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わいろ献金お助け判決―熊谷組政治献金判決を考える―

熊谷組の政治献金をめぐる係争事件の争点
  8月30日、福井地裁は熊谷組(本店福井市)の政治献金をめぐって争われた株主代表訴訟で原告(株主オンブズマン)の訴えを退ける判決を言い渡した。この件では数日前に『朝日新聞』福井総局と『毎日新聞』福井支局から判決に対するコメントの依頼を受けた。判決の翌日の両紙朝刊に掲載された記事は次のとおりである。私の元のコメントはもっと長いが、紙面の制約からかなりカットされた。

『朝日新聞』福井版、2006年8月31日
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kumagaigumi_kenkinhanketu_asahi.pdf

『毎日新聞』福井版、2006年8月31日
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kumagaigumi_kenkinhanketu_mainichi.pdf

  この訴訟の争点は、①熊谷組が1993~99年にかけて自民党長崎県連に対して行った政治献金(総額2500万円)は見返りとして諫早湾開拓企業に関連する公共事業の受注を期待したわいろにあたるのかどうか、②本件献金は国民の参政権、国民主権を侵害するものかどうか、③本件献金は株主の政治的信条の自由を侵害するものかどうか、④本件献金は熊谷組の定款の目的の範囲外の行為かどうか、⑤本件献金は選挙に関して寄附を行うことを禁じた公職選挙法第199条1項に違反するのかどうか、⑥本件献金は取締役の善管注意義務に違反するのかどうか、という点であったが、福井地裁判決はいずれの争点についても原告の訴えをほぼ全面的に退けるものであった。

見返りを期待すればわいろ、見返りを期待しなければ会社財産の目的外浪費
ーー政治献金に宿る二律背反ーー

  もともと、企業の政治献金は、見返りを期待するものであればわいろにあたり、見返りを期待しない(できない)ものであれば、取締役が株主から受託した財産を会社目的外に浪費したこと、つまり、取締役の職務遂行上の善管注意義務違反が成立するという二律背反の原罪を背負っている。今回の判決で私がもっとも注目したのは、企業の政治献金に宿るこのジレンマを裁判所がどのように裁くのかという点だった。これを本件の争点にあてはめていうと、争点①で被告無罪(見返りを期待した献金でない)となれば、争点⑥で被告有罪(会社財産の目的外浪費)とならざるを得ず、逆に争点⑥で被告無罪となれば、争点①で被告有罪とならざるを得ないのである。

  もっとも、争点①と争点⑥は同じ次元で両立するしないを論じられる性格の問題ではない。なぜなら、株主は違法行為を犯してまでも取締役に会社の利益を追求するよう期待することはできないから、争点①に関してある献金が違法と判断されれば、争点⑥に関して、その献金が会社に利益をもたらすと期待できるものであっても、そのことをもって争点①の違法性が相殺免責されるものではない。

福井地裁は政治献金に宿る二律背反をどのように裁いたか?
  上記の二律背反に関する福井地裁の判断は次のとおりである(以下、「判決要旨」より引用)。

  「熊谷組がほかのゼネコン各社とは全く異なる理由で本件寄附をしたという被告らの主張に副う各証拠をそのまま信用することはできず、少なくとも、本件寄附には、公共工事の受注上の不利益を回避する目的があったことは否定できないと認められる。
  そして、このような性質を有する県連に対する寄附は、発注先である県と企業との間の癒着を招き、贈収賄等の犯罪の温床となる危険性を有するから、コンプライアンス重視の観点からすれば、可及的に解消されることが望ましいといえる。」

  「しかしながら、熊谷組が営利法人であることを考慮すれば、競合する多数の会社が政治資金を寄附している状況下で、寄附を拒否することによって生ずる営業上の困難を防止するという意味で、本件寄付が会社の利益となっていたことは否定できないから、本件寄附をもって、熊谷組の目的の範囲外の行為であるということはできない。」

  一読してわかるように、判決は争点⑥では本件寄附が公共事業の受注に絡んで会社の利益に資するものであったことを認めた。そのうえで、争点①に関しても、一般論として企業の政治献金は贈収賄の温床になる危険性を有するから可及的に解消されることが望ましいとも述べている。
  ところが、本件寄附のわいろ性はどうかとなると、次のように述べて争点①についても被告無罪の判断を導いている。

  「長崎県連に対する寄附と長崎県からの公共工事の受注額との間に明確な相関関係があるとはいえないから、本件寄附が賄賂に近いものであると評価することはできない。」

  つまり、原理的にいえば、被告にとって二律背反の争点①と⑥について、福井地裁は「寄附と工事受注額の相関関係」という新たな判断基準を挿入することによって、本件寄附が会社の利益に資する見返りを期待できるものであることを認めながら、そのわいろ性を否定するというレトリックを仕立て上げたのである。

献金額と工事受注額の相関関係を使い分けて二律背反の宿罪を放免した判決
  しかし、争点①に関して寄附と工事受注額の相関関係を判断基準にするのであれば、争点⑥に関しても同じ相関関係を判断の拠り所にするのが首尾一貫した判決というものである。とすれば、同業他社との対比で寄附の額に比べて受注額が不相応に少ない分(わいろ性が乏しいと見なされる根拠になった対価性がない分)は会社財産の目的外浪費にあたると判断し、取締役の責任を問うのが道理である。ところが、判決は、争点⑥に関しては寄附と受注の金額の相関関係には何ら言及せず、献金をしなかった場合との対比で献金の効果を認定している。

  反対に、判決が争点⑥で示したように、同業他社との相対関係で献金と受注額の相関性を問題にすることなく、献金が会社の利益に資する効果を期待できるものであったとみなすのであれば、争点①で献金が見返りを期待するわいろにあたると認定するのが首尾一貫した判断である。

  このように献金額と工事受注額の相関関係を便宜的に使い分けて、原理的には二律背反の争点①と⑥を「双方両立」を導くよう仕立て上げたところに今回の福井地裁の最大の特徴がある。私が今回の福井地裁判決を「わいろ献金お助け判決」と評したのは、つぎはぎの判断基準で本件政治献金のわいろ性を退け、とにもかくにも被告無罪に着地する苦肉のシナリオを仕立てあげたと考えたからである。

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