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雇用不安の最中、なぜ多額の失業給付予算が使い残されるのか?~知られざる雇用保険特別会計の実態~

  自己都合退職の3割、実態は会社都合
 20091027日の『毎日新聞』に「自己都合退職 3割『本当は会社都合』」という見出しの記事が掲載された(東海林智記者稿)。若者の労働問題に取り組む大学生らが立ち上げたNPOPOSSE」が18歳~39歳の若年労働者を対象に行ったアンケート調査の結果を紹介した記事である。調査は東京都内4か所と京都市のハローワーク前で行われ(実施時期が記載されていない)、522人から回答を得た。それによると、離職した理由の69.9%は自己都合、19.3%が解雇など会社都合だったという。そこで、自己都合の理由を尋ねると、「パワハラやセクハラ」(12.5%)、「雇い止め」(12.8%)、「長時間労働」(6.9%)、賃金・残業代の不払い」(4%)となっていたという。しかし、後述のとおり、これらの退職理由はどれも会社都合となり得るものである。
 
 失業後の生活苦を加重する「自己都合」強要
 働きざかりの若年世代にまで雇用不安が広がる中、退職と失業保険に関して法律相談が目立っているのは「会社に自己都合退職を強要された」というものである。その一端を伝えた『中日新聞』の
2009130日の記事を紹介しておきたい。

 「人員整理や強要など、会社側の都合で退職したにもかかわらず、会社が労働者に原因をかぶせて「自己都合」にしてしまうケースが目立つ。解雇が多いと、新たに労働者を雇う際に国の助成金がもらえないという企業の論理が見え隠れする。労働者は自己都合にされると失業手当支給が先延ばしに。それだけに「会社の不当行為を許さない国の対策が必要」と指摘されている。
 東京都内の教育関連会社で編集業務をしていた女性(42)は昨年6月、営業への部署替えと賃金の大幅カットを提示され、社長から「嫌なら退職するように」と言われ、悩んだ末に退職した。
 ただ、残業代のことで納得がいかず、1人でも加入できる労働組合に相談したところ、退職理由が自己都合になっているのはおかしいと指摘された。交渉の末、会社は理由を会社都合に変更、残業代の訴えも聞き入れた。
 倒産や解雇など会社都合の場合、退職8日目から失業手当がもらえるが、自己都合だと3カ月間待たねばならない。希望退職の募集や退職の強要、セクハラなども会社都合だが、立証が難しいと泣き寝入りする例もある。
 事務機器メーカーで働いていた派遣社員の男性(38)は昨年9月、雇い止めに。同時に派遣会社も解雇された。離職票には、退職は自己都合だと記され、ハローワークに異議を申し立てたが認められなかった。
 失業手当受給までの3カ月の生活は預金を取り崩してももたない。男性は手当をあきらめて別の派遣会社に登録、事務の仕事に就いた。
 「失業手当があれば、じっくり仕事を探せた。一番苦しい時期に受給できないなんて」と憤る。派遣ユニオンによると「会社都合を自己都合とされるトラブルは、雇用保険に関して寄せられる相談の半分以上」という。」(下線は引用にあたって追加)

 このように実態は会社都合であるのに自己都合による退職を強いられると、『毎日新聞』の記事にも記されたように、離職後、給与所得が断たれるのに加え、失業給付も受けらなくなり、失業者の生活苦が加重され、求職活動もままならなくなる。そのため、会社の強要に「応じた」失業者の怨嗟の声がネット上にも溢れている。次のデータはILOが今年の3月に発表した失業手当受給状況報告書に収められた資料からの抜粋である。

   失業給付を受けていない失業者の割合
 中国(2005年現在)       84%
 日本(2006年度現在)           77%
 米国(2008年12月20日現在)  59%
 カナダ(2008年12月現在)      56%
 英国(2008年Q4現在)       45%
 フランス(2008年12月現在)     20%
 ドイツ(2008年10月現在)        6%
  (ILO, The financial and Economic Crisis: A Decent Work Response, 23 March 2009, P.16

 これをみると、日本では失業者の77%が失業給付金を受けていないことにあり、その割合は中国に次いで高く、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツと比べても突出して高い水準になっている。
 政府はこの3月に成立した雇用保険法の改正により、失業手当の受給に必要な保険料納付期間をそれまでの1年から半年に短縮するなどして受給条件をいくぶん緩和した。しかし、こうした措置だけでは、会社都合を自己都合とする強要がなくならないかぎり、会社都合なら退職8日目から失業手当がもらえるにもかかわらず、自己都合とされたがために3カ月間待たなければならないという不利益はなくならない。

その結果、失業給付の受給資格期間(1年)が自動的に短くなる。また、それ以前に、会社都合の退職であれば雇用保険の必要加入期間は半年以上のところ、自己都合の場合は1年以上が必要となる。

 平成21年に改正された
「雇用保険法等の一部を改正する法律」(平成21年法律第5号)は、こうした事情を考慮して、「特定受給資格者」という制度を創設し、一定の救済措置を講じている。ここでいう「特定受給資格者」とは、「倒産・解雇等の理由により再就職の準備をする時間的余裕がなく離職を余儀なくされた者」と定められている。具体的には次のような基準で「特定受給資格者」に該当するかどうかを判断することになっている。
  「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲と判断基準」
  http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/koyouhoken05/pdf/03.pdf
 
 これをみると、解雇以外の理由であっても、①労働契約で締結した労働条件(採用条件)と実際の労働条件が著しく異なったことにより離職した者、②3分の1を超える賃金の未払いが2ヶ月以上発生したことにより離職した者、③賃金が85%以上カットされたことにより離職した者、④離職の直前3カ月間に連続して労基法に定められた基準を超える時間外労働等があったことにより離職した者、⑤上司、同僚等から故意の排斥、著しい冷遇、もしくは嫌がらせを受けたことにより離職した者、⑥事業主から直接または間接に退職を強要されたことにより離職した者等の離職者は被保険者期間が1年以上でなくても、6カ月以上であれば失業給付の受給資格を得ることができる。また、期間工の場合もいわゆる「雇い止め」により離職した場合や体力の不足、心身の障害、疾病等により離職した場合等の場合には、上で述べた特定受給資格者と同様の受給条件の読み変えが適用される。
 このような現行法に照らすと、冒頭で紹介したNPOPOSSE」のアンケート調査で明らかになった自己都合による離職の理由――「パワハラやセクハラ」、「雇い止め」、「長時間労働」、賃金・残業代の不払い」の多くは会社都合により余儀なくされた離職に該当する可能性がある。
 ただし、実際にハローワークの窓口で離職票を記入する時の扱いがどうかは別途、具体的な実態把握が必要である。げんに、上記の判断基準も後段で、実際に受給資格を得るための条件を細かに定めている。たとえば、①労働契約で締結した労働条件(採用条件)と実際の労働条件が著しく異なったことにより離職した場合であっても、事業主が正当な手続きを経て労働条件を変更した場合は、この基準に該当しないとされている。しかし、事業主と労働者が対等の立場で労働条件の変更を協議できない場合が少なくない実態の下で、「正当な手続き」を経た労働条件の変更かどうかを離職者が立証することは困難が予想される。また、⑤上司、同僚等から故意の排斥、著しい冷遇、もしくは嫌がらせを受けたことにより離職した場合でも、「当該労働者が事業主(又は人事担当者)、雇用均等室等の公的機関にセクハラの相談等を行っていたにもかかわらず、一定期間(概ね1カ月)経過後においても、事業主が雇用継続を図る上での必要な措置を講じなかったため離職した場合が該当する」とされている。となると、離職前に上記のような相談等を行うことなく離職した労働者は失業給付の受給条件の読み変えを認められない可能性がある。
 こうした職場での労使の力関係の格差に起因する交渉力の不均衡が不本意な「自己都合」離職者に失業給付の面で不利益を生まないためには、離職者の立場に立った専門の相談員が応対するネットワークを強化する必要がある。この点で、冒頭で紹介したNPOPOSSEの活動は同じ世代の若者の雇用を守る自発的ネットワークとして貴重な運動体といえる。

 失業給付歳出予算が3割近くも使い残されている現実
 連年、特別会計に多額の不用額が発生しているにもかかわらず、一部の例外を除いてそれが放置されることはこのブログでも何度か指摘した。しかし、特別会計の歳出予算額と歳出済み額の差がすべて文字通りの不用額かというとそうではない。中には、給付条件を過度に厳しくした結果、本来給付(執行)されるべき歳出が抑制された結果、使い残しが生じている例もないわけではない。社会保障関係の歳出予算の使い残しにはこれに該当する例が少なくない。地方公共団体の介護保険給付金と並んでこの失業給付金はその典型例といえる。


失業給付額(労働保険特別会計の雇用勘定の歳出項目)と雇用安定化基金の決算状況
                              (単位:億円)
  
 年  度        2003     2004   2005    2006     2007
  失業給付額
   歳出予算現額(A) 23,475  22,676    21,782  20,459    16,783

     支出済歳出額           19,618     14,672    13,772   12,803    12,598
   不用額(B              3,858      8,004     8,010     7,657      4,185
   不用率(BA       16.4%    35.3%     36.8%    37.4%     24.9%
  雇用安定化基金    
   支出(取り崩し)            0             0             0           0            0
   年度末残高               3,011       4,070      5,674     8,106    10,004
   (財務省主計局『特別会計決算参照書』各年度版より作成)


 上の表をみると、過去5年間、失業給付予算は連年、3,0008,000億円の「不用額」が発生し、不用率は1637%にも達している。国会に提出された歳入歳出決算書では「不用額を生じたのは、一般求職者給付の受給者が少なかったこと等のため」とそっけなく説明されている。しかし、実態はどうかというと、歳出予算の甘い査定による無駄の放置を意味するものではなく、国会で議決された歳出予算が失業給付の受給資格要件の過度の規制や離職者の正当な受給の権利が事業主による自己都合離職の強要によって侵害され、本来受給すべき離職者が受給できない状況に追いやられている実態を直視する必要がある。しかも、上の表からも明らかなように雇用の安定のために積み立てられたはずの基金は過去5年間、1円も取り崩されず増加する一方で、2007年度末時点で残高は1兆円を超えている。
 このような事実を知れば、新たな財源措置を講じるまでもなく、国会で議決され、財源を確保済みの歳出予算を適正に執行することによって、失業者の生活難の緩和、再就職活動の支援を可能にする財源が現に確保されていることがわかるのである。多くの市民が雇用保険特別会計のこうした実態を知ることがぜひとも必要である。

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