おいしい生ゆばパンを食べて石巻のパン工房の復興を応援しよう

 201657

 日和山から見渡した石巻の今
  4
26日、盛岡市内でTPPに関する講演を終えたあと、27日には同行した連れ合いのたっての希望もあり、北上市にある「現代詩歌文学館」に立ち寄った。その後、石巻市に向かい、駅近くのホテルで2泊。28日は、あいにく終日、きつい雨風だったが、前もって申し込んでいた市の観光協会のガイドさんの案内で被災地の今を見て回った。津波で市内が覆われたあの日、ガイドさんは消防署員として首まで水に浸かりながら、必死の思いで市民を救出する活動をされたとのこと。

 日和山の高台に上り、夫婦で説明を聴きながら、石巻市街の現況を見渡した。石ノ森漫画館がある中瀬が眼下中央に細長く伸びる。展望台の掲示板にある震災前の市街地の写真と見比べると、眼下の街並みはさみしく、緑も少ないのは覆うべくもない。災害公営住宅が市内各所に建てられているが、眼下に見える旧北上川周辺に建設中の災害公営住宅の場合は、申し込みがあったのは定員のまだ3割程度だと言う。その訳は河岸の堤防工事が未完成な場所では人々は入居を敬遠するからだそうだ。では、なぜ河岸の堤防工事は進まないのか? ガイドさんによると海岸沿いと違って、河岸沿いは私有地がほとんどで、買い上げが思うように進まないからだという。なるほどと納得した。

20160428_3

「がんばろう! 石巻」の看板のそばで
 
 日和山を下って、門脇・南浜地区へ案内してもらった。ここは死者・行方不明者が非常に多かった地区で、跡地は「災害復興祈念公園」とすることが決まっている。車が近づくと全国ニュースでも伝えられた「がんばろう! 石巻」の大きな看板が見えてきた。車を降りて近づくと、看板の近くに献花台があり、そのそばに野立ちのガス灯のような低い背丈の建造物があった。石巻の被災地に残った木片を集め、それを種火にして亡くなった人々を追悼するものだという。

25_3
 
 「災害復興祈念公園」予定地を発って、最後に新装なった石巻魚市場を案内してもらった。全長876m、東洋一長い魚市場だそうだ。鳥や猫が入り込まないよう、建物はすべてドア付き。セリはもう終わり、閑散としていた。私たちが案内された2階は見学者用のデッキだった。漁獲量は震災前の95%にまで回復しており、魚市場の復興は石巻の復興にとって、一番の明るい話題だとガイドさんは話した。

 
昼食は、別れ際にガイドさんに勧められた地元の小さな魚の加工・販売ショップ「プロショップまるか」の中にある食堂へ出かけた。食堂と言っても無造作にテーブルが置かれただけ。それでも、金華山で獲れたてのいわし、くじら、あじ、さよ、赤貝などが並ぶ。そのなかから好きなものをトッピングしてカウンターに持っていき、ごはん、味噌汁を付けてもらうと盛りだくさんの食事となる。

偶然に立ち寄ったパン工房パオ
 
 昼食を終えると、後の予定は特に決めていなかった。傘をさして近くの寿福寺をのぞき、駅に向かって歩くうちに、そう言えば、このあたりに「復興商店街」があったはずだと思い出した。道すがら、通りかかった人に尋ねながら歩くとすぐにたどり着いた。七十七銀行石巻支店の近くで、正式の名前は「石巻復興ふれあい商店街」。全部で8つほどの商店が並んでいた。閉まった店もあったが、23のぞいた後、最後に入ったのが「パン工房パオ」だった。
 他に客はなく、すぐに店主から声を掛けられた。千葉から夫婦で来たというと大変歓迎され、まあどうぞと腰掛を差し出された。手際よくコーヒーまでいただいた。パオの人気商品は「生ゆばパン」。生地に50%のゆばを練り込んだ食パンだ。原料はすべて国産の天然素材。帰宅して少しトースターで温めて賞味すると、なるほど店主の自慢のとおり、もちもちとした一味違う食感がした。ゆばを原料にした食パンがあるとは知らなかった。
 詳しくはネットにアップされている店のHPをご覧いただくのがよいと思う。
 http://ishinomakiya.com/pao/
 

 
 話が弾み、店のご主人・谷地田けい子さんは、市内にあった元の店が津波に流されて押し寄せた漁船で押しつぶされ、全壊したこと、しばらく途方に暮れ、営業再開を諦めかけていたところ、元の得意先から再開を望む声が届き、営業再開を決心。ちょうどこの「復興ふれあい商店街」に入れたそうだ。再開後は元のファンや復興支援で石巻にやってきたボランティアがインターネットで県外に広報したところ、注文が増えたという。その影響もあってか、今では、店の売り上げは来客よりも地方発送の方が多いそうだ。そんな経過もあってか、谷地田さんは私たちに何度も、支援者への感謝の言葉を語った。 

80
 
おいしいパンを食べてパン工房パオの営業継続を応援しよう
 
 しかし、「石巻復興ふれあい商店街」はプレハブ製の仮設店舗。しかも2年という期限付き。当初、市は去年の12月で閉鎖の予定だったが、今年の10月まで延長となった。その期限まであと半年足らずだ。話の終り頃、谷地田さんは工房の将来を話し終えたところで、「銀行が融資に応じてくれるといいんだけどね」と話した。店主の今の気持ちを物語る一言と思えた。生ゆばパン、天然酵母パン(オレンジ)、ガーリックトーストを買って外へ出て、宿へ向かった。
 生ゆばパンは22,100円。食パンとしては決して安いとはいえない。が、それでも愛好家からの注文は多いという。実際に味わうと、納得する人が多いからだろう。おいしいパンを食べて、震災に負けず、パン工房の再起にかけるパオの営業継続のため、たくさんの方が応援していただくことを願っている。

 手造りパン工房 パオ
住所 宮城県石巻市立町2-6-23 【石巻立町復興ふれあい商店街】No.11
電話番号 0225-96-4770   FAX番号 0225-22-8696
営業時間 10001700 定休日 第1、第3日曜日
 注文はファックスで。(FAX番号 0225-22-8696)詳しくは下記。

(下の画面をクリックすると拡大します。その画面を右クリックして「画像を印刷する」を選択すると、注文用紙をプリントできます。それに注文内容を記入してFAXで送れます。FAX番号は下記。)

30




| | コメント (0)

お知らせ 『季論21』フォーラム~電波はだれのものか~

2016411

〔追記〕4月12日
  今日、下記のフォーラムの主催者から、岸井成格氏(毎日新聞特別編集委員、TBSスペシャルコメンテーター)が新たにパネリストとして参加されることになったという連絡が届いた。あわせてチラシの更新版が届いたので、それにあわせて、この記事も更新することにした。

 ---------------------------------------------------------------------

 雑誌『季論21』編集委員会の主催で次のようなフォーラムが開かれることになった。

             『季論21』フォーラム
              電波はだれのものか
  
 ~「停波」発言と報道・メディア、言論・表現の自由を考える~


     2016526日(木) 午後215分~
   東京・文京シビックセンター スカイホール(26F
        (地下鉄・丸ノ内線「後楽園」駅 すぐ)
   パネリスト
    青木 理さん(ジャーナリスト)
    新垣 毅さん(「琉球新報」東京支社長)
    岸井成格さん(毎日新聞特別編集委員、TBSスペシャル
                               コメンテーター)
    永田浩三さん(メディア社会学、元NHKプロデューサー)
    醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」
                        共同代表)
 

   どなたでも参加できます。資料代・500

   チラシ http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kiron21forum_chirasi_20160526_2nd.pdf

 私もパネリストの1人として、目下の重要テーマについてメディアに造詣の深い方々と討論する機会を得たので、高市総務大臣の停波発言を単に「言論への介入」と批判するだけでなく、停波発言のどこが、なぜ、どう、問題なのかを考えるためにも、

 ①TBSの安保報道の「偏向」を執拗に批判する「放送法遵守を求め
   る視聴者の会」が採用した報道番組検証の方法――意見が分かれ
     るテーマについて賛否の取り上げ方の時間的バランスを問題にす
     る時間的公平の角度から政治的公平を論じる方法ーーに内在する
     問題点、時間的公平と多角的論点の提供はどのような関係にある
     のか
、しばしば言われる報道の「中立性」とは何なのか、どう評
     価すべきなのか、
 ②放送法4条の枠組みの遵守以前に、自主自立の報道の要というべ
     き自律的な「調査報道」の役割、それが劣化している現状、
 ③組織としてのジャーナリズムの使命と、そこにおける11人の
     放送人の個人としての責務はどのような位置関係にあるのか、

についても論点を提出し、議論をかわしたいと考えている。

21_60
 

| | コメント (1)

TPPは地域を壊し、地産地消を脅かす。批准は許されない

2016331 

 昨日(330日)、「TPPを批准させない3. 30 国会行動」が行われた。主催は「TPP批准阻止アクション実行委員会」。私も呼びかけ人に名前を連ねた「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は賛同団体に加わり、私は個人としてこの日の行動の呼びかけ人に加わった。行動は3部制で行われた。
 第1部(1430分~1630分):衆議院第2議員会館前での座り込
                                                  み行動
 第2部(1700分~1830分):決起集会(憲政記念館ホール)
 第3部(1900分~2000分):国会請願キャンドルデモ

 私は都合により、第3部の行動には参加できなかったが、第2部で、呼びかけ人の1人として、植草一秀さん、内田聖子さんとともに、短いスピーチをした。事前に司会者から5分でという指示を受けていたので、散漫なスピーチにならないよう、今の時点でぜひ話したいと思うことを持ち時間の中で話せるよう、用意した原稿を読み上げる形にした。もう少し、その場の話し言葉で発言した方が親しみを持っていただけたのではと、後で反省したが、とにもかくも限られた時間で言いたいことは言えたかなと思っている。
 以下、読み上げ原稿を転載しておきたい。
 なお、第2部の集会の模様はIWJの記録録画が次のように、ネットにアップされている。

  TPPを批准させない3.30集会 in 憲政記念館ホール IWJ 録画
 
 http://www.ustream.tv/recorded/85065028
  (右サイドバーの「2016/03/30 16:50」)

UPLANの録画もyoutubeにアップされている。
    https://www.youtube.com/watch?v=6VKR7kXNJxk
  (私のスピーチは7:251300

 11
40秒~ 呼びかけ人あいさつ 原中勝征(前日本医師会会長)
 16
40秒~3900秒 呼びかけ人スピーチ
               醍醐 聰、植草一秀、内田聖子
3950秒~1時間1100秒 各党代表あいさつ
               民進党、無所属、日本共産党、社民
               党、生活の党
1時間1500秒~ 制服向上委員会 スピーチ&うた
1時間2100秒~ 各界参加者決意表明

 -------------------------------------------------------------------

    3.30憲政記念館集会スピーチ 読み上げ原稿

                          醍醐 聰

 皆さん、こんにちは。安倍首相は3月3日の参議院予算委員会で、TPP交渉において日本は勝利した、と誇らしげに発言しました。どうしてでしょう? ほとんどの国が98%の農産品の関税を撤廃したのに対し、日本は82%にとどめたからだ言うのです。しかし、これは、安倍首相の過剰な自己愛に災いされた実績詐称のホラフキです。
 日本が関税を撤廃した82%の品目の中には、政府がTPP交渉に参加する時に「聖域」とした170の重要品目が含まれています。交渉からの脱退も辞さず守るよう、国会でも決議された「聖域」のうちの29%の農産品の関税を政府投げ売りしたのです。

 さらに、「日本農業新聞」の調査によると、関税を守ったと政府が言う農産品の細目のうちの20は既に関税がゼロになっていたもので、これ以上、下げようのないものでした。こんなデタラメな説明を国会で通用させてはだめです。

 TPP協定文書には私たち市民にとっても日本の国家主権にとっても毒素が随所にちりばめられています。ここでは、地域経済をこわすという毒素について考えてみたいと思います。
 今、日本の各地で「地産地消」の取り組みが続けられています。直売所での地元産品の販売、地元農林水産物を活用した加工品の開発、学校給食での地元農林水産物の利用などを通じて、生産者と消費者が「顔の見える繋がり」をつくり、地域の活性化、流通コストの削減を図ろうという取り組みです。
 農水省は学校給食における地場産物の利用割合を2015年までに30%以上にするという目標を掲げて地産地消を奨励してきました。

 ところが、TPP協定文書の投資の章を見ると、自国の領域において生産された物品を優先的に購入するような措置は許されないと定めています。となりますと、外国産品も出回っている中で、学校給食などで地元産品の利用を奨励することは、内外無差別の原則に反するとして海外食品企業から、ISDS条項を使った訴訟を起こされる恐れが出てきます。政府調達の章でも、入札にあたって現地調達を行ってはならないとされています。
 こうしたルールは既に日本も加盟しているWTO政府調達協定で定められた水準と同等であり、新たな懸念には及ばないと政府は説明しています。

 しかし、2012年に発効した韓米FTAには内外無差別原則は盛り込まれていませんでしたが、韓国政府は、この協定に入れられたISDS条項で米国企業から訴訟をおこされることを恐れて地方自治体に地産地消の条例を止めるよう指示しました。その結果、約9割の自治体が「地産地消」の条例を変更し、米国産品も選べるような表現に直しました。
 さらにTPP協定では3年以内に、国際入札を義務付ける対象範囲、基準額を再交渉すると謳っています。
 地域主権、地域経済を脅かし、地産地消の流れに逆行する危険な船に乗ることはぜったいに阻止しなければなりません。

 皆さん、たとえ、お腹にパンチをくらおうと(注)、私たちには道理と大義があります。今の国会でTPP協定の批准を阻止し、さらにアメリカ、カナダ、日本が足並みをそろえれば、TPP協定を永久に葬り去ることができます。ともに頑張りましょう。

 (注)「たとえ、お腹にパンチをくらおうと」という台詞は唐突に
    思われたかもしれないが、次のような報道を念頭に入れて
    使った言葉である。

 「自民・山田俊男氏、農協関係者に暴力 党幹部が公表」
 
(朝日デジタル 20163252132分)
 http://www.asahi.com/articles/ASJ3T652DJ3TUTFK01S.html
 
 「自民党の山田俊男参院議員(比例区)が18日の党会合に出席した際、農協関係者に対して暴力を振るっていたことが25日、明らかになった。伊達忠一党参院幹事長が同日の記者会見で、「本人に話を聞いた。事実関係を認めていた」と説明した。
 山田氏は、食品の原料原産地表示をテーマにした会合の終了後、出席者の農協関係者と口論になり、腹部を素手で殴ったという。伊達氏によると、山田氏は党参院執行部による事情聴取に対して「親しい間柄で、暴力の認識はなかった。迷惑をかけ、申し訳なかった」と謝罪したという。
 山田氏は農協の組織内候補として2007年参議院で初当選し、2期目。」

35_3 TPP影響試算の一環として訪問したJA北海道中央会で
 (2013年5月14日 醍醐聰撮影)

35_4 同上。帯広市での調査を終えて出かけた帯広市内緑ヵ丘公園内の中
 城ふみ子の歌碑(2013年5月16日 醍醐聰撮影)

  母を軸に子の駆けめぐる原の晝 木の芽は近き林より匂ふ    





| | コメント (2)

宮城県の民共政策協定を全国へ

2016325

 宮城県での画期的な民共政策協定
 
 32日、民主党宮城県連と日本共産党宮城県委員会は定数1となった今夏の参議院宮城選挙区の候補者を民主党現職の桜井充氏に一本化することで合意した。私が注目するのは候補者1本化にあたって両党が交わした以下のような6項目の「政策協定書」である。

政策協定書
 
1)立憲主義に基づき、憲法違反の安保関連法廃止と集団的自衛権行使容認の
  7. 1閣議決定の撤回を目指す。
2)アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する。
3)原発に依存しない社会の早期実現、再生可能エネルギーの促進を図る。
4)不公平税制の抜本是正を進める。
5)民意を踏みにじって進められる米軍辺野古新基地建設に反対する。
6)安倍政権の打倒を目指す。

民主・共産、政策協定調印式(ニュース録画)
 https://www.youtube.com/watch?v=ss3fMgYdRHw
201632日、FNN Local

 なぜ、私はこの「政策協定書」に注目し強い賛意を表すのか? 私は無力を承知で、昨年1215日に野党5党の党首宛てに次のような要望書を提出した。

「目下の重要課題を共通公約に掲げた選挙協力を」~来年の参議院選に臨む野党各党への要望書~
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yobosho_yato_toshu_ate20151215.pdf

 要望書の骨格は、野党の選挙協力の前提となる政策合意を「安保関連法の廃止」に絞るのではなく、
 2. 移設条件なしの普天間基地閉鎖、辺野古基地建設阻止
 3. 出口がふさがった原発再稼働は認めない
 4. 税制・財源に関する具体的対案
も含めるよう求めるというものだった。その時アップしたブログ記事に、それぞれの
項目、特に4について肉付けした説明を書いているので、ご覧いただけると幸いである。

参議院選挙の共通公約について野党党首に要望書を提出」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-4299.html 

 今回の宮城県での民共両党の政策協定書は、私も要望した安保関連法廃止からさらに踏み込んで「集団的自衛権行使容認の7. 1閣議決定の撤回を目指す」と明記しているのはたいへん意義深い。「安倍政権の打倒を目指す」が協定書に入っているのも合意の基礎を固める上で意義深い。

 と同時に、安保関連法廃止に加え、私も強く要望した「辺野古新基地建設反対」、「不公正税制の抜本改革」も含まれていることにむろん賛同する。さらに、私が、野党間の合意可能性を考慮して、「原発再稼働を認めない」とした点について、再稼働反対からさらに踏み出して、「原発に依存しない社会の早期実現、再生可能エネルギーの促進を図る」と謳ったのは貴重な合意であり、強く支持したい。
 また、民共両党の政策協定の2つめの「アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する」も時宜にかなった合意であり、今後はその具体化が求められる。

宮城県の「政策協定」を全国へ、全野党間へ
 
 日本共産党の中島康博県委員長は、「政策協定」調印式の場で、
「安倍内閣が締結しようとしている環太平洋連携協定(TPP)には反対」、「安倍内閣が進める消費税10%への増税に反対」の2点を、今後の政策協議の中で検討することを求めていくと発言している。
 私は既成の6項目だけでも大きな意義があると考えるが、さらにこれら2点が合意に加わるなら、いっそう価値ある政策協定となる。かつ、それは、選挙時の政策協定にとどまらず、今後の政権構想を協議する時の土台にもなると思われる。
 維新の会と合流して民進党となった旧民主党が当面は宮城県レベルで、この「政策協定書」を誠意をもって実行することが求められる。

 と同時に私が強く要望したいのは、この6項目(ないしは8項目)の政策合意を宮城県にとどめず、また、民主党・日本共産党2党間にとどめず、①全国化すること、②全野党の合意に広げること、である。
 今回の宮城県における民主・共産両党の6項目の政策協定は、どれも宮城県に固有のものではなく、全国の選挙区、ひいては国政レベルにも当てはまるものであり、各地域、各党間で合意が可能なものばかりである。なによりも各地の市民団体、野党各党に要望したいのは、宮城県での先駆的な政策合意を全国に、全野党間に広げる努力である。

問われる税制改革の中身
 なお、今回の宮城県での政策協定の4番目の「不公平税制の抜本是正を進める」は、2番目の「アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する」という政策を実行する上での財源確保という意味を持っている。多くの国民は野党が掲げる格差是正、社会保障の充実という公約に共感は持っても、直ちにそれが野党支持につながらない最大の壁は「財源の目途があるのか」という疑問である。
  この疑問を解消するためにも、「不公正税制の抜本的是正」という政策合意の中身を具体化することが不可欠である。そこで私は、

 ①消費税10%への引き上げの(延期ではなく)撤回
 ②法人税減税の中止、当面、安倍政権下で進められた不合理な法人
  税率引き下げをもとに戻す(40.69%→32.11%)、それによっ
  て約4兆円の税収を確保する、

という税制改正案を提案してきた。
 ①の消費税10%への引き上げは、景気低迷の中、安倍政権もためらいを見せているが、10%への引き上げ「延期」ではなく、「撤回」が重要である。でないと、不公正税制の根は残るばかりでなく、個人消費底上げの効果も乏しくなる。
 しかし、①だけでは、「穴が開いた財源をどうするのか」という議論が起こるのは必至である。そのような議論に備えるためにも、②を①と併せて政策合意する必要がある。
 ただ、さらに言うと、消費税率を8%に据えおくことによって税収見込みは4.4兆円ほど減少する。これをまかない、かつ今後も増加していく社会保障財源を確保するには、別途、規模の大きな税収が必要となる。

留保利益税の創設に向けた議論を
 そうした財政需要面からのニーズと不公正税制の是正という面からの要請を共に満たす税制改革案として、私が提案しているのは、約343兆円(金融・保険業を除く全規模の法人計、2015年度第一四半期末現在)に上る留保利益への課税である。提案の骨子は、資本金1億円以上の法人が保有する留保利益に当面2%の税率で課税をするというものである。この提案でいくと当面、約5.4兆円の税収を確保できる。
 留保利益課税の根拠、二重課税論への反論など詳細は、日本科学者会議東京支部『個人会員ニュース』No.10620151210日発行、に寄稿した次の拙稿をご覧いただけるとありがたい。

 醍醐 聰「留保利益課税の提案」
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/ryuhoriekikazei_no_teian.pdf

 企業が労働分配を抑え、低賃金の非正規雇用を増やしながら、内部留保(留保利益)を増やし続ける現実について、麻生財務相も「守銭奴」と批判し、安倍首相もたびたび経団連首脳を呼んで、賃上げに回すよう要請した。しかし、企業業績が堅調に推移している今春闘でも賃上げは低迷した。

 そもそも労使の賃金改定交渉に政治が介入することに問題があるばかりか、政府の要請が実効性を持つ保証はどこにもない。また、給与は年々の税引き前の企業利益を算定する手前で差し引かれる費用であって、既に積みあがった留保利益を減じるものでもないし、留保利益の活用を意味するものでもないことは会計学のイロハである。


 留保利益の活用というなら、直截に留保利益を課税対象とした法人税の補完税(過去の不公正な税制・社会保険料負担・労働分配などによって適正に課税されなかった企業利益に対する補完税)を課し、それによって増加した税収を社会保障財源などに充てるのがもっとも適正で公正な税制である。この点を政府、野党を問わず、熟慮されるよう強く求めたい。とりわけ、現政権に代わる政権を目指す野党には強く検討を要望したい。また、この留保利益課税は、理解さえ行き届けば、多くの国民の支持を得ることが十分可能な税制だと私は考えている。

| | コメント (1)

小川榮太郎氏の対論を読んで~放送法第4条の理解を深めるために(下)~

2016318

「政治的に公平」は「多角的な報道」と関わらせて
 今回の小川氏の見解に限らず、報道の政治的公平が議論とされる場合、賛否の意見をバランスよく伝えたかどうかが問題にされることが多い。しかし、言葉の本来の意味に立ち返ると、それはいわゆる報道の「中立」の問題であって「公平」の問題ではない。しかも、放送法には「公平」という言葉はあるが、「中立」という言葉はない。

 ここで私が留意したいと思うのは、放送法第4条第1項第4号が「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めていること、「意見が対立している問題については、それぞれの意見を公平に伝えること」とは定めていないことである。

 どちらであるかで意味が全く異なることは明らかである。では、放送法が前者のような定めをしたのはどうしてだろうか? この点を考える上で参考になるのは荘宏氏(放送法の制定作業にかかわった元電波監理局次長)の次のような指摘である。

 「この〔政治的公平を要請した放送法の〕規定は一見政治的な不公平を避ければよいとの消極的制限の規定にとどまるかのように見える。しかしながら政治的な公平・不公平が問題となるのは意見がわかれている問題についてである。そこで本号では第4号との関連において、単なる消極的制限のみの規定ではなく、政治的に意見の対立している問題については、積極的にこれを採り上げ、しかも公平を期するように各種の政治上の見解を十分に番組に充実して表現していかなければならないとしているものと解される。」

(荘宏『放送制度論のために』1963年、日本放送協会、136ページ。下線は醍醐が追加)

 つまり、荘氏は、放送法第4条第1項第2号の「政治的に公平であること」は、それ単独でではなく、まして、対立する意見をバランスよく伝える「中立性」の意味ででもなく、同項第4号の「多角的な論点の提示」と関連付けて解釈すべきものと理解しているのである。

  では、第2号規定と第4号規定を関連付けるとはどういうことか? この点を考える上で、荘氏の次のような指摘は含蓄に富んでいる。

  
政治運営に不可欠な常識の普及 (前略)この政治のあり方を決定づけるものは主権者たるわれわれである。すなわちわれわれは国会議員などの議員を選挙し、その活動ぶりを注視し、議決された法律・予算等を理解し、政府その他の行政当局の施策を知ってこれに基づいて行動するとともに、これを批判し、立法及び行政について希望を表明し、さらに次の選挙における意思を固める。・・・・民主主義国家が完全に運営されるためには、国民にあまねく高度の常識が普及していることが必要である。放送はこの目的のためにその機能を発揮しなければならない。
(荘、同上書、148ページ。下線は醍醐が追加)

 メディアの使命をこのように、「国民にあまねく高度の常識を普及させる、それを通じて国民の政治参加を民主主義国家にふさわしいものとすること」と理解することは、放送法がその目的を謳った第1条で、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」と定めたことと整合する。また、国民の知る権利に奉仕することがメディアの根幹的使命と広く理解されていることとも合致する。

「多角的な論点報道」に「中立」はなじまない
 ところが小川氏は記事の中で、放送法4条第14号の定めを原文で紹介しながら、在京6局の安保報道を批判する段になると、上記の4で紹介したように、安保報道番組における法案に対する賛否のバランスを問題にしている。
 しかし、意見が分かれている問題について、「賛否をバランスよく伝える」ことと、「できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」は全く別個の問題である。
 意見が分かれている問題だからこそ、国民に賢明な判断の拠り所となる情報を多角的に伝える報道機関の使命が大きいと解するのが立法趣旨に適った解釈なのである。

 小川氏が事務局長を務める「放送法遵守を求める視聴者の会」のHPを見ると、「知る権利とは?」と題した記事が掲載され、その中で、次のように記されている。

 「ただし『報道の自由』の目的は、国民の「知る権利」に奉仕することです。報道が多様な情報や意見を公平に紹介することによって、国民は主権者としての政治判断を適切に行うことが可能になります。報道が国民の『知る権利』への奉仕であるからこそ、取材や発表が自由に行えること(=報道の自由)が大切となるのです。」

 最後の文章に異論はない。問題は、「国民の知る権利に奉仕する報道」とは何を指すのかである。安保法案に賛成する意見と反対する意見をバランスよく伝えること(それも必要な要素の一つではあるが)が国民の知る権利にどれほど奉仕するのか? 
  「多角的に論点を明らかすること」と定めた放送法第4条第14号規定の趣旨に沿っていうなら、疑問点が多岐にわたる法案を報道する時にそれらの疑問点を考える情報を独自の調査報道も手掛け、掘り下げて伝えてこそ、「国民は主権者としての政治判断を適切に行うことが可能にな」るのである。

 こう考えると、疑問点が多岐にわたる法案を報道する時に、多くのコメンテーターが、それらの疑問点を指摘し、それに費やす放送時間が多くなるのは自然なことであり、「政治的に公平であること」と矛盾するわけではない。
 そもそも、法案の疑問点を指摘することを以て「法案に反対する論者」と決めつけること自体が稚拙な独断である。このようなレッテル貼りこそ、事なかれ主義を報道機関にはびこらせ、メディアの劣化に拍車をかける罪深い主張なのである。

植木枝盛は次のように述べている。
 
「人民にして政府を信ずれば、政府はこれに乗じ、これを信ずること厚ければ、益々これにくけ込み、もしいかなる政府にても、良政府などといいてこれを信任し、これを疑うことなくこれを監督することなければ、必ず大いに付け込んでいかがのことをなすかも斗り難きなり。」 (家永三郎編『植木枝盛選集』岩波文庫、1112頁)

 メディアの権力監視は市民による政治監視を有効にするための土台であり、ジャ―ナリストは政治権力者のパ-トナー、広報官であってはならない。メディアによる権力監視の基礎には「権力を疑え」という思想がある。このような使命を持つメディアの政治報道に「中立」を要求するのは、「国民の知る権利に奉仕するメディアの使命」を理解しない低俗で危険な反理性主義である。

 「放送法遵守を求める視聴者の会」が昨年1114日(産経新聞)と15日(読売新聞)に出した意見広告の中で名指しで攻撃された岸井成格氏は、「私たちは怒っている」という横断幕を掲げた6人のジャーナリストの記者会見(2016229日)に出席し、意見広告に関する感想を聞かれて、「低俗だし、品性どころか知性のかけらもない。恥ずかしくないのか」と答えた(「朝日新聞」201631日)。このような気骨が報道界に広がり、共有されることを私は期待している。 


「放送法」遵守というなら、放送法違反を繰り返す籾井NHK会長の罷免こそ急務
 
 小川氏は放送法違反を口にし、小川氏が事務局長を務める視聴者の会は「放送法遵守を求める」という文言を冠している。それなら放送の自主自立を謳った放送法のイロハに反する言動を繰り返す籾井会長の資質を問題にし、同氏の会長不適格、辞職を促すのが筋であり、急務である。

 ---------------------------------------------------------------

                           
権力監視  大切な自立性

                                                                     醍醐 聰

  メディアには時の権力を監視する役割が期待されています。テレビで放送された番組が政治的に公平かどうかを総務大臣が判断するのは、監視される側が、監視先をチェックするという矛盾が起き、問題です。
 政権の意向におもねることなく、伝えるべき課題を探り、それを調査して報道する使命がメディアにはあります。

 例えば昨年、安全保障関連法案の違憲性が指摘されました。政府は「必要な自衛のための措置」はとれるとした1959年の砂川事件最高裁判決を根拠に、集団的自衛権の行使は「合憲」と主張しました。これに対しテレビ朝日系の「報道ステーション」は裁判に関わった元最高裁判事が判例集に書き込んだメモを発見し、政府の解釈に無理があると指摘しました。
 こうした調査報道こそメディアの自立的報道の強みを発揮したものです。番組内容には偏りがあるか判断するのは視聴者、各放送局の審議会、NHKと民放が設置した放送倫理・番組向上機構(BPO)です。

 「政治的に公平である」などと書かれた放送法第4条は、放送事業者が自覚すべき倫理規定だと考えています。4条に違反したとして行政処分や法的制裁が科されれば、憲法21条で保障された言論や表現の自由を侵害する恐れがあるからです。

 自民党はやらせ問題などを理由にNHKやテレビ朝日の幹部から聴取するなど、メディアへの介入を強めています。政権との摩擦を避けるためか、当たり障りのない番組が増え、テレビ界全体で自粛ムードが広がっている気がします。政権に物申してきた報道番組のキャスターもこの春、一斉に交代します。

 今回の総務相発言について、わたしたちは発言撤回と大臣の辞職を求める申し入れを行いました。しかし、肝心の放送事業者から反論が噴出して来ないのが気になります。(上田貴子)

| | コメント (0)

小川榮太郎氏の対論を読んで~放送法第4条の理解を深めるために(上)~

2016年3月18日
 

「北海道新聞」に対論が
 目下、高市総務相の停波発言(28日、9日の衆議院予算員会で高市総務相が、政治的に公平であること等を定めた放送法第4条に違反する放送を繰り返した放送事業者に対しては電波法第76条第1項を適用して停波もあり得ると答弁したこと)をめぐって各方面で論議が広がっている。

 そのような折、「北海道新聞」の314日朝刊の<月曜討論>欄に、「放送局電波停止発言 どう考える」というタイトルで、「放送法遵守を求める視聴者の会」事務局長の小川榮太郎さんの見解と私の見解が対論形式で掲載された。掲載された私の見解の全文(元原稿)は2回めの記事の末尾に載せておく。

 このような状況の中で、TBSの「NEWS23」のアンカーを務めていた岸井成格氏の発言を捉えて「政治的に公平であること」と定めた放送法第4条に違反するとして、岸井氏を名指して攻撃した意見広告を読売、産経両新聞に出した「放送法遵守を求める視聴者の会」事務局長の小川榮太郎氏の見解は、高市発言がはらむ問題点を考える上でも有益と思われる。

 そこで以下、小川氏の見解を論点ごとに2回に分けて検討することにした。各項冒頭の引用文は今回の記事に掲載された小川氏の文章からの抜粋である。

小川氏は放送法4条をめぐって何が問題なのかを理解できていない
1. 
「放送法4条は民主党政権時代から、倫理規定ではなく法規範性を持つと解釈されてきました。」

 小川氏はこう述べて、放送法を倫理規定ではなく、法規範だと解釈するのは民主党政権時代も同じだったと説明している。しかし、民主党と自民党の解釈が同じかどうかは政党間の話であって、視聴者・国民から見てどうなのかに関わる議論ではない。
 政治の世界での解釈、見解というなら、国権の最高機関である国会での次のような経緯を知っておくことが肝心である。

 いわゆる「ねじれ国会」時代の2007年の国会で、政府から提出された放送法改正案の中に、ねつ造番組を放送した事業者に対し、再発防止計画提出を義務付ける行政処分規定が盛り込まれ た。しかし、衆参両院の法案審議において、こうした規定は「公権力による表現の自由への介入にあたる」との反対意見が出されたのを受けて、新たな行政処分規定は削除され、代わって、衆参両院の総務委員会は、放送界が共同で設置した第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の「効果的な不断の取り組みに期待する」との附帯決議を採択した。
 当時、総務大臣だった菅義偉・現官房長官も、放送法改正法案の趣旨説明の中で、新たな行政処分は「BPOによる取り組みが発動されるなら、私どもとしては作動させないものにしていきたい」と述べ、BPOによる再発防止策が機能している間は、行政処分規定を凍結する考えを示していた(2007522日、衆議院本会議 )。
 以上については、奥田良胤「『ねつ造』に関する新行政処分放送法改正案を国会に提出」『放送研究と調査』NHK放送文化研究所、20076月も参照)

 こうした経緯に照らしても、今回の高市発言はこれまでから政府・総務大臣が言ってきたことを繰り返したまで、という小川氏や高市総務相、菅官房長官の反論は事実に反する説明である。

2
. 「 放送法が悪法と言うなら野党は法改正を提案するべきですし、報道機関もその観点で批判してはどうでしょうか。現にある法律を執行するなと迫るのはルール違反です。」

 小川氏はこう述べているが、誤解ないしは曲解である。高市発言をめぐって野党あるいはいくつかの視聴者団体や報道機関、多くのメディア関係者が指摘しているのは、「放送法は悪法だ」ということではなく、「高市氏は放送法第4条の解釈を誤っている」(放送局が自覚的に遵守すべき倫理規定を法的な義務規定かのようにみなす曲解)ということである。言い換えると、放送法4条を「執行するなと迫っている」のではなく、「放送法第4条は行政処分を発動する根拠にならない」と言っているのである。

報道機関への行政指導には反対と言いつつ、報道機関への行政指導を促す自己矛盾

3
. 「民間放送局は視聴者が支持しなければスポンサーがつかず、抑制が働く建前になっています。しかし日本では企業が広告を出すに当たり、報道の内容を精査して判断する状況になっておらず、有効な監視手段が行政以外にないのが現実です。」

 小川氏はこう語っている。小川氏は、日本ではと断って、広告主が報道内容を精査する状況になっていないと言う。しかし、広告主が報道内容をチェックすることを期待できないのは、広告主にその意思があるかないかにかかわらず、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」(第3条)と定めた放送法総則が民間放送にも適用されるからである。

 公共的資源というべき電波の割り当てを受けた放送事業には、第三者による放送内容の検証、チェックが必要だが、問題はそれを「誰が」「どういう方法で」行うのかである。チェックをするのは政府・行政なのか、視聴者なのか、BPOなのかを区別せず、自明のように行政を監視役に見立てて、「強いパワーには抑制する仕組みを持つのが民主主義の基本原理だ」という小川氏は立憲民主主義の何たるかをわきまえず、憲法・放送法が言論の自由、放送の自主自立を謳った意義を理解できていないことになる。
 また、それ以前に、総務省も含んだ政府はメディアによって、その言動・国策を監視される対象である。その政府が監視役の報道のあり方に口を挟むのは主客を転倒させた自己矛盾である。

権力の監視報道に「中立性」を要求する俗流解釈
4
. 「私が代表理事を務める社団法人日本平和学研究所が昨年9月の安全保障関連法の成立直前5日間、在京6局の主要報道番組の賛否バランスをキャスターの発言などに基づき調べたところ、6局合計で賛成11%(1462秒)、反対89%(11452秒)と極端な偏りがありました。これでは視聴者はハト派の局とタカ派の局が主張を競い合うという多様性を期待できません。放送法に基づき、各局の番組内で多角的な論点と公平性を確保する以外ないのです。」

 まず、前段の指摘について。ここで小川氏は報道番組に出演したキャスターの安保法案に関する賛否を発言時間(秒数)をもとに計測し、その偏りを問題にしている。調査方法の是非はここでは論じないとして、念のため指摘しておくと、放送法にもNHK放送ガイドラインにも番組基準にも「中立であること」と謳った条項はない。
 小川氏も紹介した「多角的な論点と公正性の確保」からすると、安保関連法案には、日本の平和と安全、世界の平和に関わる重大な論点が数多く含まれていた。発進準備中の戦闘機への給油を認めるのは武力行使との一体化に当たるとの指摘が参考人として国会に出席した元法制局長官から出された。国会審議では野党から、自衛隊の内部資料にもとづいて、安全な「後方支援」というものがあり得るのかという疑問が提起された。

 一昨年、安倍内閣が集団的自衛権の行使を容認することは現憲法の解釈としても可能とする見解を決定した際、安倍首相は武力紛争から避難しようとする赤ん坊を抱えた母親のパネルを指し示し、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認しなければ、こうした邦人を救出しようとする米艦船を日本は防護できないと、記者会見で訴えた。

2014515_2
 ところが、昨年826日、参議院安保特別委員会で中谷防衛相は「邦人が乗っているか乗っていないか、これは絶対的なものではございません。総合的に判断するということで・・・」とあっさり答弁した。

Photo_2 
 また、昨年723日、イランのナザルアハリ駐日大使が日本記者クラブで記者会見した折、安倍首相が集団的自衛権を行使できる事例としてホルムズ海峡の機雷掃海を例示したことに対し、「イランを想定しているなら、全く根拠のないこと」と述べ、イランが機雷を敷設するなどして同海峡を封鎖する可能性を否定した。その理由としてナザルアハリ大使は「イランは有数の原油輸出国。(核開発疑惑を巡る)制裁で輸出額が半減し、これから輸出を増やそうとしているのに、なぜ海峡を封鎖する必要があるのか」と強調した。
 また、ナザルアハリ駐日大使はイランの核開発をめぐる主要6か国との最終合意が成立したのを受けて、中東をめぐる緊張緩和が進展したこともあって、ホルムズ海峡の機雷掃海という集団的自衛権行使の事例も信憑性がはげ落ちた。結局、安保法案は「立法事実」(立法を必要とする根拠)の欠落が次々と明らかになったのである。
 そして、とどめは違憲性だった。昨年7月に「朝日新聞」が憲法学者209人を対象に行ったアンケート調査によると、回答した122人のうち104人(85.2%)が「憲法違反」と答え、15人(12.3%)が「憲法違反の可能性がある」と答えた。「憲法違反にはあたらない」と答えたのは2人だった。
 また、昨年7月の時点で、全国で144の地方議会が国会や政府に対して安保法制や集団的自衛権の行使容認に「反対」の意見書を可決していた。「賛成」の意見書を可決したのは6議会、「慎重」は181議会だった。
 
 このような法案内容、法案審議の状況の中でテレビの報道番組に出演したキャスターの多くが、法案をめぐって多岐にわたる疑問点を指摘したら、「反対」の意見表明にカウントされるのか? 事実として多くの疑問点が存在するのなら、それを指摘するのに多くの時間を費やしたとして何が問題なのか? 

 取材対象に多くの問題点が含まれていることを指摘するのは「多角的な論点の提示」に適ったことではないのか? そのような状況でも、「法案にはこんないい点もあります」とバランスを取る「中立」が「公平」なのか?

 数万人の安保法案反対のデモと、数百人の安保法案賛成のデモをバランスよく伝えて世論が二分しているかのような印象を与えるのは「公平」な報道ではなく、「中立」の外装をこらして、政府に不都合な事実をゆがめて伝える政権援護報道であり、権力を監視するという自らの使命を投げ捨てるメディアの自殺行為である。

| | コメント (0)

徐京植氏の和田春樹氏に対する全面批判の論稿を読んで(上)~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(9)~

2016312
 

 標題の連載テーマについて128日に8回目の記事を書いてから、次は朴裕河『帝国の慰安婦』論やら、上野千鶴子氏の「従軍慰安婦」論について論評したいと思いながら、長らく中断してしまった。
 今回、続編を書こうと思い立ったのは今朝の『ハンギョレ』新聞に「日本知識人の覚醒を促す 和田春樹先生への手紙」と題する徐京植(ソギョンシク)氏の長文の寄稿が掲載されたことを知ったのがきっかけである。まずは、3回に分けて掲載された徐氏の論稿のURLと小見出しを書き出しておきたい。

徐氏の論稿の構成
 
1http://japan.hani.co.kr/arti/international/23573.html
  ・「最終解決」
  ・暗鬱な風景
  ・初心
  ・「第四の好機」
2http://japan.hani.co.kr/arti/international/23576.html
  ・アジア女性基金
  ・亀裂
  ・初期設定の誤り
  ・逆方向のベクトル
  ・現実主義
  ・当事者のため?
3http://japan.hani.co.kr/arti/international/23577.html
  ・朴裕河現象
  ・「邪悪なる路」

理よりも「同志的」心情を立てる日本社会にとっての反面教師
 徐氏の論稿に触発された―――言うまでもなく無批判的な「共感」ではない―――のは2つの理由からである。
 一つは、徐氏が、「私自身の肉親も含めて、苦難を嘗めた者たちからみれば、恩人ともいえる」和田春樹氏に対し、心情を絡めず、和田氏の「和解の思想」に対し徹底した理性的全面的な批判を展開している点である。
 
たとえば、徐氏は、和田氏がアジア女性基金を推進する中心的人物に就いたことに「驚愕した」と記し、1953年、日韓会談が「久保田発言」で中断されたとき、当時17歳の高校生であった和田氏が、「昔のことはすまなかったという気持ちを日本側がもつか持たぬかは会談の基礎、この点について歩み寄りの余地はない」という韓国側の主張は「朝鮮民衆の声」であり傾聴されるべきだと思った、そのとき以来、自分は日本国民の考えが改められるように願ってきた、と語ったことを振り返り、「その思いがなぜアジア女性基金推進へと繋がっていくのか、論理がうまくつながりません」と疑問を突きつけている。

 さらに、徐氏は、「当事者のため?」という小見出しがついた箇所で、基金の「償い金」支給事業を正当化するときに、よく用いられる「被害当事者は高齢化しており残り時間は少ない。せめて償い金を受け取ってもらって心の安らぎを与えたい」という物言いを「国家責任回避装置であるアジア女性基金に『道徳』」という粉飾をこらす機能を果たしている」と切り込み、こうしたレトリックの普及に小さくない役割を買って出た「〔和田〕先生は徹頭徹尾、国家によって利用されたということになるでしょう」と断罪している。

 日本社会では、「世間」と称される空間ばかりでなく、左派とかリベラルとか称される人々の間でも、否、そうした人々の間ではよけいに、過去の親交とか「同志的配慮」とやらを理由(口実?)にして、原理原則に関わる意見の相違を脇に置く傾向が強まっているように見受けられる。それが強権政治や右派イデオロギーと思想的に対峙できない脆弱さの原因にもなっている。
 今回の徐氏の寄稿は、このような日本社会の理性よりも心情を立てる陥穽、長い目で見た共同の意思の思想的底上げよりも、当座の協調を重んじる機会主義的言動の危うさに身をもって警鐘を鳴らすかのような論理の切れの良さ、鋭さがちりばめられている。この点に私は魅せられた。

日本のリベラル知識人の思想の真贋に対する問いかけ
 
 私が徐氏の寄稿に注目したもう一つの理由は、「日本知識人の覚醒を促す」という寄稿のメイン・タイトルにもあるように、徐氏が和田春樹氏の「和解の思想」の質を問うだけでなく、「リベラル」という枕詞を付けられる日本の知識人の思想の質の真贋にまで鋭く、仮借なく切り込んでいる点である。

 たとえば、寄稿の(3)で徐氏は「朴裕河現象」を取り上げ、同書の歴史認識と「和解の思想」の特徴的な誤りを鋭く指摘すると同時に、「朴教授の著作そのものよりも深刻な問題は、それが日本で持てはやされている現象です」と危惧を提起している。
 この点をさらに、踏み込んで徐氏は、「『帝国の慰安婦』には(しばしば互いに矛盾する)いろいろなことが書かれていますが、執拗に繰り返される核心的主張は、慰安婦連行の責任主体は『業者』であり『軍』ではない、『軍』の法的な責任は問えない、というものです」と指摘すると同時に、「この主張は、実際のところ、長年にわたる日本政府の主張と見事に一致しています」、「安倍首相が『人身売買の犠牲者』という言葉を使うのも、『業者』に責任転嫁して国家責任を薄めようとする底意を表しています」と続けている。
 ここで徐氏が強調するのは、「嘆かわしいことは、このような朴教授の著書が日本ではいくつかの賞を受賞し、人気を得ている現象」である。徐氏は「なぜ、こういうことが起こるのだろうか?」と自問、かつての自著「和解という名の暴力」で述べた次のような推論を改めて記している。

 「朴裕河の言説が日本のリベラル派の秘められた欲求にぴたりと合致するからであろう。/彼らは右派の露骨な国家主義には反対であり、自らを非合理的で狂信的な右派からは区別される理性的な民主主義者であると自任している。しかし、それと同時に、近代史の全過程を通じて北海道、沖縄、台湾、朝鮮、そして満州国と植民地支配を拡大することによって獲得された日本国民の国民的特権を脅かされることに不安を感じているのである。」

 徐氏のこの前段の指摘は、以前、この私設のブログにもコメントとして紹介があった。正直な感想として、「日本国民の国民的特権を脅かされることに不安を感じている」という意識が日本のリベラル派にも浸透しているとまで私は考えていない。この点では徐氏と認識を異にしている。

「お詫び」は日本人が自らの「良心」を慰めるためのものではなかったか?
 しかし、ありていに言うと、安倍政権批判を繰り広げる日本の市民の間で―――さらに、そのような行動を呼びかけているメンバーや革新政党の間でもーーーアジア女性基金が「被害者救済のためではなく、まして、日本国家の責任を明らかにして新たな連帯の地平を切り開くためでもなく、日本人が自らの『良心』を慰めるためのものだったのではないのか。それは謙虚の衣をまとった自己中心主義ではないのか、その心性を克服することこそが問われている課題ではないのか」(徐氏、今回の寄稿の(2))という洞察をどこまで理解できるのか、この問題にどれほど関心を向け、理性的に考える思想を持ち合せているのかという疑問を私は拭えないでいる。

 こうした疑義、批判、思想面のもろさは、昨年12月の日韓「合意」の際に安倍首相が従軍「慰安婦」問題について韓国政府に「お詫び」の言葉を伝え、「日本軍の関与」を認めたことを以てーーー「不可逆的」という条件が付けられたことも、10億円の拠出と交換条件で日本政府が「少女像」の撤去を要求したという加害国と被害国の関係を倒錯したような外交にも一切触れず―――「慰安婦」問題の解決に向けた前進と評価した日本の革新政党にも、当てはまる。

 徐氏も指摘するように、この日韓「合意」はアジア女性基金設立の時と同じ「和解の思想」を低意とし、韓国政府がそれに卑屈に同調した結果、成立したものである。そこでも、日本政府の「お詫びの言葉」は、朝鮮半島の「被害者救済のためではなく、まして、日本国家の責任を明らかにして新たな連帯の地平を切り開くためでもなく、日本人が自らの『良心』を慰めるためのものだったのではないのか」という根本的疑義を私は持っているし、なによりも当の被害者や韓国社会にそのような疑義や不信が今も渦巻いている。こうした事実について黙して語らずの態度のまま、立憲主義の基礎には個人の尊厳を重んじる思想があると当の革新政党に言われても心底から信任はできないのである。


 替えられし弁当の砂に額伏せて食(は)めばたちまち喚声あがる

 喚声にかこまれて食(は)む砂の粒声こらえつつ地を這うわれは

 隠滅のはてに還らぬ慰安婦ら朝鮮おみなと知れば悲しく

 侵略戦争語らず詫びず恥じるなく戦後を了(お)えて日本は強し

  (李正子『鳳仙花のうた』磯貝治良・黒古一夫編『<在日>文学全
    集 17巻 詩歌集』2006年、勉誠出版、に収録)



| | コメント (0)

メディアの監視対象である政権がメディアを監視しようとする愚かで危険な野望

2016215

 28日、9日の衆議院予算員会で、高市総務相は放送法第4条に違反する、政治的に不公平な放送などを繰り返した放送事業者に対しては電波法第76条第1項を適用して電波停止の処置を取ることもあり得ると発言した。
 これについて、高市氏や菅官房長官は、総務省がこれまでから言ってきたことを繰り返しただけで、当たり前のこと、と平静を装っている。しかし、多少とも国会会議録等を調べるとわかることだが、今回の停波発言は、菅総務相(2007年当時)の国会説明や国会審議の経緯をたどると、これまでの総務省見解の繰り返しどころか、反故というべきものである。
 また、ネット上では、虚偽の放送をした以上、行政が乗り出して正すのは当然と言う意見が見受けられるが、「何が虚偽か」「何が公平か」を誰が、どのような基準で判断するのかは、番組編集の根幹にかかわる問題である。ましてや、放送法第4条第14号で定められた「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」に適合するかどうかは報道番組の編集の生命線ともいえる問題である。
 時の政権の一員である放送事業の所管庁が、こうした問題の審判者かのように振る舞うとしたら、放送の国家統制の入口に立つことになる。
 そもそも、報道番組の多くは、時の政権が推進しようとする国策を取材対象とするものである。そのように取材・報道の対象(国策のプレイヤー)である行政機関が取材・報道のアンパイアかのように振る舞い、自らを監視するメディアをコントロールしようするのは、相互に独立し、緊張関係を保つべき一方当事者が2役を兼ねる矛盾である。

 このような認識から、私も共同代表の1人を務める「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は運営委員会の協議を経て、今日、高市総務大臣宛てに次のような申し入れ文書を発送した。また、同文を放送界の次の団体(の長)宛てにも発送した。
 ・BPO 濱田純一理事長
 ・BPO放送倫理検証委員会 川端和治委員長
 ・BPO放送人権委員会 坂井 眞委員長
 ・NHK 籾井勝人会長
 ・日本民間放送連盟 井上 弘会長
 ・民放労連
 ・日本放送労働組合 中村正敏 中央執行委員長


   高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を
                             求める申し入れ
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/takaichi_daizin_ate_mosiire_20160215.pdf

                                                     2016
215
総務大臣 高市早苗様

       高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を
                              求める申し入れ


          NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
               共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 さる28日、9日の衆議院予算員会で、高市総務相は、政治的に公平であること等を定めた放送法第4条に違反する放送を繰り返した放送事業者に対しては電波法第76条第1項を適用して停波もあり得るとの答弁をした。安倍政権のもとで放送に対する介入が頻発している状況の中で放送事業を所管する大臣から、放送番組の内容と関わらせて行政処分を発動する可能性が公言されたことは、報道の自由、放送の自主自立の原則に照らして、極めて由々しき問題である。当会は以下の理由から、高市総務相に対し、上記の発言の撤回を求めるとともに、高市氏が放送事業を所管する大臣としてわきまえるべき資質を欠いていると判断し、総務大臣の職を辞するよう求める。

1
. 倫理規範たる放送法第4条違反を理由に行政処分を可とするのは法の曲解であり、違憲である

 憲法・放送法学者の間では放送法第4条は放送事業者に法的義務を課す規範ではなく、放送事業者が自覚すべき倫理を定めた規定とみなすのが定説である。その理由は、政治的公平であること、報道は事実を曲げないですること、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること、などを定めた放送法第4条は、言論・表現・報道の自由の根幹をなす番組の編集方針や番組内容に関わるものであり、これらに違反するかどうかを所管庁や政権が判定し、違反を理由に行政処分や罰則など法的制裁を発動するとなれば、憲法21条で保障された言論・表現の自由を侵害するおそれが強いからである。
 現に、真実でない放送をされ、人権を侵害されたとして放送事業者に訂正放送を請求できるかどうかが争われた事件で最高裁は申立人の訴えを棄却する判決を言い渡した(20041125日)。その判決文の中で最高裁は放送法第4条の性格を次のように解釈している。

 「法41項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。」

 
このような最高裁の法解釈に照らしても、放送法第4条が放送事業者に対外的義務を課す規範規定ではなく、4条各項で定められた事項を自律的に確保するよう促した倫理規定であることは明らかである。したがって、放送法第4条に違反する放送がなされたことを以て行政処分の根拠とするのは法の趣旨の曲解であり、違憲であって許されない。
 
 もっとも、ここで言う「倫理規定」とは放送事業者の「編集権」なるものを無条件に容認する趣旨ではない。まして、放送法第4条第1項各号への適合を番組編集者の裁量に無制約に委ねたものでもない。「倫理」とは最高裁判決も指摘するように放送事業者が国民全体に負う「義務の自覚」を前提にした自律を意味している
 昨今のNHKの放送、特に報道番組は政府の意向を忖度し、代弁する政府広報に偏したものが多い。こうした政治的偏向を正すには、NHKの自律を待つだけでなく、BPOによる監視はもとより、NHKの主権者というべき視聴者からの理性的な批判が不可欠である。NHKはこうした視聴者の批判に真摯に向き合い、「義務の自覚」を実際の番組編集に活かすことが不可欠である。放送事業者の「自律」とは国民の知る権利に奉仕する使命を果たすために与えられた自治であって、視聴者からの批判を「聞き置く」身勝手な裁量を意味するのではないことを、ここで強調しておく

2.  
停波発言は2007年の放送法改正にあたって行政処分の新設案が削除され、真実性の確保をBPOの自主的努力に委ねるとした国会の附帯決議を無視するものである。
 
 2007年の国会で、政府から提出された放送法改正案の中に、ねつ造番組を放送した事業者に対し、再発防止計画提出を義務付ける行政処分規定が盛り込まれた。しかし、衆参両院の法案審議において、こうした規定は「公権力による表現の自由への介入にあたる」との反対意見が出された。日本弁護士連合会も2007328日に発表した「会長談話」の中で、「行政機関が,免許権限を背景として再発防止計画の提出を求めることは,その要件が必ずしも明確でないことも相まって,放送事業者に萎縮的効果をもたらすおそれが強く,国民の知る権利を損なうものとなることが懸念される」とし,「放送倫理上の問題は,放送事業者が自らを厳しく律することによって解決されるのが望ましい」と指摘した。

 こうした意見を受けて、新たな行政処分規定は削除され、代わって、衆参両院の総務委員会は、放送界が共同で設置した第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の「効果的な不断の取り組みに期待する」との附帯決議を採択した。
 この附帯決議は放送法第4条が倫理規範であることを踏まえた妥当なものであった。義偉総務相(当時)も、新たな行政処分は「BPOによる取り組みが発動されるなら、私どもとしては作動させないものにしていきたい」と述べ、BPOによる再発防止策が機能している間は、行政処分規定を凍結する考えを示した。
 (2007522日、衆議院本会議 。なお、以上については、奥田良胤「『ねつ造』に関する新行政処分放送法改正案を国会に提出」『放送研究と調査』NHK放送文化研究所、20076月も参照)

 ところが、高市総務相はさる今年28日の衆院予算委員会で、「BPOBPOとしての活動、総務省の役割は行政としての役割だと私は考えます」と答弁し、BPOの自立的な努力の如何にかかわらず、行政介入を行う意思を公言した。このような発言は2007年の衆参附帯決議の趣旨に反し、菅総務相(当時)の答弁とも相反する不当なものである。

3.  
放送法第4条に違反するかどうかを所管庁が判断するのは編集の自由の侵害である。

 
放送法第4条違反を理由に停波を発動することがあり得るとした高市総務相の発言は、放送された特定の番組の内容が事実を曲げたものかどうか、政治的に公平かどうか、意見が対立している問題について多くの角度から論点を明らかにしたかどうかを所管庁(総務省もしくは総務大臣)が判断することを意味している。当会が今回の高市発言で最も問題視するのはこの点である。
 というのも、事実を曲げたかどうか、政治的に公平だったかどうか、多角的に論点を明らかにしたかどうかは往々、価値判断や対立する利害が絡む問題である。そして報道番組の取材対象の大半は、時の政権が推進しようとする国策であり、報道番組では政府与党自身が相対立する当事者の一方の側に立つのがほとんどである

 このような状況の中で、政府の一員であり、放送に関する許認可権を持つ総務大臣が、放送された番組が政治的に公平かどうかの審判者のようにふるまうのは、自らがアンパイアとプレイヤーの二役を演じる矛盾を意味する。その上、総務大臣が自らの判断で放送法第4条違反を認定し、その結果をもとに行政処分に踏み切る可能性を公言するとなれば、放送事業者に及ぼす牽制・威嚇効果は計り知れず、そうした公言自体が番組編集の自由、放送の公平・公正に対する重大な脅威となる

 当会は以上挙げた理由から高市総務相の停波発言に抗議し、直ちに発言を撤回するよう求める。さらに、放送法の番人を装いながら、その実、行政処分権をちらつかせて放送事業者を萎縮させ、放送を政府のコントロール下に置こうとする野望を隠そうとしない高市氏は放送事業の所管大臣として失格であり、すみやかに辞任するよう求める。


                         
以上

| | コメント (1)

安保法案の採決「不存在」へのこだわり

201629 

国会内の重要な動き
 先日、ある大学教員の方から、24日の『中日新聞』に次のような記事が出ていることを知らせてもらった。

「安保法「可決」追記 議事録の調査要求 参院議運委で野党
 参院の議員運営委員会は四日午前の理事会で、安全保障関連法を「採決」したとする昨年九月十七日の特別委員会の議事録問題について協議した。野党側は参院特別委の議事録で、委員長発言を「聴取不能」とした後、「速記を開始し可決すべきものと決定した」との文言が追記されていることについて、同様の追記方法が過去にあったかどうかなどを事務局に調査するよう正式に求めた。

 野党側理事の吉川沙織氏(民主)は調査を求めた理由を記者団に「野党側は議事録掲載の経緯を明らかにするよう、参院事務局などに求めていたが、昨年秋に臨時国会が開かれず協議の場がなかったためだ」と説明した。調査委決壊は次回以降の理事会で示される。

 速記の中断や開始は、審議の休憩や再開を意味する。野党側は、審議の細管が確認できない中で採決が行われたことを問題視してきた。採決をめぐっては、野党側は「委員長の声は全く聞こえなかった。理事会での与野党協議もなく築城したのは納得できない」と反発してきた。弁護士や研究者の間からも、議題や結果の宣告の聞き取れない中での採決は「法的に認められない」との声が上がっていた。」

 見落としていたが、『東京新聞』の夕刊にも同文の記事が載っていた。

道理へのこだわり
 こうした国会の動きは遅きに失した感は否めないが、市民の間でもあの「採決」の体をなさない議事進行に対する怒りは収まっていない。
 2
6日、名古屋に出かけて「安保報道の検証とNHK改革への提言」というテーマで話をさせてもらった後の質疑の中でも、「天皇陛下がご臨席される国会であんな無茶がまかり通ったままでよいのか。この先、何かやれることはないのか」という発言、質問があった。「天皇陛下のご臨席」云々という言葉が挿入された意味は忖度しないとして、「採決」の外形すらない917日の参院安保特別委員会の異常な議事進行は日本の憲政史上まれに見る汚点である。
 しかし、野党や市民団体の安保法案反対運動が、こうした法案審議の決定的な「瑕疵」を素通りし、法案は成立したことにして「安保法廃止」を求める運動に切り替わっていったことに私は強い違和感――道理へのこだわりの不徹底――を感じてきた。

「規則」「先例録」にことごとく反する議事進行
 そのような中で、遅まきながら、上記のような動きが国会で現れたことは歓迎したい。ただ、特別委委員長の指示にしたがったまで、などという事務局からの通り一遍の回答や、与党判断で「可決」という文言が議事録に追加された(『東京新聞』20151012日)不当行為をまかり通らせてはならず、参議院議事規則に従った議事進行がなされなかった事実が確認されるまで徹底究明されなければならない。

 参議院事務局『参議院委員会先例録』(平成25年版)には次のような記載がある。小学校のホームルームの規則を紹介するようで気が引けるが、そうも言っていられないので引用しておく。①②は醍醐の追加。

155 採決は、挙手又は起立の方法によるのを例とする
 ①採決を行うには、委員長は、まず、表決に付する問題を宣告する。
委員会における採決は、挙手又は起立の方法によるのを例とするが、異議の有無を諮ってこれを行った例も多い。
 ②挙手又は起立により採決するときは、委員長は、問題を可とする者を挙手又は起立させ、挙手又は起立者の多少を認定して可否の結果を宣告する。
(以下、省略) 」(150~151ページ)

 昨年917日の参院安保特別委の議事進行は、この「先例録」にことごとく反するものだったことは一目瞭然である。

 速記録には「議場騒然」「速記不能」という記載のみだった。特別委終了後、廊下で報道陣からマイクを向けられた福山哲郎理事(民主党)は、「可決はされていません。委員長が何を言ったかわからない。いつ動議を出したのか、採決されたのかわからない」と吐き捨てるように発言した。井上哲士委員(共産党)も 「そもそも動議が出たのかどうかも、委員長が何を発言したのかも誰もわからない。だからこれは全く無効」と語った(朝日デジタル、2015年9月17日、19時28分)。

 実況中継をしていたNHKの高瀬耕造アナウンサーも「委員長の姿は多くの委員の姿に隠れて見えない状況になっています」、「委員長の発言はまったく聞き取れない状況になっています」と語った。
 中継に同席し、「法案は可決された模様です」と語った田中泰臣・政治部記者も当日23時から放送されたNHK WEB NEWSに出演して「私自身も今、何が行われているのかということが正直言ってわからない状況でした」と発言している。

   このNHK WEB NEWSでは番組放送中、視聴者から寄せられた投稿(ツイッター)がテロップで次々と流されたが、そこには次のような感想が続いた。

「あれ、採決取ってないじゃないか! あれで可決が成立ですか @sekicot

「今回の採決、議事録は取れているのでしょうか? 委員長何を言っているのか全くわかりませんでしたが @sotentyou

「佐藤議員が手で立てと合図して自民党議員が立ち上がっている様にしか見えない @reteracy

「採決の映像は子ども達に見せられないと思ったのは私だけですか?? @pyongkichi

議事録ねつ造
 
 こうした一連の証言をまとめると、
 
*鴻池委員長が事前の進行案にそって議事進行を宣告したとしても、何を今、表決に付そうとしたのか、宣告の声は大半の委員には全く聴取できていない。それでも与党委員が断続的に起立したのは自民党の佐藤理事の合図に呼応したものであって、鴻池委員長の表決の宣告、起立を促す発言に従ったものではない。よって、参院議事規則も上記の「先例録」の①も全く満たしていない。

*鴻池委員長は委員長席から委員の姿を見える状況になかったから、起立の多少を認定できる状況になかった。よって、これも参院議事規則と上記の「先例録」の②を全く満たしていない。

*議事の実態が以上このようなものであったにもかかわらず、閉会後、委員長の「認定」なるものや「与党の判断」で、存在もしない「可決」を議事録に追記したり、実際にはなされなかった公聴会報告を議事録の末尾に「参考」と称して追録したりするのは、議事録のねつ造以外の何物でもない。

追加された議事録も欠陥だらけ
 さらに、追加された議事録も瑕疵だらけであることを指摘しておかなければならない。
 というのも、委員会室で行われたといわれる5件の「採決」―-質疑打ち切り動議、安保関連2法案、鴻池委員長に審査報告書の作成を一任する動議、付帯決議――
のうち、安保2法案に関する「採決」以外は、案件ごとに採決がされたことを証する記録がないということである。
 例えば、追加された議事録の
末尾に、「右両案の質疑を終結した後、いずれも可決すべきものと決定した」と記されているが、自民党の山本一太議員から提案され、「採決」されたとされる質疑打ち切り動議の「採決」が宣告され、起立多数で「可決した」という記録自体がないのである。
 同様に、これでは、鴻池委員長に審査報告書の作成を一任したとされる5番目の「採決」も、外形上存在しないと同時に、議事録の上でも存在しない。
 記録(議事録)とは存在を裏付ける唯一の証拠である。委員長の「認定」がこれに代わり得るはずがない。議事が終了した後で、委員長が廊下で「可決した」と発言したら、委員会室で存在しなかった「採決」が「創作」され、法案が「可」と決せられるなら、委員長独裁以外の何物でもない。

 国会議員は、立憲主義を語る以前に、このような子供にも見せられない国会の非行、不正行為を撤回し、法案の審議をやり直すことが先決である。有権者はこのことをしつこく質し続ける必要がある。

| | コメント (1)

誤った12.29談話とのつじつま合わせに陥っている日本共産党への4つの質問~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(8)~

2016128
 
安倍首相の「おわび」と「反省」はそれでも「成果」?
 
 来日中の韓国の元「従軍慰安婦」が昨日、日本共産党の2人の国会議員と懇談した。その模様が今朝の『しんぶん赤旗』の1面の記事で伝えられている。

笠井・紙議員「慰安婦」被害者と懇談
安倍首相は合意基づき具体的事実認め謝罪を
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2016-01-28/2016012803_02_1.html

 その中で笠井亮衆議院議員が次のように発言したことが紹介されている。
 「笠井議員は、被害者や支援者らの粘り強いたたかいが今回の合意で安倍政権に『おわび』と『反省』を言わせたと敬意を表し、『当事者抜きの解決ではなく、これからが大事だ』と強調しました。合意後も、自民党議員による暴言を放置する政府や、まだ合意が履行もされていないのに『終止符を打った』などとする安倍首相の言動を批判。『今回の合意に基づき加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要だ。安倍政権をこの立場に立たせるよう、一層努力していきたい』と語りました。」

  「被害者や支援者らの粘り強いたたかいが今回の合意で安倍政権に『おわび』と『反省』を言わせた」

 こういう発言を読むと、笠井氏なり日本共産党なりは、今でも安倍首相が「お詫び」と「反省」を表明したこと(させたこと)を成果と認識していると受け取れる。

 私も、さまざまなバッシングを受けながらも、自らの人間としての尊厳をかけて、日本政府に公式の謝罪と法的賠償を求めるたたかいを20年以上にわたって続けてきた元「慰安婦」と内外の支援団体の労苦に敬意を表することに何ら異論はない。
 しかし、その粘り強い運動に敬意を表することと、今回の日韓合意にあたって、安倍首相が表明した「おわび」と「反省」をどう評価するかはまったく別問題である
 笠井氏の発言を見ると、同氏あるいは日本共産党は、慰安所設置に「軍が関与」したこと、その上で日本政府として謝罪したことを問題の全面的解決に向けた「前進」と評価した昨年1229日の志位委員長の談話を維持し、見直す意思がまったくないことを示している。
 もっとも、笠井発言の後段では、今回の合意が当事者抜きで交わされたこと、合意のあとも自民党議員から出た妄言を政府は放置していること、今回の合意にもとづき、加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要、としている。
 しかし、これと前段の発言を通して読むと、全体として意味不明の発言となる。

日本共産党への4つの質問
 
 ①「今回の合意にもとづき、加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要」という発言を裏返すと、笠井氏も安倍首相の「お詫び」は加害と被害の事実を具体的に認めないままの謝罪だったと判断しているに等しい。的確な歴史認識に依拠しない「お詫び」がなぜ「前進」なのか、なぜ、たたかいの成果といえるのか?
 このシリーズの(5)(6)(7)で詳しく検討したように、安倍首相の「お詫び」は前進どころか、河野談話からも歴代の首相やアジア女性財団理事長の「お詫び」からも大幅に後退したものである。 ちなみに、韓国の『中央日報』が行った世論調査(15日、同紙掲載)によると、「安倍首相の謝罪に誠意はあるか」という問いに対して、「あまりない」が39.6%、「全くない」が37.0%で、両者を合わせると76.6%が 「誠意はない」と答えている。日本共産党はこの事実をどう見ているのか?

 ②合意後の自民党議員の妄言というが、安倍首相が118日の参議院予算委員会で示した「慰安婦」集めに強制はなかった(強制を裏付ける資料は見つかっていない)という発言を笠井氏あるいは日本共産党は「妄言」と考えていないのか? この発言について韓国内では合意に違反するという反発が広がっていることを笠井氏は知らないのか?

 ③安倍首相や自民党議員の間から、10億円の資金拠出は日本大使館前の「少女の像」の移転とセットだとみなす解釈や意見が公然と出ているが、これについて日本共産党はどう考えているのか? 被害国の市民の発意で建立された「少女の像」の移転を加害国が要求することを日本共産党はどう考えているのか? 政府間の「合意」で移設したりできると考えているのか?
 ちなみに、韓国の世論調査会社リアルメーターが1230日に発表した少女像の移転に関する世論調査(1229日に成人535人を対象に実施)によると、回答者の66.3%が移転に「反対」と回答、「賛成」は19.3%にとどまった。

 ④笠井氏は昨年末の日韓合意で終止符を打ったとする安倍首相の発言を批判し、「今回の合意にもとづき加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要だ。安倍政権をこの立場に立たせるよう、一層努力していきたい」と発言しているが、そんな悠長なことを言っていてよいのか?
 安倍政権は昨年末の合意で「慰安婦」問題は不可逆的に決着したと繰り返している。安倍首相は合意に向けて外交交渉が行われている間は封印していた「慰安婦」問題に関する持論を合意後、早くも開封し、「強制性はなかった」という自らの歴史認識を国会の場で公言した。

 今回の日韓合意で終止符ではないと日本共産党がいうなら、「不可逆的解決」が既成事実化しないよう、直ちに国会で日韓「合意」のまやかしを質すべきところ、昨日(127日)、衆議院で代表質問に立った志位委員長は安保法制の廃止、立憲主義の回復、アベノミックスの3年間の検証、貧困と格差の問題の解決、緊急事態条項の危険性などについて安倍首相に質問したが、日韓合意、慰安婦問題については一言も言及しなかった
 「不可逆的解決」が既成事実化しつつある中で開かれた今国会で、このような代表質問では、懇談した元「慰安婦」に対して2人の国会議員が「一層努力したい」、「問題解決に向けて力を尽くす」と語った約束はどこへいったのか?

12
29日の志位談話を撤回することが不可欠
 志位氏が代表質問で取り上げた課題は確かに、どれも目下の日本にとって喫緊の問題である。しかし、残虐な人権、個人の尊厳の蹂躙を意味する「慰安婦」問題をいろいろな国内問題と秤にかけてよいのか? 安倍首相の理性、政治家としても品性の崩壊を雄弁に表す彼の歴史認識を質すことは「安倍政治を許さない」運動の一翼とするのにふさわしい問題のはずである。

 日本共産党が今回の日韓合意後も、正しい見地に立って「慰安婦問題」の解決に貢献する運動に取り組むには、合意を「前進」と評価した1229日の志位談話を撤回することが不可欠である。あの談話の誤りに頬かむりしたまま、合意後に示された韓国の世論、元「慰安婦」の意思とつじつまを合わせようとするから、我田引水の強弁に陥るのである。

| | コメント (3)

«強制否認の持論を政略的に開閉する安倍首相(下)~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(7)~