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特別会計の余剰金は「焼け石に水」ではない――「埋蔵金」論争の正しい決着のために(1)――

誤解に満ちた「埋蔵金」論争
 財政赤字の補てんや社会保障政策のための財源をどのように確保するのかをめぐって議論が沸騰している。その中で、世上、「霞が関の埋蔵金」と称されている特別会計の余剰金(定義は後述)を社会保障費等のための安定的な財源としてあてにできるのかどうかが、大きな争点の一つになっている。これについて、先の自民党総裁選で圧勝した麻生太郎新首相が景気対策のための一時的財源として特別会計の積立金を活用する考えを示したのに対し、与謝野馨氏は「埋蔵金」をあてにすることを一貫して戒め、次のように述べている。

 「『埋蔵金』論争だが、あると証明した人もいない。楽観論を国民に与えてはいけない。現実にお金があるかないか、それは使っていいお金かも含めて、正直に政治が国民に説明する。妙な楽観論は日本の将来に好ましくない。」(『毎日新聞』2008913日)

 「ただし、残念なことに、こうした無駄をカットすることで浮くお金は、どんなに頑張っても年に数百億円にしかならない。ところが、私たちが直面している財政問題は、何兆円単位の収支である。財政赤字の問題解決として、無駄を省けばいいのだという議論は、本質的に成立しない。ボリュームが違いすぎるのだ。」
 (与謝野馨『堂々たる政治』2008年、新潮新書、151ページ。ただし、与謝野氏がここでいう「無駄」は霞が関省庁全体の財政執行のあり方を指したものであり、特別会計の「埋蔵金」に限定した議論ではない。)

 これと同類の議論は金融・財政政策を専攻する経済学者の中にも見受けられる。たとえば、慶応義塾大学教授の吉野直行氏は、「『埋蔵金」頼みには限界」と題した論説(「経済教室」『日本経済新聞』200856日)の中で、財政融資資金特別会計を例にとり、次のように述べている。

 「国の特別会計にある『準備金』などを取り崩すことで、財政赤字を縮小させ、国債残高の減少につなげることができるであろうか。・・・・・バブル崩壊以降の財政赤字肥大化で積み上がった莫大な国債残高を減らす手段としては、焼け石に水の議論である・・・・。」

 「万が一、埋蔵金を財政赤字削減に充当した場合でも、財政赤字縮小は当年度のみで、翌年度以降の財政収支改善にはつながらない。」

 また、経済産業研究所上席研究員の鶴光太郎氏も、次のように述べ、埋蔵金は安定財源になり得ないと力説している。

 「埋蔵金はあくまで枝葉の議論に過ぎないことをまず認識すべきだ。埋蔵金論争では規模の話が完全に度外視されている。何十兆円規模の財政赤字に対し、無駄を削って浮かすことができる財源はせいぜい数百億円程度。・・・・・そもそも上げ潮派が埋蔵金と主張している特別会計の積立金を取り崩したとしても、一過性の財源に過ぎない。」(『毎日新聞』2008511日)

 以上、与謝野馨氏、吉野直行氏、鶴光太郎氏の議論は、特別会計の埋蔵金を行政の無駄と同列のものとみなし、その規模からして財政再建なり社会保障費の財源としては「焼け石に水」で安定的な財源とはなり得ないとみなす点で共通している。しかし、私に言わせれば、3氏が自信ありげに語るこの共通点こそ、疑ってみる必要がある。

特別会計の余剰金は一過性の財源なのか?
――
「埋蔵金」という用語に誤導されないために――
 目下、政界では、小泉内閣以来の社会保障費2,200億円の削減路線の継続か撤廃か、撤廃する場合、財源をどうするのかをめぐって、活発な議論が交わされている。その一つとして基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げる措置の実施時期が議論されてきたが、政府・与党は年間2.3兆円の財源確保のための消費税引き上げの目途が立たないことから、2009年度4月開始という当初の予定を先送りし、当面、消費税増税に代わる財源として、特別会計の積立金(「埋蔵金」)を充てる案が浮上している。しかし、上記3氏の議論にも見られたように、特別会計の積立金は1回限りの財源であって社会保障費のための安定した財源とはなりえないという批判が根強い。
 ここで注意が必要なのは「埋蔵金」の定義である。「埋蔵金」を財政再建にとって「焼け石に水」とみなす議論は、「埋蔵金」を暗黙裡に特別会計の「過剰な」積立金に限定して使っている。「積立金」といえばストックであり、いったん取り崩せば消えてなくなる一過性の財源と誰しも思いがちだからである。しかし、特別会計から見込まれる「増税なき増収」の財源は「過剰な」積立金にかぎられるわけではない。それ以外にも、毎年、多くの特別会計に発生している不用額(=歳出予算現額-支出済額-翌年度繰越額)、使途が不定のまま翌年度に繰り越されている多額の剰余金も問題とされる必要がある。以下では、各特別会計が保有する「過剰な」積立金・資金に、①②を加えた金額を特別会計の「余剰金」と呼び、これらが社会保障費の一過性の財源に過ぎないのかどうかを財務データに基づいて検討したい。

特別会計には余剰金がどれほどあるのか?
 特別会計の財政規模を2008年度歳出予算で見ると(ただし、一般会計と特別会計間の入り繰り、特別会計間の入り繰りなどの重複分を除いた純額ベース)、178.3兆円で一般会計( 34.2兆円)の5.2倍に相当する。また、特別会計全体の過去5年間の決算状況を概観する(データは次の表1を参照いただきたい)と次のような特徴を指摘できる。
  1 各特別会計の決算状況(2006年度)
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tokubetu_kaikei_kessan_H18.pdf


1)過去5年間、特別会計全体で2351兆円の歳計剰余金を計上しており、これらの金額を歳入決算額で除した剰余金率は6.411.3%の水準を記録している。また、2006年度の歳計剰余金を個別の特別会計ベースで見ると、9つの保険事業特別会計を除く22の特別会計・24の勘定のうち、8つの特別会計・4つの勘定で剰余金率が20%を超えている。
22006年度の歳計剰余金の処理の状況を見ると、翌年度歳入への繰越が41.9兆円、積立金・資金への繰り入れが7.4兆円、一般会計への繰り入れが1.6兆円となっている。つまり、剰余金の約97%、49.3兆円が特別会計に留保されているのである。しかるに、会計検査院の調査結果によると、2004年度決算において翌年度の歳入として繰り越された4.8兆円のうち、見合いの財源として確保しておくべき額が確定しているものが2.4兆円、未定のものが2.4兆円となっている。
3)過去5年間、特別会計全体で毎年9.2兆円12.1 兆円(保険事業特別会計を除くと5.8兆円~9.0兆円)の不用額を計上している。また、個別の特別会計ベースで見ると、保険事業を除く22の特別会計・24の勘定のうち、5つの特別会計・7つの勘定で不用率が10%を超えている。詳しくは、次の表2を参照いただきたい。
  2 各特別会計の不用額の推移
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tokubetu_kaikei_fuyogaku.pdf

4)ここで留意する必要があるのは、不用額は上記のとおり、
    歳出予算現額-支出済歳出額-翌年度繰越額=不用額
という計算式により計算されている点である。言い換えると、翌年度に執行が見込まれる支出残額は不用額として計上されず、「翌年度繰越額」として処理されているのである。では、翌年度繰越額はその後どうなったのかというと、たとえば、旧電源開発促進対策特別会計の不用率は2002年度から2003年度にかけて25.7%から18.5%へと大幅に低下している。これは歳出予算額の執行率が上ったからではなく、新たに電源立地の進展に伴って将来発生する財政需要に対応するためとして、同年度から「周辺地域整備資金」が新設され、この資金勘定への剰余金の繰り入れが始まったからである。では、同資金の使用実績はどうかというと、2003年度~2005年度は払出ゼロで、2006年度には同資金固有の支出予定額が少なかったため、約49.9億円を同じ特別会計内の電源立地勘定(当時)の歳入に繰り入れている。このような支出残額や新設の資金の翌年度以降の使用実態を見ると、実際の不用率は公表値よりも相当高い水準にあると推定できる。
52006年度末現在、特別会計全体で203.8兆円の積立金・資金を保有している(9つの保険事業を除く22の特別会計の合計では166.9兆円)。また積立金・資金の推移を見ると、2002年度末現在で192.5兆円であったのが、2006年度までの5年間に11.3兆円増加している。その一方で、19952004年度の10年間に使用実績がゼロの積立金・資金を保有する特別会計が保険事業で6、その他で4となっている。

特別会計の余剰金は「焼け石に水」ではない
 以上のような事実を確かめると、特別会計の余剰金は、与謝野氏や鶴光氏がいうような数百億円というオーダーではなく、数十兆円という規模であること、また、一過性の財源どころか、毎年6兆円~9兆円の規模で発生し続けていることは明らかである。もちろん、これだけで財政赤字の解消を図れるわけではないが、基礎年金の国庫負担率を2分の1まで引き上げるのに必要な2.3兆円の財源を賄う上では有り余る安定した財源といって差し支えない。

 むしろ、「焼け石に水」というなら、消費税の1%税率引き上げで見込まれる税収(地方配分額を含め)は約2.7兆円で、財政赤字の解消や国と地方の債務残高773兆円(2006年度予算段階)に対しては特別会計の余剰金よりもはるかに「焼け石に水」である。それでも消費税こそ安定した財源と言い続けるのは、それこそ「国民に根拠のない楽観論」を振りまく議論か、さもなければ消費税率の果てしない引き上げを目論む地ならしの議論といわなければならない。

  次の記事では、特別会計の積立金は与謝野氏や一部の経済学者がいうように使い道が決まっていて取り崩すことができない財源なのかどうか、特別会計に毎年なぜ多額の剰余金が生じるのか、特別会計の余剰金を一般会計に還元して活用することが国の財政収支に(一過性ではなく)中長期的な貢献をすると期待できる理由、についてもう少し詳しく検討してみたい。

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12月のNHK経営委員選任にあたっての公募・推薦制の採用と古森重隆氏の委員不任用を求める署名運動

 本年12月に4名のNHK経営委員の任期が満了し、新しい経営委員の選任が行われる。この人事に関し、6つの視聴者民団体が連名で3項目の申し入れを、任命権者である内閣総理大臣と国会での同意人事に参画する衆参国会議員、及び各政党宛てに提出することになった。それに伴い、この申し入れに賛同の署名を呼びかける運動を起こすことにした。
 申し入れ文書と賛同署名のフォーマットは以下のとおりである。署名は11月末日を最終の集約日とし、1015日を第一次の集約日としている。また、これに先立ち、10月初旬に内閣府へ申し入れ文書を提出することにしている。
 安倍前首相の肝いりで経営委員長に就任した古森重隆氏はこれまでに、下記の署名用紙に記載したような、公共放送の監督機関の長としてはあるまじき言動を繰り返してきた。そこで、今春、兵庫、大阪、京都の視聴者団体とNHKを監視・激励する視聴者コミュニティは古森氏の経営委員罷免を求める署名運動を呼びかけ、6,280筆の賛同署名を集めた。
 今回はそれを超える1万筆の署名を目標にすることで各団体で合意した。このブログをご覧いただいた方々で3項目の呼びかけに賛同いただける方は、次の署名用紙
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/keieiiin_sennin_shomei.pdf
をダウンロードのうえ、名前、住所をご記入のうえ、
 〒134-0083 江戸川中葛西五郵便局局留 視聴者コミュニティ 
へ郵送いただくか、
 0756423424
(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ事務局FAX専用)
へ送信くださるよう、お願いしたい。

*****************************************************************

   
                      200810
内閣総理大臣 ○○
衆議院議員 参議院議員 各位
自由民主党 民主党 公明党 日本共産党 社会民主党 国民新党 御中

NHK経営委員の公募・推薦制と古森重隆氏の不再任を求める申し入れ
     ――12月の経営委員の選任にあたって――

                      NHK問題京都連絡会
                  
NHK問題を考える会兵庫
                                  NHK問題大阪連絡会
                NHK問題を考える大阪の市民の会
                         放送を語る会
                  
   NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ

 来る12月に4名のNHK経営委員の任期が満了し、新しい委員の選任が行われることになっています。そこで、私たちは視聴者主権のNHKをめざす運動の一環として、以下のことを申し入れます。

1.NHKが視聴者に対して受信料の「支払い義務」のみを強要し、権利を十分保障していないことへの不満が高まっています。そこで、私たちは経営委員選任にあたって、選任のプロセスに視聴者の声を反映できるようなシステムを採用し、選出過程を透明にするよう求めます。

2.私たちは、古森氏が経営委員就任以降、次のような言動を繰り返してきたことに照らし、同氏は政治からの独立が求められるNHK経営委員として不適格であると考えます。
 古森氏は、本年226日にNHKを「国営放送」と呼んではばからない自民党議員を励ます会に発起人の一人として出席してあいさつをしました。
 古森氏は、さる311日の経営委員会で、「国益がぶつかりあう国際放送ではNHKも国益を主張する覚悟が必要」と語りました。これは、NHKを政府の広報機関のようにとらえるものであり、国内、国際の区別なくNHKの自主・自律を保障した放送法への無知・無理解を示すものです。

 「従軍慰安婦」問題を裁く女性国際戦犯法廷を取り上げたNHKETV番組(2001年放送)が政治家の意向を忖度して改ざんされていた事実が内部告発で明らかになって以降、現在に至るまで、NHKと政治の関係に視聴者の厳しい視線が注がれています。NHKを政治から自立させ、視聴者の知る権利に応える公共放送として発展させるためには、放送の自主・自律の意義を理解できない古森氏は経営委員として不適格です。

              申し入れ事項

1.経営委員の選任4人にあたり、公募や視聴者による推薦を受け付けること
2.古森重隆氏を経営委員として再任しないこと
3.両院による同意人事に先立ち、経営委員候補者に視聴者への所信表明を行わせること

                               以 上

名   前

住       所

取り扱い団体:
 NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ 
  
FAX専用 075-642-3424
  郵送先 〒134-0083 江戸川中葛西五郵便局局留 視聴者コミュニティ 
  ホームページ http://space.geocities.jp/shichoshacommunity/

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子会社を隠れみのにして政府広報に加担するNHK

 8月下旬、日本を離れていたこともあって、1ヶ月以上もブログの更新を怠ってしまった。その間もこのブログに、いままでと変わらない件数のアクセスがあるのを見てありがたくもあり、申し訳なくも感じた。あまり気張らず、コンスタントに更新するよう、心がけたいと思う。なお、これを機にデザインを以前の「音符+カップ」模様に戻すことにした。コーヒー好きの私には愛着があるので。

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子会社経由で政府主催のシンポジウムを放送したNHK
 さる822日の『朝日新聞』1面に「NHK、政府主催のシンポ放送 子会社受注表示せず」という大見出しの記事が掲載された。それによると、NHKの子会社3社(NHKエンタープライズ、NHK情報ネットワークなど)が政府省庁あるいは各省庁所管の独立行政法人や社団法人などからシンポジウムの運営を受託し、後日、これら子会社が制作した番組をNHKが教育テレビ「日曜フォ-ラム」や衛星第2テレビの「BSフォーラム」で全国放映したという。

 同記事が掲載した、放送されたイベントの主催者・発注者、契約金額、イベントの内容、放送年月は次のとおりである。

 NHK子会社が受注し、NHKで放送されたイベントなど

主催者・発注者

契約金額(万円)

イベントの内容

放 送

厚生労働省

8,532

「ものづくり立国」シンポジウム(5回)

0723

高齢・障害者雇用支援機構(厚労省所管の独立行政法人)

7030

脱年齢時代――どうなる雇用と生活

0710

中日本高速道路(日本道路公団の後継会社の一つ)

3371

当会北陸自動車道全通記念フォーラム

086

総務省統計局

2723

国勢調査シンポジウム

0510

経済産業省

2314

悪質商法対策を考える

063

新エネルギー・産業技術総合開発機構(経産省所管の独立行政法人)

1961

掘り起こそう!身近な資源・地域の資源

071

太陽光発電協会(三洋電機・シャープなどが会員)

数千百万円

どう進める?太陽光発電

077

国土交通省、日本離島センター

1千万円

島の漂着ゴミから地球環境を考える

0412

日本メディカル給食協会(厚労省所管の社団法人)

1千万円

病気は食事で直そう

054

金融広報中央委員会(日本銀行に事務局)

非公表

おかねのシンポジウム

0411

『朝日新聞』2008822日に掲載された表(一部配列を変更)

 
また、この朝日記事によると、シンポジウムの司会はたいていNHKのアナウンサーや解説委員が務めたが、放送にあたってはNHKの子会社が受注したことは触れておらず、主催者・発注者が政府あるいはその所管団体であることを伏せた番組も多かったという。

 この記事には服部孝章氏(立教大学教授)とヘンリー・ローレンス氏(オックスフォード大学博士)のコメントが掲載されている。服部氏は、「こうした放送は『広報』。直接NHK本体に契約金が入っていないとしても、子会社を隠れみのにしているだけだ」とNHKを批判し、ローレンス氏も、「事実だとすれば、政府とNHKの関係があまりに近い。公共放送は政府の影響から自由でなければならないが、政府機関から個々の番組に支払いがあるのならば、それは不可能になる」と論評している。
 
NHKの反論
 この報道記事に対して、NHKはその日のうちに文書でコメントを発表し、

「NHKの関連団体は、こうしたシンポジウムやフォーラムを受託するにあたっては、その内容を充分見極め、公共放送の関連団体が行うにふさわしい、社会的に意義あるものに限って受注するよう努めています」、「これらのシンポジウムやフォーラムの多くは、NHKが関連団体からの提案を受け、衛星放送などの番組として放送することがあります。どのシンポジウムやフォーラムを番組として放送するかについては、NHK自身の判断で決めており、・・・・・関連団体は、NHKに対して、『有意義なシンポジウム・フォーラムであるので、ぜひNHKで放送してほしい』と提案することはできますが、放送の是非はあくまでNHK自身が判断するものです。」

と指摘、官公庁の広報番組とはまったく異なると反論した。また、資金の流れについて、

「シンポジウムやフォーラムの会計と番組制作の会計は明確に分けられており、シンポジウムやフォーラムの経費が番組制作費に流用されたり、NHKが主催者となるケースを除いて、番組制作費がシンポジウムやフォーラムの経費に使われることはありません。」

と述べ、なんら問題はないと反論をしている。

 こうした議論の応酬を見ると、論点は、NHK本体が報道した番組は、

 (1)事実上の政府広報に当たるのかどうか?
 (2)政府機関、NHK子会社、NHK本体の間での資金の流れをどの   ように把握し、評価すればよいのか、
という点に集約される。


実質は政府機関をスポンサーとする広報番組
 まず、(1)の論点から考えてみよう。「関連団体はNHK本体に放送するよう提案するまで。放送するかどうかを決めるのはNHK本体」とNHKは強調する。しかし、826日に開催されたNHK経営委員会で関連会社が受託したシンポジウムの件数のうち、実際にNHK本体で放送されたのは何件かという委員の質問に答えて日向NHK理事は、2006年度では受託件数47件のうち、放送されなかったのは8件と答えている。47件のうち、発注者が政府(関係機関)のシンポジウムが何件か内訳はわからないが、総数でいうと83%が放送されたことになる。

 このような実績を前提にすると、政府等が主催するイベント運営をめぐってNHKの関連会社が他の民間広告会社と受託競争をする際の営業トークで、NHKに対する番組提案権を売り込みに活用したことは十分考えられる。ちなみに、20067月まではNHK本体に対する番組の企画・提案権はNHKの上記子会社3社に限られていた。現に、朝日記事によると、「こんな企画はどうでしょう。テレビで放送しますから」などと語り、NHKでの放送を事実上約束した上で契約をした例があったという。

編集の自由と自律がないブラック・プロパガンダは公共放送と相いれない
 さらに、問題なのは、NHKの関連会社が政府機関主催のイベントの企画を受託し、後日、それを放送番組として制作してNHK本体に放送を提案する、NHK本体は提案された番組の大半を放送する、という構図には、NHK関連会社なりNHK本体の番組編集の自由と自律が欠落しているという点である。シンポジウムを企画する段階でNHK関連会社は主催者である政府機関に様々なアドバイスをすることはありうる。このように企画段階からNHK関連会社が政府機関と一体化すること自体も危ういが、そうした企画への参加は独立したメディアの取材とは異質である。主催者が政府機関である以上、番組制作も主催者の意図に制約され、実施されたシンポジウムの内容をおおむねそのまま放送することを前提に番組作りがされるのが定石である。したがって、たとえば、シンポジウムにおいてパネリストが発言した見解とは異なる見解を視聴者に伝えるために、番組制作の段階でNHK関連会社が独自に識者を選び、取材したコメントを番組に組み入れる余地はないのが通例であろう。

 このように、自らに編集の自由、自律を確保しがたい番組の制作を手掛け、それを放送することは事実上、政府から受託した番組の放送、すなわち政府広報である。言い換えると、国営放送でない以上、特定の利害関係者にすぎない政府機関が主催するイベントを、番組のソースを伏せて放送することは「ブラック・プロパガンダ」(情報の出所を隠匿したプロパガンダ)にほかならず、公共放送の理念とは相いれない。テーマが公共性のあるものだから、問題ないなどというNHK執行部や一部経営委員の議論は公共放送と政府のかかわり方、主催が政府機関であることを伏せたイベントを放送することが世論操作に通じるブラック・プロパガンダになりかねない危うさを伴うことへの無知・無理解をさらけ出したものである。

関連会社を経由して政府資金がNHK本体に流れる仕組み
 「シンポジウムやフォーラムの経費が番組制作費に流用されたり、番組制作費がシンポジウムやフォーラムの経費に使われることはない」とNHK執行部は力説している。しかし、かりにそのような資金の流れがないからといって問題がないといえるわけではない。NHK本体で放送される番組の制作を受託する関連会社も、NHK本体に要請されるのと同じ公共放送としての使命・規範が要請されるのは当然である。この意味では、最終的にNHK本体で放送される、されないにかかわらず、NHK関連会社が政府主催のイベントの運営を受託し、受託料という形で政府資金を収納すること自体が異常である。そうした企画を放送するにしても、自立したメディアとしてイベント等を取材し、それに独自の編集を加えて制作した番組を放送するのが公共放送のあるべき姿である。

 さらに、注視する必要があるのはNHK関連会社に受託料として入った政府資金の一部がNHK本体にも流入しているという点である。NHKオンラインを調べていくと、「関連団体による財政貢献」と題して次のような方針が掲載されている。

 「・NHKの子会社は、公共放送の関連団体として、経営基盤を強化す   るため、配当については抑制してきました。
  ・平成17年度、子会社の経営基盤が安定してきたと判断して、NHK   は積極的な配当を求める方針に転換しました。
  ・平成18年度以降、財務状況に応じて積極的に大型配当を実施し、N   HK財政に大きく貢献しています。」

 ちなみに、平成15(または14)年度以降、NHKが子会社から受け取った配当金、NHKが関連団体から受け取った副次収入の金額と割合は次のとおりである。

年  度

15

16

17

18

19

20

子会社からの受取配当金

34

75

585

3,664

1,853

5,302

関連団体からの副次収入()

58.1

76.2

70.9

68.8

73.8

不明

副次収入総額に占める()の割合

84%

81%

79%

79%

80%

不明


  なお、政府機関主催のシンポジウムの運営を受託し、その放送をNHK本体に提案したとされるNHKエンタープライズにおけるイベント・ソフト制作事業の収益は
44.6億円で、売上高全体に占める割合は10.1%(2007年度。NHK情報ネットワークは不開示)である。また、NHK本体がNHKエンタープライズとNHK情報ネットワークから受け取った配当金は、それぞれ、2.7億円、1.6億円(20076月期)、22.2億円、12.6億円(20086月期)である。したがって、両社からの配当金はNHK本体が子会社から受け取った配当金総額の23.2%(2007年度)、65.6%(2008年度)を占めていることになる。とすれば、NHKの子会社が政府機関から受領したイベント受託料収入の一部が配当金の形でNHK本体に流れたことは否めない。

 このように見てくると、本体と関連会社という法人格の区別を隠れみのにして、NHK本体が編集の自由・自律が機能しない、事実上の政府広報に加担したこと、その結果、子会社からの受取配当金という形で政府資金が子会社を経由してNHK本体に流入したこと、は動かせない事実である。法形式を盾にとって、このような事実をかたくなに否認するNHKの言動は、政府からの自立が公共放送の生命線であるという言葉の重みを今もって悟れていないNHKの体質をまた一つ露呈したものといえる。この件については、今後、個人としても可能な方法で実態の究明をしていきたいと考えている。

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