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被災者に寄り添う報道とはなにか(2012年1月2日)

新年のごあいさつ
 
 皆さまそれぞれに、日本中が揺れ動いた2011年の記憶を留めながら新しい年をお迎えのことと思います。月並みではありますが、皆さまには実り多い1年をお過ごし下さいますようお祈りいたします。
 このブログを始めたのは2006213日。それから6年が経過しました。昨年は1年間で43の記事を掲載しましたが、後半は更新が滞りがちでした。今年はマイペースとはいえ、ムラの少ない頻度で更新をしていきたいと思っています。どうか、よろしくお願いいたします。

「明るい話題」を追いかける被災地報道への疑問
 311以降のNHKの震災報道(夜7時のニュースやその前の首都圏ネットワークなど)をみてきて感じるのは、「被災者に寄り添う」というフレーズで、人気タレントが被災地を慰問したニュースや各地で被災者を励ます催しが行われたニュースに何度も接したことである。私も被災者に寄り添おうとする善意や「自分にできることを実行する」市民の姿を軽んじるつもりは毛頭ない。しかし、メディアがそうした「善意」に感情移入し、「明るい話題」、「ほほえましい話題」さがしに努める状況には強い違和感を覚える。
 というのも、被災者に寄り添うというなら、被災者の非日常的な一過性の話題ではなく、今の被災者が日々直面している重い現実、つまり、元の生活に戻れるのか、それとも新しい地で生活の基盤(住まい、職業、子どもの学校など)を築き直すことになるのか、について具体的な展望を探る番組こそが求められていると思うからである。

 そして、元の生活拠点に戻って生活を再建するのであれば、放射能除染の目途はどうなるのか、その際の死活問題になっている汚染物質の仮置き場の確保、最終処分の方法と工程づくりに行政はどう取り組んでいるのかを追跡する取材報道が求められるはずである。政府が掲げた冷温停止状態にこぎつけるという目標にメディアまでが照準を当て、政府発表を右から左へ流すだけの報道ではメディアの役割を果たしたことにならず、それでは真に被災者に寄り添う報道とは程遠いものである。
 また、元の住まいに戻ることを断念し、新しい生活の拠点を確保てし、そこで生活の再建を図るのであれば、新しい住まいの確保、職探しへの国や自治体の支援はどうなっているのか、当面、各地に散り散りになった避難者へ被災地の行政情報が滞りなく届けられているのか、子どもの転校は円滑に進んでいるのか、ばらばらになった家族が行き来するための経費や生活環境の激変に起因する健康被害の治療についても迅速に補償がされる仕組みができているのか――考え出せば、メディアが追跡すべき課題が山積していることが分かるはずである。

 被災者への精神的励ましを軽視するものでは決してないが、ストレスなどの健康被害もその原因と考えられる先の見えない避難生活をどう打開するのかという生活実態を直視することなく、いっときの被災者激励のイベントを追いかける報道では、真の被災者支援にならないことに思いを致さなければならない。
 
 以下では、元の地に戻ってか、新しい地でか、を問わず、被災者が生活を再建する上で必須の条件になっている被害補償のあり方を考えてみたい。なぜなら、メディアが被災者を励ます「明るい話題」を追いかける一方で、被災者にとって生活再建にもっとも切実な被害補償の現実と進捗状況をメディアはほとんど伝えていないからである。

4
人分を書くのに15時間
 
~被災者の根負けを誘導するかのような分厚い補償金請求書類~
 
 東京電力は昨年912日から福島第1、第2原発事故被害者のうち、仮払金を支払った人々に対し、補償金請求に必要な書類一式の発送を行った。しかし、書類は60ページ、それとは別の説明書は160ページに上るうえに、表現も難解で書類を受け取った被災者の評判は頗る悪い。そのせいか、事故発生時から昨年8月までの損害分を対象にした第一次請求の提出は昨年11月末時点で、書類を送った約7万件の3割強(約22400件)にとどまり、うち東電との間で合意に至ったのは約1,560件(計34億円)で発送件数の約2%に過ぎない(『河北新報』20111226日)。

 同じ『河北新報』の20111226日の記事(焦点/東電の損害賠償請求書/「多い、難解」被害者悲鳴)は、南相馬市で農業を営んでいたIさん一家(7人家族)に依頼して実際に請求書を書いてもらったところ、4人分の避難生活に係る補償金請求を書き終えるのに15時間かかったという。その間、東電のコールセンタ-に問い合わせの電話を7回、毎回避難生活の状況を説明するため15分以上かかったという。それから数日後、Iさんが今度は南相馬市の自宅での生活にかかる被害補償の請求書を記入したところ、8時間かかったという。その際、問題は時間の長さだけでなく、精神的損害の請求が避難生活をした場合に限られ、自宅にとどまった場合は請求が認められない点にIさん家族は強い不満を訴えたことも記されている。

メディアが伝えない損害賠償請求の盲点
~日弁連の注意喚起~
 東電が公表した損害賠償請求手続については請求書の説明書類が膨大で、被災者に大きな負担を強いる点については、メディアも報道をするにはした。しかし、それは請求書が発送された時の一過性の報道にとどまり、その後、請求手続がどのように改められたのかを追跡した報道はほとんどなされていない。まして、請求の範囲、損害の証明方法等にみられた問題点は全くといってよいほど伝えられていない。被災者にとって生活再建のための必須の条件である損害賠償にはだかるこうした問題についての入念な取材報道を怠ったメディアが国民個々の善意から生まれる「明るい話題」探しに奔走する様は、「被災者に寄り添う」報道の安直さを如実に示している。

 メディアが「被災者に寄り添う」報道を心掛けるというなら、東電に対する原発被害の損賠賠償請求に関して被災者に立ちはだかる問題点を被災者はもとより、広く全国の国民に具体的に伝え、関心を喚起するよう努めるべきである。その際、東電に対する原発被害の損賠賠償請求に関して被災者に立ちはだかる問題点を知る上で、昨年9月以降、日弁連が会長声明の形で公表した以下のような一連の見解が非常に参考になる。

東京電力株式会社が公表した損害賠償基準に関する会長明(日連:2011年9月2日)

東京電力株式会社が行う原発事故被害者への損害賠償手続に関する会長声明(日弁連:2011年9月16日)

東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者に対する損害賠償に関する会長声明(日弁連:2011年9月30日)

東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び居住者に対する損害賠償に関する指針についての会長声(日弁連:2011年12月2日)
 
 これら一連の日弁連会長声明の中で私が特に重要と考えた点を摘記しておきたい。

1
請求を認めるべき損害の範囲について(その1
  昨年830日に東電が発表した損害賠償基準は賠償請求する被害額を(1)避難生活による精神的損害、(2)避難、帰宅費用、(3)医療費など生命、身体に関わる損害、(4)失業、休業による減収の補償、(5)放射性物質検査費、等に区分しているが、畜産農家にとって死活の問題である牛肉の放射性セシウム汚染に対する補償を認めるべきとの指摘、また、観光業とは違って、解約や予約控えといった形で被害を捉えられない小売業や外食産業等については、過去数年の売上げと利益の実績に基づいて損害額を算定することがより公平である、と指摘していること。

2.
請求を認めるべき損害の範囲について(その2
 
子どもや妊産婦の安全を考えて避難対象とされた区域以外の地域からも多くの人々が自主的に避難をし、それが長期化している実態に照らして、これら自主的避難者にも賠償請求を認めるべき、との指摘をしていること。

3
請求を認めるべき損害の範囲について(その3
 避難区域等にとどまって生活を続けてきた住民も、原子力発電所事故に伴う社会的混乱の中で多くの生活上の不利益を受け、放射性物質により汚染されている可能性のある地域で将来の健康上の不安などを抱えて生活することを余儀なくされているのであるから、避難区域等にとどまって生活を続けてきた住民の精神的損害も賠償請求を可能とするべきである、と指摘していること。

4損害を証明する書類の整備について
 緊急の避難や避難先の移動を迫られるなどの理由により、東電が求めるような損害を証明する資料を整えることが困難な被災者が請求を断念して泣き寝入りすることがないよう、こうした被災者に対して、東京電力の窓口への相談のみに頼るのではなく、各地の弁護士会に相談をするよう呼び掛けていること。また、各弁護士会が作成している「原子力災害被災者・記録ノート」を紹介し、これを活用するよう呼び掛けていること。
  原子力災害被災者・記録ノート

5
東電が提出を求めた賠償請求書ならびに合意書を提出することへの注意喚起
 東電が合意書を添えて提出を求めている請求書は複雑な書式になっており、請求漏れが起こったり、他の救済手段が採れなくなったりする恐れがあるという注記を被災者に喚起し、賠償額に不満あるいは疑念があるときには、安易に合意書に署名せず、原子力損害賠償紛争解決センターへの申立てや裁判所に対して訴訟を提起するなど他の手段も検討するよう呼び掛けていること。

 以上は、東電福島原発事故による被災者の生活再建にかかる損賠賠償に限定した問題点とそれに対処するために日弁連が発表した声明を紹介したものである。当然のことながら、これとは別に、津波によって生活の基盤を根こそぎ失ったり、地震によって家屋の被害を蒙るなどした人々の生活再建に不可欠な災害からの復旧・復興のための国・地方自治体の施策の具体化とその進捗状況を持続的に調査報道することもメディアに求められる役割であることはいうまでもない。

 繰返していうが、メディアに求められる「被災者に寄り添う」報道とは、被災者を和ませ、勇気づける「明るい話題」を追い求め、伝えることが主ではない。被災者が切実に求める生活再建の前途に立ちはだかる課題を調査報道で追跡し、掘り下げて国民に伝えること、それをとおして、被災者の生活再建の展望を具体的実体的に示すことこそ、メディアに求められる本来の使命であると私は思う。

2012 元旦に近くの神社に出かけた帰り道で。ウメは昨夏、体力が衰え、散歩の足取りも弱々しくなって気をもんだが、秋以降は元気を取り戻して、ご覧のような様子で年を越すことができた。

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