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違憲の手続きで改憲を誘導する国民投票法案

 主権者の注視と意思表示が急務 : 与党と民主党の修正協議
 改憲の手続きを定める国民投票法案について、与党が民主党の主張を取り入れた修正に応じた場合、25日から始まった通常国会で法案が成立する公算が強まったと報道されている(『毎日新聞』2007年1月23日朝刊)。
 では、与党と民主党の協議で与党修正案のどこがどう変わるのか、それは法案全体の骨子を変えるものなのかどうかを国民が注視し、判断の意思表示を発信することが急務と感じる。
 そのための参考資料として、自由法曹団のホームページに掲載されている<改憲手続法案 与党案・民主党案と『修正案』>の比較表を紹介しておきたい。
   http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tohyohoan_hikakuhyo.pdf

財力が物をいう有料広告を放任
 国民投票のための広告放送をどの程度、制限するのかが論点の一つになっている。これについての与党修正案と民主党修正案を比較すると、次のとおりである。

 与党修正案 :
   投票日の14日前から投票日まで禁止
 民主党修正案 : 次の3案を検討
   A.14日前から禁止
   B.14日前から禁止、かつ賛否平等扱い
   C.発議した日から禁止

 上記の『毎日新聞』記事によると、これについて、与党と民主党は双方の共通項、すなわち、「14日前から禁止」で合意に至ったと伝えている。
 察するところ、民主党が、他に2案を並列したとはいえ、与党修正案と同じ案を掲げること自体、協議の落としどころをはじめから用意したのも同然ではないだろうか? かりに、このA案に「賛否平等扱い」を追加しても、有料広告となれば、財力の格差で広告量に差がつくのは歴然としており、賛否の平等扱いは形骸と化すことは容易に予見できる。また、この意味では14日前までならOKとするのも小手先の規制に過ぎない。
 憲法改定という国の基本に関わるテーマをめぐる報道を、多数与党の意思で決まる法案で規制すること自体が誤りである。こうしたテーマの報道のあり方はメディアの自立的判断と有権者の監視に委ねるのが道理である。

 改憲ラインを作為的に引き下げるトリック
 何をもって改憲が承認されたと判断するのかという基準は、投票の帰趨を左右する重要な論点である。これについて、与党修正案と民主党修正案を比較すると、ポイントは次のとおりである。

  与党修正案 : 投票総数の2分の1超 
            投票総数=賛成票+反対票、とする。
  民主党修正案 :                       
          A.賛成は自書、記載なしは反対と分別する場合は、
            投票総数の2分の1超
          B.「賛成」○、「反対」×の自書の場合、あるいは、
            「賛成」、「反対」、「棄権」から選ぶやり方の場合
           は、
            投票総数=賛成票+反対票、とする。

 一見してわかるように、与党修正案も民主党修正案も大同小異である。「棄権」の選択肢を設けることで、国民の意思にかなう形式が揃えられたかに見えるが、「2分の1超」かどうかを判定するときの「投票総数」に棄権や白票を加えない点では与党修正案も民主党修正案も共通している。しかし、これでは、「投票総数」の真相は「有効投票数」にほかならない。投票率の下限が設けられないことと併せ、こうした母数の作為的引き下げが可決ラインの作為的引き下げを意味することは容易に察知できる。

言論・表現活動の重大な侵害
 与党修正案も民主党修正案も、国民投票運動において、国家公務員法、地方公務員法等における政治的行為の制限規定を適用しないことにしている点は共通している。公務員の政治的行為を一律に(休日も含め)禁止した現行法自体に問題があるとはいえ、特定公務員(選管委員等)の国民投票運動にそれを適用しないとしたことは、その限りでは評価できる。
 しかし、与党修正案も民主党修正案も、「地位利用による国民投票運動の制限」なる項を設け、公務員等や教育者の国民投票運動を禁止している。これについて、与党と民主党は「違反について罰則はしない」という点で合意したと伝えられているが(前記、『毎日新聞』)、行政処分の対象にはなるとみなされている。
 これでは、国家公務員法、人事院規則による規制から外れた大学法人の教員などは、国民投票法案の成立を機に、言論・表現活動に逆戻りの規制がかけられることになる。
 しかし、このように、改憲派が大々的に手がけることが可能な有料広告には規制を設けないか、緩和する一方、財力で対抗できない教育者らの言論活動を禁止するのでは、身勝手な改憲手続き法案というほかない。

 そもそも、「政治活動の自由は、単なる政治的思想、信条の自由のような個人の内心的自由にとどまるものではなく、これに基づく外部的な積極的、社会的行動の自由をその本質的性格とするものであり、わが憲法は、参政権に関する15条1項、請願権に関する16条、集会、結社、表現の自由に関する21条の各規定により、これを国民の基本的人権の一つとして保障しているのである」(猿払事件最高裁判決、1974年11月6日、における少数意見より)。
 とすれば、憲法で保障された国民の参政権、請願権、表現の自由を含む政治活動の自由がもっとも発揚されてしかるべき憲法改定論議の過程で、そうした国民の基本的人権に逆に制限を加える国民投票法案は、違憲の手続きで改憲を誘導する悪法と称して過言ではない
 一国の運命が左右されかねない憲法改定の手続きを、与野党の「出来レース」に近い修正協議で決しようとする状況を市民は座視してはならない。

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コメント

国会広報協議会という形で、国会議員の地位と税金を利用して国民投票運動をすることは、公務員の地位を利用した運動を禁止する規定と両立しないでしょう。

http://unitingforpeace.seesaa.net/article/40195960.html

投稿: ohta | 2007年4月27日 (金) 18時32分

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