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人を憎んでミスを憎まない日勤教育

 これまで2回の記事では、JR西日本が行ってきた日勤教育が乗務員の人格権をいかに蹂躙するものかを見てきた。今回は、日勤教育が安全教育という面でどういう意味を持っていたのかを考えてみたい。

ミスを憎んで人を憎まず――ヒュ-マン・エラ-への対処の原則――

 福知山線脱線事故の発端になったオ-バ-ランのような運転士(人間)の操作ミスは「ヒュ-マン・エラ-」と呼ばれる。その中には、ひとつ間違えれば大事故につながるような出来事も含まれる。こうした事故一歩手前のトラブル(ヒュ-マン・エラ-に限られないが)のことを「ヒヤリハット」と呼んでいる。ヒュ-マン・エラ-やヒヤリハットを、それらが起こった状況を分析することによって、有効な事故対策を立案するための生きた基礎資料として活用するというのが交通におけるリスク・マネジメントの基本とされている。
 しかし、企業内での取り扱いを見ると、ヒュ-マン・エラ-やヒヤリハットの調査はエラ-をおかした個人の責任追及のために行われる傾向が強い。そのため、ミスを起こした状況の共有化が進まず、安全教育は精神主義的な懲らしめに流れる場合が多いといわれている。これについて、二つの専門的文書に記された見解を紹介しておきたい。 一つは、国土交通省自動車交通局内に設置された自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会が2002年にまとめた報告書『ヒヤリハット調査の方法と活用マニュアル』https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/09/090722/03.pdfである。その中で次のような指摘がされている。
 「ヒヤリハット調査はヒヤリハットを起こしやすいドライバ-を特定し、個人責任の追及のために行うわけではない。ヒヤリハットの経験をドライバ-個人の経験に止めず、全てのドライバ-が共有することにより、ヒヤリハットの起こる状況、つまりヒヤリハットの起こる構造性をつかみ、より有効な事故リスクの低減のための対策を講じることにある。」
  こうした基本哲学に続けて報告書は、ヒヤリハット調査を成功させる3つの鍵を示しているが、その1つとして「ヒヤリハットの申告に対して、不利な扱いはしない」、むしろ、「申告を大いに歓迎し、事故対策の糧とする」と記している。報告書は、これとは逆に、ヒヤリハット調査失敗の3つの鍵の1つとして「ヒヤリハットの申告を個人の評価に使う」ことを挙げている。


 もう一つは、福知山線脱線事故をきっかけに国土交通省内に設けられた「公共交通に係るヒュ-マンエラ-事故防止対策検討委員会」がこの4月に公表した「最終取りまとめ」http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/01/010426/01.pdfである。その中に次のような指摘がある(下線は醍醐が追加)。
 「従来、ヒュ-マンエラ-が関連する事故やトラブルが発生すると、エラ-をおかした人間の不注意(ミス)のみがあげつらわれる傾向があるが、不注意は災害の原因ではなく結果である。なぜエラ-をおかした人間がそういう不注意を招いたかの背後関係を調べることが重要である。」 「このようなシステム全体を考えるアプロ-チをとらないと、『ヒュ-マンエラ-』を単なる『失敗』と同一視して、エラ-をおかした人間だけをどう改善するかということが問題視され、エラ-防止に有効なシステム改善がなされないで終わる危険がある。」
 以上のような考え方は一口でいえば、「ミスを憎んで人を憎まず」という安全対策の哲学と呼ぶことができる。

人を憎んでミスを憎まない日勤教育

 言われてみれば当たり前のことだが、これと対比してみると、JR西日本が行ってきた日勤教育は「人を憎んでミスを憎まない」前近代的な個人制裁と呼ぶべきものであったことが思い知らされる。つまり、

 1.日勤教育中、乗務手当を支給しないというやり方は、ミスの申告を個人の評価に用いないという原則と背反している。
 2.その結果、ミスをおかした状況の共有が妨げられる。福知山線脱線事故でオ-バ-ランをした運転士が車掌にミスを過小に報告するよう頼んだのはその一例といえる。
 3.日勤教育の内容はミスをおかした個人の責任追及、陰湿な制裁の場となっており、エラ-が起こった背後関係の調査・検討がなおざりにされるため、ミスを安全対策の基礎資料として活用する途が閉ざされている。
 4.さらに言えば、JR西日本は事故当時も、1秒単位で運転の遅れを報告させ、遅れの程度に応じてボ-ナスを減額する仕組みが採用されていたという。そうなると、運転士は途中で遅れが出た場合、「回復運転」と称する無理なスピ-ドアップに駆られる心理的状況に置かれるのは必定である。

 こうした事故の因果関係からすれば、JR西日本の運転管理者(使用者)が安全配慮義務違反ないしは業務上過失致死傷容疑で刑事責任を追及されるのは当然といえる(asahi com, 2005年4月29日、0628分)。

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