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職業軍人の国家への至誠を美化する戦時思想~『坂の上の雲』は軍国日本をいかに美化したか(第3回)~

秋山真之の出家志願を弱音と言ってのける好戦趣向
 『坂の上の雲』は黄海海戦で作戦参謀役を務めた主人公・秋山真之を次のように描いている。 

 「・・・・真之はこの追跡時間中、もはや人間の力ではどうにもならぬ状況下で、かれはかつてやったことのない精神の作業をせざるをえなかった。神仏に祈った。秋山真之というこの天才の精神をその晩年において常軌外の世界に凝固させてしまったのは、この日露戦争における精神体験によるものであった。かれは、渾身の精気をこめて天佑の到来を祈った。」(第4分冊、51ページ)

 つまり、黄海海戦で凄惨な体験を味わった真之はその体験を戦争という外界に向けるのではなく、内面の精神体験に閉じ込めたのである。もっとも、上の引用文の末尾に記されているように、真之は日露戦争が終わったあと、出家を口にする。原作はこの点にも言及している。

 「『作戦ほどおそろしいものはない』と真之はつねにいった。この人物は、軍人としてはやや不適格なほどに他人の流血をきらう男で、この日露戦争がおわったあと、『軍人』をやめたい」といいだした。僧になって、自分の作戦で殺されたひとびとをとむらいたい、というのである。海軍省はあわてて真之に親しい人々を動員して説得にかかったが、真之はきかず、一時発狂説が出たくらいであった。ともかくしかし海軍省としては真之に坊主になられては迷惑であった。かれのいうことを海軍が道理としてみとめれば、一戦争がおわるたびに大量に坊主ができあがることになる。」(第3分冊、257ページ)

 このくだりのあと、三笠艦上で閉塞作戦をめぐって作戦会議が開かれた、真之は、もし途中で敵艦隊に見つけられ猛射を受けた時は引き上げるべしと進言した。これを原作は「じつに弱いことをいっている」と突き放している


国家の命運に一身をささげた秋山好古に寄り添う原作
 では、もうひとりの主人公・秋山好古はどうだったか? 『坂の上の雲』は後年好古が書き留めた次のような原文を引きながら次のように記している。

 「さらに好古はやや遺言めいた重要なことを書いている。・・・・・・『自分の多年の宿論としてそろそろこの社会からひきあげて閑居したい。』・・・・・好古の原文でいうと、『一家一族、邦家の実利を挙げ、名利は放棄して速やかに閑居するを要す』となる。一族をあげて国家に実利をあたえ、その功績による名誉と利益を受けない、という意味である。国家が至上の正義でありロマンティシズムの源泉であった時代のもっともロマンティックな思想であろう。『この志望は戦争のために中止せざるえなないが』と好古は書き、最後に、『名誉の最後を戦場に遂ぐるを得ば、男子一生の快事』と書いた。」((第3分冊、288~289ページ)

 この記述を指して、あくまでも好古の原文の紹介であり、司馬の主観、価値観ではない、と注釈する人があるとすれば、いびつな客観主義というほかないだろう。むしろ、上の記述は国家の命運に一身をささげる職業軍人の至誠を心情的ロマンティシズムで美化する戦時思想の懐旧話といっても失当でない地点に司馬遼太郎が立っていたことを物語る証左といえるのである。

 このように見てくると、『坂の上の雲』を「国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語」などと評するNHKの解説がいかに原作を捻じ曲げた身勝手な解釈であるかが判明するはずである。『坂の上の雲』の主人公たちは「少年のような希望をもって国の近代化」に取り組んだのではない、彼らは「愛国的栄光の表現」(第2分冊、53ページ)という欺瞞的言辞で鼓舞された不条理な侵略戦争に赴き、多数の自他国兵士を殺傷した戦場を死の恐怖におののきながら駆け巡った職業軍人だったという歴然とした事実から目をそむけることは許されないのである。

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