国際命令放送再論
「命令」を「要請」に―ー姑息な言葉いじりーー
総務省は放送法にある、NHKのラジオ国際放送に対する「命令放送」の条文を「命じる」から「求める」に改めるとともに、NHKに「求め」を応諾する義務があるとする規定を追加する方針を固めたと伝えられている(NIKKEI NET/2007.1.10/07:00)。「要請」と改めることで「番組編集の自由の侵害」という批判をかわすねらいがあるようだが、「応諾義務」を付した「要請」という用語は一種の形容矛盾であり、人を喰った表現といっても言い過ぎではない。
また、総務省は放送命令にあたっては「番組編集の自由を尊重する」との規定を新設するとも伝えられている(NIKKEI NET、同上)。しかし、2006年11月3日の記事でも触れたように、
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_de1b.html
放送すべき課題の選択は自立した番組編集であるための大前提であり、国から指示された課題をどう編集しようと、放送の自由の生命線が侵害された事実を治癒できるものではない。
政府からもBBC本体からも自立したBBCワールド
では、英国で国際放送を担うBBCワールドの場合はどうなのか? これについてメディア研究者の門名直樹氏が興味深い議論をしておられるのを知った(以下、NIPPORO, 2007 January)。BBCワールドは運営経費の91.1%を政府からの交付金に依存しているが(BBC, Annual Report, 2005/2005)、外務省と交わした合意文書で編集経営は完全に独立することが定められている。さらに興味深いのは、政府からだけでなく、BBC本体からも自立している点である。たとえば、2001年の9.11事件や2005年のロンドン同時爆破事件の際、BBC本体が「テロリズム」と伝えたのに対して、BBCワールドは「アタック」と表現したという。視聴者の中にイスラム教徒もいるためと考えられるが、「国益を背負わない」という信念において彼我の差は歴然としている。
国内放送も指定公共機関制度で縛られるNHK
NHKオンラインにリンクされている第1031回経営委員会(2006年11月14日開催)議事録を調べると、大学教員の某経営委員は、命令放送を受諾したNHK首脳の姿勢に疑義を呈する別の委員の発言に対し、「これはあくまでも国際放送に関する話です。国内放送には『命令放送』という規定はなく、命令により戦前のような放送となるわけではない」と発言している。しかし、これは通称「有識者」らしからぬ木を見て森を見ない皮相な見解である。なぜなら、根拠法は違うが、国内放送も「指定公共機関」にNHKが指定されたことで、「有事」の際には政府が定めた放送責務によってNHKの番組編集が縛られる体制がすでに出来上がっているからである。
この件で、NHKは2003年12月11日に意見を提出している。しかし、その要旨は、NHKは「指定公共機関を受けるかどうかにかかわらず、視聴者・国民に伝わるよう、公共放送として組織を挙げて全力で取り組む方針です」という無内容なものである。そして、条件付きとはいえ、指定そのものは受け入れている。政治との摩擦を避けたい一心のこうした言い回しは、国際命令放送の場合と軌を一にするものであり、ジャーナリズム精神はみじんも感じられない。
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