不平等への怨念を刻んだ短歌~心の友、金子文子の生涯に寄せて(1)~

20187月10日

金子文子の生涯
 金子文子(19031926年)は1903年、横浜に生まれた
が出生届は出されず、父は家を出、母も男との同棲を繰り返した。1912年~1916年、朝鮮忠清北道に住んでいた父方の祖母のもとで養女として暮らしたが、無籍者として虐待を受ける一方、当地の朝鮮人の温情に触れ、生涯、変わらぬ朝鮮人への親愛の気持ちを育んだ。


 帰国後、豊多摩郡代々木藤ヶ谷富士ヶ谷に住んだ文子は夫・朴烈と共に不逞社を設立、さまざまな思想家を招いて例会を開いていた。
 
関東大震災発生の2日後の192393日に朴烈とともに世田谷警察署により、行政執行法第1条「救護を要すると認むる者」という名目で検束され、同年1020日、文子ら2名を含む不逞社員16名が治安警察法違反容疑で起訴された。以後、大審院で文子と朴列は天皇暗殺計画の嫌疑で訊問を受け、1926年3月25日、2人に死刑の判決が言い渡された。それから4カ月後の723日、文子は移送先の宇都宮刑務所栃木支所で獄死した。享年23歳。遺骨は夫の郷里、朝鮮慶尚北道聞慶郡に埋葬された。


人力車、人がまた等しき人の足になる~文子が遺した獄中短歌~
 
 文子は獄中から知人に送った書簡にかなりの数の短歌を書き留めている。その中から、文子の生涯を貫いた「不平等への怨念」を刻んだ短歌数編を紹介しておきたい。文子の短歌は「獄中短歌」という表題で彼女のいくつかの伝記物の書物に収録されているが、ここでは鈴木裕子編著『金子文子 わたしはわたし自身を生きる――手記・調書・歌・年譜』(2006年、梨の木舎)に依った。

 ①歌詠みに何時なりにけん誰からも学びし事は別になければ
 ②派は知らず流儀は無けれ我が歌は圧しつけられし胸の焔よ
 ③燃え出づる心をこそは愛で給へ歌的価値を探し給ふな 
 ④人がまた等しき人の足になる日本の名物人力車かな
 ⑤ふらふらと床を抜け出し金網に頬押しつくれば涙こぼるる
 ⑥人力車梶棒握る老車夫の喘ぎも険し夏の坂道
 ⑦人力車幌の中には若者がふんぞり返って新聞を読む
 ⑧資本主義甘く血を吸ふかうもりに首つかまれし労働者かな
 ⑨塩からきめざしあぶるよ女看守のくらしもさして楽にはあらまじ
 ⑩囚の飯は地べたに置かせつつ御自身マスクをかける獄の医者さん

 以上10首、なかでも人力車を題材にした④⑥⑦は、私が特に魅せられる文子の短歌である。その根底にある心情は「不平等」への怨念である。
 ①~③の短歌で文子が拒んだ歌的価値は、昨今、歌壇のどこかの派に属し、主宰者の名声にすり寄って、既成の歌壇にデビューしようと「歌的価値」を競い合う歌人たちの光景を想い起こさせる。そうした通俗と一線を画し、素人を自認して自由奔放な歌詠みになった自分を誇らしげに詠った短歌からも、技巧の巧拙で「素人」と「玄人」を区分けする歌壇への文子の痛烈な反逆を読み取れる。

無籍者の烙印
 文子は自分の中に「不平等」への呪いを芽生えさせた原点ともいえる出来事を自伝書『何が私をこうさせたか――獄中手記――』(2017年、『岩波文庫』3134ページ)にこう綴っている。

 「私はその時もう七つになった。そして七つも一月生まれなのでちょうど学齢に達していた。けれど無籍者の私は学校に行くことができなかった。」
 「なぜ私は、無籍者であったのか。表面的の理由は母の籍がまだ父の戸籍面に入っていなかったからである。・・・・叔母の話したところによると、父は初めから母と生涯連れ添う気はなく、いい相手が見つかり次第母を捨てるつもりで、そのためわざと籍を入れなかったのだとのことである。」
 「母は父とつれ添うて八年もすぎた今日まで、入籍させられないでも黙っていた。けれど黙っていられないのは私だった。なぜだったか、それは私が学校にあがれなかったことからであった。
 私は小さい時から学問が好きであった。で、学校に行きたいと頻りにせがんだ。余りに責められるので母は差し当たり私を私生児として届け出ようとした。が、見栄坊の父はそれを許さなかった。『ばかな、私生児なんかの届けが出せるものかい。私生児なんかじゃ一生頭が上らん』父はこう言った。」
 「明治の初年、教育令が発布されてから・・・・男女を問わず満七歳の四月から、国家が強制的に義務教育を受けさせた。そして人民は挙って文明の恩恵に浴した、と。だが無籍者の私はただその恩恵を文字の上で見せられただけだった。」
 「小学校は出来た。中学校も女学校も専門学校も大学も学習院も出来た。ブルジョアのお嬢さんや坊ちゃんが洋服を着、靴を履いてその上自動車に乗ってさえその門を潜った。だがそれが何だ。それが私を少しでも幸福にしたか。」

 「私の家から半町ばかり上に私の遊び友達が二人いた。二人とも私と同い年の女の子で、二人は学校へ上った。海老茶の袴を穿いて、大きな赤いリボンを頭の横っちょに結びつけて、そうして小さい手をしっかりと握り合って、振りながら、歌いながら、毎朝前の坂道を降りて行った。それを私は、家の前の桜の木の根元にしゃがんで、どんなに羨ましい、そしてどんなに悲しい
気持ちで眺めたことか。
 ああ、地上に学校というものさえなかったら、私はあんなにも泣かなくて済んだだろう。だが、そうすると、あの子供達の上にああした悦びは見られなかったろう。
 無論、その頃の私はまだ、あらゆる人の悦びは、他人の悲しみによってのみ支えられているということを知らなかったのだった。」

 金子文子が獄中で自叙伝を書き始めたのは1925年夏から秋、22歳の時だった。
 「あらゆる人の悦びは、他人の悲しみによってのみ支えられている」・・・この一文ほど、不平等に対する彼女の怨念を鋭く凝縮した言葉はないと思える。

私は不平等を呪う~金子文子の訊問調書より~

 文子は1924410日に市谷刑務所でなされた訊問に次のように応答している。


 「私はかねて人間の平等ということを深く考えております。人間は人間として平等であらねばなりませぬ。そこには馬鹿もなければ、利口もない。強者も無ければ、弱者もない。地上における自然的存在たる人間の価値からいえば、すべての人間は完全に平等であり、したがってすべての人間は人間であるという、ただ一つの資格によって人間としての生活の権利を完全に、かつ平等に享受すべきはずのものであると信じております。」

不平等の根源・天皇制への反逆に突き進んだ金子文子 
 しかし、幼年期に味わった自らの差別と虐待の辛酸を原点にした金子文子の不平等への怨念は身近な世間に向けられて収まるものではなかった。それどころか、文子は不平等の怨念を次第に、日本社会におけるその究極の源泉=天皇制に向けていった。この点こそ、思想家としての金子文子の金字塔である。次の稿ではこの点を取り上げたい。




| | コメント (0)

素木しづ評~心の友 尾崎翠の作品に寄せて(3・完)~

201873

 『尾崎翠全集』(1979年、創樹社)に「素木しづ氏に就いて」と題する組み上げ3ページの短文が収録されている。『新潮』191610月号が組んだ特集「余が最も期待する新進作家の一人」に寄稿した一文である。かくいう翠自身、当時二十歳で「悲しみを求める心」を発表してから半年後の寄稿だった。

人生の暗さを思ふ

         「素木しづ氏に就いて」(抜粋)

 「私の素木しづ氏に捧げる敬慕は、小川未明氏に対するものと大変よく似た点を持ってゐます。」
 「私の持ってゐる未明氏としづ氏の類似点は、作品の取材や、筆致、技巧などの点からといふよりは、作家の態度から起つた物であります。・・・・
 此の頃の未明氏の作品を読んで私の受けるものは、氏の神経衰弱的な、懐疑的な気分と、北国の暗い自然とに胚胎した痛ましい、重苦しい感じであり更に人生の暗さを思ふ心であります。つまり作者の人生に対する懐疑をそのまゝ読者の胸にきざみつけずには置かない、それを見せつけられるのは読者に取っては苦痛なことではありますけれど、また其処には悲しい共鳴も起こって来ずには居ません。
 未明氏は決して安定の世界に居てその世界を私共に示して呉れようとする作家ではありません。読み終わって『うまい』とうなずかせる作品を作り得る人ではありません。けれど所謂『うまい』と思はせる人人の態度の不明な、お上手な作品が多いなかに、氏の如何な一篇も無駄ではないことを思はせます。」

 「私の両氏の類似を認めたのは始め言った通り、作者の態度にあります。未明氏の人生に対する懐疑心から来る真剣な態度は、しづ氏の肉体の不良から来る、健全者には見ることの出来ない真剣さであります。草平氏は気を負った女と言はれましたけれどそれは反つてしづ氏の真剣な態度を示す物でした。戯作的な分子は微塵も持たないすべてが悲痛な心に滲透されて私共の前に示される、それのみでも氏の作は意義ある物でなければなりません。」

私は小説により世の中に復讐し、真実な生を送らうと考へた
   ~素木しづ~

 
 尾崎翠が敬慕した素木(しらき)しづは1895329日札幌生まれ。札幌高等女学校4年のとき、登山中に転倒したのがもとで結核性関節炎にかかる。1912年一家で上京したが病状は悪化。10月に赤十字中央病院で右脚切断の手術を受けた。不自由な生活を送るうちに詩や短歌に時間を費やすことが多くなり、森田草平に師事して文学に傾倒していった。
 15歳の時、札幌高女の『会誌』5号(1910年)に次のような短歌を投稿している。
  われとわが腕を吸ひてかすかにもにじむ血を見るあはれなるかも

 後年、しづは文学を志した自身を次のように振り返っている。

 「自分は小説家たるべき天分と運命とを生まれながらにそなへてゐると信じました。私は小説によって世の中の復讐すべきものを復讐し、愛すべきものを愛し、人々の上に真面目な真実な生を送らふと考へたのでした。」
 (「私一人のこと」『新潮』19161月)

 加藤武雄はしづの作品を「宵暗にさく月見草に似たはかなさ」と評すると同時に、彼女のことを「かなり勝気な才走った人」と評した。外界に向けた気負いが自己顕示に流れず、尾崎翠をして、読者に向かって悲痛な心を滲透させずにはおかないと語らせた魅力は、生の暗さを内省し、作品に昇華させた彼女の強烈な個性と営為のたまものと思える。
 (以上、内野光子『短歌に出会った女たち』1996年、三一書房、
  127142ページに依った。)

一心にいいものを書いて原稿料でお返ししますので
   ~寸借を懇願した素木しづの手紙~


 この記事を書く途中で、日本近代文学館編集の『文学者の手紙』第5巻『近代の女性文学者たち』2007年、博文館新社)に、上司小剣に宛てた素木しづの手紙が収録されているのを知った。日付は1916(大性5)年115日となっている。400字詰原稿用紙4枚の分量である。当時のしづの生活状況を伝える貴重な資料と思えるので紹介しておきたい。

      上司小剣宛て 素木しづの手紙(抜粋)

「私は茅ケ崎にお互の病気や疲れの為めに仕事も出来ませず七十円あまりの店に月の借りがたまつたので御坐います。初めての私は不安と、もはや逃れられなくなりやしまぬかという恐れとの為め茅ケ崎の一日一日の生活が苦しくてならなくなつたので御座います。それに私の身体も心よくなりましたのと上の山さんの茅ヶ崎ではお金をとる仕事が出来ない
2のとで、今のうちにぜひ出なくてはならないと思ひまして先日も金策の為めにみんなで出て来ましたが、私がすぐ眼を悪くしまして手術をしそのまゝ仕方なく茅ケ崎に帰りました。・・・・まだ世の中を知らない、そしてあまり外に出たことのない私があらゆる考へと方法とをつくしたので御座いますが、出来ませんでした。」

「坊やのおしめを洗ふタラヒも御座いません。そして私は近所の人になんと云つたら
いゝかわかりません。どうしてもあの茅ケ崎においてあるなつかしい私たちのわずかばかりの道具をとりよせなければならないので御座います。それで私が今度読売に書きます小説の原稿料をどうぞどうぞあなた様が御立替下さいますことが出来ませんでせうか。私はその時少しもお金をいただきません

私は、そして今年中にきつといゝものを書きましてあなた様までお届けいたしませう。本当にいゝものを。私はお金を先にいただいたからといつてはり合いがないから書けないなんていふことが御座いません。私はどんなに一心になつて書くかわかりません。どうぞそれだけのことを本当にお聞きとどけ下さいませんか。」

「私の身体はあまりにこはれすぎて居ります。私はなが生しないでせう
。いま二十二ですから二十五まで位、きつといゝ作をしやうと思つて居ります。
どうぞおきゝとどけ下さいますやうに。
すべての事をおゆるし下さいまして。
                           早々
 上司小剣様へ
                        しづ  」

 (注2)夫の上野山清貴は放浪画家のため一所滞在では画を描くこと
    が出来ない。

 しづは、二十五歳位まで生きて、と書いたが、この手紙を書いた1年後の19181月に死去した。満22歳だった。
 尾崎翠といい、素木しづといい、文学者である前に、極度の貧困と悪戦苦闘する生活者でなければならなかった。彼女らの小説は、結果として、そうした苦悶を酵母として一世紀後に知る人ぞ知るの評価を得る作品を残したと思える。 

悧口振るのは止めるがいい ~高見 順~

 尾崎翠の素木しづ評の中に、読み終わって「うまい」とうなずかせる作品、所謂『うまい』と思わせる「お上手な」作品が多いなかで、という文章があった。昨今、この手の「お上手な」人間は、文学の世界に限らず、増殖している。尾崎翠のこの言葉を聞いて思い起こす高見順の詩がある。

          樹 木 五
          ――ある作家の感想録を讀んでの自戒――

     窓の中の人間よ
     悧口振るのは止めるがいい
     意味ありげな言葉は止めるがいい

     俺はただ枝を張るだけだ
     この俺に
     意味ありげな枝振りがあるか
     悧口ぶった枝があるか

     窓の中の人間よ
     わが枝を學ぶがいい
     樹木の成長を學ぶがいい

     (『高見順全集』第20巻、1974年、勁草書房、392393
       
ページ)




| | コメント (0)

木犀~心の友 尾崎翠の作品に寄せて(2)~

2018630

私が毎夜作る紙反古はお金になりません

 『尾崎翠全集』(1979年、創樹社)の中に「木犀」と題する随筆が収録されている。1929年、33歳の時の作品で、組み上げ6ページの短編である。以下はその末尾の文章である。

             木犀(抜粋)

 「三十銭は明日の電報料に取っておかなければならない。私は残りの四十銭を卓子に並べて店を出た。
 階段に端書が来てゐた。『木犀の香りの中を抜け』――N氏が拙い詩を一ぱい書きつけた端書だった。氏も木犀の中を通って牛の処へ帰って行ったらしい。
 さて私は明日郷里の母に電報を打たなければならない。私は金をありたけN氏の詩の上にはたき出した。お君ちゃんの店で残した十銭玉三つの他に銅貨が四つあるだけだ。お母さん、私のやうな娘をお持ちになったことはあなたの生涯中の駄作です。チャップリンに恋をして二杯の苦い珈琲で耳鳴りを呼び、そしてまた金の御無心です。しかし明日電報が舞ひ込んでも病気だとは思はないで下さい。いつもの貧乏です。私が毎夜作る紙反古はお金になりません。私は枯れかかった貧乏な苔です。」

 ちなみに『尾崎翠全集』の末尾に収録された年譜(稲垣真美作成)によると、この短編は『女人芸術』19293月号に掲載されたものである。その月の28日に兄哲郎が37歳で死去している。
 『女人芸術』はその前年19287月に長谷川時雨が中心になって発刊された女性文学誌である。翌8月、林芙美子は同誌に『放浪記』を発表し始めた。翠も林に誘われて同誌編集部を訪ねていた。

尾崎翠と林芙美子~対照的な文学的基質と文学者的運命~
 当時の様子を稲垣真美は同じく全集に収められた「解題」(569ページ)の中で次のように記している。

 「『木犀』と『アップルパイの午後』の二編は十分構成されたモチーフの展開とまとまりを持つ。しかしこの二編も含めてこれらの諸篇は、尾崎翠の培養し得た独創的パン種を、そのまま千切り千切り、『女人芸術』という女性だけのやや手狭な花壇の合間合間に、断想的に植えつけられていった
感じを否み得ない。
 おなじく『女人芸術』に連載された、林芙美子の『放浪記』の場合は逆であった。その読者への印象はともかく、表現手法、モチーフなどの点を尾崎翠の諸編と比べると、とくに新しかったわけでもなく、心理的な掘り下げがあったともいえない。ただ、『放浪記』の場合には、それはもはやパン種ではなく、口ざわりよく醗酵を経てそれ以上ふくらみ得ない、手ごろな作品に次々と仕上げられていた。そこから新たな文学の可能性の種子を得るべきものではなく、出来上がった商品として、ショウウインドーにそのまま並べられて人目を惹く体のものであった。・・・・
 だが尾崎翠の作品の場合はちがう。その断想的作品のなかには、文学に新たな次元を開く可能性のパン種や、すばらしい芳香や光彩を放つための酵母を秘蔵しつつ、『女人芸術』
という女だけの園に、僅かなページを与えられて、片鱗をのぞかせていたのである。まさに林芙美子の作品とはその性格も辿った運命も逆であった。」


| | コメント (0)

悲しみを求める心~心の友 尾崎翠の作品に寄せて(1)~

2018630

もはやいかなる権威にも倚りかかりたくない

 茨木のり子は「倚りかからず」と題する詩の中でこう綴った。
 
  もはやできあいの思想には倚りかかりたくない・・・
  もはやできあいの学問には倚りかかりたくない・・・
  もはやいかなる権威にも倚りかかりたくはない 
  ながく生きて心底学んだのはそれぐらい
  (『倚りかからず』1999年、筑摩書房、所収)

 茨木のり子がこう書き留めたのと同じ年齢になって私も同じことを実感している。
 今どきの「リベラル」とやらの薄っぺらな言動、狭い同心円の中でしか通用しない、威勢のよい安倍批判をぶって喝采を浴び、得意げになっている「学者」面々、なぜ後退したかを吟味せず、減ったから増やせとハッパを掛ける組織の不条理な方針に(表向き?)忠実に従う「前衛」党員・・・・どれも私には偽善としか思えない。

 それでも、私にとって「心の友」と呼べるのは数人の故人――金子ふみ子、高見順、坂口安吾、茨木のり子など――である。もはや自分を偽る後知恵を持たないという安心感からだけではない。
 尾崎翠(1896~1971 もその一人だが、彼女のことを知ったのは、連れ合いが集めた女性文学者の書物の書棚にあった『尾崎翠全集』1979年、創樹社)を何気なく開いたのがきっかけだった。今から78年前のことだったと思う。

死の悲しみに心を打ちつけて居たい

 前置きはこれくらいにして、今でも私を惹きつける彼女の作品3編を順次、書き留めておきたい。
 以下で紹介する短編について、『全集』に付けられた「尾崎翠年譜」(稲垣真美作成)には、こう記されている。
 「1916年(大正5) 20
  4月、『文章世界』論文欄(相馬御風選)に「悲しみを求める心」
  が入賞。少女時代の父の死を振り返ったもので、肉親の死を超え
  た生死の姿への洞察がみられる。」

          悲しみを求める心(抜粋)

 「私は死の姿を正視したい。そして真に悲しみたい。その悲しみの中に偽りのない人生のすがたが包まれてゐるのではあるまいか。其処にたどりついた時、もし私の前に宗教があったら私はそれに帰依しよう。又其処に美しい思想があったら私はそれに包まれよう。」

 「私が願ふのはその心の永続である。絶えず死の悲しみに心を打ちつけて居たいのである。それは決して無意味な悲しみではない。私の路を見つけるための悲しみである。」

 「あの頃の私がたどったやうに、幼いから若いからと言ってそれに長いたのしい生を求めることは不可能なことであった。死を悲しむ後に見出す生のかがやき。それを得ようと私は一歩ごとの歩みをつづけて行かなければならない。」

苦しみの日々、悲しみの日々はひとを少しは深くするだろう

 冒頭、引用した茨木のり子の詩集の中にもこんな詩がある。

       苦しみの日々 哀しみの日々(抜粋)

  苦しみの日々 
  哀しみの日々
  
それはひとを少しは深くするだろう
  
わずか五ミリぐらいではあろうけれど

  
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
  
あれはみずからを養うに足る時間であったと

  
苦しみに負けて
  
哀しみにひしがれて
  
とげとげのサボテンと化してしまうのは
  
ごめんである

  
受けとめるしかない
  
折々の小さな刺や 病でさえも
  
はしゃぎや 浮かれのなかには
  
自己省察の要素は皆無なのだから



| | コメント (0)

森友問題の真相究明に注力したNHK記者の左遷を許してはならない


2018
519

 アベチャンネルと揶揄されてきたNHK報道ではあるが、森友問題を精力的に取材し、貴重な報道に貢献してきたNHK大阪の記者が記者職から外されようとしている。この問題は今月17日、『日刊ゲンダイ』が伝えた。
 「森友問題スクープ記者を左遷” NHK『官邸忖度人事』の衝撃」
  https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/229227 

 記事の内容は私が得た情報と符合している。これまでから、特ダネをつかんだのになかなかオンエアされない、渋谷の報道局から大阪の報道部署の幹部に「どうしてあんなニュースを伝えたのか」といったクレームが何度かきたという。
 時にNHKは森友問題で他局に先駆けて重要な事実を伝えた。が、それは一部の記者の奮闘によるもの。
 今回の左遷人事の動きを見ても、渋谷のNHK報道局の幹部には「国民の知る権利への奉仕」、「権力と対峙するジャーナリズム精神」など、どこ吹く風だ。こんな腐った報道を続けながら受信契約を強制し、委託業者を使って受信料の支払いを威嚇するのは厚顔無恥も甚だしい。自分たちの生活の糧を誰から得ていると思っているのか!


| | コメント (0)

3つの依存症(2-1)――知名度依存症――浜矩子さんの日銀金融緩和批判の真贋

20184月24日

知名度依存の病理
 「知名度依存症」とは読んで字の通りなので説明は要らないと思う。もとはといえば、官庁の審議会人選の常習になっているオピニオン・ショップされた「有識者頼み」かと思う。しかし、主義主張は真逆とはいえ、リベラルを掲げる市民運動や革新を掲げる野党にも、通俗的な事大主義というべき「知名度依存症」が近年とみにはびこっている。
 どこかの講演会や出版物で、ある人物の評判が立つと、その人の聴衆受けする威勢の良い言葉がネットを通じて拡散され、評判が評判を呼ぶ形で「知名度」が高まり、その人への講演依頼や執筆依頼が殺到する状況が市民運動や出版界の日常風景になっている。
 もちろん評判が立つこと、知名度が広まること自体が不健全というわけではない。良質の言説が評価を得て、影響力を持つことは好ましいことである。
 私が依存「症」と名付けて一種の「病理現象」とみなすのは、主体的自律的な咀嚼なしに周りの評判(評価といえない代物)が受け売りされている実態である。こうした「知名度依存症」は健全な民意形成とはほど遠く、普通の市民には近寄りがたいカルト的性格さえおびる。

 さらに言うと、市民運動の中には、日頃、自らが支持する政党の機関紙や催しに特定の人物が登場し、党の幹部と対談したり講演したりすると、それがまるで「お墨付き」かのように、その人物に、党の支持者や支持団体から講演依頼が殺到する状況が見受けられる。そして、その人物の威勢のよい「安倍批判」が喝采を浴びる――「知名度依存症」と「安倍依存症」が相乗効果を発揮し増幅していく状況になっている。その典型例として、再び、浜矩子さんのアベノミクス批判を取り上げたい。

根拠のない金融緩和批判 
 浜さんは随所で日銀の(異次元)金融緩和を取り上げ、金融政策の面からアベノミクス批判を展開している。その要点は次のとおりである。

 債権大国日本と債務大国アメリカの通貨の関係を考えれば、1ドル=50円に向かうのが理にかなっている。にもかかわらず、現実の為替レートがそこから外れて趨勢的に円安に振れているのは、「自国通貨の価値をどんどん下げることに情熱を燃やす中央銀行」の量的緩和(=円安誘導)政策によって、円相場が本来の軌道から外れ、「道草」をしているためである。(『さらばアホノミクス』2015年、毎日新聞出版、34ページ)。

 そこから浜さんは「日本銀行が『アホノミクス』のお先棒を担いで金融調節を行っている限り、円は本来の軌道を外れて大いなる道草を食い続けることを強いられる」(同上、34ページ)と断じている。

 しかし、このような浜さんのアベノミクス=金融緩和批判は幾重にも的外れである。

 (1)事実と反する円安誘導論
 
まず、事実として、日銀が異
次元金融緩和を実施した20144月から201410月に追加緩和を発表するまでの間は円安が進んだが、マイナス金利を導入した20161月以降は急激な円高が進むという逆相関の動きが起こった。その後、20169月に長期金利操作を導入して以降はしばらく円安傾向に転じたが、4か月後には再び円高に戻り、以後は円高と円安が小幅で交叉する動きになっている。つまり、日銀の金融緩和は円レートの動きと相関していないのである。
 Photo            (『朝日新聞』2017年9月22日)
        
 要するに、異次元金融緩和が導入されて以降の円相場は浜さんがあるべき方向と見立てた1ドル50円に向けた円高基調とはかけ離れた趨勢だったが、日銀の金融緩和(通貨供給量=通称マネタリーベースの増加による円安誘導)がそれを阻んだとみなすのは事実に照らして無理なことを上の事実は示している。これは別の資料からより明確に裏付けられる。

 (2)量的緩和の実態を無視した日銀批判
 
次の表は20103月以降20183月までのマネタリーベースの推移を内訳ごとに示したものである。

Photo_3
 これを見ると、マネタリーベース残高は4.9倍に膨らんでいるが、そのうち市場流通高(日銀券発行高+貨幣流通高)は1.4倍にとどまっている。マネタリーベース総量に占める市場流通高の割合でいうと、金融緩和が導入される直前の20143月には43.5%だったのが、20153月には33.3%、20163月には27.5%へと急落し、それ以降は20173月には23.9%、20183月には22.8%と低い水準で推移している。
 そうなったわけは、異次元緩和で年間80兆円という目標を掲げて日銀が大量の国債を民間銀行から買い取る見返りに通貨を供給したが、金融機関はそれを貸し出しに充てず、大半を日銀当座預金として日銀に戻し、「塩漬け」したからである。
 つまり、金融の量的緩和と言っても市場に流通するのはマネタリーベース総量の23割で、これではインフレ(円安)誘導にはほど遠く、2%の物価上昇目標が実現しないのも当然である。
 そこで、円ドル・レートとマネタリーベース総量ならびに市場流通マネタリーベースの対前年同月比の推移をグラフで示すと次のとおりである。

Photo_4
 これを見ると、マネタリーベース総量の変動幅に比べ、円レートの変動幅は小さく、逆相関の局面も少なくないが、趨勢としては市場流通マネタリーベースを上下するレンジで円レートが変動していることが分かる。

 ちなみに浜さんは、『どアホノミクスの断末魔』(2017年、角川書店、156159ページ)の「補論1」でミルトン・フリードマンのいわゆる「ヘリコプターマネー」を引き合いに出して、アベノミクスの金融政策を批判している。大量のカネを人々の頭上からばら撒いて落ち込んだ経済活動を手っ取り早く浮揚させるという議論である。その方策として浜さんが紹介しているのはイギリスで提唱された永久債(=返済期限のない国債)の活用で、浜さんは永久債を使うよう日本政府に薦めたアデア・ターナーを「大日本帝国会社の経営方針の立役者」(同上、159ページ)と批評している。
 しかし、ヘリコプターマネーを引き合いに出すなら、あれこれの経済学者の名前を挙げるよりも、ヘリマネの日本版と称された日銀の量的金融緩和策では市場にばら撒かれたマネーが公称マネタリーベースの23割に過ぎず、ヘリマネ散布による円安・インフレ誘導が看板倒れに過ぎなかったことを指摘した方がはるかに説得力のあるアベノミクス批判になったはずだが、浜さんのアベノミクス批判にはそうした実証は皆無である。 

 もともと、円ドルの為替レートを動かす主な要因は日米間の金利差であり、日本の金融政策が単独で機能して為替相場が動くものではない。2017年に入ってドル高/円安の傾向が強まったが、それは日銀の金融緩和の影響ではなく、6月頃からFRBが利上げに踏み切るという予測が強まり、米国の長期金利が上昇して日米の金利差が拡大した結果だった。米国金利が上昇する局面では円を売ってドルを買う動きが強まり、ドルに対する需要の増加がドル高をもたらすからである。
 このように見てくると、為替レートがあるべき円高に進むのを阻んだという理由で日銀の金融緩和を批判する浜さんの議論は事実の因果関係に基づかない非経済学的な粗雑な主張といって差し支えない。

 
3)根拠のない円高歓迎論/1ドル=50円説 
 そもそも論に戻って言うと、日本にとって円高が理に適っているという浜さんの議論も信用できない。
 先ほども述べたように円高とは対ドルの関係でいえば国内金利の上昇と表裏の関係にある。まして1ドル50円となればドル売り、円買い一色の状況で、国内金利が急上昇することを意味する。
 そうなると、現在の国債発行残高(約8651,579億円)の平均利率から試算して、利率が0.1%上昇するごとに国債利息は約8,650億円増加すると同時に、国債の市場価格が暴落することが想定される。このようなリスクを予想するからこそ、日銀は20169月に長期金利操作を導入するとともに国債の買い入れを当初の目標の年80兆円から圧縮して60兆円程度に抑える政策に軌道修正しはじめたのである。

 日銀の金融緩和が出口の見えない迷路に陥っていることは確かであるが、確かな根拠もなく、威勢のよい言辞で日銀の金融緩和策を円安誘導策と批判するだけでは批判として説得力がないだけでなく、円安誘導への対案として円高を理のある政策と唱道するのは、日本の財政状況をかえって悪化させる粗悪な議論である。
 ここまで肥大化した国債の財政負担を小手先の金融政策で解消することはできない。新規国債に代わる財源を示し、国債依存度を着実に引き下げて利上げのリスクを緩和していくほか道はないが、浜氏はそのための代替財源も金融緩和からの出口戦略も示していない。
 
 なお、浜さんは、現実の為替相場が、2010年以来、浜さんが唱えてきたⅠドル=50円説に一向に近づかない事実を指摘されても、「私は50円説の旗は降ろさない」と気丈な発言をしている。それが自説に関する理論的確信に裏付けられているなら非とするには及ばない。
 しかし、『朝日新聞』が20176月に主要100社を対象に行った景気アンケート調査によると、「望ましい対ドルの為替レート水準は」という質問に対して、もっとも多かった(26社)のは「110円程度」で、以下、「115円程度」が9社、「120円程度」が6社、「105円程度」が5社、「100円程度」が3社で、100円以下という回答はゼロだった。
 それでも「1ドル=50円」説の旗を降ろさないと言うなら、世に知られていないよほどの説得的説明材料を示す必要があるが、浜さんの書物を読む限り、それらしい経済学的説明は皆無である。

 (4)「消えたマイナス金利」論の無理筋な安倍批判
 浜さんの「経済論説」のうち、市民の間で流布された議論の一つに「消えたマイナス金利」(『東京新聞』2016612日<時代を読む>欄に掲載)と題する論稿がある。消費税増税の再延期を発表した201661日の安倍首相の記者会見の場での発言を捉えた安倍批判である。批判の要点は次の一節である。

 「あの時の総理大臣冒頭発言の中に、次のくだりがある。『現下のゼロ金利環境を最大限に生かし、未来を見据えた民間投資を大胆に喚起します。』ここで、筆者は『えっ?』と思った。今って、マイナス金利じゃなかったっけ?
 今年の12829日両日にわたる金融政策決定会合で、日本銀行は、『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』を導入することを決定した。当日の議事要旨には、『今後は、「量」・「質」・「金利」の三つの次元で緩和手段を駆使して、金融緩和を進めていくこととする』と記載されている。つまり、ここで日銀が三つ目の金融緩和手段として打ち出したのは、あくまでも、『マイナス金利』なのである。ゼロ金利政策をやるとはいっていない。
 これはどういうことなのだろう。まさか、日銀がマイナス金利政策を導入したことを、総理大臣がご存じないはずはない。知っていながら『ゼロ金利』という言い方をしているわけだ。ということは、マイナス金利じゃイヤなのだろうか。マイナス金利は無かったことにしてしまいたいのか。」

 安倍首相がこの日の会見で「マイナス金利」という言葉を使わず、「ゼロ金利」と言った理由はわからない。しかし、国会会議録を調べると、日銀がマイナス金利政策を採用した直後の201623日以降、安倍首相は国会答弁で計14回「マイナス金利」に言及している。安倍首相を擁護するつもりはないが、このような事実に照らすと、同年61日の記者会見での上記の一語を捉えて、安倍首相は「マイナス金利は無かったことにしてしまいたいのか」と憶測するのは当たらない。

 むしろ、私が驚くのは、安倍首相が「ゼロ金利」という言葉を使ったことをさして、「えっ?・・・今って、マイナス金利じゃなかったっけ?」と浜さんが驚いたことである。なぜなら、安倍首相が「ゼロ金利」とだけ言って「マイナス金利」と言わなかったのは不正確ではあるが、ことさらそれを捉えて批判的な評価をするのは事実から外れた「無理筋の安倍批判」だからである。

 事実はどうかというと、次の図で示されているように、民間金融機関が国債買い取りの対価として日銀から受け取る資金を日銀に戻す当座預金のうち、マイナス金利が適用される(政策金利残高)のは8%程度(約10兆円)に過ぎず、基礎残高と呼ばれる約210兆円には+0.1%の金利が適用される。そして、マクロ加算残高と呼ばれる残りの約40兆円にゼロ金利が適用される。日銀当座預金はこのように適用金利が異なる三層構造を採用することによって超低金利による民間金融機関の収益性の悪化を緩和させる仕組みにしているのである。

Photo_6
 このような事実に照らすと、「今はマイナス金利じゃなかったっけ?」という浜さんの指摘は民間金融機関が日銀に預けた当座預金全体の8%を捉えたに過ぎず、安倍首相がそれを知ってかどうかは別にして、この8%分のことを触れなかったというだけで鬼の首でも取ったかのように安倍首相に批判を向けるのは問題の核心から外れた針小棒大な議論といってよい。
 
 浜さんが上の論説の中で「民間金融機関の日銀当座預金に部分的なマイナス金利が適用されると・・・・」と記しているところを見ると、浜さん自身もマイナス金利が適用されるのは日銀当座預金の一部にとどまることを知っていたと取れる。現に、この時の金融政策決定会合の議事要旨には上記の「三層構造」とそれぞれの層に三通りの金利が適用されることが説明されており、浜さんもこれを読んだはずである。
 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf

 であれば、マイナス金利が日銀当座預金の一部に適用されるに過ぎないこと、ゼロ金利が適用される部分があることを知りながら、ゼロ金利とだけ語ってマイナス金利と言わなかった安倍首相の発言を捉えて仰々しく批判する浜さんの議論はいささか姑息である。

「経済学」の装飾を施しながら、これほど粗悪な議論が、勇ましい安倍批判というだけで、熱心な市民運動メンバーから喝采を浴びるのは何とも嘆かわしい状況である。



| | コメント (4) | トラックバック (0)

3つの依存症(1)――安倍依存症――

2018419

 以下、3回に分けて3つの依存症(安倍依存症・憲法依存症・知名度依存症)を順次、議論したい。最初のこの稿では「安倍依存症」を考える。

浅羽通明さんの問題提起
 2016716日の『朝日新聞』朝刊の<耕論>欄で「瀬戸際のリベラル」という大きな記事が掲載された。その年の参議院選で自民・公明両党が大勝した結果、衆参両院で改憲勢力が3分の2を占める結果になったのを受けたタイトルである。
 紙面に掲載されたインタビューの中で浅羽通明氏がリベラル野党を叱責して次のように語っているのを興味深く思い、記事を保存している。

  「すべて『安倍』を前提にしないと何も打ち出せない『アベ依存症』です。ライバルだけ見ているから、国民=顧客が何を望んでいるのかがさらに見えなくなってゆく。」

 私も、このブログで何度か、「アベ政治を許すな」と声を掛け合い、限られた同心円の中で仲間内だけで意気投合する今の市民運動の「内弁慶」ぶりに疑問を呈してきた。こうした内弁慶症候群の根底にあるのは、無意識のうちに、安倍政治の余りの俗悪さに引きずられて自らの運動の質を劣化させている実態である。そして、そうした運動の質の劣化、稚拙さが安倍政権の消極的支持層を温存させる遠因になっているという逆説的因果関係を、熱心な安倍政治批判者は気づいていない。

一例としての浜矩子さんの「アホノミクス」論
 ここではその典型例として、多少とも私の専攻に関わりがある浜矩子さんのアベノミクス批判を取り上げたい。
 浜矩子さんと言えば、「アホノミクス」と題した書物を相次いで出版したが、さらに舌鋒をエスカレートさせて「どアホノミクス」と題した書物を公刊した。全国各地の市民団体や出版界からは講演・執筆依頼がひっきりなしで、「経済学的視点」からの安倍政治批判の毒舌に喝采が広がっている。
 その浜さんの講演を聞いたある方の感想が掲載されたある地域団体の会報が2週間ほど前、拙宅にも届いた。今年の217日に地元で開かれた母親大会に参加して浜さんの講演を聞いた人の感想記であるが、私が目を止めたのは以下のくだりである。

 「『今、皆さんが持っている又は預金しているお金が、安倍政権の中ですぐにでも紙切れになるかもしれないんですよ!』に、みんな、ぎょ!。安倍さんをこのままにしておいてはいけないと参加者一同の思い。」

 この短い文章から、講演会に参加した多くの人が、自分が持っている預金が安倍政権の下ですぐにも紙切れになるかもしれないという浜さんの話に大いにうなずき、安倍政権を早く終わらせねば、という決意を新たにした様子が読み取れる。しかし、である。
 安倍政権であれ何政権であれ、預金がすぐにも無価値(紙切れ)になる、円が暴落して価値がゼロになるとは、どういう状況を想定した話なのか? 預金封鎖で引き出しができなくなる? 円の国際的信認が底抜けして無価値になるまで円売りが殺到する?
 浜さんは講演の中でなにがしかの説明をしたのかも知れないし、「かもしれないんですよ!」と断定を避ける言葉を付け加えてはいる。しかし、上記のような感想を参加者一同が共有したとなれば、経済学専門家と通称される人物の学問的責任が問われて当然である。

「安倍依存症」と連なる「知名度依存症」
 私は上記のような品位を欠く、罵倒に近い書名のタイトルからも、浜さんのそれら書物を一読した感想に照らしても、浜さんを「経済学専門家」と呼ぶ世評に同調しない。
 過日、ある集会のスピーカーに浜さんを呼んではどうかとある人から提案があったが、「アホノミクスは勘弁してください」とやんわり反対した。
 この問題は2番目に取り上げる「知名度依存症」と重なるので、そこで追加説明するが、常識を超える扇動まがいの放言がまかり通る背景には「安倍政治批判なら、裏付けのない乱雑な主張でも意に介さない」という意識が安倍政権批判勢力の中に蔓延している状況を物語っている。これすなわち、逆説的な「安倍依存症」である。
 私は、このような扇動まがいの放言をする通称「経済学専門家」の低俗に辟易とするが、それ以上に、そうした放言に喝采を送る市民運動参加者の自律的思考の欠落を空恐ろしく思う。以下は、「知名度依存症」をタイトルにした次稿で議論したい。

  ----------------------------------------------------------------------

 今年もわが家の庭にも紅白のつつじが咲いた。例年なら姿を消すヒヨドリが毎日、枝に刺すデコポン(糖度13度以上の不知火をデコポンというそうだ。)を突っつきにやって来る。

P4160666
 

 

| | コメント (1)

天皇夫妻の沖縄訪問をめぐる報道を考える

2018329

 
最近のNHKの報道の中で、森友問題の他で私が注視しているのは目下の天皇夫妻の沖縄訪問の報道である。

NHK
のイメージ報道に警鐘を鳴らした原武史氏 

 この件で、有数の天皇制研究者といえる原武史さんは次のようにツイートしている。

原武史 2018327日、602
https://twitter.com/haratetchan/status/978618225368883200
 
 「天皇皇后の沖縄訪問に関するNHKの報道を見ていると、当初行幸啓に違和感をもっていた県民も、天皇皇后の沖縄を思う気持ちが明らかになるにつれ見方が変わり、温かく迎えるようになったというストーリーになっているが、このストーリー自体に政治的な匂いを感じないわけにはいかない。」

 鋭い警鐘と思うが、私はNHKが描いたストーリーが虚構とは言えず、昨今の日本の市民社会に浸透している現天皇夫妻への心情に合わせたものと思う。問題は、日米の沖縄統治政策に果たした天皇(制)の歴史、象徴天皇制の存在理由を不問にしたまま、心情として現天皇夫妻への共感が広がっている現実そのものであり、そうした心情に倚りかかり、助長するNHKの報道フレームである。私はそうした状況に危惧を感じている。
 その一方で、同じテレビ報道でも『琉球朝日放送』が次のような報道をしていることも注視したい。

沖縄にとっての天皇制を問いかけた『琉球朝日放送』

Qプラスリポート 「対馬丸」の生存者が思うこと」
(『琉球朝日放送』2018326 1832分)
 http://www.qab.co.jp/news/20180326100697.html
 
  「あすから3日間の日程で天皇皇后両陛下が沖縄を訪問されます。過去10度の訪問で両陛下は、戦地を訪ね平和訴え、沖縄に思いを寄せられてきました。しかし一方で、地上戦を経験した沖縄では、戦後73年が経った今も、天皇への複雑な気持ちを抱える人もいます。学童疎開船で多くの友達を失った女性は、あすの訪問を前に何を思うのでしょうか。」 

 「平良さん『(天皇陛下に)お会いする気持ちは今もありません。天皇のために死ぬと教えられた子たちが帰って来ないからね』国頭村出身の平良啓子さん。国民学校4年生のころ、疎開船対馬丸に乗り遭難しました。今も忘れることができない、悲惨な体験を語る活動を続けています。

「平良さん『御真影室に向かっておじぎをするというふうに教えられるし教室に入ると『天照大神』というのがあってそれに向かって大麻を拝む」平良さんは国民学校令が施行された1941年に入学しました。その頃、沖縄の教育関係者らが発行していた雑誌からは、方言を封じて標準語励行を行い、天皇への忠誠心を育む軍国主義教育を徹底することで日本への同化をすすめていったことがわかります。』

 

「戦後、平良さんは戦争の悲惨さと命の尊さを伝えようと、教師として39年間教壇に立ち、その後も県内外で平和を発信し続けています。4年前、天皇皇后両陛下が対馬丸記念館を訪れた際には、参列者として招待されましたが、そこに平良さんの姿はありませんでした。
 平良さん『(両陛下が)人間としては平和に対する想いや沖縄に対する謝罪のような気持ちを持っているのはわかるからある程度心許すけれど天皇制というのがある限りまたどういう事になるかわからないからそれが嫌なの。天皇って何者だったのかな、こんなに尊いものだったのかな、命を惜しみなく投げるだけの価値のある天皇だったのかと思うと心が複雑になるんです。』

戦争の歴史に向き合ってきた陛下の姿に心境の変化を持ちつつも、天皇制については今なお不安と恐怖を拭えません。」
 「現在83歳になる平良さん。天皇制が再び、戦争に利用されるのではないか、その恐怖心がある一方で、現在の天皇陛下が平和を発信し続ける姿勢には心強いものを感じると話しています。」


 番組の中で対馬丸事件のことが出てきたので、2014819日、那覇市の対馬丸記念館を訪ねた時に撮った写真を貼り付けておく。

2014819
同調圧力発散装置としての象徴天皇制 

 私がNHKに望みたいのは「象徴天皇制」の意味を正面から歴史的理性的に問う番組である。日本国憲法の冒頭に、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という条文が置かれている。
 主権在民を謳った現憲法の冒頭に天皇制の規定が置かれていること自体、違和感があるが、ここで謳われた「国民の総意に基づいて存する天皇」が「象徴」として、国民を「統合する」とはどういう意味なのか--------主権者の総意に依存する天皇が国民を「統合する」という、一見、倒錯した条文を矛盾なく説明する(できる)論理、沿革的史実とはどのようなものなのか?
 こうした象徴天皇制のそもそも論
を考える材料を市民に提供する番組をNHKに求めたい。
 すでに国民の間に広く定着した象徴天皇制を今さら、と思われるかもしれない。しかし、昭和天皇が死去したとき、マスコミでは「崩御」という聞きなれない言葉が氾濫し、大半の通称「有識者」もいかめしく、この言葉を唱和した。さらに、日本国中、昭和天皇の死去を悔やむためと称した「自粛」が同調圧力となって社会を覆い、諸々の行事が相次いで中止された。
 この先、天皇の代替わりの際、マスコミをはじめ、日本中が祝賀ムード一色に染まり、言論界も仮死状態とならないか---------そのような場面で、同調圧力の強力な源としての「心情」象徴天皇制の「威力」が露見するように思える。




| | コメント (7)

自民党議員の暴言を議事録から抹消するのは公文書の「改ざん」である

2018323日 

 
渡邊美樹議員、和田政宗議員の暴言が議事録から消されようとしている

今朝の『東京新聞』の<特報>欄に「議事録からの発言削除次々」と題する記事が掲載された。それによると、自民党の渡邊美樹議員が313日に開かれた参議院予算委員会の過労死防止等に関する公聴会で出席した過労死遺族に対して「お話を聞いていると、週休7

日が人間にとって幸せなのかと聞こえる」と発言した箇所が議事録から削除することを同委理事会で決したとのことである。
 また、自民党の和田政宗参院議員が319日の参議院予算委員会で、財務省の太田充理財局長に向かって、「民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めており、増税派だからアベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているのか」と発言した件も、翌20日、自民党の申し出を受けて、予算委理事会で会議録から削除されることになった、と伝えている。

 議事録からの削除は「改ざん」である
 そこで、参議院事務局の文書課に問い合わせたところ、次の通りだった。
 ・予算委員会の理事会で渡辺議員、和田議員の該当する発言箇所を
  削除することが決まっている。その箇所を含め、目下、議事録を
  作成中である(未完)。
 ・渡辺議員の該当発言箇所は全て削除、和田議員の該当発言は一部
  を削除(書き換えではない。)
 ・こうした削除は「参議院規則」第158条に基づいてなされた。

 しかし、こうした暴言はそれ自体、発言した国会議員の資質を国民が判断する上で必要な情報であり、それを会議録から削除することは議員・政党に不都合な事実を抹消する『改ざん』=公文書の私物化にほかならない。

 削除は参議院規則にも背く
 
ちなみに「参議院規則」第158条は、次のとおりである。

 「発言した議員は、会議録配付の日の翌日の午後五時までに発言の訂正を求めることができる。但し、訂正は字句に限るものとし、発言の趣旨を変更することができない。国務大臣、内閣官房副長官、副大臣、大臣政務官、政府特別補佐人その他会議において発言した者について、また、同様とする。<以下、省略>」

 つまり、発言の「訂正は字句に限」り、「発言の趣旨を変更することができない」と定められているのである。今回の渡邊議員発言、和田議員発言は「字句の訂正」で収まるものでないことは明らかであり、当該箇所を削除すれば、「発言の趣旨」は不明となる。したがって、発言の削除が「参議院規則」第158条に違反することは明らかである。

 削除前の発言は決裁文書で残されるが公開されない
 今日、参議院事務局文書課にかけた電話の最後で、こんなやりとりをした。
 醍 醐「委員会議事録も公文書と考えてよいか?」
  (しばらく間をおいて)
 参議院「そう考えている」
 醍 醐「では、削除前(元)の発言はどこに残るのか?」
 参議院「決裁文書に残る」
 醍 醐「その決裁文書は情報公開の対象となるのか?」

 参議院「非公開としている」
 醍 醐「不開示理由のうちのどれに該当するのか?」
 参議院「そこまでここで説明できない」
 醍 醐「決裁文書も公開されないなら議事録から削除された暴言は
     国民の目に触れる機会がなくなる」
 参議院「録画はある」
 醍 醐「しかし、それでは『公文書管理法』が定めた文書主義を遵
     守することにならない」

 公文書としての議事録は国民共有の知的資源であり、国民の知る権利をかなえる公器であって、政党・政治家が身勝手に手を加えることができる私物ではない。この意味で、議事録の改ざんは国民の知る権利を冒瀆する不当行為である。


| | コメント (1)

3月3日、モリ・カケ追及第2弾 国税庁包囲&デモ、やります

2018218

モリ・カケ追及 第1弾(216日)の貴重な体験
 一昨日の2.16納税者一揆。参加者は1,100人。2,000人、いや3,000人の参加で財務省・国税庁といわず、霞が関の官庁街の歩道を(通行のスペースは空けて)埋め尽くしたいという主催者の思いには届かなかった。
 しかし、振り返ってみて、母体となる組織もなく、11人の市民の自発的意思に待つほかない納税者の集りを23千人規模にするのは容易なことではないと実感した。
 その一方で、主催者の1人として、うれしい出来事をたくさん体験した。

自発的な参加の意思と呼びかけの広がり
 一つは、開催日の10日ほど前からネット上で2.16行動への参加を呼びかける書き込みが広がっていったことである。

https://twitter.com/fufu99ri1/status/959710455949246464

「『納税者一揆』はいい言葉だなあ 今必要なのは『一揆』だと常々思っていた。日本では赤ん坊から100歳を超える老人まで、一人残らず納税者だ。むしろ旗の代わりにプラカをもち、生活の苦しさに、権力のえこひいきに、怒りで報いねばならない。押し寄せねばならない、国会へ。税務署へ。一揆大賛成」 

https://twitter.com/tmotegi1/status/961023655105855488

73歳、都内まで電車で2時間、必ずデモに参加します。」 

https://twitter.com/you16936149/status/961064326223224832 
「本当に、できること。訴えることしか術ないけど、あいにく、1日中働かないと、生活成り立っていかない! 1日の日給考えると行きたくても行けないのです。 そういう人多いのでは? どうか、東京でリタイアした方とか、代わりに声上げて下さい 少ないけど血税払ってるんだ。 行方? 気になる」

このブログにもこんなコメントが届いた。

「今日の国会中継でも麻生の態度はなんだ!彼らが居直るほどみんなの怒りが高まればいいのだが。一年金生活者ですが、香川からもデモに行くよ!」(2018214日、1722

 誰かに請われてではなく、誰かの指示に従ってでもなく、自らの意思の赴くままに行動の輪が広がることこそ、「自分の外に主人(あるじ)を持たない個人が支える本物の民主主義だと思う。

カンパがなんと178,206円!
 どうするか迷った末にデモの解散地点(丸の内
鍛冶橋)の路上で呼びかけることにしたカンパ。会計担当が集計すると、なんと1万円札3枚を含め、合計178,206円! 激励であると同時に、市民・納税者の行動もこれで幕引きなどあり得ないという叱咤と思えた。
 幸い、主催者(「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」)は2月の16日の行動日に先立って、次なる行動を相談し、33日にモリ・カケ追及の第2弾を行うことにし、大枠の段取りを決めていた。そして、216日の財務省・国税庁包囲行動とデモ行進の時に使うコール表の裏面に、33日の行動の概要を印刷して参加者に配った。

主権者の意思が通じない安倍政権
 森友・加計問題の原点は教育勅語を使った「忠君愛国」教育に肩入れしようとした安倍夫妻の「お友達」への国有財産横流しの問題(ウソ八百ではなく)「ウソ八億」だったが、この疑惑を究明するべき国会審議の場で浮き彫りになったのは、国権の最高機関たる国会や会計検査院の監視など、どこ吹く風で、安倍政権がやりたい放題の傲慢政治を改める気配が全くないという現実に行き着く(安倍首相、麻生財務相の「適材適所」発言はその極み)。閣僚、与党(議員)もそうした政権運営をチェックする動きは全くなく、ただの「頭数」に成り下がっている。

 これは森友・加計問題に限ったことではなく、相対多数の国民が反対する原発再稼働、消費税増税、あるいは沖縄県民の過半が求める基地撤去、危険な米軍飛行の中止、日米地位協定の抜本改革などに政府が背を向け続ける状況と軌を一にしている。 

 野党は時に、独自の調査に基づく追及をするが、大半はマスコミ報道の使い回しで、政府の木で鼻をくくったような逃げ切り答弁にいなされる状況が続いている。不真面目な答弁が繰り返されるなら、「では時間がないので次の問題に」と言わないで、「質問に答えない答弁では審議は続けられない」となぜ突っぱねないのか?

選挙の結果は一括白紙委任ではない
 このような安倍政権でも世論調査のたびに相対多数が支持しているではないか、と言われるかもしれない。代わりの受け皿となる政治勢力が生まれない現状こそ、深刻な問題ではある。
 しかし、選挙結果は多数党(が組織する政権)への一括白紙委任ではない。そうなら、国会の予算・決算審議もいらないし、法案審議もいらない。会計検査院の検査もいらなくなる。司法も含め、三権の分立さえ、否定されかねない。
 今の国会、政権運営を見ていると、議会制民主主義の仮面をかぶった独裁・専権政治と言っても過言でない状況である。


主権者の意思を糾合した行動しかない
 こうなると、主権者である市民が政権と国会に向かって、独自に数の力を糾合して直接、意思を突きつけ、民意の怖さを見せつけるほかない。それには、1回の行動でおしまいではなく、第2弾、第3弾と、「あきらめない主権者の数の意思」、結果にこだわる意思を誇示するほかない。そして、そうした政治参加の経験を通して、今の政権に白紙一任となってしまってよいのか、多くの国民が主権者として考え、議論を交わす機会を持つことがなによりも大切だと思う。主催者の呼びかけにすべて同意というわけでない方も参加していただいて、互いに自分と違う意見と出合い、すり合わせ、互いの持論を見直す機会にしていただければ、それほどありがたいことはない。


 私が参加する「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」が「モリ・カケ追及! 第2弾」を呼びかけるのは、こうした理由からだ。
 今回は週末の土曜日。平日に行った第1弾に参加できなかった方々も、ぜひ、参加くださるよう、呼びかけたい。

モリカケ追及!第2弾の概要とアピール・ポイント
 よびかけ一式:http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/233-dd8f.html
 チラシ:https://app.box.com/s/aqgf2wydnsudd2pxfg6fyw4suug7tp0h

 行動の概要216日と同じ)
  201833日(土)
   1330分  日比谷公園 西幸門(にしさいわいもん)集合
   1340分~ 国税庁・財務省包囲行動
   1430分  デモ出発(日比谷公園→新橋→有楽町・銀座→
          丸の内・鍛冶橋)

  アピール・ポイント 
   佐川長官 御用だ! 
   従業員用エレベーターを使った恥ずかしい「逃亡」を止めろ! 
   国会へ出てこい!

   (注)黄色のマーカーの表現の根拠は次の記事を参照
     「雲隠れの佐川・国税庁長官を発見 まるで逃亡犯のよう
      な行動」
      (NEWS ポストセブン』2018217日)
      https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180217-00000007-pseven-soci 
   佐川長官を任命したのは麻生大臣だ! 
   麻生も責任を取れ!
   麻生はニヤけた答弁やめろ! 国民をなめるな!
   安倍首相、佐川長官を「適材」とは何事だ!
   公務員は安倍の私兵ではない 国民全体への奉仕者だ!
   
(日本国憲法第15条2)
   昭恵さん、「私も真実を知りたい」はないだろう! 
   知りたいのはこっち(国民)だ! 国会で証言せよ!

   税金は政府の私物ではない 国民のために使え!

2

| | コメント (1)

«怒れる納税者・主権者で財務省・国税庁の周りをうめ尽くそう!