NHK経営委員長代行の底なしの無定見
経営委員会に問われる見識――委員長辞任で終わりではないーー
昨日(1月25日)開催されたNHK経営委員会で小丸成洋委員長は、今回のNHK会長選任の過程で社会を「騒がせた」責任をとって委員長を辞任することを申し出、了承された。その後、小丸氏は経営委員も辞任する旨、総務省に申し出たとのことである。
この日の経営委員会では、当面、経営委員長は空席とし、委員長職務代行者(以下、「委員長代行」という)の安田喜憲氏(国際日本文化研究センター教授)がそのまま代行を続けることになったという。いずれ小丸氏を補充する委員が選任された折に後任の委員長が選出される模様である。
今回の小丸氏の委員長辞任に関する私見は、私も参加する「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が一昨日、経営委員会宛に提出した申し入れ(このブログの一つ前の記事に掲載)の中で述べたのと同じなので再論は止めることにし、ここでは当面、委員長代行を務める安田氏の、今回の会長選考をめぐる言動を見ておきたい。
1月15日に開催された経営委員会後の経営委員長記者会見(ブリーフィング)の発言要旨がNHK経営委員会専用のサイトにアップされている。 この会見には小丸委員長のほか、安田氏と井原委員も同席している。以下は公表された会見録の全文である。
平成23年1月15日(土)(第1134回)小丸委員長、安田代行、井原委員
http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/briefing/briefing1134.html
委員長代行の支離滅裂な会長推薦理由
この中で、記者から今回、松本正之氏をNHK会長に選んだ具体的理由を問われて、安田氏は次のように答えている(下線は醍醐が追加)。
(安田代行) どうしてか、というのは、それぞれ委員によって違いますが、私が松本氏をふさわしいと思ったのは、これは福地会長も言っておられたが、NHKも鉄道も一瞬たりとも気の許せない仕事で、1秒でも気を許せば大事故に繋がります。放送も同じ。そうした同じような職種を体験されているということです。それから、日本のハイテク産業としての新幹線とNHKの持っている技術力、これは、これからの放送と通信の融合の時代に、国際戦略として世界に打って出なければいけない極めて高い技術力であると私は考えています。今後、21世紀の日本の世界への国威の発揚という意味においても、松本氏はたいへん大きな役割を果たしてくれるのではないか、と私は思いました。
鉄道であれ、空輸であれ、多数の人々と物資を運ぶ運輸事業は経済と生活の動脈であるとともに、乗客の生命をあずかる事業として、安全な運輸は生命線である。日本航空が起こした御巣鷹の大惨事やJR西日本が起こした兵庫・尼崎での列車脱線・転覆事故は、「安全の前に利益なし」の鉄則を私たちの記憶に刻み込んだ。最近、続発しているJR東日本のダイヤの混乱も多数の人々の職務と生活に甚大な影響をもたらした。この意味で運輸事業が安全で安定した運輸サービスを提供するという重大な公共性を担うことを否定する人は誰もいない。
他方、NHKはどうなのか? NHKの事業に関して「1秒でも気を許せば大事故に繋がります」と言われて、意味を理解できるだろうか? NHKが担う災害報道には緊急性、正確性が求められることは言うまでもない。しかし、NHKが1秒でも気を許すと、どんな大事故に繋がるのかーー鉄道とNHKの公共性を結び付けるための牽強付会な言い回しには、放送メディアに通じた人物とは思えない松本氏をNHK会長に選任した苦しい釈明の意図が透けてみえる。
また、日本のハイテク産業としての新幹線とNHKの持っている技術力は、これからの放送と通信の融合の時代に、国際戦略として世界に打って出なければいけない極めて高い技術力という点で共通するという安田氏の発言はどうか。松本氏がリニア中央新幹線の構想づくりに貢献した人物という評価は受け入れるとしても、放送・通信の技術に通じた資質がNHK会長に求められる資質につながるわけではない。NHK会長になによりも求められるのは、言論・報道機関、多様な放送文化を担う組織の長にふさわしい独立不羈の知性である。この面での松本氏の資質を何ら語ることなく、技術面での鉄道と放送の共通性をこれまた、牽強付会に繋ごうとする安田氏の発言は支離滅裂といって過言でない。
国威発揚の役割を期待してNHK会長を推薦した底なしの無定見
極め付きは、「21世紀の日本の世界への国威の発揚」のためにNHK新会長が大きな役割を果たすよう期待して松本氏を選んだという安田氏の発言である。NHKおよびその長たるNHK会長は国威発揚のために奮闘することが職務というなら、NHKを国営放送と同列にみるに等しい。しかし、NHKは国威を発揚する機関でも国益に仕える機関でもなく、国家と緊張関係を保ちながら、国家の権力行使を監視し、時宜にかなった警鐘を鳴らす機関である。また、国威・国益の名のもとに一元化されがちな言論・文化の自由と多様性を保障する「広場」の役割を担うものである。
NHK経営委員会が今回の会長選で露呈した醜態、無定見は、小丸氏の委員長辞任で幕引きできるものではない。その反省を示す一つの機会として、小丸氏の後任にどのような委員長を互選するのか、注視したい。
さらに、いえば、NHK会長の選任という重責を担う経営委員会のメンバーを今のように、総務省の放送担当部署がリストアップした候補者を政府がそのまま国会に提出し、衆参院の同意人事で決める仕組みのままでよいのかを早急に再考する必要がある。「メディアによって監視されるはずの政府・行政(議員内閣制の下で両者は一体化)が、メディアを監督する組織のメンバーを実質的に選ぶ権限を持つという自己撞着を根本から改革しなければ、今回のNHK会長選考で露見したような無定見な迷走が再発する恐れは多分にある。
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