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こんな時こそ「みんなでやれば怖くない」で自粛選挙ムードの一掃を

自粛は美徳ではない
 
千葉県でも4月1日、県議選が告示されたのを機に、この後、私が住む市でも市長選、市議選が控えているが、とてもそうは思えない奇妙な静けさである。「大震災からまもない時期に自分の支持を呼びかける宣伝で街を喧騒にしてはひんしゅくを買うのでは」という戸惑いが候補者にあるという。こうした自粛ムードをよしとし、政見の訴えなしに、「自粛を美徳」かのように売り物にする候補者がいるとしたら、有権者を愚弄するものである。自粛に共感する有権者がいるにしても、それは一部であり、マスコミが選挙報道に時間や紙面を割かない、候補者がまっとうに政見を訴えないことによる結果ともいえよう。こうした「見えない市民感情」を忖度するあまりに、各候補者が「自分だけ宣伝の声を挙げるとひんしゅくを買うのでは」と委縮したままでは、選挙への有権者の関心は低調なまま終わり、低投票率を大幅に更新することが必至と思われる。
 私はこうした見当違いの「自粛選挙ムード」を一掃する一番の近道は、こんな時こそ各候補者が「みんなでやれば怖くない」の精神で、ターミナルで、様々な宣伝物で、政見・政策を堂々と訴えることだと思う。そうすれば、「出る釘は打たれるのでは」という自粛ムードがおのずと崩れるはずだ。

顕在化しなくても有権者の関心はかつてなく高い
 静かな選挙をよしとするような雰囲気は、日本に特有かどうかは別にして、市民に思考停止を迫る「同一化圧力」がもたらした「他粛」であって、言葉の本来の意味での「自粛」ではない。むしろ、いま私の周辺では(多くの市民の間でも同じではと思うが)、身近な「計画停電とそれに伴う電車の不規則なダイヤ」(東京方面への通勤者が多いのでかなり関心が高い)や水の安全、公共施設の耐震化(民家に比べ、この近くでもコミュニティミセンターや小学校の天井が崩れたりしたことから)、聞き取りにくい防災放送の改善、災害弱者となりがちな高齢世帯への安否確認体制など、大震災を機に、身近な生活の安全・安心の問題への関心がかつてないほど高まっている。TPPへの関心も高い。こうした関心に応える具体的な政策宣伝なら、聞く耳を持つ市民は少なくないはずだ。

 街頭ですれちがった時は無関心に見えても、家庭では、ポスティングされたビラにそれなりに目をとおす市民が多いのではないか? 政見、政策を語らない候補者にムード票が集まるようでは情けない。

深刻な不安を抱えた時期の選挙だからこそ
 繰り返しになるが、こんな時こそ、各候補者は「みんなでやれば怖くない」の精神で偽りの自粛ムードを一掃する必要がある。有権者はそうした正攻法の選挙戦に応え、候補者の政見・政策に耳をそばだてる必要がある。大震災がもたらした災害、被災者のもとになかなか救援物資が届かない現実、避難所で高齢者が亡くなっていく現実、いつ終息するかも知れない原発からの放射能漏れに不安な生活を送る現実―――こうした時期に迎えた選挙だからこそ、有権者は理性を研ぎ澄まして賢明な選択をしなければならない。候補者にはこうした有権者の投票意欲を喚起する論戦が求められている。

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