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日本の民主主義を安楽死させないために(1)

■沈黙する多数者■

先日、「『日の丸・君が代』強制反対予防訴訟をすすめる会」の会報『おしつけないで』No212006129日号)が届いた。読み始めてすぐに、弁護団長、尾山宏さんの巻頭言で紹介されていた徐京植氏の次の一文が目にとまった。

 「日本で民主主義が死のうとしている。抵抗しながら殺されるのではない。安楽死しつつあるのだ」(『新しい普遍性』影書房)

 最近相次ぐビラまき逮捕事件や憲法改正国民投票法案、共謀罪法案、そして日の丸・君が代強制の教育などをみると、日本の民主主義が危機に直面していることは間違いない。しかし、本当の危機はそれだけではない。むしろ、そうした時代逆流の動きに市民の側から良質ではあるが、まだまだ小規模な抵抗しか起こらず、それを見越すかのように権力者の側からの人権抑圧攻撃がエスカレートしていることにより深刻な危機があるように思える。

閣僚や政府首脳の口から、かつての植民地諸国の人々の痛みを冒涜するような発言が相次ぎ、ニューヨーク・タイムズからも批判を浴びる有様である。加害者(国)が自分の過去の侵略責任を問われて居直り、被害者(国)の正当な反論に逆切れして稚拙な反論をする様は、一昨年4月に人道支援、戦地取材のためにイラクに出向いた日本人が政府の対米追随外交(自衛隊派遣)のあおり受けて、家族ともども不条理な「自己責任論」を浴びせられたのと通底している。これでは日本の民主主義は安楽死しつつあるといわれてもやむを得ない。

ここで私が危惧するのは、沈黙する多数者のことである。その中には「良識派」と目される人たちも少なからず含まれている。アジアプレス・ネットワーク代表の野中章弘さんは自分が編集者の『ジャ-ナリズムの可能性』(岩波書店、2005年刊)のなかで、次のように述べている。

「結局のところ、NHKをダメにしているのは、海老沢会長個人というより『沈黙する多数者』である。海老沢前会長のような人びとはどの組織にも存在する。『沈黙する多数者』こそ、海老沢体制の最大の協力者であり、NHKの公共的な価値を空洞化させてきた責任を負う。」

 「最大の協力者」という表現には異論もあるだろう。しかし、それに反発するよりも、日本が「物言えぬ社会」に向かいつつあった時代に、知識人の言動がどのような軌跡を辿ったかを思い起こし、近頃わが国に見られる「総論賛同」「各論引きこもり」のねじれ現象を凝視する方が重要な気がする。

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