日本の医療費抑制政策は正当か? ~医薬品製造業の高収益構造が問いかけるもの~
さる5月9日付けで拙書『会計学講義』第4版、東京大学出版会、を刊行した。このブログにアクセスされる方々は会計学に関心を持たれた方ばかりではないと思うが、自分の専攻分野での仕事の一端をお伝えできればと思い、以下、東京大学出版会のHPに掲載された拙書の紹介記事(目次と担当編集者のコメント)を同会の許可を得て、PDF版で転載することにした。
醍醐聰『会計学講義』第4版、2008年5月、東京大学出版会、目次
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaikeigakukougi4ed_mokuzi_UP.pdf
同上書、表紙カバ-(絵は衣川史さんの作品「浸透」である。衣川さんの了解を得て、このブログに転載することにした。)
この記事では、日本の医療費抑制政策の正当性を検討する一助になると思われる医薬品製造業の高収益構造を示すデータ(拙書の第3章の冒頭に掲載したTopix3)をこのブログにアクセスしていただいた方々にも参照いただければと思い、一部割愛のうえ、転載することにした。なお、Topix3は損益計算書の読みこなし方を学ぶ事例として掲載したものである。
【Topix 3】医薬品製造業の損益計算書の特異性
下の表は製造業、医薬品製造業ならびに医薬品製造業に属する2社の2004年度の百分比損益計算書(売上高を100とした場合の主な収益・費用項目、各種利益の割合)の一部である。
図表3-1 医薬品製造企業の百分比損益計算書(2004年度)
製造業 医薬品 小野薬 武田薬
製造業 品工業 品工業
売上高 100.0 100.0 100.0 100.0
売上原価 78.5 34.1 14.5 25.4
売上総利益 21.5 65.9 85.5 74.6
販売費及び
一般管理費 15.8 44.7 44.3 30.7
うち研究開発費 4.3 21.2 18.9
営業利益 5.7 21.2 41.2 43.9
営業外収益 1.9 2.0 1.5 3.2
営業外費用 1.4 1.1 0.3 1.7
経常利益 6.2 22.1 42.5 45.4
(注) 製造業、医薬品製造業は資本金100億円以上の企業の総計
(出所)製造業、医薬品製造業は、経済産業省経済産業政策局調査統計部『企業活動基本調査報告書』平成17年、平成19年3月。小野薬品工業、武田薬品工業は各社の有価証券報告書より作成
【設問】
1.売上総利益、営業利益、経常利益はそれぞれどのように異なるのか?
2.上の百分比損益計算書から、製造業と医薬品製造業では損益計算の構造にどのような違いかあるか、説明せよ。その違いは医薬品製造業の営業活動のどのような特徴を表していると考えられるか?
【Topix 3の解説】
医薬品製造企業の高収益構造から見えてくる日本の医療費抑制政策の歪み
この章の冒頭に掲げた図表3-1から次のような特徴を読みとることができる。
1.企業の定常状態での収益性を表すといわれる経常損益の段階で医薬品製造業は製造業平均の3.6倍の収益率を記録している。また、医薬品製造業の中でも図表3-1で上げた2社は同業種の平均のさらに約2倍の経常利益率を記録している。
2.医薬品製造業では営業費用に占める研究開発費の割合が高いが、それを差し引いた営業損益段階でも製造業平均の3.7倍の利益を確保している。
3. このように医薬品製造業が製造業平均と比べて極端に高い利益水準を記録した原因は、異例ともいえるほど高い売上高総利益率(売上総利益/売上高)にある。これは薬価が原価を大きく上回る水準で設定されていることを意味する。
従来、日本では医療機関に納入される医薬品の卸価格が市場の実勢価格を下回る結果、その乖離に相当する「薬価差益」が大きいことが問題にされてきた。なぜなら、このように卸価格と実勢価格が乖理した状態では、医療機関は患者に医薬品を投与すればするほど利鞘を稼ぐことができ、それが薬漬け診療をはびこらせ、医療費を押し上げる要因になっていると考えられたからである。
このような議論を踏まえて厚生労働省は薬価改定の都度、薬価差の縮小を促してきた。その結果、1991年には23%とされた薬価差益は2006年には8%まで縮小した。しかし、それでも医療費の高騰傾向は止まっていない。そこで、政府は医療費の総合的抑制策を打ち出し、患者負担の引き上げとそれによる受診の抑制を誘導している。
しかし、上で指摘したデータを見ると、このように需要側をコントロールすることを主眼にした医療費抑制政策には疑問が生じる。なせなら、医療費を管理する上で重要なのは薬価差益というよりは薬価そのもの(供給側の要因)だと考えられるからである。つまり、かりに医療機関への納入価格を市場の実勢価格に近づけたとしても、その市場価格が原価と大きく乖理している限りは国の医療保険費と患者負担の総枠は変らないからである。
残念ながら、医薬品価格の国際比較をした最近のデータは見当たらないが、旧経済企画庁がまとめた1996年版の『国民生活白書』で引用された資料(大阪府保険医協会調べ。1993~1994年当時)によると、日本の主な医薬品の価格はアメリカの1.1倍、ドイツの1.4倍、イギリス、フランスの2.7倍となっている。このように、国際比較で見た日本の薬価の高い水準が日本の医薬品製造業に異例ともいえる高率の利益をもたらしている大きな要因ではないかと考えられる。なかには、薬価を切り下げると医薬品製造業界の生命ともいえる研究開発のインセンティブを損なうとの指摘がある。しかし、図表3-1を見ると、医薬品製造業は業界に特有な多額の研究開発費を支出したうえで、なお既述のような異例ともいえる高率の利益を確保していることを見過ごすことはできない。
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コメント
山田洋行元専務の国会での証言、NHKは何故、放映しなかったのでしょうか。そしてまた、新聞を始めとする各メディアは何故、知らんプリをしたのでしょうか。
投稿: 只今 | 2008年5月26日 (月) 16時28分