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日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(2)

2.治政者の主観に寄り添い、歴史の本質をはぐらかした伊藤博文評価
 日本の歴史学界には、朝鮮・中国の直轄植民地化、武断政治を唱えた山県有朋、寺内正毅、長谷川好道らと対比する形で伊藤博文を国際協調派・朝鮮の部分的自治を容認しようとした融和派と捉える見解がある。今回のNHKスペシャルはこうした見解を取り入れる形で、伊藤は当初は韓国「併合」とは別に朝鮮に「責任内閣」制を導入し、同国にも一定の行政権・立法権を認める「自治植民地」構想も考えていたという点に焦点を当てた。しかし、韓国民衆はこうした伊藤の構想を信用せず、民族自立のナショナリズムを先鋭化させ、経済面でも日本からの自立を図ろうと国債報償運動(タバコや酒を断ち、指輪やかんざしなどを拠出して、日本からの借款を国民の募金で返済しようとする運動)まで興した。伊藤はこれに不快感を抱き、高宗皇帝が第2次日韓協約の無効を訴える密使をハーグに送ったことが発覚したこともあって、「自治植民地」構想をあきらめ、「韓国併合」の道を選んだというのが番組の大まかなストーリーだった。

こうした筋書きだと、伊藤博文は韓国に一定の自治を認める融和的植民地統治を進めようとしたにもかかわらず、韓国民衆の過激なナショナリズムに直面して行き詰まり、やむなく「併合」の道を選んだかのような印象づけになる。しかし、史実はどうだったのか? 

 伊藤博文は日清戦争の開戦当時、出兵のタイミング、大義名分、規模をめぐって即時派兵を唱えた外務大臣・陸奥宗光や参謀次長・川上操六らと一線を画していたことは確かである。第2次日韓協約締結(1905年)後の韓国統治のあり方をめぐっても、軍事的威圧を行う必要上、武官統監論を唱えた韓国駐箚軍司令官・長谷川好道大将や山県有朋らの主張に対してシビリアンコントロールを説いたのは伊藤だった。
 しかし、日本が日清戦争開戦の口実を作るために起こした王宮占領の狡猾な計画を知らされた伊藤はそれを「最妙だ」とみなして同調する手紙を陸奥外相に送っている(中塚明『歴史の偽造をただす~戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」』1997年、高文研、42ページ)。

 また、日露戦争開戦時に伊藤は積極的に非戦を説いたわけではない。伊藤は、韓国への2個師団の出兵を主張する枢密顧問官・山県有朋と時期尚早論を説いた山本権兵衛、大山巌らの間に入って人員数を混成一旅団くらいに減らして派兵する折衷案を持ち出したに過ぎない。韓国を「保護」する名目で日本軍を派兵するという山県の考えを伊藤も諒としていた(以上、平塚柾緒『図説 日露戦争』1999年、河出書房新社、2224ページ)。

3.第2次日韓協約の承認を強要した伊藤博文
 伊藤の強権的朝鮮支配の姿が露見したのは1905年に彼が日本側特派大使として韓国に出向き、第2次日韓協約書の調印をめぐる交渉の場面だった。この年の
1117日、王宮に韓国大臣を呼び集めて開かれた御前会議は調印に向けた日韓最後の交渉の場となったが、王宮内には日本憲兵や領事館警察官、韓国政府に傭聘された日本人巡査が配置され、戒厳体制が敷かれた。

その御前会議において、伊藤は調印にあくまで抵抗する韓圭萵参政を別室に連れ出させ、自ら各大臣に協約案に対する賛否を質し、賛否を明言しなかった大臣を含め5名の賛成があったとして多数決で可決されたものとみなし、協約の成立を宣言した。この報が伝わるや韓国内では抗議の声で騒然となり、高宗皇帝は、①強制された調印は無効、②皇帝の承認の欠如を理由に挙げてハーグに密使を送り、条約の無効を訴えた。また、協約案に賛成した5人の大臣は以来、韓国民衆の間で民族の主権を日本に売り渡した「乙巳五賊」と罵倒された。こうした中、皇帝の侍従武官長・閔泳煥(日本兵に虐殺された王妃閔妃の甥)は抗議の自決をした。

 NHKスペシャルはこの第2次日韓協約の調印に至る伊藤の強権的手法をかなり詳細に伝えていた。私がこの番組の中で評価できると思ったのはこの場面だが、一国の外交権をその国の意思に背いて日本側に「委任」させた協約が相手国の主権を根こそぎ奪うものであったという認識は番組から伝わってこなかった。

4.伊藤博文の「自治植民地」構想の実相
 
次に、初代統監に就任した伊藤の朝鮮内政改革はどう評価されるのか?伊藤は在任中、ほぼ毎週のように韓国大臣と施政改善協議会を開いたが、この「協議会は伊藤が指導する閣議であり、行財政・司法・諸産業育成・教育など内政万般にわたる問題が伊藤提案をもとに審議決定された。第2次日韓協約に賛成し、そのまま大臣に留めおかれ、増俸と身辺警護で傀儡化した彼らの統監に向き合う気持ちは、近代への憧憬(あこがれ)と嫌悪と恐怖が混ざり合っていた。伊藤に対し反対する自由はない」(海野福寿『伊藤博文と韓国併合』2004年、青木書店、78ページ)のは当然だった。しかし、皇帝は第2次日韓協約で委任したのは外交権だけで内政にまで介入するのは不当であるという不満を募らせた。そこで、伊藤は韓国に対して助言をなすことを定めたにすぎない第2次日韓協約では事足りないとみなし、韓国に対して助言ではなく、直接指導・命令ができる根拠法規として第3次日韓協約へと進んだのである(以上、(伊藤、同上書、7883ページ)。
 このようにみてくると、伊藤が構想した「自治植民地」論は韓国の主権の根幹を侵害する点において直接統治論と同根であり、彼がいう一定の「自治」は自分の統治に従順に応える韓国政府や民衆に対する上からの施し、あるいは植民地統治をより狡猾に行うための外装に過ぎなかったのである。

 番組に登場した某大学教員は伊藤の「自治植民地」構想が行き詰った理由を、韓国のナショナリズムが予想以上に強かったためと解説していた。伊藤の主観と客観のギャップを評論する言葉としては大過ないであろう。しかし、歴史学者としての役割からすれば、番組のストーリーに忠実に伊藤の主観をなぞるのではなく、内政・外交全般にわたって主権を根こそぎ奪われた国の民衆の側の意識にも視線を向け、日本における朝鮮の植民地統治の歴史的意味、その負の遺産を客観的に評価する発言が求められたはずである。

  ご近所の柴犬
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コメント

特殊法人・NHK
 現在のNHKの運営内容は、半官半民に相まって放送内容に無駄が多すぎると思われる。

具体的には、例えばBS放送ひとつ取り上げても判る。

『番組名・おはよう世界』 、などはニュース番組でありながら、野球、ゴルフ、等の生中継が長引いた場合は、ニュース短縮、中止等は日常茶飯事であり、又盆休み・

正月休みと称して、2~3週間の番組自体の休みが通例になっており、その休みの間は『ニュースアワー』と称して、通訳とナレーションで時間内を流がしている。しかし、この『ニュースアワー』で充分判りやすく、放送の目的は達している。

要するに、最初から『ニュースアワー』で事足りる内容であり、週末に週解説の様な形式で運営すれば、職員・解説者で、無駄がない。

それにニュース番組と称する放送名が、2~3週間休んだり、日曜・祝日休み、スポーツ中継延長で、短縮・中止などと云うニュース番組は世界中では、殆んど例が無い。

その休み以外は通常OA時、早朝未明からバックスタッフ、メインスタッフ共に、特別の交通利用機関の出費、時間外手当等を出し、あまり意味の無い運営・生放送をしている、外部出演者費用も然りで、ピンハネ事務所が濡れ手に粟のぼろ儲け。

特殊法人等の無駄の見直しが叫ばれる中、NHK・BSが見直し対象ならないのは、理解が出来ない。又、放送界ではNHKの横柄な運営・資金乱用は、業界・有名事実。

国民税金の50%を無駄使いされては、国民は納得できない。

国民側の与党・民主党で有る事で、国民の信託を選挙で得た筈。

NHK運営方法を精査して、是非、見直しを国民として強く希望する。しかも、受信料まで徴収していながら総務省黙認では極めて遺憾!、早急に『仕分け対象』が必定。 ~tcp~
tcp ( 2010/04/09 13:48 )

投稿: tcp | 2010年4月22日 (木) 18時47分

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