自ら企画・提案した事項を自ら議決・監督するという一部のNHK経営委員の珍妙な法解釈
誤解をしているのはどちらなのか?
――自らの権限拡大に執心する経営委員――
NHK経営委員会のホームページに掲載された同委員会の第1053回会合(平成19年10月9日開催)の議事録を読むと、経営委員会の権限の範囲は監督機能にとどまるのか、重要事項を企画・提案し発議する機能まで含むのかをめぐって、一部の経営委員とNHK執行部との間で長い議論が交わされている。その中に次のようなやりとりがある。文中のカラーと下線は筆者の追加である。
(古森委員長) “2ボード制”と言うと、どちらも対等であるようにとる向きもあります。そういういうことではなくて、そもそも機能が違うのですから、こうしたガバナンスの根幹にかかわることについては、誤解を受けないようはっきりと言っていただきたいと思います。
(小林委員) 経営委員会が、NHKの最高意思決定機関であることは、衆・参議院の総務委員会でNHK予算を承認する際の附帯決議にも書かれていますが、会長以下執行部は、監督機能だけを強調されて、妙にこのことを口にされないように感じます。経営委員会が最高意思決定機関であることについては、異存はないですね。
(橋本会長) 異存ありません。
(原田専務理事) 執行の役割と議決の役割と、そこを踏まえるということだと思います。
(小林委員) それからもう1つ、「経営委員会や経営委員が、みずから業務の運営に関する重要事項を企画・立案し、経営委員会の場で提案して、決定する権限を有する」という放送法の解釈は、7月の経営委員会で確認されましたが、これもよろしいですね。今一度確認したいと思います。
(原田専務理事) 経営委員会が決定するという役割はそのとおりですが、あらゆる事項についてみずから企画・立案をして、みずから決めるということではないと思います。
(永井副会長) 経営委員みずからが企画・立案なさった場合に、どなたがよいと判断されるのでしょうか?
要するに、古森氏、小林氏ら経営委員は自分たち経営委員会の方がNHK執行部より、「偉いのだ」ということを認めるよう執行部に執拗に迫っているのである。
しかし、ここで重要なことは、どちらが上か下かではなく、放送法第13条2項で定められた経営委員会の権限、すなわち、「重要事項を決定する権限」を「重要事項を企画・立案し、提案して決定する権限」というように読み替えようとする小林氏らの法解釈論の是非である。最高意思決定機関と呼ばれているから、経営委員会には議決権だけでなく、企画・立案・提案権もあると主張するのは弁護士にしてはあまりに粗雑な議論である。
永井副会長や原田専務理事ならずとも、提案(発議)した者が議決し、その執行状況も監督するというワン・ボード・システムが組織のガバナンスの常識から外れたものであることは、近年の民間企業における取締役会改革が明瞭に示している。
執行機能と監督機能の分離は組織のガバナンスの常道
これまでわが国では、取締役会は会社法上、業務執行の権限と取締役の業務執行を監督する権限をあわせ持ってきた。これとは別にわが国では監査役を設置してきたが、有効に機能してきたとはいえなかった。そこで、新会社法は大会社たる公開会社でいうと、従来と同様の機関を組み合わせた「監査役設置会社」と、監査役制度に代わって社外取締役を中心に構成される3つの委員会(指名委員会、監査委員会、報酬委員会)と執行役を設置する「委員会等設置会社」のどちらかを選択できることにした。
このような新しい機関設計が導入されたのは、これによって従来、取締役会に混在していた業務の執行機能と監督機能を分化独立させることに眼目があった。つまり、新しく導入された「委員会等設置会社」においては、執行役は取締役会からの委任を受けて会社の重要事項を決定し執行する機能を担う一方、取締役会は業務執行や業務上の意思決定は行わず、それを執行する代表執行役あるいは執行役を監督する職務を担うことになった。いうなれば、業務の執行と監督の分離を明確にすることによって権限と責任の帰属を徹底し、以て会社のガバナンスが有効に機能することを意図したのである。
つまり、営利か非営利かを問わず、業務の執行機能と監督機能の分離は組織のガバナンスのイロハである。そうした経営の常道を、この期に及んでNHK執行部がにわかに言い出したかのように描く古森氏らの発言の方が、よほど経営のトップの地位にあった経済人の発言としては珍妙である。業務計画を企画・立案・決定した組織がその業務の執行状況を監督するとしたら自己監査以外の何者でもなく、監督の体をなさない。
また、古森委員長や小林委員は、NHKが執行機能と監督機能からなる2ボード制を採用していると説く橋本会長らの発言をイレギュラーな解釈かのように問い詰めているが、こうした解釈は放送法が制定された時点で想定済の通説であった。国会議事録でこの点を確かめておきたい。
執行機能と議決・監督機能の分離は放送法制定史からも明らか
(政府委員〔綱島毅君〕) (日本放送協会は)この法律によって・・・・・現在の社団法人日本放送協会から継承するところの財産を運用しまして、経営委員会という議決機関、会長その他の執行機関等を持つところの特殊な法人でございます。・・・・・
協会の業務の経営を民主的に行うために、協会には先程申し上げました経営委員会を置きまするが、この経営委員会は、協会の経営方針を決定し且つその業務の運営を指導統制するものでございまして・・・・・・」(第7回国会参議院電気通信・文部委員会、昭和25年2月15日)
こうした政府答弁がその後の国会審議の中で踏襲されている。なお、この件に関して、1958年の第28回国会参議院逓信委員会の場で田中角栄国務大臣(当時)が、同国会に提出された放送法改正法案の審議の中で次のように答弁しているのも注目される。
(国務大臣〔田中角栄君〕) ・・・・・会長が経営委員会に入っておって表決権を持つということは非常に便利なようでありますが、これは責任が非常に不明確になるのです。・・・・・でありますから、私は行政機関の責任者は総理大臣だ、こういうふうにやっぱり明確に規定しなければいかん、あいのこのような考え方はいかん、こういう考えで会長を経営委員会からはずしたのです。そうして経営委員会も現行法では指導統制でありますが、重要な問題に対してだけ決定するという意思決定機関としての明確に規定を分けまして・・・・・、意思決定機関と執行機関の責任者は当然責任が分かれておらなければいかぬということで、経営委員会からはずしたのであって・・・・・・。」
ここからも、放送法の制定当初からNHKの機関設計については業務執行機関としてのNHK執行部と業務に関する重要事項の議決・監督機関としての経営委員会の権限と責任の区分に強い関心が向けられていたことがわかる。この意味で上記のNHK会長以下の執行部の2ボード制論は放送法の制定経過を知るものにとっては至極当然の解釈なのである。古森委員長、小林委員は「自分たちの方が上だ」と高圧的にふるまう前に放送法をその制定史も含めて勉強することが急務である。
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コメント
なんで指名委員会のヒアリングのあとにかぐやにのせたハイビジョンカメラのレンズがフジノンという紹介をする必要があるのか。
投稿: | 2007年11月28日 (水) 01時55分
今は経営委員会のリーダーシップこそ必要なのでは?
経営委員会の議事録によると、NHK執行部は理事会の前に議事録の残らない役員会で別途打ち合せを行っていて、理事会を形骸化しているようですが、このような執行部こそ糾弾の対象とするべきだと思いますが、いかがでしょうか。
投稿: すがりん | 2007年11月17日 (土) 13時36分