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NHKを国策翼賛放送へ仕向ける籾井会長

2014年5月6日
 

 籾井会長の辞任を求める受信料凍結呼びかけチラシが出来上がりました。
 ぜひとも活用ください。
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/momii_yamero_chirashi_a.pdf

 「個人的見解を放送に反映させるつもりはない」と言うが
 会長就任会見で公共放送への無知をさらけ出す発言を連発した籾井勝人氏。それでも、「あれは個人的見解。私の見解を放送に反映させるつもりはない」という釈明を繰り返して批判をかわそうとした。
 ところが、5月2日、朝日新聞が「NHK会長『1つの番組で公平性を』」という見出しで掲載した記事を読むと、籾井氏は放送法が定める公平性の原則(多様な意見の反映)に関する持論を番組制作現場に反映させるよう、理事に迫っていたことがわかる。
 記事の要点はこうだ。放送法が定める公平性の原則(多様な意見の反映)の意味を籾井会長は「一つ一つの番組で確保すべきだ」と解釈し、4月30日に開かれた理事会で、このような持論を展開した。これに対して、理事たちは「いろんな観点を、様々な機会をとらえて報道している」なとど反論し、会議は紛糾したというのだ。

 朝日新聞の記事は、公平性の確保は「一つの番組ではなくて当該放送事業者の番組全体を見て判断することが必要」という増田寛也・元総務大臣の国会答弁を紹介し、籾井会長の持論は政府見解を踏み越えるものと論評している。
 法解釈論としては増田答弁が通説となっており、金澤薫『放送法逐条解説』2006年、財団法人電気通信振興会)も放送の政治的公平を定めた放送法第3条の2第1項第2号の規定の適用は、多様な意見の反映を定めた同条同項第4号の規定と併せて考えられるべきものとしたうえで、「一の番組における政治的な公平ではなく番組全体として判断されるべきものである」(59ページ)と記している。

 確かに、時間が限られた個々の番組の中で多様な意見を反映するよう法律で求められると、番組制作者は対立する意見の持ち主、特に政治的商業的に強い影響力を持つ者からのクレームを恐れて、意見が分かれる問題を取り上げるのを避ける委縮効果が生まれることが懸念される。しかし、意見が分かれるからこそ、「どちらともいえない」と答える国民を減らし、有権者が自立した意見を持って参政権を行使するよう援けるのがメディアの役割である。だとすれば、番組制作現場に委縮効果を生むような法律なり法解釈は好ましくない。

  多様な意見というより政府の意見 ~籾井氏が番組に求めたもの~  
 しかし、上の朝日新聞の記事を読んで私がより重要と思うのは、放送の公平(バランス)の問題というより、籾井氏が述べた次のような主張である。  「籾井会長は4月の消費増税で不安を抱える高齢者を取り上げたニュース番組に対し、『(税率が)上がって困ったというだけではニュースにならない』、『買いだめは無意味だと伝えるべきだ』という趣旨の発言をした上で、低所得層への負担軽減策の議論も紹介するよう求めた。」
 ここから窺えるのは、籾井会長が番組編集にあたって求めたのは、正確にいうと公平(多様な意見の反映)ではなく、政府の見解、施策の伝達だったことがわかる。NHKのニュース番組では高齢者は増税で生活が苦しくなったと伝えるだけでなく、政府がどのような低所得者対策を検討しているかも伝え、高齢者の不安や買いだめを解消するように努めるのがNHKニュースの役割だ―――籾井氏が言わんとしたのはこういうことなのだ。これが籾井氏のNHKニュース番組に関する持論なのだ。

 しかし、NHK会長がこうした持論の持ち主となれば、公共放送にとって最悪の人事である。なぜなら、籾井氏の持論は、NHKのニュース番組を事実上、政府の広報番組に変容させる要求であり、NHKを国策放送局へと仕向ける持論に他ならないからだ。
 そもそも、放送法第3条の2第1項第2号ないしは第4号が放送事業者に求めた政治的公平、多様な意見の反映とは、政党、団体、個人の間にある多様な意見の反映であって、それら国民の意見を伝えるにあたって、関連する政府の意見、政策を必ず伝えるべきと言った要請ではない。バランスというなら、「国民の間になる多様な意見、対立する意見の反映」という意味であって、「国民の意見と政府の意見のバランス」では決してない。この点は前記の金澤薫氏の著書でも次のように記している。

 「社会を構成する国民には多様な意見が存在する。公共的に重要な、様々な意見が放送されることにより、その事項についての国民の理解がより深まり、民主主義の発達に資することになる。一方に偏した放送が行われることは他の意見や主張の存在を国民の目からそらすことになり、有限希少な電波を利用する放送の健全な発達を阻害することになる」(59ページ)。

 公共放送を国民・視聴者の「言論の広場」、「異なる意見の出会いの場」と捉える意義を再確認させられる。

 籾井発言のもう一つの重大性
 会長就任会見の場での籾井氏の発言の中で、これまで注目され、批判が向けられてきたのは、NHKの国際放送のあり方、首相の靖国神社参拝問題、従軍慰安婦問題、特定秘密保護法をめぐるNHKの報道のあり方がほとんどだった。私も同様だ。
 しかし、上記の朝日新聞の記事を読んで、改めて籾井氏の就任会見の場での発言(ここでは「朝日新聞DIGITAL」が掲載した「NHK籾井新会長会見詳報」)を確かめると、これまであまり取り上げられてこなかった重要な発言があったことがわかる。それは記者との次のようなやりとりである。

 「――現場の制作報道で会長の意見と食い違う意見が出た場合、どう対応するのか」  

 「最終的には会長が決めるわけですから。その了解なしに、現場で勝手に編集してそれが問題であるということになった場合については、責任をとります。そういう問題については、私の了解をとってもらわないと困る。NHKのガバナンスの問題ですから。」

 「――個別の番組についても、会長が個別に指揮するのか」

 「私個人が指揮するかは別として、組織の中で、きちんとしなければならない。ボルトとナットの問題じゃないでしょうか。」

 こうしたやりとりの背景にあるのはNHKの「番組編集権」なるものである。しばしば、編集権は誰にあるのか、という発問がされる。たとえば、1月31日に開かれた衆議院予算委員会で原口一博委員(民主党)と参考人として出席を求められた籾井NHK会長との間で次のようなやりとりが交わされている。

 「原口委員 まず、NHK放送番組の編集権はどなたが持っているのか、会長に伺いたいと思います。」

 「籾井参考人 会長が持っております。

 「原口委員 ありがとうございます。NHKの放送番組の編集権は、責任ある編集権を総括する会長にあるわけであります。制度上、放送局としての公共放送の編集権を持っているのは会長ただ一人であります。」

 2人の間でいとも簡単にNHKの放送番組の編集権は会長ただ一人にあるという解釈が了解されている。しかし、こういう解釈が「制度上」どこかに存在するわけではない。

  「NHKの番組編集権は会長ただ1人が持っている」という危険な誤解
 むしろ、私も共同代表の1人になっている「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が1月27日に籾井会長・石田研一放送総局長宛に提出した質問書(注)に対し、2月6日付けでNHK編成局計画管理部長・黄木紀之氏名で届いた回答の中に、NHKの番組編集権について、次のような説明がなされている。
  (注)質問Ⅰ-2:籾井会長の就任会見の場での一連の問題発言をNHKがニュース番組で取り上げなかった理由を質したのと関連して、NHKが報道する側とされる側の双方当事者となった場合、自局の放送で当該問題の報道を抑制するバイアスがからないようにするため、NHKは番組制作部門と経営部門に利益相反が生じないよう、どのようなファイアーウオール措置を講じているのかという質問

 「NHKの番組の編集権と編集責任は、最終的には業務の執行を総理する会長にありますが、具体的な運用の権限は番組制作部門の各番組責任者に段階をおって授権されています。これに対し、経営部門には、番組編集権は授権されておらず、経営部門が番組編集に関与することはありません。各番組の責任者は、その責任範囲について、放送法や国内番組基準(国際番組基準)、放送ガイドラインの基準に基づき、それぞれが主体的に編集判断を行っていますので、そこに経営部門の意向が反映されることはありません。」

 つまり、NHKの番組編集の具体的な権限は各番組責任者に段階的に授権され、各責任者が授権された範囲内で放送法や国内番組基準(国際番組基準)、放送ガイドラインに沿って編集上の判断をするのであって、会長が一元的に番組編集に関与するわけではない。この点からいうと、番組編集の最終責任は会長にあるからと言って、制作現場が会長の了解なしに個々の番組を「勝手に」編集できないと述べた籾井会長の就任会見の場での発言は「編集権は会長にある」という一面的な解釈を一人歩きさせた危険な言動である。また、「NHKの放送番組の編集権は、責任ある編集権を総括する会長にあるわけであります。制度上、放送局としての公共放送の編集権を持っているのは会長ただ一人であります」という原口議員の発言は、こうした言葉の危険な一人歩きを助長させる恐れのある曲解である。

 もっとも、「会長は、協会を代表し、経営委員会の定めるところに従い、その業務を総理する」(放送法第51条)という定めから言えば、NHKの会長は経営部門のみならず、番組制作部門も統括すると解されるから、会長に番組編集の大綱的方針の協議、決定に関与する権限が与えられていることは否定できない。
 しかし、そこで重要なことは、「関与」といっても会長個人の意見を番組制作に反映させることではなく、ここでも、放送法や国内番組基準(国際番組基準)、放送ガイドラインに沿った統括でなければならないということである。この点は、放送法の第1条3で、この法の目的を、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」と明記されていることからも明らかである。なぜなら、NHK会長が「放送に携わる者」のトップの地位にある以上、この条項で明記された職責、つまり、総体としての放送法を遵守して業務に当たる職責を負わされていることは明らかだからだ。

 百害あって一利なしの籾井会長
 ~辞任を求める切り札としての受信料凍結運動~

 だからこそ、NHK会長には放送法、その他関係法令、基準等の文言をただ、暗記して読み上げることができるというのではなく、放送法の趣旨を咀嚼し、運用する資質が求められるのである。
 この点で言うと、「(国際放送では)政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」という籾井氏の会長就任会見での発言は、「各国の利害が対立する問題については、一方に偏ることなく、関係国の主張や国情、背景などを公平かつ客観的に伝える」という「NHK放送ガイドライン」に明らかに反した意見である。
 また、4月の消費増税で不安を抱える高齢者を取り上げたニュース番組に対し、税率が上がって困ったというだけではニュースにならない、政府が検討している低所得者対策も伝えるべきだ、という籾井会長の理事会の場での発言は、上記のとおり放送法の定めと無縁な、籾井氏個人の意見を放送に反映させようとする言動に他ならず、コンプライアンス(法令遵守)の観点からも由々しい発言である。
 だからこそ、一日も早い籾井氏罷免、辞任が切望される。本人にその意思がさらさら、窺えない以上、NHKにとり、百害あって一利もない人物を辞任に追い込む草の根の視聴者の意見発信が求められている。

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