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正田篠枝:原爆歌集『さんげ』に触れて

 『毎日新聞』の327日朝刊の「発信箱」に玉木研二氏筆の「小さきあたまの骨」と題する論説が掲載されたのを連れ合いから教えられた。34歳で被爆した広島の歌人・正田篠枝(しょうだ しのえ)が自らの体験を詠んだ私家版歌集『さんげ』を紹介した小論である。連れ合いは以前、この歌集を取り上げ篠枝の短歌を批評する機会があったため(内野光子「正田篠枝―敗戦―正田篠枝が残したもの」『短歌研究』2005年8月)、資料を集めていた。
 そのせいで、私も著者の名前は記憶にあったが、紙面を覗き込み、しばし釘付けにされた。しばらくして目を離し、『さんげ』は手元にあるか尋ねたところ、手に入れたので探せば出てくるとのこと。
 次の日の夜、1983(昭和58)年に出版された複製版を連れ合いから受け取った。しかし、せっかちな私は職場の図書館で篠枝の関連文献を確かめ、この歌集も収録された栗原貞子・吉波曽死新編『原爆歌集・句集 広島編』1991年、日本図書センター(家永三郎・小田切秀雄・黒古一夫編集『日本の原爆記録』⑰)、この歌集の解題も収録された水田九八二郎『原爆を読む』1982年、講談社)などを借り出して読み耽った。

 正田篠枝は194586日、35歳のとき、爆心地より1.7キロの広島市内平野町の自宅で被爆。満53歳のとき、県立広島病院で原爆症による乳がんと診断され、2年後の1965615日、自宅で死去した。54歳。19歳のとき、短歌誌に投稿を始め、短歌会「晩鐘」主宰の山隅衛、「短歌至上主義」主宰の杉浦翠子に師事した。
 この私家版歌集は占領軍民間情報局の厳しい監視・検閲の目をくぐり、広島刑務所印刷部でひそかに印刷・発行された。
 篠枝はこの歌集の書名の由来を後年(1962年)刊行した、『耳鳴り―被爆歌人の手記』の序文のなかで次のように記している。

  「この〔原爆の〕悲惨を体験し、何故、こういう目に 会わねばならないのであろうかについて、他を責むるの みではなく、責むるべきもののなかには、己れもあるの だと思いました。そうして、不思議に生き残って、病苦 に悩まなければならない、自分を省みて懺悔せずにおれ ないのでありました。それで『さんげ』と、題をつけま した。」

 篠枝は原爆症で苦しみながらも、1959年、「原水爆禁止広島母の会」の発起人となり、1961年に創刊された同会の機関紙「ひろしまの河」にも短歌やエッセイを寄稿した。また、亡くなる2ヶ月前の19654月に、篠枝が取材に応じたNHKテレビ番組「耳鳴り―ある被爆者の記録」が放映された。

 死ぬ時を強要されし同胞の魂にたむけん悲嘆の日記
 (この歌は本歌集の扉の見返しに描かれた原爆ドームの 下に添えられた篠枝自作の短歌である。)

 炎なかくぐりぬけきて川に浮く死骸に乗つかり夜の明け を待つ

 ズロースもつけず黒焦の人は女(をみな)か乳房たらし て泣きわめき行く

 筏木の如くに浮かぶ死骸を竿に鉤をつけプスットさしぬ


 酒あふり酒あふりて死骸焼く男のまなこ涙に光る

 可憐なる学徒はいとし瀕死のきはに名前を呼べばハイッ と答へぬ

 大き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつま れり

 (この歌は広島平和記念公園に設置された「教師と子ど もの碑」の台座に刻まれている。)

 武器持たぬ我等国民(くにたみ)大懺悔の心を持して深 信に生きむ
              
 篠枝が著した上記の『耳鳴り』によると、第2首は義姉が被爆して息を引き取るときにつぶやいて告げたものだという。この義姉は水泳ができなかったので死骸を筏木代わりにその上に乗っかるうちに段々と流れて死骸といっしょに本川橋の柱にひっかかったところを通りがかった人が助けてくれたという。しかし、この義姉も8月7日に息を引き取った。
 筏木のように浮かぶ死骸に乗っかって生きながらえる――体験者にしか表せない赤裸々な写実は、技巧的な喜怒哀楽の心境描写、お手軽な「原爆体験の風化」論を寄せ付けない切迫感を読者に伝えずはおかない。
(最初の段落を除いた本稿は、左サイドバーの「詩歌に触れて」に収録した。)

『さんげ』表紙の見返し(クリックすると拡大されます。原爆ドームは故吉岡一画伯の作) 
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『さんげ』の一節より(クリックすると拡大されます。)
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地価動向の判断にみる「平均値」の危うさ

地価は上昇に転じたといううけれど
 去る22日、国土交通省は今年1月時点の公示地価を発表したが、その報道を見て非常に気になる点があったので、ここで書き留めることにした。

 各種報道に共通するトーンは、全国平均(全用途)で16年ぶりに上昇(前年比0.4%)に転じた点を前面に押し出している点である。その要因として、3大都市圏の大幅な回復(住宅地2.8%、商業地8.9%。いずれも前年比)が平均を押し上げたこと、地方圏も下落が続いているものの、下落幅は3年連続で縮小したこと、を挙げている。このこと自体に間違いはない。問題は平均値がややもすると一人歩きして、地価動向の格差の実態が平均値に埋没させられていることである。
 論評の前に国土交通省が発表した総括的データを紹介しておく。

 第2表 圏域別・用途別対前年比変動率
http://tochi.mlit.go.jp/chika/kouji/20070322/20070322g.html
 
 第4表 都道府県別・用途別対前年比変動率http://tochi.mlit.go.jp/chika/kouji/20070322/20070322i.html

メディアはどう伝えたか?
 これについて、NIKKEI NETは「公示地価、全国平均16年ぶりに上昇」という見出しで次のような記事を掲載した。
  「国土交通省が22日発表した200711日時点の公示地価は全国平均(全用途)で前年に比べ0.4%上昇し、1991年以来、16年ぶりにプラスの転じた。マンションやオフィスの需要が堅調な東京、大阪、名古屋の3大都市圏が地価を押し上げているのが主因。地方圏は下落が続いているものの、仙台や福岡など中核都市には地価反転が波及した。日本経済全体でみると、バブル崩壊後、長らく続いた『土地デフレ』が終わりを迎えた形だ。(以下、省略)」(322日)

 『時事通信』もこれとほとんど同じトーンで次のような記事を配信した。
  「国土交通省は22日、今年11日時点の公示地価を発表した。全国平均で住宅地が前年比0.1%、商業地が2.3%の上昇となり、バブル崩壊の1991年以来16年ぶりの上昇に転じた。3大都市圏では前年の商業地に続いて住宅地でも上昇したほか、地方圏では3年連続で下落幅が縮小。福岡、仙台など地方中核都市を中心に上昇に転じる動きが出てきており、同省は『日本経済が良い方向に転じたことの反映ではないか』と分析している。地価の変動率が前年から上昇した都道府県は、住宅地で東京都のみから9都道府県に、商業地で4都府県から11都道府県に拡大した。下落幅が拡大したのは住宅地が9県から4県に減少し、商業地はゼロとなった」(322日)

都道府県別の変動率データからわかること
 しかし、上の第4表から、住宅地の都道府県別変動率の分布を集計してみると、次のようになる。

  表 都道府県別の前年比変動率の分布(住宅地)
  + 8%台  10)  - 0%台  110
  + 7%台  00)  - 1%台  6 0
  + 6%台  00)  - 2%台  11 5
  + 5%台  00)  - 3%台   11 5
  + 4%台  00)  - 4%台    613
  + 3%台  00)  - 5%台    210
  + 2%台  00)  - 6%台    1 3
  + 1%台  60
  + 0%台  21
   
( )内の数値は平成18年の前年比変動率

 これを見ると、上昇に転じたといっても、8%台の上昇を記録した東京都を除くと、他は12%台にとどまっている。また、地方圏で下落幅が縮小したといっても、過半が-0%~-3%の範囲内にとどまり、平成18年度の変動率との比較でいっても、12%ポイント上方へシフトしたにとどまる。香川、高知、鹿児島の3県は前年比の下落率が拡大している。

市別の変動率データからわかること
 次に、地方圏の地価動向を立ち入って吟味するために、国土交通省が発表した資料の中の第15表を分析してみよう。
 第15表 人口10万以上の市の対前年変動率(住宅地)
http://tochi.mlit.go.jp/chika/kouji/20070322/20070322x.html

 この表から、前年比の変動率の分布を集計すると、マイナス(下落率が拡大)を記録した市が6、プラス0%台の市が43、プラス1%台の市が50であった。つまり、全体の678%(99)の市は依然として住宅地の値下がり幅が拡大しているか、上昇に転じたといっても1%台以下にとどまっていることがわかる。
 なお、地方中核都市といっても、松江市、高松市、高知市、鹿児島市などでは下落幅が拡大している。

関東圏内の市区別の変動率データからわかること
 上記のように、関東圏では東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県で変動率が上昇に転じた。しかし、次の東京圏の市区別のデータを見ると、ここでも平均値に隠れた地価動向の実態が浮かび上がってくる。

 第7表 東京圏の市区の対前年比変動率(住宅地)
http://tochi.mlit.go.jp/chika/kouji/20070322/20070322m.html

 これを見ると、神奈川県の場合、平均で1.7%だけ変動率が上昇したといっても、県内の19市のうち、変動率がプラスを記録したのは3市(横浜市3.2%、川崎市5.3%、大和市0.2%)だけで、残りの16市は依然として値下がりが続いている。

 また、東京都の場合、平均で8.0%の上昇となっているが、都区部、市部別に見ると、港区(27.2%)、渋谷区(24.8%)、中央区(20.9%)で20%を超えるプラスの変動率を記録した反面、市部で8%を超える変動率を記録したのは3市だけで、1市は1%台、別の1市は2%台、3市が2%台にとどまっている。

平均値の陰に隠れた地域間格差の原因分析こそ重要
 地価の動向は上昇傾向であれ、下落傾向であれ、様々な利害関係者に異なった影響を及ぼすから、トレンドだけで価値判断を交えて評価を下すことには慎重でなければならない。しかし、どのような政策的含意を引き出すにせよ、「平均値」の陰に隠れた実態を的確に把握することが大前提である。
 この点でいうと、地方財政、医療を受ける機会(産婦人科を始めとする医師不足など)、教育を受ける機会(地方の大学の経営危機など)などの地域間格差がとみに指摘されるなか、こうした生活、文化、産業をめぐる環境の格差が人口動態や土地の需給の地域間格差を拡大させ、それが地価動向に影響していないかどうかを分析する必要性を強く感じさせられる。

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「従軍慰安婦」問題再論:日本政府に必要なのは身勝手な「証拠」ではなく、史実と被害者の叫びを直視する「理性」である

NHKは日本政府の北朝鮮政策のスポークスマンなのか?


 「従軍慰安婦」問題をめぐって安倍首相は持論を封印したり、開封したり、右往左往している。途中から河野談話を受け継ぐといい、一度は元慰安婦に「お詫び」を強調するなど持論を封印する姿勢を見せた。しかし、その後も強制連行という「狭義」の強制を裏付ける証拠はないと蒸し返し、16日に政府は「発見した資料の中には、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」という答弁書を提出した。


 こうした日本政府の発言に対する米国議会や各国政府・世論の批判の広がりは各紙でそれなりに報道された。しかし、不思議なことにNHK、特に夜7時のニュースはこうした動きを全くといってよいほど伝えていない。その一方で、北朝鮮の核開発問題をめぐる6カ国協議の報道を定番のように大きく報道し、北朝鮮への経済支援と絡めて日本人拉致問題を議題に乗せようと苦心する日本代表の姿を連日クローズアップしている。


日本政府は日本人拉致被害者に向けるのと同じ正義と人道を、なぜ他国の元慰安婦にも向けられないのか?


 北朝鮮による日本人拉致が極悪非道の行為であること、経済支援を引き出す交渉のカードのように拉致被害者を扱う北朝鮮政府の姿勢が常軌を逸していることは論を待たない。そして、年少期に家族から引き離され、人生を狂わされてしまった拉致被害者の一刻も早い帰国を果たすよう、日本政府が外交交渉を続けるのは当然のことである。しかし、それなら、日本政府は日本人拉致被害者に向けるのと同じ正義と人道の精神をなぜ、他国の元慰安婦にも手向けることができないのか?


 アジアをはじめとする諸国の多数の女性たちは、青春期に甘言や強制で慰安所に連れ込まれ、事実上の軟禁状態のもとで幾人もの元日本人兵士の性的処理の相手をさせられた。自分の一生を根こそぎ台無しにされ、生死をさまよい、その後の人生に深い傷を背負った点では日本人拉致被害者とどう違うのか?

 NHKも、「視聴者にできる限り幅広い視点から、情報を提供する」(新放送ガイドライン)というなら、従軍慰安婦問題に関する安倍発言に対して、米国下院外交委員会の公聴会で元慰安婦がどのような証言をしたかをなぜ伝えないのか? また、その証言を受けて、シエーファー駐日米大使が「私は元慰安婦の証言を信じる。元慰安婦は旧日本軍に強姦されたということだ」と語ったことをなぜ伝えないのか? オランダ外相がオランダ駐在の日本大使を呼んで「強制連行はなかった」という安倍発言に対し強い憂慮と不快感を伝えたことをなぜ報道しないのか? 先日来日したオーストラリアのハワード首相が訪問中に日本政府に対して「つまらない言い訳をするな」と警告したことをなぜ伝えないのか? 


 これでは、いかに「自主的な編集判断」と言っても、自国政府にとって追い風となる事実の報道には熱心な反面、自国政府に「耳の痛い」「不都合な」事実の報道には消極的だと推測されてもやむを得ない。自主自立は言葉でではなく、日ごろ「何を」「どのように」報道したかで具体的に試されるものである。

「家に乗り込んでいって強引に連れていったのでなければ強制にはあたらない、したがって謝罪する必要はない」と言っているに等しい安倍首相の、世界の物笑いになるような発言を垂れ流すだけでは、ジャ-ナリズムではない。

日本のメディアは「従軍慰安婦」、「日韓併合」をめぐる東国原知事の歴史認識をなぜ伝えないのか?

 さる3月15日、東国原宮崎県知事は東京有楽町の外国特派員協会で記者会見を行った。これについてはいくつかの民放が報道をしていた。しかし、その内容は、同知事が英語でジョークを混じえてスピーチをした模様を面白しろおかしく伝えたものだった。


 これに対して、The Japan Times HIROKO NAKATA 記者名の“Gov. Sonomanma: What sex slaves?” という見出しの次のような記事を掲載した(抜粋)。

 My position is that it is hard to make a comment (on the issue) unless the history is verified, “ he said. “Both cases of existence and nonexistence (of coercion) should be verified objectively. ”


  「(この問題については)歴史が証明するまではコメントするのはむずかしいというのが私の見解です。」「強制があったという主張も、なかったという主張も、どちらも事実にもとづいて立証されなければなりません」と彼は語った。

Aside from the question of whether there was coercion to get the sex slaves into the trothels, Higashikokubaru said he believes there was nothing wrong with Japanese engaging in the sex trade in pre-1945 Korea, because under a “bilateral accord” in 1910, the Korea Penisula became part of Japan, where the sex business had been allowed under certain regulations.
 

  東国原氏は次のように発言した。「性的奴隷を慰安所に集めるにあたって強制があったかどうかは別にして、朝鮮半島が“双方合意のうえで”日本に併合された1910年から1945年当時は、売春は合法だったから、朝鮮半島から売春婦が日本へ来て性的な商売をするのはなんら問題なかった。」

 この報道から判断する限り、東国原氏は従軍慰安婦を慰安所に徴集する際に強制があったかどうか、不明と解釈していることになる。そればかりか、彼は従軍慰安婦を売春婦と同列に置くかのように認識していること、さらに日韓併合が両国「合意」の統治であったかのように受け止めていることがわかる。宮崎県知事がこうした歴史認識の持ち主であることをわが国の有権者に伝えることと、大リーグのキャンプ地での日本人選手の一挙一動を伝えることと、どちらを優先すべきなのか―――日本のメディアにはこのことが問われているのである。

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「放送法制定をめぐる国会審議録集成」を左サイドバーの「資料集成」に掲載

 昨日、衆参総務委員会で来年度のNHK予算に関する審議が行われた。その模様を衆参議院のHPに設けられた「インターネット審議中継」で視聴した。
  http://kokkai.ndl.go.jp/

 その感想は次の記事で書く予定だが、その中で重野安正議員(衆議院社民党)が、放送法第37条に基づいて、総務大臣がNHK予算に意見を付けることの意味、さらには菅総務大臣がこのところ、受信料の義務化と絡めて将来の受信料の値下げをNHKに迫っていることは37条に照らしてどうなのかを質していた。確かに重要な論点といえる。

 私自身は、NHK予算の国会承認制そのものに疑問を持っているが、この問題について議論を深めるには、放送法でNHKの予算、人事等に国会や所管大臣が関与する定めを設けた経緯、その際の法案審議の模様を熟知する必要があると常々感じてきた。

 そこで、今回、「国会審議録検索システム」で「放送法」をキーワードに検索してヒットした会議録の中から、放送法制定をめぐって議論が交わされた時期(1948年~1951年)の中から関連する質疑の部分を抄録したものを、「放送法制定をめぐる国会審議録集成」としてまとめ、このブログの左サイドバーに設けた「資料集成」コーナーに掲載した。

 全部で35ページに及ぶかなりの分量になったが、今国会に放送法改定法案が提出されようとしている折、こうした放送法制定の経緯を知る意味は大きいと感じる。
 この後、本資料集成を咀嚼した私のコメントをこのブログに掲載していきたいと考えている。

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飼い犬と過ごした思い出のアルバム

 マイリスト(左サイドバー最後部)に「思い出のアルバム」を追加し、最初のアルバムとして飼い犬と過ごした日々の写真を掲載した。時期は私の幼年時代から一昨年まで半世紀以上に渡る。

 幼稚園児、小学生時代の写真は実家で一人暮らしをしていた一番上の姉が昨年11月に引越しをするとき、80年住み慣れた実家の隅々まで片付けをした中で出てきた山ほどのアルバムをめくり、抜き取って持ち帰ったものをデジカメに収めたものである。

 実家はみな犬好きで歴代4,5匹を飼った。中にはねずみ駆除の団子を食べ、家中のた打ち回って息を引き取った犬もいた。放し飼いをすることが多かったため、野犬と間違えられて捕獲され、連れて帰ろうとする保健所の職員に姉が必死に説明して引き取ったこともあった。

 一昨年、今の我が家で撮った姉妹犬の写真は、台所でコーヒーをひく私(?)をじっと見つめる光景である。姉妹どちらもコーヒーを少し混ぜた温かい牛乳が好物だ(った)。この写真を見た知人から、手前の妹犬(ウメ)のことを、「ソックスをはいているみたい」とよく言われる。

 少し気恥ずかしいが、犬の思い出にかこつけて私の幼年時代の写真も「おまけ」で載せた。

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ためにする強制の「広狭」論ーー「従軍慰安婦」問題をめぐる安倍首相の理性に耐えない言辞―ー

河野談話を継承すると言いつつ、謝罪を拒む安倍首相の支離滅裂な言動
 米下院外交委員会の「アジア太平洋・地球環境小委員会」が「従軍慰安婦」問題で日本政府に対して、元慰安婦への明確な謝罪を求める決議案を審議している。これに関して、安倍首相は5日午前に開かれた参議院予算委員会で、「決議案には事実誤認がある。決議がされても謝罪することはない」と答弁した。

 安倍首相のこの国会答弁を聞いて、私は支離滅裂ぶりにあきれた。安倍首相が継承するという河野談話には次のようなくだりがある。

  「いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めてその出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」

 ここには、元従軍慰安婦への謝罪と反省が明記されている。この河野談話を踏襲すると言いつつ、「謝罪はしない」と言うのでは、国の内外を問わず、言語意味不明である。


連行の強制性の「広義か狭義か」にこだわる底意
 安倍首相が謝罪をかたくなに拒むために持ち出すのが連行の「広狭」定義論である。そして、
その意図するところは、狭義の強制性が証拠で裏づけられないかぎり、学校教科書に載せるべきではないし、謝罪には及ばないという論法である。

 これについて安倍氏は昨年10月6日の衆議院予算委員会で、「本人たちの意思に反して集められたというのは強制そのものではないか」という問いに対して、次のように答弁している。


  「ですから、いわゆる狭義の強制性と広義の強制性があるであろう。つまり、家に乗り込んでいって強引に連れていってしまったのか、また、そうではなくて、これは自分としては行きたくないけれどもそういう環境の中にあった、結果としてそういうことになったことについての関連があったということがいわば広義の強制性ではないか、こう考えております。」

 こういう物言いを聞くと、家に乗り込んでいって強引に連れていったのでなければ強制にはあたらない、したがって謝罪する必要はないとでも言いたいのだろうか? そうでないなら、強制の広狭を持ち出す意図はどこにあるのだろうか?

 安倍首相の上記の議論には、二つのレトリックが仕組まれていると考えられる。
 一つは、従軍慰安婦を徴集する際に「狭義の強制」があったかどうかだけが問題であるかのように議論を誘導し、これに該当しない「募集」業務は非難に当たらないという回答に着地させようとするレトリックである。
 もう一つは、従軍慰安婦制度の犯罪性を慰安婦「徴集の局面」に意図的に限定し、徴集後に慰安婦が「慰安所」でどのような状態に置かれていたかを不問にするというレトリックである。


慰安婦徴集の犯罪性に狭義も広義もない
 安倍首相が継承すると明言した「河野談話」は慰安婦の「募集」方法について、次のように記している。

  「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」

 また、1994年に国連人権委員会によって「女性への暴力に関する問題に関する特別報告者」に任命されたスリランカの法律家クマラスワミ氏が1996年に提出した最終報告書は、慰安婦の徴集に次のような3つのタイプがあったと記している。
http://space.geocities.jp/japanwarres/center/library/cwara.HTM

 ①すでに娼婦であった女性と少女からの自発的応募
 ②料理屋や軍の料理人、洗濯婦と称して女性を騙すやり方
 ③日本の支配下にあった国々での大規模な強制と奴隷狩に匹敵す  る暴力的連行

 まず、指摘しておく必要があるのは、安部首相が言う「狭義の強制」的徴集も実在した証拠が提出されているということである。クマラスワミ報告にあるように、徴集方法は地域によって一様ではなかったが、国内では軍が直接自国民を慰安所へ連行するのは好ましくないと判断され、①が多く、一部②のやり方もあったようである。

 しかし、当時、日本軍の統治下にあった朝鮮、台湾、中国等では、軍人が直接現地の女性を拉致、誘拐して慰安所へ連行するケースや、現地のブローカーや地元の村幹部などを通じて女性を集めたケースが多かった。1956年に中国の瀋陽と太源で行われた日本人戦犯裁判で有罪判決を受けた45人の自筆供述書、前記のクマラスワミ報告に収められた元従軍慰安婦3人の証言、韓国政府が元慰安婦13人から聞き取り調査をした結果をまとめた中間報告書(1992年7月31日)などから、この事実を具体的に読み取ることができる。

 しかし、このことから、物理的強制(連行)を伴わない徴集なら問題はなかったなどと言い募るのは慰安婦徴集の実態に目をふさぐ暴論である。例えば、「よい仕事があるから」といった甘言で軍の慰安所に連れていかれ、最初は裁縫や洗濯などを割り当てられたが、しばらくたって兵士の性的処理の相手をさせられた女性がおびただしい数にのぼる。こうした女性に対して、「家に乗り込んでいって強引に連れていったわけではない」などと殊更に言い募るのはモラルの退廃というほかなく、そうした人物が「美しい国づくり」を語るのは笑止の沙汰である。

 本来、インフォームド・コンセントというのは、必要な情報を得たうえでの合意を意味し、詐欺や甘言で誤導された意思が「真正の意思」でないことは言うまでもない。それどころか、暴力的連行とは区別される詐欺・甘言(この事案では女給か女中として雇うという詐欺)による慰安婦の徴集を「国外移送目的の誘拐」として有罪とした大審院判決(1937年)が存在したことが「朝鮮人強制連行真相調査団」の手で発掘されている。

 

「慰安所」における女性の性奴隷としての実態
 先に触れたように、従軍慰安婦問題の犯罪性は徴集の局面がすべてではない。強制連行か甘言による拉致・誘拐かを問わず、慰安婦とされた女性の悲惨な姿は「慰安所」の実態を直視することなしには把握できない。これについて、「河野談話」と同時に内閣官房外政審議室が発表した「慰安婦関係調査結果の要旨」は、<慰安所の経営及び管理>と題する項で次のように記している。

  「慰安所の多くは民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接慰安所を経営したケースもあった。民間業者が経営していた場合においても、旧日本軍がその開設に許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めた慰安所規定を作成するなど、旧日本軍は慰安所の設置や管理に直接関与した。

  慰安婦の管理については、旧日本軍は、慰安婦や慰安所の衛生管理のために、慰安所規定を設けて利用者に避妊具使用を義務付けたり、軍医が定期的に慰安婦の性病等の病気の検査を行う等の措置をとった。慰安婦に対して外出の時間や場所を限定するなどの慰安所規定を設けて管理していたところもあった。いずれにせよ、慰安婦たちは戦地においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられていたことは明らかである。」

 こうした記述を裏付ける資料や証言は少なくないが、前記のクマラスワミ報告は「慰安所」の状態に関する調査結果を次のように記している。

  「敷地は鉄条網で囲われ、厳重に警護され巡視されていた。『慰安婦』の行動は細かく監視され制限されていた。女性たちの多くは宿舎を離れることをゆるされなかったと語っている。」

  「・・・・・・そのような状態のなかで、『慰安婦』は一日に10人から30人もの男子を相手とすることを求められた。」

  「軍医が衛生検査を行ったが、『慰安婦』の多くの記憶では、これらの定期検査は性病の伝染を予防するためのもので、兵隊が女たちに負わせた煙草の押し焦げ、打ち傷、銃剣による死傷や骨折でさえもほとんど注意を払われなかった。」

  「そのうえ病気と妊娠にたいする恐怖がいつもあった。実際『慰安婦』の大多数はある程度性病にかかっていたように思われる。病気の間は回復のための休みをいくらか与えられたが、それ以外はいつでも、生理中でさえ彼女たちは『仕事』を続けることを要求された。ある女性被害者が特別報告者に語ったところでは、軍事的性奴隷として働かされていたときに何度も移された性病のため、戦後に生まれた彼女の息子は精神障害者となった。このような状況はすべての女性被害者たちの心に深く根付いた恥の意識と合わさって、しばしば自殺または逃亡の試みという結果をひきおこした。その失敗も確実に死を意味した。」

「楽しみもある代わりに死んでくれ、と言っているわけでしょう。」
ーー元日本軍兵士の尊厳をも冒涜する政治家の発言―ー


  「この程度のことは違う立場から見れば、戦争だったわけですから当然のことなんですね。これが強制連行と言ったらひどすぎますが、連れていくのに全然自由意思で『さあ、どうぞ』という話などないわけですね。
  しかし、この程度のことを外国に向けて本当にそんなに謝らなきゃいかんのか。誰がひどいと言ったって、戦争には悲惨なことがあるのであって、当時、娼婦というものがない時代ならば別ですけれども、町にあふれているのに、戦争に行く軍人にそういうものをつけるというのは常識だったわけです。働かせなきゃいけないんです。兵隊も命をかけるわけですから、明日死んでしまうというのに何も楽しみがなくて死ねとは言えないわけですから、楽しみもある代わりに死んでくれ、と言っているわけでしょう。」
 (日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編『歴史教科書への疑問』展転社、平成9年、435~436ページ)

 これは「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が河野洋平衆議院議員を講師として招き、同氏が官房長官時代(1993年8月4日)に発表した前記の談話(「慰安婦関係調査結果の発表に関する河野官房長官談話)の経緯を説明した後の質疑の冒頭で小林興起議員が行った発言の記録である。

 口を開けば、「英霊」と奉られる元日本軍兵士は、後世の政治家が自分たちのことを「娼婦をつけ、楽しみを与えるから死んでくれと言ったまでだ」と言ってのけるのを聞いてどんな思いをするだろうか? 意に背いて戦場へ連行され、性的奴隷扱いを受けたアジアの女性たちにとって、自分たちが受けた仕打ちを「この程度のこと」と言ってのける加害国日本の政治家の発言を聞かされるは、二重の意味でーー一度は戦場で、もう一度は戦後の歪んだ歴史認識の持ち主である日本の政治家の暴言でーー人格冒涜というほかない。

 ちなみに、前記の小林議員の発言に対し、河野洋平氏は次のように応答している。

 「なるほど。私は残念ながら意見を異にします。この程度のことと言うけれどもこの程度のことに出くわした女性一人一人の人生というものを考えると、それは決定的なものではなかったかと。戦争なんだから、女性が一人や二人ひどい目にあっても、そんなことはしょうがないんだ、というふうには私は思わないんです。やはり女性の尊厳というものをどういうふうに見るか。現在社会において、戦争は男がやっているんだから、女はせめてこのぐらいのことで奉仕するのは当たり前ではないか、と。まあ、そうおっしゃってもいないと思いますが、もしそういう気持ちがあるとすれば、それは、今、国際社会の中で全く通用しない議論というふうに私は思います。」
 (日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編、前掲書、436~437ページ)

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NHK改革とは何なのか?改革が進んだら受信料を義務化してよいのか?

視聴者不在の綱引き騒動
 菅総務相が受信料の義務化とセットでNHKに迫った受信料の2割値下げにNHKが応じなかったことから、今国会に提出される予定の放送法改悪法案に受信料の義務化は盛り込まれないことが確実になったと報道されている(私はまだ、義務化法案が断念されたとは楽観していないが)。しかし、受信料義務化問題をめぐる報道を見ていると本質からずれた思考停止の記事や解説が少なくない。

 たとえば、3月3日付『東京新聞』(8面)は「受信料バトル」という見出しで、<総務相 強引際立つ>、<NHK 改革遅れる>というタイトルを対置した記事を掲載している。その中で、局長などを飛び越して放送業務担当課長を更迭した菅総務相の強引な手法を指摘する一方で、多額の徴収コストにメスを入れず、受信料値下げを渋るNHKに改革の意欲がないと迫る菅総務相や片山虎之助自民党参議院幹事長の言動を紹介している。

 しかし、受信料の義務化は、これら政治家が言う「NHK改革」の進捗と引き換えに容認される「帳尻あわせ」の話なのか? 受信料の義務化は、受信料の値下げ原資を確保するための単なる増収対策なのか? こうした議論の根底には受信料の値下げを施せば視聴者は義務化にも応じるはずという思い上がった、視聴者を愚弄する意識が見え隠れしている。

何をすることがNHK「改革」なのか?
 しかし、そもそも論として、受信料の不払い・支払保留が急増したのは、NHK内部での相次ぐ金銭的不祥事に加え、政治におもねる報道姿勢への批判が原因であり、受信料が高いことへの不満が原因だったわけではない。ただ、しばしば、徴収コストの高さがNHKの非効率の例として指摘されるので、この点を事実に即して吟味しておきたい。

     NHKの契約収納費の推移
                  (単位:百万円)

  年 度  契約収納  契約収納  受信料
                 業務費        推進費   未収金
   1999       40,055         17,931        21,281
    2000       40,355         21,057        22,784
    2001       41,015         21,384        24,633
     2002       40,556         22,089        26,625
     2003       40,872         21,682        26,805
     2004       38,075         23,274        37,383
     2005       37,203         26,812        64,166 
       (NHK公表の各年度決算書より作成)

 この表でいう「契約収納業務費」とは、地域スタッフ等への報酬、金融機関への口座振替手数料等の受信契約及び受信料収納に要する経費を意味し、「契約収納推進費」とは、受信契約・受信料収納の推進対策及び情報処理等に要する経費を意味するとされている。

 そこで、上の表を見ると、1999年度比で契約収納費は10.5パーセントポイント増加しているが、内訳で見ると、契約収納業務費は7.0パーセントポイント減少する一方、契約収納推進費は約50パーセントポイント増加している。つまり、受信料徴収コストの増加はもっぱら受信契約や受信料の支払いを督促するための経費の増加を意味したことになる。これは、受信料未収金が急増した2004年度以降、契約収納推進費が急増していることからも裏付けられる。

 とすれば、受信料徴収コストの削減は、NHK「改革」の対象・目標として位置づけられるものではなく、受信料を自覚的に支払おうとする視聴者の信頼を取り戻すようなNHK改革が進捗した結果として期すべきものというのが正しい理解である。言い換えると、NHKに課された「改革」とは経営の効率化である前に、視聴者からの信頼の回復であり、それが果たされてこそ、財務的意味での「改革」ーー受信料収納コストの削減ーーが進捗するという関係にあるのである。

 この点でいうと、NHKが東京都内で始めた民事督促を全国展開し、1000万件近い未契約者に契約締結を求める民事訴訟を起こすとなれば、契約収納費の削減を謳いながら、その実、契約収納推進費がさらに膨らむのは必至である。原因と結果を取り違えた「改革」が行き詰まるのは目に見えている。

受信料義務化はNHK「改革」の報償なのか?
 3月3日付『朝日新聞』のbe on Saturday 欄に「受信料の支払い義務化をどう思うか」をbeモニター(回答3080人)に尋ねたアンケート結果とその解説記事が掲載された。それによると、賛否の分布では、
 義務化に賛成  41%
  義務化に反対  50%
  わからない      9%
となっている。記事の中で紹介された賛否の理由はそれぞれ興味深いが気になるのは解説記事の結びの次の文章である。

  「値下げが先か。義務化が先か。NHKも歩み寄りの姿勢が求められているのではないでしょうか。」

 私に言わせると、義務化は値下げの前でも後でもない。義務化を値下げとセットで議論すること自体が思考停止なのである。私がそう考える理由はこのブログで何度か記してきた。要点を繰り返すと、受信料の支払い義務を公権力が定める片務的な法律で定めるのか、視聴者とNHKが交わす双務契約で定めるのかで、NHKに対する視聴者の位置取りは根本的に変わってくる。

 なぜなら、受信料の支払い義務を法律で定めるとなれば、受信料はその収納を公権力を後ろ盾にした強制力で担保される税金に準じたものになり、視聴者はNHKが提供する放送内容がどうであれ、受信料の支払いを強制されることになる。そして、義務化だけでは収納実績が上がらないとなれば、その先には延滞に対する割増金、不払いや支払い保留に対する罰則規定が待ち受けている。そして、こうした法の強制力の執行はNHKの手を離れ、公権力の手に委ねられる。そうなれば、NHKはますます
行政府に対する依存度を深める結果になる。

 これに対して、受信料の支払い義務をNHKと視聴者が交わす受信契約で定める現行の仕組みでは、視聴者は契約の相手方であるNHKが公共放送としての責務、とりわけNHK自身が「公共放送の生命線」と言い切った政治から自立した放送を提供するという責務、を果たさない場合、契約上の自分の義務である受信料の支払いを停止する抗弁の権利を持つことになる。そして、こうした抗弁権の行使を通じて、視聴者はNHKの報道姿勢を監視し牽制するガバナンスに参画できることになる。

 放送法が受信料の支払い義務を明記せず、受信契約に委ねた背景には、双務契約に内在するNHKと視聴者のこうした自治的統治への強い期待があったことは、荘宏『放送制度のために』に記されているところである。

 NHK、特にそのトップに立つ人物には放送メディアを担うに足る見識が求められるが、NHK「改革」を財政の帳尻合わせでしか論じず、受信料の義務化問題をNHK「改革」の報償かのように報道する報道関係者もメディアに関わる人間としての資質が問われている。

      

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放送法の一部改定案の概要判明

 総務省は国会に放送法の一部改定法案を提出する準備を進めているが、このたび総務省が作成した法案の概要が判明した。入手したのはファイルベースではなく、プリントなので以下、それを入力してお知らせしたい。

 それぞれの事項について、個々に吟味が必要であるが、それ以前に、放送法を所管する行政当局が法令改廃に係る法案提出権限を行使して、NHKか民放かを問わず、以下のように、放送メディアのガバナンスや経営形態、番組編成基準等に次々と介入する現実を見たとき、放送事業の管理監督権限を誰が担うべきなのか、時の政権与党と不離の関係にある行政がそれを担い続けてよいのかどうか、という根本問題に行き着くように思われる。 こうした問題について、視聴者の側からの意思表明が強く求められている。

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                                 平成19年2月
                                 総  務  省

            放送法の一部改正(概要)

趣旨

 通信・放送の在り方に関する政府与党合意」、「通信・放送分野の改革に関する工程プログラム」等を踏まえ、通信・放送分野の改革を推進するため、NHKのガバナンス強化、認定放送持株会社制度の導入等の所要の改正を行う。

改正概要
                     *印は、「政府与党合意」関連項目
1 NHK関係
 (1) ガバナンス強化(*)
  NHKのガバナンスを強化するため、経営委員会について、監督権限の明確化、一部委員の常勤化、議決事項の見直し等を行うとともに、経営委員から構成される監査委員会の設置(現行の監事制度は廃止)、外部監査の導入等を措置する。

 (2) 契約締結義務を受信料支払い義務へ(*)
  受信料の公平負担を徹底するとともに、受信料制度の趣旨を明確化するため、現行の受信契約締結義務に代えて受信料の支払義務を直接法定する。また、受信設備設置のNHKへの通知や受信料徴収への外部情報活用に関する制度等を措置する。

 (3) 番組アーカイブのブロードバンドによる提供(*)
  NHKが放送した放送番組(番組アーカイブ)をブロードバンド等を通じて有料で提供することをNHKの業務に追加するとともに、利用者保護のため、その業務の実施基準について認可を要する等を措置する。

 (4) 新たな国際放送の制度化(*)
  我が国の対外情報発信力を強化するため、NHKの国際放送の業務を「外国人向け」と「在外邦人向け」に分離し、それぞれに適合した番組制作等を新法人に委託する制度を設ける。

 (5) 命令放送制度の見直し
  国際放送の命令放送制度について、「命ずる」との文言を「求め」に改めるとともに、NHKの番組編集の自由に配慮すること等を規定する。

2.民放関係

 (1) 認定放送持株会社制度の導入(*)
  経営の効率化、資金調達の容易化等のメリットを有する「持株会社によるグル-プ経営」を経営の選択肢とするため、複数の地上放送事業者の子会社化を可能とすマスメディア集中排除原則の適用緩和や外資規制の直接適用等を内容とする「認定放送持株会社制度」を導入する。
  (マスメディア集中排除原則については、電波法及びその省令で   措置)

 (2) 有料放送管理業務の制度化
  相当数の有料放送契約を代理等する有料放送管理業務(いわゆるプラットフォーム業務)の影響力が増大してきていることを踏まえ、受信者保護を図るため、その業務を行う者は、業務開始の事前届出と業務運営の適正確保のための措置を講ずること等を規定する。

 (3) ワンセグ放送の独立利用の実現
  地上デジタルテレビジョン放送の携帯端末向け放送(ワンセグ放送)について、一般のテレビで受信する番組とは異なる番組の放送(独立利用)を可能とする。

 (4) 委託放送事業の譲渡に伴う地位の承継規定の整備
  委託放送事業を譲り受けた者は、総務大臣の認可により、委託放送事業者の地位を承継できることとする。

 (5) 有料放送の料金に関する規制緩和
  地上放送による有料放送の料金設定等に関する総務大臣の「認可制」を「届出制」に改める。

施行期日

 公布の日から1年以内の政令で定める日

(以下、次の各図表は省略)
  【参考】NHKガバナンス改革の主な措置事項
       認定放送持株会社制度のポイント
   放送法違反の場合における放送事業者に対する措置

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