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衛星映画評「ジュリア」――反戦の知性に裏打ちされた2人の女優の演技に魅せられる作品――

作品紹介
 昨夜220日)21時~2259分、BS2衛星映画劇場で放送されたアカデミー受賞作品特集「ジュリア」を観た。原作リリアン・ヘルマン、監督フレッド・ジンネマンの1977年作の知る人ぞ知る作品である。原作者のユダヤ人劇作家ヘルマンの回顧録を映画化したものといわれ、彼女の人生に大きな影響を与えた2人の人物――幼馴染のジュリアと恋人のハードボイルド作家ダシール・ハメット――との交友と愛情が展開していく。特に、アメリカの大富豪の娘として生まれながら、当時ベルリンで反ナチスの運動に身を投じたジュリアとの再会と別離の息の詰まるようなシーンが圧巻だった。以下では、ナチス統治下のベルリンで反ナチス運動を続けるジュリア(ヴァネッサ・レッドグレーブ)の下へジェーン・フォンダ扮する主人公が活動資金を携えて出向く場面を中心に紹介しておきたい。

反ナチ運動の資金の運び役を引き受けた主人公
 主人公がモスクワ演劇祭に招かれてパリに滞在中に、ジュリアからの言伝を携えたヨハンと名乗る男が主人公に近づき、5万ドルをベルリンに居るジュリアのもとへ運ぶ役を引き受けてくれないかと持ちかける。ベルリン経由でモスクワに行くことにして、途中、下車してもらえないかというのである。
 宿泊のホテルでヨハンと朝食をとった後、二人はホテルの向かいのチェルリー公園のベンチに腰をかけてベルリン行きの話をする。(以下、不正確な箇所があるかも知れない。)

「わたしたちのために、ベルリンまで5万ドルを運んでいただけませんか? 獄中にいる仲間を釈放させるための賄賂として使うのです。私たちはナチに抵抗するグループです。特定のイデオロギーも宗教もありません。カトリック教徒、共産主義者など思想はさまざまです。ただし、よく考えてけっして無理はしないでください。たぶん大丈夫だとは思いますが。」

 「ちょっと飲みものをとりませんか?」

 「いえ、もう一度言います。心配はないと思いますが、よく考えて無理はしないでください。」

 「ちょっと考える時間をください。2、3時間ほど」

 「あまり突き詰めて考えない方がいいですよ。それでは明日の朝、北駅のホームにいます。決心がついたら、とおりすがりにハローと言ってください。もしお引き受けにならないなら、わたしの前を通り過ぎてください。」

 次の日、制止も聞き入れず見送りについてきた友人といっしょに北駅のホームに着くと、あの男がこちらへ近づいてきた。主人公はどうにか友人を振り切ると、目の前を通り過ぎた男の背後から、大声で叫んだ。

 「ミスター・ヨハン、ハロー、ミスター・ヨハン」

ヨハンは向き直ってしばらくこちらを見つめた後、近づいて来た。

「ポーランドに発つ甥がこの列車に乗車します。2等の4号車です。」

 乗車して通路を進むと、まもなくスーツケースと箱をふたつ持った青年と行き会った。すると青年はこう話しかけてきた。

 「わたしは2等の4号車です。これはジュリアからのお誕生日プレゼントです。」

 箱の中には丈の長い帽子と、「この帽子をかぶるように」というメモが入っていた。

ジュリアとの再会、そして・・・
 その後、車中での手荷物検査、検問所でのパスポートチェックを無事通過して、なんとかベルリン着。その間、主人公のそばには次々と見知らぬ男女が寄り添い、リレー式に彼女の道案内をした。そして、ベルリン駅に下車した主人公は言われるままに駅近くのレストランに入ると、テーブルに座ったジュリアの姿が目に飛び込んだ。

 テーブルに向き合って言葉を交わして間もなく、ジュリアはテーブルの下の足を指して「義足なの」と告げた。傍らには二本の松葉杖が置かれていた。二人は再会を喜び合う間もなく、平静を装いながら短い食事をとると、ジュリアは立ち上がって化粧室に入り、しばらくして笑顔で戻ってきた。

 ジュリアは無事、資金を受け取ったことを告げると、なおも話しかける主人公を突き放すように、早くここを離れるようにせかす。こうしてジュリアと別れた主人公はワルシャワ行きの列車に乗り込んだ。

 しかし、主人公とジュリアの出会いはこれが最後となった。 1938523日、パリへ戻った主人公の下へロンドンから電報が届いた。ジュリアが殺害されたことを伝える電報だった。

 2人の女優の見事な演技とそれを裏付けた実践活動
 ドイツ軍占領下のワルシャワでユダヤ人の殺戮を平然と続けるナチス兵士の残忍な行為を容赦なく描いた「戦場のピアニスト」を自宅の近くのシネマホールで見た時のことを思い出した。「ジュリア」には、あの映画の中の椅子に座ったユダヤ人老女を椅子丸ごと窓から投げだすような残酷なシーンこそなかったが、息をつめて見入る場面の連続であった。

 生死と背中合わせの状況に立たされた人間は周りの人間への疑心暗鬼を余儀なくされる。しかし、主人公を演じるジェーン・フォンダとジュリアを演じるレッドグレーブの感情を抑え平静を保つ、息の詰まるような知性がにじみ出た演技は圧巻だった。これは役回りに徹する女優としての力量もさることながら、反ナチズム、反戦に共鳴した彼女らの実生活における思想信条の裏打ちがあればこそ役柄に徹し切れたのではないかと思えた。

 事実、ジェーン・フォンダはベトナム反戦運動に身を投じた闘士として知られている。また、ジュリア役のレッドグレーブはこの映画での演技でアカデミー賞助演女優賞を受賞したが、授賞式のスピーチが政治的であったということで物議をかもした。

赤狩りの非米活動調査委員会でも友人を売り渡さなかったヘルマン
 1950年代のアメリカを席巻した「赤狩り」(共産主義思想の弾圧・排除)は映画人も例外ではなかった。下院に設けられた「非米活動調査委員会」に召喚された映画人の多くは自らの保身のために次々と友人の名前を挙げ、弾圧に加担していった。
 そんな中、1952
5月、委員会へ召喚され、共産党に参加した友人の名前を挙げるよう求められたヘルマンは、あらかじめ用意した次のような文書を読み上げた。

 「自分を救うために長年の知己である無実の人たちを傷つけるのは非人間的で品位に欠ける不名誉なことです。私は政治的な人間ではなく、いかなる政治的団体に身を置いたこともありません。しかし、私は昨今の流行に順応して良心を裁断するようなことはしたくありません。」

 このような証言によってヘルマンは監獄にこそ送られなかったが、以後、ハリウッドの世界のブラックリストに載せられ、長きにわたって仕事から排除された。彼女の生涯については、様々な負の部分を指摘する議論もある。しかし、あの全米を覆ったマッカーシズムに敢然と立ち向かい、堂々と良心を貫いた強靭な理性の劇作家が存在したことはアメリカ映画界の輝かしい記念碑と言ってよい。「ジュリア」はそのような作者の知性を静かに、しかし、確実に視聴者に伝える作品であった。

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