安全を脅かす整備の海外委託―日本航空の安全性問題を考える(2)―
整備の海外委託を容認した規制緩和
運航乗務員、整備士、航空管制官などが参加する「航空安全推進連絡会議」(以下、「航空安全会議」と略す)は、「2005年民間航空の安全確保に関する要望書」を国交省に提出した。その中で、同会議はボーイング社が推奨していた「信頼性管理型」の機材整備方式は「実際に不具合が発生するまでは、状況の監視、追跡に頼り、大事に至った時だけ手直ししようとする後手に回る発想」であり、「人命を預かる航空機においてはなじまない」と指摘し、航空機整備は本来「予防整備主体」であるべきと提言している。こうした整備の哲学を踏襲すると、4、5年間隔で機材を分解手入れする「重整備」が重要な意味を持つ。
ところが、わが国政府は、航空機のいわば「人間ドック」ともいうべき重整備も効率性追求のための規制緩和の遡上にのせ、1994年6月の航空法改定にあたって海外整備工場への重整備の委託を可とした。これを受けて、日航は中国アモイのTAECO社やシンガポールのSASCO社などへ重整備の発注を拡大していった。同社の『有価証券報告書』で2002年3月期まで開示された「事業費明細表」にもとづいて、整備の外注化の趨勢を示したのが表1である。
表1 日本航空における整備の外注率
整備費/事業費合計 外注費/直接整備費
1991年3月期 12.5% 19.4%
1992年3月期 12.9% 21.9%
1993年3月期 12.2% 28.7%
1994年3月期 11.4% 25.9%
1995年3月期 11.3% 24.3%
1996年3月期 11.0% 27.8%
1997年3月期 10.3% 28.8%
1998年3月期 10.5% 29.9%
1999年3月期 11.2% 28.5%
2000年3月期 11.1% 30.0%
2001年3月期 11.0% 34.3%
2002年3月期 12.0% 37.1%
(注1)『有価証券報告書』より作成。親会社単独ベースの数値。日本航空は2003年3月期から事業費明細表を開示していないため、それ以降の外注費は不明)
(注2)日本航空は整備費を「直接整備費」と「間接整備費」に区分し、前者の内訳として「外注費」を開示している。
海外委託による自社整備の空洞化
表1から日航の外注率の時系列の趨勢を見ると、2002年3月期には1991年3月期の約2倍になり、絶対水準でも37%に達している。ただ、表1の外注費は国内の子会社等への委託と海外委託を込みにした数値なので、これだけでは海外委託のウェイトはわからない。委託先の国内外別に整備委託費を開示した資料は見当たらなかったが、国内航空各社が会員になっている定期航空協会が2003年6月19日に自由民主党内の国土交通部会・航空対策特別委員会航空小委員会宛に提出した説明資料(標題は「航空会社の経営合理化状況」)に、総工数ベースで見た機体整備(ドック部門)の実施場所別データが次のとおり示されている。
表2 わが国航空各社の機体整備の実施場所の分布
1990年度 2002年度
自社整備 56% 26%
委託(グル-プ内) 38% 40%
外注 6% 34%
そして、この資料の側注では、主な外注先はTAECO社、SASCO社、タイ航空で、これら各社における整備コストは本邦社の約1/3の水準であったこと、その結果、1990年度から2002年にかけて、外注化の拡大で135億円のコスト削減効果があったと記されている。ここからも、整備の外注、特に海外委託は整備費削減の見地から拡大されたことは明らかである。実際、前出の表1で示した日航の事業費合計に占める整備費の割合を見ると、1991年3月期には12.5%であったのが、一時は10%台にまで下がり、2002年3月期にどうにか12%台まで戻っている。
しかし、こうした整備の海外委託の拡大(国内整備も分社化された子会社、下請化された整備会社への委託が拡大)は裏を返せば、自社整備の空洞化を意味した。前記の航空安全会議の要望書によると、日航ではこの10年近く自社の整備員は採用されず、MD11型機の重整備を自社で実施したことは一度もないという。また、運航整備も世界の10空港に委託されているばかりか、委託先に日本人整備員はいない。こうした際限のない自社整備の空洞化の行き着く先はというと、日航では中期事業計画どおりに進めば、2009年度には正社員の整備士はゼロになる、といわれている。
安全性を脅かす海外整備の実態
問題は海外の委託先での整備の実態である。これについて、前記の航空安全会議の要望書は、次のような指摘をし、重整備の海外委託を早急に止める指導をするよう国交省に要望している(以下は摘記)。
①日航では、海外委託先での整備を完了して帰着した航空機を就航前に整備すると、20~30項目の不具合がある。
②全日空では、帰着後2~3日、就航前整備を実施している。
③TAECO社は2003年4月以降、6機並行で他エアラインの整備も実施している。そのため、同社の整備員が受注エアライン別に(委託社の個別の要求に合うよう)検査の目を変え得るというのは、ほとんどありえなくなっている。
現に、例えば、
・ 2002年7月17日、SASCO社で整備を終えて日本へ回航中の日航B747機が離陸1時間後に航空燃料が噴出する事故を起した。その後の調査によると、燃料補給口の蓋が噴出していた。
・ 2003年2月3日、日航B747型機において4ヶ所で旅客用出入り口ドアの開閉の安全ピンが取り付けられたままになっていることが発見された。その後の調査によると、原因は前年4月にSASCO社で整備を実施した時に取り外すのを忘れていたためと推定された。
・ 2003年3月11日、SASCO社で重整備(実施期間、1月末~2月14日)したJA8180機がアンカレッジ空港で異常を発見した。調査で、防錆塗装の上にキリコがあったことから、機体に損傷をつけ、「不正修理」をした上で、その記録を残さなかったのではないかという疑いが持たれた(日航機長組合NEWS、17-210)。
もっとも、整備にまつわる不安材料は海外委託に限ったことではない。航空安全会議の指摘によると、例えば、日航が国内での出発確認行為を委託しているJALNAMはパートタイム整備士にこの行為を行わせているが、短時間勤務のため最新情報が入りにくく、アップデートな教育ができていないという。
人事抗争ではなく、安全性問題に切り込む調査報道を
整備の海外委託や別会社委託は、安全運航にとっての短期的な懸念材料になるだけではない。長期的な視野で見た場合、自社整備の縮小は社内での技能の蓄積と伝授を困難にし、整備の専門性の低下は整備士としてのモチベーションの劣化につながる。
従来、安全性への投資は業績向上とトレードオフ(二律背反)の関係にあるものとみなされてきた。しかし、トラブルが続発する日航から他社への乗客のシフトが起こっているのをみるにつけ、航空業界にとって運航の安全性は今や利用者を呼び戻す重要な競争力要因となっていることがわかる。
ところが、わが国の多くのメディアは、目下の日航が抱える問題を人事抗争劇に歪曲し、その帰趨に焦点を当てて当事者を追いかける「どたばた報道」に終始している。しかし、今回の日航問題の発端になったのは相次ぐ運航上のトラブルの問題だったはずである。この核心に迫る冷静な調査報道に立ち返ることが社会の木鐸としてのメディアに強く求められている。
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