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日本の民主主義を安楽死させないために(2)

■大逆事件後の文学の三角形■

大逆事件が明治末から大正期にかけての多くの文学者の作風に地下水脈のように影響を及ぼしたことは森山重雄『大逆事件―文学作家論』(三一書房、1980年)などで詳しく解明されている。永井荷風はその一人で、「花火」の次の1節は有名である。

「明治四十四年慶応義塾に通勤する頃、わたしはその道すがら折折市ケ谷の通で囚人馬車が五六台も引続いて日比谷の裁判所の方へ走つて行くのを見た。わたしはこれ迄見聞した世上の事件の中で、この折程云ふに云はれない厭な心持のした事はなかつた。わたしは文学者たる以上この思想問題について黙していてはならない。小説家ゾラはドレフュー事件について正義を叫んだ為め国外に亡命したではないか。然しわたしは世の文学者と共に何も言はなかつた。私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな気がした。わたしは自ら文学者たる事について甚しき羞恥を感じた。
 以来わたしは自分の芸術の品位を江戸戯作者のなした程度まで引下げるに姐くはないと思案した。その頃からわたしは煙草入をさげ浮世絵を集め三味線をひきはじめた。わたしは江戸末代の戯作者や浮世絵師が浦賀へ黒船が来ようが桜田御門で大老が暗殺されようがそんな事は下民の与り知つた事ではない--否とやかく申すのは却て畏多い事だと、すまして春本や春画をかいてゐた其の瞬間の胸中をば呆れるよりは寧ろ尊敬しようと思立つたのである。

文中の「囚人馬車」とは、大逆罪で捕まった幸徳秋水ら7人を乗せた馬車のことである。荷風は黙って馬車を見送った自分に「嫌な心地がし」、そうした文学者たる自分に「甚だしき羞恥を感じた」という。そして、それ以来、自分の作品を江戸の偽作者の程度にまで下げる自虐的な作風に変わったという。

後年、平野謙は『石川啄木全集 第8巻』(筑摩書房、1978年)に寄せた一文のなかで、次のように記している。

 「いやしくも明治末年の文学者だったら、大逆事件に『稲光をあびたような』衝撃を受けなかったものはそんなにあるまい、と私は推定したいのである。・・・・・〔しかし〕、なんらかのかたちで制作にまで大逆事件の衝撃を造形化した人の方が異例だったにちがいない。・・・・・当時私の思いあたる範囲では、森鴎外と永井荷風と石川啄木とにもっとも精確な文学的反映を眺め得ると思えた。・・・・・『沈黙の塔』『食堂』を書き、『かのやうに』一運の五条秀麿ものを書き、『大塩平八郎』を書かねばならなかった森鴎外。『散柳窓夕栄』を書き、後年『花火』を書いた永井荷風。『時代閉塞の現状』を書き、『墓碑銘』を書き、『はてしなき議論の後』を書いた石川啄木。この三人はそれぞれ支配者の立場、知識人の立場、人民の立場から大逆事件とまともに組み、その資質・教養・社会的環境に応じて文学的に造形している。大逆事件をめぐる文学上の三角形として、それは今日もなお教訓的である。」

もっとも、このうち、前出の永井荷風については、「これ〔大逆事件〕を機会に、文学の大道を棄てて、江戸の戯作者見たいな態度で、世を茶化して過さうと、自卑的決心をした事が、意味あり気に伝へられてゐるが、私にはかういふ話は、お笑ひ草見たいに思はれる」(正宗白鳥)と突き放した批評をする同業者もある。これも故なき批評ではない。しかし、大逆事件について「わたしは世の文学者と共に何も言はなかつた。私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな気がした。わたしは自ら文学者たる事について甚しき羞恥を感じた」というのは虚飾どころか、荷風の正直な心境の告白であったことは間違いない。それどころか、そうした心境を衆目に触れる作品に外形化したところに荷風の面目があったように思える。

さらにいえば、荷風をして自分の無為に羞恥心を感じさせた背景には、大逆事件を思想問題と捉え、それにコミットすることを自分たちの本分とわきまえていた明治の文学者の気骨があったのである。これが、

「このごろ明治の文学者にますます心をひかれる。作品にといより、文学者そのものに。その生き方に。文学に対する態度に。人生と文学に対する誠実に。」(『続高見順日記』第6巻、勁草書房、1965523日より)

という高見順の言葉に共感を覚えるゆえんである。

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