有料老人ホームの入居一時金の怪
コムスン事件を機に入居一時金の怪を調査
今年6月に厚生労働省がコムスンの指定介護事業所(全国で約1,600箇所)について来年4月以降、指定の更新を打ち切るよう、都道府県に通知した事件をきかっけに、コムスンの経営状況に関心を持ち、資料集めを始めた。報道では、コムスンの様々な不正請求が伝えられているが、調査を進めるうちに有料老人ホームが入所時に請求する一時金(入居一時金)に問題が山積していることに気がついた。
さっそく入手できた財務資料を下調べし、それを基に6月15日に、コムスン(広報室)へ同室の指示にしたがってE・メール添付の書面で質問書を送った。しかし、なかなか回答が来ないので8月13日、回答を督促するE・メールをコムスン広報室へ送ったところ、8月18日に同室から回答できないとの返信が届いた。そこで、補足調査のため、東京都高齢社会対策部施設運営係に問い合わせをして、入居一時金一般に関するいくつかの重要な事実を確認できた。この記事はこうした経過を経てまとめたものである。
入居一時金の30%を即時償却し、残額を5年で償却してしまうコムスン
入居者の経費負担には月払い方式、一時金方式および両者を組み合わせた方式がある。その中の一時金方式について、厚生労働老健局長通知「有料老人ホームの設置運営指導指針」は次のように説明している。
「一時金方式(終身にわたって受領すべき家賃相当額の全部または一部を前払金として一括して受領する方式)」(下線は2006年3月31日付けの最終改正で追加されたもの)
また、社団法人全国有料老人ホーム協会は、「入居一時金」の性格について、次のように説明している。
http://www.yurokyo.or.jp/knowledge/03.html
「入居一時金 有料老人ホームは、建物の建築について、公的な補助はありません。ホームの建設費用は、入居者の方からいただく費用で成り立っています。入居一時金を支払うことによって、専用居室や共用施設を利用する権利を取得することになります。言ってみれば、長期の家賃相当分の前払いと考えることができます。」
実際にも、各施設が作成した重要事項説明書では、入居一時金の趣旨を、「専用居室、共用部分の利用のための家賃相当額に充当されるもの」と記すのが通例になっている。このような入居一時金の説明と一時金の帰属、償却方法に齟齬はないのかを検討することがこの記事の究極の目的だが、本題に入る前に、まずは、入居一時金の金額、償却方法の実態を確かめておきたい。
入居一時金については、その上限、償却方法、解約時の返還方法などが法令で規制されているわけではなく、一時金の算定根拠等を書面で明示し、保全措置を講じること等が上記の「指導指針」で通知されるにとどまっている。そこで、いくつかの施設の重要事項説明書ないしはホームページを検索して確かめた実例を紹介しておく。
〔コムスンガーデン南平台〕
金額:居室タイプⅠ 2,280万円
(別に、家賃・食費・管理費等の月額 292,500円)
居室タイプⅡ 4,480万円(夫婦入居可能部屋)
(同上の月額 511,500円)
償却方法:30%を即時償却、残金を5年間で定額償却
退去時の返金:入居年数に応じて入居金の未償却残高を返金
〔ロイヤルライフ多摩〕
金額:1人入居の場合 5,200万円~14,700万円
(別に、食費・管理費等の月額 200,550円)
2人入居の場合 6,500万円~18,375万円
(同上の月額 343,350円)
償却方法:15%を即時償却、残金を入居時の年齢に応じて10
~20年間で償却
退去時の返金:入居月数に応じて入居金×85%の未償却残
高を返金
〔サンリッチ三島〕
金額:1人入居の場合 2,515万円~8,426万円
(別に、食費・管理費の月額 151,680円~171,420円)
2人入居の場合 3,311万円~9,222万円
(同上の月額 236,160円~255,900円)
償却方法:15%を即時償却、残金を入居時の年齢に応じて15
年間で償却
退去時の返金:入居月数に応じて入居金×85%の未償却残高
を返金
〔アビタシオン博多〕
金額:1人入居の場合 990万円~3,730万円
(別に、入居時費用として介護費400万円、食費・管理費
の月額 125,475円)
2人入居の場合 1,390万円~4,130万円
(同上の介護費800万円、食費・管理費の月額 215,775
円)
償却方法:20%を即時償却、残金を8年間で償却
退去時の返金:入居月数に応じて、入居金×80%の未償却残高
を返金
なぜ即時償却なのか?
調査した範囲では、入居一時金の即時償却率は施設によってまちまちだが、多くは15%~20%の幅に収まっていた。コムスンの30%という数値は稀な例といってよい。また、入居時の年齢に応じて償却年数を定める施設、例えば、80歳未満の場合は15年、80歳以上の場合は10年というように定めている施設も少なくない。
しかも、この即時償却された入居一時金は償却期間内に解約・退所した場合でも返金の対象から除かれることになっている。それだけに即時償却率の多寡は入所者にとって重大な関心事である。しかし、割合以前に、そもそもなぜ契約開始日に入居一時金の15%~30%が償却されてしまうのか? その理由が問われるべきである。
入所一時金が家賃の前払いというなら、入金の時点でいったん、長期前受金として負債に計上し、償却期間(=平均入所期間)にわたって、時間の経過に合わせて収益に振り替えていくのが合理的な会計処理のはずである。事実、入手できた各施設の貸借対照表を見る限りでは、即時償却した後の入所一時金については負債の部に「長期預かり保証金」として計上されている。おそらく、これが入所一時金の未償却残高の受け皿となっている科目で、この金額が解約者への返金額に相当すると考えられる。それなら、一時金の15%~30%をこうした期間償却に先立って契約開始日になぜ即時償却してしまうのか?
コムスンガーデン南平台に2,280万円の一時金を支払って入所した高齢者を例にしていうと、そのうちの1,344万円は契約開始日に償却され、解約しても返金されない(施設側に帰属してしまう)仕組みになっているのはなぜなのか? これでは、入所一時金を家賃の前払いとする説明と辻褄が合わない。
考えられる解釈としては、入所一時金の算定要素の中に施設の維持・運営に係る初期費用としての固定費が含まれており、その部分については期間の経過に関わりなく発生する費用の対価として契約開始日の属する年度に償却する(収益に振り替える)ことにしているのかもしれない。それなら、入居一時金の算定要素の明細を公表し、即時償却率がこの固定費的要素の占める比率に見合っているかどうかを立証する責任を事業主体に負わせるのが当然である。
なぜ5年~20年で償却を済ませるのか?
上で説明したように、入居一時金はその15%~30%が契約開始日に即時償却され、残りは所定の期間にわたって均等額ずつ償却されていく仕組みになっている。この場合の所定の期間は施設によりまちまちであるが、大半は15年~20年の範囲内に収まっている。また、入居時の年齢に応じて償却年数を定める施設、例えば、80歳未満の場合は15年、80歳以上の場合は10年というように定めている施設も少なくない。いずれにしても、償却年数を5年としているコムスンは稀な事例である。
入居一時金を居室の家賃の前払いと捉えるとすれば、いくつかの施設が重要事項説明書で記載しているように、入所者の平均的な想定居住年数に基づいて入居一時金の償却年数を定めるのが合理的である。とすれば、施設ごとに入所者の(入所時の年齢区分ごとの)平均居住年数の実績値を公表し、一時金の償却年数がそれに見合っているかどうかを立証する責任を事業主体に負わせるのが当然である。そうすれば、償却年数が施設によって5年であったり20年であったりとばらついているのが合理的なのかどうかが判明するはずである。
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