茨木のり子さんの詩との出会い
訃報
一昨夜、パソコンに向かった仕事の小休止のときにWEBニュースを開くと、茨木のり子さんの訃報が流れていた。西東京市の自宅の寝室でなくなっておられるのを訪れた親戚が見つけたとのこと。その後のニュースによると、6年前に心臓の大動脈破裂に見舞われ、一命をとりとめたものの、一人暮らしで療養中だったそうだ。
童話屋で
私と茨木さんの詩との出会いは、1995年1月15日の『朝日新聞』の書評欄で、茨木さんの詩集『一本の茎の上に』を河合史夫さんが取り上げていたのを見たときだった。その中で、引用されていた「自分の感受性くらい」にしばし釘付けにされ、これはただの詩人ではないと直感した。すぐに、河合さん宛に、この詩が収められている書名を尋ねるハガキを出した。すると、数日後に、童話屋から出版された『おんなのことば』という詞華集に入っているという返事をもらった。さっそく童話屋へ電話をして渋谷駅からの道順を教えてもらい、駒場で講義をすませた帰り道、立ち寄った。
想像に反して、『おんなのことば』はポケットに入るほどの小さな詩集で、ピンク色の装丁はちょっと気恥ずかしいくらいだった。ちなみに、昨日、童話屋の場所を思い出したくて電話をすると、渋谷の書店は1997年に閉めて、今は杉並区で出版業に専念しているとのことだった。
講義アンケート
以来、私は、『自分の感受性くらい』(花神社、1977年)、『うたの心に生きた人々』(ちくま文庫、1994年)、『一本の茎の上に』(筑摩書房、1994年)、『茨木のり子詩集』(思潮社、1969年)、『倚りかからず』筑摩書房、1999年)などを読んだ。まだ、自前の教科書を持っていなかった頃、気の向くままに読んだ文学作品の中で印象に残った一節を余白に書き込んだ講義用資料を駒場の教室でよく配ったものだった。そのときに書き込んだ作品といえば、森鴎外、芥川龍之介、坂口安吾、高見順などだったが、茨木さんの作品からも「自分の感受性くらい」など数編を選んだ。
隔年担当の講義の最終回には受講生に講義アンケートをしたが、配った用紙の末尾の感想・意見欄には、講義についての感想のほかに、余白に書き付けた一こまの作品についての感想を記した受講生が十数名いた。その中には、「これが会計学とどう関係あるのですか」といった詰問調の意見や、「なんでそんなに暗い詩歌ばかり集めるのか。もっと明るくできないのか」といった拒否反応も見受けられた。しかし、こうした反応はある程度は予想したことだった。それよりも意外だったのは、「せっかく、いい作品を紹介したのだから、講義の中で触れてもよかったのに」、「毎回、若々しい詩歌を楽しませてもらった」といった感想がかなりあったことだ。目にとめてくれればいい、というぐらいのつもりで余技のように試みたことに、思いのほか反応があったことに報われた気がした。
教科書のエピローグに
その後、講義資料に加筆して、自前の教科書『会計学講義』を東大出版会から出したとき、上記の余白で紹介した作品を各章のエピローグとして再録することにした。茨木さんの作品からは、上記の「自分の感受性くらい」とともに、『茨木のり子詩集』に収められた次の詩を採録した。
世界に別れを告げる日に/ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が/あまりにすくなかったことに
驚くだろう
指折り数えるほどしかない/その日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥の/するどい閃光などもまじっているだろう
『会計学講義』の初版を出版したのは1999年だったが、その後、第2版を出版するとき、東大出版会の編集担当のIさんに向かって、エピローグに採録したい作品のことをあれこれ話しかけると、「先生、そんなことは後でいいですから、早く本文の原稿を出してくださいよ」と言い返されたのが懐かしい。
それはともかく、2001年に第2版を出すとき、エピローグに採録する茨木さんの作品のひとつを、『倚りかからず』に収められた次の詩に入れ替えた。
もはや/できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや/できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや/できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや/できあいの権威には倚りかかりたくない
ながく生きて/心底学んだのはそれぐらい
無頼派詩人
もうひとつ、私にとっての茨木さんを記しておきたい。東大出版会は毎年、PR誌『UP』の4月号に「東大教師が新入生にすすめる本」という特集を掲載しているが、2000年のこの特集に私も執筆することになった。といっても、専攻の会計学関連の書物は全く取り上げず、経済学の書物2点のほかは、無頼派を共通項にした3冊ーー坂口安吾『教祖の文学/不良少年とキリスト』(講談社文芸文庫)、窪島誠一郎『無言館ー戦没画学生「祈りの絵」』(講談社)と茨木のり子『倚りかからず』ーーを選んだ。そして、茨木さんのこの詩集の中から、次の作品を引用したあと、門外漢も顧みず、このような詩を書きつけた茨木のり子は稀有な女性「無頼派」詩人であると記した。
なぜ国歌など/・・・・・・口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
きかなければならないか
私は立たない 座っています
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コメント
内野さんから紹介されました。驚異的精力的なご活動にびっくり。私も今年から卒論指導を再開するのでがんばります。
投稿: KM | 2006年3月24日 (金) 15時03分