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受信料未収金に関する質問書

 今日、橋本NHK会長宛に「受信料未収金に関する質問書」を送った。以下はその全文である。先に掲載した「民事督促に関する質問書」(服部孝章教授と連名で送付)とあわせ、11月2日までに文書による回答を要請した。

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                                                           20061026
NHK会長
橋本元一 様
                       
受信料未収金に関する質問書

  拝啓 貴職におかれましてはNHKの発展のため、ご多忙の毎日をお過ごしのことと存じます。
 さる105日の会見において、橋本会長は、都内の48件を対象に、一定期間までに支払いに応じない場合は、法的手続きに移行することを検討せざるをえない旨通知し、通知後も一定期間を経過しても支払いがなければ、簡易裁判所に支払い督促(以下、「民事督促」という)を申し立てる、と言明されました。そして、今後、支払い督促の対象数や実施地域を順次拡大していくとともに、未契約世帯にも民事訴訟を起こすことも検討すると発言されました。

しかし、こうした措置を検討する際には、受信料未収金の状況を視聴者に対して的確かつ十分に開示し説明する責任がNHKにあります。そこで、以下の質問をいたします。これについて、112日までに各質問項目ごとに文書で本状の差出人宛てに、ご回答くださるよう、お願いいたします。
                             東京大学大学院経済学研究科教授
                                 
醍醐 聰

  
NHKの過去5年度の単体決算書によれば、受信料未収金と未収受信料欠損引当金の推移は下記の表に示したとおりです。これについて、以下、質問をします。

 
1.現在、未契約者は1000万件近くに上るといわれていますが、下記の受信料未収金 には未契約者に係る未収金も含まれているのかどうか、ご説明下さい。含まれているのであれば、既契約者に係る受信料未収金と未契約者に係る受信料未収金をそれぞれ明示下さい。

 2
.受信料の時効については明文上の規定も判例も見当たりませんが、民法解釈上は商事債権に準じて最長5年とする説が有力です。下記の受信料未収金あるいは未収受信料欠損引当金への繰入額を算定するにあたって、受信料の時効が考慮されているのかどうか、考慮されているとすれば、(年数も含め)どのように考慮されているのかご説明下さい。また、考慮されていないとすれば、なぜなのか、ご説明下さい。

 
3.下記の表によれば、NHK2001年度~2004年度には受信料未収金の8687%を未収受信料欠損引当金に繰り入れ、2005年度には受信料未収金の約95%を未収受信料欠損引当金に繰り入れています。NHK2005年度決算書に記載された「重要な会計方針」によれば、「未収受信料欠損引当金」とは、「当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を経験率等により計上」した科目と記されています。

 
他方、NHKの経理規程によれば、「協会の経理は、原則として企業会計原則による」(第4条)と定められています。しかるに、企業会計原則は、「受取手形、売掛金その他の債権の貸借対照表価額は、債権金額又は取得価額から正常な貸倒見積高を控除した金額とする」(第3 貸借対照表原則5C)と規定されています。

 
とすれば、NHKは受信料未収金の8595%を正常な収納不能見積高とみなしていることになりますが、なぜ、これほど高い割合の受信料未収金を収納不能とみなしているのか、ご説明下さい。

        
表 NHKによる受信料未収金の償却割合
     
  年度   受信料未収金  未収受信料欠損  引当率 

            (A)         引当金(B)    (B)/(A)
  2001           24,633                21,110               85.7
  2002           26,625                23,114               86.8
  2003           26,805                23,925               86.9
  2004           37,383                32,653               87.4
  2005           64,166                61,086               95.2
    (NHKが公表した各年度決算書にもとづき作成)

4.NHKの毎年度の決算書に記載された「重要な会計方針」の中の「未収受信料欠損引当金」の計上基準によれば、2003年度決算までは、「当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を経験率により計上している」と記されていましたが、2004年度決算からは、「当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を経験率により計上している」(下線は醍醐が追加)と記されるようになっています。

 
4-1 ここでの「経験率」とは具体的にどのような内容を指すのか、ご説明下さい。
 
4-2 2004年度決算から、「経験率等」と記されていますが、「等」が追加された理由をご説明下さい。

5.『週刊朝日』20061027日号に掲載された記事「『法的督促』のウラで『保留』黙認のチグハグ」によれば、受信料の「支払いを再開したいが1年分の滞納料金を一度に払わなければならないのか」という視聴者の問いに対し、NHK広報局は、「お支払いいただいていない期間分全額のお支払いをお願いしますが、一度にお支払いいただけないようであれば、一部分を先にお支払いいただき、残りの部分は後からご請求するということはあります」と回答されたとのことです。

 
しかし、私が共同代表を務める「NHK受信料支払い停止運動の会」が去る1015日から同22日まで実施した「民事督促相談ホットライン」には、「この2ヶ月分の支払いをしてもらったら、いままでの未納分はもういいと集金人に言われた」、「支払いを再開してくれたら今までの分はチャラにすると言われた」という声が各地の視聴者から多数、寄せられました。また、E・メールでも私たちの会へ集金人から同様のことを言われたという情報が寄せられています。そこで、お伺いします。

 5
-1 上記のような情報が確かだとすれば、NHKは支払い再開と引きかえに滞納額の大半の支払いを免除しているのも同然ですが、橋本会長はこうした実態があることを承知しておられますか? 承知しておられるとしたら、黙認しておられるのかどうか、お答え下さい。
 5-2 上記のような実態が事実だとすれば、民事督促を通じて一部の受信料滞納者に対し、滞納額の全額を法的手段に訴えて督促する一方、少なからぬ滞納者に対し、滞納額の大半を事実上免除するという不公平な扱いがされていることになります。これについて貴職の見解をお示し下さい。
                                  
以上

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民事督促で橋本NHK会長宛に質問書を送付

  今日、NHK橋本会長あてに、2通の質問書を送った。以下は、そのうちの1通ーー服部孝章教授(立教大学)と連名で送った、滞納受信料への「民事督促に関する質問書」である。

               **********************************************                                                       
                               20061026

NHK会長
橋本元一様

民事督促に関する質問書

 拝啓 貴職におかれましてはNHKの発展のため、ご多忙の毎日をお過ごしのことと存じます。
 さて、105日の会見において、橋本会長は、都内の48件を対象に、一定期間までに支払いに応じない場合は法的手続きに移行することを検討せざるをえない旨通知し、通知後も一定期間を経過しても支払いがなければ、簡易裁判所に支払い督促(以下、「民事督促」という)を申し立てる、と言明されました。そして、今後、支払い督促の対象数や実施地域を順次拡大していくとともに、未契約世帯にも民事訴訟を起こすことも検討すると発言されました。

しかし、こうした措置には以下のような重大な疑義がありますので書面で質問をいたします。112日までに文書で本状の差出人宛てにご回答くださるよう、お願いいたします。                        

                                    敬具

   服部孝章(立教大学社会学部教授)
             
醍醐 聰(東京大学大学院経済学研究科教授)

(質問1)放送法施行規則第6条7項では、「受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法」を受信契約で定めておかなければならないと記されています。
したがって、NHKが受信料の支払いを延滞した視聴者に対して、上記のような民事督促を申し立てるのであれば、そうした追徴方法をあらかじめ受信規約に定めておく必要があるはずです。

ところが、現行のNHK受信規約をみても、第12条で延滞利息の率が明記されているだけで、受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法を定めた規定は見当たりません。これでは、NHKが近く踏み切ると予告している受信料滞納者への民事督促は放送法施行規則第6条7項に違反し、法的裏付けのない追徴方法であると考えられます。これについての貴職の見解をお答え下さい。

(質問2)放送法施行規則第6条7項では、「受信契約の締結を怠った場合・・・・・・における受信料の追徴方法」を受信契約で定めておかなければならないと記されています。したがって、NHKが未契約者に対して、上記のような法的措置を講じるのであれば、そうした追徴方法をあらかじめ受信規約に定めておく必要があるはずです。

ところが、現行のNHK受信規約をみても、第12条で延滞利息の率が明記されているだけで、受信契約の締結を怠った場合における受信料の追徴方法を定めた規定は見当たりません。これでは、NHKが近く踏み切ると予告している未契約者への法的措置は放送法施行規則第6条7項に違反し、法的裏付けのない追徴方法であると考えられます。これについての貴職の見解をお答え下さい。
                                     
以上

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受信料の民事督促をめぐる3つの重大な疑問

 10月上旬、NHKは東京都内の受信料不払い者48名に対し、支払い督促の最後の通告を行ったと発表し、それでも支払いに応じない場合は、11月以降、簡易裁判所を通じて民事督促に踏み切ると伝えられている。この報道を受けて、駆け込み的な支払い再開が急増した一方、支払い拒否も急増しているという。しかし、今回の民事督促には重大な疑問が3つある。

 一つ目の疑問は、民事督促という手段に法的根拠が欠けているのではないかという点である。どういうことかと言うと、放送法施行規則第6条7項では、「受信契約の締結を怠つた場合及び受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法」を受信契約で定めておかなければならないとしている。しかし、NHKの受信規約をみても、第12条で延滞利息の率が明記されているだけで追徴方法に定めた条項はどこにもない。とすれば、NHKが近く踏み切ると予告している民事督促は放送法施行規則第6条に違反し、法的裏付けのない追徴方法である疑いが濃いのである。

 2つ目の疑問は、受信料請求権の時効についてである。判例はないが一般には最長でも商事債権に準じて5年とする説が有力である(詳細は、阪口徳雄弁護士のブログに掲載された次の記事を参照されたい(http://blogs.yahoo.co.jp/abc5def6/folder/1470093.html)。
 そこで、かりに消滅時効を5年とすれば、過去の滞納分のうち5年を超える分は不払い者が承諾しなければ時効となり消滅することになる。その場合、NHKが2ヶ月ごと、あるいは年1回、支払いの催告や請求を続けていたら時効は中断するのかというと、そうではない。催告等の日から6ヶ月以内にNHKが裁判上の支払い督促の申立て等をしなければ時効を中断する効力は生じないのである(民法153条)。ところが、NHKは、順次、民事督促を拡大していくと発表したものの、消滅時効となる可能性が高い債権について何も言及していない。まして、数百万件といわれる未契約者については、契約を証する書面がなければ5年未満の滞納受信料についても請求権の存在さら疑わしい。 

 3つ目の疑問は、決算処理との整合性である。NHKは下記の表で示したように、毎年度の決算で流動資産の部に「受信料未収金」を計上する一方、その85~95%相当分を「未収受信料欠損引当金」に繰り入れている。NHK決算書に記載された「重要な会計方針」によると、この「未収受信料欠損引当金」とは、「当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を経験率等により計上」した科目である。帳簿上で償却しても法的に債権が失効するわけではないが、民事督促で回収を図ると言いながら、90%前後の受信料未収金を決算上で徴収不能として償却するのは整合性の欠ける処理といわれてもやむを得ない。
 表 未収受信料の償却割合
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/mishuzyusinryo_shoukyaku.pdf
  (本稿は近く公刊される「日本ジャーナリスト会議」の機関紙に寄稿した小論に一部、加筆をしたものである。)

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「朝日新聞」<ひと>欄に掲載された記事をマイリストに追加

古くなったが、2003年2月2日の「朝日新聞」<ひと>欄に掲載された私のインタビュー記事をWORD文書に変換して、マイ・リスト(私の仕事:新聞記事等)に掲載した。

  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/asahisinbun_hitoran.pdf

これは、私が2003年1月の任期切れの折に、慣例に反して、情報通信審議会の委員を再任されなかったいきさつを語ったものである。聞き手は、私が情報通信審議会の委員当時、何度か取材を受けた「朝日新聞」経済部の宮崎記者である。
    

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教育に自由の風を吹き込んだ9.21東京地裁判決

10月8日付で発行された、「東京『日の丸・君が代』強制反対裁判をすすめる会」のニュース誌『リベルテ』第5号に表題のようなタイトルで小論を寄稿した。そのPDF版は次のとおりである。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/liberte_opinion.pdf

本稿はさる9月21日に言い渡された、国旗・国歌の強制反対裁判に対する東京地裁判決について論評したものである。この裁判は正式には「国歌斉唱義務不存在確認請求訴訟」(通称、予防訴訟)と呼ばれている。平たく言うと、卒業式等の学校行事において起立して国歌を斉唱する義務が教職員にはないことの確認を司法に求めたものである。

これについて東京地裁は原告の訴えを全面的に認め、国旗に向かって起立し、君が代を斉唱することを義務付けた東京都教育委員会の通達とそれにもとづく校長の職務命令を、違憲・違法と断じた。詳細は本文を一読いただけると幸いである。

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書評:石川純治著『変わる社会、変わる会計』(2006年、日本評論社刊)

「本のなかの会計」から「社会のなかの会計」へ

 今も拙宅宛に会計学関係の献本を数多くいただいている。居ながらにして新刊書に触れられるのはありがたい。しかし、中身はというと、半分ほどは大同小異の教科書、受験参考書である。専門書といっても、海外の会計基準の動向を追いかけた解説書か、会計技術の解説に始まって解説で終わる内向きの書物が多い。そんななか、石川純治氏(駒沢大学教授)が公刊した本書の「はしがき」に記された次の一節は、私の日ごろの実感と近く共鳴するところが大であった。

  「会計が社会のなかで現実にどのように機能しているかをみるには、10の論文を読むより1つの時事や実話(新聞・雑誌などの記事)を素材にした方がよっぽどタイムリーで有益な場合が多い。」

  「むろん新聞などの記事がすべて真実であるとはかぎらないが、総じていえば学者の手による書物よりも、ずっとタイムリーでリアリティーに富んだ素材を提供しているというのが筆者の実感である。」

  「本のなかの会計ではなく、社会のなかの会計の学習、これが本書の目的である。」

 このような問題意識にそって本書は、27のトピックスを収録している。どれも、著者のホームページ「時事会計教室」に書き留められた記事のなかから選ばれたものだけあって、時論とはいっても、入念で行き届いた編集の跡が窺え、「単なる時事解説にとどまらず理論的視点も随所に織り交ぜている」(はしがき)という著者の意図が十分に達成されていると感じさせられた。また、27のトピックスのなかには、「5 アカウンティング・スクールの苦戦」、「7 会計改革と司法改革」のように、会計の周縁で起こっている近年のトピックスも含まれている。さらに、会計に関わるトピックスを扱った章でも、「公と私のはざま」で揺れる会計士の実像、統計的有意性を振り回す資本市場ベースの実証研究の危うさなど、会計に携わる主体の研究スタイルや自己規律、倫理に警鐘を鳴らした項もあり、著者の関心と見識の広さを読み取ることができる。

 ここでは、これら27のトピックスのなかから、評者の最近の関心と重なる「新会社法における剰余金分配の自由化」問題に絞って、感想を書き留めることにしたい。本書に収録されたその他のトピックス、たとえば、彼我の会計基準に顕著な違いがあるのれんの償却問題や見せかけの資本増強策となっている税効果会計などについては、今後、順次、感想を書き留めていくことにしたい。

開示制度の拡充で剰余金分配規制の緩和を代替できるのか?

会計学界では、会計計算と関わる新会社法の規定が最近の話題の種の一つになっている。先日もある出版社の編集者と電話でやりとりをしたとき、「先生は今の教科書を直されるのですか?」と聞かれた。以前から、私は法令の改廃に合わせて年毎に改訂を重ねる法学部の教科書の献本を受け取るたびに、ダイヤ改正がビジネス・チャンスになる時刻表を思い浮かべるのが習いになっている。出版社は法制度がどういう理由で改訂されたのか、改訂は合理的なものなのかどうかは二の次で、改訂された箇所をすばやく取り込み、それなりの解説を書き足して教科書の市場性を維持することで手一杯のようだ。法令の改廃に関わった省庁や審議会委員が改訂のたびに特集を組む雑誌への解説記事の執筆に追われ、あちこちの雑誌の座談会にはしごで登場するのは理解できないではない。しかし、学会に所属する多数の研究者までが、法令の改訂箇所の解説に励み、座談会に参加しても改訂の当否に触れることは少なく、付和雷同の発言が目立つのはどうしたことか?

本書は、3つ目のトピックスとして、剰余金分配の自由化問題を取り上げている。そして、今回の新会社法が最低資本金規制を緩和・撤廃し「1円資本金会社」も認めたこと、期中で随意に「臨時計算書類」を作成して、その時点までの利益を原資に分配を可能にしたこと、その結果、理屈の上では「1年中会計、1年中監査、1年中開示、1年中配当」が起こりうる状況が生まれたことを手際よく解説している。また、「会社財産の横断的規制」という表現の下に、分配財源が資本か利益かを問わない制度が採用されたこと、そうした規制緩和を開示制度の拡充で代替するため、新たに株主資本等変動計算書や上記の臨時計算書類が導入された経過がわかりやすく説明されている。

しかし、こうした剰余金分配の自由化は、これまで商法が金科玉条のようにしてきた資本充実の原則、配当可能利益規制とどのように関わるのか、明快な説明は見当たらない。不思議なことに、商法学者の間から、こうした制度の抜本的転換について、批判的な検討がほとんど見当たらず、改訂箇所の解説にいそしむ研究者が後を絶たない。比較でいえば、むしろ、会計学者の間から、そうした剰余金分配規制の緩和に疑問が投げかけられてきた。資本剰余金からの配当も自由化した商法改訂、新会社法の制定は、企業会計の大原則である「資本と利益の区別の原則」とどう折り合いをつけるのか、突っ込んだ議論が避けられないからである。

債権者・少数株主の保護はどこへ行ったのか?

もっとも、企業会計の守備範囲からいえば、資本剰余金から分配がされた場合、分配を受けた株主の側で分配相当額を投資勘定からのマイナスと記帳して、当該分配がインカム・ゲインではなく、投資の払い戻しであることを明らかにすれば済む話ではある。しかし、分配会社の債権者から見れば、従来、株主総会の承認事項であった利益配当が、定款の変更により、取締役会の決議だけで期中のどの時点ででも実施できる、資本剰余金からの分配も含む剰余金分配へと変更された影響は小さくない。債権者から見たこのような不利益変更を上記のような開示制度の拡充で果たして代替・補償できるのかどうか――この点が問われなければならないのである。

 この点でいうと、上記の株主資本等変動計算書は、会社財産の横断的分配等の結果を事後的に開示する制度であって、当該分配に関する取締役会の判断を事前に牽制・監視する手段ではない。となると、たとえば、経営が危機に瀕し、利益剰余金が存在しない会社が資本剰余金を原資に会社財産を駆け込み的に分配した後、翌期になって破綻した場合、どうなるのか?

 この場合、当該分配が利益からの配当ではなく、資本からの分配(払い戻し)であることを後から知らされたところで、債権者、特に会社のガバナンスに関与できない従業員や分散した取引先債権者は自分の債権を保全する術がない。不服があれば、不当な分配による損害賠償の訴訟を起こせということなのか? しかし、長期化が予想される訴訟に持ち込む債権者がどれほどいるのか疑問であり、訴訟を見送った債権者は結局は泣き寝入りとなる。また、訴訟に持ち込んだ場合も、配当財源を利益剰余金に制限していれば、違法配当を立証することは比較的容易であるが、資本からの分配も認められる制度の下では、当該分配が会社の支払い能力を危うくするものであったかどうか、破綻との因果関係はどうであったかという立証責任を債権者が負わされることになり、裁判の帰趨は不透明になる。

 しかし、そもそも論をいえば、株主と債権者の利害に直結する配当規制とは、こうしたコストが予想される事後の個別的紛争処理に委ねるのではなく、事前の規制によって少ないコストで利害を集合的に調整するための知恵ではなかったのか? 経済産業活性化のため会社に最大限の自由を与え、経営の機動力を高めるという通り一遍の謳い文句でこうした知恵を易々と投げ捨ててよいのか?

 

支配と責任を均衡させる制度設計

これについて、石川純治氏は本書のなかで、次のように記している。

  「経営の自由度の増大はいいが、自由(定款自治)と規律(受託者責任、説明責任)はセットだ。後者の面での会計制度の再設計が必要になってきたわけで、株主資本等変動計算書や臨時計算書類はその一例といえる。特に、臨時計算書類は取締役会で確定できるので、それも含めて剰余金配当の規律面での論議が重要に思える。」(47ページ)

 自由と規律はセットであり、経営の自由度には規律が求められるという著者の主張はそのとおりである。問題は、株主資本等変動計算書や臨時計算書類の開示が経営の自由度に見合う規律として果たして有効なのかどうかである。私見では、今回ほど大胆に経営に自由度を与えるなら、それに対応する規律の方も、より実効性を期待できる大胆なものを採用すべきである。たとえば、「支配なくして責任なし」が群小株主から資本を糾合するのに適合した有限責任の法理だとすれば、その裏返しで「支配あるところに責任あり」の法理――会社の意思決定に支配的な影響力を行使できる大株主等には、投資額を超える対債権者責任を求める制度――の採用が検討されてしかるべきではないか? 現に拙稿(「支配会社のリーガルリスクと連結会計制度」『経済学論集』第65巻第3号、199910月)でも紹介したように、アメリカでは連邦あるいはいくつかの州の会社法、労働法、環境法などで、支配的株主について有限責任を排除する法制度を採用した例や、融資先の企業の経営にコミットした債権者の債権は他の債権よりも劣後扱いをするルールを法制化した例が見られる。

少数株主や分散する債権者の利益をいかに保護するかという観点から「自由」と「規律」の均衡をより具体的実践的に検討すると、「支配」と「責任」を均衡させた法制度が必要になると考えられる。

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