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問題を軍事的実利に還元し、思想を封印するレトリック~『坂の上の雲』は軍国日本をいかに美化したか(第1回)~

 原作者の遺志はそれほど軽いのか?
 NHKが総力をあげて手掛けてきたスペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送が1129日から始まる。それを控え、歴史学関係者やNHKのあり方を問い続けている市民団体の間から批判の声が上がっている。そこで、以下、数回にわたって、『坂の上の雲』は明治期の軍国日本をどのような手法でいかに美化したかを検討してみたい。

 上記の歴史学関係者や市民団体の批判の理由は次の2点である。
 (1)この作品をテレビとか映画とか、視覚的なものに翻訳されると軍国主義を鼓吹したかのように誤解されるとしてテレビ・ドラマ化を拒み続けた原作者・司馬遼太郎の生前の意思に反する。
 (2)原作の中には歴史の事実に反して、日清・日露戦争の侵略性を美化する内容が含まれ、ドラマとはいえ、これを放送するのは歴史の曲解を招く。

 (1)はどういうことかというと、司馬は生前、多くの映画会社やテレビ局から原作の映画化、ドラマ化の申し出を受けたが、それらをすべて断っている。原作をうかつに翻訳されるとミリタリズムを鼓吹しているかの誤解を生みかねないというのがその理由であった。ところが、NHKは司馬の遺族と司馬遼太郎記念館(館長・上村洋行氏)と協議の結果、「東西冷戦の対立構造は過去のものになり、また映像の技術レベルは圧倒的に進化していることから、司馬さんの危惧は解消できる」(西村与志木「制作者からのメッセージ 映像界の志を引き継ぐ、アンカーとしての誇りと責任」河野逸人編集『NHKスペシャルドラマ・ガイド 坂の上の雲』2009年、日本放送出版協会)として放送に踏み切ったと説明している。
 しかし、いわれるような説明で司馬の危惧が解消するかどうかは司馬が判断することであって、NHKが勝手な憶測で判断することではない。しかも、司馬はこの世にいない。著作権を継承した遺族の同意があれば法的には問題がないのかもしれない。しかし、NHKにとって法的手続きを踏まえたことで事足りるのか? 文化の世界で著作者の意思はそれほど軽いものなのか? 

 とはいえ、私は原作を読み終えて、(2)の論点がより重視されるべきと考えている。それほどに、原作にはドラマだからでは済まされない歴史――日清・日露戦争の史実――認識において重大な歪曲があるからである。そこで、1回目のこの記事では、原作全体をつらぬく歴史歪曲の手法について検討してみたい。

 
問題を軍事的実利に還元し、思想を不問にするレトリック
 
原作を通読して私が一番に感じたことは、原作が日清・日露戦争を舞台にした歴史小説と銘打ちながら、戦争の現実に代えて、軍事上の策略、実利と主人公(秋山兄弟と正岡子規)ら登場人物の心象風景に焦点を当てることによって、侵略戦争を鼓舞し正当化した思想を不問にしている点である。ただし、心象に焦点をあてて、歴史認識の核心がいかにはぐらかされているかは次回、検討する。

 文春文庫版の第8分冊の巻末に収録された「あとがき2」の中で司馬は次のように記している。

 「戦争という、このきわめて思想的な課題を、わざわざ純軍事的にみるとして、日露戦争というのは日本にとってやるべからざる戦争であった。あまりにも冒険的要素がつよく、勝ち目がきわめてすくない、という意味においてである。」(314ページ)

 「日露戦争後、旅順は地理的呼称をこえて思想的な磁気を帯びたようであり、その磁気はまだ残っている。私はその磁気を消して単に地理的呼称としての旅順をめぐるさまざまな物事を考えてみたわけであり、そのため、いまなお磁場にいるひとびとの機嫌を損じたかもしれないが、やむをえないとおもっている。」

 事実、原作は日清戦争の原因について次のように記している。

 「そろそろ、戦争の原因にふれねばならない。原因は、朝鮮にある。といっても、韓国や韓国人に罪があるのではなく、罪があるとすれば、朝鮮半島という地理的存在にある。」(第2分冊、48ページ)

 こう述べたあと、司馬は「ゆらい、半島国家というものは維持がむずかしい」と語り、朝鮮半島を領有しようとするロシアならびに清国という列強に伍していく軍事的戦略に焦点を当てて、「とにかくも、この戦争は清国や朝鮮を領有しようとしておこしたものではなく、多分に受け身であった」(第2分冊49ページ)と語り、日本軍の朝鮮出兵の侵略性を最大限に希薄化している。
 つまり、司馬にとって、日露戦争は自国民にも相手国民にも悲惨な犠牲を強いるからやるべきでなかったのではなく、勝ち目がなかったからやるべきではなかったのである。ここに、軍国主義思想に対する評価を封印して実利にすりかえる司馬の歪んだ歴史観、プラグマチズムで粉飾された侵略戦争免罪論が露出している。

 また、日清戦争についていうと、日本は開戦の理由として「朝鮮の独立擁護」を強調した。しかし、「朝鮮の『独立』擁護の実質的な意味は『主権の尊重』という一般的意味ではなく、特殊な意味、すなわち、朝鮮の清国化を阻止し、その日本化を促進するという意味であった」(三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』1997年、15ページ)と見るのが定説である。

 また、『坂の上の雲』では随所で、山県有朋と伊藤博文を対比し、山県を開戦論者、伊藤を先鋭的な非戦論者と評価している。その際、司馬が二人をこのように区別するゆえんは両者における思想性の濃淡であった。

 「山県は伊藤と同じ現実主義者でも、伊藤にくらべてみれば多分に『思想性』があったことにもよるであろう。思想性とは、おおげさなことばである。しかし物事を現実主義的に判断するにあたって、思想性があることは濃いフィルターをかけて物をみるようなものであり、現実というものの計量をあやまりやすい。」(第8分冊、315ぺージ)

 ここでは、日清・日露戦争を鼓舞した軍国主義思想を思想一般に還元し、その思想をも軍事作戦面での現実主義にすり替える2重のレトリックが仕掛けられている。

 ちなみに、司馬は伊藤博文を先鋭的非戦論者というが、その伊藤を暗殺した安重根は韓国では自国の独立のために決起した民族の英雄として賛美され、さる10月26日には伊藤博文暗殺から100周年にあたって、政府主催の記念式典が開催された。そしてそこで、鄭首相は安重根を「民族の魂の表象だ」と称えている(『読売新聞』2009年10月27日)。

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