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NHK経営委員長代行の底なしの無定見

経営委員会に問われる見識――委員長辞任で終わりではないーー
 昨日(125日)開催されたNHK経営委員会で小丸成洋委員長は、今回のNHK会長選任の過程で社会を「騒がせた」責任をとって委員長を辞任することを申し出、了承された。その後、小丸氏は経営委員も辞任する旨、総務省に申し出たとのことである。
 この日の経営委員会では、当面、経営委員長は空席とし、委員長職務代行者(以下、「委員長代行」という)の安田喜憲氏(国際日本文化研究センター教授)がそのまま代行を続けることになったという。いずれ小丸氏を補充する委員が選任された折に後任の委員長が選出される模様である。

 今回の小丸氏の委員長辞任に関する私見は、私も参加する「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が一昨日、経営委員会宛に提出した申し入れ(このブログの一つ前の記事に掲載)の中で述べたのと同じなので再論は止めることにし、ここでは当面、委員長代行を務める安田氏の、今回の会長選考をめぐる言動を見ておきたい。

 115日に開催された経営委員会後の経営委員長記者会見(ブリーフィング)の発言要旨がNHK経営委員会専用のサイトにアップされている。 この会見には小丸委員長のほか、安田氏と井原委員も同席している。以下は公表された会見録の全文である。

 平成23115日(土)(第1134回)小丸委員長、安田代行、井原委員

http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/briefing/briefing1134.html

委員長代行の支離滅裂な会長推薦理由
 この中で、記者から今回、松本正之氏をNHK会長に選んだ具体的理由を問われて、安田氏は次のように答えている(下線は醍醐が追加)。

 (安田代行) どうしてか、というのは、それぞれ委員によって違いますが、私が松本氏をふさわしいと思ったのは、これは福地会長も言っておられたが、NHKも鉄道も一瞬たりとも気の許せない仕事で、1秒でも気を許せば大事故に繋がります。放送も同じ。そうした同じような職種を体験されているということです。それから、日本のハイテク産業としての新幹線とNHKの持っている技術力、これは、これからの放送と通信の融合の時代に、国際戦略として世界に打って出なければいけない極めて高い技術力であると私は考えています。今後、21世紀の日本の世界への国威の発揚という意味においても、松本氏はたいへん大きな役割を果たしてくれるのではないか、と私は思いました

 鉄道であれ、空輸であれ、多数の人々と物資を運ぶ運輸事業は経済と生活の動脈であるとともに、乗客の生命をあずかる事業として、安全な運輸は生命線である。日本航空が起こした御巣鷹の大惨事やJR西日本が起こした兵庫・尼崎での列車脱線・転覆事故は、「安全の前に利益なし」の鉄則を私たちの記憶に刻み込んだ。最近、続発しているJR東日本のダイヤの混乱も多数の人々の職務と生活に甚大な影響をもたらした。この意味で運輸事業が安全で安定した運輸サービスを提供するという重大な公共性を担うことを否定する人は誰もいない。

 他方、NHKはどうなのか? NHKの事業に関して「1秒でも気を許せば大事故に繋がります」と言われて、意味を理解できるだろうか? NHKが担う災害報道には緊急性、正確性が求められることは言うまでもない。しかし、NHK1秒でも気を許すと、どんな大事故に繋がるのかーー鉄道とNHKの公共性を結び付けるための牽強付会な言い回しには、放送メディアに通じた人物とは思えない松本氏をNHK会長に選任した苦しい釈明の意図が透けてみえる。

 また、日本のハイテク産業としての新幹線とNHKの持っている技術力は、これからの放送と通信の融合の時代に、国際戦略として世界に打って出なければいけない極めて高い技術力という点で共通するという安田氏の発言はどうか。松本氏がリニア中央新幹線の構想づくりに貢献した人物という評価は受け入れるとしても、放送・通信の技術に通じた資質がNHK会長に求められる資質につながるわけではない。NHK会長になによりも求められるのは、言論・報道機関、多様な放送文化を担う組織の長にふさわしい独立不羈の知性である。この面での松本氏の資質を何ら語ることなく、技術面での鉄道と放送の共通性をこれまた、牽強付会に繋ごうとする安田氏の発言は支離滅裂といって過言でない。

国威発揚の役割を期待してNHK会長を推薦した底なしの無定見
 極め付きは、「21世紀の日本の世界への国威の発揚」のためにNHK新会長が大きな役割を果たすよう期待して松本氏を選んだという安田氏の発言である。NHKおよびその長たるNHK会長は国威発揚のために奮闘することが職務というなら、NHKを国営放送と同列にみるに等しい。しかし、NHKは国威を発揚する機関でも国益に仕える機関でもなく、国家と緊張関係を保ちながら、国家の権力行使を監視し、時宜にかなった警鐘を鳴らす機関である。また、国威・国益の名のもとに一元化されがちな言論・文化の自由と多様性を保障する「広場」の役割を担うものである。

 NHK経営委員会が今回の会長選で露呈した醜態、無定見は、小丸氏の委員長辞任で幕引きできるものではない。その反省を示す一つの機会として、小丸氏の後任にどのような委員長を互選するのか、注視したい。

 さらに、いえば、NHK会長の選任という重責を担う経営委員会のメンバーを今のように、総務省の放送担当部署がリストアップした候補者を政府がそのまま国会に提出し、衆参院の同意人事で決める仕組みのままでよいのかを早急に再考する必要がある。「メディアによって監視されるはずの政府・行政(議員内閣制の下で両者は一体化)が、メディアを監督する組織のメンバーを実質的に選ぶ権限を持つという自己撞着を根本から改革しなければ、今回のNHK会長選考で露見したような無定見な迷走が再発する恐れは多分にある。

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視聴者コミュニティ、小丸NHK経営委員長の解任を要求

視聴者コミュニティ、NHK松本新会長と経営委員会に申し入れ
 NHK会長選の選考経過が多くの報道機関で伝えられた。それらを総合すると、小丸氏を表の軸にして経済界の人脈で人選が進んだことは間違いなさそうだ。中には、政治が介在したという報道もあった。松本正之氏を新しい会長に選んで人事は落着したが、残された教訓は大変重い。今日25日に定例の経営委員会が開かれるが、そこで今回の会長選考のあり方がどのように総括されるのか注目される。

 私も参加している「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は「余韻が冷めないうちに」視聴者からタイムリーに意見を発信していく必要があると考え、昨日24日、松本新会長と小丸経営委員長に対して文書で申し入れをした。その全文を貼り付けるので、ご覧いただけると幸いである。

 申し入れの柱は、
 1.混乱と醜態をさらけ出した第一次的責任者としての小丸氏の辞任または解任を求める。
 2.所信表明の中で、鉄道とNHKの公共性は同じと語った松本新会長の見識を問う。
 3.今回の選考のあり方から浮き彫りになった、財界人の人脈を頼った閉鎖的な選考のいびつさ、悪弊を改めるため、改めて、公募制、開かれた選考方法(候補者の事前の所信表明など)を求める、

というものである。
 今日の経営委員会の前に全経営委員に届くよう、応対された朝比奈正彦・視聴者センター統括部長を通じて、経営委員会事務局に要望した。

経営委員の面識・人脈に頼った選考のいびつさが露見
 なお、選考の途中の111日に開かれた小丸経営委員長ほか3名の経営委員の記者会見の模様が経営委員会のHPに公表されている。そのURLを貼り付けておく。
 11112日の小丸経営委員長ほか3名の経営委員の記者会見録
 http://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/briefing/briefing1133.html 

 これを読むと、候補者選考がいかにずさんなものであったかを垣間見ることができる。特に、安西氏に対し、小丸委員長が、経営委員全員の総意でもない段階で、あたかも全員一致の就任要請かのように伝えたことが混乱を招く原因であったことがわかる。
 さらに、会長候補を人選するにあたっては、資料やネットで調べたと小丸氏は語っている。むろん、それも情報収集の一つの手段ではあるが、福地現会長が任期切れを前にして早い段階で続投の意思はないと表明したのであるから、なぜもっと早くから、委員会で人選の基準を協議し、候補者選考の準備に取り掛からなかったのか、会長の任期切れの124日に間に合うように松本氏を選んだというだけで、経営委員が拍手で安堵し合っていてよいのかーーー職責に対する自覚の希薄さを嘆かわしく思うとともに、悪しき身内意識を見せつけられる思いがした。
 結局、今回のNHK会長選考のどたばた劇は、放送メディアの長にふさわしい人物を選ぶ上で、12人の経営委員の面識と人脈に頼る選考がいかにいびつで不条理なものかを露呈したといえる。こうした限界を乗り越えるには、選考の門戸を視聴者に広げ、多くの人々の英知を集約できる公募制の採用が不可欠である。さらにいえば、NHK会長を選ぶ経営委員の選び方にまで遡及した議論が必要である。

 **********************************************************


NHK会長 御中
NHK
経営委員会 御中

                           2011124
               
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                      共同代表 醍醐 聰 湯山哲守

     経営委員長の解任を求め、NHK新会長の資質を問います


独善による失態続きの小丸成洋経営委員長の解任を求めます

 私達は前NHK経営委員長・古森重隆氏の独善的で専制的な委員会運営を批判し、その罷免を求める中で、経営委員会のあり方、経営委員長の資質を次のように求めました。
 第一に、NHKへの外部からの干渉に対して、放送の自主自立を守る砦として経営委員会を機能させる高い見識と意欲の持ち主であること。
 第二に、公共放送NHKと民間営利企業との経営理念の違いについての明確な認識をもつ人物であること。

 NHKは、多元的で多様な言論・情報が飛び交う文化・ジャーナリズムの「広場」としての役割を担っています。視聴者への還元は、受信料値下げのための無原則な効率化・コストダウンなどではなく、第一義的に「知る権利」に応える調査報道や文化的に良質で多様な番組活動の充実であるべきと考えています。

 私達の要望を受け入れる形で、新経営委員会では、新経営委員長の選出に当たって、経営委員長に課する姿勢として、
合議制に基づく運営、透明性のある運営、視聴者への説明責任を果たす運営、が確認され、
執行部との緊張関係を維持しつつ良好な関係を保てること等が確認され公表されました(平成226月、第1121回経営委員会議事録)。
 はたして今回のNHK会長選出過程ではこうした確認事項が遵守されたのでしょうか。
 伝えられるところによると、前記確認は守られず、委員からの複数の推薦候補を検討するという形が取られたとはいえ、実質的には小丸委員長の独断による「打診」が先行し、候補者の資質や能力について委員会で比較検討された事は一度もないといわれています。相変わらずの密室での委員長の独断的選考であった事が判ります。
 その結果、経営委員の間から、内諾したとされる候補者が自らの交際費や住居など経済的処遇への関心が先立つ人物ではないかとの疑問や、公共放送を担う長としての資質に疑義が噴出し、受諾の撤回を求めるという醜態をさらけ出しました。
 一体、小丸経営委員長はNHK会長(候補)たる人物がどの様な資質を持つ人物だと考えて推薦したのでしょうか。なぜ「打診」をする前に委員会の中で候補者一人一人の資質を確認する作業、例えば候補者の所信表明などをしなかったのでしょうか。これでは実質的に罷免された古森前委員長と全く同じ手法です。
 独善的に委員会内部で討議もせず、密室で強引に決めようとし、失敗した小丸委員長の責任は極めて重いものです。直ちに責任を取って辞任するか解任されるべきであると考えます。

公共放送の長たるNHK新会長の資質を問います

 115日の経営委員会では、松本正之新会長が全員一致で決定したとたん、拍手がわき起こったとの報道があります。期限に追われ、たった数日で候補者を選び直し、その資質を問う事もなくどうして全員一致できるのでしょうか。松本氏は新会長の選出後の記者会見では、「公共機関であるJRの経営とNHKの経営とは『公共』という点で同じであるから自ら責任をもって職責を果たす事ができる」と述べております。

 NHKに求められている公共性とは、前述の如く多元的で多様な言論・情報が飛び交う文化・ジャーナリズムの「広場」を確保することにあります。第一義的に「知る権利」に応える調査報道や文化的に良質で多様な番組活動の充実であるべきです。国民の足を確保することを究極の使命とするJRとは全く異質、異次元な機関であります。早くも新会長の資質が問題として浮き彫りになりました。
 NHK会長や経営委員会が営利目的の企業経営と公共放送たるNHK経営とを同列にあつかい、一部の経営委員が主張するように、民放の補完機能しか求めないとすれば、それは日本のジャーナリズムの死滅です。言論の自由を保障する日本国憲法にも抵触する由々しい事態です。私たちはNHK新会長、経営委員会、経営委員長に対し、「NHK会長には、どの様な資質と見識が求められるのか、NHKはどの様な機関であるべきか」を公開の場で討論し、広く国民の意見を集約する事を求めます。

 最後に、昨年1122日、当会が今回の会長選出に当たって経営委員会に提出した「要望書」に記したように、「経営委員会が公募した会長候補の中から会長を任命する公募制を採用すること」および、その上で、合わせて要望したように、「会長候補について、指名委員会で「候補者」が絞られたあと、経営委員会で即決しないこと(少なくとも1週間をおくこと)。およびその間に「候補者」に「ジャーナリズムと放送の文化的役割についておよびNHK会長就任への抱負」等の所信を表明する機会を設けること」を今回の反省として、「余韻」がさめないうちに検討していただくよう重ねて要望します。   

                                以上

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自著紹介 『労使交渉と会計情報ーー日本航空における労働条件の不利益変更をめぐる経営と会計ーー』

 昨年1231日付けで日本航空は運航乗務員81名、客室乗務員84名に対し整理解雇を通告した。これに対し、乗務員146名が119日、解雇の無効を訴えて、東京地裁に提訴した。今後は、この整理解雇が、原告の訴える整理解雇の4要件に違反するものかどうかをめぐって法廷で争われることになる。
 私の専攻との関係では、今の日本航空に、一つ目の要件(経営状況に照らして、整理解雇をしなければ企業の維持・存続ができないほど、人員削減に差し迫った必要性がある)が該当するかどうかが争点になる。
 これについては、最近の日本航空の経営状況の的確な把握と、なぜ日本航空を会社更生法の適用を申請しなければならないほどの経営危機に至らしめたか、その要因を歴史的に検証することが不可欠である。
 以下の拙書は、このような問題意識から、具体的には日本航空の機長組合が会社を相手取って起こした長時間乗務手当削減の無効を求める裁判で、東京地裁に提出した私の意見書をもとに、それに大幅な加筆をしてまとめたものである。

 今回、新たに裁判が起こされたのを機に、少しでも多くの方に、巷間言われる「パイロットの高い人件費が日本航空の経営再建の足かせになっている」という風評が事実に基づくのかどうかを考えていただく一助として、拙書を一読いただけるとありがたく思う。

醍醐 聰『労使交渉と会計情報
日本航空における労働条件の不利益変更をめぐる経営と会計』http://www.hakutou.co.jp/detail/class_code/26436/

(このサイトを開くと、末尾にオンライン書店があり、そこから注文できます。)
醍醐 聰 著
白桃書房刊
定価:2,999円(本体:2,857円)
A5
判 280
初版:20050916
ISBN
978-4-561-26436-1
在庫あり
会計情労使の相対交渉が企業内交渉の枠を越え司法の場に持ち込まれた日本航空。その裁判の審理過程並びに判決の中で会計情報はどのように利用され,情報の非対称性解消の努力はどうなされたか。会計情報の機能を司法の場で捉えた問題作。

(以上、出版元の白桃書房HPより許可を得て転載)

Roushikosho_to_kaikeizyoho

<目次>
はじがき
1章 労使交渉における会計情報の利用――理論的基礎―― *****   1
2章 労働条件の不利益変更の法理と会計の役割 *************  13
3章 業績指標の解釈をめぐる争点 ***********************  39
4章 日本航空の収支構造と国際比較 *********************  75
5章 人件費と労働生産性の国際比較 *********************  97
6章 航空券販売システムの分析 ************************ 135
7章 ドル買い為替予約の会計問題と経営責任 **************  161
8章 関連事業投資をめぐる経営責任と会計情報 ************* 201
9章 会計情報の相対交渉支援機能から見た本件の意義――東京地裁判決の検討をかねて――
                                                                          ************* 233


ちなみに、この書物に収録した、営業費用に占める人件費の国際各社比較は次のとおり。

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

JAL

29.2

27.9

28.7

28.7

28.1

26.4

26.0

25.3

American

33.3

34.3

34.8

35.1

34.7

35.7

36.2

37.7

United

36.8

36.5

35.0

32.2

31.1

31.2

31.2

33.2

Northwest

31.1

29.5

30.7

33.3

35.3

British Air.

30.9

29.5

28.3

28.9

29.3

28.8

27.2

27.8

Lufthansa

28.8

28.3

28.5

25.7

25.0

Jalは社外委託費に含まれる人件費の推定額を含む。(本書、8691ページより)

次に、最近調査した、営業費用の構成割合に関する比較可能な直近の国際比較は次のとおり。

JAL
(億円)

ANA
(億円)

American
(百万$)

United
(百万$)

British Air.
(百万£)

燃 油 費

1,882
24.6%)

1,254
22.0%)

4,085
26.4%)

2,528
20.7%)

1,228
(29.1)

人 件 費

1,329
17.4

1,152
20.3

5,087
32.9

2,838
23.2

1,031
(24.5)

運航施設

利 用 費

573
7.5

478
8.4

1,006
6.5

676
5.5

322
7.6

整 備 費

553
7.2

278
(4.9)

948
6.1

718
5.9

247
(5.9)

   

償 却 費

386
5.1

544
9.6

826
5.3

675
5.5

360
8.5

航空機材

賃 借 料

455
6.0

291
(5.1)

376
2.4

265
2.2

33
(0.8)

販 売

手数料

297
(3.9)

362
6.4

646
4.2

172
(1.4)

144
3.4

その他

2,167
28.4

1,329
23.3

2,495
16.1

4,357
35.6

848
(20.1)

合 計

7,642
100.0

5,688
100.0

15,469
100.0

12,229
100.0

4,213
100.0

1.JALANAの人件費は社外委託費に含まれる人件費を含まない金額(この期間中は、『有価証券報告書』に社外委託費を独立の費用項目とした事業費明細表が開示されなくなったことによる。)
 2.JALANABritish Air200949月期、AmericanUited2009年1~9月。

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「類は友を呼ぶ」の悪習を断ち切るべき~NHK会長選考を振り返って~

 「鉄道の公共性とNHKの公共性は同じ」と公言する新NHK会長の資質は?
 115日、NHK経営委員会は福地茂雄現会長の後任にJR東海副会長の松本正之氏を選任した。今回のNHK会長人事はこれで決着となったが、選考の過程を振り返って感想を一言でいうと、今回もまた、選ばれる人の資質と選ぶ側の見識が連動していることが浮き彫りになった。
 「今回もまた」というのは、前回200712月の会長選で財界人・古森経営委員長の主導で選考が進められる様を見て、このブログで、
 選ぶ人の見識が問われるNHK会長人事」(20071215日)
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_0dc2.html

というタイトルの記事を書いたからである。その中で次のように記した。
 

 「・・・・NHK会長の任命権を持つ経営委員会の長を務める古森重隆氏には民間経営と公共放送の経営の質的な違いを理解する能力・見識が欠けているようだ。上記のnikkansports com が伝えた『経済界のトップは業種が違っても経営できる』という古森氏の発言は、古森氏がNHKも民間産業と業種の違いでしかないと捉えていることをはしなくも露呈したものである。」

 今回、会長に選ばれた松本正之氏は会長受諾の感想を聞かれて、「鉄道とNHKは公共性の面から基本的な価値観は同じだ。これまでの経験を土台に経営に取り組む」(『毎日新聞』116日)と述べている。はたしてそうか?

 一口に、大組織を牽引した経験といっても、民間経営者に求められる手腕はつまるところ、企業価値の最大化に貢献する営利の追求という単一の価値であり、他のすべての価値はこの目標達成のための手段的従属的価値にほかならない。そこでは、いかに公益や文化が喧伝されても収益性の向上に寄与しないかぎりは、経営的には評価されない。鉄道も、経済活動と人の移動の大動脈として、安全で確実な輸送を使命とする点では公共性を担っていることは確かだが、そうした公共性は、尼崎での列車転覆事故、その遠因にもなったと指摘されている日勤教育・成果主義賃金体系、の例に見られるように、利益最大化のための効率性追求によって脅威にさらされているのが常である。

 他方、NHKは「皆様のNHK」を標榜するまでもなく、視聴者の多様な価値観、嗜好に配慮しながら、なおかつ、視聴者が国政に参加するにあたって必要な知見、また自分の人生を豊かにする糧になるような多様な教養・娯楽を提供することを使命にしている。そこでは、すべての視聴者を束ねるような単一の価値は存在しないし、ある価値を他の価値(たとえば国益や国威発揚)のための手段的要素とみなす発想が介在する余地はない(単一の価値で視聴者・市民を染め上げた例といえば、戦時下の大政翼賛報道である)。むしろ、不特定多数の市民に、「異なる意見との出会いの場」を提供し、市民の間に理知的熟議の機会を設けることによって民主主義の発展に寄与するという言論・報道機関としての重責を担っている。

 一口に「公共性」といっても内容が全く異質なことに言及することもなく鉄道とNHKを、古森流にいえば業種の違いかのように、ひとくくりにする人物に、NHK会長としての資質が備わっているのか、出だしから疑問符が付く。松本氏を新しい会長に選んだ経営委員や、新会長を迎えるNHK職員は選任されたばかりのNHK会長が開口一番、上のような発言をしたのをどのような思いで受け止めたのだろうか?

「類は友を呼ぶ」の悪弊を断ち切るべき
 とはいうものの、会長選任権を持つ経営委員の中には、小丸委員長をはじめ、大企業の社長、会長らが数名加わっている。もちろん、経済界の人物だから多様な価値観への理解、合議の作法が備わっていないと決めつけるつもりはないが、長く大企業のトップを務めれば、利益最大化の価値観、トップダウンの意思決定の流儀がしみ込んでいるのが自然であろう。そのような体質が否応なしに浸透した財界人にとって、しかも自分自身がNHKの意思決定・監督機関の長に就いた人物にとって、

 「松本氏は『鉄道で言えばお客さま。放送で言えば視聴者が相手の仕事』と共通性を論じたが、放送事業は政府などの介入を排し、視聴者に正確な情報を届けねばならない。明らかに異質なものだ。・・・・・ NHKの最高意思決定機関、経営委員会はアサヒビール相談役だった福地茂雄現会長に続き、再び経済人を選んだ。なぜ二代続けて経済人か。なぜジャーナリズムに造詣が深い人材に白羽の矢が立たないのか。 経営委の委員長も小丸成洋・福山通運社長が務め、その小丸氏が新会長選びで頼りにしたのが前委員長の古森重隆・富士フイルムホールディングス社長とされる。経済界という限られた範囲での候補者選びは、いびつにさえ映る。」(『東京新聞』2011118日、社説)


という指摘を受けとめる素地があるのか、心もとない限りである。

 さらに今回のNHK会長の選考過程で露見したのは、民間経営者の資質とNHK会長に求められる資質の混同にとどまらず、上の『東京新聞』社説や数紙の記事にも記されたように、具体的な人選まで経済界の人脈を頼って進められたと伝えられている点である。とりわけ、見過ごせないのは、松本正之氏の名前が経営委員会で出たのは115日が初めてと言われているにもかかわらず、松本氏はその2日前の113日に、JR東海の葛西敬之会長を通じて間接的に会長就任を打診されていたと明かしている点である(『毎日新聞』2011116日)。これが事実とすれば、大多数の経営委員が与り知らないところで、経済界の人脈を通じて松本氏への打診が進行していたことになる。これでは、あからさまな財界主導の会長選びであり、名実ともに「類は友を呼ぶ」である。

 経済人が委員長を務める経営委員会が会長選びの過程で見せつけた混迷とNHK会長に求められる資質への無理解が社会の目に露見した今回のNHK会長人事を教訓にして、NHK会長に選ばれる人物に求められる資質と、選ぶ人(経営委員)に求められる見識、選ぶ人を選ぶ方法・基準について、視聴者の間での関心が広まり、かつ深まることが望まれる。

 NHK職員も、候補者の名前(特に内部からの)が出るたびに、差出人不明の「怪文書」を流すという醜態を繰り返すのではなく、自分たちの組織の長としてどのような資質・見識の人物を望むのかを堂々と経営委員会ならびに視聴者に向かって表明するべきである。

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全国連絡会、NHK会長選で経営委に緊急の申し入れ

 ひとつ前の記事で取り上げたNHKの次期会長選出に関して、「開かれたNHKをめざす全国連絡会」は世話人・運営委員の間で緊急に協議をして取りまとめた申し入れ書を、本日(11日)午前中にNHK視聴者センターを通じてNHK経営委員会に提出した。
 申し入れに当たっては、全国連絡会の世話人2名が今日1030分に視聴者センターへ出向き、朝比奈統括部長と面会して、申し入れの趣旨を説明のうえ、文書を提出し、今日の午後130分から開かれる経営委員会に間に合うよう、届けてもらうことにした。
 以下は、申し入れ書の全文。

 **************************************************

                        2011111
NHK経営委員会委員長 小丸成洋殿

         NHK会長選出に関しての申し入れ

           開かれたNHKをめざす全国連絡会
             世話人:松田浩 隅井孝雄 醍醐聰 岩崎貞明

 NHKの自主、自立、健全な発展のために努力されておられる経営委員の皆様の日頃のご努力に敬意を表します。
 NHK会長の任期切れが迫り、新しい会長の選出が間近に迫っています。
現在NHKはじめ日本のメディアがデジタル化などに伴う大きな変動に直面しています。また激動が予想される国内外の情勢の中で、NHKなどメディアの動向が問われている時でもあります。日本のマスメディアの重要な一角を占めるNHKの会長にどのような人物が就任するかは、国民全体の重大な関心事です。
 しかし、NHK会長の選出は依然として密室の中でおこなわれていることは、私たちにとって極めて不本意なことと言わざるを得ません。その上、新聞報道では、会長職の交際費そのほか、自らの経済的処遇にことのほか関心を向ける候補者もいると伝えられますが、このような人物はNHK会長としては極めてふさわしくない資質の持ち主といえます。

 NHKは公共性の高い非営利の放送メディアです。そのトップの座には、NHKの公共性を自覚し、権力や財力におもねらず、高潔、清廉、かつ志ある人物が選ばれる必要があります。また国民の受信料によって運営されている以上、財政、経営にも的確な理念を持つ人物である必要もあるでしょう。

 私たちはかねてから会長選出の公開と透明化を、繰り返し要望してきましたが、ここ改めて以下のような申し入れをおこなうものです。

 1.経営委員会は、会長選出基準として、ジャーナリズムと放送の文化的役割についての高い見識を持ち、言論、報道機関の責任者として、放送の自主・自立の姿勢を貫くとともに、公共放送としての的確な経営理念を持つ人物であるか否かを、判断の柱にすべきである。

 2.経営委員会は、会長選出の審議経過を公開するとともに、最終決定の前に複数の候補者を公表し、なおかつこれらの候補者の会長就任への抱負など所信表明の機会を設け、市民、視聴者の判断材料を提供すること。

 3.経営委員会は、この機会に改めて今後の会長選出について、広く市民視聴者に呼びかける公選制を導入すべく、制度的な検討を行うこと。

                               以上


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この件については、今日の『朝日新聞』朝刊で候補者として打診を受けたA氏に対するインタビュー記事が掲載されている。その中でA氏は一部報道で伝えられたような会長受諾にあたって3つの点(交際費、都内での居宅、副会長人事)を「条件」として出したというのは事実無根で「説明を求めただけ」と話している。
 また、今朝の『読売新聞』もこの件を大きな紙面で伝え、経営委員会側からA氏に対して会長受諾の撤回要請があったものの、A氏はそれを拒否したと伝えている。その中で、A氏は経営委員会に対して上記3点について「質問書」を出したと伝えている。

 さらに、さきほど(1238分)配信された『時事通信』の報道によるとA氏は会長受諾の撤回要請をした経営委員会に不信感を募らせ、次期会長就任を拒否したと伝えている。

 詳しい事実関係は別にして、この問題について私は次のように考えている。

1.会長就任受諾にあたっての「条件」なのか「質問」なのかは、明確にされる必要があるが、どちらであれ、「関心の向け所」はその人物の資質、見識を表すことに変わりはない。

2.放送メディアの長にふさわしい見識の持ち主かどうかを充分、検討せず、A氏にNHK会長職への就任要請をし、後で受諾撤回を要請するという前代未聞の失態を演じた経営委員の責任は極めて重い。

3.今回のような混乱を起こす究極の原因はNHK会長の選出を極めて閉鎖的に進める悪しき慣行に帰せられる。会長候補にどのような資質を求めるのか、候補に挙げる人物はそうした資質に合致する見識の持ち主なのかどうか、各候補者の所信を事前に公開し、視聴者に判断と意見発信の機会を開くことが不可欠である。

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関心の向け所がずれていないか? ~交際費はどれほどかを気にするNHK会長候補の知性のほどは?~

 目下、NHK経営委員会はこの1月に任期が切れる福地茂会長の後任の会長選出に向けた協議を行っている。連休明けの1月11日、12日と連続して委員会がセットされているところを見ると、この両日で決定を予定しているようである。しかし、具体的な候補者をめぐって17日付けの『産経新聞』は次のような報道をしている。

NHK会長人事 安西氏に異論 受諾時「交際費は?」 不信呼び経営委が二分

『産経新聞』201117()757分配信

 NHKの新会長人事をめぐり、5日に開かれた最高意思決定機関の経営委員会(委員長・小丸成洋福山通運社長)の臨時会合で、慶応義塾前塾長の安西祐一郎氏(64)の会長任命に対して賛否が二分したことが6日、分かった。安西氏は経営委の就任要請を受諾する意向を示したとされるが、受諾に際して会長交際費などについて尋ねたことが一部の委員の不信を買っており、人事の行方が注目される。(草下健夫、三宅陽子)

 経営委は11日の会合で再び安西氏の新会長任命について議論し、委員12人中9人以上の賛同が得られれば、12日に安西氏に正式に就任を要請する。

 複数のNHK関係者によると、昨年暮れに経営委から就任要請を受けた安西氏は、受諾に当たっていくつかの質問を経営委側に投げかけ、その中に、(1)都心に居宅を用意できるか(安西氏は神奈川県在住)(2)副会長は自分が連れてくることができるか(3)会長の交際費はあるのか-の3点が含まれていたという。

 安西氏が受諾の意向を示したことがNHK内に伝わった際に、この3点を安西氏が会長就任の「条件」として示したとする見方が広がり、波紋を呼んだ。

 NHK幹部の一人は「質問なのか、条件なのかは分からない」と前置きしながら、「交際費のことを最初に聞くとは。福地茂雄現会長はそういうことに関心を寄せなかった」と戸惑いの表情を見せる。経営委員の一人は「不祥事があれば謝り、国会で責任を追及されるのがNHK会長の仕事。ボランティアの側面があり、処遇を先に気にするようで務まるのか」と不信感をあらわにする。

 また、安西氏が塾長在任中の平成20年度決算で、269億円の支出超過となったことなども、「経営者」としての手腕を不安視させる要因となっているようだ。(以下、省略)



 また、『東京新聞』も昨年1229日付けの紙面で次のような記事を掲載していた。

NHK会長 安西氏が内諾意向

20101229日 東京新聞朝刊

 来年一月二十四日に任期満了となるNHKの福地茂雄会長(76)の後任選びで、NHK経営委員会(小丸成洋委員長)が候補の筆頭に挙げていた前慶応義塾長の安西祐一郎氏(64)が、同委の要請に対し条件付きで内諾する意向を伝えていたことが二十八日、本紙の取材で分かった。経営委などの複数の関係者が明らかにした。

 条件は「副会長人事は自ら決めたい」などとするもので、関係者の中にはこの条件に反発する声もあり、来年一月十一、十二両日に開催予定の経営委で認められるかは流動的な情勢だ。

安西氏は東京都出身。慶応大理工学部教授などを経て、二〇〇一~〇九年まで慶応義塾長。NHK会長は経営委が任命。委員十二人のうち九人以上の賛成で決まる。

 私はNHKの会長職はボランティアだとは思わないが、会長候補者として打診された際に、テレビ・メディアの最高責任者として問われる見識ではなく、自分が使える「交際費はいかほどか」、「都内に居宅は確保されるのか」といった処遇に関心が先走る人物の知性は疑ってかかる必要がある。

 なお、NHKの副会長は現行放送法で「経営委員会の同意を得て、会長が任命する」(第27条第3項)となっている。就任する前から、「自分が連れてくる」人物について経営委員会から一任を取り付けておこうということなのか? 民間経営での社長の専決体制を、執行機関と監督機関を分離した公共放送に持ち込もうとするのであれば、ますます場違いの人物と思われる。

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朝鮮・韓国のキリスト教詩人 尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩

 去年、取材で知り合った某出版社の記者の方からもらった年賀状にユン・ドンジュ(尹東柱)の「序詩」が添えられていた。彼の詩集『空と風と星と詩』の序に置かれた詩である。この詩はユン・ドンジュが1942年から留学した同志社大学(文学部英文科に在籍)のそばの同志社中学の隣の礼拝堂の横に建てられた碑に刻まれた詩である。私は不明にして今まで彼のことはまったく知らなかった。

    死ぬ日まで 天を仰ぎ
    一点の恥ずることなきを
    葉あいを縫いそよぐ風にも
    わたしは 心痛めた
    星を うたう心で
    すべて 死にゆくものたちを
    愛しまねば
    そして わたしに与えられた道を
    歩みゆかねば
    今宵も 星が風にーーむせび泣く

  (人により邦訳が異なるが、ここで引用したのは私がもらった年賀状に記されたまま。)

 なお、同志社大学のホームページの「今出川キャンパス建物紹介」の中で「尹東柱詩碑」と題する記事が写真付きで掲載されている。
http://www.doshisha.ac.jp/information/facility/buildings/
 

 念のため、この記事に記された尹東柱(ユン・ドンジュ)の紹介文を書き出しておく。

 「尹東柱(ユン・ドンジュ)はコリアの民族詩人であり、クリスチャン詩人です。同志社大学分学部に在学中の1943714日、ハングルで詩を書いていたことを理由に、独立運動の疑いで逮捕されました。裁判の結果、治安維持法違反で懲役刑を宣告され、福岡刑務所に投獄され、1945216日に獄死しました。この詩碑は永眠50周年の記念日(1995216日)に、同志社校友会コリアクラブにより建立されました。」

 その後、調べたところでは、ユン・ドンジュは1917年、満州で開拓民の子孫として生まれ、抗日運動の拠点・北間島で少年時代を過ごした。1938年、ソウルの延禧専門学校(現・延世大学校)文科に入学。在学中に朝鮮語授業の廃止、創氏改名(彼は平沼東柱と改名)に遭遇した。
 1942年来日し、立教大学英文科に入学したが、考えるところあって、この年の10月、同志社大学文学部英文科に入学。19437月、同大学に在学中に治安維持法違反で京都下鴨警察署に逮捕され、1945216日、福岡刑務所で獄死した。27歳。ハングルで詩を書き、反日独立思想を鼓吹したというのが罪状だった。厳寒の中、体力を消耗させた上の絶命と思われる。

 前掲の詩からは、激情ではなく、卑屈を甘受してまで生き延びることを拒む澄み切った人間の意思がしんしんと伝わってくる。検索してみると、彼の詩集や伝記がかなり出版されている。ゆっくり読みふけってみたい。そして、まもなくやってくる彼の66回忌に静かに哀悼を表したいと思う。

20110104_60_2    自宅近くの公園の高台から見下ろした親水公園(2011年1月4日撮影)

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新しい年の初めに 2011年1月1日

 皆様、よい新年をお迎えのことと存じます。新しい年が皆様にとりましてよい1年となりますよう、お祈りいたします。

 私事ではありますが、昨年は退職して最初の年でした。5月には夫婦でポーランド(ワルシャワ・クラクフ)、ウィーンを回りました。クラクフ滞在中に出掛けたアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所跡で見聞したことは、これからの私に重い課題を突きつけました。電車とドナウ川の遊覧船を乗り継いで着いたメルク修道院の華麗な情景とその周辺に広がった葡萄畑をガイドさんの説明を聞きながら、のんびりと散策したのは懐かしい思い出です。
 日頃は週1回(後期)の非常勤講師と週2回の小学生の登校見守り活動(緑のおじさん?)を続ける傍ら、近くの公共図書館、美術展、映画に出掛けるなど、自由な時間を持てるようになった有難さを実感しました。

 このブログの方は更新が滞りがちだったにもかかわらず、根気よく(?)訪問をしていただきました方々に厚くお礼を申し上げます。大変、地味なブログですが開設5年目にして延べアクセス件数がどうにか25万を超えたところです。

 ところで、昨年1112月にかけて完成の時期が重なった原稿などがこの1~2月にかけて活字になる予定です。新銀行東京の経営分析に関する(インタビュー形式の)論稿が1つ、東京都の財政の現状分析と改革に向けた提言をまとめた論稿(分担執筆)が2つ、消費税に関する書評と論文が1つづつ、日本航空の整理解雇に関するインタビュー記事が1つです。どれも小論で本格的な論説というには程遠いものですが、目下の焦眉の問題に、多少とも自分が蓄えてきた知見を活かして見解を発信する機会が得られたことを有難く思っています。

 中でも、消費税をテーマにした某書の書評を引き受けたのがきっかけで消費税について検討する中で、逆進性もさることながら、それにとどまらず、消費税の転嫁に大いなる虚構があることを悟ったのは重要な知見でした。世上、消費者から「預った」消費税を事業者が納税せず、「ネコばば」する「益税」が問題視されてきましたが、法令で事業者が消費税を消費者に転嫁することを権利あるいは義務として定めた条文はなく、価格形成の一つの要素として消費税が存在するに過ぎないというのが多数判例となっています。現に、昨年12月に中小企業庁から入手した、同庁が2002年に行った実態調査(回答事業者9,061者、回収率77.3%)でも、消費税相当分のほとんどを転嫁できていないと答えた事業者が売上階級2億円超の事業者では3.8%にとどまっているのに対して、売上階級1,000万円以下の事業者では46.1%に達しています。
 この点で、消費税は買い手に全額転嫁されるものと想定して課税売上高に法定消費税率を乗じた金額から、仕入段階で負担した消費税を控除した金額を納付すべき消費税額として課税する現在の消費税制度は昨今のデフレ不況の折には、競争力の弱い中小の事業者に「損税」を生む構造的欠陥を孕んでいることを痛感させられました。

 今年は混迷する政治の行方、さまざまな政策の実現に欠かせない財源問題と連なる消費税増税、法人税減税の動き、「掘り尽くされた」と言われる特別会計などの剰余金の所在と活用のあり方、都知事選を間近に控えた東京都の財政分析、NHKをはじめとするメディアの動向など、私の専攻分野との関わりを意識しながらも、それにとらわれず、関心が赴くままに日々の体験、それを通して考えたことを書き留めていきたいと思っています。どうか、よろしくお願いいたします。

50 飼主の腕枕で寝入ったウメ

20100512 ワルシャワの無名戦士の墓地前の広場を通りかかった時、偶然出会ったピウスツキ元帥(ポーランド独立に尽くした英雄とされている)追悼式典の人垣に近づく。

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