「戦力不保持」こそ最善の自衛

2018921

専守防衛に代わる不戦の戦略

 では「専守防衛」に代わる不戦の砦はなにか? 結局、どの国からも武力攻撃の標的になるような武力を持たない「戦力不保持」が最善の自衛であるという考え方が、シンプルではあるが、もっともリアリティのある答えとなる。なぜなら、これもシンプルではあるが、戦力を持たないということは他国を攻める意思がないことを内外に事実で示すことであり、それによって「潜在的脅威の抑止」とか「防衛的先制」とかを大義名分にした武力攻撃を受ける可能性を排除できるからである。

 「他国の攻撃に丸腰でいいのか?」、「独立国として自分の領土を自分で守るのは当たり前」という意見が多いが、単純すぎてリアリティに欠ける。

 「丸腰はダメ」? では、どんな武器を腰にぶら下げたら足りるのか? 武器が武器を呼び、これで抑止力として足りるという天井がないのが実情である。
 いや、その前に「他国からの攻撃」というが、「他国」とはどこなのか? 北朝鮮? 射程を伸ばしたミサイル開発、核開発がその証拠? 

 しかし、冷めた目で見れば、北朝鮮のこうした行動は、いずれも外交カード、伝統的に言えば「瀬際外交」のカードであって、日本を含むどこかの国を攻撃する軍事的動機を持っていないどころが、そのような行動が自らにもたらすリアクションをわきまえないほど北朝鮮はおろかな国ではないはずだ。
 もちろん、「外交上のカード」とはいっても、「アメリカを火の海にする」と公言したり、日本上空を跳び越すミサイルを発射したりするのは挑発以外の何物でもなく、北朝鮮にとっても、軍事的リアクションでないせよ、経済制裁というリアクションを招いた。

 ただし、愚かな行為とはいえ、北朝鮮が日本を標的に挑発行為をした背景には、自衛隊が北朝鮮に対して軍事的圧力をかけるアメリカに追随して共同演習を行ったり、米艦隊の防護に出動したり、安倍政権が「対話のための対話は意味がない」などと唱えてアメリカの経済制裁に忠実に同調してきたりした経緯があったことは間違いない。

 であれば、日本が戦力不保持を明言し、自衛隊が米軍との共同演習を停止した場合、北朝鮮が日本に対して軍事的挑発行動をする動機はなくなる。また、日本が北朝鮮を仮想敵国と見立てて、先制攻撃能力はもとより、専守防衛能力の整備・増強に努めなければならない理由はなくなる。また、日本防衛のための「用心棒」として米軍に頼る理由もなくなる。

米朝対話の進展
 折から、南北朝鮮首脳の3回目の会談がピョンヤンで開催された。そこで採択されたピョンヤン宣言2018では、南北間の恒久的不戦宣言が盛り込まれた。また、アメリカの対応的行動(朝鮮戦争の終結)を条件として、北朝鮮が非核化を早期に完遂する意思も表明された。
 これを受けてポンペオ米国務長官は、南北朝鮮首脳のこうした合意を歓迎するとともに、米朝首脳の2度目の会談の実現に向けて担当者間で早急に協議する意向を表明した。

 このように米朝間の対話による和平実現に向けた動きが加速しつつある背景には文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の粘り強く、優れた仲介があったことは間違いない。それによって南北首脳間で信頼関係が醸成された意義は大きい。「信頼こそ外交の礎」の見本といえる。

(注)
「田中均氏『国内に威勢のいいこと言うのが外交じゃない』安倍首相の拉致対応に苦言(朝日新聞デジタル 20180704 0759分)
https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/03/abe-diplomacy_a_23474167/ 

「非核化への米朝外交『信頼が欠如』 在韓米軍司令官、核能力を警戒」
(『東京新聞』2018723日、夕刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201807/CK2018072302000237.html

 この先、重要なのは、金正恩氏が非核化に関して言行一致を貫くこと、ポンペオ氏が米国内になお根強い北朝鮮への不信感を説得し、ぶれるトランプ大統領を補佐して、米朝間の「行動対行動」の和平を加速させる役割を果たすことだと思う。そのためにも、金正恩氏の非核化に向けた言行一致が強く求められる。
 (ただし、そもそも論を言うと、アメリカが、北朝鮮が保有する核兵器(10未満)と比較にならない(約4000)核兵器を保有する現実を棚に上げて北朝鮮の非核化ばかりを要求したり、核不拡散条約への署名を拒む日本がアメリカに同調して北朝鮮に非核化の履行を迫るのは、条理に反している。)

2017

Photo                (「報道ステーション」2018年8月9日より)

吉田茂ドクトリンへの回帰
 こうして朝鮮半島をめぐる軍事的緊張が解消するなら、日本のこれまでの防衛政策の通念も見直しを迫られる。なぜなら、武力で自衛しなければならない「仮想敵国」、武力で自衛の備えをしなければならない「脅威」の策源地が名実ともになくなるからである。
 そもそも論をいうと、日本国憲法が制定されてまもない194950年当時の国会では「自衛権」といっても、「武力による」自衛を意味しないという議論が主流だった。それは吉田茂首相(当時)の答弁に明快に示されている(以下、これを「吉田ドクトリン」という)。

 「私はこう考えております。日本は戰争を放棄し、軍備を放棄したのであるから、武力によらざる自衛権はある、外交その他の手段でもつて国家を自衛する、守るという権利はむろんあると思います。」
 
19491121日、衆議院外務委員会)

 「また、わが国の将来の安全保障につき内外多大の関心を生じていることは当然のことでありますが、我が憲法において厳正に宣言せられたる戦争軍備の放棄の趣意に徹して、平和を愛好する世界の論を背景といたしまして、あくまでも世界の平和と文明と繁栄とに貢献せんとする国民の決意それ自身が、わが安全保障の中段をなすものであります。(拍手)戦争放棄の趣意に徹することは、決して自衛権を放棄するということを意味するものではないのであります。(拍手)わが国家の政策が民主主義、平和主義に徹底し、終始この趣旨を厳守して行動せんとする国民の決意が、平和を愛好する民主主義国家の信頼を確保するにおきましては、この相互の信頼こそ、わが国を守る安全保障であるのであります。(拍手)この相互信頼が、民主国家相互の利益のため、わが国の安全確保の道を講ぜんとする国際協力を誘致するゆえんであるのであります。」(1950123日、衆議院本会議)

 3年前、集団的自衛権を容認する安保関連法が上程されたとき、多くの憲法学者がこれに反対の意思を表した。自からの学問的見識を社会に向けて表明したという意味では重要な出来事だった。
 しかし、そこでは、個別的自衛権との区別で集団的自衛権の違憲性がもっぱら語られ、個別的自衛権それ自体の合憲性なり、リアリティなりはほとんど語られなかった。

 私がこの記事で述べた「戦力不保持こそ最善の自衛」という考え方は、決して目新しいものではなく、67年前に当時の吉田茂首相が語った上記の考え方そのものなのである。

吉田ドクトリンは、その後の米ソ冷戦や核による抑止力競争の負の連鎖に伴って現実味があせたかに見え、「武力ではなく、信頼を礎とする対話」は政治の表舞台から遠のいた。

 しかし、韓国での政権交代によって登場した文在寅大統領の対北朝鮮対話路線、それに呼応した北朝鮮政権の軍事一辺倒の外交路線から対話併用路線への転換に伴い、「武力ではなく、信頼を礎とする対話」の流れが再び、現実味をおびてきた。

 こうした流れの中で日本の防衛政策はどうあるべきなのか?
 集団的自衛権の実績作りに躍起になっている安倍政権の動きを封じなければならないのは当然だが、それだけでなく、否、そのためにも、「専守防衛」の国是を抜本的に改める必要がある、というのが私の考えである。

 なぜなら、「専守防衛」も「武力による自衛」を容認し、前提にしている点では、吉田ドクトリンと相容れず、吉田ドクトリンの真価が発揮されるべき今の東アジア情勢と相容れないからである。そればかりか、専守防衛はその名に反して、「防衛的先制」を内包し、軍事的抑止力競争の負の連鎖を押しとどめることができないジレンマを抱えている。

憲法「改正」ではなく、自衛隊法の改正こそ急務
 「自衛隊は違憲というが、それなら災害救助に当たる自衛隊も違憲なのか」という議論がある。
 こうした意見は自衛隊違憲論者の本意にそぐわないが、しかし、今の自衛隊法をそのままにした自衛隊違憲論の不備を突く意見ではある。
 これに関する私の考えは要点だけ記すと、自衛隊の主要任務を定めた自衛隊法第3条の改正が必要だと言うことである。

 現行の自衛隊法は第3条で「自衛隊の任務」を次のように定めている。

第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。」(以下の各項、省略)

 では、自衛隊が災派遣等に当たる根拠規定はどこにあるのかというと、第83条で次のように定められている。

 災害派遣
 「第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。

2 防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。」

 地震防災派遣
 「第八十三条の二 防衛大臣は、大規模地震対策特別措置法(昭和五十三年法律第七十三号)第十一条第一項に規定する地震災害警戒本部長から同法第十三条第二項の規定による要請があつた場合には、部隊等を支援のため派遣することができる。」

 原子力災害派遣 
 「第八十三条の三 防衛大臣は、原子力災害対策特別措置法(平成十一年法律第百五十六号)第十七条第一項に規定する原子力災害対策本部長から同法第二十条第四項の規定による要請があつた場合には、部隊等を支援のため派遣することができる。」

 もっとも、政府・防衛省は自衛隊の災害等への派遣を、自衛隊法第3条後段の「公共の秩序の維持」に含まれると説明してきた(2012314日、参議院予算委員会、田中直紀防衛大臣答弁)

 しかし、これは民主党政権時代の政府の条文解釈答弁であり、明文に定めがあるわけではなく、政府見解として定着したものかどうかも明らかでない。
 かりに、政府見解だとしても、災害派遣等は「必要に応じ」と定められた副次的任務とみなされている。

 前回とこの記事で述べてきたような昨今の日本を取り巻く安全保障環境が「厳しさを増す」のではなく、「和平の方向に進む」状況では、「武力不保持」=近隣諸国との「信頼を礎にした対話外交」に舵を切るなら、国土防衛はもはや自衛隊の主たる任務でも副次的任務でもなくなる。
 (ただし、たとえば、原発を標的にした小型の武器や化学兵器等を使ったテロの可能性などは残っているから、現在の自衛隊に蓄積されたこれらの武器使用の危険を防護する人員、技術、装備は保持する必要がある。)

 むしろ、近年、自衛隊に期待されるのは、相次ぐ大雨・水害・土砂災害、地震災害等による被災地救援のための活動である。
 であれば、自衛隊法第3条を改め、
自衛・他衛を問わず、「防衛」を主たる任務とした定めを削除し、代わって、災害等の被災地救助を主たる任務とするよう改正するのがふさわしい。
 また、こうした法改正とあいまって、「自衛隊」を「災害救助隊」(仮称)と改め、同じ目的で任務に当たる消防庁、警察庁などとの組織統合あるいは組織的連携(情報の共有、指揮監督系統の整備など)も検討されてしかるべきである。

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専守防衛は不戦の砦とならない

2018921

要約
 はじめに、この記事と次の記事で私が言おうとしていることを要約しておく。専守防衛はなぜ不戦の砦にならないと考えるのか? 専守防衛に代わって何を不戦の砦にするべきなのかについての私の考えの骨子である。

 (1)「専守防衛」はその言葉のイメージに反して、自衛を超えた武力装備、武力行使の歯止めにならない。それどころか、自衛のための武力装備のはてしない競争を通じて、軍事的緊張を高める源になる危うさを孕んでいる。
 (2)「自衛」と「他衛」、「専守」と「先制」の区別は、現実の軍事では、自明でない。「自衛」は「武力による」自衛を想定する限りは、先制攻撃の必要性を排除できない危うさを伴う。
 (3)「専守防衛」も武力による自衛を意味する点では、昨今、「信頼」を礎にして日本周辺で進展する対話による和平(武力に頼らない和平)の流れに逆行する。

保革を超えて共有される「専守防衛」への疑問 
 自衛隊の存在を合憲とする趣旨の条文を憲法9条に追加するかどうかが目下の改憲問題の大きな争点になっている。
 今の9条の条項をそのままにして、こうした趣旨の条項を追加することに整合性があるのか? 今、そうした条項を追加するのはどういう意図からなのか? 自衛隊の合憲・違憲をめぐる今後の議論を縛ることにならないか?など、疑問だらけである。

 しかし、その一方で、保守政党もリベラル立憲政党も防衛省も、自衛隊を「戦力」とみなした上で、「専守防衛」を国是とすることによって、自衛隊が他国に脅威を与えるような「戦力」とならないよう歯止めをかけるという原則で、自衛隊をめぐる憲法論争に対処してきた点では共通している。

 たとえば、『防衛白書』(2016年版)は「専守防衛」を「憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢」と説明している。
 また、集団的自衛権の行使を容認する安保関連法案を阻止しようとしたリベラルル立憲勢力も、自衛隊を違憲とする論者と、自衛隊を合憲としながらも集団的自衛権は容認できないとする論者が連携した運動だった。その際、連携を支えた共通項はやはり「専守防衛」だった。 

 しかし、現実はどうか?
 (以下、高橋杉雄「専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって――弾道ミサイル脅威への1つの対応――」『防衛研究所紀要』200510月を参照)

 「専守防衛」は、「他に手段がない場合に」「必要最小限度の」という言葉と接合されると、武力行使に自制的なニュアンスを醸し出し、支持を取り付けやすい。しかし、もともと「専守防衛」はいうなれば理念の宣言であって、近年、政府が進めている自衛隊の装備の実態(自衛隊のリアル)との乖離がどんどん大きくなっている。
 防衛問題の専門家の間では、以前から、「攻勢防衛」とか「積極防衛」とか言った形容矛盾と思える言葉が使われてきた(高橋、前掲論文、106ページ)。
 政府・防衛省も近年、「防衛」のための「必要最小限度の攻撃力」を広く解釈して、相手国からの長距離ミサイル・核ミサイル攻撃を抑止し、無効にするための先制的な策源地攻撃能力の向上に努めている。

「いずも」の空母化
 たとえば、海上自衛隊の護衛艦「いずも」は最大14機のヘリコプターの搭載が可能と言われている。政府は「護衛艦」と説明しているが、各国の軍事関係者はヘリ搭載「空母」とみなしている。そして今、政府・防衛省内では、この「いずも」を戦闘機が離着艦できる空母に改修する案が検討されている。
 これが実現すると、「いずも」は尖閣列島など離島防衛に出動する米軍戦闘機に補給を行えるようになり、自衛隊と米軍の一体化がさらに加速することになる。
 また、将来的には、日本自身が短距離・垂直の離着艦ができる、アメリカの最新鋭ステルス戦闘機F35Bを導入して、「いずも」に搭載する案まで浮上している。
 こうした空母を自衛隊が保有するのは憲法92項が禁じた「戦力」に当たらないか、国会でたびたび論議された。しかし、その都度、政府は、いやこれは「攻撃型空母」ではなく、「防衛型空母」であると称して疑念をかわしてきた。
 (以上、「いずも」の運用については、増田剛「検討進む『攻撃力』強化 問われる『専守防衛』」(NHK「時論公論」2018116日、を参照)

 しかし、「攻勢防衛」の意味があやふやなのと同じ様に、「防衛型空母」と「攻撃型空母」はどういう基準で、誰が線引きするのか? 「空母化の研究 
 専守防衛からの逸脱だ」(『朝日新聞』社説、201863日)といっても、解釈論争から抜け出せそうにない。「自衛のための必要最小限度の範囲内」といっても実効性のある議論にならないのは、安保関連法案の国会審議からも明らかだ。

巡航ミサイルの導入
 2017128日、小野寺防衛大臣は長距離巡航ミサイルの導入を正式に表明し、それに向けた関連経費として約22億円を2018年度予算案に追加要求した。北朝鮮のミサイル警戒にあたるイージス艦の防護や離島防衛が目的と説明した。
 しかし、各方面から指摘されているように、巡航ミサイルに搭載するアメリカ製のミサイルは射程900キロは、日本海から発射すれば北朝鮮全域に届くことになる。小野寺氏は相手国の攻撃から届かない遠方から攻撃するためというが、これほどの長距離を射程にした巡航ミサイルが離島防衛のためとは想定しにくい。いくら防衛用といっても、相手国には先制攻撃用の装備強化と受け取られ、軍事的緊張をいっそう高め、防衛予算の際限ない肥大化を生むのは必至である。

 実際、政府・防衛省は2018年度「防衛」予算に、「島嶼部に対する攻撃への抑止・対処力の向上」のためとして戦闘機(F-35A)の取得(6785 億円)、輸送機(C-2)の取得、2435 億円)、水陸両用作戦における部隊の展開能力等を強化するためとしてティルト・ローター機(V-22)の取得(4393 億円)の購入予算を計上した。
 また、弾道ミサイル攻撃等への対処として、陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)と、それに搭載する迎撃ミサイル(SM-3ブロックIIA等。一式627億円)の購入予算を計上した。

 
結局、一方当時国がいくら専守防衛用と言っても、相手国から見れば先制攻撃用となり、それぞれが対処能力を向上させる装備体系の競い合いが避けられず、仮想「防衛」のための予算の肥大化に歯止めが利かなくなる。緊縮財政を叫ぶ一方で、有権者はいつまでこうした仮想防衛に税金を託すのか?

「専守防衛」のリアル 
 近年、折に触れて議論される「敵地攻撃能力」は専守防衛の理念のリアルを問いかける先鋭な問題である。
 従来から、「他に適当な手段がない場合」は「座して死を待つ」のではなく、一定の制限の下で攻撃的な行動をとることは法理論上、許されると解釈されてきた。しかし、たとえば、いくつもの移動式ランチャ-から発射される弾道ミサイルに対する防御的戦力とはいかなるものかとなると、議論は混迷する。
 弾道ミサイル発射後の反撃能力を整備して報復的抑止を利かせると言う考え方がある。しかし、いくつもの移動式ランチャ-から発射されるとしたら、すべての発射位置を事前に把握して反撃するのは事実上、不可能である。また、いくらハイテク兵器を使っても相手国の攻撃能力を抑止するには通常兵器では不可能で、確実な反撃能力というなら、核武装にすすまざるを得ないという見方がある(高橋、前掲論文、115ページ)
 しかし、そうなると相手国もこうした核抑止力を上回る核武装に進むのは必至で、際限のない「抑止力」競争が軍事的緊張をさらに高めるという悪循環を避けられない。

 もう一つ、考えられるのは「先制的一撃」論である。こちらからの先制的一撃で相手国のミサイル攻撃力を破壊し、無力化するという発想である。
 しかし、この場合も、すべての移動式ランチャ-を撃破できなければ、残りのランチャーから即座の反撃に遭うことを覚悟しなければならない。その意味で「先制的一撃」論は危険なオプションと言われる(高橋、前掲論文、116ページ)。
 また、一方が「先制的一撃能力」を整備していると知れば、他方も「座して死を待たない」のは当然だから、相手国の一撃能力を上回る先制的攻撃能力を開発しようとするのは避けられない。

 
このように考えると、「専守防衛」という理念は、相手国の戦力は一定(たえば、ミサイル発射基地は固定型、攻撃能力も当方の攻撃能力の向上にかかわりなく一定不変)という、非現実的な想定の下でしか、意味をなさない
ことがわかる。


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テレ朝の無断録音放送についてBPOに審議を申立て~有志8名で~ 

2018914

 831日放送のテレビ朝日「報道ステーション」が、塚原千恵子氏側から提供された録音データを、相手方(宮川紗江選手)の事前の確認・了解なしに放送したのは宮川選手の人権を侵す恐れがあると同時に、公平公正な番組編集に反し、放送倫理を背く疑いがあると考え、今日、大学教員(元・現)、弁護士ら8名の連名で、BPO(放送倫理・番組向上機構)に対して審議を求める要望書を送った。
 あわせて、この要望書をテレビ朝日内の放送番組審議会と日本体操協会にも送った。要望書の全文は以下のとおり。URLは、
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/bpoate_tereasa_rokuon.pdf 

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                 2018914

 

 BPO放送倫理検証委員会 御中

  テレビ朝日が塚原千恵子氏側から提供を受けた音声
   データを
放送した件について審議を求める要望書 

   (現/元)大学教員・弁護士・ジャーナリスト有志 
                 (有志名簿は後掲)

 目下、女子体操界でのコーチの暴力問題、日本体操協会の一部幹部による選手へのパワハラ問題が大きな社会問題になっています。これについて、831日に放送されたテレビ朝日「報道ステーション」(以下「番組」と略す)は、放送の中で、宮川紗江選手からパワハラを受けたと告発された塚原千恵子氏の代理人弁護士から提供を受けたとして、716日に塚原千恵子氏が録音したとされる、宮川選手との会話の音声データを223秒にわたって放送しました。
 しかし、私たちは、このようなテレビ朝日の番組制作は、以下のような理由から、放送倫理上、大きな問題があると考え、貴委員会に審議を要望いたします。

(1)力の上で優位な立場にある塚原千恵子氏が、弱い立場にある宮川紗江選手の了解なしに録音した音声データを、宮川選手の事前の確認なり了解なしに、一方的に放送したのは、宮川選手の人権を侵す恐れがあると同時に、かりに違法とまで言えないにしても、放送倫理上も慎重な配慮を欠くものである。

(2)塚原氏の代理人弁護士は、録音を提供した目的は、「塚本千恵子氏の話し方が高圧的でなかったことを知ってもらうため」と説明
したが、この説明は次の理由から説得力に欠けている。

 ① そもそも、社会常識から、録音をした塚本千恵子氏が録音中、自分に不利な発言(この場合は高圧的と受け取られるような口調の発言)をするとは考えられない。また、放送された音声データは会話全体のごく一部と考えられるから、メディアに提供した音声が塚原氏の主張に沿った内容であるのは当然で、利害関係者が自ら選択した音声データを提供しても、公正な証拠価値とは言い難い。番組は、このように客観性・公平性に疑問が持たれる音声データを無造作に使った点で、放送倫理上、重大な瑕疵がある。

 ② 宮川選手が高圧的で恐怖を覚えたと訴えたのは715日のやりとりの場での塚原氏の発言であるが、番組が流したのは翌16日の2人のやりとりの一部である。16日のやり取りは、前日、塚原千恵子氏が宮川選手に対して言った発言(「あなたの家族は宗教みたい」、「2020に参加しないと協会として協力できない」、「オリンピックにも出られなくなるわよ」等々)にショックを受け、一睡もできなかった宮川選手が合宿参加を止めて家に帰りたいと申し出たのを塚原氏が引き留めるやりとりである。
 したがって、宮川選手が訴えたパワハラの有無を検証するには715日のやりとりが焦点になるはずだから、番組が流した音声データは、塚原氏の代理人弁護士が説明する目的と齟齬がある。こうした齟齬を十分吟味することなく、一方の当事者の言い分をそのまま受けて提供された音声データを流したのは、番組編集上の自主自律の欠如を意味し、放送倫理上、極めて問題があった。

(参考)
 「放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。」
 (NHK・民放連「放送倫理基本綱領」)

 「(34) 取材・編集にあたっては、一方に偏るなど、視聴者に誤解を与えないように注意する。」(「日本民間放送連盟 放送基準」)

(3)そもそも論から言うと、829日の記者会見で宮川選手が訴えた塚原夫妻によるパワハラとは、話し方が高圧的だったというのは副次的な問題で、重要なことは「言うことを聞かなければ、オリンピックに出られなくなる」等と宮川選手が受け取った塚原千恵子氏の発言の中身である。さらに、宮川選手が挙げたパワハラとは、義務ではなかった2020強化プロジェクトに宮川選手が加わらなかった(他にも多くの選手が加わっていなかった)というだけで、ナショナル選手であるにもかかわらず、ナショナルトレーニングセンター(NTC)の使用を制限されたり、2年連続で海外遠征から外されたりし、あげくはオリンピック選考にも影響するかのような発言があったという、より具体的な問題であり、女子体操強化本部長という地位を濫用した差別扱いだった。

 にもかかわらず、番組がこうしたパワハラの核心部分に口を閉ざしたまま、話し方が高圧的だったかどうかに焦点を当てようとする塚原氏側の言い分に沿って、それを立証するために塚原氏側から提唱された音声データを流したのは、自主自立、公平公正な番組編集の原則に反するものだった。

 以上のような私たちの要望とその理由を慎重に検討いただき、標題の件について慎重に審議されるよう、貴委員会に求めます。

                        以上

     有志申立人
       浮田 哲(羽衣国際大学教授)
       右崎正博(獨協大学名誉教授)
       澤藤統一郎(弁護士)
       杉浦ひとみ(弁護士)
       醍醐 聰(東京大学名誉教授)
       浪本勝年(立正大学名誉教授)
       根本 仁(「NHKとメディアを語ろう・
            福島」代表) 
       湯山哲守(京都大学元講師)

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NHKに意見を送信~体操の宮川選手の勇気ある告発に応える調査報道を~

2018831 

 今日、N
HKFAXで次のような意見・要望を送った。
(参考)
 宮川紗江選手の記者会見   冒頭本人発言ノーカット(1934秒) 
 http://tsuisoku.com/archives/54065047.html  

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                       2018
831

NHK
 御中
FAX
0354534000

  体操の宮川選手の会見を巡るNHKの報道に関する意見・要望 

 830日の「おはよう日本」は、宮川紗江選手が829日の記者会見で説明したコーチの暴力問題、日本体操協会幹部から受けたパワハラ問題を取り上げました。が、結びの語りは、「選手がパワハラと感じたと指摘するやりとりは、主に電話での会話や少ない関係者の間で行われたものだということで、事実の解明がどこまで進むかが焦点となります」というものでした。まるで、真相解明の行き詰まりを予断するかのような話しぶりです。

 しかし、NHKの使命は、他人事のように真相解明の行き詰まりを予見することではなく、独自の取材・調査を手掛けて、真相解明の先頭に立つこと、具体的には、昨今、日本のスポーツツ界で頻出している選手の人権を蹂躙する連盟・協会幹部の権限の私物化の真相に迫ること、です。

 現に宮川選手の会見以降、民放各局は、かなりの時間を割いて、体操の元オリンピック代表選手などに取材して得た有益な証言を報道しました。たとえば、日本テレビの「スッキリ」(830日)はバルセロナ五輪体操代表選手の池谷幸雄さんに取材し、「これはもう体操界の中では本当に激震ですよね。」「歴史が代わるというぐらい大きな出来事」と評した池谷さんの生の発言を伝えました。
 また、複数の局は830日のワイド番組で、朝日生命体操クラブが有力選手を他のクラブから引き抜いた先例、その手法を証言する関係者の声を伝えました。
 さらに、前記の「スッキリ」は、塚原千恵子氏のことを「ザ・パワハラ」「一言でいうと『女帝』」と語る、かつて朝日生命体操クラブに所属した人物の証言を伝えました。

 ところが、これまでのNHKニュースは宮川選手と日本体操協会幹部の言い分をそのまま手短に伝えるだけで、独自の取材にもとづく情報を加味して真相に迫る場面は皆無といってよい状況です。
 830日の夜は、報道ステーションとTBSニュース23がトップで宮川選手の告発が投げかけた波紋を続報したのに対し、NHKニュースウッチ9は、この問題を完全にスルーしました。

            (意見・要望)

 1宮川選手が会見の中で「権力を使った暴力」と告発した日本体操協会幹部のパワハラ問題は、ワイドショ-で見受ける興味本位の話題ではなく、日本のスポーツツ界が抱える利権がらみの構造的腐敗の問題であり、選手個人の自己決定権と尊厳にかかわる社会問題です。また、オリンピック代表選考に象徴されるような権限を持つ者と権限に翻弄される者という力の格差がまかり通る世界で起る普遍的な問題です。
 このような問題を取材・報道する時にNHKに求められるのは当事者の対立する言い分を「中立的に」伝えることではなく、権力の非対称性を念頭において、権力を持つものの力の行使のプロセスに迫り、国民に知らせる使命を果たすことです。
 NHKは宮川選手が提起した問題をこのような視点から受け止め、この先、充実した調査報道を手掛けるよう要望します。

 2.すでにNHKも十分、承知されていることと思いますが、宮川選手が告発した日本体操協会のパワハラ問題については、この先、宮川選手に続いて、体操競技の現・元オリンピック代表(候補)選手やコーチ、審判の中から自らの体験を語る証言が出てくる可能性が高いと考えられます。現に、ネット上では、数名の元オリンピック代表選手(体操)が実名で宮川選手の告発に共感したりコミットしたりする感想を発信しています。
 NHKはこうした取材源に積極的にアプローチして、宮川選手が提起した問題を「言った、言わない」で終わらせない意欲的な調査報道を手掛けるよう期待します。

 3.  NHKは早くから2020年東京オリンピック・パラリンピックに協賛する番組編成や広報を手掛けてきたと私は受け止めています。他方、宮川選手の告発の中には、2020年オリンピックの代表選考、それに向けた強化練習体制等の歪みに触れた点があります。
 この際、NHK2020年オリンピックに協賛する「プレイヤー」的立場を一掃し、「ウオッチヤー」としての立場に徹することがますます重要になっていると考えます。
 でなければ、今後、NHKはさまざまな場面でオリンピックにつき、「アクセル」と「ブレーキ」を踏み分ける利益相反――2020オリンピックの祝賀ムードに「水を差す」という配慮が働いて、オリンピック推進の負の側面を取材・報道するのを手控える萎縮効果――に遭遇すると予想します。
 今回、宮川選手の問題提起を機に浮上した日本体操協会の宿罪についても、こうした報道萎縮が起こらないよう、強く要望するとともに、視聴者の1人として、NHKの報道をチェックしていきます。

 4.会見の最後で宮川選手は次のように訴えました。

 「言うことを聞けば優遇され、聞かなければ排除される、権力があればすべて許されてしまうのでしょうか? 女子の体操はすべての判断が言うことを聞くか、聞かないかで決まるんだと思いました。強化本部長のまわりには、言うことを聞く人たちしか存在しないように見えます。」

 「言いたくても言えば、何をされるかわからないという理由で声を出せない選手、コーチ、審判の方も多くいらっしゃると思います。私はこれこそ権力を使った暴力だと感じます。」

 「みんなが平等な権利を持って納得のいく基準での選考方法、先が描ける具体的なプランなど、一人一人が意見を言える強化体制が存在するべきだと強く感じます。」

 「私はまだ18年しか生きていませんが、今、人生の中で一番の勇気を出してここに立っています。」

 NHKの中にも、長く日本の体操競技・
協会を取材してこられた記者、解説委員の方がおられると思います。皆さんの中には、宮川選手が告発した日本体操協会のパワハラ体質を以前から承知していた方がおられるのではないですか?

 宮川選手の告発は他の同僚選手、コーチ、審判などの思いも代弁したものと言えますが、職業としてスポーツ界をウオッチしてきたメディアの皆さんは、ミニ巨悪を見て見ぬふりをしてきたと言われても仕方ありません。
 取材対象に感情移入するのは禁物ですが、せめて、18歳の現役選手が勇気を奮って声を上げたこの機会にミニ巨悪の膿をあぶりだす調査取材
に精力を傾けられるよう、強く要望します。

                        醍醐 聰


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「戦争責任言われつらい」(昭和天皇)→「すごい言葉だ」(半藤一利)→ちっともすごくない、当たり前すぎる

2018827

「戦争責任言われてつらい」? 
 8月23日の『毎日新聞』朝刊の1面に「戦争責任言われてつらい」侍従記録 晩年の昭和天皇吐露」という見出しの記事が掲載され、28面には「昭和天皇の苦悩 克明に」という見出しで故小林忍侍従日記の要旨(1975428日~19901122日)が摘記された。
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 この中の198747日の日記には、次のような昭和天皇の言葉が記されている。昭和天皇が死去する19カ月前のことである。

 「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛いことをみたりきいたりすることが多くなる。近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる。」

 また、これより7年近く前の1980527日の日記にはこんなことが記されている。

 「華国鋒首相の引見にあたり、陛下は日中戦争は遺憾で遭った旨おっしゃりたいが、長官、式部官長は反対の意向とか。右翼が反対しているから、やめた方がよいというのでは余りになさけない。かまわず御発言なさったらいい。大変よいことではないか。」

 この28面の記事には、「すごい言葉だ」という見出しで作家の半藤一利さんのコメントが載っている。最初の6行を引用しておく。

 「昭和天皇の『細く長く生きても仕方がない。〈中略〉戦争責任のことをいわれる』というのは、すごい言葉だ。昭和天皇の心の中には、最後まで戦争責任があったのだとうかがわせる。」

 「戦争責任のことをいわれてつらい」という発言は昭和天皇の虚飾のない心境とは思うが、それがどうして「すごい言葉」なのか? 当たり前すぎる言葉である。

心境の詮索ではなく史実の検証を
 昭和天皇の戦争責任、さらには戦後責任に関する事実と自覚のほどを問題にするなら、次のような過去のオフィンシャルな言動をなぜ取り上げないのか?

近衛文麿の戦争終結の進言を拒み、戦禍を拡大させた責任
 1945214日、首相近衛文麿は内大臣木戸幸一とともに天皇と面会し、戦争の続行/集結について上奏した。その中で近衛は「敗戦は遺憾ながら最早必至なり」と始め、この「前提の下に論ずれば、勝利の見込みなき戦争を之以上継続するは、全く共産党の手に乗るものと存候。随つて国体護持の立場寄りすれば、一日も速に戦争終結の方途を講ずべきものなりと確信候」と進言した。
 しかし、天皇は、もう一度、戦果を挙げてからでないと近衛の進言通りには進まないと思うと返し、戦争終結に応じなかった。(この時の天皇と近衛のやり取りについては、黒田勝弘・畑 好秀編『昭和天皇語録』、2004年、講談社学術文庫、170171ページに記載されている。)
 その結果、わが国にとっては「戦果」どころかおびただしい民間人に犠牲を強いる「戦禍」が一気に広がった。
 天皇が近衛の戦争終結論を斥けた2日後の1945216日には米空母機動部隊艦載機による本土初空襲が起こり、310日には一夜にして死者8万~10万人となった東京大空襲に見舞われた。その後、空襲は都内各地、名古屋、大阪、神戸、横浜、九州各地、立川、川崎などへ広がった。
 「本土」だけではない。天皇が近衛の戦争終結論を斥けてから40日後に始まった沖縄戦は1945623日まで続き、20万人と言われる死者を生む結果となった。

沖縄の軍事占領を米国に要望した天皇メッセージ
 昭和天応は1947922日、宮内庁御用掛の寺崎英成を通じてシーボルト連合国最高司令官政治顧問に宛てて、米国による今後の沖縄の軍事占領に関するメモを送った。のちに「天皇メッセージ」と呼ばれた文書である。沖縄県公文書館が所蔵するその写しを貼り付けておく。
http://www.archives.pref.okinawa.jp/uscar_document/5392
メッセージ原文(PDF画像)
http://www.archives.pref.okinawa.jp/wp-content/uploads/Emperors-message.pdf 

 メモの要点は、米国による琉球諸島の軍事占領の継続~25年から50年あるいはそれ以上の借款による~を望む、ということである。寺崎を介して伝えられた天皇の意向によると、米軍による沖縄の占領統治を天皇が望んだ理由は、ロジアのみならず、国内の極右ならびに極左勢力の台頭に終止符を打つためだった。いうなれば、両極、実質は反共の砦の捨て石として沖縄の自治と平和をアメリカに売り渡したということだ。
 戦前・戦中の戦争遂行・終結の判断は法的には政府、軍当局の権限に基づくものであり、昭和天皇に問責する法的根拠はないという議論がある。
 しかし、上で示した2つの史実は昭和天皇が戦争遂行、沖縄処分の判断に直接かつ決定的な影響を及ぼしたことを意味している。
 さらに、付け加えると、昭和天皇は敗戦が濃厚となっていた1944(昭和19)年12月に招集された帝国議会の開院式において、「今ヤ戦局愈々危急真ニ億兆一心全力ヲ傾倒シテ敵ヲ撃墔スヘキノ秋ナリ」と戦争続行に向けた檄を飛ばす勅語を告示した(黒田勝弘・畑 好秀編『昭和天皇語録』、2004年、講談社学術文庫、168169ページ)。

沖縄を捨て石にした昭和天皇の3つの責任~『琉球新報』の社説~
 『琉球新報』は「昭和天皇実録 二つの責任を明記すべきだ」と題した2014910日の社説で次のように述べている。 
 
https://ryukyushimpo.jp/editorial/prentry-231371.html 

 「
昭和天皇との関連で沖縄は少なくとも3回、切り捨てられている。最初は沖縄戦だ。近衛文麿元首相が『国体護持』の立場から19452月、早期和平を天皇に進言した。天皇は「今一度戦果を挙げなければ実現は困難」との見方を示した。その結果、沖縄戦は避けられなくなり、日本防衛の『捨て石』にされた。だが、実録から沖縄を見捨てたという認識があったのかどうか分からない。
 二つ目は45年7月、天皇の特使として近衛をソ連に送ろうとした和平工作だ。作成された『和平交渉の要綱』は、日本の領土について『沖縄、小笠原島、樺太を捨て、千島は南半分を保有する程度とする』として、沖縄放棄の方針が示された。なぜ沖縄を日本から『捨てる』選択をしたのか。この点も実録は明確にしていない。
 三つ目が沖縄の軍事占領を希望した『天皇メッセージ』だ。天皇は479月、米側にメッセージを送り『25年から50年、あるいはそれ以上』沖縄を米国に貸し出す方針を示した。実録は米側報告書を引用するが、天皇が実際に話したのかどうか明確ではない。『天皇メッセージ』から67年。天皇の意向通り沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中して『軍事植民地』状態が続く。『象徴天皇』でありながら、なぜ沖縄の命運を左右する外交に深く関与したのか。実録にその経緯が明らかにされていない。
 私たちが知りたいのは少なくとも三つの局面で発せられた昭和天皇の肉声だ。天皇の発言をぼかし、沖縄訪問を希望していたことを繰り返し記述して『贖罪(しょくざい)意識』を印象付けようとしているように映る。沖縄に関する限り、昭和天皇には『戦争責任』と『戦後責任』がある。この点をあいまいにすれば、歴史の検証に耐えられない。」

 いずれも史実に裏付けられた正論である。これでも昭和天皇に戦争責任を問う根拠はないなどという議論は、それこそ「歴史の検証に耐えられない。」
 さらに、天皇の名において侵略した日本軍により、民間人を含む多数の犠牲者を出したアジア諸国民に対する天皇の戦争責任の苛烈さを思えば、来日した華国鋒首相との面会にあたり、天皇が「日中戦争は遺憾で遭った」と伝えたいと心中を語っていたことを指して「アジアの国にも配慮を見せている」(『毎日新聞』2018823日)と持ち上げるのは被侵略国の人々からすれば噴飯ものの「お気持ち」忖度論である。

曲学阿皇
 かくも昭和天皇の心中を忖度し、天皇の戦争責任に踏み込むのを躊躇う言動が幅を利かせる背景には、日本のメディアや通称「有識者」の間に、天皇の戦争責任に踏み込むのを畏怖する「天皇不敬」意識が今なお、根強く浸透していることを意味している。
 そして、天皇にこれほど一目を置く「穏健な」人物が常連のようにマスコミや論壇で発言の場を得るのは、「曲学阿皇」の体質が日本の言論界を今なお、蝕んでいることを物語っている。

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大学生の「国策動員」に思うこと~オリンピックは国家の事業ではない(2・完)~

2018821

オリンピックの主役は国家ではなく選手
 上記の『毎日新聞』の記事では「国家的事業というだけで明確な根拠があるとは思えない」という大学生の声が紹介されている。しかし、オリンピックは国家的事業ではない。「個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。」(オリンピック憲章(2017915日改訂)61。この点を周知することが重要だと改めて感じさせられた。
https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2017.pdf
 
しかし、大学生がそう語るのは、個人的な誤解ではなく、政府、メディアこぞって、オリンピックをあたかも国家的事業かのように喧伝し、政治的に利用してきた事実がある。

 「個人の前に国があった」~増田明美さん~
 たとえば、元マラソン選手・増田明美さんは2016815日の『読売新聞』に掲載された「『お国』の重み マラソンで私も」というタイオルが付けられたインタビューの中でこんな体験を語っている。


 「私がロス五輪のマラソン代表に選ばれたのは20歳の時。日本記録を連発したこともあり、大きな期待を寄せていただいて。・・・・本番では、多くの選手に抜かれて心が折れ、16キロ地点で途中棄権に終わりました。
 成田空港に着いた時でした。通りすがりの男性に指さされ、非国民、と言われました。伯母が私に自分の青い帽子をかぶせ、私は家族と逃げるように帰ったのです。それから3ヶ月間、寮の自室に閉じこもり、死ぬことばかり考えた。人生で一番苦しい時期でした。非国民という言葉が、心に突き刺さっていました。」

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 この言葉の手前で増田さんはこう語っている。
 「でもあの頃、国を背負うということは、今とは違う重みをもっていた。個人の前に国があり、期待にたがえた時の批判にも、異質な厳しさがあったのです。」

 「国を背負う」、「個人の前に国があり」という言葉からは、そうした重みを背負わされた選手ならではの実感が伝わってくる。ただ、「今とは違う」重みと述懐して済むとは思えない。「今も」というべきではないか。

「国歌も歌えないような選手は日本の代表ではない」~森喜朗JOC会長~
 2016年のリオ・オリンピックの壮行会で、来賓あいさつに立った東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は、こう述べた。
 「森喜朗氏、リオ五輪壮行会で君が代歌わぬ代表に苦言」
 
2016731738分 日刊スポーツ)
 
https://www.nikkansports.com/sports/news/1672805.html

 
「なぜ国歌を歌わないのか。選手は口もぐもぐするのではなく、口を大きくあけて国歌を歌ってください。国歌も歌えないような選手は日本の代表ではない。そう思う。」

個人の上に「お国」を置く
ムードに翼賛するNHK
 政治家やオリンピック関係者ばかりでない。NHKのスポーツ担当解説委員も、2016821日の「おはよう日本」に登場してリオ・オリンピックを振り返り、「五輪開催5つのメリット」として、国威発揚、国際的存在感、経済効果、都市開発、スポーツ文化の定着」を挙げた。
 また、当時、NHKは夜7時、9時のニュースで連日、その日の日本選手のプレーの模様を伝えたあと、「これまでの日本のメダル獲得数は〇です。これは〇〇国に次いで〇番目です」と語った。

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 しかし、オリンピック憲章はこう謳っていた。
 「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」(第16
 「IOCOCOGは国ごとの世界ランキングを作成してはならない」(第557項)

 この点を質す文書をNHKにメールで送ったところ、NHKから、国別のメダル数を報道したのはIOCに事前の承諾を得たうえでNHKの編集権にもとづいて判断した、という回答がメールで届いた。
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/nhk-626f.html

 
しかし、IOCの承諾を得た、得ない以前に問われるのは、オリンピックの理念をNHK自身がどう理解しているのかである。編集権は融通無碍に使いまわしてよいフリーパスの護符ではない。NHK解説委員がオリンピックに参加するメリットして、国威発揚、国際的存在感、経済効果を臆面もなく挙げるのは、オリンピックが国単位、国家主体ではなく、選手主体、都市主催のスポーツ競技大会であることを全く理解していない証左である。
 『NHK放送ガイドライン』は「2 放送の基本的な姿勢」の章でこう明記している。

 「③人権の尊重 基本的人権の尊重は、憲法が掲げる最も重要な原則であり、放送でも優先されるべき原則である。」

 NHKが自律的に定めたこの放送倫理規範に照らせば、
NHK解説委員がオリンピックのメリットのトップに国威発揚を挙げたのは、NHKが率先して、オリンピック代表選手に「国を背負わせ」、「個人の前に国がある」と意識させる風潮を煽ったのも同然である。
 また、NHKがリオ・オリンピック開催期間中、定時のニュースで連日、海外と対比しながら日本のメダル獲得数をくどいほど伝えたのは、「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と定めたオリンピック憲章にそぐわない。
 ましてや、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長たる人物が、リオ・オリンピック代表選手に向かって、「国歌も歌えないような選手は日本の代表ではない」などと公言するのは、オリンピック憲章の無知・無理解をさらけ出したものであると同時に、オリンピック代表選手の思想・信条の自由に手を突っ込む人権無視の言動である。これだけでもJOC会長失格である。
 「日の丸を背負った」などという言葉が気易く使われる風潮は、個人の上に「お国」を置く前近代的な思想が日本のスポーツ界でまかり通っている証しである。


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大学生の「国策動員」に思うこと~オリンピックは国家の事業ではない(1)~

2018820

大学生の国策動員
 昨日の『毎日新聞』朝刊の5面に次のような見出しの記事が掲載された。

「学生頼みの『国策動員』」「授業より五輪ボランティア 通知」

「長期拘束 休日返上も」「強制参加 懸念の声」

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通知を出したのはスポーツ庁と文科省。

大学生が個人として、この機会に新しい体験をとボランティアを志願するのは自由だが、「国は4月の授業開始を繰り上げたり、祝日に授業を実施したりすることも可能と通知した」とある。
 ここでいう「通知」とは、2018726日付で今里譲スポーツ庁次長と義本博司文部科学省高等教育局長の連名で、各国公私立大学長ならびに各国公私立高等専門学校長 宛てに発出された「平成32年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法及び平成31年ラグビーワールドカップ大会特別措置法の一部を改正する法律による国の祝日に関する法律の特例措置等を踏まえた対応について」を指している。
 
http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/hakusho/nc/1407708.htm 

 このような通知が出された背景には、多くの大学で7月下旬から8月上旬頃まで授業や期末試験が続き、東京オリンピック開催期間と学事日程が重なってしまうという実情を回避するためである。
 五輪ボランティアには組織委員会が募集する「大会ボランティア」(8万人)と自治体が募集する「都市ボランティア」(東京都は3万人)がある。このうち、大会ボランティアを募集する組織委は全国約800の大学・短大と連携協定を結び、9月中旬からボランティアの募集を始めるという。
 記事によると、国の通知に合わせて、すでに授業日程の変更を決めた大学があるとのこと。東京では、明治大学が授業日程の繰り上げ、5月の大型連休中に授業を実施すると表明、立教大学は東京オリンピックの開会式の前日までに授業と試験を終えることを決めたという。

 このように国が大学教育の根幹といえる学事日程にまで口出しして大学生の参加を促すのでは、ボランティアではなく、まさしく「国策動員」=個人本位ではなく大学を介した参加の半強制である。

文科省・スポーツ庁は大学への口出しを止め、スポーツ界の体たらくを正すのが務め
 しかも、上記「通知」はこうした「国策動員」が大学教育の理念に沿うものと取り繕うため、こう記している。

 「学生が,オリンピック・パラリンピック競技大会等に参加することは,競技力の向上のみならず,責任感などの高い倫理性とともに,忍耐力,決断力,適応力,行動力,協調性などの涵養の観点からも意義があるものと考えられます。さらに,学生が,大学等での学修成果等を生かしたボランティア活動を行うことは,将来の社会の担い手となる学生の社会への円滑な移行促進の観点から意義があるものと考えられます。」

 「高い倫理性」云々とは余計なおせっかいだ。文科省やスポーツ庁は大学長や高専学長に余計な説教を垂れる前に、自分が所管するスポーツ連盟やスポーツ選手の間で、パワハラ・公金流用・セクハラ・買春と恥ずべき行為が後を絶たない現状を正すのが務めだ。 

政府の通知に従順に応じる大学当局のふがいなさ
 こういう時、いつも思うのは、大学の自律的な教育プログラム決定権と大学生の就学の権利を侵害する国の干渉に対し、国立大学協会、日本私立大学連盟など、あるいは個々の大学当局はなぜ、無言なのかということである。 
 本務校での講義や非常勤で出講した私立大学での私の限られた体験ではあるが、大学の年間学事日程は、在学生に対する定期試験、補講、入試日程を組み入れながら、所定の単位習得条件を満たす正規の授業コマ数の確保に四苦八苦しているのが実態である。
 こうした実情の中で、4月の授業開始を繰り上げるとなると、23月に集中する学年末試験、入試日程と近接して、学生はもとより、教職員に過重な負担がかかるのは目に見えている。
 また、ボランティアとはいえ、学生は自分の都合に合わせて自主的に参加できるわけではない。組織委が所掌する大会ボランティアは18時間程度、10日以上が基本とされているから、『毎日新聞』も指摘するようにかなりの期間、休日も返上の拘束を受けることになる。大学生の中にオリンピック・ボランティアを歓迎する声があるからと言って、大学当局が大学まるごと、学生の国策動員に協賛するのは大学の自治、教育責任をないがしろにするものである。
 自民党総務部会に呼び出されて、従順に出向く各放送局幹部のふがいなさを思うのと似た感想を抱く。

 私事にわたるが、現職中、授業やゼミの時間帯に食い込むのを承知でゼミ生(会計事務所への就職内定者)を研修に呼び出した会計事務所や公認会計士協会に抗議と撤回を求める手紙を出した(20081211日)ことがある。

 「大学生の就学機会を侵害する研修等の自粛を求める要望書」
   ――日本公認会計士協会会長宛に発送――」
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3d41.html 

 学部の教務掛に要望書を出したことを伝えたら、自分たちも問題ありと考えているので返事が来たら、知らせてほしいとのことだった。結局、なしのつぶてだったが。

  今からでも遅くはない。国大協、私学連盟、高等専門学校、ならびに各大学はスポーツ庁、文科省の通知の撤回を求めるとともに、通知の有無にかかわらず、2020年度の学事日程は教育における大学の自治を堅持する立場から、主体的に決定すべきである。  
















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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原爆投下の日 加害責任・戦禍拡大責任不問の祈りの日にしてはならない

2018817日 

長崎の被爆者の安倍首相への怒りの声を伝えた報道ステーション 
 
2週間ほど前
、幾人かの知人から、「報道ステーション」がおかしくなっている、という話を聞いた。その頃、私は「報道ステーション」を視ていなかったので、事実なら嘆かわしいと思って済ませていた。
 先日、テレビ・レコーダーを買い替え、多少、機能アップをしたことから、この1週間ほど各局の報道・ドキュメンタリー番組の録画を取って視てみたら、「報道ステーション」の中に大変、充実した特集報道あった。
 その一つが、89日の番組の中で「長崎73回目の原爆の日 『政府が先頭に立つべき』」というタイトルで放送された特集である。

  https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20180809-00000062-ann-soci 215秒~) 

 私が「充実した」と書いたのは、原爆の日の慰霊式典のあと、安倍首相と被爆者が面会した場面を詳しく、生々しく伝えた点である。

*安倍首相と向き合った田中重光さん(77才。4歳の時に被爆)の発言
 (抜粋)
 「総理、私たちは73年前、人間らしく生きることも人間らしく死ぬことも
     できない生き地獄を体験しました。」
 「広島、長崎のあいさつの中で核兵器禁止条約に一言も触れられていませ
  んが、その真意をまとめの発言で述べていただくようお願いします。」

 すぐ上の田中さんの発言は、被爆者代表が安倍首相に手渡した要望書の末尾に急遽、手書きで書き加えられた一文だった。「報道ステーション」のカメラはその部分を大写しした。大変、臨場感に富んだ場面だった。 

 さらに、番組では、安倍首相との面会の後で、面会に同席した被爆者にマイクを向け、生の怒りの声を伝えた。

 田中重光さん(上記)の発言
 「被爆者の願いは核兵器をなくすこと。そのことに触れないというのは、
  どんなつもりで来ているのかと思います。〔核兵器廃絶の先頭に立たな
  いんだったら〕言いなさんな 唯一の被爆国なんて」

 中島正徳さん(88才。15歳の時に被爆)の発言 
 「はっきり言えば、毎年似たようなことを言っている。・・・・ 要する
  に 適当に答えとけと」

安倍首相と被爆者の面会の模様を全国ニュースで伝えなかったNHK 
 NHK
9日夜7時、9時の全国ニュースで安倍首相と被爆者の面会の模様を伝えなかった。(選んで?)伝えた被爆者の声は、「兄に、しあわせで何とか食べているから安らに眠って下さいと伝えに来た」という言葉だった。それと長崎の爆心地で互いに繋いだ手を挙げて平和のバトンを受け取る高校生の姿だった。

生死を引き裂かれた家族の絆と愛情、平和の声を響かせ合う若い世代の動きも原爆投下後73年の被爆地の姿に違いはない。

 しかし、原爆投下は永井隆が意味ありげに唱えた「天災」ではないし、「神の啓示」でもない。アメリカが用意周到に実行した国家的犯罪行為である。

そうした犯罪としての原爆投下の認識、犯罪行為の主体を明示することなく、ただ、「平和を願う祈り」の姿を映すだけでよいのか? そうした映像を公共の電波で拡散することが、どのようなムード・メークになるのかを十分、読みこんだうえでの報道だとしたら、一種の「報道犯罪」と言っても過言ではない(この点、後で再論)。 

ただし、NHK長崎放送局は安倍首相と被爆者の面会の模様を伝えた。
 「首相に核禁条約賛同を求め要望書」
 (89日、1437分、NHK長崎NEWS WEB
 https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20180809/5030001613.html 

 「被爆者団体の代表が、核兵器禁止条約に署名・批准し、核兵器廃絶を推し進めるよう求めたのに対し、安倍総理大臣は『求められているのは核兵器国と非核兵器国の橋渡しをすることだ』と強調し、条約に署名・批准するつもりはないという考えを改めて示しました。」

 「長崎の5つの被爆者団体の代表は、・・・・『唯一の被爆国である日本の政府は、〔核禁条約に〕署名も批准もしないとしている。到底、理解できない』と述べ、政府の対応を批判しました。」
 「このあと、長崎県被爆者手帳友の会の井原東洋一会長は『去年の答と変わらず、1年間、前進がなかった。「橋渡し」と言うが、無理な話ではないか』と話していました。」 

 報道ステーションと比べれば、生々しい臨場感に欠けるが、安倍首相の応答を伝えたうえで、それに対する被爆者の反応(批判)を伝えたことは評価できる。
 逆に言うと、このようなやりとりがあった事実を全国ニュースで伝えなかったのは、「政権が知られたがらない事実は伏せる」NHKの体質を浮かび上がらせたといってよい。こうしたNHKに、いちばんくやしい思いをしたのは、ほかでもない長崎、広島の被爆者ではなかったかと思う。

核廃絶、プルトニウムを言うなら、なぜ日本の現実を直視し、報道しないのか?~NHKニュース・ウオッチ9を視て~
 89日、NHKニュース・ウオッチ9は安倍首相と長崎の被爆者代表との面会の模様を伝えない一方で、「被爆者が見た“核を生んだ町”」という特集報道を伝えた。
 http://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2018/08/0809.html 

 
番組は、有馬キャスターの「長崎に原爆が投下されて今日(9日)で73年。しかし、被爆者が訴えてきた『核なき世界』の道筋はいまだ不透明です。核の保有国と非保有国の認識が大きく隔たっているからです」という語りで始まった。

では、「不透明な道筋」、「認識の隔たり」の依って来る原因、『核なき世界』の実現を阻む壁に迫るのかと思いきや、話題は、一人の被爆者Mさんが核を生んだ町(アメリカ・ワシントン州のリッチランドを訪れ、そこで見たことを紹介するという企画だった。

 リッチランドでは、かつて長崎に投下された原爆に使われたプルトニウムが作られ、その後も核関連の産業が町の発展をけん引してきたという。番組は、レストランのメニューに原爆を誇示する「アトミック」の文字が使われ、町の高校の校章には原爆のキノコ雲が使われていることを伝えた。多くの住民が、原爆を生んだ町の歴史を「誇り」に思い、それに「栄光」を感じているという。
 同時に、番組は、この町で農業を営む男性の、核施設から拡散する放射能の被害に長年悩まされている、という声も紹介した。それを受けて、Mさんはこの男性に自分の家族の過酷な被爆体験を語り、2人は共感しあった。
 その後、場面はこの日の長崎原爆の慰霊式典に移り、「73年もたったが、核兵器廃絶への本当の、もっと力を込めて一歩を踏み出す。今年はそうではないかなと、私自身がそう思います」というMさんの言葉で締め括られた。

 アメリカの原発生産の地元住人の原発に関する今の意識を伝えたことは日本人にとっても意義のあることは確かだ。
 しかし、核兵器廃絶への本当の一歩というなら、はるかアメリカのリッチランドにではなく、抽象的な誓いの言葉でもなく、この日、核兵器禁止条約への参加をめぐって、長崎で交わされた安倍首相と被爆者のやりとりをなぜ伝えなかったのか?
 プルトニウムの今日的話題を取り上げるのなら、はるかアメリカのリッチランドに出かけなくても、日本の足もとの現実に焦点を充てるのが先ではないか?

 「英国にある約21トンは、現状では日本に持ち帰るのが難しい事情もある。英国のMOX燃料工場は2011年に閉鎖され、燃料に加工できない。加工する前のプルトニウムを日本に輸送すれば、核拡散への懸念から国際問題に発展しかねない。このまま『塩漬け』になれば多額の保管料を払い続けることになる。」

 保有プルトニウム、原子力委が削減方針 米などが要求」『朝日新聞DIGITAL, 20187311626分。)
 https://www.asahi.com/articles/ASL7Z7TNRL7ZULBJ01M.html

 メディアの報道の価値を左右する第一の最大のポイントはアジェンダ(焦点)設定の的確さ、先鋭さである。89日のNHKの「長崎原爆投下から73年」にちなんだ特集報道は、このポイントをたまたまではなく、それと意識して外したと思えた。

「被害者はいるが加害者がいない」 
 上の言葉は、今年の723日、山梨県牧丘町で開かれた金子文子の92回忌に出かけた時に来日された韓国の人が話した発言である。
 「加害者がいない」・・・・一瞬、意味を理解できなかったが、しばらくして、「被害を告発する者はいるが、加害責任を引き受ける者がいない」という意味だと理解した。
 戦後、アメリカに一度も原爆投下責任を問わないまま、オバマ大統領の広島訪問、安倍首相の真珠湾訪問で和解を演出しようとした日本。原爆投下の日を加害責任・戦禍拡大責任不問の「祈りと慰霊の日」にしてはならない、メディアが「祈りと慰霊の日」のムードメーカーになるのは、歴史に対する不忠であり、歴史の教訓に対する背信である。

碑文論争の混迷を克服することが思想的課題
 原爆投下に関して言うと、加害責任不在の「祈り・慰霊」への翼賛は広島での「碑文論争」に典型的に現われている。これについては、201194日にこのブログに投稿した記事に、自分なりに詳しく書いたので、その要旨を引用しておきたい。

碑文論争の今日的意味を考える~この夏も原爆の史跡めぐりに広島へ(Part2
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/part2-0e6a.html
 

 ここで「碑文」というのは広島平和公園に建てられた原爆慰霊碑(正式名称は広島平和都市記念碑)に刻まれた、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから」を指す。「論争」とは、この碑文の「主語」は誰を指すのか、誰れ彼れを指すものではないのか、という議論である。

 碑文批判論者は、
この碑文では誰のどういう過ちかを何も語っていない、これでは被爆の教訓を伝えることにならないし、犠牲者を弔うことにもならない、と主張した。
 対して、碑文擁護論者は、原爆投下は誰のせいかを詮索することよりも人類全体への警告・戒めとして碑文の意味を受け止めるべきだと主張した。
 論争の詳細は上のブログ記事で詳しい目に書いたので、繰り返しは控えるが、原爆の日を「祈り・平和への誓い・慰霊の日」にすることを是とする論調は、碑文擁護論を基調とするものであることは明らかである。
 
 それを承知で私が共鳴するのは、碑文論争の端緒となったの『朝日新聞』(1957810日)の「声」欄に掲載された投書の次の一節である。

 「・・・・後文については、私は大いに異議がある。『あやまちは繰り返しません』では『過誤は我にあり』ということになろう。これで犠牲者が、安らかに眠れようか。残虐きわまりない原爆を落としたのはたれだ。米国人は一様に『原爆投下は終戦を早め、無用の抵抗によるより大きい犠牲を防ぐために・・・・』との弁解をするが、それは決して原爆の残虐性を帳消しにする理由にはなるまい。ここでこの戦争の責任をとやかく論議しようとは思わぬが、日本の、広島の当局者がいまなおわけもなく卑屈にみえることを、実に遺憾に思うのである。・・・・後文はよろしく『過ちは再び繰返させませんから』と刻み直すべきであろう。」(中村良作=短期大学教授)

 私流に言い換えると、「過ち」と認めない当事者を不問にして「過ちを繰返さない」と誓うのは空語に等しい。「誰の」「どういう」誤りかを不問にし、誤りを犯した当事者(原爆投下を用意周到に準備し、実行したアメリカ政府、戦禍拡大を放置した日本の天皇・政府・軍部)が自らの過去の行為を今日なお「誤り」と認めていない足元の事実を直視せず、「皆さまの尊い犠牲の上に戦後の日本は繁栄を遂げました」などと歴史を偽造する言葉をシレッと語り続ける日本政府の無責任を質すことなく、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから」とは欺瞞もいいところだ。

 安らかに過ちは繰り返へしません」という墓碑銘はウォール街に
 でんと建てよ                    増岡敏和(工員)
                       (『歌集広島』1954年、所収)

 総懺悔などと美辞もつ過去がありて原爆死すら言へざりき日本 
                           小山誉美(短歌長崎)
  (201091日に訪れた長崎県立図書館に配架されていた長崎歌人会
   編『原爆歌集ながさき』に収められた短歌より)

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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(下)

201888 

一世一元制と象徴天皇制・国民主権との関係をめぐって

坂本太郎(整合するという意見)
 「現憲法は、申し上げるまでもなく『天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。』と定められております。象徴というのは、大変含蓄ある言葉であります。かつて、この憲法制定のことを担当せられました金森国務大臣は、これをあこがれの中心というように敷衍しておられたことを思い起こすのであります。終戦直後におきまして大多数の国民は、天皇が政治上の権能を一切失われたことを認めましても、なおこれを景仰し、尊敬するにやぶさかではなかったのであります。今日におきましても、日本文化の中心、日本の道義の中心として天皇を仰ぐのが大多数の国民の心理であると存じます。その天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなは、いろいろな行事、たとえば新年の歌御会始めの行事であるとか、各地への御巡幸であるとか、いろいろとございますが、最も深い意義を持つ制度は、天皇の代のかわるごとに元号を改めるということであると存じます。
 元号は、新天皇が国家の繁栄、国民の幸福を祈念する心を体して定められるはずのものでありまして、新元号によって国民の耳目を一新する効果があるでありましょう。」

長谷川成安(矛盾するという意見) 
 「新憲法の施行とともに、天皇家の家法としての旧皇室典範が効力を失い、新しい法律としての皇室典範が施行されるようになったときに、元号制度を法制化しなかったのは、それが天皇家とかたく結びついた制度であったからだと思います。明治憲法のもとで、憲法、法律によって規定せず、皇室の家法である皇室典範、皇室令で規定していたものを、国民主権を原理とする新しい憲法のもとで、憲法、法律の内容に移し植えるということは明らかに民主主義に逆行するというふうに当時思われました。私たちは、新憲法の施行と同時に元号制度を支える法的支柱が一切取り払われたということだけではなくて、そのときあった法的支柱は天皇家の法であり、国家のものではなかったということの意味を現在もう一度考えてみる必要があると思います。」

 坂本氏の意見は天皇の象徴性の淵源を「国民にとってのあこがれの中心」「尊敬の念」といった国民の抽象的精神に求め、そうした象徴天皇制の性格に照らして元号(法案)の合憲性を主張(違憲性に反論)していると考えられる。
 しかし、国権の最高法規である日本国憲法の冒頭に置かれた象徴天皇制条項の立法事実をそのような不確定な概念に求めるのは憲法解釈としてあまりに稚拙な意見である。
 しかも、そのように元号を存続させる理由を、象徴天皇制の支柱たる国民の精神性に求める一方で、天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなを表す典型例として一世一元の改元を挙げるのは、根拠と結論をないまぜにする意味不通の議論である。

 私は長谷川氏が述べるように、現憲法下の象徴天皇制を前提にしても、元号は一ファミリーの家法に過ぎない。それを国法として法制化するのは公私の混同を免れない。

思想の心棒を捨てた政党の行方

 以上のように終戦後、ならびに昭和から平成への改元の時期に国会で交わされた参考人の意見を振り返るとき、戦前・戦中、天皇制と命がけで闘ったと自負する日本共産党の元号を巡る態度の変貌には、たんなる年数の表記の問題では済まない「思想の変質」を感じる。

 日本共産党は201741日から機関紙『しんぶん赤旗』の日付が、それまでは西暦のみだったのを改め、元号を併記し始めた。それから一週間後の同紙の「知りたい 聞きたい」という欄に、「『赤旗』が元号を併記したのは?」という見出しの記事が掲載された。そこでは次のように記されている。番号は議論の整理のため、筆者が追加したものである。

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 「①今回の措置は、『西暦だけでは不便。平成に換算するのが煩わしい』など読者の皆さんからの要望をうけた措置です。」
  ②「元号そのものについては、西暦か元号かどの紀元法を用いるかは、歴史と国民の選択にゆだねるべきで、法律による使用の強制には反対するというのが、日本共産党のかねてからの主張です。」
 ③「1979年の元号法制化に際しては、天皇の代替わりごとに改元する『一世一元』は、主権在民の憲法下ふさわしくないとして、その法制化。固定化に反対しました。」
 ④なお、『赤旗』は昭和天皇が死去した198917日付まで西暦に加え、『昭和』の元号を併記していました。」  

 しかし、こうした文章は、同党が機関紙上で201741日に至って、なぜ元号を西暦に併記することにしたのかを説明するには説得力がない。

 (1)まず、これまでから、読者より、元号を併記してほしいという要望が寄せられていたのなら、なぜ、この期になって「読者の要望に応えて」という理由で元号を併記することにしたのか不明である。
  戦後、『赤旗』が、198917日までは西暦に加え「昭和」の元号を併記していたのを、「平成」に改元されてから2017331日まで西暦のみを使っていた事実を考えれば、なぜ201741日から、併記に戻したのか、途中、なぜ西暦のみにしていたのかを説明しなければ説得力がない。

 (2)『赤旗』読者の意見・要望というなら、元号を併記してほしいという要望は読者全体の中でどの程度の割合だったのか? 某府の党委員長は「本日からから元号を併記」という赤旗の告知記事を見て、「うーん、エイプリルフールではないよね」と自身のツイッターに書き込んだ。こういう反響は党内や赤旗読者のなかで少数だったのか? 

  あるいは、昨今の共産党には、党内や支持者の意向よりも元号に親近感を持つ読者の意向を重視しようとする何かしらの動機があるのか? あるのならそれはどういう動機なのか、を率直に語るべきである。

 (3)元号の慣習的使用に反対せず、西暦と元号のどちらを使うかは、国民の間の慣行に委ねるという日本共産党の見解は、対社会関係における同党の立場である。そのことと、同党自身が機関紙上で西暦を採用するのか、元号を採用するのか、両者を併用するのかは、まったく別問題である。市民生活上は選択にゆだねるにしても、同党もそれに合わせる必要がある、合わせるのが望ましいと言えるわけではない。

 (4)天皇の代替わりに合わせて改元する「一世一元」は主権在民の憲法下でふさわしくないというのが日本共産党の本来の見解なら、読者の要望がどうか以前に、自党の政党活動の場では、元号は使わず西暦を使うのが首尾一貫した態度である。そうした公党としての自律的見地を棚上げして、「読者からの要望に応える」という名目で元号を併記するのは、姑息な態度か、そうでなければ同党自身が元号使用の根底にある「一世一元」の思想に同化する変節の道へ歩み出したことを意味する。

 最後に私の見解はというと、いたってシンプルである。
 1人の人間の̪死に合わせて、どうして万人が過ごす時間を区切らなければならないのか?  1人の人間が誕生した日をどうして国民全体の休日とし、そのファミリーの代替わりに伴って、休日を移動させるのか? 
 結局、元号が立脚する一世一元制は、主権在民、万人平等の原理と相容れない。

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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(上)

201888

憲法制定当時、元号の廃止を議論

 『東京新聞』201882日朝刊の二面に、「元号と政治(上)終戦後 国会で廃止議論」という記事が掲載された。その中で、天皇一代につき元号は一つとするのが一世一元制だと説明された後、次のように書いている。
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 「その元号は戦後、廃止の可能性に直面する。占領下で旧皇室典範が廃止され、法的根拠を失ったためだ。1946年、吉田内閣は、元号に法的根拠を持たせ続けようと、元号法案を閣議決定したが、天皇主権の復活につながるとして連合軍総司令部(GHQ)が反対し、撤回。翌47年、現行憲法施行に合わせて旧皇室典範は廃止された。
 国際社会への復帰を目指していた当時の日本。独自の表示方法である元号をなくし、西暦に一本化すべきとの声は強かった。日本学術会議は50年の総会で元号廃止を決議し、政府や国会に申し入れた。元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている。」

日本学術会議の意見 

 日本学術会議の元号廃止を求める決議の全文は次のとおりである。
 「元号廃止 西暦採用について(申入)」昭和2556
 
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-57-m.pdf 

 日本学術会議は元号を廃止し、西暦を採用することを適当とする理由を4点にまとめて述べているが、そのうちの2つは次のとおりである。

 「1. 年を数える方法として元号は不合理であり、不便である。元号を用いるために、日本の歴史上の事実でも、今から何年前であるかを容易に知ることができず、世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当たるのかをほとんど知ることができない。」「したがって、能率の上からいつても、文化の交流の上からいつても、速やかに西暦を採用することが適当である。」
 「3. 天皇が主権を有し、統治者であってはじめて、天皇とともに元号を設け、天皇のかわるごとに元号を改めることは意味があった。新憲法の下に、天皇主権から人民主権にかわり、日本が新しく民主国家として発足した現在では、元号を維持することは意味がなく、民主国家の観念にもふさわしくない。」

 次に、『東京新聞』の記事に、「元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている」と書かれていたので、国会会議録を検索してみた。

国会での議論

 文科委員会の委員長・田中耕太郎は元号存廃問題の審議を始めるにあたって次のように発言している。

 「委員長(田中耕太郎君)元号に関する調査承認要求の件でございます。要求書の内容を申上げますと、一、事件の名称、『元号』に関する調査、一、調査の目的、新憲法の制定後『元号』に関する法的基礎が不明確となつており且つ、新憲法の精神から見ても、一世一元の制が果して妥当であるかという問題についても研究の必要が生じて来た。又講話会議を控え将来我が国が国際社会の一員となるべき立場からも、この際文明諸国共通の年号計算に従つてはどうかという問題が起つてくるというような見地から、元号に関する調査を行なつて、速かにその対策を講ずる。これが調査目的でございます。」(参議院文部委員会、1950221日)

 また、審議のなかで法務府法制意見長官(のちの法制局長官)、佐藤達夫は委員からの質問に答えて次のような意見を述べている。
 「元号につきまして今後別段の立法措置がなされません限りは、実際の問題としては現在の天皇の御一代限りということになるのではあるまいかというような感じを持つております。
 さような点から申しますと、仮にこの今の元号を廃止するのにはその時期はいつだろうかという、いつがいいかというような問題があるといたしますると、その手掛りとしては今申しましたところから言えば現在の天皇の御一代の終ということが、一つの手掛りとして考えられはしないか、併しその手掛かりは外にもいろいろ考え方がございます。
 例えば仮にこれをいわゆる西暦に切り換えるということであれば丁度来年が手頃であるというような意味の一つの手掛りもありましようし、或いは又講和條約でも成立して我国が真の独立国として出発するというような時期がいいのではないかというような考え方もあると思います。
 このようにこの元号を仮にやめるといたしました場合のその時期ということにつきましても、いろいろ考えようはあろうと思いますが、それは仮にこれを廃止するとして、代りに何を持つて来るかということになつて参りますと、大体勢のおもむくところというものは決つておるじやないかというような感じがいたします。即ちいわゆる西歴というようなことに落着くのではないだろうか。」
 (参議院文部委員会、昭和25228日、会議録)

元号法案制定時の議論

 しかし、政府は197966日に「元号法」を成立させ、「昭和」という元号に法的根拠を定めた。また、昭和天皇の死去の時は、198917日に「元号を定める政令」を公布し、「平成」への改元の法的根拠を整えた。

 このうち、1979年に「元号法案」を審議した衆参内閣委員会には各界15人が参考人として招致され、法案に関する賛否の意見を述べている。意見が分かれた主な論点は、①元号の伝統文化としての意味をどう見るか、②象徴天皇制のもとでの元号の一世一元制と国民主権の関係をどう見るか、③元号の法制化と思想・信条・信仰の自由との関係をどう見るか、だった。
 以下では、法的な強制力を付与するかどうかは別にして、そもそも論(思想)としての一世一元の「元号」を問題にするので、③の論点は取り上げないことにする。

元号の伝統文化性をめぐって

小川 泰(伝統文化性を高調する意見)
 「日本は現在独立国である、一つの国家、こういう立場に立ってみますると、国民の統合の象徴として元号というものは明確に位置づけなければならない、こういう前提に立ちます。多くの説明は必要ないかもしれませんが、一つの民族が国家を形成し、他の民族あるいは何人にも侵されないでその民族が独立して存続しようとするこの厳然たる歴史を私は大事にしていくのが本来の姿ではないか、こういう考え方に立ちます。」
 「千三百三十年以上続いておるということは、私はその間日本の民族が英知を集めて日本人自身のものとして守り育ててきた、こういう事実ではないのかなというふうに思いますので、むしろこの種のものは何物にもかえがたい文化であるということを誇りを持って私は確認すべきではないか。したがって、このようないい歴史と伝統というものは守り育てていかなければならないというふうに考えます。」

村上重良(伝統文化性を否定する意見)
 「日本では八世紀初めぐらいから中国にならって元号を採用したわけでございます。・・・・明治維新の際に、いま問題の一世一元制が、これも中国にならって採用されたわけでございます。
 これは言うまでもなく、元号はもともと天皇が定め、改めるものであったという関係にあったものを、今度は元号そのものを天皇その人と直結するという結果になったわけでございます。つまり、頻繁な改元を避けるという一種の合理化の要求もあったわけでありましょうけれども、同時に、それは天皇の存在というものと元号とが全く一体化する、そういう結果をもたらしたわけでございます。ですから、現在、問題になっております事実上の一世一元制というのは、比較的近い時代に日本の歴史にあらわれてくるわけでありまして、それをもって何か手を触れることもできないような伝統というようなことは全くないわけでございます。」

 元号の伝統文化性を重んじるか重んじないかの違いは、元号を「一世一元制」と結びつけて捉えるのか、それとも、より抽象的な伝統と見るのかの違いに起因しているように思える。
 しかし、どの論者も明治以降の元号が、天皇在位中に天変地異が起こるつど、頻繁に改号された明治以前とは違って、天皇の代替わりに改元される制度になっていることは否定しないはずである。であれば、元号の伝統文化性と言っても、せいぜい明治以降の制度ということになる。
 また、文化の伝統という点から内在的に考えても、断髪を例に挙げた松岡英夫の次のような意見に理があると思える。

松岡英夫(伝統文化性を否定する意見)
 「社会習慣というものは、いつでもこれは必要があれば変えてよろしいものであります。この習慣が昔からあるから、それを変えちゃいけないということはないのでありまして、一つの習慣を変えると、その変えたものがまた新しい習慣として定着していくということは、これはよくあることで、歴史的に非常に例の多いことであります。
 明治四年でしたか、日本で断髪令というものが出まして、日本人、男、男子はちょんまげをやっておったものを全部切って普通の長髪にしろということになったんですが、そのときは、この何百年かちょんまげになじんできた日本の男は、もう泣きの涙でちょんまげを切ったという話が伝わっておりますし、島津久光という薩摩の殿様などは一生涯死ぬまでちょんまげを乗っけておったというような話が伝わっております。しかしながら、一たんちょんまげを切ってしまいますと、それが、普通の長髪が新しい社会習慣となって定着して、ちょんまげなどをつけておる者はこれはもう時代おくれの旧弊人ということで軽べつされたということがあったわけであります。」
 

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