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宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある(3)

前のめりの再出馬表明
 昨年1228日に、市民グループが都内で開いた集会で宇都宮健児氏は出馬の意思を表明した。私はその場に居合わせなかったが、宇都宮氏のスピーチと集会の休憩時間中に行われた記者会見の模様を録画で視聴した。

宇都宮氏が個人の意思で出馬を表明するのは自由であるが、都知事選ともなれば、それ相応の支持母体が必要なことはいうまでもない。しかし、当日までにどのような市民団体、政党、個人から宇都宮氏に出馬の要請があったのか? 一昨年12月の都知事選で宇都宮氏を支持した市民グループの一部から再出馬を求める声が挙がっていたことはネット上で知っていたが、それ以外に、どれほどの個人、団体、政党等から出馬を求める動きがあっただろうか?

 私は宇都宮氏を革新統一の自明の候補者と見立てるのではなく、多くの政党、団体、個人の叡智を集めて、宇都宮氏も含め、幅広い視野で透明な形で、最善の候補者を選考する努力が重要と考えてきた。今もそう考えているが、これまでのところ、そのような努力が尽くされたとは思えない。

水面下で宇都宮氏を推す動きがあったのかもしれないが、限られた個人、団体、政党の間で候補者擁立の事が運ばれたのだとすれば不透明な候補者選考といわなければならない。
 宇都宮氏自身、昨年1220日に都内で開かれた集会の場で、「まだ、いろんな市民団体、グループが議論をされているところだが、あなたしかいないということなら覚悟はできている」と発言していた。
 さらに、1226日夜に開かれた支持者との会合では「前回の敗戦を踏まえて別の候補者擁立を探る意見も出てまとまらなかったが、宇都宮氏が他陣営に先駆けて年内に出馬表明することを決断した」(「毎日新聞」20131228日)と報道されている。
 これでは、「宇都宮氏しかいない」という判断を、幅広い市民、団体、政党の意思を集約する前に、宇都宮氏が自分自身で早々に下したことになる。宇都宮氏の温厚な外見に不似合いな前のめりの、先走った決断と言わざるを得ない。

宇都宮氏の説得力、論戦力、組織統括力への疑問

この半年ほどの間、市民運動の集会や記者会見、リレートーク等で宇都宮氏と同席し、同氏のスピーチや報道関係者との応答をそばで聴く機会があった。そのような体験を通じて私が痛感したのは宇都宮氏の発言に説得力と論戦力が不足しているということである。貧困・サラ金問題などに取り組んできた経験を通じて蓄積された宇都宮氏の知見、弱者への暖かな人柄(ただし、本連載記事の(3)で紹介した澤藤父子の証言が事実とすれば、宇都宮氏の温厚で「弱者にやさしい人柄」という評価にも重大な疑問符が付く)に定評があることは私も承知している。
 しかし、大都市・東京都の知事ともなれば温厚な人柄に加え、大局的な行政判断能力、議会での予算や各種議案等に関する高度な説得力や論戦力が求められるが、私が知りえた宇都宮氏にはそうした資質が不足していると言わざるを得ない。宇都宮氏のスピーチには派手さはない分、実直さが窺える。その反面、議論に具体性、論理性が欠け、多くの人を引付ける説得力と魅力に欠けることは否めない。
 澤藤大河氏は澤藤氏の連載記事の第6回に、「私の経験した宇都宮選挙」と題する小文を寄せ、その中で宇都宮氏の街頭演説に同行した時の感想として、「聴衆を魅了する憲法訴訟の経験談や、人権擁護の熱意がほとばしるという魅力に溢れた演説は一度も聞いたことがない」、「都知事候補者としての政策の政策能力が十分でな」く、「具体的に都政を語る力が十分とは言えない」、「常に同じ内容の繰り返し。選挙戦の進展に伴って、演説の内容が深化していったり、訴える言葉の完成度が高まるということはなかった」と記している。
 いささか厳しい評価ではある。宇都宮氏をよく知る別の人から見れば、「いや貧困問題を語る時の彼の見識は素晴らしく、熱意に満ちている」といった評価もあるだろう。また、「これまで法曹界で仕事をしてきた宇都宮氏に性急に都政を語る能力を問うのは酷だ、それは今後の課題とするべきだ」という意見も当然あるだろう。
 これらの点は評価を保留するとしても、宇都宮氏のスピーチには各状況に見合った具体的な筋立て、聞き手を引付ける魅力に欠けるという指摘は私の見方と一致する。しかも、この点は都知事に求められる資質と深く関わる。なぜなら、選挙時に優れた政策なり公約なりを示すことは候補者としての基本的な条件であるが、それだけでは政策面で都政を担う資質が十分とはいえない。むしろ、課題が分野的にも地域的にも多方面に及ぶ東京都の場合、基本政策を個々の状況に適合するよう具体化する応用力が強く求められる。それだけに、それぞれの状況に見合った問題解決の具体的な筋立てという点での宇都宮氏の資質に関する懸念を私は拭えないのである。
 とりわけ、自公両党が圧倒的多数を占める都議会では幾度となく激しい批判、攻撃に直面することが予想される。それだけに、そうした批判、攻撃に対して冷静かつ毅然と論戦できる資質が求められる。はたして、宇都宮氏にそうした能力、資質が備わっているのか、私はいささか危惧する。
 さらに、東京都という大組織を統括する能力という面でいえば、この連載記事の(3)の後半で紹介したことが事実とすれば、宇都宮氏の組織を統括する指導力にも少なからず不安が付きまとう。この点は、宇都宮氏はもとより、宇都宮氏を都知事候補として支持・推薦しようとする政党、団体、個人は都民に対する責任の一端を担う当事者として、事前に十分に吟味しなければならない問題である。

 私の結論的要望
 結論的に私の希望をいえば、告示日までまだ時間はある、残された期間を最大限活かして、革新統一候補にふさわしい人物を選考する努力を尽くしてほしいということに尽きる。もう候補者探しの手は尽くしたという意見もあるに違いない。しかし、全国の都道府県を見渡すと女性知事も少なくない。東京都でも清新でしなやかな知性と見識に富む女性知事を誕生させる可能性はないのか? 男女を問わず、法曹界、文化人、学界で清新で幅広い見識、安倍政権の悪政に立ち向かう意思と理性、行政手腕にも通じる問題解決能力に富む人材はいないのか? 広範な市民、団体、政党の叡智を結集して候補者選考に尽力してほしいと願う次第である。
 そして、僭越な言い方ではあるが、宇都宮氏には、これから先も、弁護士として、貧困問題を始め、同氏のこれまでの知見、経験を活かす活動に専念してほしい。その中で、「TPPに反対する弁護士ネットワーク」の共同代表の1人として、正念場を迎えるTPP阻止の運動にも力を発揮してもらい、私も呼びかけ人に加わっている「大学教員の会」や主婦連、その他多くの市民団体との共同行動の発展に尽力してほしいと心から願っている。

 付記
  この連載記事の(2)で触れたように、私は澤藤統一郎氏の連載記事「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」で指摘された宇都宮健児氏の政治団体「人にやさしい東京をつくる会」の選挙運動費用収支報告書」の記載内容、およびそれと関連する同会の「政治資金収支報告」の記載内容に関心を寄せている。そして、関係する法令、報告書の写しは入手し、ひととおりの検討は終えているが、同会によると、公選法専門の弁護士団が公式見解をまとめ、この6日に発表する予定とのことである。
 そこで、私はその公式見解の発表を待って、必要となれば、この連載記事の続編で自分なりの分析と見解を述べることにしたいと思う。

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コメント

さすが、先生です。多くの人はいくらそこに重要な情報が存在していても、力関係を見たり、小異を捨ててとか言って、寄らば大樹になびくところですが、真実性を見通して判断されたのですね。
 私も熊谷と一時期運動を共にすることがあったのですが、次第にいい加減な性格と、公私を分別できないということが見えてきました。金銭にルーズで、若手を回りに集めては、何の教育もできない論理性の薄弱があって、ついには愛想をつかされてしまう繰り返すパターン。まったくおんなじだと思いました。
 日本の危機にあたりこれを突破できる指導者たるや、それなりの他を凌駕できるものがなくてはならない、と思います。ところがあにいわんやです。優れた人を選ばなければ、安倍ナチズム容認にいいようにされるだけです。沢藤さんといい勇気と正義にあふれた良心の人が存在していただけで私も勇気をもらいました。

投稿: 山口 | 2014年1月 6日 (月) 20時02分

 先生。 止むに止まれずお書きになったであろう数々の御指摘は、一々、心に響くものが御座いました。
 私の数少ない経験でも、民主主義を標榜する陣営内に巣くう日本的悪弊と云うべきもの、原発村と同等に利権擁護(それが如何に矮小であっても)に相互に連携し形成する個人的繋がりがあるのです。
 個人的には、官公労内での職場闘争を巡る軋轢でしたし、地域でも自治会活動内にある新住民と旧住民との対立でした。 微細なものでは、ブログにも観られるものですし、メディアへの投稿掲載でも観られるものです。 
 でも、真の民主主義をこの日本に現実化したいと思われるのであれば、民主主義運動自体に包含する腐敗因子を摘出しない限り、その再生は無いもののと見定めておられるようです。 私も「活憲左派」の言われるが如く、日本の民主主義が民主主義として再生するための大きな試練であろうと思っています。 臭い物には蓋では無く、臭い物は、摘出しなければなりません。 

投稿: とら猫イーチ | 2014年1月 4日 (土) 21時51分

貴重な記事をありがとうございました。


投稿: 垣内 | 2014年1月 4日 (土) 19時48分

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