都知事選:都民も自らも欺く政策軽視の独善的議論

2016717

政策論争よりも「わが陣営の政略」を優先させる議論

 1つ前の記事で書いたような「選挙戦は政策論戦が本位」という考え方はごく常識と思いこんでいたら、そうでもないことが最近わかった。
 たとえば、次のような議論が目にとまった。

 「鳥越俊太郎の擁立がギリギリまで遅れ、宇都宮健児の不出馬が公示前日の土壇場になったため、結果的に、保守側(安倍側)に一本化の余地を与えず、保守分裂選挙に持ち込ませることができた。これが政治というものだ。公開の政策協議だの政策協定のプロセスだの言ってたら、この政治は実現してないのさ。」(「世に倦む日々」715日)

 「鳥越都政が実現するかどうかは国民にとって大きな問題だ。実現すれば、都庁に反安倍の強力な野党の拠点ができる。」(同上、同日)

 「
せっかくの4野党共闘による知事選の枠組みが人選で難航しているときに、告示間際となって鳥越候補が出現したのだ。政策は共闘成立に必要な大綱でよい。私は、出馬会見で彼が語った第3項目は、『ストップ・アベ暴走』であったと思う。中身は、改憲阻止であり、戦争法廃止である。歴史を学んだ者として、アベ政権の歴史修正主義を許せないという趣旨の発言もあった。これだけでも十分ではないか。・・・・・」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016716日)

 「果たして、細目の公約がなく都民不在であるか。もちろん、時間的余裕があってきちんとした公約ができてからの立候補が望ましい。今回の経緯では不十分であることは明らかだが、『都民不在』とまでいう指摘は当たらないものと思う。
 その理由の一つは、候補者の経歴がよく知られていることにある。候補者の政治的スタンスとそして人間性の判断は十分に可能であろう。出馬会見はそれを裏書きする誠実なものであった。都知事としての資質と覚悟を窺うに十分なものであった。
 また、4野党共闘の枠組みは広く知られているところである。立憲主義の回復であり、民主主義と平和の確立であり、戦争法の廃止であり、改憲阻止である。この枠組みに乗れる人であることが、都民に示されたのだ。それは、都政に関係がないというのも一つの意見であろうが、『候補者+4党+支持する市民』で具体的な都政の政策はこれから練り上げられることになる。それでも、けっして遅すぎることにはならない。」(同上)

 「事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みが成立して、これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。これを大切にしなければならない。多くの市民団体が鳥越支持の声を上げている。各勝手連も動き出している。政策は、おいおい素晴らしいものが体系化されるだろう。もとより理想的な展開ではないが、今回はやむを得ない。判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。都民不在という指摘は当たらないものと思う。」
(同上)

 これらの意見に共通するのは、今回の都知事選を、先の参院選で示された野党共闘の「成果」を受け継いで都知事選を反安倍政権の橋頭保づくりの機会とすること、を主要な選挙戦略に掲げていることである

 首都東京で、野党統一候補が、政権与党が擁立した候補者を破って当選するとなれば、安倍政権に大きな打撃となることは間違いない。しかし、それを都知事選の戦略的目標に掲げ、立憲主義の回復、民主主義と平和の確立、戦争法の廃止、改憲阻止を掲げて実現した参議院選での野党共闘の成功体験を受け継ぎ、発展させる場として都知事選を位置づけるのでは東京都政を国政の縮図ないしは外延とみなすのも同然である。

 しかし、そうした選挙戦略は、野党共闘陣営の政治戦略ではあっても、都民に信を問う政策のベースとなるものではないし、そうすべきものでもない。候補者が安倍政権阻止を表明したら、それで十分、政策はおいおいでよいという発言は、都民不在という以前に、われに正義ありと自認すれば、公けの場での都政をテーマにした政策論争は二の次、という独善的発想である

 「今回の都知事選挙を、『前知事の責任追及合戦』に終始し、『新都知事のクリーン度』を競い合うだけのものとするのではもの足りない」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016714日)という意見には私も同感である。
 しかし、だからとって、「都知事は、憲法の精神を都政に活かす基本姿勢さえしっかりしておればよい」、「ストップ・アベ暴走」という所信こそ肝要、「これだけでも十分ではないか」という見方は、都知事候補として都民に信を問う人物を評価する言葉としては粗雑に過ぎ、都政に関する政策を吟味して賢明な選択をしようとする都民にとっては暴論である。

公約は誰に向けるものなのか~想定支持層か? 都民か?~
 澤藤氏は前掲のブログ記事の中で次のように記している。
 「都知事は、憲法の精神を都政に活かす基本姿勢さえしっかりしておればよい。その基本姿勢さえあれば、細かい政策は、ブレーンなりスタッフなりが補ってくれる。4野党が責任もって推薦しているのだ。そのあたりの人的な援助には4野党が知恵をしぼらなければならない。」
 「事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みが成立して、これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。これを大切にしなければならない。・・・・判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。都民不在という指摘は当たらないものと思う。」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016716日) 

 それにしても、
 <鳥越氏が立候補に当たって述べた都知事候補としての基本的姿勢と野党+市民団体が推したという事実だけで判断材料としてはもう十分である、あとの細かな政策は支持母体の野党4党なり市民団体なり勝手連に任せればよい。>
という書きぶりを目にとめると、選挙の時の公約は何のためにあるのか、誰に向けるものなのか、と考え込んでしまう。

 「あとはブレーンなりスタッフなりに任せればよい」という議論は当選して始めて通用する議論であり、かつ、支持者に向けてのみ通用する身内話である。
 しかし、「公約」とは当選する前の、当選するための都民に向ける政策の所信である。
 もし、「野党4党+市民が支持している」、「細かな政策は有能なブレーンなりスタッフなりがまとめてくれる」という説明を「公約」とみなすなら、「選挙公約」とは想定支持層に信を問い、彼らを納得させるためのものということになる。

  「あなたに都政を取り戻す」という鳥越氏の選挙スローガンにある「あなた」とは「わが陣営の支持者」ではなく、「都民」全体を指すはずだ。そうなら、身内意識同然の政治的思惑で鳥越氏を支援するのは自他(自分も都民も)を欺く歪んだ発想であり、ひいきの引き倒しである。
 なぜ、「自らも欺く」のかというと、そのような都民軽視の独善的意識では、自らが掲げる「ストップ安倍政権」という呼びかけに共鳴する有権者を広げるどころか、細らせる結果になってしまうからである。
 あるいは、そうした意識で支援した候補者が当選したとしても、それは政策が支持された結果ではなく、知名度を強みにした当選、あるいは与党の分裂に助けられた当選とみなされてもやむを得ない。




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都知事選:地方行政の99%は地味な仕事、政策本位の静かな論戦を望みたい

2016717

3
候補の「公約」がようやく出そろったが
 14日、都知事選が告示され、有力3候補の弁戦が始まった。告示日から2日後の昨日、ようやく3候補の「公約」が出そろった。

鳥越俊太郎「あなたに都政を取り戻す」
http://www.shuntorigoe.com/pg_tochiji.html
 

増田寛也「増田ひろや 3つの実現~東京の輝きを取り戻すために~」
http://www.h-masuda.net/policy.html
 

小池百合子「東京大改革宣言」
https://www.yuriko.or.jp/senkyo/kouyaku.pdf
 

これらに目を通した私の感想を手短に箇条書きしたい。

 *3候補が共通して挙げているのは、「子育て」「高齢者対策」といった社会福祉、災害に強いまちづくり、東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みである。それぞれ、精粗の差はあるが、「公約」のスタンスに大差はない。

 *増田寛也氏地方行政に精通した実務型候補者という下馬評だったが、「公約」を見ると、意外にも、3候補の中で、もっとも抽象的で独自色が無い。討論会でしばしば語っていた「『待機児童解消・緊急プログラム』を策定し、8,000人の待機児童を早期解消」を「公約」の真っ先に掲げているが、早期に解消する道筋も財源も一切、示されていない。高齢者対策でも、「高齢者やチャレンジドの方が安心して暮らせるユニバーサルデザインの街づくり」とあるのみ。

 *小池百合子氏は「3つの『新しい東京』をつくります」というキャッチフレーズのもとに、
 ①「セーフ・シティ」 もっと安心、もっと安全、もっと元気な
  首都・東京
 ②「ダイバー・シティ」 女性も、男性も、子どもも、シニアも、
  障がい者もいきいき生活できる、活躍できる都市・東京
 ③「スマート・シティ」 世界に開かれた、環境・金融先進都市・
  東京
3つを挙げ、それぞれ8~10の政策細目を列挙している。
 そのうち、子育て支援については、「『待機児童ゼロ』を目標に保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制を見直す」、「保育ママ・子供食堂などを活用して地域の育児支援態勢を促進する」とし、具体的な政策を示している。この点では増田寛也氏の粗い「公約」と対照的である。
 ただし、保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制緩和で保育の安心、質の確保が可能なのか、疑問がある。何よりもこれらの政策の実行を裏付ける人員と財源をどのように確保するのかがまったく示されていない。 

 *政策づくりが一番遅れた鳥越俊太郎氏は、他の2人とも共通する上記の3項目に加え、「正社員化を促進する企業の支援」、「職人を大切にするマイスター制度の拡充」といった労働・中小事業者問題に独自の政策を掲げている。また、がん検診率をまずは50%、最終的には100%へ引き上げる、住宅耐震化率を現在の83.8%から100%へ、再生可能エネルギーの割合を今の8.7%から30%へ、といった数値目標を示しているのも特徴的である。また、「人権・平和・憲法を守る東京」といった課題を掲げているのも他の2候補にはない特徴である。
 しかし、最後の項目は別として、これらの「公約」を実施するには相当な財源が必要となる。たとえば、都内の1,100万人の有権者を対象にがん検診率を100%へ引き上げるためには11,000億円の予算が必要となる(「毎日新聞」2016715日)。当面、その半分としても、どのように財源を賄うのかを示さないと机上の理想にとどまる。

実行財源の提示がない「公約」では信を問えない
 総じて、一部の候補者の一部の「公約」を除けば、いまだ、「語呂合わせのキャッチフレーズ」、「政策」というよりも「抱負」の列挙と言えるものが目に付く。特に、どの候補者も「公約」の実施を裏付ける財源が全く示されていないのは大きな欠陥である。これでは、内容が似かった上に、実行可能性が示されない点でも似かった「公約」ということとになり、別の基準(国政上の政治的スタンスなど)を選択の取りどころにする都民は別として、都政に関する政策をベースに候補者を選ぼうとする都民にとっては、判断のより所が乏しい状況になってしまう。

 ただし、財源問題をめぐって候補者間で全く論戦がないのかというとそうではない。713日に放送されたフジテレビのBSプライムニュースに3人の候補が出演し、司会者をまじえて約1時間25分、討論を交わした。

BSプライムニュースでの
財源論戦を聴いて
 その中で、地方法人課税が話題に上り、小池氏から鳥越氏に地方法人税の一部である「法人事業税」が国税化され、地方財源の偏在を緩和するため(の地方交付税)の財源にされたが、これについてどう思うかという質問が投げられた。これについて、鳥越氏は都民の財源を国が吸い上げるそのような仕組みには反対していきたいと答えた。
 問題になった法人事業税(地方税の一種)の国税化は増田氏が総務大臣を務めた福田康夫内閣の時代(2008年度~)に始まったものだが、これについて、今度は鳥越氏から増田氏に対し、次のような質問が投げられた。すなわち、先に行われた日本記者クラブでの共同記者会見の場で、増田氏は法人事業税の国税化はもうなくなったと発言した、しかし、調べてみると今でも続いている、これはどういうことか?
 これについて増田氏は、本来は国税化するのではなく、地方消費税に入れて地方に再配分するべきものと考えている、実際はどうかというと消費税率の10%への引き上げが実施されるまでの暫定的措置として導入されたため、消費税引き上げが見送られたことから、廃止されないままとなっていると答えた。ちなみに、東京都の計算によると、こうした法人事業税の国税化で、これまでに累計1.3兆円もの財源が失われた(東京都財政局「東京都の財政」20164月、8ページ)。

 このように、国の税財政とも密接に係わる地方財源をめぐって、曲がりなりにも候補者間で議論が交わされたことを私は好ましい姿と評価したい。今後は、さらに次の点で、より実りのある論戦が交わされることを期待したい。
 *他の候補への質問・批判の前に、各候補者が自分の見解、あるべきと考える政策を示すこと。
 *フジテレビでの討論では法人事業税の国税化が取り上げられたが、2014年度からは法人住民税の国税化(地方交付税の原資に組み入れて財政力の弱い地方自治体に配分する制度)が導入された。さらに、2016年度の税制改正で、法人住民税の国税化が拡大された。

 このような税制の動向からいって、その影響が甚大な東京都においては特に深い議論が交わされることを期待したい。
 *法人に関わる地方財源を論じるなら、安倍政権のもとで国税としての法人税の税率が数次にわたって引き下げられた影響を検討する必要がある。なぜなら、①地方交付税の基幹的原資に組み入れられる法人税収が減少したことが地方法人税の国税化を採用する理由の一部とされ、②法人税収の減少は地方法人税の法人税割り部分を減らし、地方税収の減少の一因となったからである。

地方行政は地味な仕事、望まれる落ち着いた政策論戦
 今回の都知事選は、与野党ともに候補者選考の段階から党中央が前面に出て、都政の選択というよりも、先の参院選の「後続選」といった様相を呈している。特に鳥越俊太郎氏で一本化にこぎつけた野党、市民団体は、与党が分裂選挙となったことから「反安倍政権の運動」にとっての千載一遇のチャンスととらえ、「ストップ・安倍暴走政権」の場として今回の都知事選を捉える意識が強い。

 

そのような風潮になじめないでいたところ、715日の「朝日新聞」に、次のような記事が掲載されているが目にとまった。

 「主要候補が並んだテレビ番組を見ていた都幹部は、こうつぶやいた。『また皆、きらびやかなことばかり言っている』・・・・『都政の99%は地道な仕事。次こそ、そこをわかった人に来てほしい』」
 ある都庁幹部は、『また知名度争いの人気投票になった・・・・』と話した。テレビで主要候補の共同記者会見を見たが、『誰の政策も全然、煮詰まっていない』と感じた。17日間の選挙戦で、具体的な都政の課題を挙げ、それぞれ方向性を示してほしいと願っている。」

 まったく同感である。

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都知事選:「政策協定」を都民に示すことが急務

2016713

 私は東京都民ではないが、日本の政治の動向に大きな影響を及ぼす都知事選の動きに思うことを書きたい。

政策不在の候補者選び
 明日の告示を控え、与党に加え、野党も前日まで分裂選挙の可能性が強まっていた。今日、日本記者クラブで開かれた共同記者会見に、自民・公明両党が推す増田寛也氏、無所属での立候補を表明している小池百合子氏、野党4党が支援を決定した鳥越俊太郎氏、元日弁連会長の宇都宮健児氏の4人が出席した。
 与党候補者が増田、小池の両氏に分裂する流れは数日前から濃厚になっていた。もつれたのは野党候補である。11日夜に民進党に立候補の意思を伝え、12日に正式に出馬表明の会見をした鳥越氏を、会見から1時間後に野党4党が共同で支援すると表明した。水面下の動きはともかく、急転直下の決定である。
 11日に民進党東京都連は古賀茂明氏に立候補を要請、古賀氏も前向きに検討すると表明したばかりだった。

 早くから、立候補の意向を表明していた宇都宮健児氏はこうした動きに、「知名度頼み、政策不在の候補者探し」と反発を強め、上記のとおり、告示日前日の今日、開かれた共同記者会見にも立候補者の1人として出席した。このままでは、野党も分裂選挙となる可能性が強まった矢先、ちょうど、この記事を書いているさなかに、一転、立候補辞退を表明した。

 前回の都知事選にあたって私は宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない。

 今回の都知事選にあたって、野党統一というより、市民共同を願う立場からすると、宇都宮氏がまたも、都政の刷新を望む政党、市民団体、個人の協議を待たず、立候補の意向を表明したことに賛同できない。共同候補を検討する協議を困難にし、市民団体に分断を引き起こす要因を生んだことは否めないからだ。

 では、野党各党や市民団体は、この間、政治・行政面で信頼に足る力量と資質を備え、なおかつ、「勝てる可能性」を十分に持った共同候補を模索する努力をどれほど尽くしてきたのかとなると、きわめて不透明で怠慢である。
 鳥越俊太郎氏のジャーナリストとしての経験と力量は私も十分に評価している。告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、「知名度頼み、政策不在の候補者選び」という宇都宮氏の批判に一理がある。

「抱負」を「政策」へ具体化することが急務
 712日、13日に開かれた立候補予定者の共同記者会見における鳥越氏の発言を聞くと、同氏が述べた都政に関する発言は次のように要約できる。
 ①住んでよし、働いてよし、環境によしと、この3つのよしを持つ東
  京都のために自分の全力を注ぎたい。
 ②東京オリンピック、パラリンピックは、全力を挙げて輝かしい日
  本の、東京の存在を世界中に発信できるようにやりたい。ただ
  し、税金を使う以上、コンパクトでスモールな大会をめざすべき
  だ。
 ③現在の東京都に広がっている「きょうより、あすは悪くなる」と
  いう不安をなくす施策の一例として、がん検診の受診率を100
  に引き上げるよう改善していく。また、公共事業よりも待機児童
  問題、少子高齢化問題にお金を使っていく。
 ④戦争を知る最後の世代として、戦後の平和と民主主義の教育のな
  かで育ってきた第一期生として、憲法改正について考えていく。

 どれも、都政を担う政治家、行政人が今日の東京都が置かれた状況に照らして、避けて通れない問題である。しかし、また、どの発言も「抱負」であって「政策」「公約」と言えるものではない。それぞれについて、肉付けをし、都民に信を問うに足りる具体策に練り上げる作業が急務である。

 ①の「3つのよし」は何人も異論がない抽象的な理念にとどまる。②の簡素なオリンピックは、どの候補者も掲げるにちがないスローガンである。
 具体的な政策といえるのは③だが、総体としての社会保障政策が不在のまま、「がん検診の受診率を100%」と語られると唐突な感を否めない。待機児童問題、少子高齢化問題となると、施設用の土地と財源を確保する目途を示すことなしには誰もが口にする机上の空論で終わる。
 ④は改憲が日程に上った今日、重要なテーマであるが、都政のレベルでどう具体化するのか、たとえば石原都政時代以来、続いている学校行事の場での国旗・国歌への起立・斉唱の強制問題にどう向き合うのか、などを示し、都民の信を問うことが求められる。

 こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である。

地方自治不在・政党中央主導の候補者選びがまかり通る異常
 告示日前日まで政策づくりが進まず、候補者選びがもつれた大きな原因は、与野党を問わず、参議院選が終わるまでは作業を見合わせるという判断がまかり通ったからである。
 小池百合子氏はこうした党本部、都連の対応に業を煮やし、自民党の公認なしでも立候補するという意思を表明した。増田氏は参院選の結果が判明するのを待ちかねたように自民党に推薦依頼をし、同党都連は直ちに増田氏擁立を決定した。その間、どのような政策協定があったのか、都民には何も知らされていない。

 野党の場合は「日替わり候補者選び」といってもよいほど、混迷した。それも支持母体の政党、市民団体との政策の合意に手間取ったというより、参院選での4党共闘の枠組みを踏襲したい各党中央の意向に沿う候補者を探すのに手間取ったというのが実状のようである。そのため、自民党の場合以上に、野党、特に民進党では党中央と都連の意思がしばしばすれ違い、それが候補者選びを混迷させる大きな要因になった。

 その象徴は鳥越氏を擁立する4党と鳥越氏の共同会見に並んだ野党の顔ぶれが、すべて都連の代表者ではなく、党中央の幹部だったという点である。
 首都東京といえでも、一地方自治体である。辺野古移設を強行しようとする政府の姿勢を沖縄の自治権侵害と訴える野党が、東京都の知事選となると、東京都の自治権を無視するかのように党中央が候補者選考の前面に出るのはどういうことなのか?
 舛添氏の政治資金使用をめぐる公私混同を追及した時は、当然のことはいえ、各党都議団が前面に立った。にもかかわらず、後任の知事候補選びとなると、各党の都連ではなく、党中央が取り仕切るのはどうしてなのか?
 各党の内部自治とはいえ、自民党のように国会議員が都連の幹部を占めるのは、国と地方の自立した対等の関係を確立するうえで好ましい姿とは思えない。
 こうした与野党に共通する実態は、都民と東京都の自治よりも、政党の内部事情、思惑が優先される内向き志向の弊害が露出したものと思えてならない。

都民に信を問うに足る政策を一日も早く
 遅きに失したとはいえ、私は鳥越俊太郎氏が野党と市民団体の共同候補にふさわしい、都民に信を問うに足る、充実した政策を一日も早く練り上げ、都民に示すことを強く要望する。

 

 

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安倍首相と会食し、原発の早期再稼働を求めた行為を悔い改める意思があるのか? ~石原進NHK経営委員長への追加質問を提出~

2016712

 一つ前の記事で書いたように、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は78日、NHK経営委員長に就任した石原進に対し、4つの事項の質問を書面で提出し、719日までに文書で回答をもらうよう要望した。


政権トップと会食し、経済界の利害を代弁した石原氏

しかし、その後、調査を進めると、2014718日に、当時、NHK経営委員だった石原進氏が、福岡市内で開かれた安倍首相と九州財界人との会食に出席していたことがわかった。その時の模様を「日本経済新聞」は次のように伝えている。

「川内原発の再稼働、首相『何とかする』」(「日本経済新聞」2014718日)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS18024_Y4A710C1EE8000/
 

 「安倍晋三首相は18日夜、福岡市内の日本料理屋で麻生泰九州経済連合会会長、石原進JR九州相談役らと会食した。石原氏らは原子力発電所の早期再稼働を要請。会食後に取材に応じた石原氏によると、首相は原子力規制委員会が新たな規制基準を満たすと認めた九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)について「川内(原発)は何とかしますよ」と答えたという。」

 これを読むと、石原氏はNHK経営委員に就任していた当時から、九州電力の首脳も出席した安倍首相との会食に同席し、かつ、会食後、まるで九州経済界を代表するスポークスマンかのように、会食の折に川内原発が話題に上ったこと、川内原発の早期再稼働を安倍首相に求めたことを披露していたのである。

 そもそも、様々な権力、とりわけ、時の政権からの自主自立を生命線とするNHKの役員であり、監督機関の委員でもある人物が、時の首相と親しく会食を共にし、わが国で世論を二分する政治的アジェンダとなっていた原発再稼働について、経済界の利害を代弁するような国策を首相に要請するのは、あるまじき行為である。現に、「経営委員会委員の服務に関する準則」は第2条で、

 「経営委員会委員は、放送が公正、不偏不党な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の発達に資するとともに、国民に最大の効用と福祉とをもたらすべき使命を負うものであることを自覚して、誠実にその職責を果たさなければならない。」

と定めている。
 また、「NHK放送ガイドライン2015」は、

 「全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務にあたる。日々の取材活動や番組制作はもとより、NHKの予算・事業計画の国会承認を得るなど、放送とは直接関係のない業務にあたっても、この基本的な立場は揺るがない。」

と定めている。ちなみに、「放送法」第49条で明記されているとおり、経営委員もNHKの役員である。

 かりに、経営委員としての業務外の場での言動であっても、石原氏の上記の言動はNHKの政治的公平に関する視聴者の信頼を揺るがすのは避けられない。

経営委員としての業務の場でも原発停止に不満をぶつけた石原氏
 しかし、石原氏の言動を調べていくと、NHK経営委員としての業務の場でも石原氏は多くの原発の稼働停止が続く状況にいらだちを募らせ、NHKの番組制作方針に不満をぶつけたこともあった。

 「日本放送協会第1146回経営委員会議事録」 (平成23628日開催分)

http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/giji/g1146.html
を読むと、原発問題を扱った番組が話題になった際、委員の間で次のようなやりとりが交わされている。

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「(安田代行)
 先ほどの塚田理事からのご紹介がありましたように、放射能汚染に対する問題が国民の最も大きな関心の1つですので、やはりNHKの役割として、今後もぜひこの問題に焦点を当ててほしいと思います。それを掘り起こすような、えぐるような、言いにくいことにも焦点を当てて、例えば放射能汚染された汚泥処理の問題などは大変重要な問題で、これらを番組で取り上げていただいて、政治を変えていくというぐらいのインパクトを持つ番組を作っていただけるように、切にお願いしたいと思います。」
「(石原委員

 今の話とも関連があるのですが、原子力発電所は、定期検査が終わったにもかかわらず稼働していません。このまま稼働しない場合、来年の3月か4月には日本 の原発54基は全部止まってしまうことになります。もしそうなると日本はエネ ルギーの大危機が来るわけですね。エネルギーの需給は国家の基本ですから、これについてはどういう番組を作っておられるのか、どうしようとしているのかということです。また、外資を中心に産業は日本からどんどん出ていっています。
 九州へ移転の話でだめになったものもあります。こういう問題については、扱い方が難しいのですが、ぜひ何か考えていただければと思います。」
                <中略>
「(今井理事)
 個別の番組、放送の内容については、経営委員の方々から注文を受けるというのはちょっといかがと思いますので、それは別として、放送として、どのようなものが出せるかということをさまざま検討したいと思います。」

 

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最後の今井理事の発言は放送法第32条を念頭に置いたものと思われる。「委員」とは「経営委員」のことである。

「(委員の権限等)

第三十二条  委員は、この法律又はこの法律に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない。
 
 委員は、個別の放送番組の編集について、第三条の規定に抵触する行為をしてはならない。」

石原氏はNHKの自主自立に背く行為を悔い改める意思があるのか?
 
そこで、「視聴者コミュニティ」は昨日(711日)、全国27の市民団体の連名で、次期NHK会長の選考に関する再度の申し入れ書を提出するため、NHKと面会した折に、8日に提出した「石原経営委員長宛て質問書」に〔質問5〕を追加した差し替え版を今日の経営委員会の場で経営委員に届けてもらうことにした。

追加した〔質問5〕の文章は次のとおりである。

 

 「〔質問5〕 貴職が安倍首相との会食に出席し、世論が分かれている川内原発の再稼働をめぐって議論を交わし、早期の再稼働を要請されたこと、さらに、九州の財界人あるいは安倍首のスポークスマンのようなふるまいをされたことは、政治的公平、政治からの自主・自律を生命線とするNHKの監督機関の委員としてあるまじき行為です。貴職は今、そのようなかつての言動を悔い改める意思を持っておられるかどうか、お聞かせください。」

 参考までに、石原進経営委員長宛て質問書の差し替え版全文を掲載しておきたい。
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/ishihara_ate_situmon_sasikakehan.pdf



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安倍首相と会食し、原発再稼働を鼓吹してきた石原進氏がNHKの監督機関の長でよいのか

201679

視聴者コミュニティ、石原進・NHK経営委員長に質問書を提出
 628日のNHK経営委員会で石原進氏が委員全員の一致で新しい経営委員長に選ばれた。しかし、その石原氏の、経営委員に就任以降の言動歴には数々の重大な問題がある。

 1.3年前のNHK会長選考の時、籾井勝人氏を会長候補に推薦し、籾井氏の選任に中心的役割を果たしたのが石原進氏であったことはマスコミ報道も含め、関係者の間では一致した見方になっている。
 その籾井氏は会長就任後、「政府が右と言う時、左とは言えない」、「NHKが従軍慰安婦問題をどのように扱うかは政府のスタンスが決まらないと定まらない」、「原発報道は、国民の不安をかき立てないよう、公的発表をベースにしてほしい」等々、NHKを政府の広報機関のように見なす発言を繰り返してきた。にもかかわらず、石原氏は経営委員長就任直後の記者会見でも、籾井会長には「誤解を生む発言があった」と述べて済ませている。「誤解」とは、誰の誤解なのか、視聴者が公共放送のトップと真逆の発言と受け取るのは「誤解」なのか? 籾井氏の上記のような発言は舌足らずではなく、自分の本心を「正直に」口にしたということではないのか。
 自らが積極的に推薦したNHK会長の、公共放送のトップと真逆の発言を何ら諫めず、「誤解を生む発言」で済ませる態度で経営委員長が務まるのか?

 2. 石原氏は628日の経営委員会終了後に行われた記者会見の場で、過去3年続けてNHKの次年度予算案が国会で全会一致とならなかった問題を指摘したうえで、「NHKは国民の意思を反映している国会で予算を通さなければ、業務を執行できないので、政治との関係は大切である」と発言した。
 しかし、「NHK放送ガイドライン2015」は、「全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務にあたる。日々の取材活動や番組制作はもとより、NHKの予算・事業計画の国会承認を得るなど、放送とは直接関係のない業務にあたっても、この基本的な立場は揺るがない」と定めている(注:放送法第96条に定められているように、経営委員もNHKの役員)。
 私は、NHK予算案が国会承認事項となっている現行制度自体を改める必要があると考えているが、「NHK放送ガイドライン2015」は、国会でNHK予算が承認されなければNHKは業務を執行できないとしても、NHKの予算・事業計画の国会承認を得る場面でも自主・自律の基本的な立場を貫く、と謳っている。
 とすれば、「国会で予算を通さなければ、業務を執行できないので、政治との関係は大切である」という石原氏の発言は、この「NHK放送ガイドライン2015」の立場と整合するのか? うやむやで済ませてよい問題ではない。

 3.石原氏は経営委員就任後も九州経済界の首脳として繰り返し、原発再稼働を強く促す発言を繰り返してきた。意見が分かれる政治問題でNHKの監督機関の委員が、そのような発言を繰り返してよいのか。

 4. 「日本会議福岡」のHPを見ると、石原進氏は名誉顧問の職に就いている。しかし、「日本会議福岡」の「推進事業」を見ると、「わが国の中心的慰霊施設である靖國神社への首相の参拝を支持し、政治的施設である国立追悼施設建設に反対。英霊の方々を追悼し顕彰する行事を毎年開催」、「占領軍の圧力によって制定された現行憲法も約60年。制定過程や内容、わが国を取り巻く現在の諸情勢からも憲法改正は必至。毎年53日は憲法講演会を開催」などが掲げられている。
 ここから、日本会議は、特定の政治的立場を鮮明にした団体というにとどまらず、あの忌まわしい侵略戦争に対する痛恨の反省の上に築きあげられた戦後日本の民主主義体制を敵視する団体であると見なして間違いない。
 このような政治信条を掲げる団体の役員に、NHKを監督する機関の長が就いていてよいのか。

 以上のような事実確認と判断に基づいて、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は昨日、運営委員2名がNHK放送センターへ出向き、石原進経営委員長に対し、次のような質問書を提出し、7月19日までに文書で回答を求めた。

重要な
追加情報
 2014719日の「朝日新聞」朝刊、38ページに次のような記事が掲載されていたことがわかった。

 「首相『川内、何とかしますよ』 九電会長と会食」
 安倍晋三首相は18日夜、視察に訪れた福岡市内で、貫正義九州電力会長ら九州の財界人と会食した。出席者から九電川内(せんだい)原発(鹿児島県)の早期再稼働を要請された
首相は『川内はなんとかしますよ』と応じたといい、再稼働に前向きな安倍政権の姿勢をより鮮明にした。
 首相は福岡市博多区の料亭で約2時間、貫会長らと会食。麻生太郎副総理兼財務相の弟の麻生泰(ゆたか)九州経済連合会会長、石原進JR九州相談役らが同席した。会食後、石原氏が首相とのやりとりを記者団に明らかにした。<以下、省略>」

 同様に、「日本経済新聞」(2014718日、電子版)も次のような記事を掲載している。
 「川内原発の再稼働、首相『何とかする』」
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS18024_Y4A710C1EE8000/
 この記事でも会食に石原進氏が同席し、会食後、石原氏が記者の取材に応じたと記されている。

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                         201678
NHK
経営委員会
委員長 石原 進 様
同報 経営委員 各位

       貴職の経営委員長就任にあたっての質問書

           NHK を監視・激励する視聴者コミュニティ  
                  共同代表 湯山哲守・醍醐 聰
                        
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/

 628日に開催されたNHK経営委員会で貴職は全員一致で新しい経営委員長に選任されました。この機会に当会は、貴職に対し、一連の質問をさせていただきます。経営委員長としての重責を担われ、ご多忙の日々をお過ごしのことと思いますが、今回の質問はどれもNHK経営委員会の自主自律、視聴者・国民からの信頼に直結する、きわめて重大な問題ですので、書面で719日までに別紙宛てにご回答くださるよう、お願いいたします。

1
.籾井勝人氏を会長に推薦された貴職の責任について

籾井勝人氏はNHK会長に就任以降、「政府が右と言う時、左とは言えない」、「NHKが従軍慰安婦問題をどのように扱うかは政府のスタンスが決まらないと定まらない」、「原発報道は、国民の不安をかき立てないよう、公的発表をベースにしてほしい」等々、NHKを政府の広報機関かのように見なす発言を繰り返してきました。また、私的なハイヤー代を一時的とはいえ、NHKに立て替えさせるなど、公共放送の信頼を失墜させるような行為もありました。

〔質問1 経営委員会が籾井勝人氏をNHKの会長に選任する際、貴職が同氏を推薦され、籾井氏の会長選任を主導された経緯については衆目の一致した見方です。しかし、その籾井会長が上記のような公共放送の信頼を失墜させるような言動を繰り返したにもかかわらず、貴職は、経営委員会会議録を読むかぎり、籾井会長を諫め、厳重に指導監督する発言をされた場面は皆無です。そのような貴職が経営委員長として次期会長選考のとりまとめ役を務められることに当会は強い懸念と違和感を覚えます。
 貴職は籾井氏をNHK会長に推薦された当事者として、どのように責任を感じておられるのか、次期会長選考に当たって、その反省をどのように活かすお考えなのか、明確にご説明ください。

2
.政府・与党、政治からの自立に関する貴職の見解について
6
29日の「朝日新聞」朝刊は、新経営委員長選任の経緯を伝えた記事の中で、石原氏は、籾井会長の言動が原因でNHKの新年度予算案が3年連続で全会一致とならなかったことを挙げ、「次期会長の条件を『政権・与党との関係がしっかり築ける方がいい』と説明している」と記しています。
 また、貴職は628日の経営委員会終了後に行われた記者会見の場で、「経営委員会が政権に近いのではないか、という指摘についてどのように考えているか」という質問に対し、「経営委員会が政権と近すぎるとは思わない。ただNHKは国民の意思を反映している国会で予算を通さなければ、業務を執行できないので、政治との関係は大切である」と答えておられます。

 しかし、「NHK放送ガイドライン2015」は、「全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務にあたる。日々の取材活動や番組制作はもとより、NHKの予算・事業計画の国会承認を得るなど、放送とは直接関係のない業務にあたっても、この基本的な立場は揺るがない」と定めています。ちなみに、貴職も先刻ご承知のことと思いますが、経営委員もNHKの役員です(「放送法」第49条)。

〔質問2 「国会で予算を通さなければ、業務を執行できないので、政治との関係は大切である」という貴職の発言は、「NHK放送ガイドライン2015」の上記の定めと、どのように整合するのか(抵触しないのか)、わかりやすく、ご説明ください。

3. 
原発再稼働に関する貴職の発言について
 貴職は、経営委員に就任された20101211日以降も、原発再稼働を強く促す発言を繰り返されました。たとえば、2012年の総選挙の大きな争点として「原発政策」が浮上している最中に、福岡市で、「原発を全廃すれば、電気料金が2倍となり、日本の産業は死ぬ」とまで述べ、原発の早期再稼働を訴え、再生可能エネルギーは原発の代替電源となり得ないとの考えを強調。民主党が掲げる「2030年代の原発ゼロ」について「日本国家が潰れ、失業者だらけになる。」と批判したと報じられています(産経新聞1130日)

 しかし、「経営委員会委員の服務に関する準則」は第2条で、「経営委員会委員は、放送が公正、不偏不党な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の発達に資するとともに、国民に最大の効用と福祉とをもたらすべき使命を負うものであることを自覚して、誠実にその職責を果たさなければならない」と定めています。

 〔質問3 NHK経営委員にも言論の自由が保障されていることは当会も重々、承知しています。しかし、上記のような経営委員の服務準則に照らせば、たとえ放送に直結する場面でないにせよ、世論が二分される原発再稼働の可否について、一方の見解に偏した発言をNHKの最高決議機関の長が繰り返せば、NHKの政治的公平について視聴者・国民の間から疑念が生まれることは避けられません。
 貴職は、今後、こうした特定の政治的立場を支持し、広報する言動を慎まれるべきだと当会は考えます。貴職のお考えをお聞かせ下さい。

4.
「日本会議福岡」の名誉顧問に就任されている件について
 「日本会議福岡」のHPに掲載された「役員の紹介」欄を見ますと、貴職は同会議の「名誉顧問」と記載されています。
 しかし、同会議のHPに掲げられた「推進事業」を見ると、「わが国の中心的慰霊施設である靖國神社への首相の参拝を支持し、政治的施設である国立追悼施設建設に反対。英霊の方々を追悼し顕彰する行事を毎年開催」、「占領軍の圧力によって制定された現行憲法も約60年。制定過程や内容、わが国を取り巻く現在の諸情勢からも憲法改正は必至。毎年53日は憲法講演会を開催」などが掲げられています。これを見ると、日本会議は、特定の政治的立場を鮮明にした団体というにとどまらず、忌まわしい侵略戦争に対する痛恨の反省の上に築きあげられた戦後の民主主義体制を敵視する団体であると見なして間違いありません。

〔質問4 貴職が、上記のような事業を進める「日本会議福岡」の名誉顧問の職にとどまることは、公共放送を監督する組織の長として不適切であり、直ちに名誉顧問の職を退かれるべきだと当会は考えます。貴職のお考えをお聞かせ下さい。
                          
                               以上



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安倍政治批判、野党共闘、日本共産党の政治姿勢について思うこと

201674

 (以下は昨夜、知人のAさんに送ったEメールである。このブログへの転載に当たっては一部、表現を加除した。小見出しも付け加えた。)


 私のように気分が乗った時、手が空いた時に不規則にブログを更新する人間にとって、欠かさず、ブログを更新されるAさんの様子に馬力の違いを痛感しています。

 有権者はなぜ安倍政治を支持し続けるのか?
 最近お書きになっている記事に一貫して流れているのは、護憲への熱意と安倍政治への徹底した批判と思えました。
 しかし、私は、安倍政権批判が足りないというよりも、なぜ、それでも有権者は安倍政権を支持するのかを立ち止まって考えることの方が重要ではないかと思っています。
 民主主義が往々、「愚民の数の力に支えられた民主主義」に堕落しがちなことは確かです。しかし、今の安倍政治を支持する民意を「愚民」と言ってしまえるのか、疑問です。

 積極的な安倍支持者は別して、消極的な安倍支持者の主な支持の理由は、次の2つではないかと思います。
 ①安倍(自民党)政権に代わり得る受け皿が見当たらない。
 ②安倍政治に幻想を持っている。
 
 ②が主であれば、安倍政権を徹底的に批判することが重要ですが、その場合も、安保関連法を、誰もに自明のように「戦争法」と呼称してかかるやり方では、「幻想」を解くのにほど遠く、逆に決めつけに対する反感を買うおそれもあると思います。
 今の野党共闘陣営(日本共産党も含め)には、借り物ではない、自分の言葉で、意見が異なる人々と対話する能力が決定的に欠けていると日々、感じています。

 しかし、議論が前後しますが、私は安倍政治に対する支持が持続する主な理由は上記の②ではないと考えています。なぜなら、安保法、憲法改定、消費税増税、原発再稼働、沖縄基地問題など、どれをとっても過半の有権者は安倍政権の中核的政策を支持していないからです。
 このように個々の主要な課題では安倍政権の政策に過半の有権者が反対であるのに、内閣支持率なり、自民党支持率なりが持続するというねじれが起こる主な理由は、文脈からして①と言うほかないと思います。

 「野党共闘」の内実を問う
 こういうと、「だからこそ、今回の参議院選挙にあたって実現した野党共闘に大きな価値がある」という答えが返ってくるのかもしれません。
 しかし、私は今回の「野党共闘」に冷めた見方をしています。そのわけは、一つには、当事者(野党各党)の間で真にどこまで政策の一致があるのか、疑問だからです。Aさんは改憲阻止を野党共闘の大義に据えておられますが、野党共闘で当選した民進党の候補者は選挙後、本当に改憲阻止で一貫した行動をするのでしょうか?
選挙戦のさなかに、改憲阻止を叫んでも、民進党所属議員である以上、選挙後、「党として○○と決定した以上、私はそれに従わざるを得ない」という口上で、改憲阻止の「共通公約」が脇に追いやられる可能性が低くないと思っています。
 そうならないためには、野党共闘=既存の野党間の候補者調整、ではなく、比例区も含め、市民が主体的に無党派の候補者を擁立し、それを既存の野党も共同推薦するという形をなぜ組めなかったのかという気がしてなりません。それに部分的に該当するのが小林節氏のグループだけというのは寂しすぎます。

 日本共産党の中途半端な自衛隊論
 共産党の志位委員長が昨日、「今は自衛隊が合憲か違憲かは問題でない。自衛隊の海外派兵を阻止することこそ重要だ」と演説しているのをNHKの夜7時のニュースで見ました。一見、共感を得やすい議論ですが、立ち止まって考えると底抜けする発想だと思います。
 なぜなら、自衛隊の海外派兵という場合、国連のPKOへの参加という形も考えられますが、より本格的なのは日米共同の軍事行動だろうと思います。現に、そのための共同訓練が常態になっています。

 「防衛」予算が5兆円を超え、重厚な装備を備えた自衛隊によって、日米共同の軍事行動がスタンバイの状況になっている現状で、自衛隊の海外派兵阻止というなら、ここまで肥大化した自衛隊の存在自体の違憲性を問うのが全うなはずです
 そのような正面からの問いかけをせず(脇に置いて)いかにして自衛隊の海外派兵を阻止する運動をおこすというのでしょうか?
 安保関連法の違憲性を主張しながら、法を施行する際に武力行使の中核を担う自衛隊の違憲性は棚上げするという議論を、私は全く理解できません
 国民の間で抵抗を生みそうな議論に蓋をするというポピュリズムが透けて見えます。

 内実が伴わない「立憲主義を取り戻す」の公約
 「立憲主義を取り戻す」という点も大きな「共通公約」となっていますが、内容はいかにも曖昧です。というより、特段、縛られることもない曖昧な内容だからこそ、「共通公約」になったというのが実情ではないでしょうか?

 「立憲主義」の中身は「個人の尊厳を大切にすることだ」という説明がされています。それなら、共産党は、従軍「慰安婦」の尊厳に再度、塩を塗るような昨年末の「日韓合意」をなぜ前進と評価するのでしょうか? 
 オバマ大統領の広島訪問をかなえるためなら、原爆投下に対する米国の謝罪も事実上、棚に上げるような不条理になぜ同調したのでしょうか? 
 存在自体が人間の不平等、差別の権化といえる天皇が高座から「お言葉」を述べる国会開会式に同席して一礼するという行為を、共産党はなぜこの時期に始めたのでしょうか?
 支持を広げるためなら、こういう不条理、同調圧力にも順応するという態度では、共産党の理性はどこまで劣化するのか、計りかねます。

 

 野党4党、特に共産党は、今回の「野党選挙協力」を画期的な出来事と連日、機関紙でPRしています。しかし、少し、立ち止まって内容を確かめると、共闘優先のあまり、まとまりやすい点に照準を当てたという気がします。これで本当に選挙後に有権者に責任を負う選挙共闘といえるのか、大変、疑問です。
 「野合」批判はためにするものですが、それに反論したからといって、「共闘」の中身の価値が立証できるわけではありません。

 異論と真摯に向き合う姿勢こそ
 以上、述べてきたことは私の特異な思想なり、背景事情から生まれたものでしょうか? 私は野党共闘なり、共産党に他意、悪意を抱く動機をなんら持ち合わせていません。むしろ、私が指摘したような疑問、異論が政党内や支持者内から全くといってよいほど聞こえてこないことに大きな疑問、気味悪さを感じています。

 上のような疑問を向けると、必ずと言ってよいほど「利敵行為論」が返ってきます。宇都宮選挙の時も体験しました。しかし、異論、批判に真摯に向き合わない体質が国民と溝を作る要因であることに、なぜ気づかないのでしょうか?
 「今は○○が大事だから」という物言いで、組織の根深い体質にかかわる問題や自らの政策に宿る未熟な部分を直視しない態度を、いつまでとり続けるのでしょうか? 

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問われるべきは「賛否のバランス」ではなく、「情報の質」

2016617日 

 昨日、
日本記者クラブで「放送メディアと放送法~何が争点か~」をテーマに、放送法遵守を求める視聴者の会」と「放送メディアの自由と自律を考える研究者有志」の公開討論会が開かれた。私は研究者有志の1人として、この討論に参加した。討論の模様は次の録画でご覧いただけるとありがたい。

 
討論者
 視聴者の会:ケント・ギルバート、上念司、小川榮太郎
 
研究者有志:砂川浩慶、岩崎貞明、醍醐聰


前半録画

https://www.youtube.com/watch?v=wXRLW_TQtjU&feature=youtu.be

 後半録画

https://www.youtube.com/watch?v=PVTaB8lPT7U&feature=youtu.be

 討論では、「視聴者の会」が手掛けたTBSの安保法案関連の報道番組の検証方法~法案に関するコメント等を賛否の意見に振り分ける基準、報道番組を評価する基準は「賛否のバランス」なのか、国民の知る権利に応え、法案に対する判断材料を提供する「報道の質」なのか、放送法第4条は法規範なのか倫理規範なのか、倫理規範だとしたら、それを機能させる方法は何か-----「視聴者の会」が要請したような行政の介入や番組スポンサーからの圧力なのか、それとも放送事業者の自己規律、外部からの監視などなのか-----が議論になった。
 また、「視聴者の会」が取り上げなかったNHKの報道の現状(報道の不作為や籾井会長の「原発報道は公的発表をベースに」という発言をどう見るかなど)についても議論が交わされた。

 討論の模様は「産経ニュース2016.6.16 16:5517:34)が次のように伝えている。

(引用開始)
【テレビ報道と放送法・公開討論】
「 <前文略> 
 ◇
 冒頭、小川氏は「日本のテレビ報道の現状が政治プロパガンダになっている」として、視聴者の会が特定秘密保護法や安保法案をめぐるテレビ報道の賛否バランスを独自分析した結果を紹介。法案への反対意見の紹介が賛成意見を著しく上回っているとして、「(賛否バランスが)91というこの数字をおかしいと感じるかどうか聞きたい」と問題提起した。
 その上で、岸井成格氏や古舘伊知郎氏ら報道番組に出演していたキャスターらが「政治的圧力」を否定したことをめぐり、「いつの間にか『安倍政権になって圧力が強まった』という印象になり、それが国際社会にも宣伝されている」と述べた。
 これに対し、岩崎氏は「キャスター個人が圧力を受けていることはないかもしれない」と発言。その上で、安倍晋三首相が一部メディアの個別取材に「選別的に」応じていることや、視聴者の会がTBS報道をめぐってスポンサーへの働きかけを示唆したことなどを挙げ、「歴史的には(メディアが)追い込まれている、と私は見ている」と述べた。
 また、第1次安倍政権時代、総務省が放送局に行政指導を行った件数が「突出して多かった」として、「安倍政権はメディアを気にしている」とも述べた。
 ◇
 一方、視聴者の会のまとめたテレビ報道の「賛否バランス」について、醍醐氏が言及。醍醐氏は「(視聴者の会が、報道内容の)賛否の振り分けをどのような基準で行ったのか。重要なのは報道の質ではないか」と疑問視。その上で、「法案のどこに論点があるのか、アジェンダを自律的に設定し、調査報道を手掛けることこそがメディアの最も重要な使命だ」と述べ、視聴者の会の主張を「メディアの権力監視機能を理解しない曲論」と切り捨てた
 また、岩崎氏は「安保法案への疑問や論点を多くの角度から紹介すれば、当然否定的な意見の放送が長くなる。賛成、反対で色分けをすることが知る権利につながるのか」と述べた。


 こうした意見に対し、上念氏は「安保報道では、南シナ海などの緊迫した情勢、憲法との関係など、本来議論すべき安全保障の論点から外れた、反対デモが盛り上がっているということに力点を置いた報道が多かったのではないか」と主張。小川氏は賛否バランスの振り分けについて、「作為的かどうか分析してほしい」として、調査結果を公開しており、第三者からも検証可能であることを強調した。
 ◇
 討論会では、NHKの籾井勝人会長が熊本地震に関連する内部の会議で、「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と述べたことも遡上に上った。
 醍醐氏から見解を問われた小川氏は、その報道を知らなかったことを明かした上で、「普通に考えたら問題ではないか」と発言。ケント氏も「公共放送ではなく国営放送になってしまう」「NHKが偏向報道をしたら、それを指摘すればいい」と述べた。

 

テレビ報道と放送法をめぐる公開討論会の後半では、番組編集に当たっての政治的公平などを求めた放送法4条をめぐって見解が分かれた。まず、東京大名誉教授の醍醐聡氏が「政府が4条違反を判断することになると、それは違憲だと思う。メディアに監視されないといけない権力がメディアをチェックするのは矛盾だ」と問題提起した。

 

これに対し、米カリフォルニア州弁護士でタレントのケント・ギルバート氏は「私は違憲とはかぎらないと思う。限られた(電波)資源を独占的に利用する交換条件として適用されるものだ」と主張。文芸評論家の小川榮太郎氏は「4条は『倫理規定にすぎない』という言い方があるが、倫理規定であれば無視していいのか。国民が(放送に)関与できる状況を作るべきだ」と反論した。


 一方、醍醐氏は、「視聴者の会」が昨年の安保報道をめぐり、TBSにスポンサーへの働きかけを示唆したことを問題視。「スポンサーに関与させようということには、極めて賛成できない」と述べた。その上で、国民が放送に関与し、適正な放送を実現させるため、放送倫理・番組向上機構(BPO)や番組審議会などの機能強化の必要性を訴えた。

 

また、立教大教授でメディア総合研究所所長の砂川浩慶氏は「放送法は憲法21条の表現の自由の下にあり、放送法を順守することは表現の自由を拡大する方向に向くはずだ。なぜ、視聴者の会は特定の放送局に制約をかけるような動きをするのか」と疑問を呈した。

 ケント氏は「(スポンサーへの呼びかけも)国民の権利の一つで、最終手段かもしれないが、あってもいい」と主張。小川氏は「土俵を作ろうという話をしているだけで、制約をかけようとしているのではない」とした上で、「安保報道では『戦争法案』『赤紙』という言葉まで飛んだ。こういうプロパガンダと報道を切り分ける成熟や自制心が必要だ。マイクを独占している(放送界の)人の表現の自由と視聴者では権力の度合いが全く違う」と反論した。
 また、今後の放送制度のあり方について、経済評論家の上念司氏は「電波オークションを導入して、もっと放送局を増やすべきだ」と主張。ケント氏は「新聞とテレビを分離すべきだ。メディア財閥みたいになっている」と付け加えた。

 ◇
 討論会後の質疑応答で、岩崎氏は「『メディアが一つの権力ではないか』という点は拭えないところがあり、(メディアの)資本系列の問題は私も疑問を持っている。ただ、もう少し議論を深める面も期待したが、前提の部分で意見の相違が出た」と振り返った。醍醐氏は「考え方の違う人たちが議論するこういう機会が、日本でもっとあった方がいいと思う」と総括した。」(引用終り)


 私は1回目の発言用の原稿を用意して討論に臨んだ。「視聴者の会」の小川氏の冒頭の発言が予想したとおりの内容だったので、用意した原稿をそのまま使って最初の発言をした。その内容は昨日の討論会に臨む私の基本的な見解をまとめたものなので、以下、その全文を掲載しておきたい。

            1回目の発言用原稿
 
 「視聴者の会」の皆さんとかみ合った討論をするため、「視聴者の会」が手掛けられたTBSの安保法案関連報道に関する検証について発言します。お手元に発言用原稿をお配りしています。

「視聴者の会」の番組検証の要旨
 「視聴者の会」は、安保関連法案を扱ったTBSの報道番組を何らかの意味で法案に「賛成」「反対」の色がついたもの、「どちらでもない」ものの3つに分け、それぞれの意見を放送した時間を集計しています。
 その結果、「どちらでもない」を除くと、賛成報道の時間が15%であったのに対して、反対報道の時間は85%にも上ったとし、「TBSは報道の名のもとに、法案反対の立場からの政治的プロパガンダを繰り広げた」と結論付けておられます。

重要なことは賛否の「色」ではなく、情報の「質」
 このような番組検証について私が感じたもっとも大きな疑問は、賛否の振り分けをどのような基準で行ったのか、そのような色分けをして賛否報道のバランスを強調することが、「視聴者の会」も重視される「国民の知る権利」に応える上で、どれほど有意義なのかということです。
 たとえば、「視聴者の会」は、「法案への理解が進んでいない」というコメントは、「どちらでもない」に含めてはいますが、会の見方としては「法案反対の意図が明白なコメント」だとされています。
 しかし、安倍首相も国会答弁で「国民の理解が進んでいない」ことを認めています。とすれば、「法案への理解が進んでいない」というコメントは「意見の表明」というよりも、「事実の紹介」といった方がようにも思えます。ただ、そうは言っても、どのような意見を紹介するかは、それ自体、一つの価値判断とも考えられます。
 となれば、ここで重要なことは、あるコメントについて「賛否の色を嗅ぎ分けること」ではなく、取り上げられた情報が法案の可否を判断するのにどれほど有用なものかどうかという「報道の質」ではないでしょうか?

賛否の意見をバランスよく伝えることが第一義的使命なのか?

そもそも論から言えば、国民に有用な判断材料を提供するというメディアの役割に照らして最も重要な課題は賛否の意見をバランスよく伝えることだとは思えません。 
 NHKはニュース番組の中で、しばしば街角インタビューを挿入し、決まり文句を添えた賛成、反対、どちらともいえない、という街の声をバランスよく伝えます。こうした報道が、視聴者に何ほどの判断材料を提供したのか、はなはだ疑問です。
 国民に有用な判断材料を提供するという観点から見て、最も注視すべきだったのは、各種の世論調査で、「議論が尽くされたとは思えない」、「政府は法案の内容を十分に説明したとは思えない」という意見が78割を占めたこと、そうした中で採決がされようとしていたという事実です。

的確なアジェンダ設定と充実した調査報道がカナメ
 そのような状況の下では、法案のどこに、どのような未解明の論点があるのか、国会や国民がそれらの論点を判断するのにどのような材料が不足しているのかというアジェンダを自律的に設定して調査報道を手がける---------これこそがメディアに求められた最も重要な使命だったと私は考えています。
 「集団的自衛権を発動するかどうかは政府が総合的に判断する」という物言いで、政府があいまいな説明を繰り返す論点について、調査報道を手掛け、法案の疑問点や不明点を考える材料を提供するのが熟議を促すメディアの使命です。そうした報道が、安保関連法案に関する政府の説明に懐疑的な見方や批判的な見方を広げたとしても、取り立てて問題ではありません。
 そうした報道を指して、「法案反対の立場からの政治的プロパガンダ」と非難するのはメディアの権力監視機能を理解しない曲論だと私は考えますが、「視聴者の会」はどのようにお考えでしょうか?



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公開討論「テレビ報道と放送法――何が争点なのか」開催のお知らせ

2016610

 高市総務大臣の「電波停止発言」や報道の自由、自律、放送メディアの影響力(権力性)などをめぐってさまざま議論が交わされている。このブログでも何度か、この問題を取り上げてきたが、これらの点について異なる意見を持つ言論人が公開で討論をする企画が以下のとおり実現することになった。

タイトル:公開討論「テレビ報道と放送法――何が争点
   なのか」
日時:平成28 616 日(木)10001200 
場所:日本記者クラブ
  〒100-0011 東京都千代田区内幸町2丁目21
  日本プレスセンタービル 9階 会見場 
  地図:http://www.presscenter.co.jp/access.html 

登壇者:

 <放送メディアの自由と自律を考える研究者有志>

  砂川 浩慶(立教大学教授/メディア総合研究所所長)

  岩崎 貞明(放送レポート編集長)

  醍醐 聰(東京大学名誉教授)


 <放送法遵守を求める視聴者の会>

  ケント・ギルバート(米カルフォルニア州 弁護士、タレン
ト、放送法遵守を求める視聴者の会 呼びかけ人)

  上念 司(経済評論家、放送法遵守を求める視聴者の会 呼び
   かけ人)

  小川 榮太郎(文芸評論家、放送法遵守を求める視聴者の会
   事務局長)

 

参加の呼びかけ

  日本記者クラブ加盟の報道関係者のほか、クラブ外の報道関係者、その他傍聴希望者(事前申し込み制。定員に達したところで締め切り)

 

◆討論の模様は次のとおり、中継・録画で配信される。多くの
 方々に視聴いただけるとありがたい。
 
 ★ニコニコ生放送(ドワンゴ公式チャンネル)
  http://live.nicovideo.jp/watch/lv265721005
 

 ★IWJチャンネル CH4
   http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=4
 


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「謝罪を求めない被爆者」の舞台裏

2016531

「歴史的和解」の政治ショー
 527日夕刻、広島平和公園で演説を終えたオバマ米大統領が目の前で演説を聴いた日本原水爆被害者団体協議会(以下、「日本被団協」と略す)代表委員の坪井直さんと笑みを浮かべながら握手を交わし、同じく感極まって涙ぐむ被爆者の森重昭さんを抱きしめる姿がテレビ、新聞に大きく掲載された。原爆投下をめぐる歴史的和解を演出するのにふさわしい映像となった。
 また、原爆投下への謝罪はしないという条件でオバマ大統領が広島を訪問することが決まって以降も、「謝罪を巡り揺れる被爆者」(『朝日新聞』2016513日)といった記事が見られた。しかし、それから10日後には「『謝罪求めない』78% 被爆者115人アンケート 米大統領訪問優先の傾向」(共同通信調査、『東京新聞』2016523日)という記事が大きく掲載され、<被爆者の多数は謝罪を求めていない>が定説になった感があった。

 ところが、528日、ネットでこの問題に関する情報を検索しているうちに、日本被団協事務局次長の藤森俊希さんが519日に日本外国特派員協会で行った記者会見で気になる発言をしていたことを知った。 ネットでその記者会見の全容を記録した録画を探したら、すぐに見つかった。プレゼンテ-ターは日本被団協事務局長の田中煕巳さんと藤森さんの2人。
https://www.youtube.com/watch?v=abdpDmLXRbU&feature=youtu.be&t=29m3s

舞台裏を語った日本被団協事務局次長・藤森俊希さん
 私が注目した箇所はいくつかあったが、この記事のタイトルに関わる藤森さんの発言録を摘記しておく。( )内の数字は各発言の開始時刻。

 (1520~)「藤森 私たち被爆者が〔518日にまとめた要望書で〕最初にアメリカに対して掲げているのは、あの原爆投下は人道に反し、国際法に反したものだと大統領が確認するということです。その非人道的で国際法に違反する原爆投下について謝罪することを以て、その違法性、非人道性を確認することを私たちは要求しています。」

 (2903~)「藤森 この間、私は、ここにいらっしゃる方ではありませんけれども、メディアの方からたくさん取材を受けました。そのほとんどの人がなんとか私の言葉からオバマ大統領への謝罪を求めないという言葉を引き出そうとしておりました。要するに、オバマ大統領がサミットのあと、広島へ来られるように雰囲気として謝罪しないというムードを盛り立てようという力が働いたのだと思います。その力がどこから働いたかはちょっと控えておきますでも、多くの被爆者は謝罪しなくていいとは思っておりません。」

 このような藤森さんの発言と、528日、夕刻のTBS「報道特集」が「歴史的瞬間!大統領の演説に被爆者は・・・」と題して放送した番組のなかで中国放送の小林秀康キャスターが発言した次の言葉と重ね合わせて、いまさらながら「空気による世論形成」の薄気味悪さを痛感した。

議論を封じ込めた「空気」
 「小林康秀 ・・・・オバマ大統領の訪問を多くの被爆者、広島市民が好意的に受け止めています。しかし、訪問が取りざたされてから気になっていたのは、大統領が来ると言う事実ばかりが重視されてしまいまして、アメリカに謝罪を求める声であるとか、原爆投下の是非を議論するといったような声を発しにくい空気があると感じたんですね。少なからず、そう思っている被爆者や広島市民はいます。
 それは過去のあやまちを認めなければ、未来も同じことを繰り返してしまうのではないかという思いからなんですけれども。だからこそ、オバマ大統領が来たということだけで浮かれてはいけないと思うんです。彼が今後、どういう行動を取っていくのか、それを冷静に見て行かなくてはいけないと思います。」

 空気によって作られる世論・・・・・わが国の民意の質を考える時、避けて通れない重いテーマである。
 今回のオバマ大統領の広島訪問について、私は書きたいことが山積しているが、すぐにとはいかない。そこで、これだけはと思うことを書いておく。

生を絶たれた被爆者の意思を誰が代弁するのか
 それにしても、広島の被爆者に向かってオバマ大統領に謝罪を求めるかと問いかけること自体、愚問である。藤森さんも発言したとおり、被爆者が謝罪を求めるか否か以前に、原爆投下による民間人の殺傷は国際法に反する反人道的違法行為である。それは真珠湾奇襲で日本軍が多数の米国人を殺害した事実と相殺できるはずがない。
 そうした原爆投下で一瞬に生を断ち切られた人々、さらに言えば、戦争末期に日本各地で行われた米軍による無差別空襲で命を絶たれた多くの人々の意思を誰が代弁できるのか? 彼らの無念を置き去りにして「被爆者の8割は謝罪を求めていない」などと報道する無神経さを指摘する人間が見当たらないことこそ異常である。

モルモットにされに行くなとABCCの被爆調書をやぶりて捨つる
                     (今元春江/文選工)

広島の乙女の顔のケロイドはアメリカのなせし烙印にして
                    (河内 格/獣医師)

原爆乙女の顔面整形を援助すとスターらサインす花やかに悲し
                    (竹内多一/無職)

声涼しくアリランの唄歌ひたる朝鮮乙女間もなく死にたり
                    (神田満寿/無職)

濠内に妻を呼びつつ息絶ゆる鮮人の声しみて忘れず
                    (名柄敏子/酒類商)

「許させ」と掌を合わせつつ救い呼ばふ人を見過ごし夫護りてゆく
                    (原田君枝/主婦)


親呼びて叫びたらむか口開けしまま黒焦げし幼児の顔
                    (中 浄人/教員)

生きの身を火にて焼かれし幾万の恨み広島の天にさまよふ
                    (小森正美/商業)

原爆の責任裁判あって良し戦勝国の罪無しとは人道にあらず
                    (小森正美/商業)

(以上、『歌集 広島』1954年刊所収。ここでは家永三郎・小田切秀雄・黒古一夫編集『日本の原爆記録』17、『原爆歌集・句集 広島編』(栗原貞子・吉波曽死/新編、1991年、日本図書センター所収による)



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おいしい生ゆばパンを食べて石巻のパン工房の復興を応援しよう

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 日和山から見渡した石巻の今
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26日、盛岡市内でTPPに関する講演を終えたあと、27日には同行した連れ合いのたっての希望もあり、北上市にある「現代詩歌文学館」に立ち寄った。その後、石巻市に向かい、駅近くのホテルで2泊。28日は、あいにく終日、きつい雨風だったが、前もって申し込んでいた市の観光協会のガイドさんの案内で被災地の今を見て回った。津波で市内が覆われたあの日、ガイドさんは消防署員として首まで水に浸かりながら、必死の思いで市民を救出する活動をされたとのこと。

 日和山の高台に上り、夫婦で説明を聴きながら、石巻市街の現況を見渡した。石ノ森漫画館がある中瀬が眼下中央に細長く伸びる。展望台の掲示板にある震災前の市街地の写真と見比べると、眼下の街並みはさみしく、緑も少ないのは覆うべくもない。災害公営住宅が市内各所に建てられているが、眼下に見える旧北上川周辺に建設中の災害公営住宅の場合は、申し込みがあったのは定員のまだ3割程度だと言う。その訳は河岸の堤防工事が未完成な場所では人々は入居を敬遠するからだそうだ。では、なぜ河岸の堤防工事は進まないのか? ガイドさんによると海岸沿いと違って、河岸沿いは私有地がほとんどで、買い上げが思うように進まないからだという。なるほどと納得した。

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「がんばろう! 石巻」の看板のそばで
 
 日和山を下って、門脇・南浜地区へ案内してもらった。ここは死者・行方不明者が非常に多かった地区で、跡地は「災害復興祈念公園」とすることが決まっている。車が近づくと全国ニュースでも伝えられた「がんばろう! 石巻」の大きな看板が見えてきた。車を降りて近づくと、看板の近くに献花台があり、そのそばに野立ちのガス灯のような低い背丈の建造物があった。石巻の被災地に残った木片を集め、それを種火にして亡くなった人々を追悼するものだという。

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 「災害復興祈念公園」予定地を発って、最後に新装なった石巻魚市場を案内してもらった。全長876m、東洋一長い魚市場だそうだ。鳥や猫が入り込まないよう、建物はすべてドア付き。セリはもう終わり、閑散としていた。私たちが案内された2階は見学者用のデッキだった。漁獲量は震災前の95%にまで回復しており、魚市場の復興は石巻の復興にとって、一番の明るい話題だとガイドさんは話した。

 
昼食は、別れ際にガイドさんに勧められた地元の小さな魚の加工・販売ショップ「プロショップまるか」の中にある食堂へ出かけた。食堂と言っても無造作にテーブルが置かれただけ。それでも、金華山で獲れたてのいわし、くじら、あじ、さよ、赤貝などが並ぶ。そのなかから好きなものをトッピングしてカウンターに持っていき、ごはん、味噌汁を付けてもらうと盛りだくさんの食事となる。

偶然に立ち寄ったパン工房パオ
 
 昼食を終えると、後の予定は特に決めていなかった。傘をさして近くの寿福寺をのぞき、駅に向かって歩くうちに、そう言えば、このあたりに「復興商店街」があったはずだと思い出した。道すがら、通りかかった人に尋ねながら歩くとすぐにたどり着いた。七十七銀行石巻支店の近くで、正式の名前は「石巻復興ふれあい商店街」。全部で8つほどの商店が並んでいた。閉まった店もあったが、23のぞいた後、最後に入ったのが「パン工房パオ」だった。
 他に客はなく、すぐに店主から声を掛けられた。千葉から夫婦で来たというと大変歓迎され、まあどうぞと腰掛を差し出された。手際よくコーヒーまでいただいた。パオの人気商品は「生ゆばパン」。生地に50%のゆばを練り込んだ食パンだ。原料はすべて国産の天然素材。帰宅して少しトースターで温めて賞味すると、なるほど店主の自慢のとおり、もちもちとした一味違う食感がした。ゆばを原料にした食パンがあるとは知らなかった。
 詳しくはネットにアップされている店のHPをご覧いただくのがよいと思う。
 http://ishinomakiya.com/pao/
 

 
 話が弾み、店のご主人・谷地田けい子さんは、市内にあった元の店が津波に流されて押し寄せた漁船で押しつぶされ、全壊したこと、しばらく途方に暮れ、営業再開を諦めかけていたところ、元の得意先から再開を望む声が届き、営業再開を決心。ちょうどこの「復興ふれあい商店街」に入れたそうだ。再開後は元のファンや復興支援で石巻にやってきたボランティアがインターネットで県外に広報したところ、注文が増えたという。その影響もあってか、今では、店の売り上げは来客よりも地方発送の方が多いそうだ。そんな経過もあってか、谷地田さんは私たちに何度も、支援者への感謝の言葉を語った。 

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おいしいパンを食べてパン工房パオの営業継続を応援しよう
 
 しかし、「石巻復興ふれあい商店街」はプレハブ製の仮設店舗。しかも2年という期限付き。当初、市は去年の12月で閉鎖の予定だったが、今年の10月まで延長となった。その期限まであと半年足らずだ。話の終り頃、谷地田さんは工房の将来を話し終えたところで、「銀行が融資に応じてくれるといいんだけどね」と話した。店主の今の気持ちを物語る一言と思えた。生ゆばパン、天然酵母パン(オレンジ)、ガーリックトーストを買って外へ出て、宿へ向かった。
 生ゆばパンは22,100円。食パンとしては決して安いとはいえない。が、それでも愛好家からの注文は多いという。実際に味わうと、納得する人が多いからだろう。おいしいパンを食べて、震災に負けず、パン工房の再起にかけるパオの営業継続のため、たくさんの方が応援していただくことを願っている。

 手造りパン工房 パオ
住所 宮城県石巻市立町2-6-23 【石巻立町復興ふれあい商店街】No.11
電話番号 0225-96-4770   FAX番号 0225-22-8696
営業時間 10001700 定休日 第1、第3日曜日
 注文はファックスで。(FAX番号 0225-22-8696)詳しくは下記。

(下の画面をクリックすると拡大します。その画面を右クリックして「画像を印刷する」を選択すると、注文用紙をプリントできます。それに注文内容を記入してFAXで送れます。FAX番号は下記。)

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