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「坂の上の雲」のどこが問題なのか?(3) ~地元9条の会で講演~

2 司馬遼太郎の遺志に背いてまで原作のドラマ化を推進した責任

 NHKに問われるもう一つの責任は、NHKが原作の映像化を固く拒んだ司馬遼太郎の遺志に背いてまでドラマ化に執心し、企画を推し進めた責任です。生前、司馬が「この作品はなるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。うかつに翻訳されると、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解されたりする恐れがありますからね」(司馬遼太郎『「昭和」という国家』1998年、日本放送協会出版、34ぺージ)と述べ、各方面から寄せられた原作の映像化の申し出を断り通したことは今日ではよく知られています。それでも、著作権承継者である遺族の了解を得たから問題はないというのがNHKの公式見解です。この点では、著作権承継者である福田みどりさんに道義的な意味での説明責任があるといえます。しかし、だからといって、原作のドラマ化を企画し、遺族に著作権使用許諾の申し出をしたNHKの企画責任が消え失せるわけではありません。NHKからの申し出がなければ、許諾するもしないもなかったからです。

 しかし、ここで、注意する必要があるのは、生前、司馬がドラマ化を拒んだという事実だけではありません。それ以上に注目すべきなのは原作に表された司馬の朝鮮観がその後、大きく揺らいでいたという点です。その揺らぎは朝鮮観にとどまらず、日清・日露戦争を「祖国防衛戦争」と規定した司馬の根幹的な歴史観にも及んでいます。
 司馬は1998年に日本放送協会出版から刊行した上記の書物の中で韓国併合について次のように語っています。

 「われわれはいまだに朝鮮半島の友人たちと話をしていて、常に引け目を感じますね。これは堂々たる数千年の文化を持った、そして数千年も独立してきた国をですね、平然と併合してしまった。併合という形で、相手の国家を奪ってしまった。こういう愚劣なことが日露戦争の後で起こるわけであります。
 むろん朝鮮半島を手に入れることによって、ロシアの南下を防ぐという防衛的な意味はありました。しかし、日露戦争で勝った以上、もうロシアはいったんは引っ込んだのですから、それ以上の防衛は過剰意識だと思うのです。おそらく朝鮮半島の人びとは、あと何千年続いてもこのことは忘れないでしょう。」(37ページ)

 朝鮮民族のことを「堂々たる数千年の文化を持った、独立してきた国」と語る司馬の後年の朝鮮観と、「韓国自身、どうにもならない。李王朝はすでに五百年もつづいており、その秩序は老化しきっているため、韓国自身の意思と力でみずからの運命をきりひらく能力は皆無といってよかった」(第二分冊、50ページ)という朝鮮観はどのような後知恵を以てしても一貫しません。このような後年における朝鮮観の転換が『坂の上の雲』のドラマ化を拒んだ司馬の意思の根底にあったのかも知れませんが、それについて司馬は何も語っていません。

また、司馬は同じ書物の中で自分の意識を相対化し、他人または他国の痛みを感受する自己解剖の勇気について次のように語っています。

 「私は、青少年期にさしかかるころから自分を訓練してきたことがひとつあります。中国のことを考えるときは、自分が中国人だったらと、心からそういうようなつもりになることです。そのためには中国のことを少し勉強しなければいけませんが、とにかく中国に生まれたつもりになる。
 朝鮮のことを考えるときには、自分が朝鮮人だったらと、あるいは自分が在日朝鮮人だったらと思う。沖縄問題がありますと、自分が那覇に生まれたらとか、宮古島に生まれたらというように考える。そういう具合に自分に対して訓練をしてきました。」(167ページ)

 「これから世界の人間としてわれわれがつき合ってもらえるようになっていくには、まず真心ですね。真心は日本人が大好きな言葉ですが、その真心を世界の人間に対して持たなければいけない。そして自分自身に対して持たなければいけない。
 相手の国の文化なり、歴史なりをよく知って、相手の痛みをその国で生まれたかのごとくに感じることが大事ですね。」(182ページ)

 このような司馬の言葉を知るにつけ、もし、司馬が他人に向かって言う前に、自分自身が言葉どおりに、他国民の尊厳と痛みに思いをはせる感受性を『坂の上の雲』を執筆した当時から持っていたなら、旅順虐殺事件を黙過して日本兵のみが大量の血を吸われたなどと言うことはなかったでしょう。また、このように他国民の被る苦難に思いを致す気持ちが司馬にあったなら、三笠艦上で閉塞作戦をめぐって作戦会議が開かれた時、途中で敵艦隊に見つけられ猛射を受けた時は引き上げるべしと進言した真之のことを「じつに弱いことをいっている」(第三分冊、258ページ)と突き放すこともなかったでしょう。また、真之が僧になって自分の作戦で殺された人々を交戦国の別なく弔いたいと言い出したのを「海軍省としては真之に坊主になられては迷惑であった。かれのいうことを海軍が道理としてみとめれば、一戦争がおわるたびに大量に坊主ができあがることになる」(第三分冊、257ページ)と冷淡に突き放した記述をすることもなかったはずです。

 さらにいえば、戦争が人間にもたらす過酷な災禍に国籍の違いはないはずですから、旅順の激戦に投入された日本軍兵士を「持ち駒」と呼び(第四分冊、310ページ)、それを補充するための内地の予備隊を「新鮮な血」((第四分冊、312ページ)などと、兵士を虫けら同然の言い方をすることはなかったはずです。

 いずれにしても、司馬の朝鮮観がこれほど変化し、本人もそれが理由かどうか明言していないとしても原作のドラマ化を固く拒んでいたことを承知しながら、NHKが原作のドラマ化を遺族に執拗に迫ったことは、司馬の朝鮮観の揺らぎが史実と人道に適っているだけに、道義的責任は大変重いといわなければなりません。

 もっとも、後年における司馬の朝鮮観の揺らぎを手放しに評価するわけにはゆきません。なぜなら、司馬は日露戦争を機に日本の軍国主義は健全なナショナリズムから愚劣なナショナリズムに変質したとみる歴史観に最後まで固執しました。しかし、こうした歴史観は朝鮮の主権を根こそぎ奪った韓国併合が日清・日露戦争の歴史的帰結であることを無視した根拠のない主観です。昭和における日本帝国主義の暴走は、司馬のいうような日露戦争の勝利に酔った軍部の慢心のみに帰すべきものではなく、自国の権益の維持・拡張を「利益線」「主権線」の名のもとに当事国の主権に優越させる帝国主義の本性に宿ったものでした。この点にまで踏み込んだ歴史観の転換なしには司馬は歪んだ朝鮮観を完全に清算することはできなかったのです。

 『坂の上の雲』の放送開始に先立つ2009年11月26日、歴史学者、メディア研究者、各地の市民団体が結集して結成された『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク(呼びかけ人:奈良女子大学名誉教授・中塚明氏、メディア研究者/元立命館大学教授・松田浩氏、歴史研究者/立命館大学名誉教授・岩井忠熊氏ほか5名)は、NHK福地会長宛に、

 「ドラマ化」にあたって、明らかに事実に反する原作の記述について十分な検討を加え、必要とあれば著作権に一定の配慮を払った上で「訂正または補足」の措置を講じるなり、視聴者に「事実との違い」を何らかの形できちんと伝える、それが困難であれば、『坂の上の雲』が放送される期間に別途、日清・日露戦争の経緯を検証する番組の放送を企画すること、
 生前、数々の映画、テレビドラマへの「映像化」要請を拒み続けた司馬の思いを深く尊重すること、

を申し入れました。また、これに先立って、愛媛、京都、兵庫、東京を中心とする市民団体も、原作に即した、より詳細な申し入れ書、質問書を福地会長宛に提出しました。

 これらに対し、番組のエグゼクティブプロデューサー・西村与志木氏名で届いた回答文書は、司馬は原作を戦争賛美の姿勢で書いたものではない、番組では近代国家の第一歩を記した明治のエネルギーと苦悩をこれまでにないスケールのドラマとして描き、現代の日本人に勇気と示唆を与えるものとしたいという、申し入れ・質問の中身に一切立ち入らない、そっけないものでした。
 今年の12月から来年にかけてドラマ『坂の上の雲』の第二部、第三部が放送されるにあたり、私たちは番組をしっかりウオッチするとともに、日清・日露戦争期の日朝・日中関係をはじめとする現代史を私たち自身が学び直す機会とすることを皆さんに訴えたいと思います。そのことが憲法9条を生みだした日本の歴史的背景を、侵略戦争の犠牲者であるとともに、アジアの近隣諸国に過酷な災禍をもたらした侵略国の有権者として平和運動に取り組む自覚を育む力になるものと思います。

                               以 上

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コメント

なるほど反対の意見を読むと新しい発見や、別角度からの考察などを読むことが出来て自分の狭い思考力に幅が出来ます。
楽しく読ませて頂けました。
が、真之のくだりや、新鮮な血を欲する、持ち駒、とゆう表現については、司馬遼太郎本人が兵隊をその様に軽んじていたのではなく、小説として、または伊地知参謀の無能への批判的な意味わ込めてあえてその様な表現にしているのだと思います。
とゆうか、それはこのブログの様な文章を書ける方なら本を読めば分かると思うのですが、本自体は読まれたのでしょうか?または読み始めから司馬遼太郎に対し批判的な先入観があれば、そう解
釈することもあるかな?とは思うのですが。
少し不思議な気持ちになって引っかかったので、コメントさせていただきました。

投稿: けん | 2016年5月 4日 (水) 19時18分

日本の戦争責任に対して、いろいろ考えられる事は大事だとおもいますが、日本政府の公式見解でもないドラマ(娯楽)に対して、あれこれ突っ込んでも、ただのいちゃもんとしか思えませんが… 司馬さんは、歴史研究家ではなく、小説家ですから。「坂の上の雲」だって本当にあった話の再現ドラマではないわけですから、そんなに大袈裟に論文を書く程のことではないと思いますけど。

投稿: 一人の視聴者 | 2010年9月 6日 (月) 23時10分

 グリ猫のママさん
 一昨日は集会にご参加いただき、ありがとうございました。「衝撃的な史実」とはどの部分だったでしょうか? 調べていくうちに、もっと残忍なこともあったのですが、話すのを控えました。私は残虐であっても、それが史実なら目をそらさず、人間をそのような行為に駆り立てた背景を探りたいと思っています。歴史認識は「共有する」ことが大切ではないでしょうか? それによって、「他虐」を「自虐」といいくるめる「史観」の跋扈を許さない知性が日本人の間に定着するのではないかと思います。 

投稿: 醍醐 聰 | 2010年6月 1日 (火) 01時03分

 昨日の講演で 衝撃的な史実を知り
抱えきれずに 途中退室をしてしまいました。

素朴な質問です。

日本人全員が 知る必要性があるのでしょうか?

投稿: グリ猫のママ | 2010年5月31日 (月) 17時43分

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