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社会福祉協議会はこれでよいのか?(2)

防災放送を住民主体で

――迷い犬の防災放送を断わられた経験から――

 今回の「住民座談会」は、「地域福祉計画」を作るために住民の意見を聞く機会ということなので、日頃、私が感じている要望を2つ出すことにした。

 その一つは、近くの中学校に取り付けられている防災放送を住民主体に運用できないかということ。これまでは、行方不明になった高齢者の情報提供を求める放送が大半だった。最近は近くの小学校の下校時刻を知らせる放送も始まった。しかし、私は、その他に、住民が主体になって地域限定的な緊急放送(災害情報のほかに、企画の案内放送や防犯放送なども)にも活用できないか、と思ったのである。

 話はそれるが、私がこんなことを考えたのは3年前、近所のコンビニで出くわした迷い犬を一時引き取ったときの経験からだった。コンビニのドアの外で中をじっとのぞきこむラブラードルを見て、店員に「どうしたんですか、この犬」と聞くと、「もう1時間もそうやっているんですよ」という返事。しばらくそばに居たが、飼い主は現れず、犬もその場を離れようとしない。仕方なく、家へ電話をして連れ合いにひもを持ってくるよう頼み、家へ連れて帰った。

 しかし、当時、わが家には2匹の犬がいた。連れ合いは、「もうこれ以上、うちは無理だからね。早くどうにかして!」と激しい剣幕。そこで、私はとっさに、防災放送で流せば、飼い主が現れるかもしれないと思って、市役所に電話をした。しかし、応対に出た職員は「私の一存では決められない。明日上司に確かめて返事をする」という「模範解答」。

 仕方なく、その日はあきらめて、コンビニ周辺の植木の柱や電柱に厚紙に書いたポスターをくくり付け、飼い主の現れるのを待ったが、音沙汰はなかった。翌朝早く、市役所から電話が入ったが、犬のことまで放送はできない、という素っ気ない(予想した)返事。

 結局、翌日夕方、わが家から300mほど離れた飼い主が現れ、慣れた様子で引き取って行った。後で考えると、その日の朝、ラブラードルと散歩の帰り道、飼い主宅のすぐそばを通ったが、犬はそちらに向かう気配はまったくなかった。

社協のために福祉があるのではない

 話が脱線したが、住民座談会の後半に数名の福祉委員から、次のような意見が出た。

「最近、住民の皆さんは個人情報に敏感になり過ぎているように感じる。あまりに神経質なので活動がしにくい」。

「役所は個人情報保護を理由に、どの世帯に高齢者がいるかという情報を我々にくれないので、活動がやりにくい。」

気持ちはわからないではない。しかし、高齢者(のいる世帯)からみたらどうだろうか? そう考えていたら、さきほど発言したKさんが再び立ち上がって、こう言った。

 「だから、私はそういうきめ細かな仕事は地域で日常的に活動をしている自治会がやるべきだと言うんですよ。だってそうでしょ、皆さんは地域のことをどこまで知っていますか?」

 そこで、私も1年ほど前に近所のある知人から聞いたこんな話を引きながら発言した。

 「ある日、民生委員が受け持ち区域の一人暮らしのお年寄り宅を訪ね、玄関先で、『何か困り事はありませんか?』と話かけたそうです。そのお年寄りはあたりさわりのない返事をして民生委員に引き取ってもらったそうですが、後で近所の知人に『面識もない人に突然訪ねられても、気持ち悪いわよねえ』と話したそうです。皆さんは、このお年寄りの感想をどう思いますか? 私は至極もっともだと思いました。

  個人情報があちこちで漏れる今の時代、住民が自分の個人情報に神経質になるのはやむを得ないことです。そういう意識を変えてほしいというのではなく、そういう意識を前提にして誰が何をできるかを考えるべきではないですか? その意味で私も、高齢者の人への声かけ運動などは、地域でネットワークのある自治会が担う仕事だと思います。」

 
帰宅後、このやりとりを連れ合いとしながら、あれでは、社協のために福祉があるかのような発想ではないかと思えてならなかった。

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