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三週間ぶりに救出された犬のニュースの余波

 このブログでは私事は書かないように心がけているつもりだ。たまに私事に近いことを書くと、あとで後悔する。しかし、この記事ではそういう心がけを無視してちょっぴり、家庭の私事を(といってもほとんど私の独り言だが)書くことにした。

 4月1日午後、宮城県気仙沼市本吉町沖の海上を漂流する屋根の上に乗っていた犬を海上保安庁のヘリコプターが見つけ、震災から3週間後に救助したというニュースが流れた。その後、犬は県の動物愛護センターに保護された。そのセンターによると、震災で飼い主とはぐれた犬が同センターだけでも約20匹保護されているという。飼い主が見つからない犬はもらい手を探すそうだ。

 このニュースをテレビで見たという娘から電話がかかり、「まさか、お父さん、引き取るなんて言い出していないだろうね」と話しかけてきた。「それはないよ」と答えたものの、このブログを何度か訪問していただいた方なら、お気づきかと思うが、私はかなりの犬好きである。なんとなく、後ろ髪を引かれる。しかし、そんな思いもつかの間、「そのまま引き取ることになるかもしれない」犬を預かるのは大きな決断と悟る。「足元の生活が一変するのを顧みない男のロマンに付き合えない」という連れ合いの反応が頭に浮かび、頭でっかちな独りよがりの自分を思い知らされる。
 
 そうはいいつつ、避難所で周囲の人への迷惑を考えて、心の支えになるはずの犬や猫と離れ離れにならなければならない被災者の姿を見るのはつらい。ならば、避難生活が終わるまでの間、犬の里親になることはできないものか? これなら、こちらにとって一時的な保護であり、犬にしてもいずれは元の飼い主のもとに戻れるのだ。そう考えると、震災で飼い主を失った犬とは事情が違うのではないか?

 しかし、しばし考えると、果たして本当に一時預かりで済むのか、元の飼い主の事情いかんでは恒久的な引き取りにならないとも限らない。そうなりかけた時、預った犬の次の飼主を責任をもって見つけられるのか―― そう考えると、やはり二の足を踏む(そんなこと以前に、今、わが家にいる老犬のこの先の世話さえ大変だ。その上にもう一匹など、どだい無理な話だといわれると、それまでだ)。

 こんなことを考えながら、パソコンを開くと、某通信会社社長が私財100億円を被災者支援に寄付することにしたというニュースが目にとまった。このところ、「つながろう日本(日本人といいたいが)」という言葉をかみしめている私には、1人が100万円寄付するよりも、100人が1万円ずつ寄付する方が価値があると思うのだが、したくてもそんな巨額の寄付をできない普通の市民は、飼い主と離れて暮らすことを余儀なくされる犬の里親にもなれないのか、動物愛護センターの「ガス室」で死を迎えるかもしれない犬を救うこともできないのか、と考えさせられる。

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