時に、質問形式の適否にまで及ぶ十分な検討が必要である。


 

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今回もおかしい死刑存廃の世論調査

2015131

前回の調査(質問形式)について感じた疑問
 昨日、内閣府大臣官房政府広報室は「基本法制度に関する世論調査」の一環として昨年11月に行った「死刑制度に対する意識調査」の結果の概要を公表した。
 「基本法制度に関する世論調査 2. 死刑制度に対する意識」
 
「調査結果の概要」(2015126日 内閣府大臣官房政府広報室)
   http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-houseido/2-2.html

 これに先立ち、NHK124日夜のニュースで、新聞各紙は125日の朝刊で、「死刑制度を容認80%」(朝日新聞)、「死刑『容認』80%、高水準を維持」などの見出しで調査結果の要旨を伝えた。

 こうした死刑制度の存廃に関する政府の世論調査は1956年以降これまでに9回実施されているが、私がこれに関心を持ったのは、2012329日、3人の死刑囚に対する死刑が執行されたことを伝えた同夜のニュース番組で2009年に内閣府が行った死刑制度の存廃に関する世論調査の概要が紹介されたのを視たのがきっかけだった。
 その折、私は、NHKのニュース番組の画面に、「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」が5.7%だったのに対して、「死刑を容認する国民は約85%」という字幕が出、そのすぐ後で、この約85%という数字は「場合によっては死刑もやむを得ない」という問いに対する肯定の回答だったことを示す字幕が出たのを視て驚いた。「場合によっては」という条件がついた死刑肯定を「死刑容認」と括ってしまってよいのか、「場合によっては」という条件を、なぜ「死刑存続」の方にだけ付けて、死刑廃止の方には付けないのか(「場合によっては死刑もやむを得ない」という選択肢を設けるなら、それと対称的に、「場合によっては死刑を廃止してもよい」という選択肢を設けるべきではないか)という疑問がよぎったからである。

 そこで、改めて内閣府政府広報室が公表したこの世論調査の結果の概要を見ると、「場合によっては死刑もやむを得ない」に肯定の回答をした人に対して次のような追加質問がされ、その回答結果が掲記さていることが分かった。

  d. 将来も死刑を廃止しない。(60.8%)
  e. 状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい。(34.2%)
  f. わからない。(5%

 となると、世論調査の結果は次のように集約するのが的確ではないか、というのが私の感想だった。

  *将来とも死刑を存続させせるべきである。(52.6%)
   (注)0.856×0.6080.526
  *現在はやむを得ないが、将来、状況が変われば廃止してもよい。
         (29.3%)
   (注)0.856×0.342=0.293

  *どんな場合でも廃止すべきである。(5.7%)    
  *わからない、一概にいえない。(8.7%)
   (注)10.8560.0570.087

 このような資料分析とそれをもとに、その日のうちにこのブログに論評記事をアップした。
 「死刑制度に関する内閣府の誤導的世論調査、それを受け売りしたメディ
   ア
の報道」(2012330日)
 
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-34ef.html

 また、翌41日にはNHKニュース番組制作担当へ次のような意見を送った。
 「死刑支持は85.6%ではなく、52.6%と伝えるべき~NHKに意見を提出
     ~」
201241日)
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/856526nhk-88b7.html
 

 このような経緯があったので、今回の世論調査について正式の公表前に報道された「死刑容認80%」という調査結果の詳細ならびに質問形式の変化の有無に強い関心を持った。

今回の質問正式と回答結果は
 今回の質問正式と回答結果の詳細は前記の内閣府政府広報室の発表記事で示されている。その要点を再掲すると次のとおりである。(アルファベットは醍醐が追加)

 1. 死刑制度の存廃(該当者総数1,826人) 
   a. 死刑は廃止すべきである(9.7%)
   b. 死刑もやむを得ない(80.3%)
   c. わからない・一概に言えない(9.9%)
 2. 即時死刑廃止か、いずれ死刑廃止か
  (1で「死刑は廃止すべきである」と答えた者に)
   d. すぐに、全面的に廃止する(43.3%)
   e. だんだん死刑を減らしていき、いずれ全面的に廃止する(54.5%)
   f. わからない(2.2%)
 3. 将来も死刑存置か
  (1で死刑制度について「死刑もやむを得ない」と答えた者に)
   j. 将来も死刑を廃止しない(57.5%)
   k. 状況が変われば、将来的には死刑を廃止してもよい(40.5%)
   l . わからない(2.0%)
 4. 終身刑を導入した場合の私刑制度の存廃
  (注:すべての調査対象者に対して)
   m. 死刑を廃止する方がよい(37.7%)
   n . 死刑を廃止しない方がよい(51.5%)
   o . わからない・一概に言えない(10.8%)

誘導的な文言は消えたかに見えるが
 ここから、「死刑容認80%」という報道の見出しは質問1に対してbを選択した人が80.3%だったことを捉えたものだったことがわかる。ただし、前回2009(平成21)年の調査と比べ、「死刑容認」が5.3ポイント減少し、「死刑廃止」が4ポイント増えている。
 ここで注意したいのは、質問1(しばしば「主質問」と呼ばれる)の死刑容認の選択肢から「場合によっては」という文言が削除されていることである。これは日弁連の意見書や国会での質疑で、死刑廃止の選択肢には「どんな場合でも」という強い意思を想定した文言が付けられていたのに対し、死刑容認の選択肢には「場合によっては」という緩やかな意思を想定した文言が付けられ、死刑容認への回答を誘導しがちな形式になっているとの指摘を受けた見直しと言われている。
(注)日本弁護士連合会が20131122日に発表した「死刑制度に関する
 
   政府の世論調査に対する意見書」の全文は次のとおり。
         http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opi nion_131122_4.pdf
  
 こうした見直しによって、「死刑容認」と「死刑廃止」の選択肢の表現の非対称性が幾分緩和されたことは確かだ。しかし、対称的な質問形式というなら、冒頭の質問を「死刑は廃止すべきである」、「死刑は存続させるべきである」とするのがすっきりした文言であり、「死刑廃止」の選択肢の方は「べきである」という強い意思を想定し、「死刑存続」の選択肢の方は 「やむを得ない」という柔軟な意思を想定させる文言を使ったのは見直しの不徹底を物語っている。とりわけ、婉曲で温和な意思や考えに支持が集まりやすい日本人の気質を前提にすると、質問1の文言にはなお見直しの余地があると考えられる。

条件次第で「死刑廃止」に転じる意見も「死刑容認」と括ってよいのか
 しかし、今回の世論調査にはもっと大きな問題がある。「死刑もやむを得ない」という選択肢を設けることによって、条件次第で「死刑廃止」に転じる意見まで「死刑容認」と括ってよいのかというのがそれである。 
 今回の世論調査でも質問1(主質問)に続くサブ・クエッションの一つとして、「死刑は廃止すべきである」と答えた人に対して、「即時死刑廃止か、いずれ廃止か」という質問が設けたれた。回答結果は先に再掲したように、即時廃止か漸進的かで意見が分かれているが、「死刑廃止」の考えはこのサブ・クエッションへの回答でも揺らいでいない。では、「死刑存続」の方はどうか?
 サブ・クエッションとして設けられた「将来も死刑存置か」という問いには、「死刑存続」論者のうちの40.5%が「状況が変われば、将来的には死刑を廃止してもよい」を選び、「将来も死刑を廃止しない」を選んだ人は57.5%にとどまっている。

集計結果の組み替え~世論をより的確に表すために~
 とすれば、死刑制度の存廃をめぐる世論は次のようにまとめるのが実態にもっとも忠実な集計になると考えられる。

  ①将来とも死刑を存続させる(46.2%)
    (注)0.803×0.5750.462 
  ②当面は存続、将来、状況が変われば廃止してもよい(32.5%)
 
  (注)0.803×0.4050.325
  ③当面は存続、その先どうすべきかはわからない(1.6%)
 
  (注)0.803×0.0200.016
  ④だんだん死刑を減らしていき、いずれ全面的に廃止する(5.3%)
    (注)0.097×0.5450.053
  ⑤すぐに全面的に廃止する(4.2%)
 
  (注)0.097×0.4330.042 
  ⑥廃止すべきだが、すぐにか、段階的にか、はわからない(0.2%) 
 
  (注)0.097×0.0220.002 
  ⑦(存廃の是非は)わからない・一概に言えない(9.9%)

 ここで、死刑の存廃に関する世論を二者択一的に分類しようとすると、②③の扱い方が問題になる。これらを存続に加えれば、死刑制度を支持する回答は一部の新聞報道の見出しに付けられたように80.3%となり、圧倒的国民が死刑の存続を支持しているという解釈になる。
 他方、③はともかく②を「死刑廃止を支持する回答」とみなすと、死刑存続は46.2%、死刑廃止は42.2%(=32.55.34.20.2)となり、存廃の意見分布は接近する。

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平均値で隠された賃上げ格差の実態~安倍首相の自画自賛を検証する (その4)~

 20151月13日

 1つ前の記事では安倍首相が使う「過去15年間で最高の賃上げ率2.07%」という数字は全雇用者の5%程度をカバーするに過ぎない連合傘下の大企業の賃上げ率を指すことを指摘した。この記事では平均値で示された賃上げ率によって隠された格差の実態をもう少し掘り下げて確かめることにしたい。

従業員1,000人以下の企業の約4割は賃上げ率1.4%以下
 
1は従業員規模を4つの階級に分け、階級ごとに賃金改定率の分布を示したものである。

 
1 企業規模別に見た1人平均賃金の改定率の分布
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyokibo_betu_chinage_kaiteiritu_no_bunpu.pdf
   (出所)厚労省「平成26年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」付表
     4より作成 

 上の表を見ると、従業員1,000人以上の企業では賃上げ率の最頻値は2.02.9%で、4550%の企業が2.0%以上の賃上げ率を達成している。
 これに対し、従業員999人以下の企業では賃上げ率0.11.4%が最頻値で、約40%が賃上げ率1.4%以下に属している。また、従業員999人以下の企業の60%以上は賃上げ率が1.9%以下となっている。
 
 全規模の賃金改定率の分布をグラフにすると正規分布とならず、0.11.4%と2.02.9%に2つのヤマができる。これは、規模別の賃金格差が存在していることを表している

 ところで、上の厚労省の集計では、企業規模が常用雇用者数に応じて4つに区分され、規模ごとの1人当たり賃金改定率が示されている。しかし、集計対象に就いては、「民営企業で、製造業及び卸売業,小売業については常用労働者30人以上、その他の産業については常用労働者100人以上を雇用する企業のうちから産業別及び企業規模別に抽出した 約3500企業を対象とした」、「平成26年調査の回答企業は 2,044社で、有効回答率は 57.8%であった」と記されているだけで、2,044社の規模ごとの分布は示されていない。
 企業規模ごとに賃金改定率にバラつきがあるにもかかわらず、集計対象の規模ごとの分布が示されず、各調査項目に対する回答も百分比のみで実数が示さていないのは統計調査の結果の公表の仕方として不可解である。

集計対象の割合を直近の実態に合わせて組み替えると加重平均賃上げ率は1.5%を割り込む
 連合201473日に発表した2014年春季生活闘争 第8回(最終)回答集計」(平均賃金方式)では、従業員規模ごとに賃上げ回答があった組合、人員数、加重平均賃上げ率が示されている。そこで、連合が集計した人員(常用雇用者)の企業規模ごとの割合を「平成24年経済センサス-活動調査」に収録された常用雇用者(国内)の規模ごとの分布と突き合わせると次のとおりである。

 
2 連合の集計対象を組み替えた上での賃上げ率の加重平均の再計算
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/rengo_no_chinageritu_no_kumikaekeisan.pdf


 そのうえで、連合が集計した常用雇用者の企業規模ごとの割合(分布)を「平成24年経済センサス」で集計された常用雇用者数の企業規模別百分比に合わせて組み替え、それをもとに全規模の賃上げ率の加重平均を計算し直すと1.87%となり、連合が発表した2.07%より0.2ポイントだけ低くなる
 さらに、より最近の実態を集計した国税庁「民間給与実態統計調査」(平成25年分)に収められた「事業所規模別の給与所得者数の構成割合」に準じて連合の集計組合割合を組み替えて賃上げ率の加重平均を再計算すると、上の表で示したように、全規模の賃上げ率の加重平均は1.43%となり、連合が発表した数値より0.64ポイントだけ低くなる

 そうなるわけは、表2の対比表からわかるように、実際には全常用雇用者の32.7%を雇用するにとどまる1,000人以上の規模の企業に属する常用雇用者が連合の集計においては全体の68.7%を占めるという集計対象の偏りに起因して、これら大企業の相対的に高い賃上げ率が全規模の賃上げ率の加重平均値を押し上げたからである。

 また、連合の集計では常用雇用者99人以下の中小・零細企業は全集計対象の常用雇用者の3.9%を占めるにとどまっているが、「平成24年経済センサス」では全規模の常用雇用者の37.8%がこの規模の企業に属し、国税庁「民間給与実態統計調査」(平成25年分)では全規模の常用雇用者の47.1%がこの規模の企業に属している。

 しかも、経産省2014815日に公表した「中小企業の雇用状況に関する調査 集計結果の概要」によると、常用雇用者100人以下の企業(集計数では6,981社)のうち定期昇給制度を含む賃金制度を持たない企業が4,108社(58.8%)を占め、そのうちの61.7%(2,535社。集計された常用雇用者100人以下の企業の24.4%)は2014年度中に月給の引き上げを実施しなかったと回答している。連合の集計では、このように賃上げを見送った中小・零細企業のウェイトが実態よりも極端に低かった。このことからも連合が発表した2014年春闘における平均賃上げ率2.07%という数字は実態よりも相当高めの数字だったことは明らかである。

 

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自分の外に主人(あるじ)を持たない一市民として ~新年のご挨拶に代えて~

201511

               迎 春


平凡な年越しだったが
 
 荒れ模様の天候の地も多いと伝えられていますが、皆さま、穏やかな新年をお迎えのことと思います。私は年々、「新年」を迎えるという感慨が薄れ、いつもと変わらない年越しの時間を過ごしました。
 昨年はこのブログに初めて訪ねていただいた方々、更新が途絶えがちなこのブログへ根気よく訪ねていただいた方々に厚くお礼を申し上げます。

 暮れから連載を始めた「安倍首相の自画自賛を検証する」を年内に終えるつもりでしたが、4回目を書く途上で、調査不足を思い知らされる資料に出くわし、データをあれこれいじるうちに、新年に持ち越す羽目になりました。あと2回(5まで)書いて終える予定です。

以下、新年のご挨拶に代えまして。

昨年1年間のアクセス・ベスト10
 1年の締めくくりのつもりで年末にブログのアクセス解析で去年1年間のアクセス件数(トップ・ページへのアクセスを除く)の上位記事を調べたところ、次のとおりだった。

 第1位 受信料支払い義務が放送法ではなく受信規約で定められている理 
    由を説明できないNHK 〔掲載日2014827日〕
 第2位 衛星映画評「ジュリア」――反戦の知性に裏打ちされた2人の女
    優の演技に魅せられる―― 〔2008221日〕
 第3位 宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(1) 〔2014
    年14日〕
 第4位 安倍首相の資金管理団体を虚偽記載で告発 〔2014819日〕
 第5位 受信料凍結運動で籾井NHK会長の辞任を求める包囲網を! 
    〔201451日〕
 第6位 宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(3) 〔2014
    年14日〕
 第7位 護憲を掲げる団体が自由な言論を抑圧するおぞましい現実(2
    〔201419日〕
 第8位 宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(2:前篇) 
    〔201414日〕
 第9位 医薬品メーカーを独り勝ちさせている高薬価の是正が急務 
    〔2012421日〕
 第10位 「クローズアップ現代」がおかしい 〔201473日〕

摩擦を避けるNHK
 1は掲載日以降、コンスタントにアクセスが続いた記事だったが、私にとってはこれがトップとは意外だった。訳ありで受信料を止めている人の中には、NHKから定期的に「受信料お支払いのお願い」文書が届くが、今のNHKでは払う気になれない、どう抗弁したものかと思案する人が少なくないと思われる。そのような方の目にとまり、一読いただけたのなら、ありがたいと思う。

 昨年12月の衆議院総選挙にあたって自民党からはNHKや在京テレビ・キー局に対して、選挙報道についてこと細かな「要請」が出されたと伝えられている。これについてNHKは、余計なおせっかいと拒否なり抗議なりをしたのかというと、「そのような要請文書を受け取ったかどうか自体を答えない」という対応だった。

「自民党からテレビ局各社への放送法違反の「要請」に関する質問状」およびこの質問状をめぐるNHK視聴者部との応答メモ」
2014
126日、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」HPより)

http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-c3ed.html

 「摩擦を避けるNHK」(ベンジャミン・クリフォード『日本のマスコミ臆病の構造』2005年、宝島社)を地で行く様である。

 しかし、受信料支払い義務が放送法でではなく、視聴者とNHKとの双務契約である受信規約で定められているということは、受信料は、無条件の義務ではなく、NHKが放送法等で定められた自主自立、不偏不党、民主主義の発達に資する放送を提供しているという視聴者の信頼を見合いとして成り立つものである。
 そうなら、昨今のNHKの番組、とりわけ、ニュース報道は視聴者の参政権行使に資する情報を自主自立の立場で編集し、伝えていると言えるのか。私は国策放送に急旋回していると感じている。(この点は今月中旬に刊行される雑誌『季論』No.27, 2015年冬号、に「国策放送に急旋回するNHKというタイトルで寄稿した。)
 自民党による選挙報道への干渉に対してNHKがだんまり戦術を押し通す様は、政権からの自立がNHKの内部に「組織の文化」として、いかに根付いていないかの証しと言ってよいだろう。

異論と真摯に向き合わない「革新陣営」への警鐘として
 昨年1月に投開票された東京都知事選に宇都宮健児氏が立候補したことに端を発して書いた記事のうちの4つがアクセス・ベスト10に入ったことは印象深かった。私としては、異論と真摯に向き合わない、組織内で自律した意見を発信せず、付和雷同する「革新陣営」の体質について日頃から(今も)感じている疑問、異論に対して、そうした体質が露見したと思えた具体的な事実をとらえて、警鐘を鳴らすつもりで書いた記事だった。1年前の新年早々だったが、自分なりに準備し思案の上で書いたつもりだ。それだけに、これらの記事に多くのアクセスがあったのは、私の見解への賛否は別にして、ありがたかった。
 しかし、私がその中で書いた次の指摘は、例えば昨年末の衆院選の結果をめぐる議論や昨今の政党・市民運動の状況を見るにつけても、意義を失っていないと思える。(以下、下線は今回追加。)

 「特定の主義・信条で集まった政党、団体であっても、個人の間であっても、さまざまな問題をめぐって、初めから常に意見が一致しているということは、よほどマインドコントロールが強固で自立した個人の存在が不可能な組織でないかぎりあり得ない。むしろ、異なる意見を相めぐり合わせて、各人が知見を広げ、自分の思考力、判断力を磨き、鍛錬することが、政党なり団体なりの構成員の意欲、組織外の人々への信頼と影響力を広げる基礎になるはずである。少なくとも私は、自分の判断なり意見表明をするにあたって、耳を傾ける先達、友人はたくさんいるが、自分をコントロールする『主人』なり『宗主』は持ち合わせていない。そういう『主人』持ちの人間を私は尊敬する気になれない。」

 「『身内のごたごたや弱点を組織外に広めるのは支持者を離反させ、対立する陣営に塩を送るようなものだ』という意見をよく聞く。確かに、問題によっては――個人のプライバシーが絡む問題など――団体なり組織の内で議論をし、解決するのが適切なこともある。また、異論を提起する場合もその方法に配慮が必要である。しかし、内々で議論をするのが既成のマナーかのようにみなす考えは誤りである。むしろ、組織内の意見の不一致、批判を内々にとどめ、仲間内で解決しようとする慣習や組織風土が、反民主主義的体質、個の自立の軽視、身内の弱点を自浄する相互批判を育ちにくくする体質を温存してきたのではないか。」

 「往々、日本社会では同じ組織メンバー間の争論を『もめごと』とか『内ゲバ』とか、野次馬的に評論する向きが少なくない。しかし、『もめごと』と言われる状況の中には上記のとおり、組織(革新陣営を自認する政党や団体も例外ではない)が抱える体質的な弱点――少数意見の遇し方の稚拙さ、反民主主義的な議論の抑制や打ち切り等――が露見した場合が少なくない。・・・・あるいは、組織外から寄せられた賛同や激励の意見は組織内外に大々的に宣伝するが、苦言や批判は敵陣営を利するとか、組織内に動揺を生む恐れがあるという理由で、組織外はもとより、組織内でさえ広めようとしない傾向が見受けられる。これは大本営発表と同質の情報操作であり、組織内外の個人に自立した判断の基礎を与えないという意味では近代民主主義の根本原理に反するものである。」

 「この世には全能の組織も全能の個人も存在しない。自らに向けられた異論や批判にどう向き合うか、それをどう遇するかはその組織にどれだけ民主主義的理性が根付いているかを測るバロメーターである。その意味では、組織内外から寄せられた異論、批判、それに当該組織はどう対応したかを公にすることは、その組織に対する信頼を多くの国民の間に広げるのに貢献するはずであり、相手陣営を利することにはならない。また、異なる意見、少数意見も尊重し、真摯な議論に委ねる組織風土を根付かせることこそ、『自由』に高い価値を置く多くの国民の共感を呼ぶと同時に、組織構成員の対話力を鍛え、組織の影響力を高めるのに貢献するはずである。」

衆院選の結果をどう受け止めるべきか
 昨年1214日に私は「本土の有権者・政党はオール沖縄の選挙態勢から何を学ぶべきか(2)」というタイトルの記事を書いた。その中で記した次の一文は、1年前に東京都知事選をめぐって書いた上記の考えの延長線にある。

 「選挙後に予想される衆議院の議席分布から見ても、政策面で自民党と対峙する野党とはいえない政党を除くすべての野党が連合したとしても、自公政権と伯仲する勢力とはなり得ない。
 このような政治状況のもとで『自党が伸びることが自民党政治の転換につながる』と訴えるだけでよいのか? そのような訴えが果たして与野党伯仲を期待する有権者の願いに沿うリアリティを持つのか? 今、野党各党はもちろん、政治の革新を求める有権者が熟慮すべきはこの点である。」 

 「・・・・有権者や各界の団体には、自分がどの党を支持するかは別に、自分が第一義的には支持しない政党、意見に隔たりがある有権者や団体であっても、目下の喫緊の課題――憲法改悪を阻止し、憲法を生活の様々な局目に活かす課題、集団的自衛権の法制化を阻止する課題、原発再稼働を阻止し、原発に依存しない社会を目指す課題、特定秘密保護法による知る権利の侵害を排除し、同法の廃案を目指す課題等――での共同を追求し、共同の輪を広げ、組織化するために、政党の動き待ちではなく、政党の呼びかけに受け身的に応えるだけもなく、自らが政治の主人公らしく、望ましい政治勢力の結成のために何をなすべきかを主体的に熟慮し、行動を起こすことが求められる。
 こうした行動は、節度を保ちさえすれば、自分が支持する政党の伸長のために行動することと二者択一ではなく、両立するはずである。そのために強く求められるのは『異なる意見と真摯に向き合い、対話する理性』である。ここでは、気心の知れた仲間の間でしか通用しない『身内言葉』、『われこそ正論』と構える独善的な態度は最悪の風潮である。」

 政党で言えば、選挙で自党(ここでは反自民の野党)に一票を投じた有権者の中には、自党の理念なり政策、体質なりを全面的に支持したわけではなく、選挙区では他に選択肢がない状況で棄権するかどうか迷った末に、反自民の意思を優先して、セカンドベスト、サードベストで自党に投じ、比例区では別の野党に投じた有権者が少なくないという事実を直視する必要がある。
 また、それ以前に、自民・公明与党と対抗しうる大きな枠組み(既存の野党間での候補者調整に限る必要はない)が選択肢として作られることを願った有権者が少なくなかったと思われる。
 自党に投票した有権者の中にも少なくない、このような意識を冷静に見極め、それに謙虚に向き合い、今後の政党活動のあるべき形を検討することが重要と思える。

 また、政党がどうか以前に、有権者自身、自らが支持する政党の伸長のために尽くすだけでなく、自・公両党が衆議院で3分の2を超える議席を占めた現実を直視し、日本の政治の行方を危惧する多くの国民との共同を広げ、強めるために何をなすべきかという大局的な見地から、自分と大なり小なり意見が異なる人々との対話を強め、広げる努力が強く求められている。

「自分の外に主人(あるじ)を持たない」の矜持を貫いて
 大げさな言い方かも知れないが、私は一人の自立した人間としての尊厳を守りつつ生きている証しとして、「自分の外に主人(あるじ)を持つ」ような宗派的言動とは一線を画したい、「自分の理性が自分の思考の主人」という、言葉としては当たり前だが、いざという時に頓挫してしまいがちな矜持
をこれまで以上に毅然と貫いていきたいと考えている。

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賃金統計をつまみ食いした「賃上げ成果」論のまやかし ~安倍首相の自画自賛を検証する (その3)~

  20141226

賃上げ率2.07%」の出所は?
 
 安倍首相は先の衆院選のさなか、特に後半、アベノミクスの成果のひとつとして、「賃上げ率は、過去15年間で最高(2.07%)」という数字を何度も挙げた。多くのマスコミも安倍首相のこのセリフをそのまま右から左へ伝えた。
 しかし、この「2.07%賃上げ率」の出所を知っている人、この数値がどのように抽出されたかを知っている人はどれくらいいるのだろうか? 出所は、連合が発表した今年の春闘の最終回答の集計資料である。

連合「2014年春季生活闘争 第8回(最終)回答集計結果について」
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/shuntou/2014/yokyu_kaito/kaito_no8_pressrelease20140703.pdf?07031415

 この資料の2目の最上段の表を見ると、平均賃金方式で計算した集計組合数5,442、集計組合員数2,689,495人の平均賃金の引上げ率は確かに2.07%と記されている。

全体の5%を反映したに過ぎない「平均値」
 しかし、この数字はよくよく注意して読む必要がある。
 上の2014年春闘での賃上げ率は加入組合員674万人の連合傘下の組合員1人当たりの賃上げ率の加重平均である。この674万人は201410月時点の全雇用者(5,279万人)の12%に過ぎない。かつ集計されたのは連合傘下の組合のうちで回答を引き出した5,443の組合、組合員数でいうと約269万人だから、全雇用者の5.1%にすぎない。しかも、回答を引き出した組合とは連合内で中核組合とか先行組合とか呼ばれている自動車、電機・金属、情報、交通・ガス、自治労といった大手企業が多数を占めており、平均より相当高い率の賃上げ回答を得た組合が多いと考えられる。
 このように、全雇用者に占める割合が5%程度にとどまり、かつ、高めの賃上げ回答を得た組合員の加重平均の賃上げ率がどこまで全雇用者の賃上げ状況を反映しているのか、慎重な検証が必要である。
 そこで、厚労省「毎月勤労統計調査」平成2610月分結果確報」に収められた「時系列第1 賃金指数」(調査産業計)にもとづいて、平成22年平均=100とした時のこの1年間の各月の「所定内給与」の指数、および、対前年同月比の推移を示すと次のとおりである。なお、ここで「所定内給与」を採ったのは賞与や残業代など一時的な業績変動に左右される給与を除外し、持続性のある給与引き上げに限定するためである。

  一般労働者の「所定内給与」の推移
 
  ――事業所規模5人以上/調査産業計――

           賃金指数       実質賃金
 
        指数   対前年同月比  対前年同月比  
 2010年     100.0    0.6        1.3
 2011年              99.8    -0.2                   0.1
 2012年      99.9     0.1       -0.7
 2013
年      99.9           0.0                    -0.5
 2014
年1月      99.4           0.1       -1.8
        2月    99.7           -0.2        -2.0  
      3月   100.2    -0.1       -1.3 
      4月   101.0     0.1        -3.4
      5月      99.0           0.4                    -3.8
      6月   100.4     0.5        -3.2
        7月    100.2          0.6       -1.7 
      
8月   100.1      0.5                    -3.1
      9月   100.7     0.8       -3.0
   
 10月   100.7           0.6       -3.0
   (出所)「毎月勤労統計調査」201410月分 

 このように5人以上の事業所規模にまで調査対象を広げると対象となる常用労働者数は201410月時点では4,710万人となり、全雇用者の89.2%となる。
 そして、このように対象を広げると、第二次安倍政権発足後(2013年以降)の賃金水準の変化は上の表にあるとおり、ほぼ2010年の水準のままで推移している。また、前年同月比でいうと、今年の5月以降、微増傾向にあるが、プラス1%未満で安倍首相が使った2.07%とは大きく乖離している。
 一国の内閣総理大臣たる安倍首相にして、全雇用者の約90%の賃金動向を集約した政府統計データがあるにもかかわらず、なぜ、わざわざ、全雇用者の5%程度をカバーしたにすぎない連合の賃上げ集計結果を使って、賃上げの成果を喧伝するのか? ごく限られた大手企業の賃上げ実績をつまみ食いして自画自賛に夢中になる安倍首相の眼中には、景気回復の実感から程遠い中小零細企業の実態は入らないのか?

12%の企業は賃下げか、据え置き
 安倍首相が使った連合の集計資料は今年の春闘における「賃上げ率」を示したデータである。しかし、厚労省大臣官房統計情報部 雇用・賃金福祉統計課賃金福祉統計室がまとめた次の資料(5ページの第1表)によると、賃金を引き下げた企業や賃金の改定をしなかった企業が少なくないことが示されている。

 厚労省「平成26年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」
 http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/14/dl/10.pdf

 企業規模別に見た賃金改定の実施状況(割合)
  
 
 
企業規模   1人当たり賃金  1人当たり賃金  改定しない
      
    を引き上げる   を引き上げる 
 
  総計         83.6%     2.1%     9.7%
5,000
人以上      95.4%        0.7%            3.9%
1,000
4,999人   94.3      0.4%       4.3%
300
999人    89.3%     2.0%     6.4%
100
299人    80.9%       2.3%     11.2% 
 
(行ごとのパーセントの合計が100にならないのは「未定」(計では4.6%)があるため。)

 これを見ると、集計企業全体では約10%の企業が賃金引下げか据え置きを実施したか、予定している。特に、この中では最小規模の企業では約2割が賃金引き下げか、据え置きとなっている。「賃金引上げ率」を集計した資料では、こうした「賃金引下げ」、「据え置き」のケースも通算して平均値を出せば、引き上げ率は幾分なりとも下がるはずである。
 また、平均値以前に全体の約1割の企業、常用労働者300人未満の企業の約2割が賃金引き下げか改定なしだった事実も注視する必要がある。この点では、「賃上げをした企業」だけに焦点を当て、「賃上げ幅の率」だけを問題にするのは一種のバイアスである。

実質賃金は下げ幅が拡大している
 上の表を見ると、物価水準の変動を織り込んで名目賃金を改訂した実質賃金は2011年当時から対前年同月比でマイナスに転じていた。第2次安倍政権が発足(201212月)して翌2013年から今年の3月までマイナスが続いたが、4月以降は下げ幅が3%台へと上昇している。これは同月から始まった消費税率の8%への引き上げとそれに伴う物価上昇に賃上げが追いついていないことを意味していると考えられる。
 日銀と連携して脱デフレをうたい文句に物価上昇を誘導する傍らで、賃金については物価水準の動向が反映しない名目賃金を使うとは、どういう経済感覚なのか?

経済政策の「起点」と「結果」を逆立ちさせたアベノミクス
 「経済の好循環を生み出す」が安倍首相の常用句であるが、消費税率引き上げ後の実態はどうか?
 次表は、2010年以降の企業の設備投資(有形固定資産残高)と家計の可処分所得・消費支出の推移を指数(201013月期=100)で示したものである。

 「企業と家計の経済諸指標の推移」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyo_to_kakei_no_keizaishoshihyo_no_suii.pdf

 この表から毎年の79期と今年の四半期ごとの数値を抽出して示すと次のとおりである。

        企業
の設備投資      家  計  
 
       (有形固定資産残高) 可処分所得  消費支出 
2010
13月    100.0       100.0     100.0
2010
79月      97.9             98.6     100.4
2011
79月     96.5          98.8      97.8
2012
79月     94.6        98.4      98.1
2013
79月         90.0        97.9      98.7
2014
13月     91.3        98.2     103.4
   4~6月     91.2           95.7      94.0 
   7~9月    92.1               93.9      94.1

 これを見ると、アベノミクスが経済の好循環を生み出すための起点(牽引要素)とみなした設備投資(有形固定資産残高)は増加どころか、微減となっている。そうなったのは企業の労働分配の低さ、消費税増税等による家計の可処分所得の減少から、GDPの約6割を占める個人消費が低迷したためである。
 つまり、供給サイドに「稼ぐ力」を付けることを経済循環の起点においた安倍政権の経済政策は消費税増税の影響もあって需要サイド(家計)の可処分所得が縮小する状況では、消費の低迷→設備投資の低迷→雇用の低迷→家計の可処分所得の縮小→消費の低迷、という悪循環を招いているのである。
 そうなったのは、本来、「結果」であるはずの「デフレからの脱却」を経済政策の目標に据え、本来、「起点」に据えるべき個人消費の底上げ、そのために必要な正規雇用の拡大、賃上げ等による家計の可処分所得の増加を、経済の好循環の「結果」であるかのように錯覚したからである。
 このように目的-手段の関係をわきまえない無謀な経済政策の帰結を冷静に観察し、自省するどころか、統計数値を身勝手につまみ食いして自画自賛しているのが今の安倍首相の姿である。

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就業者数が100万人増えたというけれど ~安倍首相の自画自賛を検証する (その2)~

  20141222

 この記事では、安倍首相がアベノミクスの成果として挙げる就業者数の増加が安倍政権の経済政策の成果というに値するのかどうかを検証したい。

 自民党が12月の衆院総選挙にあたって発表した「重点政策集2014 景気回復、この道しかない」の中に「アベノミクスで、ここまできています」というページがある。そこではアベノミクスの成果の一つとして、就業者数が現安倍政権発足時(201212月)の6,257万人から今年の9月時点の6,366万人へ約100万人増加したことが挙げられている。
 このような雇用統計値の評価の仕方が妥当かどうかをデータに基づいて確かめるのがこの記事の目的である。

雇用者総数は確かに増えたが
 自民党の重要政策集や安倍首相は「就業者数」が増えたと言っているが、「就業者数」と「雇用者数」の違いを確かめておく必要がある。
 「就業者数」とは「自営業主・家族従業者数」と「雇用者数」を合わせた数値である。近年、わが国では「自営業主・家族従業者数」の減少と「雇用者数」の増加が並行して進行してきたが(内閣府『平成23年度年次経済財政報告』の210215ページで、その背景と要因が検討されている)、雇用者数が就業者数の87%前後を占める点に大きな変化はない。ただし、就業者関連の統計データには、その性格上、正規・非正規と言った雇用形態別のデータがないのに対して、雇用者関連の統計データにはそれが詳しく示されている。

 そこで、まず、総務省統計局「労働力調査(基本集計)」に収録されている長期時系列データに基づいて、安倍政権発足を挟んだ過去7年間の就業者数および雇用形態別の雇用者数の推移に確かめてみた。なお、雇用動向が季節的要因の影響を受けることを勘案して、ここでは直近に公表された四半期データ(79月期の月平均)と季節を揃えるため、ひとまず、20082014年の79月期の月平均の推移を調べた。結果は次のとおりである。

 「就業者数と雇用形態別の雇用者数の推移」
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/shugyoshasu_koyokeitaibetu_koyoshasu_suii.pdf

 これを見ると、現安倍政権発足直前の20127月~9月期から今年の7月~9月期にかけて就業者は71万人増加したことになる。自民党や安倍氏が約100万人の増加というのと約30万人のずれがある。これは自民党・安倍氏が就業者増減の基準値として安倍政権が発足した201212月単月の数値を用いたのに対し、ここでは現時点と季節的に、より比較可能性が高く、平滑化した7月~9月の四半期の月平均で比較したためである。
 ちなみに、安倍政権発足前の就業者数を201210月~12月の月平均(6,282万人)とし、それと今年の10月時点の就業者数(6,390万人)と比較すると108万人の増加となる。また、上の表から、安倍政権発足時から現在までの間に就業者の大半を占める雇用者も101万人増加(5,156万人→5,257万人)したことがわかる。
 では、安倍首相が自画自賛するとおり、「雇用者約100万人増加」は額面通りに評価できるのだろうか?

増えたのは非正規雇用、正規雇用は減っている
 ここで注視したいのは、雇用者数の増加を雇用形態別に示したデータである。上の表でいうと、20127月~9月期から今年の7月~9月期にかけて雇用者が総計で101万人増加したといっても、雇用形態別の内訳でいうと増えたのは非正規雇用(123万人)で、正規雇用は22万人減少しているのである。正規・非正規の割合で言うと、この間に正規雇用者数の割合は64.5%から62.9%へ下がっている。
 また、比較の2時点を自民党・安倍首相のやり方に近づけて201210月~12月(表の②)と最新の201410月(表の④)を比べると、次の通り、雇用者数は総計で106万人増加したことになるが、内訳では正規は32万人の減少、非正規は137万人の増加となり、大勢は変わらない。

        安倍政権発足時  201410月現在  増 減 
 雇用者数総計  5,173万人     5,279万人    106万人
 正規雇用者   3,330万人     3,298万人   ▲32万人
 非正規雇用者  1,843万人     1,980万人    137万人 

 つまり、総計で約100万人の増加といっても、そのすべてが非正規雇用の増加であり、正規雇用はむしろ減っているのである。
 こうした内実を顧慮せず、全数ベースの増減だけを取り上げて、雇用者数あるいは就業者数が増加したことを成果と言ってよいのか、大いに疑問である。

 というのも、非正規雇用の増加がわが国の賃金水準を押し下げ、雇用の不安定性、長時間労働の温床になっていることはしばしば指摘されてきた。ここでは、非正規雇用の増加がわが国の賃金水準を押し下げる主な要因になっていることを厚労省「平成25年賃金構造基本調査(全国)」にもとづいて示しておきたい。
 以下は上の厚労省資料で示された正規・非正規雇用間の賃金格差(正規社員・職員=100とした時の非正規の社員・職員の賃金の指数)を年齢階級別(男女計)に見たものである(単位:千円)。

   年齢階級別の正規・非正規の雇用者の賃金格差
  年齢階級   正規雇用者  非正規雇用者  格差指数
  2024    200.9    168.2     84    
  2529    235.1      188.0     80
  3034    270.4    197.8     73
  3539    306.0     198.6      65
  4044    342.1    195.8     57
   45~49    378.3
    192.4     51
  5054    394.7    193.8     49    
  55~59    380.3    191.5     50

  6064    300.8    215.6     72
  6569    296.4    195.3     66
   年代計    314.7    195.3     62

 これを見ると、年齢が上がるにつれ、格差は拡大し、4559歳の年代では非正規雇用者の賃金は正規雇用者のほぼ半分となっている。

非正規雇用を増やして人件費を削減することで企業業績を底上げできたとしても家計への所得分配は細り、GDPの約6割を占める個人消費を低迷させる要因となる。その結果、行き場のない企業利益が250兆円に達する内部留保として溜め込まれるとともに、手持ちの現金預金が70兆円にもなったのである(いずれも20146月末現在。資本金1億円以上の企業合計)。これを「好循環」と呼ぶのは無理な話である。

就職件数は増加ではなく減少している
 以上の数値はすべて累計値である。では、フロー(新規)ベースの雇用動向はどうなっているのだろうか?
 次の表は厚労省職業安定局雇用政策課が発表している「一般職業紹介状況」で示された月ごとの雇用形態別の就職件数を四半期単位で集計し、それを月平均に換算したものである。

 「雇用形態別の就職件数の推移」
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/shushokukensu_suii_koyokeitaibetu.pdf

ハイライトの箇所を抽出すると次のとおりである。

           雇用者数の増減

      安倍政権発足時      現  在
    (20121012月) (20148月~10月) 増 減
        月平均         月平均
 全 数   170,037       164,230     6,507  
 正社員    72,175        72,643       468
 パート    63,850        60,701     3,149 

 つまり、フローベースの就職件数で見ると、安倍政権発足時から現在までの間に正社員は微増となっているが、パートの就職件数が減少したため、雇用者総計では月平均で6千人強の減少となっている。
 このような結果は、非正規の雇用者が景気低迷時の調節弁として雇い止めされるケースが増えたことを意味するという解釈もあり得る。しかし、同じ期間にパートの有効求人数(月平均)は760,498人から877,859人へと117,361人増加している。この点から言うと、企業の側でパートの採用の手控えとか雇い止めが増えたことが非正規の雇用が減少した主な理由とは考えにくい。
 むしろ、注目すべきなのは、この間、有効求職者数(月平均)が637,809人から632,158人へ5,651人減っていることである。これはパート就労を希望しながらも、条件に適う求人がなかなか見つからない、面接以前に年齢基準で就職がかなわないたなどのため、求職活動を行わない非労働力人口が増加していることを意味するのではないかと考えられる。
 こうした推論はさらに詳しく検討される必要があるが、足元の就職件数が絶対数で減少しているという事実は非正規雇用の問題と並んで、見えにくい雇用問題として早急に実態の解明と対策が求められる。時の政権担当者たるものは雇用統計の表層をつまみ食いして自画自賛している状況でないことは確かだ。


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有効求人倍率は雇用の実態を反映していない ~安倍首相の自画自賛を検証する (その1)~

  20141221

有権者はアベノミクスを信任したのか?
 衆議院総選挙の投開票日の直後、安倍首相は「アベノミクスをさらに前進させよ、という国民の声をいただいた」(1215日、NHKニュース)と胸を張った。そうなのか?

 「毎日新聞」が12910日に行った世論調査のなかに、「アベノミクスによって景気がよくなったと思うか」という質問項目がある。回答結果は次のとおりだった(「毎日新聞」1211日)。
           総 計   男 性   女 性
  思う       21%    24%    19
  思わない     70%    67%    72

 選挙後はどうか。「共同通信」が121516日に行った世論調査で質問した「アベノミクスで今後景気がよくなると思うか」への回答は次のとおりだった。
  思う 27.3%   思わない 62.8%   分からない 9.9%  

 このような数字を見て、なお「わが政権の経済政策は信任を得た」と胸を張るのだとしたら、安倍首相の自己愛が異常か、安倍首相には不快な民意をふさぐフィルターが備わっているのか、どちらかだろう。どちらであれ、国民にとって不幸なことである。

確かに「有効求人倍率」は1を超えたが
 衆院選の終盤から選挙後、安倍首相はアベノミクスの成果として繰り返し、3つの点を挙げた。
 ①就業者数が政権交代後、100万人増えた。
 ②有効求人倍率がようやく1を超えた。
 ③賃上げは過去15年間で最高になった。従業員100人以上の企業では平均月額5,254円(昨年比1.8%アップ)になった。

 このような経済指標の使い方、読み取り方が実態に照らして妥当なのかどうかを順次、検証していきたい。まず、この記事では②を検証する。
 はじめに、厚生労働省職業安定局の解説を使って用語の意味を確認しておきたい。「求人倍率」には2種類ある。一般に「有効求人倍率」と呼ばれるのは月間有効求職数に対する月間有効求人数の比率のことをいう。これに対して、「新規有効求人倍率」とは文字通り、新規求職数に対する新規求人数の比率のことをいう。
 そこで、この倍率が近年、どのように推移してきたかを厚労省職業安定局雇用政策課が月別に公表している「一般職業紹介状況について」で確かめると次のとおりである。

「有効求人倍率・就職率・充足率の就業形態別の推移」 
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/rodozyukyu_3shihyo_no_suii.pdf

 これをみると、パートの有効求人倍率は3年前の201110月当時から1を超え、その後もおおむね上昇を続けて、今年の10月時点では1.62となっている。これに対し、パートを除く職種の有効求人倍率は201010月当時0.5で、その後も1以下が続いたが、今年の9月に1.0となり、10月には1.02となった。この点は安倍首相の指摘のとおりである。
 では、「有効求人倍率」が1を超えたとはどういうことなのか? 求人数が求職数を超えているのだから、直感的には、「好き嫌いを言わなければ、職を探している人は誰も職に就ける状況」と考えがちである。労働需給の状況から言えば、確かにそう解釈できそうである。しかし、私が問題にしたいのはここから先である。

実際に職に就けたのは求職者の1割!
 くどいようだが、「有効求人倍率」とはあくまでも労働の「需給」状況を示す指標であって、求人を出した企業がそれと同じ数だけ実際に採用するかどうか、したかどうかは別の話である。同様に、「有効求人倍率」が1を超えたからといって、職を求めた人がすべて職に就いたかどうか、就けたかどうかも別の話である。
 この点では、求職者にとって重要なのは「求人数」ではなく、実際に職に就けたかどうか、求人をした企業が実際どれだけ「採用」をしたのかである。
 実は、このような実績値も、厚労省職業安定局雇用政策課が公表している前掲の「一般職業紹介状況について」になかで示されている。「就職率」、「充足率」という指標がそれである。このうち、「就職率」とは求職数に対する実際の就職件数の割合をいい、「充足率」とは求人数に対する実際の就職(採用)件数のことをいう。前掲の表にはこれら2つの指標の推移も示している。
 ここで、過去4か年の10月時点の3つの指標を抽出して示しておく。いずれもパートを除く数値である。

          有効求人倍率 就職率   充足率
  201110月    0.64           6.6%  10.3%
    2012年10月    0.75           7.0%      9.4%
  2013年10月    0.91           7.5%    8.3%
  2014年10月
   1.02    7.7%    7.5% 

 これを見ると、就職率は微増の傾向にあるとはいえ、それ自体(絶対水準)は今なお7%台である。求職者のうち、実際に職に就けたのは100人に8人未満ということだ。
 さらに、充足率は4年前の時点でも10%強という低い水準だったが、近年はそこからさらに下がり、今年の10月時点では7.5%となっている。
 このような「実績」を省みず、求人と求職の比率だけを取り上げて雇用状況が改善した、上向いたと喧伝するのは実態を大きく見誤るものである。
 

「有効求人倍率」と「就職率」「充足率」が乖離する要因の検討

では、なぜこれほどまで「有効求人倍率」と「就職率」、「充足率」が乖離するのか、その要因を検討することこそ、雇用政策の最重要課題である。私には、この問題を究明するのに十分な知見、資料を持ち合わせていないが、ここでは総務省統計局が定期的に公表している「労働力調査」の期別詳細集計に収録されている、
 (A)現職の雇用形態についた主な理由別の非正規の職員・従業員の内訳
 (B)これら非正規職員・従業員が現職の雇用形態についた主な理由別にみた転職希望者の割合
 (C)完全失業者が仕事に就けない理由
の調査結果を手掛かりに上記の乖離が生まれる理由を推理してみたい。以下では(C)を除いて実数は省き、百分比のみを示すことにする。すべて201479期平均。

 
まず、(A)のデータ(上位の理由の抽出)を示すと次のとおりである。
    (非正規の職に就いた理由)     男女計   男性   女性
  自分の都合のよい時間に働きたいから   25.4%  24.1%    26.0%
 家計の補助・学費等を得たいから       20.6%    12.1%     24.4% 
 家事・育児・介護等と両立しやすいから  12.2%    0.9%     17.4% 
 正規の仕事がないから          17.1%  25.8%     13.1%

 次に(B)のデータを示すと次のとおりである。(原表の実数から計算)
  (非正規の職に就いた理由)  (転職を希望する非正規職員等の割合)
                                                         男女計    男性      女性
 自分の都合のよい時間に働きたいから   19.7%   23.0%    18.1%
  家計の補助・学費等を得たいから     20.2%   17.1%    20.9% 
  家事・育児・介護等と両立しやすいから    20.6%   40.0%    20.2% 
  正規の仕事がないから          47.3%   47.7%    47.0%

 最後に(C) データを示すと次のとおりである。
 仕事に就けない理由別に見た完全失業者の割合 
  希望する種類・内容の仕事がない      67万人(28.2%)
  求人の年齢と自分の年齢とがあわない      36  (15.1%)
   勤務時間・休日などが希望とあわない      28  (11.8%)
    賃金・給料が希望とあわない        21  (  8.8%)
   自分の技術や技能が求人要件に満たない    16  (  6.7%)
  条件にこだわらないが仕事がない        15  (  6.3%)
  その他                    51  (21.4%)

 これら3つのデータから「有効求人倍率」と「就職率」、「充足率」が乖離する理由を以下のように推理できる。
 1つは、これまでから常識的に指摘されてきたことではあるが、求人側が求めるニーズと求職側の希望条件ないしは就労可能条件に大きなギャップがあるということである。特にはっきりしているのは求人に年齢要件が付けられている場合である。データ(C)から、求職しながら就職できない高齢者にはこれに該当するケースが少なくないことが窺える。また、データ(C)にある「自分の技術や技能が求人要件に満たない」という理由もこれに近いと考えられる。

 第2は、正規雇用がなかったために非正規の職に就いている人の割合が高く(データ(A))、なおかつ、そうした人々の中で正規雇用への転職を希望する人の割合が男女を問わず47%に達している(データ(B))にもかかわらず、正規雇用の求人が少ないというミスマッチである。正規・非正規別の雇用動向はこのあとの記事で触れるが、一口に求人といっても正規雇用の求人か、非正規雇用の求人かで、求職とのミスマッチが起こることは当然予見されるし、この点こそ、現在のわが国の雇用政策で是正が求められている最重要問題である。この意味で、求人の中に非正規の求人がどれほどか考慮せず、正規・非正規の求人をどんぶり勘定した「有効求人倍率」だけを取り出し、これが1を超えたことを時の首相が誇らしげに語るのは無知か、愚かか、いずれか、または両方である。

「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」の欺瞞性
 第3に指摘しなければならないのは、政府が労働法制の規制緩和の理由としてことあるごとに唱える「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」という物言いと現実の乖離である。
 データ(A)で挙げられた非正規の職に就いた理由は一見、「多様な働き方」というニーズを表しているかに見える。確かに、そうした理由で非正規の職を選んだ人々も少なくないだろう。しかし、データ(B)を見ると、「自分の都合のよい時間に働きたい」という理由で非正規の職に就いた人の約20%が正規雇用への転職を希望している。同様に、「家事・育児・介護等と両立しやすい」という理由で非正規の職に就いた人の約21%(男性の場合は実数が5万人と少ないが、そのうちの40%に当たる2万人)が正規雇用への転職を希望している。そして、非正規の職に就いた人の17%(313万人)は「多様な働き方」からなどというきれいごとからではなく、「正規雇用がなかったから」という理由で非正規の職を選ばざるを得なかったことが示されている。

このような現実を直視せず、「多様な働き方に見合った柔軟な雇用形態」などという机上のうわごとを唱えるのは、自分の生活条件を二の次にしてでも必死に正規雇用を求める人々、あるいは「柔軟」云々ではなく、育児、介護といった死活的な生活条件から非正規の職を求める人々が少なくない実態を無視するものである。

 最後に指摘しておきたいのは、これまで使ったデータには含まれていない非労働人口、具体的には「就業を希望しながら求職活動をしていない人々」が今年の79月期の平均で406万人もいるという事実である。この中には就業を希望しながらも、目下、病気療養等のため、求職活動をできない人(192万人)が含まれている点を留意することは必要だ。
 しかし、それでも、①残り214万人のうちの117万人は「適当な仕事がありそうにない」とう理由で求職活動をしていないこと、②非労働人口でかつ就業を希望している406万人のうちの315万人、率にして77.6%が15歳~54歳の年代の人々であることを深刻に受け止め、実効性のある対策を講じる必要がある。そうした対策を講じることなく、「女性が輝く社会」などと唱えるのは悪い冗談で済まない空言である。

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安倍首相の資金管理団体告発の件:その後

2014年12月19日

 本年
818日、私を含む4名は安倍晋三氏の資金管理団体「晋和会」を政治資金収支報告書(2011年分、2012年分)の虚偽記載で東京地検に告発しました。

 「安倍首相の資金管理団体を虚偽記載で告発」
 
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-f628.html

 「この件はその後、どうなったのか」という質問がネット上で寄せられていますので、この場をかりて状況をお伝えします。
 といっても、近々に告発人代理人弁護士を通じて、東京地検に告発受理のいかんを問いあわせてもらうことになっているというのが現状です。

 そもそも論に戻りますと、地検はいったん告発を受理しますと、捜査・検討の結果、不起訴と判断しても、告発人は検察審査会に異議を申し立て、不起訴が相当かどうかの審査を求めることができる仕組みになっています。

 「検察審査会の概要」
     http://www.courts.go.jp/kensin/seido_gaiyo/index.html

 そして、上の記事にあるように検察審査会が審査の結果、不起訴不当または起訴相当と議決した場合、検察官は検討のやり直しを求められることになっています。こうした検察審査会の議決を経て検察官が検討のやり直しをした件数はこれまでに約1,500件に上っています。

 ここから、検察庁は、いったん告発を受理すると、かりに事案を不起訴と判断しても、告発人に検察審査会へ異議申し立てをする権利を与えることになるため、なかなか告発を受理しない、あるいは受理するかどうかの判断をなかなか下さない傾向があるとされています。
 このような現状を多くの方々に知っていただき、かつ、検察庁の受理、不受理、受理後の事案の検討が種々の政治判断で歪められることがないよう、監視していくことが重要です。
 その意味から、私どもの告発の行方について、引き続き、多くの方々に関心を向けていただくよう、お願いします。

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