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生活保護・医療保険はセ-フティネットとしてどう機能しているか~NHKスペシャルへの自民党議員の攻撃に関連して(その1)~

NHKスペシャル~セ-フティネット・クライシス~が伝えようとしたこと
 
さる511日に放送されたNHKスペシャル「セ-フティネット・クライシス~日本の社会保障が危ない~」は、国民健康保険料滞納により、保険証を取り上げられて医療が受けられず、亡くなった人々のことを取り上げた。
 これについて520日の参院総務委員会で磯崎陽輔議員(自民党)は、参考人として出席したNHK正副会長ほかにむかって、政治的に偏向した番組だと咎めた。健康保険料には減免制度があることを番組はきちんと伝えなかった、保険料滞納の背景を説明していない、保険証の取り上げと死亡の因果関係を証明していない――これが磯崎議員のいう「偏向」の中身だった。もとより、ある番組で取り上げたテ-マについて、その背景を十全に説明することは時間的に不可能である。
 それを承知で、この番組が伝えようとしたのは、人件費の削減のため企業が雇用を拡大した非正規社員は、社会保険への加入が認めらない例が少なくない、その結果、非正規社員の国民保険への加入 国民保険の医療費負担の増加 保険料の引き上げ 滞納者の増加、という悪循環が生まれている実態だった。日本の社会保障(セ-フティネット)が直面する危機的状況を伝えることは、市民が日本の社会保障制度が向かうべき方向と政策課題を考える上で貴重な素材になると考えられる。

生活保護の申請を抑制する水際作戦
 磯崎議員は医療保険制度には生活保護制度という補完的セ-フティネットがあるのにこれに触れなかったとNHKスペシャルを非難した。しかし、それをいうなら生活保護制度が補完的セ-フティネットとしてどれほど機能しているのかに言及する必要がある。
 折しも、2008722日の『朝日新聞』朝刊に、同紙が情報公開法によって厚生労働省から入手した全国各市と東京23区の2006年度の生活保護申請率(福祉事務所の窓口に相談に訪れた世帯数のうち生活保護の申請をした世帯の割合)の実態調査の結果が掲載された。それによると、それによると、全市集計では相談に訪れた世帯は348,276でうち申請したのは155,766、申請率は全国平均で44.7%だった。ただし、都市によって申請率のバラつきが大きく、指定市で最高の千葉市は70.5%だったのに対し、最低の北九州市は30.6%だった。また、同じ市の中でも大阪市では24区のうち、北区72.4%から浪速区の21.8%まで50ポイント以上の開きがあった。このことは相談窓口での対応が市あるいは区ごとの裁量によって左右されていることを意味する。

 事実、「親族がいるからダメ」とか、「仕事を探せ」などといって、申請書を渡さない「水際作戦」が各地に広がり、申請権が侵害されたと相談した世帯が訴訟を起こす動きも出ている。たとえば、申請率全国最低の北九州市では1980年頃から各福祉事務所が保護開始数を目標値以下に抑える「目標管理」を導入したという。同市では2007年までの3年間に保護申請を拒まれた男性が孤死に至る事件が3件起こった。その中には、半ば強制的に申請の辞退書を書かされた男性がいた。

セ-フティネット・クライシスの制度的背景
 このようにセ-フティネットが半ば機能不全の状態に陥った本質的原因は自治体の窓口対応のあり方ではなく、非正規雇用者に対する日本の社会保障の後進性にある。以下では、この問題を雇用保険、健康保険、厚生年金に分けて検討した戸田典子「非正規雇用者の増加と社会保障」『レファレンス』20072月、を参照しながら、非正規雇用者に対する日本の社会保障の実態を確かめておきたい。

  表1 雇用形態別の各種保険の適用率         単位:%

雇用保険

健康保険

厚生年金

正社員

99.4

99.6

99.3

非正社員全体

63.0

49.1

47.1

契約社員

79.0

77.4

72.2

嘱託社員

83.5

87.7

84.5

出向社員

87.4

90.9

89.3

派遣社員

77.1

69.9

67.3

臨時的雇用者

28.7

24.7

22.7

パ-トタイム労働者

56.4

36.3

34.7

その他

70.9

67.0

65.6

(出所)厚生労働大臣官房統計情報部『平成15年就業形態の多様化に関す
る総合実態調査報告』
pp.148149.戸田典子「非正規雇用者の増加と社会
保障」『レファレンス』
20072月、32-ジ、より作成。

 上の表1から、
①正社員と非正社員では3つの保険の適用率にいずれも大きな開きがあること、
②さらに、その開きは健康保険・厚生年金の間で顕著な差が見られ、非正社員へのこれら2つの適用率は50%を下回っていること、
③非正社員の中でも、契約社員、嘱託社員、出向社員はどの保険でも70%を超える適用率となっているのに対し、臨時的雇用者、パ-トタイム労働者の健康保険、厚生年金の適用率は40%を下回っていること、
がわかる。

 このうち、①のような実態が生れたのは、被雇用者側の要因からいうと、健康保険、厚生年金の場合は配偶者の被扶養者となれば保険料を負担する必要はない、そのため、労働時間、労働日数の基準を満たしていても、非正規雇用者本人としての加入を避ける場合がある。また雇用者側の要因としては、正社員であれば雇用保険とともに負担しなければならない社会保険料を負担しなくて済むという事情がある。その結果、
2005年現在、国民年金の第1号被保険者の37.2%は雇用者で、そのうち、25.2%は臨時・パ-トの労働者が占め、自営業主の割合は17.8%にとどまっている。1996年当時、臨時・パ-ト労働者の占める割合は13.8%であったから、この10年間に2倍弱の伸びを記録したことになる(戸田、前掲論文、26ページの図2参照)。

 また、短時間労働者の医療保険への加入状況の一端を確かめた資料として、戸田論文(
37ペ-ジ)は厚生労働省『平成16年国民生活基礎調査』を紹介している。それによると、35歳未満のパ-ト、アルバイトをしている者(求職中を含み、学生を除く)のうち、自分の勤務先の医療保険に加入している者は男性で20.1%、女性で25.0%に過ぎず、男性の49.9%、女性の36.0%が市町村国保または国保組合に加入している。

 このように見てくると、
NHKスペシャル~セ-フティネット・クライシス~は時間の制約の中で、非正規雇用者に対する日本の社会保障の貧困を的確に伝えたと言って差し支えない。加えて、前記のような日本の生活保護制度の歪んだ運用の実態を知るにつけ、(最後の)セ-フティネットとしての生活保護制度を紹介しなかったとNHKスペシャルを攻撃した磯崎議員の国会質問は、放送法が禁じた公権力による個別の番組への露骨な干渉であると同時に、同議員自身の生活保護制度に関する認識の欠如を露呈したものといえる。

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厚生労働省による史上最大の“派遣切り”

◆厚生労働省の横暴か暴挙か・・

 厚生労働省が派遣会社の許可制度見直しを決めました(3/26)。労働者派遣法改正案が未成立の現段階で、何の議論も無しに人材派遣会社を廃業へ追い込む暴挙というほかありません。この制度見直しが今秋から実施されたなら、派遣労働者は雇用を奪取され、今後2年以内に約200万人以上の「派遣切り」が現実のものとなります。そして、人材派遣会社のほぼ90%は廃業に追いやられるという非常事態を招くことになるのです。

◆人材派遣会社を潰すつもりか

◆廃業に追い込まれる人材派遣会社

◆人事総務部ブログ&リンク集
 http://www.xn--3kq4dp1l5y0dq7t.jp/

投稿: 人事総務部-ブログ&リンク集- | 2009年5月27日 (水) 20時17分

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