『坂の上の雲』放送開始にあたって申し入れ
来る29日からNHKスペシャル・ドラマ『坂の上の雲』の放送が始まる。これに先立って、歴史研究者、メディア研究者、市民団体が結成した「『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク」は11月26日、共同でNHK福地会長、NHK理事宛に次のような申し入れを提出した。
なお、この申し入れに賛同した方々は次のとおり(11月26日現在)
申し入れへの賛同者名簿
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/sandosha_meibo_20091126.pdf
なお、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティも独自に次のような質問書を福地会長、日向放送総局長、西村エグゼクティブ・ディレクター宛に提出した。
『坂の上の雲』の放送開始にあたっての質問(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/sakanoue_situmon_20091126.pdf
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2009年11月26日
NHK会長 福地茂雄 様
NHK理事 各位
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」放送についての共同申し入れ
「坂の上の雲」放送を考える全国ネットワーク
呼びかけ人(50音順)
井口和起(京都府立大学名誉教授)
石山久男(歴史研究者・前・歴史教育者協議会委員長)
岩井 忠熊(歴史研究者・立命館大学名誉教授)
桂 敬一(元東京大学教授・日本ジャーナリスト会議会員)
崔善愛(ピアニスト)
隅井 孝雄(メディア研究者・京都ノートルダム女子大学客員教授)
醍醐 聰(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・東大教 授)
中島 晃(弁護士)
中塚 明(奈良女子大学名誉教授)
松田 浩(メディア研究者・元立命館大学教授)
湯山哲守(NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表・元京都 大学教員)
賛同団体
えひめ教科書裁判を支える会
坂の上の雲ミュージアムを考える会
NHK問題大阪連絡会
NHK問題京都連絡会
NHK問題を考える会(兵庫)
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
賛同者:別紙名簿のとおり
皆様方が日頃より豊かで民主主義の発展に寄与する放送番組の制作にご尽力いただいておりますことに、深い敬意を表します。
さて、NHKは来る11月29日から3年間にわたって、スペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送を予定しておられますが、ドラマ化の企画意図を次のように説明しておられます。
「『坂の上の雲』は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語です。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。
この作品に込められたメッセージは、日本がこれから向かうべき道を考える上で大きなヒントを与えてくれるに違いありません。」
私たちはこうした意図のもとに『坂の上の雲』がドラマ化され、多数の視聴者に向けて放送されることに強い危惧を覚え、以下のとおり、申し入れをいたします。
1.ドラマ化にあたって、原作『坂の上の雲』がもつ歴史小説としての重大な歴史認識の誤りをどのように扱うのかについて十分な検討はされているのでしょうか?
小説とはいえ、作者司馬遼太郎氏は「本来からいえば、事実というのは、作家にとってその真実に到着するための刺激剤であるにすぎないのだが、『坂の上の雲』に限ってはそうではなく、事実関係に誤りがあってはどうにもなら」ない(文春文庫、新装版『坂の上の雲』第8巻)と述べています。そして新聞連載に吟味を加えた上で「全集」に収録されたその後にも「重大な誤り」について「月報」に訂正文を掲載しています。つまり、『坂の上の雲』は単に日清・日露戦争とそこに登場した人物を題材にしたというだけでなく、全編を通して歴史の事実にそって編まれた小説です。しかも、NHKは原作の著作権継承者の許諾を得て原作をドラマ化するわけですから、映像表現上の脚色はありえても著作権法上の定めに照らし、原作の骨格をなす歴史認識を改変することはできないという制約を受けています。
ところが、その原作を貫く歴史観には次のような重大な誤りが含まれています。たとえば、司馬氏は「日露戦争はロシアからは侵略戦争、日本からは祖国防衛戦争であった」と記していますが、ここには根本的な歴史的事実の誤認があります。当時、ロシアが日本を侵略しようとしていたことを示す歴史的事実はありません。ロシアに侵略される現実的な脅威もないのにロシアと戦うことが「祖国防衛戦争」とどうして言えるのでしょうか。朝鮮半島がロシアなどの大国の勢力下におかれると日本の主権が脅威にさらされるというのは、明治の為政者たちが軍備拡大のために意図的に唱えた対外政略論に過ぎません。さらに、開戦前のロシアには、朝鮮半島制圧の企図もありませんでした。これらの事実は、戦後の歴史研究で多くは明らかにされていましたが、とりわけ最近の根本資料に基づいた研究でいっそう詳しく実証されています。かえって、日清戦争と日本の朝鮮王宮占領、「東学党の乱」の武力制圧、朝鮮王妃の殺害などを経て、日露戦争での朝鮮占領、そして「韓国併合」、さらに「満州」占領へと政策展開していったという近代日本の歩みこそが歴史の事実であることが明らかにされています。つまり、原作者・司馬氏の「極東情勢」認識や朝鮮半島制圧についての認識には、明らかに誤りがあります。
NHKは「ドラマ化」にあたって、これらの明らかに事実に反する記述については十分な検討を加え、必要とあれば著作権に一定の配慮を払った上で「訂正または補足」の措置を講じる必要があります。また「原作」にあくまで忠実に放送するというのなら、視聴者に「事実との違い」を何らかの形できちんと伝える責任があります。それが困難であれば、『坂の上の雲』が放送される期間に別途、日清・日露戦争の経緯を検証する番組の放送を企画するよう要望します。
2.司馬氏は生前、数々の映画、テレビドラマへの「映像化」要請を拒み続けたといわれます。1986年NHK教育テレビでもその趣旨の発言を自らしています。そのことの持つ意味は重いものがあると私たちは考えます。氏が映像化を拒み続けた理由は、この原作そのものに加え、映像にした場合の「戦争」場面の多さが、過去の戦争の反省の上に実を結んだ憲法第九条の精神や人々の非戦の誓いに逆行すると考えたからではないでしょうか。氏は1945年以降の「戦後」を高く評価し、「私は戦後日本が好きである。ひょっとすると、これを守らねばならぬというなら死んでもいいと思っているほどに好きである」(『歴史の中の日本』)と述べています。NHKは、こうした司馬氏の思いを深く尊重すべきではないでしょうか。
憲法9条を「改正」して「普通の国」にしようとする動きが強まっている今日の状況のもとで、司馬氏が「迂闊に映像に翻訳すると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりするおそれがあります」と懸念したことの意味が、今あらためて大きく現実感を帯びてきているように思われてなりません。
私たちはドラマ化にあたって、番組制作者の表現の自由、編集の自由を尊重し、それに配慮する必要性は十分認識しています。しかし、来年「韓国併合」100周年を迎えるこの時期に、またNHKが過日放送した「JAPAN デビュー」で取り上げた戦前日本の台湾統治の認識をめぐって内外で論議が起こっている最中に「なぜ今『坂の上の雲』なのか」、「原作に含まれる歴史認識の重大な歪み、誤りをドラマ化にあたってどのように扱うのか」について、莫大な番組制作費を負担する視聴者が求める説明を「表現の自由」、「編集の自由」で遮ることはできないと考えます。
私たちは放送開始後も引き続き貴局のドラマ制作姿勢を注意深く検証し、事実に即して批判と提言を行っていくことを最後に申し添えます。
以 上
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