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正田篠枝:原爆歌集『さんげ』に触れて

 『毎日新聞』の327日朝刊の「発信箱」に玉木研二氏筆の「小さきあたまの骨」と題する論説が掲載されたのを連れ合いから教えられた。34歳で被爆した広島の歌人・正田篠枝(しょうだ しのえ)が自らの体験を詠んだ私家版歌集『さんげ』を紹介した小論である。連れ合いは以前、この歌集を取り上げ篠枝の短歌を批評する機会があったため(内野光子「正田篠枝―敗戦―正田篠枝が残したもの」『短歌研究』2005年8月)、資料を集めていた。
 そのせいで、私も著者の名前は記憶にあったが、紙面を覗き込み、しばし釘付けにされた。しばらくして目を離し、『さんげ』は手元にあるか尋ねたところ、手に入れたので探せば出てくるとのこと。
 次の日の夜、1983(昭和58)年に出版された複製版を連れ合いから受け取った。しかし、せっかちな私は職場の図書館で篠枝の関連文献を確かめ、この歌集も収録された栗原貞子・吉波曽死新編『原爆歌集・句集 広島編』1991年、日本図書センター(家永三郎・小田切秀雄・黒古一夫編集『日本の原爆記録』⑰)、この歌集の解題も収録された水田九八二郎『原爆を読む』1982年、講談社)などを借り出して読み耽った。

 正田篠枝は194586日、35歳のとき、爆心地より1.7キロの広島市内平野町の自宅で被爆。満53歳のとき、県立広島病院で原爆症による乳がんと診断され、2年後の1965615日、自宅で死去した。54歳。19歳のとき、短歌誌に投稿を始め、短歌会「晩鐘」主宰の山隅衛、「短歌至上主義」主宰の杉浦翠子に師事した。
 この私家版歌集は占領軍民間情報局の厳しい監視・検閲の目をくぐり、広島刑務所印刷部でひそかに印刷・発行された。
 篠枝はこの歌集の書名の由来を後年(1962年)刊行した、『耳鳴り―被爆歌人の手記』の序文のなかで次のように記している。

  「この〔原爆の〕悲惨を体験し、何故、こういう目に 会わねばならないのであろうかについて、他を責むるの みではなく、責むるべきもののなかには、己れもあるの だと思いました。そうして、不思議に生き残って、病苦 に悩まなければならない、自分を省みて懺悔せずにおれ ないのでありました。それで『さんげ』と、題をつけま した。」

 篠枝は原爆症で苦しみながらも、1959年、「原水爆禁止広島母の会」の発起人となり、1961年に創刊された同会の機関紙「ひろしまの河」にも短歌やエッセイを寄稿した。また、亡くなる2ヶ月前の19654月に、篠枝が取材に応じたNHKテレビ番組「耳鳴り―ある被爆者の記録」が放映された。

 死ぬ時を強要されし同胞の魂にたむけん悲嘆の日記
 (この歌は本歌集の扉の見返しに描かれた原爆ドームの 下に添えられた篠枝自作の短歌である。)

 炎なかくぐりぬけきて川に浮く死骸に乗つかり夜の明け を待つ

 ズロースもつけず黒焦の人は女(をみな)か乳房たらし て泣きわめき行く

 筏木の如くに浮かぶ死骸を竿に鉤をつけプスットさしぬ


 酒あふり酒あふりて死骸焼く男のまなこ涙に光る

 可憐なる学徒はいとし瀕死のきはに名前を呼べばハイッ と答へぬ

 大き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつま れり

 (この歌は広島平和記念公園に設置された「教師と子ど もの碑」の台座に刻まれている。)

 武器持たぬ我等国民(くにたみ)大懺悔の心を持して深 信に生きむ
              
 篠枝が著した上記の『耳鳴り』によると、第2首は義姉が被爆して息を引き取るときにつぶやいて告げたものだという。この義姉は水泳ができなかったので死骸を筏木代わりにその上に乗っかるうちに段々と流れて死骸といっしょに本川橋の柱にひっかかったところを通りがかった人が助けてくれたという。しかし、この義姉も8月7日に息を引き取った。
 筏木のように浮かぶ死骸に乗っかって生きながらえる――体験者にしか表せない赤裸々な写実は、技巧的な喜怒哀楽の心境描写、お手軽な「原爆体験の風化」論を寄せ付けない切迫感を読者に伝えずはおかない。
(最初の段落を除いた本稿は、左サイドバーの「詩歌に触れて」に収録した。)

『さんげ』表紙の見返し(クリックすると拡大されます。原爆ドームは故吉岡一画伯の作) 
Photo_9      



『さんげ』の一節より(クリックすると拡大されます。)
Photo_11


 

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