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新旧宇都宮陣営は問題の重大性を自覚すべきである(1)

 (注)この記事と次の記事で表記する「新旧宇都宮陣営」とは、「2012年の東京都知事選に立候補した宇都宮健児氏、その選挙母体であった政治団体ならびに選対関係者、宇都宮氏を支持した政党、団体、宇都宮氏を支持した個人と、今回の東京都知事選に立候補を表明した宇都宮健児氏、その選挙母体である政治団体ならびに選対関係者、宇都宮氏を支持することを表明した政党、団体、個人としての支持者」の総称である。

「宇都宮氏を支持する前にやるべきこと」はなされたのか?
 私は14日に「宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある」という標題で4つの記事をこのブログに掲載した。(次の記事以下に逆順で掲載している。)
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-041d.html

 しかし、宇都宮氏は16日に都知事選にのぞむ基本政策を発表し、それを受けて日本共産党、社民党、いくつかの市民団体、個人が宇都宮氏支持を表明した。
 この間、私が知り得た情報を見ると、「宇都宮さんを支持したいが、投げかけられた疑問にはきちんと答えてほしい」といった声を見かけた。しかし、上記の政党や団体、個人の支持表明を見ると、政策面での一致が強調され、私が指摘した「宇都宮健児氏を支持する前にやるべきこと」がなされたことを確認する術は今のところない。非公式になんらかの検討がされたのかもしれないが公にはされていない。逆に、この時期に、私(や澤藤統一郎氏)がしたような公の場での宇都宮陣営批判は敵陣営を利するだけだ、という声が一部からではあるが直接、間接に聞こえてきた。(これについては次々回の記事で応答する予定である。)


 さらに、15日付で発表された弁護士3氏(中山武敏、海渡雄一、田中隆の各氏)の連名の文書「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に関する法的見解」(以下、「法的見解」という)は、その結びで、「澤藤氏の主張する法的問題について簡潔に検討したが、それらのどれもが、些細な事務的ミスを針小棒大に取り上げたものであるか、悪意に基づく憶測によるものであり、前回の宇都宮選挙が、公職選挙法の厳しい制限のもと、市民選挙としてきわめてクリーンに行われた事実を私憤に基づいて中傷誹謗するものとなっていることは、きわめて遺憾である」と記している。

「些細な事務的ミス」なのか?
 上の指摘のうち、「悪意に基づく憶測」、「私憤に基づく中傷誹謗」という指摘が当たるのかどうかについてはここでは立ち入らない。しかし、
「それらのどれもが、些細な事務的ミス」であるとの記述、「前回の宇都宮選挙が、公職選挙法の厳しい制限のもと、市民選挙としてきわめてクリーンに行われた」という記述には疑問を覚えた。このうち、については、冒頭に掲記した連載記事「宇都宮健児氏を支持する前にやるべきことがある」の(2) 前篇、(2) 後編で、澤藤父子の告発記事に基づいて疑問を呈した。ただし、そこでは、澤藤父子が一方側の当事者であることを考慮して、事の真偽を説明するよう宇都宮氏と旧宇都宮選対の関係者に求めた。澤藤父子の告発が事実なら、前回の宇都宮選挙は市民選挙らしからぬダーティな面を含んだ選挙だったということになるから、宇都宮氏ならびに旧宇都宮選対関係者は自らの信頼をかけて事の真偽を説明する必要がある。

 他方、
については、私が入手した旧宇都宮陣営の「選挙運動費用収支報告書」とそれに添付された領収証に基づいて3つの疑問点を提起し、①に根本的に反論する以下の記事をこのブログに掲載した。
 「旧宇都宮陣営の選挙運動支出に関する法的見解は真実の証明になっていない(1)」

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-cab2.html

「旧宇都宮陣営の選挙運動支出に関する法的見解は真実の証明になっていない(2)」

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-c45e.html

  

 私が指摘した疑問点が些細な事務的ミスなら目くじらを立てることはない。私はそうは考えなかったので反論を書き、記事(2)の末尾でその要旨を述べた。しかし、やや慎重な言い回しをしたので、ここでは追加資料を添えて、より端的に記したい。

 領収証も記載ミスだったのか? そのような説明は通用するのか?
 上原公子氏と服部泉氏に支払われた各々10万円を「選挙運動費用収支報告書」に「労務者報酬」(人件費の1種)と記載したのは事務的ミスで、正しくは交通費や宿泊費などの実費の一部を弁償する支払いだったとしよう。弁護士3氏によると、このような形で支出費目の訂正届けを東京都選管に提出するとのことである。しかし、それなら、上原、服部両氏が各々、この10万円の受領につき宇都宮健児事務所宛に提出した「領収証」はどうなるのか? そこには、「人件費―5」、「¥100,000」、「但 選挙報酬として」(以上、上原公子氏名の領収証)、および、「人件費―6」、「¥100,000」、「但 選挙報酬として」(以上、服部泉氏名の領収証)と記載されている。これらの記載もすべて事務的ミスとして訂正届けを出す(出せる)のだろうか? これらの記載すべてが、正しくは「交通費」や「宿泊費」の実費弁償のための支払い(受け取り)であったのに「誤って」、「人件費」「選挙報酬として」などと記載してしまったという釈明が通用するのだろうか?
 上限のない交通費を含む実費弁償であるなら、これらの領収証に記載された金額がともに10万円という切りのよい同額になったのはいかにも不自然ではないか? 2人がそろって、これら数か所の記載を勘違いするということがありうるのだろうか? 
 また、交通費を含む実費弁償額が「10,000×10日」という積算で、日当かのように計算されたのも不可解である。
 以上のような疑問点が当たらないのかどうか、3名の弁護士ならびに「選挙運動費用収支報告書」の出納責任者でもあった服部泉氏は、わかりやすく説明してほしい。

 さらに立ち入って言おう。これらの領収証に記載されている「人件費」はどちらも手書きではなく、あらかじめ領収証の受領者が入力したとみられる印字である。そして、これら2通の領収証に対応する人件費が計上された「選挙運動費用収支報告書」の支出の部の【4】ページを見ると、上から順に「事務員報酬」として3名宛の支出が記載され、それに続く4番目にM氏に対する「労務者報酬」が、5番目に上原公子氏に対する「労務者報酬」が、6番目に服部泉氏に対する「労務者報酬」がそれぞれ記載されている。ここから、次のような推定が成り立つのではないか。
 つまり、上原公子氏名の領収証に印字された「人件費-5」は、「選挙運動費用収支報告書」上の選挙運動報酬の5番目の支払いであることと突合するために付された番号であり、服部泉氏名の領収証に印字された「人件費-6」は「選挙運動費用収支報告書」上の選挙運動報酬の6番目の支払いであることと突合するために付された番号だったのではないか? こういう解釈が誤っているというなら、「人件費-5」、「人件費-6」と付された番号が何を表すものだったのか。これについても3名の弁護士ならびに服部泉氏はわかりやすく説明してほしい。

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