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NHK経営委員会の権限強化の両刃性――次期経営計画の審議のあり方をめぐって――

NHK経営委、今日、次期経営計画をめぐって継続協議
視聴者コミュニティ、経営委員会に緊急の申し入れ

 前任の橋本会長時代から決定が持ち越されてきたNHKの次期(2009年~11年)経営計画について去る107日、NHK経営委員会で審議されたがまたしても議決に至らず、今日(14日)継続審議が行われることになっている。私も参加しているNHKを監視・激励する視聴者コミュニティは、この事態を深刻に受け止め、呼びかけ人、運営委員の間で協議をした結果、経営委員会宛の下記のような緊急の申し入れ文書をまとめ、1010日に代表がNHK放送センターに出向いて手交した。その際、応対した視聴者センターの関係者にはNHK正副会長ほか全理事宛の分も手渡し、届けてもらうよう要請した。

『毎日新聞』の13日付記事を読んで
 ところで、この件については、『毎日新聞』が13日付の24面で「NHK受信料値下げ幅で溝―経営委『10%』要請に執行部反発」というタイトルで大きく報道した(佐々木浩材記者の署名記事)。記事には服部孝章氏(立教大学教授)、西正氏(「オフィスN代表」、音好宏氏(上智大学教授)の談話も掲載されている。
 記事の本文は受信料の10%値下げを計画に明記するよう求める経営委員会と、それを拒むNHK執行部の言い分をバランスよくなぞるにとどまり、踏み込んだ取材報道と論評はない。ここでは、3氏の談話について感じたことを記しておきたい。
 コメントにはそれぞれ傾聴すべき点がある。服部氏は「受信料の値下げを検討するなら、まず受信料とは何かを話し合うなど本質的な議論をすべきだ」と指摘し、音氏は「経営委はこの1年近く、経営計画の方針を検討するなど、本来は執行部を監督する立場でありながら、踏み込んだ活動が目立った」と指摘したうえで、放送法改定によって経営委員会の権限が強化されたのに見合って、同委員会に対し、国民にその姿勢と責任を丁寧に説明するよう求めている。こうした両氏のコメントに私も同感である。

経営委員会の権限強化の両刃性
 ただし、服部氏が、今回の議決見送りについて、上記のような留保を付けながらも、以前はNHK執行部の意向を追認するにすぎなかった経営委員会が執行部を監督するという本来の機能をようやく取り戻し、健全な状態になった、と評価をしている点には疑問が残る。なぜなら、経営委員会がNHK執行部の意思の追認機関から脱却することは重要であるが、放送法による経営委員会の権限強化の内実、選ばれる経営委員の資質を抜きに経営委員会の「自立」を評価するのは危ういからである。

 古森重隆氏が安倍元首相の人脈で経営委員長に選任されて以降の同氏の一連の行動(選挙中は歴史ものの番組にはご注意をなどと番組内容をけん制した発言、NHKの国際放送は国益を押し出すべしという発言など。NHKを「国営放送」と呼ぶ自民党議員を励ます会に発起人として出席し、エールを送るスピーチまでしたのは論外である)をみていると、経営委員会の権限強化の両刃性を認識することが極めて重要と思える。経営委員がまずもって、「権力を監視する」という公共放送の本源的使命を十分理解し、自ら時の政治権力から自立した資質を備えた上で、NHK執行部を監督するというのが経営委員会に期待される本来の役割である。

 ところが、上記の古森氏の言動にみられるように、本来要請される資質とは対極的な資質を持つ人物が経営委員長に選ばれ、時の政権中枢からNHKに送り込まれた「トロイの木馬」にように振る舞っている現実を直視すると、経営委員会の権限強化の両刃性――強化された権限がNHKの政治からの自立をNHKの内側から切り崩す逆機能を果たす恐れもはらんでいるという両刃性――を十分認識したうえで経営委員会とNHK執行部の対立を捉え、評価する必要がある。この意味からすると、最近1年ほどの間、経営委員会がしばしばNHK執行部の経営方針に待ったをかけ、強硬に「物申す」外見だけから、経営委員会の活動を高く評価する一部マスコミ論調も皮相と言わざるを得ない。今回の経営計画案についていうと、受信料(の値下げ)だけが問題なのではない。下記の申し入れにも記されているように、公共放送の将来像をめぐる議論を抜きに受信料の値下げだけに執心する経営委員会の本意も質す必要があるだろう。また、重要な事項を審議した経営委員のみの会合の議事録が公開されていない点も質す必要がある。もちろん、それとは別に、NHKのメディアへの「接触率」の向上を数値目標に掲げて追求しようとするNHK執行部の価値判断も大いに問われる必要がある。

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                        20081010
NHK経営委員会 御中
 
  NHKの次期経営計画案の審議のあり方に関する緊急の申し入れ

            NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                  共同代表 湯山哲守・醍醐 聰

 時下、経営委員の皆様におかれましては日頃より、委員会の任務にご尽力いただき、お礼を申し上げます。
 当会は、去る107日に開催された経営委員会においてNHKの次期経営計画案の議決が見送られた事態を深刻に受け止め、緊急に協議をした結果、貴委員会に以下の申し入れを提出することとしました。1014日に予定されている次回経営委員会において、この申し入れを十分、斟酌の上、協議を行っていただくよう、強く要望いたします。

1.次期経営計画案の議決が見送られた理由は、経営委員会が2012年度から地上、衛星両受信料の一律10%の値下げを求めたのに対し、NHK執行部が値下げは確約するものの今の時点で下げ幅を明記することはできないと主張し、合意に至らなかったためと伝えられています。

公共放送に期待される番組制作に支障をきたさない経費節減、受信料収納率の向上等の結果、余剰金が生じた場合、受信料値下げの形でそれを視聴者に還元するのは一つの考え方であり、値下げの余力がないかどうかを精査するよう貴委員会がNHK執行部に要請されるのもうなずけます。しかし、今回の経営計画は20092011年度までを対象としたものであり、収支の見通しが不透明な2012年度以降の受信料の値下げ幅を数値で明記しなければ計画案全体を承認しないという貴委員会の姿勢は道理を逸していると言わざるを得ません。この件は次々期の経営計画を協議する場で、より確かな収支見通しを踏まえて総合的に判断することとして議論を収束させるべきであり、受信料の下げ幅だけにこだわって次期経営計画案全体の議決を引き延ばすことは許されないと考えます。

2.当会はその前身であるNHK受信料支払い停止運動の会が設置した受信料相談ホットラインに多くの高齢者、母子家庭の方々、経済的に恵まれない方々から寄せられた声をまとめ、これら社会的弱者の世帯への受信料の減免枠の拡大を要望してきました。今回NHK執行部はいったん実施を検討した75歳以上の市町村民税非課税世帯への受信料の減免措置を地上デジタル化への追加支出を理由に見送るとのことです。しかし、受信料の一律値下げを今後の検討課題にするとしても、きめこまかな受信料の減免枠の拡大はただちに実施することが望まれます。貴委員会としてNHK執行部にこの点を要請していただくよう申し入れます。

3.それにしても、貴委員会が次期経営計画案の中で受信料の下げ幅のみに固執されるのはあまりに視野が狭隘です。当会は昨年830日に、「NHK次期経営計画(20082012)の考え方への意見」を提出しました。その中でNHKに求められる高いジャーナリズム精神を実践する番組編成として、時の政府の意向・意図を監視する戦争・戦地報道、国会審議の解説・討論番組、現代史をテーマにした大河ドラマ、核戦争の危険に通じる地球規模のエネルギー危機を考える番組を計画に盛り込むよう要望しました。今回の計画案でNHKが掲げた環境や食料、高齢化や格差社会、社会保障や税、安全保障など日本が直面する課題や地球規模のテーマに正面から向き合うと謳ったプロジェクト「あすの日本」がこうした私たちの要望に応えるものかどうか、当会は関心をもって見守っていきます。貴委員会はNHKの番組編成が放送の自主自立、政治的公平を堅持したうえで多様な意見を反映して、文字通り「公共の広場」としての役割を果たす番組となるよう、外部からの圧力に毅然と立ち向かっていただくことを要望します。

4.NHKの計画案に「一週間に5分以上NHKのメディアに接触した人の率を現在の76.9%から3年後には80%に引き上げるという目標が掲げられています。しかし、番組内容を抜きに接触率の向上を追求するのでは民放における視聴率優先と変わりがないことになり、接触率を「稼げる」番組が厚遇され、「硬派」の番組が縮小されるのではないかと危惧されます。山積する日本の課題、地球規模の課題に真正面から向き合い、ジャーナリズムとして積極的に問題提起をして解決の手立てを示していくという方針と、目標値を定めて「接触率」自体を追求するという方針は相容れません。公共放送の使命に照らし、「接触率」向上を計画から削除するよう、貴委員会がNHKに助言されることを要望します。「接触率」は良質の番組、豊かな教養・娯楽を育む番組を視聴者に提供した「結果」であり、それ自体を「目標」として追求するのは公共放送のあるべき姿ではありません。

5.次期経営計画をめぐってNHK執行部と貴委員会は1年近くにわたって協議を続け、受信料の値下げ問題に関しては意見が平行線をたどってきました。しかし、貴委員会での協議の重要な部分は経営委員のみの会合の場で話し合われている模様で、その内容が議事録として公開されたことはなく、審議の経過は極めて不透明です。NHK執行部を交えない経営委員のみの会合が必要な場合があるとしても、そこでの審議の内容は議事録として公開されるのが当然です。過去の分も含め、経営委員のみの会合の議事録もすみやかに公開されるよう求めます。

                             以 上

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過剰な積立金と経常的に発生する剰余金の一般会計への還元――埋蔵金論争の正しい決着のために(4・完)――

 最終回のこの記事では、保険を除く事業特別会計の中で毎年度の不用額または剰余金と直近年度末の積立金・資金の規模が傑出している財政投融資特別会計(旧財政融資資金特別会計)と外国為替資金特別会計の積立金・資金を検討してみたい。はじめに、両特別会計の過去5年度(20022006年度)の不用額、剰余金等の推移を再掲しておく。
 1 各特別会計の決算状況(2006年度)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tokubetu_kaikei_kessan_H18.pdf

 表2 各特別会計の不用額の推移
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tokubetu_kaikei_fuyogaku.pdf

財政投融資特別会計の事例分析
 まず、財政投融資特別会計であるが、現在のこの特別会計は旧産業投資特別会計投資勘定を引き継いだ「投資勘定」と旧財政融資資金特別会計を引き継いだ「財政融資資金勘定」の二つに区分されている。このうち、投資勘定については前回触れた。もう一つの財政融資資金勘定については2回目の記事で少し触れたが、中小零細企業、教育、社会福祉関係等への長期低利の貸し付けを通じてこの分野で経済社会に貢献することを目的としている。そのため、この勘定では金利変動による損失に備える金利変動準備金を設けることとされ、2006年度末現在で残高は15.3兆円となっている。しかし、金利変動リスクというが過去において逆ザヤとなったことはなく、この5年間は毎年度2.8兆円~4.0兆円の剰余金を計上している。加えて、2007年度で郵貯・年金の預託払い戻しが概ね終了し、金利リスクが相当程度低減した。そのため、金利変動準備金の準備率の上限をそれまでの1,000分の100から1,000分の50に引き下げ、準備率の上限を上回る9.8 兆円が国債整理基金特別会計に繰り入れられた。
 このような状況から判断すると、財政融資資金勘定では現状の準備率でも金利リスクに十分対処できると考えられ、過去5年間の実績を基準にしていうと、毎年度発生した2.5兆円程度の不用額に相当する剰余金を今後、一般会計に還元することが可能と考えられる。また、今後各年度の金利変動準備金への繰入れで金利リスクに概ね対応できると考えられるから、約15兆円の準備金の大半を段階的に一般会計に繰り入れて行くことが可能と考えられる。

外国為替資金特別会計の事例分析
 次に、外国為替資金特別会計であるが、この特別会計も2006年度末現在で17.5兆円の積立金・資金を保有する一方で、過去5年間、1.7兆円~3.7兆円規模の剰余金を計上してきた。これは運用サイドの米国債の金利と為替介入の際のドル購入用資金を調達するために発行した債券の国内金利の差、つまり日米金利差に起因するものである。剰余金率(=剰余金/収納済歳入額)でいうと90.3%~99.4%を記録している。歳入額の90%以上を余している計算である。

 ところが、与謝野馨氏は、「外為資金特別会計は、為替変動リスクに備え、為替介入などの原資となるものだ。いわば、家計における保険料のようなもの。食費が足りないからといって使っていいものではない」(『堂々たる政治』166ページ)と述べ、17.5兆円の積立金は任意に使えないかのように主張している。本当にそうか? 
 しかし、為替介入に備えるといっても、20043月に実施された円売り・ドル買いの介入を最後に日本は為替介入を封印している。この間おおむね、ドル高傾向が続いたこともあるが、欧米各国や中国に為替介入の意思がない中で日本が単独介入しても相場への影響は微々たるものだということがわかっているからである。もっとも、このところ急速に進む米国発の金融危機の中で日本の通貨当局が4年半ぶりに介入に踏み切るかどうか注目されているのも事実である。しかし、欧米の通貨当局は、為替レートは相場の動向を反映させるべきであるとして、人為的な介入に否定的な姿勢を取り続けている。むしろ、是非は別にして金融機関への公的資金の投入で協調行動をとることで合意している。そうした中、日本が単独で介入してもさしたる効果は見込めないから、日本の通貨当局も介入には慎重な姿勢をとるものと思われる。このように考えると、為替介入の原資として必要という与謝野氏の説明は事情に疎い人々をミス・リードするには簡潔明瞭であるが、あまりに単純すぎる。

 では、円高・ドル安の進行により、保有する米国債に為替差損が生じたときの穴埋めのために積立金を取っておく必要があるという議論はどうか? 資産の運用成果を測るためなら、資産を時価で評価替えして差益、差損を洗い出すことが必要である。しかし、外為特別会計が現在保有する82兆円もの米国債を現在のようなドル安の時期に差損を確定することを承知で一挙に処分することはありえないし、市場の需給関係、相場への売り圧力からいってもできるはずもない。そうであれば、多額の為替差損が実現する可能性はほとんどなく、差損を穴埋めするために積立金の大半を取り崩す必要も生まれない。こう考えると、与謝野氏の議論は外為特別会計の積立金を特別会計に囲い込んで手放さないでおくための幼稚なためにする説明である。
 しかし、それとは別に、将来、為替介入が行われる見込みも乏しい中で、外為特別会計が82兆円にも上る資金を米国債に投資し続ける点については、次のいずれかの方法で現状を改革することが必要であるし、実行可能でもあるといえる。
 (1)年度ごとの剰余金の一般会計への繰り入れ
 米国債を今後も保有し続け、日米の金利差が、多少の幅の変化はあるにせよ、今後も続くとすると、毎年23兆円の剰余金が発生すると考えられる。これを一般会計に繰り入れることは可能である。
 (2)相場の動向をにらみながら米国債を段階的に処分し、その際に発生した差益か、処分額にみあって不要となった積立金を一般会計に繰り入れること。
 (1)の方法を選べば、一般会計に対する外為特別会計の剰余金の貢献は剰余金の計上が続く限り、持続することになる。(2)の方法を選ぶと、持続的とはいかないが、米国債の段階的処分が続く間は増税なき増収財源として一般会計に寄与することになる。

まとめ
 以上のように見てくると、①特別会計に留保された積立金等の「埋蔵金」は決して一過性のものではないこと、②一般財源化が可能な特別会計の余剰金は過剰な積立金に限ったことではなく、これまで毎期発生してきた不用額相当の剰余金の一般会計への繰入れ、ないしは一般会計から特別会計への繰入れの停止によって、社会保障等の歳出に持続的に充当可能な財源となりうるといえる。それだけに、特別会計の余剰金は規模において、社会保障財源を議論する上で、ノイズであるどころか、「公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利」を持つ市民・納税者にとって、避けて通れない重大なテーマなのである。

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特別会計の余剰金は持続的で大規模な一般財源となりうるー―埋蔵金論争の正しい決着のために(3)――

 これまで2回の記事から、偶発債務に備える保険特別会計の剰余金・不用額を除外しても、①多額の不用額なり剰余金を計上している事業特別会計に対する一般会計からこれら特別会計への繰り入れを停止するか、②これら特別会計の剰余金を一般会計へ繰り入れることによって、たとえば、基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げるために要する約2.3兆円程度の財源を確保するのはたやすいことがわかる。

 しかし、それでもなお、政府部内はもとより財政学者の間でも、特別会計の埋蔵金は財政赤字の解消にとっては1回限りの財源に過ぎないとか、「埋蔵金論争は早く終止符を打って、もうないというけじめをつけていただきたいと思っていて、まだ埋蔵金があるのだかないのだかということは、全く社会保障等の財源を安定的に確保するということとは、非常にノイジーなもの」(財政制度等審議会財政制度分科会財政構造改革部会(2008530日開催)議事録より(発言者:土居丈朗)であるとかいった論調が見受けられる。そこで、特別会計の現在の余剰金(積立金に限らないことに再度注意!)ははたして一過性の財源にすぎないのかどうかを具体的事実に照らして検証しておきたい。

特別会計の余剰金が持続可能な一般財源といえる根拠(その1
――不用額に見合う剰余金の一般財源化、国債費への充当――

 このシリーズの1回目の記事に掲載した表2からわかるように、各年度の不用額(偶発債務に備える保険事業特別会計を除く)に見合う剰余金を一般会計に繰り入れるか、不用額に相当する一般会計からの繰り入れを停止したなら、過去5年間(20022006年度)で一般会計に対し総額で37.7兆円(年平均7.5兆円)の増収効果をもたらしたことになる。そして、この増収額を国債整理基金特別会計に繰り入れ、国債の繰上償還に当てるか、毎年度の国債の元利償還費に充当することによって生じる一般会計の歳出削減効果は一過性ではなく、国債の残存償還期間全体に及ぶことになる。ちなみに、同じ5年間の一般会計の年平均歳入額は87.0兆円、国債費の年平均額は17.1兆円だったから、この間に特別会計で生じていた不用額を上のいずれかの処理で一般会計に還元していたら、一般財源は8.6%増加したことになり、不用額の全額をかりに国債費に充てたとしたら、国債費に要する歳入の44%が節減でき、他の財源に充てられたことになる。

特別会計の余剰金が持続可能な一般財源といえる根拠 (その2
――特定財源を環境税に転換――

 毎年度2兆円前後の特定財源(揮発油税の4分の3と石油ガス税及び自動車重量税)が一般会計を経由して道路整備特別会計に繰り入れられてきた。これらは道路整備に使途が特定された財源であるという受益と負担の関係に着目した処理であった。しかし、自動車の走行による受益と道路の維持補修という受益者負担の原則ではなく、自動車の走行による混雑・社会的費用の増加、環境への負荷という外部不経済に着目し、原因者負担の原則にもとづいて道路特定財源を恒久的な環境税と捉え直し、一般財源として活用することも十分考えられる(このような考え方の詳細は、中里透「道路特定財源制度の今後のあり方に関する論点整理」『会計検査研究』34号、20069月、を参照されたい)。

特別会計の関連法人に隠れた余剰金
 特別会計に一般財源化が可能な余剰金がどれだけあるかを査定するにあたっては、各特別会計が受け入れた一般会計からの繰入金や特定財源がその特別会計で最終消費されるのではなく、かなりの金額が、
   
   特別会計 → 関連独立行政法人 →  関連公益法人

という経路で関連法人へ流れている実態を注視する必要がある。2006年度末現在でいうと、特別会計の資産総額のうち253千億円が出資や融資などの形で特殊法人から衣替えした独立行政法人など関連法人へ流れている。そして、これら独立行政法人の中には毎期研究委託費、業務委託費等の形でかなりの金額を関連公益法人(主に財団法人)に支出している例が珍しくない。となると、資金の経路の末端での使途まで追跡し、特別会計に一般財源化が可能な余剰金がどれだけあるのかを広い視野で査定することが不可欠である(注)。

 (注)フランス人権宣言は前文で「人の権利に対する無知、忘却または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した」(樋口陽一・吉田善明編『解説 世界憲法集』第4版、2001年、三省堂、284285ページ)と謳った後に第14条で次のように記している。
  「第14条〔租税に関する市民の権利〕 すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利を持つ。」


 そこで、一例として、旧電源開発促進対策特別会計2007年度に石油及びエネルギー需給構造高度化対策特別会計と統合され、「エネルギー対策特別会計」に衣替え。ただし、新特別会計の下で「電源開発促進勘定」として存続)を取り上げてみよう。2006年度末現在の資産総額は6,799億円であったが、そのうちの4,464億円(65.7%)は出資金の形で2つの独立行政法人(新エネルギー・産業技術総合開発機能と日本原子力研究開発機構)に流れている。このうち、資産規模が圧倒的に大きい日本原子力研究開発機構2006年度の財務諸表を調べると、関連公益法人(財団法人)7つが事業収入総額の19.2%にあたる18.2億円を機構から委託費等として受け入れていることがわかる。ここでは、その中の(財)原子力安全技術センターと(財)原子力共済会を取り上げてみたい。以上の資金の流れを図で示すと次のとおりである。

       旧電源開発促進対策特別会計  
                           ↓
      (独)日本原子力研究開発機構
                  ↓
      
(財)原子力安全技術センタ-・原子力弘済会      

 ここで注目すべきは資金の流れの終点にある公益法人での資金の運用実態である。まず、原子力安全技術センター2006年度末現在の貸借対照表を調べると、資産総額の15.0%にあたる5.6億円が現金で、同じく13.9%にあたる5.2億円が投資有価証券として、それぞれ保有されている。また、短期的な資金繰りのゆとりを表す当座比率(=当座資産/流動負債)は144%、正味財産比率(正味財産/資産総額)は70.6%で極めて潤沢な財政状況となっている。次に、投資有価証券の内訳を見ると、総額5.2億円のうち4.2億円は国債、1億円は東京電力社債となっているが、東京電力社債は次の年度に全額処分され国債に再投資されている。しかし、特別会計の関連法人が低利の国債を保有するほか運用対象がないのであれば、一般会計に還元して国債の償還に充てるか、公的資金にふさわしい使途に充てるのが当然であろう。民間企業、それも特別会計を所管する省庁の監督対象である民間企業の社債を特別会計の関連法人が保有するのは不適切である。なお、原子力安全技術センターの役員名簿を見ると、2006年度末現在では会長は元科学技術庁事務次官、理事長は同じく元科学技術庁審議官が就任している。また、理事(非常勤)の一人に元国土庁長官官房審議官が、監事の一人に科学技術庁原子力局立地地域対策課長が就いている。なお、2007年度には上記の役職のほかに常勤理事として元文部科学省科学技術・学術政策局原子力安全課放射線規制室長が就任している。
 
 次に、(独)日本原子力研究開発機構から8,150万円の事業収入(全事業収入の72.7%)を得ている(2006年度)(財)原子力弘済会の財務内容を調べてみよう(以下は2007年度)。寄附行為によると、当財団は①原子力に関する科学技術情報サービスと②(独)日本原子力研究開発機構の職員等の福祉の増進を図ることを目的にしている。しかし、このうちの①の具体的業務はというと、国際原子力情報システムのデータベースからの検索サービス、世界各国の公開された原子力レポート等の複写、入手可能な外部機関からの複製物の取り寄せ、原子力関連の図書の出版と説明されている。一見していえるのは、このような業務なら日本原子力研究開発機構が付帯業務として行えば済む話であり、わざわざ別個に財団法人を設立するには及ばない。むしろ、原子力弘済会の主たる事業は②の福祉事業であり、事業費の60.4%が給付費(慶弔関係給付、退会給付)となっている。また、給付費に職員給与、賃金、法定福利費、退会給付引当金繰入、退職給付引当金繰入を含めた広義の人件費・共済関連費が事業費に占める割合は79.1%に達している。さらに、管理費に占める広義の人件費の割合も81.3%に達している。ストックの面でみると、資産総額(18.0億円)の68.3%(12.3億円)が会員貸付金となっている。
 では、原子力弘済会の資産の使途(運用状況)はどうかというと、資産総額の25.8%にあたる4.6億円を流動資産に分類される預金として保有している。これは1年間の経常費用(引当金への繰入など資金の流出を伴わない費用を除く)の1.5倍にあたる。また、有価証券として1.5億円を保有しているが、そのうちの1億円は国債、0.5億円は大阪府公募公債である。つまり、資産総額の約3分の2は会員貸付金に充てられ、残りの約31は現金、有価証券として保有されていて、対外的事業に充てられている資金は全体の6%ほどに過ぎないのである。このような職員の共済組合といってさしつかえない事業を特別会計の傘下におき、独立行政法人を経由して公的資金が流れる仕組みを温存しておく理由は見当たらない。かりに、存続させるのであれば、退会給付、退職給付に備える引当金に見合う資産は別にして、その他の余剰資産(預金、有価証券等)は日本原子力研究開発機構を経由して一般会計に還元してしかるべきであろう。
 なお、原子力弘済会の貸借対照表を見ると、貸倒引当金として6,139万円が計上されているが、この金額は売掛金、貸付金の5.0%に相当する。比較に難はあるが、同じ時期の大手行の不良債権比率が1.4%、地方銀行では3.7%であったのと対比して異常に高い比率である。実態に見合った引当てだとすると、融資とその後の債権管理のあり方がどうなっているのか精査する必要がある。

 以上みてきた旧電源開発促進対策特別会計の事例は、金額的には一般財源化が可能な億円~十数億円単位の余剰金が存在することを指摘したにとどまる。しかし、特別会計全体に同様の独立行政法人が、そしてその外郭に関連公益法人がそれぞれぶらさがっていること、特別会計からこれら関連法人に総額で25.3兆円の資金が出資や融資の形で流れていること、それ以外でも年々、委託費などの形で支出がされていることを考えると、関連法人にまで視野を広げて特別会計を経由する資金の最終の使途を追跡することが重要な課題といえる。

 ここでは、金額的規模の点で注視すべき旧産業投資特別会計投資勘定2008年度から財政融資資金特別会計に移管され、「財政投融資特別会計」と改称)を例に挙げて検討しておきたい。この特別会計の資産総額は114685億円に達するがその99.0%、113477億円は日本たばこ産業と日本電信電話の株式保有額である(2006年度末現在)。これらは現状では、法律で政府保有が義務付けられているが、民営化の趣旨に照らせば政府がいつまでも株式を保有し続ける根拠はなくなっている。保有額のすべてを一挙に処分することは市場の需給関係からいって不可能に近いが、市場価格への影響を考慮しながら段階的計画的に処分し流動化して、一定期間にわたって一般財源に繰り入れることは不可能でない。

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ETV2001番組改編問題についてBPOに真相の検証を求める申し入れ

 本日、NHKのOBや放送ジャーナリストら個人、団体が連名でBPO放送倫理検証委員会に対し、ETV2001番組改変問題の検証を求める以下のような申し入れを行うことになった。私も賛同者に加わった。

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BPO放送倫理検証委員会 御中

NHK「ETV2001」改変事件の真相究明へ向けて、貴委員会の取り組みを要請します。                              
2008年10月9日
                             署名者一同  

  放送倫理の向上に向けての貴委員会の日頃のご努力に敬意を表します。 ご承知のように、今年6月、最高裁は、NHKの番組、「ETV2001・戦争をどう裁くか・問われる戦時性暴力」をめぐって争われていた裁判で、NHK勝訴の判決を下し、7年間に渉った裁判は幕を閉じました。
 民事訴訟としての裁判は終わりましたが、この事件については、このまま終わらせてはならない放送倫理上の問題が未解決のまま大きく残されています。
 私たちは、以下の理由から、貴委員会が、可能な権限を行使して、この問題の倫理的解明に取り組まれ、必要な措置をとられるよう要請します。

1、 2007年1月、第二審の東京高裁判決は、この番組の編集過程を、「NHK幹部が国会議員の発言を重く受け止め、その意図を忖度してできるだけ当たり障りのないような番組にするために改編した」、と認定し、このような行為は「憲法で尊重され保障された編集の権限を濫用し、又は逸脱したものと言わざるを得ない」と批判しました。
 最高裁判決はこの事実認定には立ち入っていませんので、東京高裁の判断は変更されないまま、現在に至っているといえます。
 これに対し、NHKの公式見解は、基本的に、「政治家の圧力はなかった、当該番組の編集は自主的なものだった」というものです。東京高裁とNHKの判断が真っ向から対立しているこのような事態は、公共放送を標榜するNHKのあり方を考えるうえで、到底そのままにして済ませられるものではないと考えます。

2、 NHKは「政治家の圧力」を認めていませんが、東京高裁の法廷では、当該番組の制作当時、政治家の圧力、干渉があったことを示唆する現場担当者の証言がいくつもあります。
 たとえば、幹部が、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」編さんの書籍の中の政治家の名前を示して「言ってきているのはこの人たち」と言い、また放送当日の大幅な削除の際、「自民党は甘くなかった」と発言したという証言、また、2005年に朝日新聞が政治家の介入を報じたあと、「安倍官房副長官へは、呼ばれたのではなくこちらから行ったことにしよう」と「口裏合わせ」をしたことを聞いた、などという証言はいずれも重大です。しかしこれらの証言について、NHKは充分な説明をしていません。

3、 政治家の圧力、介入を強く疑わせるもう一つの状況は、通常とはちがう、きわだって異常な制作過程に現れています。現場が準備した番組を、ふだんは番組制作にかかわりがない放送総局長や政治家対応を担当する幹部が、安倍晋三議員に当該番組の説明を行なった後、現場担当者の激しい抵抗を押し切って、問答無用の削除や改変を命じました。
 政治家の意向を直接受ける立場の幹部が、現場のプロデューサーに直接削除や改変を命じるという異様な事態も起こりました。このような異例の制作過程の中で、現場制作者の思想信条の自由が不当に侵害された疑いがあります。
 放送法は、その目的に「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」という文言を掲げています。幹部が政権政党の政治家の圧力を受け入れたとすれば、NHKの行為は、この放送法の精神に違背し、放送倫理に反する重大なものであったことになります。

4、当該番組の内容についても、放送倫理上の検証が行なわれないまま現在に至っています。 重大な問題は、放送内容に虚偽や不当な削除が含まれ、視聴者に、取材対象の「女性国際戦犯法廷」(以下「女性法廷」という)が公正なものではないとの誤解を生んだ疑いがあることです。 
 たとえば、当初の編集では、法廷がアミカスキュリエ(法廷助言者)を置いて、被告の権利を主張して弁論したことを伝えていましたが、放送ではこれを削除して、女性法廷には弁護人がいないと指摘し、法廷に問題がある、と主張する識者の声を採用しました。
 また、現場の編集では存在していた判決の場面が削除されたため、当時も性奴隷制が国際慣習法上禁止されていた、とする判決理由が伝えられず、代わりに同じ識者の、「慰安婦についていうと、売春は合法的に認めた存在で、商行為」であるという主張を放送しました。このように、取材対象である女性法廷と、「慰安婦」制度について事実を歪曲した内容が放送された疑いが強いと私たちは考えています。 
 とくに、上記識者のインタビューは、放送直前に後から追加されたため、原告バウネットも、スタジオの出演者も反論できない状態に置かれました。出演者の米山リサ氏は、この点を含め、発言の本質的部分を削除されたとしてBRCに申し立てを行いました。
 2003年3月、BRCは、米山リサ氏の発言の編集について、放送倫理違反とする見解を出されました。裁判で係争中という状況が消滅した今、米山氏のケースにとどまらず、番組内容や、その編集過程全体についても、あらためて厳しい検証が必要だと考えます。

5、「政治家の意図を忖度した」という行為が反省されず、またこの番組について、現場制作者が身をもって訴えた事実が闇に葬られるようなことがあれば、NHKの現場のモラルにもはかり知れない悪影響を与えます。NHK内の現場制作者は、今後も同じことが起こるのではないか、と懸念を抱き、自己規制を余儀なくされるのではないでしょうか。当該番組の放送以後7年間、従軍「慰安婦」に関する番組がNHKではまったく放送されていないことは、その懸念を裏付けるものです。

 以上の理由から 貴委員会に、この番組「ETV2001・問われる戦時性暴力」を「審理」の対象番組として取り上げていただき、「政治圧力によるものではない」というNHKの主張が真実であるかどうか、番組に虚偽が含まれていないかどうか、調査、検証を行なっていただくよう要請するものです。そのうえで、NHKに対し「見解」や「勧告」を公表するなどの措置をとられるよう希望します。
 私たちは、NHKが政治家の圧力に屈するような放送機関であってはならない、という思いから、以上のような要請を行なうことにしました。ぜひこの「ETV2001事件」について、大局的見地から検討し、必要な措置をとっていただくよう重ねてお願いするものです。

【賛同者】(五十音順)

阿部 五百子
荒地 新治 (NHKOB)
井家上 隆幸(コラムニスト)
石井 長世 (日本ジャーナリスト会議事務局 NHKOB)
伊従 直子
今井 潤 (放送を語る会代表)
鵜飼 哲 (一橋大学大学院言語社会研究科)
生方 卓 (明治大学教員)
大谷 利治 (元国立劇場理事)
大西 誠 (愛知淑徳大学教授 元NHKプロデューサー)
沖野 皓一 (東海学園大学講師 元NHKアナウンサー)
奥平 康弘 (無所属 職業:憲法研究)
垣内 つね子(言論・表現の自由を守る会事務局長)
桂 敬一 (立正大学文学部講師)
加藤 剛 (日本ジャーナリスト会議東海事務局長)
川崎 泰資 (元椙山女学園大学教授)
木村 紀征 (元NHKプロデューサー)
熊谷 博子 (映像ジャーナリスト)
小滝 一志 (放送を語る会事務局 元NHKディレクター)
後藤 玲子 (弁護士)
小中 陽太郎(作家)
小山 帥人 (ジャーナリスト)
榊 直樹 (私立学園理事長) 
城倉 啓 (志村バプテスト教会 牧師)
菅家 敬子 (元都立高校教員)
杉山 光央 (言論・表現の自由を守る会代表)
須藤 春夫 (メディア総合研究所所長 法政大学教授)
醍醐 聰 (NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表)
高橋 信 (愛知県平和委員会理事長)
竹内 希衣子 (日本ジャーナリスト会議)
田悟 恒雄 (リベルタ出版代表)
田場 祥子 
塚崎 公美 (所沢市マスコミ・文化九条の会)
津田 正夫 (立命館大学教授 元NHKプロデューサー)
寺崎 明子 (アジア女性センター会員)
徳岡 宏一朗 (弁護士・関西学院大学法科大学院教授)
仲築間 卓蔵 (日本ジャーナリスト会議放送部会代表)
中野 明彦 (工学博士)
長沼 士朗 (元NHKディレクター)
西田 照子 (元高校教員)
西田 真 (元高校教員)
新田 功 (明治大学政治経済学部教授) 
野崎 剛一 (NHK OB)
野中 章弘 (ジャーナリスト アジアプレス・インターナショナル代表)
野々垣 真美(メディアリテラシー倶楽部)
長谷川 長昭(NHK問題京都連絡会事務局)
服部 邦彦 (無職)  
原 昭午 (歴史研究者)
原 寿雄  (元共同通信編集主幹)
原 宏之 (明治学院大学国際平和研究所教員) 
原 宜子 (元教員)
日隅 一雄 (弁護士)
平田 伊都子 (ジャーナリスト)
平塚 千尋 (立正大学教授)
府川 朝次 (放送を語る会会員 NHKOB)
古木 杜恵 (フリーランスライター)
増田 康雄 (放送を語る会会員)
松井 実世弘(放送を語る会会員)
松田 浩 (メディア研究者・元立命館大学教授)
松原 十朗 (放送を語る会事務局 NHKOB)
松本 真紀子
丸山 重威 (関東学院大学教授)
三浦 みどり (翻訳家)
宮川 正則 (「NHK問題を考える会(兵庫)」会員) 
安田 昭雄 (放送を語る会会員)
山本 宗補 (フォトジャーナリスト、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会会員)
湯山 哲守 (京都大学元教員)
ジャン・ユンカーマン (ドキュメンタリー映画監督)
吉原 功 (明治学院大学教授)

【賛同団体】
NHK問題を考える会(兵庫)
言論・表現の自由を守る会 
日本ジャーナリスト会議
日本ジャーナリスト会議東海
放送を語る会

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「埋蔵金は存在しない」という与謝野馨氏の無責任な虚言――「埋蔵金」論争の正しい決着のために(2)――

「埋蔵金があると証明した人はいない」という与謝野馨氏の発言の真偽
 一つ前の記事で紹介したように、与謝野馨氏は、「『埋蔵金論争』だが、あると証明した人もいない」(『毎日新聞』2008913日)と発言している。こう断定的にいわれると、「やはりそうなのか」と信じ込む人も少なくないと思われるので事の真偽を明らかにしておく必要がある。私は、「埋蔵金」を「過剰な」積立金に限定せず、一般財源に充当できる不用額(歳出予算の使い残し)、使途未定のまま翌年度に繰り越される剰余金等も含めて、「特別会計の余剰金」と呼んでいる。こうした余剰金が数十兆円規模で存在することは政府関係機関の文書でも明確に証明されている。

多額の繰越額・不用額・決算剰余金・積立金の精査・縮減を求めた会計検査院報告書
 その一つは、会計検査院が200610月に参議院に提出した「特別会計の状況に関する会計検査について」と題する報告書である。この報告書は会計検査院が「各府省が所管する特別会計について、参議院の検査要請に基づき、財務等の情報に関する透明性、多額な繰越額・不用額・決算剰余金の状況、積立金等の残高の状況、予算の執行状況、特に予算積算との対比及び出資法人への出資の状況に関し、財政統制の面から着眼して検査した」(報告書、140ページ)結果をまとめた計188ページの大部な文書である。
 この報告書のまとめの箇所で会計検査院は次のように指摘している。
 全文は次のサイトにある。
 会計検査院「特別会計の状況に関する会計検査の結果について」平成1810
 http://report.jbaudit.go.jp/org/pdf/h17-0628-tokukai.pdf 

「(1)特別会計における透明性について
  <省略>
 (2)繰越額・不用額について
 特別会計の中には、各年度とも同種の事由により、多額の繰越額・不用額が継続して発生しているものがあり、繰越しが継続している科目の中には、繰越額の全額又は相当額を、翌年度の決算においてもそのまま不用額として処理しているものも見受けられる。<以下、省略>
 (3)決算剰余金について
 特別会計の中には、当該特別会計の事業の性格上やむを得ないものもあるが、各年度とも同種の事由により、多額の決算剰余金が継続して発生しているものが見受けられる。また、決算剰余金の処理として翌年度の歳入に繰り入れられる金額の中には、その有効活用を図るなど決算剰余金を縮減する措置の検討対象とすることが特に重要と考えられる部分も少なからずある。<以下、省略>
 (4)積立金等について
 特別会計に設置されている積立金等の主な財源は、決算剰余金、一般会計からの繰入金等であり、その残高は16年度末現在、財政融資資金及び外国為替資金を除く31資金で200兆円を超えている。積立金等の保有量については、設置目的、使途、特別会計の事業規模等に応じ、それぞれ適正規模があると考えられるが、ほとんどの資金においては、そのような基準を舞台的に定めていない。このため、積立金等の残高が適正な水準であるかどうかを判断できず、資金の有効活用を図る上での財政統制が機能しにくい状況となっている。<以下、省略>」(以上、報告書、136137ページ)

 なお、多額の繰越額・不用額・決算剰余金・積立金等の実態は上記報告書の157188ページに各特別会計ごとに2001年度~2005年度分の具体的なデータが掲載されているので参照されるとよい。
 
特別会計の余剰資金の透明化・縮減・一般財源化を促した参議院決算委員会の決議
 参議院決算委員会は国の決算の審査を行うにあたって決算決議を採択することがあるが、2004年度、2005年度の決算審査にあたり、特別会計の多額の剰余金、不用額、積立金の透明化・縮減・有効活用を求める以下のような決議を採択している。
 「平成16年度決算審査措置要求決議」200667日)
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/164/k028_06060701.pdf
 「8 特別会計積立金の一層の活用方策の検討について
 財政融資資金特別会計においては、将来の金利変動による逆ざやの発生の可能性に備え、毎年度、損益計算上利益を生じた場合には、金利変動準備金として整理することとしているが、昭和55年度より毎年黒字を計上し、逆ざやを生じたことはなく、近年、年間3兆円単位で積立金が増加している。18年度予算においては、同準備金より12兆円を国債整理基金特別会計に繰り入れ、国債残高の圧縮に充てることとしている。
 また、外国為替資金特別会計においては、将来の歳入不足の可能性に備え、為替介入で得たドルで米国債を購入するなどしてその利子収入を蓄えており、昭和56年度より剰余金の一部をほぼ毎年一般会計に繰り入れているものの、何間数千億円単位や、時には一兆円を超える額で積立金が増加している。
 <中略>
 さらに、多くの特別会計においては、一般会計から多額の繰入金を受け入れているが、いったん予算化されると執行残が出ていながらも、一般会計に戻されることなく、そのまま特別会計において繰り越されている。
 政府は、これら特別会計の積立金等について、その規模の妥当性につき国民が納得できるよう説明を行うとともに、規模が過大であると考えられる部分については、国債償還への充当や一般会計への繰り入れを行い、その上で消費拡大策への利用なども念頭に、その活用策を徹底的に検討すべきである。」

 「平成16年度決算 議決」200669日)
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/164/k010_06060901.pdf
 3 特別会計については、歳出規模が純計規模で前年度を上回り225兆円余と一般会計を大きく上回っており、依然として多くの特別会計において不要不急の事業の実施や多額の積立金・資金、不用・剰余金を抱え、一部は引き続き増加傾向にあることは看過できない。政府は、各特別会計の事務事業の見直しに加え、右の各種の余剰資金の縮減、一般会計への繰り入れ・繰戻し、事業の実態に即した適切な予算計上など、透明化のため、一層目に見える改善に努めるべきである。」

 「平成17年度決算審査措置要求決議」2007611日)
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/164/k028_07061101.pdf
 「8 特別会計の剰余金及び積立金の財政健全化のための更なる活用について
 第166回国会において特別会計に関する法律が成立したことに伴い、剰余金については、一般会計への繰入れが共通ルール化され、積立金については、その必要性や水準等が各特別会計予算の積立金明細表に公表されることとなった。
 しかしながら、恒常的に繰入れが行われてきた外国為替資金特別会計を除けば、剰余金からの一般会計への繰入れは少額にとどまっており、積立金明細表における必要性や水準等の記載は、そのほとんどが抽象的文言となっている。<中略>
 政府は、すべての特別会計の剰余金の使途をより一層精査するとともに、積立金の必要性及び水準等について、積立金明細表に特別会計の業務の性格に応じて明確な基準を示し、現在掲げられている20兆円の財政健全化への貢献目標にとどまることなく、剰余金及び積立金の財政健全化のための更なる活用を図るなど、今後も特別会計の不断の見直しに努めるべきである。」(下線はいんようにあたって追加)
 (下線部分に関する注)
 たとえば、財政融資資金特別会計の場合、積立金の積立基準に関し、「本特別会計の財務の健全性を確保するために必要な金額まで積み立てることとしている」と記しているにすぎない。

 「特別会計改革法」(通称、2006年成立)による一般会計への繰入措置
 政府は2006年に成立した「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(法律第47号)の中で、特別会計の資産、負債、剰余金等を縮減するなどして、2006年度から5年間を目途に総額20兆円を財政の健全化に寄与することを目標とした。しかし、2007年度予算までにすでに15.6兆円を一般会計ならびに国債整理基金特別会計に繰り入れ、今後毎年1.5兆円程度を一般会計等へ繰り入れすれば目標は達成可能な状況になっている。このような事実は現状の特別会計の内部に一般財源に充当可能な余剰金が数十兆円単位で存在していたことの証左である。
 しかも、参議院決算委員会の上記の「平成17年度決算審査措置要求決議」にもあるように特別会計に存在する一般財源化が可能な余剰金はこれに尽きるわけではない。一つ前の記事で指摘したように偶発債務に備える保険事業特別会計を別にしても、特別会計全体で毎年5兆円~9兆円の不用額が発生していることはこの指摘を裏付けるのに十分な事実である。

「堂々たる政治」どころか「姑息な政治」
 与謝野馨氏は新著『堂々たる政治』(2008年、新潮新書)の中で、「耳障りであっても、事実をきちんとお話しする。時には批判を浴びることがわかっていても、国民に堂々と語りかける。それが政治家としての本道ではないかと思う」(はじめに、5ページ)と記している。実際、先の自民党総裁選の渦中でも与謝野氏は他の候補者が消費税の引き上げの必要性を認めながらも、将来の政治的アジェンダとして先送りする政見を示したのに対し、国民受けしないことを承知で消費税引き上げの必要性を説き続けた。こうした与謝野氏の政治姿勢に多くのマスコミは耳障りなことから逃げず、正直に国民に訴える実直な政治家として好意的な評価をした。しかし、こうしたイメージ先行のマスコミ論調はかつて国民に痛みを伴うことを厭わず「改革断行」を絶叫した小泉元首相に喝采を送ったマスコミ論調とそっくりである。問題は、与謝野氏がはたして、社会保障等の財源を検討する際に不可欠な事実を国民に向かって「堂々と語りかけている」のかどうかである。

 この点でいうと、「埋蔵金を証明した人はいない」という与謝野氏の発言は、本稿で示した上記の会計検査院報告書、参議院決算委員会の一連の決議によって、まやかしの発言であることは明白である。国会に提出された会計検査院の特別会計に関する検査報告書や国会でなされた特別会計に関する決算決議を無視するかのような与謝野氏の発言は無責任な虚言であり、財政担当大臣として不見識もはなはだしい。
 与謝野氏は財政融資資金特別会計や外国為替資金特別会計の「積立金には、すでに定められた目的や理由がある。決してフリーハンドで使えるお金ではない」(前掲書、166ページ)と述べている。しかし、会計検査院も参議院決算委員会決議も私も、これら特別会計の積立金のすべてが自由に使えるなどといったためしはない。与謝野氏や前回紹介した吉野直行氏が答えなければならないのは、
 ①財政投融資特別会計の積立金のうち、およそどれだけが自由に使えないお金なのか、それを国民に説明するのに、「本特別会計の財務の健全性を確保するために必要な金額まで積み立てることとしている」といった国民を愚弄するような所管省庁の説明でよしとするのかどうか、
 ②財政投融資特別会計の積立金は独立行政法人などに長期固定金利で貸し付けをした場合に金利が急上昇して逆ざやになった時の損失に備えるためのものというが、1980年度より毎年黒字を計上し、逆ざやになった年度はなく、2003年度~2008年度の間、年間28千億円~4兆円の決算剰余金が発生している事実をどう説明するのか、
という点である。

 もっとも、与謝野氏によれば、特別会計の余剰金は会計検査院が定期監査で指摘する「無駄」の問題と同じ次元で捉えられている。与謝野氏は前掲書の中で財政における無駄を2種類に分け、次のように述べている。与謝野氏がいう一つ目の無駄は会計検査院が指摘するような「本当の無駄」である。もっと安く買えるのに高く買ったとかいった「税金の無駄使い」である。もう一つは政策の評価に関わる無駄である。その例として与謝野氏は地方の道路整備や老人医療費、児童手当を挙げ、「社会福祉は結果的に社会の安定を底支えするわけで、その恩恵は誰もが受ける」(152ページ)と記している。「社会福祉は社会の安定を底支えし、誰もがその恩恵を受ける」という意見には私も同感である。

 しかし、会計検査院が毎年の定期検査で指摘する「無駄」を引き合いに出して特別会計の余剰金を論じるのは場違いであるし、社会福祉のための支出と少なからぬ特別会計に毎年生じている不用額・剰余金・使途不定の繰越金を同列に置き、後者まで政策評価次第で無駄とは言えない余剰金であるかのようにみなすのは荒唐無稽なすり替えである。多くの特別会計において、毎年発生する多額の不用額や剰余金を一般財源化せず、積立金や繰越金として特別会計に内部留保している実態は政策評価以前の、財源の非効率な運用である。

 「増税なき増収」財源が毎年数兆円規模で発生している実態から目をそらせ、財政当局が敷いた「消費税増税による財政再建路線」の振り付けに順応して、消費税引き上げなしには社会保障等のための増収財源がないかのように世論を誘導する発言を繰り返す与謝野馨氏の言動は、「堂々たる政治」どころか、「財政当局に」耳障りな事実をはぐらかす「姑息な政治」といわなければならない。

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