「他虐」を「自虐」と言いくるめる本末転倒のナショナリズム~NHKスペシャル「JAPAN デビュー」への攻撃に思うこと~

 45日に放送されたNHKスぺシャル「JAPAN デビュ-」第1回「アジアの一等国」を偏向番組だとして、集団提訴が起こされた。番組は「やらせ」もまじえて、日本による台湾統治の功の部分を伝えず、負の部分を捏造または誇大に伝えたものだというのが、その言い分である。
 しかし、私も見たあの番組は、日中戦争の勃発に伴って始まった皇民化政策の下で日本語の使用や「改姓名」と称した日本人名への改称が強要されたこと、日本軍兵士として駆り出されながら、いまだに生死も不明の台湾人が多いことなどが一次資料や当事者の証言に基づいて明かしていた。
 中でも、私の印象に鮮明に残っているのは台北第一中学校卒業生が日本による台湾統治時代の生き証人として登場し、日本人の嫁になってもなかなか戸籍を入れてもらえなかった差別の実態を赤裸々に語った場面、天皇の臣民と称して叩き込まれた教育勅語を口々に朗読しながら、積年の無念さを取材カメラに向かってせき込むように訴えかける老台湾人の姿だった。
 そこで、私が提案したいのは、あの番組を再放送して、もっと多くの市民に視聴の機会を提供することである。番組の評価は威圧的な攻撃によってではなく、番組を見た多くの視聴者の自由な言論に委ねること、各自が自分と異なる意見、感想に触れることによって、思考の固定化と独善を克服すること――これこそが成熟した民主主義国家にふさわしい放送番組批評のあり方であり、言論の広場としての公共放送の姿である。


 近年、わが国では他民族に対する日本の侵略・植民地的統治の歴史を伝えること、語ることを「反日」というレッテルを貼って攻撃する「自虐」史観なるイデオロギ-が流布されている。しかし、どのような歴史「観」もそれによって歴史の事実を勝手に改編することはできない。どのような「歴史観」も歴史の事実に依拠しなければ、「観」というに値しない。この意味で、NHKスペシャル「アジアの一等国」が伝えた日本による台湾統治の実態を、日本人が自分を貶める「自虐」とみる人々は、日本による他民族の虐待=「他虐」を「自虐」と言いくるめるに等しい。

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 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は今日(200977日)、「開かれたNHKをめざす全国連絡会」とともに、この番組に加えられている攻撃について、福地NHK会長に宛てた要望書を提出した。
 要望書は、この番組がこれまで十分に伝えられてこなかった日清戦争後の日本による台湾統治の実態を豊富な資料と取材に基づいてリアルに描いた点を高く評価している。そのうえで、要望書は、NHKが、この番組に対して一部国会議員やグループが仕掛けている攻撃にひるむことなく、放送の自由、自律を堅持していることを激励し、JAPAN デビューシリーズが今後も歴史の実相に迫る良質の番組を放送するよう求めている。

NHK
福地会長宛て 要望書(200977日:PDF版)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nhk_ate_yobosho_taiwan20090707.pdf


NHK会長
福地茂雄 様
          要   望   書

                                               200977
          NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                共同代表 醍醐 聰・湯山哲守

 貴職におかれましては、NHKが公共放送の中軸として、また健全なジャ-ナリズムとして発展することをめざして日々ご奮闘のことと拝察します。
 さて、さる4月5日放送のNHKスペシャル「JAPANデビュ-」第1回「アジアの一等国」が放送されました。その内容は日本が明治維新を経て近代国家をめざして国づくりする途上、欧米列強と競うあまり、自らもその列強の仲間入りを果たすべく、日清戦争によって「獲得」した台湾を最初の植民地として統治した実相を、現存する膨大な一次資料に基づいて描いた労作であると評価しています。 
これまでの一般書には、割譲後の台湾を「島民の頑強な抵抗を武力で鎮圧した」(山川出版「詳説日本史」)などと記述されてきました。ところが今回、史実を「日台戦争」と位置付けて説明し、川下から圧倒的な武力で攻め上ってきた日本兵による現地住民制圧の歴史を、肉親から聞かされてきたとする老人の証言等、説得力ある取材情報に基づき展開しました。これまで必ずしも十分には伝えられてこなかった日清戦争後の台湾支配を契機とした植民地主義への道を理解する上で大変貴重な番組であったと思います。
 私たちNHKを監視・激励する視聴者コミュニティは、常に、公共放送としてのNHKの公正な放送と、ジャ-ナリストとしての鋭い視点からの番組提供を求めてきました。「JAPANデビュ-」が期待に応えるに相応しいものであったと高く評価します。
 ところで、この放送に対して、「やらせ取材、歪曲取材、印象操作編集による偏向報道」と断定した抗議行動が展開されています。ETV2001「戦時性暴力」番組に改編の圧力を加えた安倍晋三元首相が今回も策動し、「番組を作っている人自体が思惑を持って作っている。・・・圧力をかけるつもりはないが、偏向していなかったかどうか質していく。」などと、またぞろインタ-ネット放送などを通じてNHKへの攻撃をしています。2001年と同じ状況が生まれる懼れが生じています。(http://www.youtube.com/watch?v=twjpMjtoBRk&feature=channel参照)  
 議事録によれば、今回、貴局は経営委員会でこの事態に対して活発に議論を行い、貴職も適切に意見を開陳しています。また、NHKとしても公式に6月17日付で『説明』(「シリーズ・JAPANデビュ- 第1回『アジアの一等国』に関しての説明」)を発表し反論しています。問題となっている「人間動物園」、「日台戦争」など5つの言葉について、発掘資料と専門家たちの研究成果に依存して用いた経緯の説明も説得的だと思われました。さる5月12日の経営委員会の冒頭で貴職が述べたジャ-ナリストというのは、自分の目で確かめ、自分の耳で確かめ、自分の手で確かめ、自分の足で確かめ、自分の体で体感するように。それがジャ-ナリストだ。私の言う現場主義だと話しました。あつものに懲りてなますを吹くようなことにならないように。しかし、ペンと政治との距離は画然としていくべき。一方で、編集権、番組編集の自由は、不偏不党の立場を守ることで担保されるものだ。」という言葉は「番組改編についてのBPO『意見』」とJAPANデビュ-問題双方に関しての発言だと思われますが、傾聴に値するものと思いました。また、貴職は自ら3度にわたって同番組を視聴した結果、「確かに見る人の見方によっては国辱だというところはあります。しかし、軸足を植民地政策に置いたら、こういったことはありうるだろうという感じがしました。」と同委員会において発言しておられますが、それは確固たる信念に基づいたものと受け取れました。そしてその言葉には、この番組を制作したスタッフへの厚い信頼を感じ取ることができます。
 報道によれば、当番組は「事実を捏造(ねつぞう)し、偏向した放送法違反の内容だ」として、小田村四郎・元拓殖大総長ら8389人が25日、NHKを相手に1人当たり1万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したとのことです(『毎日』6月26日付)。この局面で、私たちは貴局が放送ガイドラインや先の『説明』に基づき、確信を持ってこのような攻撃に対処され、この後に続くシリーズ番組でも不当な攻撃に動じることなく、歴史の事実を直視した良質の番組を制作されるよう強く願うものです。
 最後に、今回の国会議員を擁し、権力を背景にした勢力が特定の番組に圧力を集中する構図は2001ETV番組と同じものです。多くの視聴者がNHKに対する信頼を取り戻す大きな一歩になるものと確信し、改めて、貴局、貴職が毅然として対処することを要望するものです。

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NHK視聴者コミュニティ、日放労に質問書を送付~ETV2001番組改編問題をめぐって~

 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、65日付けで日本放送労働組合(以下、「日放労」と略す)に宛てて、標記のような質問書を発送した。趣旨は、さる428日に放送倫理・番組向上機構(BPO)内の放送倫理検証委員会がETV2001番組改編問題に関して発表した意見を踏まえて、視聴者とNHK職員が共同してNHKの政治からの自主自立を確立するために連携する上で検討しなければならないと考えられる問題について、質問したものである。
 これについて、619日までに文書による回答を要請している。

 質問書の全文は以下のとおりである。PDF版のURLも貼り付けておく。

 ETV2001番組改編問題に関するBPO意見書を踏まえた質問書
 ~視聴者とNHK職員の共同による公共放送の充実・発展を願って~

 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nipporo_heno_situmonsho20090605.pdf

                        200965
日本放送労働組合 御中

 ETV2001番組改編問題に関するBPO意見書を踏まえた質問書案
~視聴者とNHK職員の共同による公共放送の充実・発展を願って~

            NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                 共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 NHKの職場で日々、公共放送の担い手として奮闘されている貴組合に敬意を表します。去る428日、「放送倫理・番組向上機構」の放送倫理検証委員会(以下、「BPO委員会」と略します)は、NHKETV2001シリーズ、第2回「問われる戦時性暴力」の番組改編問題について意見を発表しました。私たちはこの意見書が、NHKの政治からの自主自律を強固なものとし、それによってNHKに対する視聴者の信頼を回復・向上させる上で極めて重要な意味を持つ文書であると受け止めています。
 その意味から私たちはNHK執行部がこの意見書を真摯に受け止めるよう求める別紙のような文書を福地会長宛に提出しました。これに対して、去る522日にNHK編成局計画管理部長・掛川治男氏名で別紙のような回答が届きました。
 ところで、前記のBPO委員会の意見書はNHK執行部に対して厳しい反省を促すと同時に、NHK職員に対しても開かれた自由な討論を呼びかけています。
 そこで、この機会に私たちは視聴者とNHK職員の共同による公共放送の充実・発展を願って、以下のとおり質問をさせていただくことにしました。ご多忙のところとは思いますが、これらをご検討のうえ、619日までに別紙宛に文書でご回答をくださるようお願いいたします。

質問1 貴組合は今回のBPO委員会の意見書、及びそれに対するNHK執行部の見解をどのよう に受け止めておられるか、お聞かせください。その際、BPO委員会はNHKが放送・制作部門と国会対策部門を分離するなどの措置を講じなければ今後も同様の問題は起こると警告していますが、こうした指摘を貴組合はどのように受け止めておられますか? 

質問2 貴組合は、「この裁判を通じて明らかになった多くの課題から目を背けることはできませんし、今回の判決でそうした課題が解決したわけでもありません。これまでの経緯を踏まえつつ、私たちに課せられた役割と責任の重さをあらためて噛みしめ、日々の業務の中で公共放送としての役割と責任を着実に果たし続けていきたいと考えています」(http://nipporo.com メッセージ「『ETV2001』判決を受けて」)と記しておられますが、こうした考えのもとに公共放送としての役割と責任を着実に果たしていくため、具体的にどのような取り組みをされるのか、お聞かせ下さい。 

質問3 当会はETV番組改編問題について視聴者代表やジャーナリストらも参加する検証番組を企画・放送するようNHKに申し入れていますが、この要望について貴組合はどのようにお考えか、お聞かせください。

質問4 BPO委員会が強調したNHKにおける内部的自由は放送の自由を強固なものにする上で不可欠と私たちも考えています。こうした内部的自由を確立するにはNHKの職場でNHK執行部と緊張関係を保ちながら協働する主体が存在することが不可欠だと考えます。私たちは貴組合がそうした主体としての役割を果たされるよう強く期待しています。
 しかし、その一方で貴組合はETV2001番組改編問題をめぐる最高裁判決について、「最高裁判決は『期待権』を原則として法的保護の対象として認めないものであり、表現の自由を尊重した判断として評価したいと思います」と論評しておられることに私たちは同意できません。
 もともと、放送事業者に認められた編集の自由は自足的なものではなく、視聴者の知る権利に応えるためのものです。この点でETV2001番組改編事件の本質は、NHK執行部が戦時性暴力の事実に関する視聴者の知る権利に背を向け、一部政治家の圧力・干渉の前に編集の自由を自ら放棄した点にあったと私たちは認識しています。こうした私たちの見解について貴組合はどうお考えか、お聞かせ下さい。 

質問5 NHKBPO委員会の指摘を真摯に受け止め、自主自律を堅持しつつ市民の知る権利に応え、言論の広場としての役割を果たすためには、放送現場の職員の内部的自由とNHKの番組や経営(受信料の使い方など)について視聴者が発言し参加する権利を連繋させることが重要だと私たちは考えています。
 そのために当会ほかいくつかの視聴者・市民団体は従来から貴組合に対し、シンポジウム等の共催を呼びかけたり、視聴者・市民団体が企画した集会等への参加を呼びかけたりしてきました。しかし、これまでのところ、一部の例を除き、貴組合はこうした呼びかけに消極的な姿勢を取り続けてこられました。貴組合がこのように視聴者・市民との連携に消極的な姿勢を取り続けられるのはなぜでしょうか? 理由をお伺いします。

(参考)
 貴組合が20062月にまとめられた『「公共性」への常なる挑戦』と題する書物の中の<9広場を広げる緊張感と自分との闘い>で次のように記されています。 
 「放送受信料という負担金の制度は、NHKの事業運営の過程において透明性や適正な競い合いが機能し、負託した受信料を最大の効果をあげて還元してほしいとの期待が強く込められていると解釈するべきだ。そしてそれが実行されているかどうかをチェックすることが、視聴者とNHKの間の、そしてNHK内部においての重要な『緊張関係』である。こうした緊張関係が希薄になり、閉鎖的・隠蔽体質を疑われるようになれば、公共性の持つ理念は簡単に吹き飛んでしまい、NHKに公共の広場を任せられないという主張が勢いづく。」

 そして、これに続く同書の<11.常に外に開かれている運動体に>の中では次のように記されています。
 「・・・・そもそも〔NHKは〕市民の共同出資という特別な存在なのだ。負担をしている立場からすれば、公共の広場でのサービスを楽しむことばかりでなく、直接見聞きはできないが評判を聞いて『負担に値するものなのかどうか』『管理・運営に問題があるのではないか』という声を伝える権利も同時に有するのであり、このことが先述した『緊張関係』の持続と言えるのではないか。」
 「それでも、常に未来に開かれた、豊さへの可能性を秘めた、常に外に開かれたある種の運動体であり続けているのが『公共放送』だ、と考える。」

 私たちも貴組合のこうした公共放送論に共鳴しますが、そうであればなおさら、貴組合自らが「常に外に開かれた運動体」となっていただくことを強く希望します。

                             以 上

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鉄線によせて

 だいぶ前のことだが今年もわが家の道路沿いの生垣と庭の隅に色違いの鉄線が咲いた。

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 鉄線は中国産の落葉つる科植物でヨ-ロッパ産のクレマチスの改良交配種だそうだ。強靭なつるが延びていくことから子孫繁栄の文様とも言われる。以前、犬の歌を選ぶ時に参考にした千勝三喜男編『現代短歌分類集成―
20世紀“うた”の万華鏡』(2006年、おうふう)の植物編を見ると、鉄線、鉄線花を詠んだ短歌12首が収録されている。

  梅雨の庭おぼおぼしきに鉄線蓮(てっせん)の花見えてゐてまた降り  こめぬ
                          北原白秋

  鉄線がするどく天へのぼる夜半わすれがたしも虚仮(こけ)のむらさ  き
                          永井陽子

 しかし、この集成に収められた12首にはないが、鉄線を季語にした短歌のなかで好きなのは次の歌である。

  鉄線花むらさき沁みる家垣に二人となりし夕餉整ふ

                          森 淑子

 連れ合いに作者のことを尋ねると書棚から『戦後歌人名鑑』(増補改訂版、1993年、短歌新聞社)を出してくれた。それによると森淑子さんは昭和5年生まれ、雙葉高女時代から作歌し、結社「をだまき」に入社、とあった。

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視聴者コミュニティ、BPOの意見書を受けてNHKに質問・要望書を提出

 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は去る512日、NHK福地茂雄会長とNHK経営委員会に宛てて、以下のような見解・質問・要望書を提出した。質問・要望については522日までに各項目ごとに文書による回答を求めている。

ETV番組改編問題に関するBPOの意見書公表を受けた当会の見解、質問ならびに要望(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/bpo_ikensho_nhk_eno_mosiire20090512.pdf


 このなかで、「視聴者コミュニティ」が特に重視しているのは次の点である。
1.問題の番組の放送日前に野島国会担当局長(当時)に同行して松尾放送総局長(当時)が安倍晋三氏と面会したのは野島氏の要望に基づいて予算を説明するためであったというNHKのBPOに対する回答が、以前のNHK自身の説明と矛盾しているという点
 というのも、NHK自身が東京高裁に持ち込まれた裁判の渦中にホームページに掲載した「編集過程を含む事実関係の詳細」によると、2001129日、安倍晋三氏との面会に松尾放送総局長が同行したのは、当時、日本の前途と歴史教育を考える会の事務局長だった安倍氏から当該番組について質問される可能性があったためと記している。そうだとすると、松尾氏が同行したのは予算・事業計画等の説明のためではなく、本件番組の内容を安倍氏に説明するためだったことになり、NHKの説明が前後相矛盾するのである。「視聴者コミュニティ」はこの自己矛盾についてNHKに明確な説明を求めている。

2.番組改編を検証するための番組の企画・放送を求めたこと
 本年310日に開催された経営委員会において小林英明経営委員は、権威ある機関であるBPOがETV番組改編問題を取り上げたこと、特にNHKにとって最も大切な政治的な中立性にかかわる問題として取り上げたことを軽視してはならないと発言し、今後の対応方法として改編前と後の番組を放送して比べてはどうかと発言している。「視聴者コミュニティ」も今回の文書で小林委員のこの意見に全面的な賛意を表し、検証番組の企画・放送を要請している。

 BPOの意見書公表を受けて、福地会長は経営委員会の席上、今後は政治家への番組の事前説明は一切しないと発言したと一部で伝えられている。この発言がはたしてNHKの全組織に徹底され、履行されるのかどうか、注視していく必要がある。

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                         2009512
NHK
会長
福地茂雄 様

   ETV番組改編問題に関するBPOの意見書公表を
     受けた当会の見解、質問ならびに要望

            NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                  共同代表 醍醐聰・湯山哲守

1. 去る428日、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会は、NHKETV2001シリーズ、第2回「問われる戦時性暴力」の番組改編問題について意見を発表しました。その中でBPOは次のように指摘しています。
 (1)放送中止を求める右翼団体の活動や安倍晋三・内閣官房副長官(当時)らから公平・公正にと念をおされるなかでNHKが幹部管理職の主導で番組の質よりも安全を優先したため、第2回の番組はシリーズ全体の企画の趣旨から逸脱し、不自然かつ散漫な内容になってしまった。
(2)政治と放送の距離に細心の注意を払い、NHKの自主・自律を率先して体現すべき立場にある放送総局長らが当該番組の改編・放送と相前後して何の躊躇いもなく政治家と面会に出かけ、政治家の自説や意見を聞いていること自体に委員会は強い違和感を抱く。
(3)政治家と接触する機会が多い国会担当局長が何の躊躇いもなく放送・制作部門に出入りし、番組の改編に直接関与・指示をしていることに、公共放送NHKの自主・自律の危うさを感じないわけにはいかない。

 その上で、BPOはこうした自主・自律の危うさは今後も繰り返される恐れがあると警告を発し、再発防止策としてNHKに放送・制作部門と国会対策部門の分離を求めています。また、BPOは視聴者に対しては横柄な物言いを戒め、ていねいな説明をするようNHKに求めています。さらにBPONHKのすべての役職員に対して、放送倫理と業務命令の関係をめぐって内部的自由の議論を起こすよう呼びかけています。
  こうしたBPOの見解は改編事件発覚以降、当会ならびに当会の前身組織(NHK受信料支払い停止運動の会)が繰り返しNHKに申し入れてきた内容と軌を一にするものです。それだけに私たちはBPOが指摘した危惧を共有し、BPOの提言に全面的に賛意を表します。
 これに対し、NHKは同日「BPOの意見についてのNHKコメント」を発表しました。しかし、その内容は従来の説明から一歩も出ない、そっけないものでした。BPOの条理を尽くした意見に対し、NHKが今なお、自らに批判的な意見に「聞く耳を持たない」態度を示したことに当会は強く抗議し、猛省を求めます。

2.当会は2008616日に「ETV番組改編事件に対する最高裁判決についての当会の見解」を発表しNHKに提出しました。そのなかで当会は、政治家に対して編集の自由を放棄したNHKが取材協力者に対しては編集の自由を盾に番組改編に関する説明を怠ったこと、視聴者の知る権利をないがしろにしたことを厳しく批判しました。NHKが「番組改編はあったが、それは政治家の圧力ではなく自発的なものであった」というなら、国会担当局長が安倍晋三氏と面会したその足でNHKに戻って制作現場に立ち入り、現場スタッフの反対を押し切って番組改編を指示したことの異常さについて国民・市民に説明する必要があります。

3. 310日の経営委員会において小林英明委員は「BPOは権威ある機関だと思います。そういう機関がこういう形で取り上げたこと、特にNHKにとって最も大切な政治的な中立性にかかわる問題として取り上げたことは軽視してはいけないことだと思います。・・・・今後の対応方法ですが、例えば、もともとの番組があって、それが不当に修正されて放送されたか否かということが争点でしょうから、元の番組と放送した番組を比べて、どういう理由でこのように修正して放送したのかということを、一般の視聴者がよくわかるように検証番組を作るという方法があると思います」と発言しています。私たちもこの意見に全面的に賛同します。

 以上の見解を踏まえ、以下の質問と要望を提出します。これに対し、522日までに(一括形式ではなく)各質問・要望項目ごとに文書で回答いただくよう求めます

 〔質問1 NHKBPOから受けた 質問3 に対する回答の前段で、国会議員への予算・事業計画等の説明は国会担当者が行うのが基本としながらも、その他の部門の者が説明した方が合理的であると考えられる場合には、一切認められないわけではない、と記しています。その上で、問題の番組の放送日前に放送総局長が安倍晋三氏と面会したのは国会担当局長の要望に基づくもので予算説明の範囲内で説明をしたものであって問題があったとは考えていないと回答しています。
 しかし、ほかならぬNHK自身が公表した「「編集過程を含む事実関係の詳細」によれば、2001129日、安倍晋三氏と面会する野島国会担当局長に松尾放送総局長が同行したのは、当時、日本の前途と歴史教育を考える会の事務局長だった安倍氏から当該番組について質問される可能性があったためと記されています。このことは松尾氏の同行が予算・事業計画等の説明のためではなく、本件番組の内容を安倍氏に説明するためだったことになり、NHKの説明が前後相矛盾していることを物語っています。この矛盾についてわかりやすくご説明ください。

 〔質問2〕同じくNHKBPO 質問3 に対する回答の後段で、国会担当局長がチーフディレクターに制作途上の番組の変更を指示したことについて、この指示は129日の試写後に行われた放送総局長ら幹部による話し合いの結果を制作現場の責任者の許可の下に国会担当局長が伝えたもので問題はなかった、その後の編集作業は教養番組部長のもとで行われたと回答しています。
 しかし、事実はどうであったかというと、当日、野島国会担当局長は試写直後、放送総局長ら幹部による話し合いが始まる前の段階で、「これでは全然だめだ」と発言しています。また、放送総局長ら幹部による話し合いの結果を受けて、台本への書き込みを見ながら改編箇所を事細かに制作担当者に指示したのは教養番組部長ではなく野島氏でした。しかも、教養番組部長は野島氏らの改編指示に荒れて、もうやってられないと言っていったん部屋から退出したとされています(永田浩三氏の証言)。
 こうした事実経過からすれば、野島国会担当局長は松尾放送総局長(当時)ら幹部による話し合いの結果を制作担当者に伝えただけの控え目な役割ではなく、番組制作担当者の反対を押し切って自ら番組改編作業を主導したことになります。これでもNHKは当該番組制作過程に問題はなかったと考えるのかどうか、お聞かせください。問題がなかったというなら、東京高裁の事実認定や永田証言を覆す具体的な証拠を提示するよう求めます。

 〔質問3〕NHKの新放送ガイドラインは冒頭の「自主・自律の堅持」のなかで、「全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務に当たる。日々の取材活動や番組制作はもとより、放送とは直接かかわりのないNHKの予算・事業計画の国会承認を得るなどの業務にあたっても、この基本的な立場は揺るがない」と明記しています。
 しかし、上記の〔質問1〕、〔質問2〕で記したNHK幹部の言動やBPOの質問に対するNHKの回答を見ると、国会担当局長らの要望があれば放送総局長らが政治家と面会して個別の番組に関して応答することも妨げられないことになります。また、番組制作現場の責任者の許可があれば国会担当局長らが制作現場に出入りして番組内容に個別の指示をすることも妨げられないことになります。そこでお尋ねします。
 (1)国会担当局長らが政治家との面会に放送総局長らに同行を求めることが合理的とみなされる場合とは具体的にどのような場合を指すのでしょうか? かりに、ある番組の放送後に政治家から番組について説明を求められたとしたら、BPOが指摘するように一般視聴者の場合と同様、各放送局に設けられている視聴者対応組織が対応すればよいのではないでしょうか?
 (2)番組制作現場の責任者が国会担当者に制作現場への出入りを許可することが新放送ガイドラインに抵触しないとみなされる場合とは具体的にどのような場合を指すのでしょうか? 当会は、少なくとも国会担当者が制作現場に出入りし番組内容に指示を出すのは、放送の政治からの自立について強い疑義を生み、放送の自主・自律を定めた新放送ガイドラインに抵触すると考えますが、NHKはどうお考えでしょうか?
 (3)新放送ガイドラインと食い違う行為が国会担当幹部や放送部門の幹部の許可で容認されるとなれば、政治と放送の距離を定めた新放送ガイドラインはその時々の責任者の裁量で融通無碍に解釈され運用されることになります。しかし、放送の自主・自律を定めたガイドラインはそれがNHKの個々の幹部の行為、裁量をも規制するからこそ、公共放送NHKの生命線としての重みを持つはずです。これについてNHKはどうお考えか、お聞かせください。

 〔要望〕BPOは意見書のとりまとめに先立ってNHKに提出した質問のなかで、ETV2001の当該番組の制作・放送とその後の経緯について、またそこから得られた教訓等について番組化し、放送する予定はあるかと質しています。また、小林英明経営委員は前記のように、権威ある機関であるBPOが当該番組改編問題を取り上げたことを軽視してはいけないと述べ、元の番組と放送した番組を比べて、どういう理由でこのように修正して放送したのかということを、一般の視聴者がよくわかるように検証番組を作るという方法があると発言しています。当会はNHK執行部がBPOならびに小林経営委員の意見を真摯に受け止め、視聴者代表、ジャーナリストらも参加したETV2001番組改編問題に関する検証番組を企画し放送するよう強く要望します。
                             以 上

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動物と共住できるマンションを~人と動物の共生社会に不可欠な条件~

人が動物の生きる権利を自覚するとき
 5月10日の『東京新聞』朝刊の4,5面に両開きで大図解シリーズ、No.888として「変わる動物行政」という記事が掲載された。記事は「保健所などで引き取った犬や猫は殺処分するという動物行政が変わりつつあります。これまでの行政を踏まえ、最新の取り組みを紹介します」というリードで始まっている。本文では、犬猫の殺処分数が対1997年比で半減、特に犬の場合は約3分の1に減ったという、地球生物会議(動物愛護団体)の全国規模での調査結果と各地での取り組みが紹介されている。

 たとえば、熊本市動物愛護センターでは2005年度から犬猫の引き取りはあくまでも緊急避難的措置と位置づけ、飼い主に最後まで飼い続ける指導を徹底してきたという。引き取った犬猫の保護日数は従来は0~3日程度だったが、現在は自治体の裁量で延長する傾向があるそうだ。そのなかでも熊本市のように1年以上の事例があるのは全国でも飛び抜けているという。その間、飼育講習会修了者には平日センターを開放して譲渡の引き合わせをしたり、出張譲渡会も年6~8回開いているという。その結果、2007年度の熊本市の犬猫譲渡率は45.6%で全国1となった。記事では同市の動物愛護センターに1年半も保護され、何度も殺処分を検討された6歳の犬が年配の夫婦にもらわれていったエピソードが写真入りで紹介されている。

 このように全国的に引き取った犬猫の殺処分が減った背景には、2005年に改正された動物愛護管理法があるらしい。同改正法は人間と動物がともに生きていける社会を目指すことを掲げ、国には基本方針を、都道府県には推進計画を策定することを求めている。これを受けて策定された国の指針では犬猫の引き取りを17年度までに半減させ、希望者への譲渡などを進めることによって殺処分率を減らすことにしている。ちなみに、同法では愛護動物を捨てた者、食事や水を与えず衰弱させるなど虐待した者には50万円以下の罰金を課すことを定めている。

人と動物が共住できるマンション棟の区分販売を
 確かに、いったん飼い始めた動物をあれこれの理由を付けて飼い主の都合で安易に引き取り依頼をする悪習を断つには熊本市のような毅然とした対応が必要と思われる。その一方で事情やむなく引き取った動物の保護日数を機械的に定め、短期間で殺処分するやり方を改め、新しい飼い主を見つける試みを工夫し、動物に生の機会を与える努力を惜しまない姿勢が求められる。
 しかし、「共生」という言葉を安易に使うのはご免こうむりたい。そこで、人と動物の共生社会を実現するために不可欠と思うのは、動物と共住できる住宅を確保するということである。
 戸建ての住宅であれば問題にならない場合が多いと思うが、もともとマンション住まいの人や戸建てからマンションへの住み替えを考える人にとって、「ペット不可」が多くのマンションの申し込み条件になっている現実は大きな障壁になる。なぜなら、今のまま動物との暮らしを続けるか、動物を手放してでも住み替えにこだわるかの選択を余儀なくされるからである。動物を愛する気持ちが強い人ほど住み替えを思いとどまる例が多いのは当然だろう。この頃は「ペット可」と記載されている物件も珍しくないが、詳しく確かめると、体長75cm以内、体重10kg以下、体高50cm以下という条件が付いている例がほとんどだ。エレベーターを使うときなど、かごに入れて移動できる大きさに制限するためという。しかし、大型犬を飼う人も少なくない状況で、この条件を満たすのは容易ではない。
 売り主に条件の緩和を求めても、入居後に動物を飼わない人とトラブルが起こったら責任を負えないというのが一般的な返事である。確かに、エレベータ-内や共用スペ-スで排泄物を放置して知らぬ顔という飼い主がいるらしく、そうした事例が「ペットお断り」の風潮を増長させているのかもしれない。しかし、そうした悪質なマナー違反の被害は動物を飼う飼わないを問わず、すべての入居者に及ぶ。なによりも、体身の大小で一律に排除されることに不合理を感じる。何か工夫が考えられないか? 
 私が今、提案したいのは、さしあたり、動物との共住を希望する人向けの棟を区分してマンションを売り出せないかという案である。そのうえで、<人と動物共住棟>で独自に管理組合の分会を作り、共同で動物と長く共住していくためのルール作りとルール管理を行ってはどうか? もちろん、<人と動物共住棟>以外の棟への入居者との共同生活に必要なルール作りにも参加する。売れ残ったらどうするのかという売り主側の心配もあるだろう。それについては共住棟への申込みの実績を見ながら段階的に拡充、あるいは縮小を図っていくほかないだろう。そのうえで、共住棟への入居者のなかで迷惑行為を犯す飼い主には罰金を課す等の立法措置も必要と考えられる。

わが家のウメの近況
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NHKは象徴天皇制にどう向き合うのか? NHKの附帯業務はこれでよいのか? ~NHK・産経新聞社ほか共催の天皇・皇后祝賀コンサート再論~

 <この記事は1つ前の記事「疑問山積のNHK・産経新聞社ほか共催の天皇・皇后祝賀コンサート」の続編である。1つ前の記事もあわせて一読いただけるとありがたい。>

 428日にNHK、産経新聞社などが共催する天皇・皇后成婚50周年、即位20周年を記念するコンサートがNHKホールで開催されることになっている。これについて、私も参加している「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は43日付けでNHK福地会長に次のような申し入れをした。

「天皇・皇后の成婚・即位の節目を祝うコンサートへの参画取り止めを~NHKに申し入れ」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-011c.html


 ここでは、改めて天皇・皇后祝賀コンサートの問題点を2つの角度からまとめておきたい。

NHKは象徴天皇制にどう向きあうのか?
 NHKが天皇・皇后の成婚・即位の節目の年にちなんだ催しを報道の対象として扱うことと、今回のように自ら催しの主催者に加わることの間には質的に重要な違いがある。原寿雄氏の近著『ジャーナリズムの可能性』(岩波新書、2009年)を引いていうと、NHKが今回のコンサートの主催者に加わるのは、ジャーナリズムの非当事者原則からの逸脱と考えられる。ここでいう「非当事者原則」とは「権力を監視すべき役割を担う者が権力づくりに加担しては、ジャーナリストとは呼べない」、(原寿雄、4ページ)、「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究であ」(日本新聞協会、新聞倫理綱領)って、記録者が歴史のステージに上がるべきではないとする原則である。
 原氏はこの原則に照らして、200710月に福田・小沢の与野党大連立工作を取り持ったといわれる読売新聞グループ本社会長・主筆の渡邊恒雄の政治活動を厳しく批判している(原寿雄、同上書、2ページ以下)。天皇・皇后の成婚・即位の節目の年を祝う催しの主催団体にNHKが加わったことも、特定の催しを報道の対象として扱う行為(歴史的事実を伝える行為)と政治的価値判断が絡む催しにジャーナリズムが主体的に参画する行為(歴史的事実を創る行為)の区別を踏み外し、公共放送の不偏不党の原則を逸脱する行為といわなければならない。しかし、<コンサート>という文化的催しであるがゆえにか、この点の認識が市民の間やジャーナリズム界でも希薄なことが気がかりである。


 このコンサートのことをある人に話しかけると、「昭和天皇の時代と平成天皇・皇后の今とでは同じ評価でよいのか判断が難しい」という感想が返ってきて、410日に放送されたNHKスペシャル「象徴天皇 素顔の記録」が話題になった。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/090410.html

 私もこの番組を視たが、NHKのHPに掲載された番組案内には次のような解説がある。

即位の時から「象徴」であることを宿命づけられた、いまの天皇陛下。国民に近い皇室にしたいと、旧弊を破りライフスタイルを変えられた。これまでほとんど前例がなかった被災地への訪問に取り組み、膝をついて人々と向き合われた。そして、沖縄やサイパンなど、激戦地への「慰霊の旅」。

番組の基調はこの解説文に沿ったものだった。周囲の時期尚早という声を承知で沖縄へ何度も慰霊の旅に出掛けた天皇・皇后の「沖縄の心に寄り添う」決意が強調された。他方、天皇夫妻を迎える沖縄の人々の様子はというと、「複雑な思い」の一語に集約され、何がどう「複雑なのか」、番組の中で立ち入ることはなかった。天皇夫妻の沖縄に寄せる<心情>にスポットを当てることによって、沖縄戦の悲劇を天皇の「慰霊」の旅で癒し、今なお残された歴史の事実の検証の必要性を忘れさせるかのようなムードが醸成されかねないことを私は非常に危惧した。
 また、番組では天皇自らが運転し、皇后を助手席に、職員を後部座席に乗せて皇居内のテニスコートへ出向く場面が映しだされた。私も<へえ、そんなものなのか>と思いながら見ていたが、平成天皇の<気さくな人柄>、夫妻の<ライフスタイル>にスポットをあてることによって、象徴天皇の名において、どのような問題について国民をどのように<統合>しようとしているのかという問いかけが欠落していることにも強い危惧を感じた。

学校行事において日の丸・君が代の強制に従わなかったことで処分される教員が後を絶たない事実とともに、日本の旧植民地国の二世、三世が今なお、天皇制に対するわだかまり、批判を抱えながら、私たちと共生している事実に日本人は余りに無頓着になっていないか? この番組を見終えて改めて考えさせられた。

NHK本体と関連会社の附帯業務の範囲は?

放送法は第92項が定めているNHKの附帯業務の範囲は一言でいえば、放送あるいは番組制作上の題材の二次的利用ということである。この点でいうと、今回の天皇・皇后祝意のコンサートは、放送法の定めに疎い福地会長がアサヒビールのメセナの感覚で産経新聞からの誘いに応じて共催することになったといわれ、催しが決まった後で周りがあわてて放送予定を決めたというのが実情のようである。これでは、<本来業務としての放送に附帯したイベント>ではなく、<附帯業務であるはずのイベントに附帯した本来業務としての放送>という本末転倒の形になる。NHKの回答によれば、開催費用は民間企業の協賛金で賄われるとのことであるが、<初めにイベントありき>、<後から放送ありき>でNHKがイベントを手掛け、副収入源を得るのは、NHKの附帯業務の範囲を定めた放送法を潜脱する行為でないのか? 
 また、放送法が定めた附帯業務の範囲規制はNHK本体にのみ適用され、NHKの関連企業・団体については野放しなのか、NHK本体と関連企業・団体を連結ベースで規制するものなのか、総務省は法解釈を明確にし、所要の法整備を急ぐ必要がある。筆者は関連企業・団体も支配力基準でNHKの子会社・関連企業等とみなされる以上、視聴者が収めた受信料が関係会社・孫企業等でどのように使用されているのかを監視する必要がある。その点で、附帯業務規制をNHKの子会社・関連企業等にも適用し、情報公開を徹底させるべきであると考えている。
 こうした点について、NHK経営委員会、監査委員会による厳正な監視・監督と視聴者の情報公開請求による監視が必要である。その際には、NHKの本来業務に係る収支と附帯業務に係る収支を厳密に区分した会計情報、附帯事業(イベント等)ごとの収支の公開、協賛金の収支の透明化が不可欠である。

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疑問山積のNHK・産経新聞社ほか共催の天皇・皇后祝賀コンサート

そっけないNHKの回答、その裏に不可解な事実が
 さる43日付けで「NHK問題を考える会(兵庫)」と「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が連名でNHK福地茂雄会長宛に提出した「『天皇・皇后成婚50周年・即位20周年記念コンサート』の企画に関する質問ならびに参画の取り止めを求める申し入れ」に対し、NHKから410日付けの回答が13日に届いた。その全文は次のとおりである。

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  一見してそっけない回答である。「クラシック音楽を愛する多くの視聴者にご満足いただける内容」といわれると、天皇・皇后の成婚と即位の節目を祝うという催しの趣旨がまるでなかったかのように聞こえる。また、回答を求めた5項目の申し入れについて、「その内容を拝読させていただき、貴重なご意見として承ります」と受け流すのは、いかにも慇懃無礼な返答である。
 しかし、それでも、開催費用はどこから捻出されるのかという問いに対し、産経新聞社が集める協賛社からの協賛金により賄われることを明らかにした。また、これまで「未定」としてきた記念コンサートの放送を516日と公表したのも今回の回答が初めてではないかと思われる。
 しかし、注意が必要なのはそれだけではない。平静さを装った回答の陰に次のような不可解な事実が見え隠れしている。

1.自ら実行委員会に加わり、「クラシック音楽を愛する多くの視聴者にご満足いただける内容」と自負するにもかかわらず、NHKのホームページにアクセスしても、コンサートの<イベント・インフォメーション>のサイトにたどりつくのは容易でない。「日本を代表する音楽家たちが一堂に会する希少な」企画と銘打ちながら、積極的に広報をしないのはどうしたことか?

2
.開催費用は協賛社により賄われるという。しかし、NHKの<イベント・インフォメーション>には、主催団体、後援団体、協力は明記されているが、協賛社がどこにも記載されていない。ちなみに、産経新聞社のHPには「協賛 各社」と明記されている。

3
.今現在、NHKの<イベント・インフォメーション>にアクセスすると、次のとおり、主催者欄には「記念コンサート実行委員会」と表記されているだけで、310日付けの記事に記載されていた主催者団体名(日本クラシック音楽家協会、産経新聞社、NHK、NHK交響楽団)が消されている。
http://pid.nhk.or.jp/event/PPG0020201/index.html

 これは何を意味するのか? ちなみに、NHKマルチメディア局編『協業の手引き』(平成14年ごろ編集)によると、「実行委員会方式のイベント」と題する項の中で次のように記載されている。

 「主催同様、公共放送として特別な判断がある場合を除いて、分担内容が明確でない構成団体として、NHKが実行委員会に参加することは避けるべきである。」

 この規程に照らして、今回の記念コンサートにはいかなる「公共放送として特別な判断」があったのか、NHKに明確な説明が求められる。

附帯業務と本来業務の主客転倒
 今回の回答でもっとも<苦心の跡>が窺えるのは次のくだりである。

 「このコンサートは、日本を代表する音楽家たちが一堂に会する希少なもので、芸術性も極めて高く、クラシック音楽を愛する多くの視聴者にご満足いただける内容であると判断し、NHKでは放送番組で紹介することにいたしました。」

 NHKはこのくだりのすぐ後で、「NHKによるコンサートの主催は、放送法第9条第2項のうち放送附帯業務として実施するもの」と回答している。「附帯業務」とは、NHKの本来業務のほかに、放送法第7条で定められた目的を達成するために認められた業務である。具体的には、NHKが放送した番組及びその編集上必要な資料を電気通信回線を通じて一般の利用に供すること、既放送番組等を、放送番組を電気通信回線を通じて一般の利用に供する事業を行うものに提供することなどをいう(放送法第9条第2項第2号、第3号)。

 つまり、NHKは既放送番組の二次的利用、番組の制作・編集上必要な資料を一般の用に供する業務などを附帯業務として行うことを認められているのである。ところが、上で引用したNHKの回答からいうと、初めにコンサートありきで、放送することを決めたのはその後ということになる。現に、NHKが<イベント・インフォメーション>をHPにアップした3月10日の時点ではコンサートの放送日はもとより、放送予定日も記されていない。「こっそり」やる企画だったので、もともと放送するつもりはなかったが、最近になって急に「上から」放送現場に対し、「コンサートを収録して放送せよ」という指示が出たという情報もある。つまり、放送法が定めた附帯業務から逸脱したイベントを、放送法をクリアする催しとして取り繕う苦肉の策といえよう。しかし、これでは「放送に附帯するコンサート」ではなく、「コンサートに附帯する放送」という本末転倒の関係になり、放送法が定めた附帯業務を逸脱する行為であることを示唆したといえる。

 また、コンサートの企画が先にあって、後から放送予定が決まったいきさつから言えば、コンサートが特定の番組の素材として必要であったという説明も成り立たない。番組素材として必要ならコンサートの企画に先立って番組の企画があるはずだからである。

子会社の附帯業務を媒体にした事実上の政府広報
 昨年822日の『朝日新聞』1面に「NHK、政府主催のシンポ放送 子会社受注表示せず」という大見出しの記事が掲載された。それによると、NHKの子会社3社(NHKエンタープライズ、NHK情報ネットワークなど)が政府省庁あるいは各省庁所管の独立行政法人や社団法人などからシンポジウムの運営を受託し、後日、これら子会社が制作した番組をNHKが教育テレビ「日曜フォ-ラム」や衛星第2テレビの「BSフォーラム」で全国放映したという。これについて、本ブログでも記事を書いたので参照していただけると幸いである。

子会社を隠れみのにして政府広報に加担するNHK(2008914日)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-1851.html


 この例のように、NHKの関連企業が政府・省庁が主催する各種イベントの運営を受託し、それを題材にして関連企業が制作した番組を後日、NHK本体が放送するというケースは各省あるいはその外郭団体をスポンサーとする事実上の政府広報番組を意味する。関連企業を介在させることによって、NHK本体と政府の結びつきをカムフラージュし、実質的な政府広報に手を染めるNHKのイベント事業には監視の目を光らせる必要がある。

<付記:次の記事でこの記事の続編を書く予定である。あわせて一読いただけると幸いである。>

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春の上野公園界隈を歩く

 「東京新聞」に同じ猫?の写真が
 昨日(4月8日)の「東京新聞」の26面を見てびっくりした。「ニャンパスライフ満喫~東大の自由気ままな猫たち」という大見出しの記事に載った、車のうえで寝そべる猫の写真が目に飛び込んできたからだ。
 
45日の昼休み、研究室から降りて三四郎池に向かって歩いていたら、1人の女性が駐車中の車の屋根に携帯電話のカメラを向けていた。近づくと一匹の猫が人の気配など無視するかのように足を投げ出して寝そべっていた。急いでシャッターを押したのが、このブログのひとつ前の記事に載せた写真である。もっとアップで撮れたらと後で思うが。いずれにしても、「東京新聞」に載った写真は場所といい格好といい、同じ猫に間違いなさそうだ。

 「あゝ上野駅」
 先日、陽気に誘われて久しぶりに京成上野で降りた。桜の季節の上野公園を歩くのが目的だが、その前にJR上野駅の広小路口近くにある「あゝ上野駅」の歌碑を見ることにした。何度もそばを通ったが気がつかなかったようだ。近くで見ると、平成152003)年76日、設立というから、井沢八郎が亡くなる2年半前に建てられたわけである。歌碑を見にいこうと思い立ったのは今年の1月、ある新聞で井沢八郎の二周忌を記念して美代子夫人が『素顔の井沢八郎とともに』(文芸社)を出版したのを知り、買い求めて読んだのがきっかけだ。スポーツ刈りの姿のせいか、享年70歳と知って驚いた。また、この本に序文を寄せた遠藤実氏もこの本の刊行を目前にした2008126日に他界された。「歌は世につれ」というが、「世につれない歌」が出回る昨今、「あゝ上野駅」は生活者が自然に口づさむ稀有な歌である。

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上野公園を経て不忍弁天堂へ

 その後、JR上野駅の公園口まで歩き上野公園に入った。入口近くにある東京文化会館前には都響メンバーによるティ-タイムコンサート(入場無料)の看板が立ち、その向いの国立西洋美術館の前には「ルーヴル美術館展~17世紀ヨーロッパ絵画」(614日まで)の大きな看板が掲げられていた。さらに進むと、東京都美術館で近く開かれる「日本の美術館名作展」(425日~75日)の予告の看板が立っていた。が、この日はすべて素通り。
 噴水池前の広場(交差点)を左に切ると満開の桜並木の道。両脇はビニールシートの上で宴会に興じるグル-プで賑わっていた。

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桜並木の大通りの途中、五條天神社に通じる石の坂道を下り、弁天堂を通って不忍池へ出た。池にはいつもながらユリカモメが群がり、道路を挟んだボート池では満開の桜の下でボートを漕ぐ人々で華やいだ情景。

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無縁坂

 上野公園を抜け、東大の龍岡門に向って無縁坂を上る。今は大手町経由の通勤だが、以前は京成上野で降りて不忍池に沿って歩き、水上音楽堂の脇を経て無縁坂を上るコースだった。無縁坂というと、「忍ぶ 不忍(しのばず) 無縁坂 かみしめる様なささやかな 僕の母の人生」というさだまさしの歌ので知られているようだが(私自身はこの歌をあまり聴いたことがない)、坂の上に無縁寺があったことに由来するという。坂の途中にある講安寺にも無縁寺という庵がある。
 知る人ぞ知るだが、無縁坂は鴎外の「鴈」の中で岡田青年の散策道として登場する。

 「岡田の日々の散歩は大抵道筋が決まっていた。寂しい無縁坂を降りて、藍染川のお歯黒のような水の流れ込む不忍の池の北側を廻って、上野の山をぶらつく。」

 鴎外というと、私は『青年』の中に出てくる次の一節に魅かれ、自著『会計学講義』(第3版まで)の第3章のエピローグに掲載してきた。

 「いったい日本人は生きるということを知っているのだろうか。小学校の門をくぐってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり付くと、その職業をなし遂げてしまおうとする。その先には生活があると思うのである。そしてその先に生活はないのである。
 現在は過去と未来との間に画した一線である。この線上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。」(岩波文庫、6667ページ)

 経済学部では毎学期末に受講生から授業アンケートを回収する。私の担当科目の受講生のアンケートを読んでいくと、最後の自由記述欄に、上の一節を引いて感慨を書きとめる学生が数人いた。受験時代を駆け抜けた自分と重ね合わせたからだろうか。

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政治的自立、非当事者原則にもとるNHKの主催~天皇・皇后に祝意を表すコンサート再論~

 一つ前の記事で書いた、428日に予定されている天皇・皇后の成婚50周年、即位20周年を祝うコンサートの主催団体にNHKが加わることについて補足をしておきたい。
 今回の企画は、NHKが、産経新聞社という特定の報道機関等と共催で、日本を代表する経済団体(日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会)の後援を受けて、天皇・皇后の成婚、即位の節目を祝う催しを、「報道対象」として扱うのではなく、催しの「主催者=当事者」に加わる点で、先例のない重大な問題をはらんでいる。

 NHKは日時は未定ながら、この記念コンサートの模様をいずれ放送すると語っている。しかし、今日でもなお、天皇制の歴史的役割を十分知らされないまま、学校行事において国歌・国旗への敬意を強制され、それに従わない教員に対する処分が各地で続発している。
 このように天皇制について様々な意見・信条を持つ視聴者が存在する中で、天皇・皇后の成婚・即位の節目を祝うコンサートの開催費用ならびに番組制作費用の一部に受信料が充てられるとなれば、天皇制の存続、歴史的役割にこだわりや批判的な意見を持つ視聴者の憲法第18条で保証された思想・良心の自由が侵されることになる。

 また、後援団体である日本経団連等が番組制作費用に通じるコンサート開催費用の一部を負担するとなれば、事実上、スポンサー付きの番組となり、これはこれで大いに問題のある先例になる。なぜなら、NHKは視聴者が収める受信料を財政基盤とすることによって放送の自主自立を維持することを生命線とする公共放送のはずだからである。

 2001年に起こったETV番組改編問題をめぐってNHKは、天皇が絡む問題(昭和天皇の戦争責任問題)は扱いが難しかったため、自らの編集権に基づき慎重を期したまでで、政治家の圧力に従ったものではないと繰り返してきた。しかし、真相はどうかというと、この番組改編事件は摩擦が予想される天皇制が絡む問題は避けるというNHKの政治に弱い体質を如実に露呈したものだった。また、他のメディアもNHKのこうした摩擦を避ける体質を追究するどころか、自らも天皇が絡む問題をタブー視してきたことは否めない。今回もNHKが天皇・皇后の成婚・即位の節目を記念するコンサートを主催することについてほとんどのマスコミは沈黙を守っている。

 しかし、天皇にまつわる催し、天皇家の冠婚葬祭となると市民はいつも敬意を強制され、物を言いにくい風潮がまかりとおる現実、そしてそうした現実をメディアが素知らぬふりをする状況は、成熟した民主主義、国民主権の対極にあると同時に、ジャーナリズムの「非当事者原則」、政治的独立の原則、権力監視の役割と根本的に相容れない。今からでも、多くの市民がこの問題に関心を向け、議論を興して意見を表明することが重要ではないか?

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春の本郷キャンパス

上:桜の木から見上げた安田講堂
下:陽気に誘われて

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天皇・皇后の成婚・即位の節目を祝うコンサートへの参画取り止めを~NHKに申し入れ~

来る428日にNHKとNHK交響楽団は日本クラシック音楽事業協会、産経新聞社と共催(実行委員会結成)で、日本経団連、日本商工会議所、経済同友会の後援により、天皇・皇后成婚50周年、即位20周年の記念コンサートをNHKホールで開催することにしている。

 この企画の趣旨は、「天皇・皇后両陛下は今年、ご成婚50周年、そしてご即位20周年をお迎えになられます。記念コンサート実行委員会ではこれを記念して、国内外で活躍する音楽家が集まり、クラシック音楽にご造詣の深い両陛下をお祝いするコンサートを開催します」と謳われている。

詳しくは次のサイトを参照いただきたい。

http://pid.nhk.or.jp/event/PPG0020201/index.html

 しかし、戦後の政治、社会、教育等、様々な分野で極めて政治的、思想的意味合いを帯びた役割を果たしてきた天皇制について、NHKが特定のメディアと共催し、わが国を代表する経済団体の後援を受けて、成婚、即位の節目を祝う催しを行うのは公共放送の性格、役割を逸脱する重大な行為と考えられる。そこで、「NHK問題を考える会(兵庫の会)」と「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、NHK福地会長宛に、NHKがこの催しへの参画を取り止めるよう求める文書をまとめ、本日(43日)、NHK視聴者センター経由で福地会長宛てに提出した。

 また、この文書を今井NHK副会長以下、全理事宛にも提出するとともにNHK経営委員会宛にも提出した。

 以下は、その申し入れ文書の全文である。

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                         200943

  「天皇・皇后成婚50周年・即位20周年記念コンサート」の企画に
     関する質問ならびに参画の取り止めを求める申し入れ

NHK会長
福地茂雄 様

   
           NHK問題を考える会(兵庫)
               代表 貫名初子
             NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
               共同代表 湯山哲守・醍醐聰

 NHKおよびNHK交響楽団は来る428日に日本クラシック音楽事業協会、産経新聞社との共催で、日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会の後援を受けて表題のようなコンサートを開催すると発表しています。しかし、私たちは視聴者の受信料で運営される公共放送NHKがこのような催しの主催者に加わるのは重大な問題であると考え、以下のような質問と申し入れを行います。これを真摯に受け止め、慎重に検討の上、413日までに文書で後掲の宛先へご回答くださるよう、お願いいたします。

               質 問 

1
NHKが天皇・皇后の成婚・即位の節目に因んで、それも特定の報道機関との共催で、また日本を代表する経済団体の後援を受けて、祝意を表する催しを開催したことは過去に例がありません。今回、こうした形の催しを企画することになったいきさつをご説明ください。

2
. 今回の企画は放送法第9条以下に列挙されたNHKの業務のどの項のどういう業務に該当するのか、ご説明ください。

3
主催者が発表した<イベント・インフォメーション>によれば入場無料となっていますが、諸々の開催費用はどこから捻出されるのでしょうか? 受信料の一部で賄われるのでしょうか? それとも他の主催者あるいは後援団体が負担するのでしょうか? 

4
このコンサートは後日、NHKのいずれかのチャンネルで放送されるのでしょうか?

                申し入れ

 私たちの会は以下の理由により、NHKがこの催しに参画するのを撤回するよう申し入れます。

1. 
主催者が発表した<イベント・インフォメーション>によれば、この催しは「天皇・皇后両陛下は今年、ご成婚50周年、そしてご即位20周年をお迎えになられます。記念コンサート実行委員会ではこれを記念して、国内外で活躍する音楽家が集まり、クラシック音楽にご造詣の深い両陛下をお祝いするコンサートを開催します」と記されています。
 しかし、天皇制は戦後わが国の政治、社会、教育の中で極めて政治性、思想性を帯びた問題であり続けたことは周知のとおりです。こうした状況の中で、NHKが天皇・皇后の成婚あるいは即位から何周年という節目を客観的事実として報道するのならともかく、天皇・皇后の成婚50周年、即位20周年に祝意を表する催しの主催者に加わることはNHKに求められる政治的公平、不偏不党と相容れません。

2
今回、NHKが天皇・皇后の成婚50周年、即位20周年に祝意を表する催しの主催者に加わるとなれば、今後、NHKが天皇制に関わる番組制作にあたって政治的公平、不偏不党を貫けるのか、視聴者に重大な疑念を抱かせることになります。

3.
 今回のような催しは放送法第9条以下で定められたNHKのいかなる業務にも該当せず、放送法から逸脱した企画であると考えられます。

4
前記1で記したとおり、天皇制はわが国で現在もなお、極めて政治性、思想性を帯びた問題です。そうした中で、天皇・皇后の成婚・即位の節目を祝う催しの主催者にNHKが加わり、開催費用あるいはこの催しの番組制作費用を受信料の一部で賄うとなれば、それは様々な思想・信条を持つ視聴者の思想の自由、内心の自由を侵害することになり、思想および良心の自由を定めた憲法第19条に違反します。

5
かりに今回の催しの開催費用が他の主催者あるいは後援団体の負担で賄われ、後日、この催しがNHKのいずれかのチャンネルで放送されるとなれば、それはNHKの番組制作費用(の一部)を営利企業あるいはその連合団体の資金で賄うことを意味します。これは受信料を支柱とすることで放送の自主独立を貫こうとするNHKの理念と相容れない先例となるものであり、公共放送NHKの視聴者として容認することはできません。

                              以 上

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