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NHKスペシャル 「救えなかった命 ~双葉病院 50人の死 ~」を視て

 昨夜(2012128日)21時から50分間、NHK総合で放送されたNHKスペシャル「救えなかった命~双葉病院 50人の死~」を視た。シリーズ東日本大震災の一つである。
 福島第一原発事故が発生した時、そこから約4.5キロの場所にある双葉病院に寝たきりの高齢者が入院していた。そのうち、事故当日に避難できなかった130人の多くは、行政から派遣されたバスで13時間かけて高校の体育館に搬送された。しかし、バスには医療関係者は1人も同乗しておらず、移動中に3人が亡くなった。さらに、搬送先の体育館では毛布一つで3日間、寝かされるだけとなった。結局、130人のうち50人が命を落とした。
 番組では、当時の双葉病院の医師・看護師や福島県の職員、かろうじて生きながらえたお年寄り、亡くなった人々の遺族などからの聞き取りを進め、このように悲惨な結果をもたらした原因はどこにあったのか、その教訓を活かして今、各地の自治体や医療機関で避難体制の見直しがどのように進められているかを伝えた。
 私は大震災・原発事故が発生して以降、この問題を取り上げたNHKの報道番組やドキュメンタリ-を視て、その感想をこのブログにいくつか書いてきた。今回の番組はその時の感想とはいささか違っているので、番組終了後、NHKスペシャルの専用サイトに設けられている意見投稿欄を通じて感想と要望を送った。以下はその全文(といっても制限時数600字)である。

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――番組専用サイトに送った感想と要望――

 

 これまで東日本大震災・福島原発事故を取り上げたNHKの報道番組やドキュメンタリィ番組を見るにつけ、「ことさら明るい話題に焦点を当て、過酷な現実をリアルに伝えきれていない」と感じてきました。しかし、この番組の中で、寝たきりの患者を病院に残して避難した医師・看護師、かろうじて生きながらえたお年寄りに取材し、その時の状況、現在の率直な思いを聴きとる場面は貴重でした。
 続編への希望として、①番組では受け入れ先の確保について、個々の自治体・医療機関レベルでの模索を紹介していましたが、大規模災害となれば、広域的な受け入れ体制の検討が不可欠と思えます。この点について政府の対策は、各省庁なり自治体なりに検討を指示したという類いのものが多く、こうした名ばかりの対応をいかに改めるかについて、取り上げてほしいと思います。②広域的体制を実のあるものとするには地域でのきめ細かな自主的避難体制づくりが不可欠です。近年、自主防災会が地域の自治会単位で作られています。しかし、その内容は防災訓練や講習会の開催といったイベント的なものが大半で、平日か休日かごとに、自力では避難できない高齢者・障害者を誰がどのようにして安心できる避難所へ誘導するのかというきめ細かで実践的な避難体制の確立は手つかずです。こうした地域における防災・避難体制の現状・改善策もぜひ取り上げてほしいと思います。

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関連するこのブログ記事
「過酷な現実を伝えることこそ放送メディアの使命」2011324

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-0101.html

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伊豆河津のバガテル公園で(2012年11月2日撮影)

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ホワイトタイガーと対面。伊豆稲取のアニマルキングダムで(2012年10月11日撮影)

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14カ月間、ユダヤ人を地下水道にかくまったポーランド人の物語 ~映画「ソハの地下水道」を観て~

 125日午前中に、千葉劇場で上映中の「ソハの地下水道」を観てきた。
 ソハとは、現在ポーランドを代表する俳優ロベルト・ヴィンツキェヴィッチが演じる、この映画の主人公レオポルド・ソハからとったものだ。私がこの映画のことを知ったのは、連れ合いがご近所の友人と発行している地域ミニコミ誌『すてきなあたたへ』No.66, 2012919日に掲載された菅沼正子さん稿の映画評論で、この映画が紹介されたのがきっかけだった。

菅沼正子の映画招待席38「ソハの地下水道――戦争を風化させてはいけない」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/sohanochikasuido_suganamimasako.pdf

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ナチスの殺戮を逃れて
 舞台は1943年、ナチス・ドイツの指揮下にあったポーランドのルヴフ。現在はウクライナ領に属するソ連との国境に近い地方である。ソハは下水道の修理を稼業にする傍ら、空き巣を副業にして妻子と3人の貧しい家庭生活を送っていた。
 ある日、彼は地下で仕事中に頭上から石を叩くような物音が響くのに気付いた。ナチスによる強制収容所への掃討作戦を逃れようと床下から地下水道へと脱出口を掘ろうとした詐欺師ムンデクらユダヤ人たちの決死の仕業だった。ドイツ軍に通報すれば報奨金を得られた。貧しい生活のソハにとってそれは大金を手にできるチャンスだった。しかし、彼は通報しなかった。ナチスを憎む、あるいはユダヤ人に同情する良心からではなかった。したたかな彼は、ユダヤ人たちを地下にかくまう代わりに見返りとして一日500ズロッチの報酬をせしめた。なにせ、彼は自分の家の庭といえるほど地下水道の入りくんだ迷路を知り尽くしていたのだ。

悪臭の立ち込める地下水道で
 そうはいっても、地下水道に潜むユダヤ人たちのもとへ食料を買い込んで運ぶのは難業だった。周囲に異変を察知され、ドイツ軍、あるいはドイツ軍にいいなりのポーランド軍に通報されたら、自分や家族の命が危い。仕事がら、ユダヤ人をかくまう手伝いをしてくれた相棒のシュチェペクは手を引くといって去っていった。旧知のポーランド人将校ボルトニックも報奨金欲しさからソハの挙動を不審がり、地下水道の捜索に同行させた。その時、ソハは間一髪、地下のユダヤ人たちを大人がどうにか通れる狭い通路に導いて別の隠れ場へと移動させた。食べ物にも満足にありつけず、ネズミが這いまわり、悪臭が立ち込める隠れ家で衰弱死する者が出始めた。心身ともに疲れ果てたソハはとうとう、もう手を引くと言い残して隠れ場所を後にした。

俺は無償で人を助けたなんてと思われたくないんだ

 ある日、いつものように地下水道の点検に回っていたソハは遠くから子どもの泣き声がするのを聞きつけた。近づいて見ると、あのユダヤ人避難者の中にいた子ども2人だった。仲間からはぐれて迷子になっていたのだ。驚いたソハは2人を隠れ場所へ連れていった。そこで、彼は子どもの母親に泣きつかれ感謝された。ユダヤ人避難者とソハの間にふたたび糸が繋がりかけたのである。
 そんなある日、物資を求めて地上へ出たムンデクは運悪くドイツ兵に目撃され、詰問された。その光景を廃墟と化したゲットーの2階から見つめていたソハは階段を駆け下りてドイツ兵をとりなそうとするが、通じるどころか自分まで銃剣を突き付けられる。あわや銃殺という場面でソハとムンデクはしめし合わせたような連携プレイでドイツ兵を打ちのめした。

 それから数日後、食料の買い出しに出たソハは衝撃的な光景に出くわす。正当防衛のため自分たちがドイツ兵をたたき殺したことへの報復として、ドイッ軍はユダヤ人ではなくポーランド人を次々と銃殺し、見せしめに路上で死体をつり下げた。その中にかつて自分のもとを去った相棒のシュチェペクがいたのだ。ソハは大きな衝撃を受ける。ナチスの掃討作戦からユダヤ人をかくまうことがもはや金目当てではなくなってきたのだ。報奨金を払う金は尽きたとユダヤ人のリーダーから告げられた彼はそっとポケットから数枚の札を出してリーダーに握らせ、「みんなの前では、これで報奨金を払ったことにしろ。俺は無償で人を助けたなんて思われたくないんだ」とささやく。

ナチスが去った地上へ歓喜の生還
 ソハ夫妻が一人娘の整体拝領の儀式に参列するため教会に出かけた。ところが式の途中から豪雨となり、道路は雨水があふれ出した。地下水道に潜むユダヤ人たちの安否がソハの脳裏をよぎった。儀式は進行中だったが、ソハは外へ飛び出し、流れ込んだ雨水にのみ込まれそうになりながら地下のユダヤ人たちのもとへ急ぐ。彼の後を追ってボルトニック将校も地下へ降りて来た。ユダヤ人たちは地下道の天井近くまであふれた洪水の上に頭を出してもがいていた。ユダヤ人の生活用品が流れてきたのを目撃したボルトニックはソハの後を追うが、迷路をさまよううちに洪水にのみ込まれ溺死してしまう。通路の行き来に慣れたソハはユダヤ人たちのもとに辿りつき、彼等を救出する。その後もソハはユダヤ人たちのもとへ食料を届け、かくまい続けた。
 そんなある日、ソ連軍が進駐してくるという情報が伝わるや、ドイツ軍は一斉に姿を消した。それ
を知ったソハはユダヤ人たちをマンホールへと導き、地上へと送り出す。そこには飲み物と手作りの料理を用意したソハの妻、ヴァンダ・ソハの姿があった。その光景を遠まきに見つめる地元住民の前でソハ夫妻とユダヤ人は抱き合って生還を喜び合う。ナチス時代のノンフィクションの記録映画には珍しいハッピーエンドである。


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ルヴフのユダヤ人を襲ったホロコーストの史実
 最後の字幕の映像によると、こうして生き延びたユダヤ人はアメリカとイスラエルに移住したという。また、実在のソハは愛する娘がソ連兵の車にはねられるのを止めようとして亡くなったという(その日付は字幕では1945512日と映されたが、久山宏一さんの解説によると1946512日)。
 さきほど、「ハッピーエンド」と書いたが、1年以上も地下水道で息をひそめ、ナチスの殺戮を免れたこの映画のユダヤ人は稀有な幸運だった。ドイツ近現代史専攻の芝健介さんによると、この映画の舞台・ルヴフも1941年以降、ナチスおよびソ連占領軍による残忍な殺戮行為の舞台となった。
 1941625日~26日には、この地に進駐したソ連軍によってウクライナ人政治犯が大量射殺された。その4日後の630日にはナチス親衛隊とウクライナ協力者は、上記のウクライナ人政治犯の殺害の責任はユダヤ人にあるとして老若男女を問わずユダヤ人を引きずり出し、暴行を加えた。118日には当地の一角にユダヤ人ゲトーが作られ、ユダヤ人はそこへ強制移住させられた。また移住の途中で老人や病人約5,000名が射殺された。
 1942年にはルヴフ・ゲトーに強制収容されたユダヤ人はベウジェツ絶滅収容所へ送られ、そこで15,000人以上がガス殺された。同じく同年8月には約5万人のユダヤ人がルヴフ・ゲトーからベウジェツ絶滅収容所に移送され、そこでガス殺された。
 19431月にはルヴフで15000人のユダヤ人が「労働不能」とみなされて「捕獲」され、郊外の森で射殺された。6月にはナチス親衛隊とその協力部隊の手でルヴフ・ゲトーの解体作戦が展開され、その中で多くのユダヤ人が殺害されたが、ごくわずかの人達が防空壕や下水道に逃れて生きのびた。芝さんによると、この映画に登場するユダヤ人たちもその一部だったと考えられる。翌1944726日にソ連軍はルヴフに侵攻したとき、ユダヤ人の生存者は823名だったという(以上、この映画のガイド冊子「ソハの地下水道」に収録された久山宏一氏の解説より)。

善の誘惑に揺れ動く人間の心理をリアルに
 この映画がソハの心理の変遷に焦点をあてようとしたことは間違いない。これについてアグニェシュカ・ホランド監督は、彼は善の誘惑に屈したのだと思う、と語っている(同上冊子、10ページ)。
確かに、彼も彼が救ったユダヤ人たちも根っからの善人だったわけではない。死に直面した人間なら誰しもがさいなまれる利己心、いらだち、猜疑心、そして、その合間になお生き続ける他者へのいたわり。こうした矛盾だらけの特徴が入り混じった生身の、どこにでもいる人間なのだ。そうした「普通の」人間が何度もわが身を死の恐怖にさらしながら、他者の身に死の危険が迫ったとき、人はどのように身を処すのかーーーこのありふれてはいるが先鋭なテーマにどう立ち向かうのかを、自らも生と死の岐路に立たされた主人公らを通して描いた点で、この映画は、同じナチスのホロコーストを題材にした他の映画にはない特色―――一人として歴史に名をとどめた人物がいるわけでもなく、レジスタンスの闘士が登場するわけでもない記録映画―――があるように思えた。それは、「悪の誘惑」ではなく、「善の誘惑」に揺れ動く主人公を描こうとしたホランド監督の意図に示されている。だからこそ、あのホロコーストの嵐が吹きあれたナチス占領下の地で、ユダヤ人のみならず占領地の人々が暗黒の時代を生き延びた息づかいが伝わってくる。また、それゆえに、身を体してナチスに抵抗した人々の記録映画とはまた違った意味で、ナチス・ホロコーストの歴史的残虐性をリアルに告発する迫力を備えているように思えた。

 
各地の劇場での上映予定は次のとおり(既に終了したところもあるが)。
http://sohachika.com/pc/theater/

千葉劇場のオフィシャルサイトはこちら。1214日まで。
http://www.cinemax.co.jp/chibageki/

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重要政策で一致する中小政党は大異、小異を留保して大同を共通公約に

中小政党には重要政策での一致点がある
 ひとつ前の記事で、今回の衆議院総選挙にあたり、「3つどもえ」と称される3党―――民主党、自民党、日本維持の会―――の公約なり政策には、(消費税の地方税化、それと引き換えの地方交付税の廃止を提唱する維新の会と、消費税を国と地方で41の割合で配分する現行税制を維持したうえで消費税の増税を実施することにしている民主・自民両党の違いは別にして)大異は見出しにくく、公約の不透明さにおいて共通すると書いた。

 これに対し、上記3党以外のいくつかの中小政党の間には、重要政策(再稼働なしの脱原発、TPP参加に反対、消費税増税の阻止)で貴重な一致点がある。これらの一致点は、上記3党とその他の中小政党が掲げる公約とに一線を画する点にもなっている。
 また、こうした認識が共有されているためと思われるが、123日、日本未来の党と社民党は、原発の運転再開を認めないことを含めて脱原発を目指すこと、消費税増税法の廃止を目指すこと、TPP協定への交渉参加を阻止することなどで合意し、これらの課題を実現するために、今回の衆院選で可能なかぎり双方の候補者を互いに支援するなどの選挙協力を行うことにした。また、この合意を発表した記者会見で日本未来の党の副代表・森ゆうこ氏は「ほかの政党とも、こうした3つの政策で連携できるなら、可能なかぎり連携していきたい」と述べた。

 みどりの風も、この1130日に発表した党の「政策集」によると、再稼働なしの原発ゼロを目指す、国家主権を侵害するTPPへの参加に反対する、消費税増税は凍結する、という点で他の中小政党と重要な一致点がある。

 日本共産党は憲法や集団的自衛権をめぐって、日本未来の党との間に重要な政策の違いがあることなどを指摘したうえで、選挙後の国会では、消費税増税阻止、原発ゼロ、TPP阻止、オスプレイ配備反対など、一致する課題があれば、どの政党とも一点共闘を行い、政治を前に動かすことを約束するとしている。

 みんなの党は、農業を聖域とせずTPP交渉に参加して攻めの開国を目指すとしている点で他の中小政党との間に大異がある。また、エネルギーー政策については、新規の原発設置を禁止、世界標準の新基準に適合しない限り原発の再稼働を認めないを前提に40年廃炉を徹底するとしている。この点では、他の中小政党の政策との異同は一概にいえないが、大同があるといえないことは確かである。
 他方、みんなの党は消費税については、増税に先立って、国会議員と国家公務員の定数削減などを提唱している点で他のいくつかの中小政党との間に重要な不一致があるが、消費税増税の凍結を唱えている点では共通項がある。


死票論に立ち向かう一致点での大同を
 このように見てくると、主な政策に関して、「三つどもえ」の政党以外の中小政党の間にも大小の不一致があることは確かである。そして、各党は選挙戦を通じて、これらの不一致点についても有権者の前で理性的な論戦が交わす必要がある。

 しかし、国民の声がますます政治に届かなくなっているという有権者の不満、怨嗟を直視して、大局的な観点に立つなら、政治への不信を生んだ最大の責任を負う従来の政権与党に対峙すべき中小政党は、小異はもとより、いくつかの大異をめぐって理性的な論戦を交わしながらも、重要政策での最大公約数的な一致点―――再稼働なしの脱原発、消費税増税法の凍結など―――で具体的な連携をすることが強く求められている。以下、私がそう考える理由を記しておきたい。

 中小政党も、その他の政党と同様、自らが掲げる政策をベストと確信して選挙に臨むのは言うまでもない。特に中小政党の中には自党の存亡をかけて今回の選挙に臨む党もある。
 しかし、選ばれる側のそうした主観はともあれ、有権者の中には、個々の政党が掲げる政策の中身とは別に、自分の1票が目下の国政にどの程生きるのかを強く意識した投票行動を採ると考えられる。各種の世論調査で、「支持政党なし」が一貫して相対多数を占めているのは、政権交代が「政党交代、政策継続」で終わったことに失望しながらも、かといって他の中小政党が国政におよぼす影響力は乏しいと冷めた目で見る「死票意識」の反映と考えられる。
 それだけに、中小政党は、こうした死票意識に(多くの死票を生む小選挙区制の害悪に対する批判とは別次元の問題として)どう立ち向かうかを深刻に検討する必要に迫られている、と私は考えるのである。
 
 もちろん、そういう私の考えは、政策の大異を棚上げして、政党なり個々の議員なりの生き残りを至上のこととした合従連衡(野合)を促す趣旨では全くない。私が言いたいのは上記のように多くの国民の希望に沿う重要政策で貴重な一致点がある事実を汲みつくし、それを国政への現実的な影響力として結実させる可能性を有権者の前に具体的な姿、形で示す必要があるということである。
 このようにいうと、それぞれの党が独自の政策を掲げれば有権者はそれを判断材料にして投票をするのだから、選挙の結果を受けて個々の政策ごとに連携の協議をすればよい、選挙とはもともとそういうものだ、という意見が返ってくるかも知れない。しかし、私はそうは思わない。

 私に言わせると、それでは順序が逆なのである。今、問われているのは、選挙後の連携云々ではなく、今後の日本の政治、外交、経済の行方に重要な影響を及ぼす今回の衆院選における有権者の投票行動を見極めたうえで、選挙の結果をより望ましいものとするための現実的方法である。しかも、その方法とは、個々の中小政党の努力とは別次元の努力―――複数の政党が重要政策をめぐる一致点をばらばらの一致にとどめず、文書化された「共通公約」として有権者の前に提示することである。
 そうすることで、「これだけの政党が結束して選挙後の国会で共同行動を取るなら、たとえ政権に参加しなくても、消費税増税の実施を凍結させることができるかもしれない」、「与党内でくすぶる異論とも重なって、TPPへの参加を阻止し、脱原発を確かなものにできるかも知れない」という希望を有権者の間に広げることができるに違いない。中小政党が目指すべきは、有権者、特に支持する政党なしの層に、こうした希望の灯をともすシナジー効果―――112ではなく、3にも4にもなるという共同の相乗効果―――を汲みつくすことである。

共通公約運動の具体的提案
 そのためには、単に政党間で連携を呼びかけ合うにとどめず、次のような行動が必要と思う。
 1.上記のような重要政策での一致点を十分すり合わせ、文書化して、各党の党首が出席する記者会見の場で公表し、遵守の誓約を交わす。
 2.共通公約に加わった政党の当選議員は、どの政党かを問わず、選挙後の国会では、共通公約の実現のために、法案の共同提出を含め、共同行動を取る。
 3.各党間の一致点に付随する不一致点―――たとえば、消費税増税を凍結する間に消費税増税に代わる財源をどう確保するのか、原子力に代わるエネルギーを、代替エネルギ-源の確保なり、節電プログラムなりで、どのように確保するのかなど―――について各党の分野ごとの政策責任者が同じテーブルにつき、専門家の協力を得ながら、協議して、その結果を国民の前に示す。

不一致点をめぐる理性的な対話が一致点を固め、広げる
 翻って、ここまで書いてきたことを広げていうと、最近、不一致点を留保しながら一致点を大切にするという通用語にいささか抵抗を感じている。そう思うのは、左記の通用語とは逆の、「一致点を留保しながら、不一致点について理性的に対話する」ことの意義も、もっと強調されてしかるべきではないかと感じさせられた体験が少なくないからである。これは不一致点にこだわることを特段勧めたいからではない。その逆である。
 不一致点をめぐって理性的な対話をする作法を身につけること、不一致点に入り込むと人間関係まで壊われかねないという非理性的な相互抑制、自己抑制心を克服して、不一致点についても理性的な対話をする能力を磨くことが、一致点にもとづく共同をより強固なものとし、一致点を広げる成果にも繋がると思うからである。
 この点は最近の私の社会科学観や市民運動論にも連なるテーマなので、読みかけの中島義道『<対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの』(1999年、PHP新書)を読み終えたうえで、別の記事としていつか書き留めたい。

求められる国民の後押し
 以上、私なりの提案は政党間の協議に委ねるだけでは進捗しないと思われる。ここで切望されるのは各党を共同行動、共通公約の協議へと促す広範な国民の後押しである。そのためには自分が何党を支持するにせよ、共同行動、共通公約の運動の対象になり得るすべての政党が掲げる政策を冷静に読みとり、各党が一致点でまとまるよう努力することに加え、不一致点をめぐって理性的な対話ができる環境を整える努力をすることだと思う。

 この記事をお読みいただいた皆さんはどう思われるでしょうか? 記事へのコメントでお考えをお知らせいただきましたら大変嬉しく思います。

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通称「3つの極」の選挙公約に大異はあるか? 共通するのは政策の不透明さ

三つどもえの選挙戦というけれど
 明日、衆議院総選挙が告示される。原発・エネルギー政策、TPP(交渉)への参加問題、消費税増税問題、普天間基地・オスプレイ配備問題に象徴される日本の平和と安全をめぐる問題、さらには憲法改定問題―――日本の今後の内政・外交に関わる重要な課題が争点となる選挙である。

 
 メディアは民主・自民2党に新しく登場した第三極が挑む三つ巴の選挙という図式で横並びの報道を続けている。民主党の野田首相も民・自2党の党首討論に執心し、選挙の焦点を2党間対立という図式に据えることを目論んでいるように見える。さらに、つい最近、日本未来の党が出現したことによって、第三極が2分されたという論調も台頭している。

大異を見出せない3つの政党の公約
 1
.原発をめぐる政策の不透明さとふらつき
 
 しかし、以上の政党が掲げる公約なりを吟味すると、日本未来の党は別として、その他の3党の政策の差に大異は見出しにくい。あるいは、上記の争点課題について各党の公約があいまいであったり揺れ動いたりしている点で共通している。
 
 たとえば、原発問題をみると、民主党は2030年代に再稼働ゼロを目指すとしているが、なぜ18年後なのか、その間、代替エネルギー政策の検討も含め、脱原発に向けて何をどのように検討するのか、具体策は示されていない。期間を延ばすだけで慎重な検討をする証しにはならない。
 
 自民党は原子力に依存しなくても良い経済・社会構造の確立を目指すとしているが、石破茂幹事長は121日、埼玉県富士見市で行った街頭演説の中で、党公約との食い違いを見せた日本維新の会の石原慎太郎代表について「石原氏の本音は自民党と同じ。原発ゼロを掲げる維新の代表でいるのはつらいし、苦しいだろう」と述べている(共同通信、121日、1346分)。ということは、自民党は原発存続という点では石原氏(の本心?)と同じと受け取れる。
 
 日本維持の会の原発政策が数日おきに揺れ動いていることは見てのとおりである。

2
TPPをめぐる融通無碍な条件付き公約
 
 TPPをめぐる3党の公約も非常に不透明である。
 
 まず、民主党。野田首相は“アジアの成長を取り込む”をスローガンにTPP交渉推進の立場を再三表明している。他方、党の公約では日中、日韓FTAなどと同時並行的に交渉を進め、参加・不参加の最終的結論は政府が判断するとしている。両者はどのような関係なのか? もっとも分かりにくいのは、「参加・不参加の最終的結論は政府が判断する」というくだりである。対外的に政府の判断が日本の判断となることは自明であるが、自党の公約が問われている場面で「政府が判断する」とはどういう意味か? 仮に今度の選挙で民主党が政権与党の地位を失ったとしたら、TPPに関する同党の公約は宙に浮く。その時、民主党は新しい政権の枠組みの下で成立する政府に下駄を預けるということなのか? それとも、その時点で改めて党としての政策を検討するということなのか? 無定見のそしりを免れない。

 
 自民党は、聖域なき関税撤廃を前提にした交渉への参加には反対するとしている。この点では、主要な農産物などの例外措置化が交渉参加の前提と国会で答弁している玄葉外務大臣の立場と共通している。しかし、そもそも、TPPは加盟国間で2015年までに全ての貿易関税を撤廃するほか、原産地規則、検疫措置、知的財産、政府調達、競争政策などを含む包括的な協定を目指すものである。このうち、検疫措置には牛肉の輸入規制、食品添加物や残留農薬の基準、遺伝子組み換え食品の表示ルールなども含まれる。

 
 こうした包括的協定に条件付きで参加の可否を判断することがはたして可能なのか、参加するとしたら、何が「聖域」かを誰が、どういう基準で判断するのか、条件付きで交渉に参加して、「ここまで来たらもはや後戻りはできない」といった口上でなし崩し的に正式参加に至ることにならないのか? 疑問、懸念が尽きない。
 
 維新の会は「国益に反する場合は反対」としているが、一口に国益といっても解釈いかんでその範囲は様々である。「国益」の中味、判断基準を明示しない限り、意味のある公約とはいえない。

唯一明確なのは消費税増税の推進
 
 このようにあいまいさが共通する民主・自民両党の政策の中で、明確なことは消費増税を推進するという基本線である。民主・自民が3党合意で消費税増税を含む一体改革関連法案を成立させた経緯からいえば、両党の政策が一致しているのは当然のことである。安倍晋三氏はデフレ脱却前の増税には反対と語っているが、これは民主党がいう景気好転を条件とした増税実施と大差ない。
 
 しかし、「デフレ脱却」とか、「景気好転」と口では言えても、その判断には裁量の余地が大きい。現に、消費税増税法は附則18条で税率引き上げの条件として名目で3%、実質で2%程度の経済成長率と明記しているが、消費税増税法が成立後、民主党の藤井裕久税制調査会長は「実質2%成長はあくまで目標であり、条件ではない。実質1%成長なら消費増税は実施できる」と語っている。


 
 そもそも私に言わせると、景気が回復したら、家計ならびに法人の所得は上向き、地価も上昇し、所得税、法人税、相続税とも自然増収となる。その結果、どの程度の増収が見込まれるのかを試算するのが先決である。その際、高額所得層に偏在している金融所得の税率を本則の20%に戻すというが、これでは分離課税が温存されたままである。累進税率にもとづく所得税の財源調達機能と所得再分配機能を回復するというなら、金融所得も損益通算を金融所得の範囲内に抑えたうえで、他の所得と総合した課税に改めることが不可欠である。
 
 こうした税制の根本問題の検討を抜きに消費増税の景気条項だけを議論したのでは木を見て森を見ない議論となる。

 
地方財政の疲弊に拍車をかける維新の会の税財政政策
 維新の会は消費税を地方税化し、地方共有税を創設するとしている点で、民主、自民両党と違いがある。しかし、税収の帰属を変えても、消費の段階での逆進性、中小零細事業者にとっての転嫁の困難性という消費税の宿罪が解消するわけではない。これらの宿罪に有効な解決策を提案しないまま、消費税増税を容認する点では、維新の会の公約は民主、自民両党と共通している。
 ただし、国と地方の税財政関係という点では、維新の会が掲げる政策に、民主・自民両党の政策にはない特徴――‐私に言わせると危険な特徴――‐があることを指摘しておかなければならない。それは維新の会が消費税を11%に引き上げたうえで、そのうちの5%を地方の独自財源とし、6%を自治体ごとの財政力の差を平準化する地方共有税にする、その一方で、地方交付税を廃止する、としている点である。
 
 しかし、13.5兆円と試算されている(実際はこれよりも数兆円少ないが)増税後の消費税収をすべて地方税にするとしても、その代わりに地方交付税(2010年度決算では17.6兆円)を廃止すると、地方全体で差し引きで少なく見積もっても4兆円ほどの財源不足となる。この不足分をどう埋めるのか、そもそも、自治体ごとの財政力の格差を調整するのに、地方交付税ではなく地方共有税なるものの方が望ましいとする根拠は何なのか? 公約の粗雑さは否めない。

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原発問題で政治的発言を繰り返すNHK経営委員・石原進氏(JR九州会長)は罷免が当然

原発問題で政治的発言を繰り返す石原・NHK経営委員
 1つ前の記事で書いた前NHK経営委員長の政治献金問題を調べていく中で、現NHK経営委員の石原進氏(JR九州会長)が原発問題について、NHKの役員/経営委員としてはあるまじき重大な発言を繰り返していることを知った。主な発言を新しい順に貼り付けておきたい。

 石原氏が経営委員に就任したのは20101211日であるから、いずれの発言も経営委員として在任中のものである。その経営委員は放送法(第49条)でNHKの役員とされ、NHK放送ガイドラインで「報道機関としての不偏不党の立場」を堅持するよう定められている。
 であれば、財界人として経済界の利害に沿った発言・行動をしたいのなら、政治的にも自主・自立を生命線とするNHKの意思決定・監督機関の委員を退くべきであり、経営委員の職にとどまりながら、原発問題が大きな政治的争点となっている状況の中で以下のような発言をするのは致命的な誤りであり、罷免に値する。また、視聴者の間から石原氏の経営委員辞任を要求する意見が出てくるのは当然のことと私は考えている。

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JR九州・石原氏 「原発を全廃すれば日本の産業は死ぬ」
(産経新聞 2012
1130()755分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121130-00000023-san-l40
 

■早期再稼働訴え
 九州経済同友会の代表委員を務める石原進JR九州会長は29日、衆院選の争点の一つとなるエネルギー・原発政策について「原発を全廃すれば、電気料金が2倍となり、日本の産業は死ぬ」と述べ、原発の早期再稼働を訴えた。
 石原氏は「基本インフラである電気は、大量、安定、低コスト、環境配慮-の4つをクリアしなければならない。
太陽光など再生可能エネルギーは多額のコストがかかり、産業や生活に跳ね返る」と述べ、再生可能エネルギーは原発の代替電源となり得ないとの考えを強調。民主党が掲げる「2030年代の原発ゼロ」について「日本国家が潰れ、失業者だらけになる。国民の生活を二の次にしている」と批判した。

 福岡市中央区のホテルニューオータニ博多で開かれた福岡大の永野芳宣客員教授の出版記念パーティーで語った。永野氏は新著「脱原発は《日本国家の打ち壊し》」で、脱原発を「エゴイズムだ」と厳しく批判している。パーティーには九州財界関係者ら約450人が参加した。
 
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エネルギー・環境戦略:「30年代原発ゼロ」決定 産業界、一斉に反発 空洞化、雇用悪化を懸念
(毎日新聞 20120915日 西部朝刊)
http://mainichi.jp/area/news/20120915ddp008010006000c2.html

 政府が30年代に「原発ゼロ」を掲げたことについて、九州・山口の経済団体は「原発ゼロは見直すべきだ」などと反発。企業からは「十分な議論がされていない」などの疑問の声もあった。
 ■経済団体
 九州経済同友会の石原進代表委員(JR九州会長)は「電気料金は最大2倍になると見込まれ、国内産業が立ちゆかなくなる」と指摘し、「長期にわたって一定程度の原子力比率を維持する必要がある」とコメントした。
 福岡商工会議所の末吉紀雄会頭(コカ・コーラウエスト会長)も「経済・雇用への悪影響などが強く危惧され、全く理解できない」と強調。「中小企業にとって電気料金の値上げは死活問題。早期に原発を再稼働させ、電力の安定供給と料金上昇抑制の筋道を明らかにすべきだ」と注文した。九州経済連合会の松尾新吾会長(九州電力相談役)は「国を危うくするものと言わざるを得ない。原発の一刻も早い再稼働を強く望む」とした。
 <以下、省略> 

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福岡経済同友会、玄海原発の運転再開を求め緊急提言
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1927716.article.htm 
(佐賀新聞 20110601日更新) 

 福岡経済同友会は31日、九州でも懸念される今夏の電力不足を解消するため、玄海原発2、3号機の運転再開を求める緊急アピールを発表した。「九州の企業活動のみならず、住民の生活にも大きな影響を与える恐れがある」として、佐賀県と佐賀県議会に近く要請するという。福岡市内で代表幹事の石原進氏(JR九州会長)と貫正義氏(九州電力副社長)が会見した。
 アピールでは日本全体が深刻な電力不足に陥れば、復興に必要な経済活動が打撃を受けると指摘。国と九電に地元の理解を得るために全力を傾注することを求め、地元には「安全を十分に確認の上、原発の運転再開への理解を示してほしい」としている。
 石原氏は「代替エネルギーで原子力を補うには相当な時間が必要。国、県、九電で徹底的に安全問題を詰め、安全を確認した上で原子力を活用すべきだ」と語った。

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玄海原発「ここがダメならどこで?」 JR九州会長 
asahi com  20115192319分) 
http://www.asahi.com/special/10005/SEB201105190040.html
 

 石原進・JR九州会長は19日、佐賀県唐津市で開かれた講演会で「原子力発電所の維持は必要」と語り、九州電力玄海原発(同県玄海町)2、3号機の運転再開問題について「玄海原発は地盤も日本で一番安全。これがダメだったら、どこで原子力発電をするのかという話になりかねない」と発言。運転再開に向けて、積極論を展開した。
 東日本大震災後の復興の課題を探る講演会(社団法人日本港湾協会主催)で、全国の自治体関係者ら約500人を前に、震災の九州経済への影響や九州が日本の生産回復に協力する方策などを語った。
 約30分間の講演の後半で「電力供給の確保」に関連して玄海原発に言及。「経済産業省原子力安全・保安院がOKを出したので、地域でもぜひ協力してもらえれば」と運転再開に触れ、「玄海原発は津波の歴史もない安全な地域の原発」などとも述べた。
(田中良和)

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前NHK経営委員長・数土文夫氏の国会議員への献金は放送ガイドラインに違反

 経営委員長が在任中に与野党幹部に政治献金とは驚き
 今朝(12月1日)の「朝日新聞」の社会面に、「前NHK経営委員長の数土氏 在任中に3議員側に献金」という見出しの記事が掲載された。これは1130日に総務省が公開した2011年の政治資金収支報告書(中央分)をマスコミ各社が調査して判明したものである。「3議員」とは民主党の安住淳議員(国会対策委員長:当時)、古川元久議員(内閣府特命大臣:当時)、石原伸晃議員(自民党幹事長:当時)である。

 この件について30日、昼過ぎ、私は朝日新聞と共同通信から電話で取材を受け、当然ながら同じ内容のコメントをした。昨夜のうちに『スポニチ』が私のコメントを次のように伝えた。これは共同通信の配信記事を受けたものと思われる。

安住氏 財務省在任中にパーティ-で1300万円集める   http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/11/30/kiji/K20121130004672650.html

 「市民団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表の醍醐聡東大名誉教授は「経営委員長から特定の政治家への献金は『不偏不党の立場を守り、放送の自主・自律を堅持する』と定めるNHKの放送ガイドラインに抵触する可能性がある」と指摘した。」(20121130 18:19

  このコメントに少し補足説明をしておきたい。

経営委員もNHKの役員
 放送法は第49条で、「
協会に、
役員として、経営委員会の委員のほか、会長1人、副会長1人及び理事7人以上10人以内を置く」と定めている。ここから、NHKの理事等ばかりでなく、経営委員もNHKの役員とされていることは明らかである。

数土氏の政治献金は「NHK放送ガイドライン」に違反
 次に、現在の「NHK放送ガイドライン」は冒頭に掲げた「自主・自律の堅持」のなかで次のように定めている。

 「
NHK は、公共放送として、憲法で保障された表現の自由のもと、正確で公平・公正な情報や豊かで良質な番組を幅広く提供し、健全な民主主義の発展と文化の向上に寄与する。この役割を果たすため、報道機関として不偏不党の立場を守り、番組編集の自由を確保
し、何人からも干渉されない。ニュースや番組が、外からの圧力や働きかけによって左右されてはならない。NHK は放送の自主・自律を堅持する。
 全役職員は、放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、すべての業務にあたる。日々の取材活動や番組制作はもとより、NHK の予算・事業計画の国会承認を得るなど、放送とは直接関係のない業務にあたっても、この基本的な立場は揺るがない。」


 つまり、NHKの経営委員(長)には一般的な意味での政治的中立性にとどまらず、NHKの役員という立場上、「不偏不党の立場を守り」、公共放送としての信頼を維持する生命線として「放送の自主・自律の堅持」が要請されているのである。

  こうした具体的な定めに照らして、数土氏が経営委員長に在任中(20101211日~2012524日)に特定の政党に所属する3名の国会議員に政治献金を行った行為が「NHK放送ガイドライン」に違反することは明らかである。

追記:現経営委員・石原進氏(JR九州会長)が原発問題で重大発言
 
数土氏の政治献金問題を調べていく中で、現経営委員である石原進氏(JR九州会長)が原発問題で極めて重大な反・不偏不党の政治的発言を繰り返していることを知った。これについてはこのブログの次の記事で書くことにする。

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