« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

会計理論学会で研究発表

 去る10月19日~21日、東京水道橋の日本大学法学部で第22回会計理論学会が開催された。私は会員ではないが、統一論題「公益性組織の責任と会計規制」の報告者の一人として研究発表の機会を与えられた。そこで、最近関心を持っている国の特別会計を題材にして、「財政運営の規律と監視のインフラとしての公会計」というタイトルで発表を行い、討論にも参加した。

 以下、その折に準備したパワーポイントの配布資料版と討論の中で私の報告に対して3人の参加者から提出された質問ならびにそれに対する私の回答用スライドを掲載しておく。
 なお、以下は未定稿なので無断転載、引用等は堅くお断りする。

報告用パワーポイントの配布資料
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaikei_rirongakkai_powerpoint.pdf

報告に対する質問と回答
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaikei_rirongakkai_QA.pdf

| | コメント (0)

NHK経営委員会から回答が届く

 さる10月2日、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」がNHK経営委員会に対して提出した質問に対する回答が昨日(9月20日)届いた。その全文を掲載するとともに、念のため、質問書も再掲しておきたい。

「NHKの次期経営計画の議決を見合わせた経営委員会の見解について―私たちの見解と質問―」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nhk_keieiiinkai_heno_situmon20071002.pdf

 回答の文面はいたって低姿勢であるが、質問への回答としては核心をはぐらかした箇所が多い。

1.受信料の値下げ幅について、「具体的な値下げ巾に言及しているわけではありません」と記されている。しかし、古森委員長が記者会見等の場でNHK案は小幅と一蹴し、10%程度の値下げを求める発言をしたことは確かであり、そうした発言がNHK改革の核心をずらすマスコミ報道を誘発したことは否めない。古森氏の一連の発言と経営委員会の真意がずれていたのかどうか、ずれていたとするなら、それを速やかに是正することが経営委員会に課された責任である。

2.「経営委員会としては、娯楽番組を不要と考えている訳ではなく、公共放送にふさわしい娯楽番組を考えていくことが重要との見解です」と記されている。こうした見解は私(たち)と共有できる考え方である。このような回答が今後の経営委員会の活動の中でどのように反映されてくるのか、注視が必要である。

NHK経営委員会からの回答
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/keieiiinnkai_karano_kaito.JPG

(画面をクリックすると拡大されます。)
2007_102120071020

| | コメント (0)

視聴者コミュニティ、古森NHK経営委員長宛てに質問書を送付

  「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は昨日(10月17日)、NHK経営委員長の古森重隆氏宛てに、同氏が本年9月11日の経営委員会において、選挙期間中にNHKが放送した歴史ものの番組内容に干渉する発言を行ったことについて、質問書を送った。その全文は次のとおり。
 「選挙期間中のNHKの放送を指した貴殿の発言に関する質問書」NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/komorisi_heno_situmon20071018.pdf

 質問項目は次のとおり

〔質問1〕 「一般論として」NHKに不偏不党の放送を求めたとの古森氏の発言について
  ここでは5項目に細分して質問をしている。

〔質問2〕 放送の不偏不党に関する古森氏の理解について
  ここでは、放送の不偏不党を謳った放送法第1条の趣旨を「放送事業者の義務と解釈する向きがあった。しかし、保障する主体は放送事業者ではなく公権力であり、これは国家が放送に介入しないように定めた規定である、というのが憲法学者たちの大方の見解である」(日本放送協会編集・発行『20世紀 放送史(下)』2001年、350ページ)という解釈に同意するか否かを理由を添えて回答するよう、古森氏に求めている。

〔質問3〕 古森氏と「四季の会」の関係について
  ここでは、古森氏が今現在、安倍前首相を囲む経済人の集まりである「四季の会」を退会しているのかどうか、まだなら、退会する意思があるかどうかを質している。

 これら質問について、10月30日までに書面で回答するよう、古森氏に求めている。なお、この質問書は古森氏以外の経営委員全員ならびにNHK会長、副会長、理事全員にも同日、発送した。また、報道関係者ほか、ジャーナリズム関係者などにも送付した。

 また、古森氏に対しては、昨日、NHK問題京都連絡会も抗議文を送った。同会の了承を得たので、その全文を転載しておく。

 「古森NHK経営委員長に抗議する!」NHK問題京都連絡会)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/komorisi_heno_kogibun_kyotorenrakukai.pdf

| | コメント (0)

公表されたNHK理事会の議事録を読んで

 NHK経営委員、小林英明氏と同姓同名の弁護士に関する続報

 ひとつ前の記事でNHK経営委員の小林英明氏と同姓同名の弁護士が2004年当時、安倍晋三幹事長(当時)が起こした訴訟の弁護人を担当していたことを記した。ただし、そこではNHK経営委員の小林英明氏と安倍氏の訴訟の代理人を務めた小林英明氏が別人か同一人物かの断定は控えた。

 この件について、ブログを読まれた何人かの方から情報をいただいたが、自分自身でも確かめたいと思い、日弁連のHPに掲載されている「弁護士情報検索」で「小林英明」を検索したところ、ヒットしたのは、登録番号18660、第一東京弁護士会所属、小林総合法律事務所の小林英明氏だけだった。ちなみに、現NHK経営委員の小林英明氏は第一東京弁護士会所属、小林総合法律事務所に在籍の弁護士である。

 金田新NHK理事(トヨタ自動車工業出身)がNHK次期経営計画に反対していた

 さる9月25日に開催されたNHK理事会議事録が今日(10月12日)公表された。審議事項の一番目が<「次期経営計画」について>となっていたので、読んで見ると、次のようなくだりがあった。

 (総合企画室) 次期経営計画である「経営計画2008~2012(案)」について、審議をお願いします。この5ヶ年経営計画については、今年4月に設置された経営企画会議などを通じて、約半年間検討してきました。・・・・・・<中略>・・・・・・・経営企画会議などで検討してきましたので、詳細については省略しますが、この内容が了承されれば、本日開催の経営委員会に提出したいと思います。

 (金田理事) これまでの会議でも申し上げてきましたが、この計画は、受信料額の引き下げという“還元”策により、20年度から、しばらく単年度収支が赤字になる見通しになっています。私は、これからの公共放送のあり方を考えたとき、こうした事業収支の見通しに基づく経営計画には賛成することができません。

 (会 長) 5ヶ年の事業収支見通しを立て、その計画を尊重する一方で、当然、各年度の収支予算や事業計画・資金計画を綿密に策定し、そのときどきの財政状況に即して事業をとり進めていきたいと思います。この5ヶ年経営計画については、原案どおりに経営委員会へ提案したいと思います。

 金田理事は、「これまでの会議でも申し上げてきた」と発言しているので、今年4月までさかのぼって理事会議事録を調べたが、それをみる限り、次期経営計画が理事会に付議された形跡はなかった。もっぱら「経営企画会議など」で議論され、その場で金田理事は以前から原案に反対してきたということだろうか? NHKにとって重要な5ヶ年経営計画の審議の経過が視聴者からは全く見えてこないのは、重大な欠陥といわなければならない。

 もっとも、理事の間で意見が分かれること自体を不思議がることはない。しかし、約半年間の審議を経て、経営委員会に付議する直前になってもなお、理事会の中で異論を唱えたメンバーがいたのには、それ相当の理由があってのことだろう。上記の金田理事の発言をそのまま受け取れば、赤字予算を組んでまで受信料の値下げに踏み切ることについて、経済界出身の理事として、了承できないという信念に基づく率直な発言だったのかも知れない。

 しかし、視野を広げて考えると、古森委員長ら経営委員からNHK執行部に対して10%程度の受信料値下げを迫る強硬な意見が出る一方で、NHK理事の中に、それと逆のベクトルの意見を繰り返すメンバーがいて、NHK執行部を挟み撃ちする格好になったのは偶然の結果だろうか? それとも何らかの思惑が働いた筋書きどおりの状況なのだろうか? 

 肝心の事業収支見通しが公表されていないので、この場で立ち入った議論はできないが、事業収支の赤字覚悟の値下げとなれば、前提となる「赤字」の算定根拠を含め、金田理事が指摘したように慎重な検討が必要なことは確かである。これはNHK執行部に対して向けるべき問いかけであると同時に、NHK執行部の提示した値下げ幅をこて先の還元策と一蹴して、さらなる値下げを迫った古森氏らにも向けられてしかるべき問いである。
 
 受信料の値下げ論が視聴者への還元策という表向きの看板とは裏腹に、視聴者・公共放送不在の別の思惑が絡んだ「ためにする議論」でないのか、視聴者・市民の持続的な監視と議事録等の公開要求が必要である。 
 

| | コメント (0)

NHK経営委員の小林英明氏は安部幹事長(当時)の訴訟担当弁護士だったのか?

 NHK経営委員会をめぐる問題を調査していく中で、見過ごせない事実がわかったので、記しておくことにする。

 安倍晋三氏が自由民主党の幹事長に在職中、『噂の真相』に掲載された記事で名誉を傷つけられたとして、同誌に対し、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて東京地裁に訴訟を起こしたことがあった。この訴訟は2004年2月17日、『噂の真相』が記事の一部に不正確な記述があったことを認め、最終号となる2004年4月号に謝罪広告を掲載することで、和解が成立した。

 ところで、この件を報道した2004年2月18日の『毎日新聞』朝刊(28ページ)の記事の中に次のような一節があることがわかった。 

 「安倍幹事長側の小林英明弁護士の話 『おわび』の掲載と雑誌の休刊によって訴訟の目的を達成したと判断した。事実上の勝訴と受け止めている。」(赤字は醍醐が追加)

 ところで、現NHK経営委員の中に小林英明氏がいる。小林氏は古森重隆氏らと同じ今年の6月に新しく経営委員に就任した弁護士である。はたして上記の2人は同姓同名の別人なのか、それとも同一人物なのか?

 別人だとすれば、これ以上議論することはない。しかし、同一人物だとすると、誰がどういう基準で、小林氏を国会の同意人事であるNHK経営委員候補として推挙したのかが問われることになる。もちろん、弁護士は多数の訴訟にかかわるから、その中に様々な人物がいるのは当然である。

 しかし、自民党幹事長の職にあった安倍晋三氏が起こした訴訟の担当弁護士を務めた人物を、当の安倍氏が内閣総理大臣の立場で衆参両院に諮る国会同意人事の候補者に挙げていたとなれば、one of them で済まされない。経営委員長に就任した古森重隆氏については、多くの報道機関が安倍氏との人脈で委員長就任含みの経営委員に推挙されたと伝えた。そうした中で、上の『毎日新聞』記事に登場する小林英明氏とNHK経営委員の小林英明氏が同一人物であるなら、小林氏がどういう基準でNHK経営委員に推挙されたのか、視聴者・市民の前に事実関係が明らかにされる必要がある。

| | コメント (1)

古森重隆氏に献呈したい荘宏『放送制度論のために』

戦後放送法の初志を綴った荘宏『放送制度論のために』

 ここ数回、NHK経営委員会ならびに古森経営委員長の言動を論じてきた。これについて、もう少し掘り下げた考察をしなければと思い、参考資料にあたっていく中で、以前、このブログでも紹介した荘宏『放送制度論のために』(1963年、日本放送出版協会)を読み返したところ、示唆に富む記述が随所にちりばめられていることがわかった。と同時に、戦後、郵政省電波監理局次長として放送法の制定にかかわった荘氏のこの書物を誰よりもまず、現経営委員、とりわけ古森委員長ならびにNHK執行部や番組制作現場の諸氏に熟読してほしいものだと痛感した。そこで、この書物のどこを味読してほしいかを記すことにした。このブログにアクセスしていただいた方々のご参考にもなれば幸いである。

「政治的公平」は摩擦を避ける「守りの公共放送」を意味しない

 9月11日のNHK経営委員会で古森委員長は、選挙期間中の歴史ものなどの放送は微妙な政治的問題に結びつく可能性があるとし、不偏不党、政治的中立に留意するようNHK執行部に要請した。この発言の重大性については、このブログの9月29日付けの記事で取り上げたが、10月5日付けの『朝日新聞』、『読売新聞』、『毎日新聞』、『東京新聞』でも大きく報道された。また、翌6日の『毎日新聞』夕刊の「ブロードキャスト」欄(萩野祥三筆)でも、「では、『歴史もの』が『微妙な政治的問題に結びつく」とはどのようなことを言うのだろうか。これについて委員長は語っていない。事例に即して、言葉を尽くして説明していただきたい」と問い詰めている。全うな理性がかよった直言である。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、古森氏が個別具体的な番組を挙げて、どこがどう問題だったのかを説明しなかったことだけが問題なのではないという点である。むしろ、注意すべきは今回の古森氏のような発言がさまざまな方面からNHKに向かって繰り返されることにより、「政治的に対立するテーマは避けるに越したことはない」という「守りの公共放送」へNHKを追いやる恐れがあるという点である。古森氏の発言もそうした委縮・牽制効果を見越したものと考えるのが正解であろう。

 荘氏は上記の書物のなかで、放送法(現行法では第3条の2の第2項)が謳った「政治的公平」の意味を次のように解説している。

 「この規定は一見政治的な不公平を避ければよいとの消極的制限の規定にとどまるかのように見える。しかしながら政治的な公平・不公平が問題となるのは意見がわかれている問題についてである。そこで本号では第4号との関連において、単なる消極的制限のみの規定ではなく、政治的に意見の対立している問題については、積極的にこれを採り上げ、しかも公平を期するように各種の政治上の見解を十分に番組に充実して表現していかねばならないとしているものと解される。」(136ページ)

 荘氏のこの見解は補足説明を必要としないほど明快である。わが国のメディア界には、ベンジャミン・クリフォードから「臆病の構造」と揶揄されるように、意見が対立したテーマを避けようとする保身の体質が染み付いている(ベンジャミン・クリフォード『日本のマスコミ「臆病の構造」』2005年増補版、宝島社)。「政府との距離感について例えれば、BBCは『闘う公共放送』、NHKは摩擦を避ける『守りの公共放送』」(柏木友紀「公共放送と政治の圧力 戦争報道にみるNHKとBBCの相違点」『AIR21』朝日総研リポート、2005年4月、72~73ページ)といわれる所以である。

 しかし、放送法が言う「政治的公平」は<意見が対立するテーマは避ける>ことを求めたのではない。それどころか、荘氏も説明しているように、<意見が対立しているテーマだからこそ、積極的に取り上げ、市民に判断の材料を提供するよう求めている>のである。これについて、荘氏は同じ書物の「放送の目的」に触れた箇所で次のような説明をしている。

公共放送は民主主義を成熟させる「言論の広場」

 政治運営に不可欠な常識の普及 (前略)この政治のあり方を決定づけるものは主権者たるわれわれである。すなわちわれわれは国会議員などの議員を選挙し、その活動ぶりを注視し、議決された法律・予算等を理解し、政府その他の行政当局の施策を知ってこれに基づいて行動するとともに、これを批判し、立法及び行政について希望を表明し、さらに次の選挙における意思を固める。・・・・・・民主主義国家が完全に運営されるためには、国民にあまねく高度の常識が普及していることが必要である。放送はこの目的のためにその機能を発揮しなければならない。」(荘、前掲書、148ページ)

 また、公共放送と政治との距離について荘氏が次のように記していることも記憶に留められるべきであろう。

 「放送法は、放送番組の編集について、国家の行政権力による干渉規制をきびしく排除している。このことは・・・・・NHKたると一般放送事業者たるとを問わない。
 NHKについては、それが法律によって特に設立され、国の手厚い保護と特別の監督下にあるがために、人は往々にしてその番組は国の特別の監督ないし規制の下にあるかのように誤解する。
 しかしその事実は全くない。放送法は、換言すればそこに現れた国民の放送による利益を確保するためにNHKの表現の自由を確保する必要を認めているのである
。」(荘、同上書、220~221ページ。下線は醍醐追加)

 「現行法を制定し、十余年の長きにわたってこれを改変を加えずに維持しているわが国民の叡智はお互いに自負してよいと思われる。また直接法律制定に参加し、またその後改正提案をしようとすればできた国会議員・政党・政府が、民主主義を守るために共通の広場としての放送の中立性・独立性を確保してきたことは高く評価されるべきである。」(荘、同上書、221ページ)

 こうした荘氏の解説から読み取らなければならないのは、放送法が「放送の不偏不党」を謳うことによって、誰のどういう利益を守ろうとしたのかという点である。

「放送の不偏不党」に関する古森氏の皮相な理解

 9月11日の経営委員会で、古森氏は、

 「NHKは、放送法で不偏不党が謳われているわけですから、政治的に中立でなくてはいけません。その観点から選挙期間中の放送については、特にバランスを考えていただきたいと思います。」

と発言している。ここから古森氏は、不偏不党=中立、と理解していることが読み取れる。往々見受けられるこうした解釈は一般視聴者ならともかく、NHKの監督機関の長の発言としてはお粗末である。

 そもそも、放送法には「中立」という言葉はどこにもない。ちなみに「不偏不党」を謳った放送法第1条第2項の規定は次のとおりである。

 「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」

 つまり、放送法が謳った「放送の不偏不党」は、国家が放送(事業者)を縛るための手段としてではなく、国家、政党等の介入から放送事業者の「表現の自由」を守る手段、言い換えると国家を縛る手段として定められたのである。そして、放送事業者に「表現の自由」を与えた趣旨・目的はなにかといえば、放送法のその後に置かれた放送法制定の目的――「放送が健全な民主主義の発達に資するようにする」――ためであって、放送事業者の気ままな番組制作・放送を許すためではないことは言うまでもない。

 このように理解すると、日本放送協会史が放送の不偏不党について次のような説明を付しているのはうなずける。

 「放送法第1条(目的)には『放送の不偏不党、真実及び自立を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」の規定があり、これを放送事業者の義務と解釈する向きがあった。しかし、保障する主体は放送事業者ではなく公権力であり、これは国家が放送に介入しないように定めた規定である、というのが憲法学者たちの大方の見解である。」日本放送協会編集・発行『20世紀 放送史(下)』2001年、350ページ)

再び政府・軍部の意思を伝える「通路」に成り下がらないために

 もっとも、社史にこう記されているということと、20世紀のNHK(日本放送協会)が、この解釈どおりの放送に徹してきたかは別問題である。それどころか、第二次世界大戦中の日本放送協会の実態が次の記述にあるように、大政翼賛報道はあっても論評を放棄した疑似ジャーナリズムに堕落した苦い経験を経て、国民からの負託として放送の自由を与えられたことを忘れてはならない。ましてや、NHKの「外部勢力に対する抵抗力を強め」(荘、前掲書、233ページ)る合議機関の長たる古森重隆氏が、特定の政治勢力の意向に沿うかのような放送への政治介入発言をNHKの内部から行うのでは、経営委員長として失格の烙印を押されてもやむを得ない。
 
 「1925(大正14)年にラジオ放送を開始して以来、戦前、戦中のわが国のラジオはジャーナリズムではなかった。・・・・・・ジャーナリズムの定義を『時事的な事実や問題の報道と論評の社会的伝達活動』と定義するならば、戦前、戦中のラジオには『報道』はあっても『論評』はなかったからである。・・・・さらにその報道も、放送局独自の取材による報道ではなく、太平洋戦争下では国策通信会社である同盟通信からの配信であり、放送は政府・軍部の意思を伝える通路にすぎなかった。」(竹山昭子『戦争と報道』1994年、社会思想社、17~18ページ)

| | コメント (0)

視聴者コミュニティ、NHK経営委員会へ質問書を提出

 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」(共同代表:湯山哲守・醍醐聰)は本日、NHK経営委員会に対して、同委員会がNHK執行部の次期(5カ年)経営計画案を承認しない決定をしたことについて、見解と質問を提出した。その全文は次のとおりである。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nhk_keieiiinkai_heno_situmon20071002.pdf

 マスコミ報道や社説ではNHK経営委員会の決定をNHK執行部に厳しい意見を突きつけた英断と称賛する論調が多い。しかし、「視聴者コミュニティ」の今回の見解と質問は、こうした論調とは明確に一線を画し、むしろ、経営委員会の決定はNHKに民間経営版のリストラ合理化をせまり、NHK改革を受信料値下げ一本やりに歪曲する危険な内容を持つものと厳しく批判している。

 また、受信料値下げの幅に固執する古森経営委員長の一連の取材発言は、「はじめに値下げありきではない」とする経営委員会の総意(9月25日に同委員会が発表した見解)から逸脱しないのか、質している。

  さらに、「視聴者コミュニティ」が提出した文書では、本年3月1日に当時の経営委員会が発表した「放送法改正に関する見解」と対比して、①NHKのガバナンスに関する捉え方、②受信料値下げ問題に関する見解、に関して、現経営委員会の見解はそれから大きく変容・劣化していることも具体的に指摘している。

 このような見解を踏まえて、「視聴者コミュニティ」は、NHK経営委員会に対し、

1.受信料の下げ幅に固執する意図と根拠について
2.公共放送の範囲とチャンネル数の見直しを説く根拠について
3.NHKのガバナンスのあり方について
4.古森委員長の「戦後体制見直し論」の真意について

質問し、10月19日を期限として文書での回答を求めている。経営委員会がこれに真摯な回答をするよう望んでいる。

| | コメント (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »