« 日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(2) | トップページ | 障子の蔭から皇帝に助言をささやいた明成皇后・閔妃 »

「名曲アルバム」の魅力

 NHKの長寿番組の一つに「名曲アルバム」がある。私がこの番組に感じる魅力は名曲・映像・字幕の相乗効果である。自宅のHDDに録画した曲目は150を超える。食事中や食後のひととき、あれこれの曲を選んで再生して聴く・視る・読むのが日課になっている。そして、夫婦でその曲にちなんだ地に出かけた思い出にふけったり、その曲にまつわる歴史や作曲家にちなんだエピソードを再発見するのを楽しみにしている。

18
歳の無名の少女が作曲した「乙女の祈り」

 誰もが知る「乙女の祈り」の作曲家がポーランドの無名の18歳の少女/テクラ・バダジェフスカだということを知ったのは数年前にこの番組を視たときだった。専門の音楽教育を受けたことのない彼女はこの曲がパリで評判になるまでは手書きの楽譜を自ら売り歩いたというエピソードを伝える字幕を見て、一層この曲への親しみが湧いてきた。しかし、彼女はこの曲を作曲したのち、5人の子供を残して1861年に27歳で世を去った。
 今日、ポーランドでは彼女のことを知る人は少ないという。連休明けの5月にポーランドへ出掛ける予定にしているが、ワルシャワに滞在する間に彼女の墓碑があるポヴォンスキ墓地を訪ねたいと思っている。

ノルウエーの美しい自然をうたったアガサ・バッケル=グルンダール

 「名曲アルバム」で取り上げられたアガサ・バッケル=グルンダールも世界の音楽界と離れた位置で美しい曲を残したピアニスト・作曲家の一人である。番組では彼女が残した400を超える作品の中から「夏の歌」を選んで放送した。小林緑編著『女性作曲家列伝』によれば、アガサはリストやバーナード・ショウにそのピアノ演奏ぶりを絶賛されながら、音楽家としての国際的活動には進まず、生まれ故郷・オスロ郊外のホルメストランドで家事の傍ら楽譜に書き留めるのを日課にしたという。画面に現れる北欧の美しい樹木と港町を眺めながら、「夏の歌」の清楚なメロデイを何度も味わっている。
 昨年8月、オスロへ出かける前、地図でホルメストランドの位置とオスロからのアクセスを調べていた。今、町の図書館になっている彼女の生家を字幕と映像で視てぜひとも訪ねたいと思っていたのだが時間の余裕がなく、果たせなかったのは大変、残念だった。

韓国民の独立への願いを込めた「鳳仙花」
 韓国の芸術歌曲「鳳仙花」については、このブログでも2008514日の記事で取り上げた。
 鳳仙花二題――植民地韓国の辛酸と自国独立への希望を託した歌
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_8951.html
 メロディと映像と字幕の相乗効果という点でこの曲は「名曲アルバム」の魅力を代表する一つではないかと思っている。

この曲は日本帝国主義の植民地支配からの独立を願う韓国民の願いを鳳仙花の四季のうつろいを惜しむ詩に託したものであるが、字幕によると、東京音楽学校に留学中の作曲家/洪蘭坡(ホン・ナンパ。18971941年)は日本の植民地支配の下で朝鮮古来の民族楽が危機に瀕していることを危惧していたが、母国で三・一独立運動が勃発したのを知るや急いで帰朝し、独立運動に参加した。その5年後に朝鮮最初の芸術歌曲である「鳳仙花」が公開されると民衆の強い共感を呼び、またたく間に全国に広がったという。しかし、これも字幕で流されたが、日本の官憲は彼を危険分子として監視した。その圧力に精神的に追い詰められた洪は1941年に44歳の若さ世を去った。その3ヶ月後に太平洋戦争が始まったのだった。

 番組では年配の人々がくつろぎ、高校生が陽気に走り過ぎ、若いカップルが結婚の記念写真を撮る徳寿宮の映像と重ねて、この地が日韓併合(正しくは韓国併合)が決定された朝鮮王朝最後の王宮であるという字幕が流された。NHKが3年にわたって「坂の上の雲」を放送し始めたのをきっかけに日朝の現代史を勉強し始めた私にとって、この番組を再生して視ると自分の無知を改めて思い知らされる。

 ちなみに、徳寿宮は、1592年、豊臣秀吉が朝鮮へ派兵した壬甲の乱の際に景福宮を焼きはらったため、皇帝・宣祖がここにあった王族の私邸を臨時の王宮として使ったことが始まりと言われている。その後、1895108日、日本から送りこまれた武装兵士によって明成皇后(閔妃)が殺害された時、高宗は景福宮からロシア公館近くのこの王宮(当時は慶運宮と呼ばれていた)に逃げ込んだ。その後、19051117日に韓国の外交権を奪う(日本に委譲させる)第2次日韓協約が締結されたのもこの地である。高宗の後を継いだ純宗が長寿を祈願して「慶運宮」を「徳寿宮」と改名して現在に至っている。
 今日、徳寿宮は市民の憩いの場所であるとともに、観光スポットにもなっている。この地を訪ねる日本人のうち、どれだけが上で述べたような歴史を知っているのだろうか? この地を訪ねたことが不幸な歴史を学ぶきっかけになればと「鳳仙花」を視るたびに考えさせられる。

**********************************************
  自宅の近くの空き地につながれていた犬。近づくとおびえるように近寄ってきた。
 50_2
  

|

« 日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(2) | トップページ | 障子の蔭から皇帝に助言をささやいた明成皇后・閔妃 »

「NHK問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 日本の植民地支配の受動性を印象づけ、主権蹂躙の実態をはぐらかしたNHKスペシャル~「韓国併合への道」を視て~(2) | トップページ | 障子の蔭から皇帝に助言をささやいた明成皇后・閔妃 »