壁崩壊後20年~ドイツの今を伝えたNHKの番組に旅の思い出を重ねて~
昨日、ドイツ統一にちなんだ2つのNHK番組を見た。一つは録画で視た『名曲アルバム』(11月4日、教育テレビ放送)、バッハ作・ミサ曲ロ短調である。ただし、曲というよりも画面に映し出されたドレスデンの光景に見入った。昨年8月24日~9月1日に夫婦でドイツに出かけた折、ベルリン巡りの後、ドレスデンで3泊した旅のことが思い出された。特に曲の冒頭でエルベ川の対岸から見たドレスデンの旧市街が写し出された時、夫婦で「あれ」と声を上げた。私たちが泊ったホテルから眺めた懐かしい光景だったからである。
エルベ川の対岸から見たドレスデンの旧市街(2008年8月30日撮影)
また、画面で紹介されたドレスデンの聖母教会(フラウエン教会)は第2次大戦末期のドレスデン空爆で全壊した建物を旧連合国の支援も受けて60年後に再建された建物で、ドレスデン復興の象徴ともいえる建物である。夜には同教会で開かれたミサ・コンサートに出かけ、パイプ・オルガンで演奏されたバッハの曲に聴き入った思い出を再現できた。詳しくはドイツ旅行記を書く予定の次の記事で触れることにしたい。
復興なったフラウエン教会の前で(2008年8月30日撮影)
昨日視たドイツ統一にちなんだもう一つの番組は、19時30分から放送されたクローズアップ現代「壁崩壊20年 欧州の光と影」である。この11月9日でベルリンの壁崩壊20周年を迎える。番組は政治体制転換後20年を経たハンガリーと東西統一後20年が経過したドイツの現状を欧州統合、金融危機がもたらした影響と重ね合わせて、ぞの光と影を伝えようとしたものだった。
ブタベストも5年前にウィーンへ出かけた折にバスで国境を越えて出かけた街なので懐かしかった。しかし、放送では外資が引き揚げた今、失業率9.9%、消費税25%へ引き上げ、社会保障の削減という厳しい経済状況の下で国民の3分の2が自分は資本主義化の負け組と考えているという調査結果が紹介された。その一方で国営企業を安く買い取って外資系企業に転売し、300億円に上る個人資産を蓄財した旧体制の高級官僚の豪華な生活ぶりも紹介された。そして、こうした貧富の格差の拡大に不満を募らせた国民の間で極右翼政党ヨビックを支持する気運が広がり、同党への支持率が10%まで高まっていると伝えられた。
ドイツでは東西統一で旧東ドイツ圏の経済成長が進み、市民の所得水準も上昇した。しかし、金融危機のあおりで経済復興を牽引してきた外資系企業が相次いで旧国営コンビナート工場等を閉鎖したり、資本を引き揚げたりした。そのため、ここでもブタベストと同様、失業率が上昇し、若年世代では25%に達しているという。就職先を求めて旧西ドイツ圏へ出かけた旧東ドイツ圏の市民の中には、2級市民扱いされ解雇されて東側に戻ってきた人もいるという。そこから、旧東圏の市民の間では、「オスタルギー」=「東」+「ノスタルジー」(旧東ドイツをなつかしむ心情)が広がっているという。他方、旧東ドイツ圏の市民の55%が「連帯税」(旧東圏の経済復興のための財源確保を目的とする税)の廃止を求めているという。
こうした動きを厳密に評価するのに十分な判断材料を持ち合わせていないので軽々に意見はいえない。しかし、現実のある一面だけを捉えて旧東ドイツの社会体制なり東西ドイツ統一の功罪なりを訳知りに速断するのは戒めるべきである。この点から、番組を視て感じた2,3の感想を記しておきたい。
1.「クローズアップ現代」を視て強く感じたことの1つはスタジオゲストとして登場したデオ・ゾンマー氏(ドイツ・ツァイト紙論説主幹)の見解の公正性である。映像で紹介された上記のような旧東ドイツ圏の市民の声について感想を尋ねられた氏は、「問題は旧東ドイツの負の遺産であって資本主義の欠陥ではない」と答えていた。また、ハンガリーの現状を聞かれたとき、「あれが一般的とは思わない。ブタベストのやり方がまずかっただけだろう」とも答え、「大切なことは『見えざる手』ではなく、『見える心』だ」とも答えていた。はたしてそうなのか?
氏は東西統一で旧ドイツ市民も恩恵を得た証拠として所得水準の向上を数字で挙げていた。しかし、これはあくまでも平均値である。格差が先鋭化している時代に「平均値」を挙げても意味は乏しいことを氏は認識していないのだろうか? また、ゾンマー氏に限らず、東西ドイツになお「心の壁」が残っているという指摘を見聞きする。それも否定できないかもしれないが、欧州の市場経済に組み入れられた旧東欧諸国で軒並み失業率が上昇し、現状への不満が高まっている一方、旧西ドイツ圏では市民の間に連帯税の廃止を求める意見が広がっている現実を直視すれば、問題が「心」の壁だけで済まないことは明らかである。
2.東西統一の意義について、旧東ドイツ圏の市民の間に懐疑的な見方が広がっているのは、旧社会主義体制を美化するような教育が残っているからではないかとして、公的研究機関が教師を集めて開いた講習会(?)の光景が番組の中で紹介された。その場面で、参加した旧東ドイツ圏の数名の教師が立ちあがって、<旧東ドイツの良い面も教える必要がある。それが公平な教育だ。旧東圏のことは私たちがよく知っている>という趣旨の発言をした。教育内容となると学習指導要領が独歩し、学校行事で国旗に向かって起立一礼し、君が代の斉唱を生徒にも従わせる上意下達で事実上教育現場に強制される日本との彼我の差を実感させられた。「強制ではない」といいつつ、従わない教師を処分し、再発防止と称して呼び出し、「研修」という名目で事実上の「思想改悛」を迫る行為がまかりとおっている東京都などの現実と照らし合わせると、教師が当局の指導と異なる持論を堂々と発言する場面に接して頼もしく感じた。旧東ドイツでは密告と監視の目が張り巡らされていたといわれるが、先進資本主義国を自認する日本で類似の強制と上意下達の教育がまかりとおっている現実から目をそらし、旧社会主義圏の自由の窒息状況を嘲笑するのでは理性に忠実な言動とかけ離れている。
旧東ドイツ圏から西側への脱出を試みる市民の記録写真(2008年8月25日、ポツダム広場近くのベルリンの壁の跡地で撮影)
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