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14カ月間、ユダヤ人を地下水道にかくまったポーランド人の物語 ~映画「ソハの地下水道」を観て~

 125日午前中に、千葉劇場で上映中の「ソハの地下水道」を観てきた。
 ソハとは、現在ポーランドを代表する俳優ロベルト・ヴィンツキェヴィッチが演じる、この映画の主人公レオポルド・ソハからとったものだ。私がこの映画のことを知ったのは、連れ合いがご近所の友人と発行している地域ミニコミ誌『すてきなあたたへ』No.66, 2012919日に掲載された菅沼正子さん稿の映画評論で、この映画が紹介されたのがきっかけだった。

菅沼正子の映画招待席38「ソハの地下水道――戦争を風化させてはいけない」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/sohanochikasuido_suganamimasako.pdf

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ナチスの殺戮を逃れて
 舞台は1943年、ナチス・ドイツの指揮下にあったポーランドのルヴフ。現在はウクライナ領に属するソ連との国境に近い地方である。ソハは下水道の修理を稼業にする傍ら、空き巣を副業にして妻子と3人の貧しい家庭生活を送っていた。
 ある日、彼は地下で仕事中に頭上から石を叩くような物音が響くのに気付いた。ナチスによる強制収容所への掃討作戦を逃れようと床下から地下水道へと脱出口を掘ろうとした詐欺師ムンデクらユダヤ人たちの決死の仕業だった。ドイツ軍に通報すれば報奨金を得られた。貧しい生活のソハにとってそれは大金を手にできるチャンスだった。しかし、彼は通報しなかった。ナチスを憎む、あるいはユダヤ人に同情する良心からではなかった。したたかな彼は、ユダヤ人たちを地下にかくまう代わりに見返りとして一日500ズロッチの報酬をせしめた。なにせ、彼は自分の家の庭といえるほど地下水道の入りくんだ迷路を知り尽くしていたのだ。

悪臭の立ち込める地下水道で
 そうはいっても、地下水道に潜むユダヤ人たちのもとへ食料を買い込んで運ぶのは難業だった。周囲に異変を察知され、ドイツ軍、あるいはドイツ軍にいいなりのポーランド軍に通報されたら、自分や家族の命が危い。仕事がら、ユダヤ人をかくまう手伝いをしてくれた相棒のシュチェペクは手を引くといって去っていった。旧知のポーランド人将校ボルトニックも報奨金欲しさからソハの挙動を不審がり、地下水道の捜索に同行させた。その時、ソハは間一髪、地下のユダヤ人たちを大人がどうにか通れる狭い通路に導いて別の隠れ場へと移動させた。食べ物にも満足にありつけず、ネズミが這いまわり、悪臭が立ち込める隠れ家で衰弱死する者が出始めた。心身ともに疲れ果てたソハはとうとう、もう手を引くと言い残して隠れ場所を後にした。

俺は無償で人を助けたなんてと思われたくないんだ

 ある日、いつものように地下水道の点検に回っていたソハは遠くから子どもの泣き声がするのを聞きつけた。近づいて見ると、あのユダヤ人避難者の中にいた子ども2人だった。仲間からはぐれて迷子になっていたのだ。驚いたソハは2人を隠れ場所へ連れていった。そこで、彼は子どもの母親に泣きつかれ感謝された。ユダヤ人避難者とソハの間にふたたび糸が繋がりかけたのである。
 そんなある日、物資を求めて地上へ出たムンデクは運悪くドイツ兵に目撃され、詰問された。その光景を廃墟と化したゲットーの2階から見つめていたソハは階段を駆け下りてドイツ兵をとりなそうとするが、通じるどころか自分まで銃剣を突き付けられる。あわや銃殺という場面でソハとムンデクはしめし合わせたような連携プレイでドイツ兵を打ちのめした。

 それから数日後、食料の買い出しに出たソハは衝撃的な光景に出くわす。正当防衛のため自分たちがドイツ兵をたたき殺したことへの報復として、ドイッ軍はユダヤ人ではなくポーランド人を次々と銃殺し、見せしめに路上で死体をつり下げた。その中にかつて自分のもとを去った相棒のシュチェペクがいたのだ。ソハは大きな衝撃を受ける。ナチスの掃討作戦からユダヤ人をかくまうことがもはや金目当てではなくなってきたのだ。報奨金を払う金は尽きたとユダヤ人のリーダーから告げられた彼はそっとポケットから数枚の札を出してリーダーに握らせ、「みんなの前では、これで報奨金を払ったことにしろ。俺は無償で人を助けたなんて思われたくないんだ」とささやく。

ナチスが去った地上へ歓喜の生還
 ソハ夫妻が一人娘の整体拝領の儀式に参列するため教会に出かけた。ところが式の途中から豪雨となり、道路は雨水があふれ出した。地下水道に潜むユダヤ人たちの安否がソハの脳裏をよぎった。儀式は進行中だったが、ソハは外へ飛び出し、流れ込んだ雨水にのみ込まれそうになりながら地下のユダヤ人たちのもとへ急ぐ。彼の後を追ってボルトニック将校も地下へ降りて来た。ユダヤ人たちは地下道の天井近くまであふれた洪水の上に頭を出してもがいていた。ユダヤ人の生活用品が流れてきたのを目撃したボルトニックはソハの後を追うが、迷路をさまよううちに洪水にのみ込まれ溺死してしまう。通路の行き来に慣れたソハはユダヤ人たちのもとに辿りつき、彼等を救出する。その後もソハはユダヤ人たちのもとへ食料を届け、かくまい続けた。
 そんなある日、ソ連軍が進駐してくるという情報が伝わるや、ドイツ軍は一斉に姿を消した。それ
を知ったソハはユダヤ人たちをマンホールへと導き、地上へと送り出す。そこには飲み物と手作りの料理を用意したソハの妻、ヴァンダ・ソハの姿があった。その光景を遠まきに見つめる地元住民の前でソハ夫妻とユダヤ人は抱き合って生還を喜び合う。ナチス時代のノンフィクションの記録映画には珍しいハッピーエンドである。


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ルヴフのユダヤ人を襲ったホロコーストの史実
 最後の字幕の映像によると、こうして生き延びたユダヤ人はアメリカとイスラエルに移住したという。また、実在のソハは愛する娘がソ連兵の車にはねられるのを止めようとして亡くなったという(その日付は字幕では1945512日と映されたが、久山宏一さんの解説によると1946512日)。
 さきほど、「ハッピーエンド」と書いたが、1年以上も地下水道で息をひそめ、ナチスの殺戮を免れたこの映画のユダヤ人は稀有な幸運だった。ドイツ近現代史専攻の芝健介さんによると、この映画の舞台・ルヴフも1941年以降、ナチスおよびソ連占領軍による残忍な殺戮行為の舞台となった。
 1941625日~26日には、この地に進駐したソ連軍によってウクライナ人政治犯が大量射殺された。その4日後の630日にはナチス親衛隊とウクライナ協力者は、上記のウクライナ人政治犯の殺害の責任はユダヤ人にあるとして老若男女を問わずユダヤ人を引きずり出し、暴行を加えた。118日には当地の一角にユダヤ人ゲトーが作られ、ユダヤ人はそこへ強制移住させられた。また移住の途中で老人や病人約5,000名が射殺された。
 1942年にはルヴフ・ゲトーに強制収容されたユダヤ人はベウジェツ絶滅収容所へ送られ、そこで15,000人以上がガス殺された。同じく同年8月には約5万人のユダヤ人がルヴフ・ゲトーからベウジェツ絶滅収容所に移送され、そこでガス殺された。
 19431月にはルヴフで15000人のユダヤ人が「労働不能」とみなされて「捕獲」され、郊外の森で射殺された。6月にはナチス親衛隊とその協力部隊の手でルヴフ・ゲトーの解体作戦が展開され、その中で多くのユダヤ人が殺害されたが、ごくわずかの人達が防空壕や下水道に逃れて生きのびた。芝さんによると、この映画に登場するユダヤ人たちもその一部だったと考えられる。翌1944726日にソ連軍はルヴフに侵攻したとき、ユダヤ人の生存者は823名だったという(以上、この映画のガイド冊子「ソハの地下水道」に収録された久山宏一氏の解説より)。

善の誘惑に揺れ動く人間の心理をリアルに
 この映画がソハの心理の変遷に焦点をあてようとしたことは間違いない。これについてアグニェシュカ・ホランド監督は、彼は善の誘惑に屈したのだと思う、と語っている(同上冊子、10ページ)。
確かに、彼も彼が救ったユダヤ人たちも根っからの善人だったわけではない。死に直面した人間なら誰しもがさいなまれる利己心、いらだち、猜疑心、そして、その合間になお生き続ける他者へのいたわり。こうした矛盾だらけの特徴が入り混じった生身の、どこにでもいる人間なのだ。そうした「普通の」人間が何度もわが身を死の恐怖にさらしながら、他者の身に死の危険が迫ったとき、人はどのように身を処すのかーーーこのありふれてはいるが先鋭なテーマにどう立ち向かうのかを、自らも生と死の岐路に立たされた主人公らを通して描いた点で、この映画は、同じナチスのホロコーストを題材にした他の映画にはない特色―――一人として歴史に名をとどめた人物がいるわけでもなく、レジスタンスの闘士が登場するわけでもない記録映画―――があるように思えた。それは、「悪の誘惑」ではなく、「善の誘惑」に揺れ動く主人公を描こうとしたホランド監督の意図に示されている。だからこそ、あのホロコーストの嵐が吹きあれたナチス占領下の地で、ユダヤ人のみならず占領地の人々が暗黒の時代を生き延びた息づかいが伝わってくる。また、それゆえに、身を体してナチスに抵抗した人々の記録映画とはまた違った意味で、ナチス・ホロコーストの歴史的残虐性をリアルに告発する迫力を備えているように思えた。

 
各地の劇場での上映予定は次のとおり(既に終了したところもあるが)。
http://sohachika.com/pc/theater/

千葉劇場のオフィシャルサイトはこちら。1214日まで。
http://www.cinemax.co.jp/chibageki/

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