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元NHK職員・多菊和郎さんの受信料支払い停止行動(2)~制度の深い洞察と気骨ある行動に敬服して~

201499

受信料制度の破たんではなく設計どおりの機能
 
―――受信料支払い停止の広がりが意味すること――― 
 こうして日本の放送受信料制度は一見安定したかに見えた。しかし、20047月に明るみに出たNHK職員による巨額の番組制作費使い込み事件をきっかけに、多くの視聴者が受信料の支払い拒否や保留に転じたため、危機に直面した。受信料収入は2003年度には6,478億円であったのが2004年度は6,410億円、2005年度は6,024億円まで落ち込んだ。
 政府の規制改革・民間開放推進会議の議長(宮内義彦)はこうした事態を評して、「すでに受信料制度は破綻している」と述べたが(『産経新聞』20051218日)、多菊さんはこう切り返している。

 「受信料支払い拒否や留保の挙に出た視聴者の心理と論理は、かつて存在した『放送を受信するには受信料を納めることを要するものという社会常識、社会慣習』とは遠く隔たったものとなり、『民族がつくり上げた貴重な歴史的所産』は『過去の遺物』となりつつあることが今さらながら明確に示されたということである。」(206ページ)

 「少なからぬ受信者が、かつて臨放調答申が『密着』という言葉で期待したように、NHKを″自分たちの放送局“に近いものと感じており、公共放送の理念をそれぞれに理解し受け入れていたであろうと推測できる。しかしNHK側が十分に″視聴者に顔を向けた”放送局でなかったために、視聴者の″権利”のうちの『最後の手段』を行使した。その意味では、受信料制度は破綻したのではなく、設計どおりに機能したと言えよう。」(同上ページ。下線は醍醐の追加)
 
(注)「臨放調」とは「臨時放送関係法制調査会」のこと。19649
   に受信料を「NHKの維持運営のための「特殊な負担金」と解する答
   申を提出した。

「受信料の支払い停止」は視聴者に残された最後の抗弁の手段
  この一節にある「視聴者の権利のうちの『最後の手段』の行使」という指摘は、NHK問題に取り組んできた私の体験に照らしても至言である。目下、私が共同代表の1人になっている「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は他の市民団体と連携して籾井会長、百田尚樹・長谷川三千子の両経営委員の罷免または辞任を求める署名運動を進めるとともに、独自に籾井会長の罷免または辞任を求める受信料支払い凍結運動を呼びかけている。
 その過程で、NHK執行部や会長の任免権を持つ経営委員会に署名簿、質問書を提出してきた。しかし、これらを提出する際に面会したNHK視聴者部や経営委員会事務局によると、5万を超えた署名を提出しても提出先の経営委員会で協議はおろか、提出の事実さえ報告されていない。また、経営委員会に質問書を提出するにあたっては、「委員長の会見や委員会の議事録あるいは国会での答弁で把握できないことを質問するので、誠意ある回答を要望する」と書面でわざわざ断っているにもかかわらず、「一連の動きに関する経営委員会としての考え方につきましては、国会審議における〔経営委員長の〕答弁、ならびに経営委員会終了後の委員長ブリーフィングや議事録などにより公表させていただいております」という木で鼻をくくったような回答の「使い回し」が続いている。
   また、籾井会長も、1月の会長就任会見で妄言を連発したことを国会で質されると「あれは個人としての見解」とかわす一方、個人的見解と会長としての資質を質した経営委員に対しては「私は何か間違ったことをしたでしょうか」と開き直り、6月の期末手当を返上した理由を尋ねた報道関係者には「籾井、よくやったと書いてもらっていいんじゃないか」と悦に入る有様である。
 ここまで視聴者の声を無視されたら、視聴者にはいったい、どのような意見表明や抗弁の手段が残されているだろうか? ここまで来たら、NHKの運営財源のほぼすべてを拠出している視聴者としては、双務契約としての受信規約の法理(民法第533条で定められた「同時履行の抗弁権」)を準用した受信料支払いの一時的凍結を「最後の抗弁の手段」として行使する以外にないのである。 

受信料制度を維持していくうえで必要な「補強材」

 
受信料支払い拒否や保留の広がりを「受信料制度の崩壊」とみるのではなく、「受信料制度が設計どおりに機能したもの」と捉えるところに多菊さんの深い洞察を見て取れる。それは多菊さんの論説を貫く条理の帰結であると同時に、私が多菊さんの論説に敬服するゆえんでもある。
 しかし、受信料制度はこうした成り行きに委ねて安泰というわけでは決してない。多菊さんは次のような指摘で稿を結んでいる。

 「日本の放送受信料制度は、『特殊の便法』という出自に由来する脆弱性を内包しているが、その出発点から数えれば80年余り、臨放調の答申から数えても40年余りの間、基本的な仕組みは命脈を保ってきたのであるから、逆説的な言い方をすれば″強靭な″制度であるのかも知れない。ただしその強靭さは、いくつかの補強材との組み合わせによって維持されてきたのであり、今日における不可欠の補強材は、事業体に寄せられる受信者の信頼であり、右顧左眄せず公共放送の王道を歩む真摯で勇敢な経営姿勢であろう。」(207ページ。下線は醍醐の追加)

 まことに明快かつ的確な指摘である。多くの視聴者に一読を願うと同時に、それ以上に、籾井会長以下、今のNHKの全役職員に一読してほしいと願わずにはいられない指摘である。

 ただ、私には、多くの国民がNHKに対して様々な不満を持ちながらも、受信料の支払いに応じてきた背景には、社会慣習の力だけでなく、「公平な負担のお願い」を前面に押し出すNHKの受信料徴収方針が少なからず効いているように思える。

「公平なご負担のお願い」
 
―――NHKの受信料徴収の論理の両刃性―――
 NHKは、このブログの一つ前の記事で書いたように、「受信料をお支払いいただいている方との公平を図るため」という口上で支払いを督促するのが通例になっている。こういう言い方をされると、「粛々と」受信料を支払っている人たちは、理由はどうであれ、「不払いは不払い、許せない」という心情をかき立てられる。訳ありで受信料の支払いを停止している人たちも、そういう世間の「空気」に押されて、同じようにテレビを見ながら受信料を払わないことに何かしら「負い目」を感じ、支払い停止に踏み切るのを逡巡したり、支払いを停止している事実を公言するのを憚ったりしているのではないかと思われる。
 しかし、私はこうした「公平負担論」には重大な論理のすり替えと帰結の両刃性があると考えている。このうち、論理のすり替えについては一つ前の記事で書いた。ここでは、「公平負担論」の「帰結の両刃性」について考えたい。

 「公平負担論」は、上記のとおり、視聴者の間に広がる受信料支払いのモチべーションの低下が不払いへと発展するのを食い止める「抑止力」として機能していると考えられる。多菊さんの言葉を借用していえば、戦後長く日本の受信料制度の維持装置として機能してきた「テレビを見る以上、受信料を負担するのは当たり前」という社会常識を下支えする補強材としての役割といってもよい。この補強材は「社会慣習」としての義務意識と比べ、受信料支払い拒否を思いとどまらせる「内なる抑止力」としては弱い機能しか果たさないかに見える。
 けれども、NHKから見ると、「公平負担論」は、受信料義務制とか民事督促とかいった「強硬手段」に訴えることなく(視聴者と直接、法的に向き合うことなく)、「不合理を憂えるよりも等しからざるを憂える」国民感情に働きかけ、視聴者相互の牽制に委ねて受信料の収納実績を高める効果を持つ点では使い勝手のよい受信料徴収の論理ではある。
 しかし、徴収の論理が先立つ「公平負担論」は視聴者のNHKばなれを加速させ、公共放送の「理性あるサポーター」を失うという負の側面をはらむことを直視しなければならない。なぜなら、受信料の不払いも訳ありの「停止(凍結)」も一括りにした「公平負担論」は、「お隣が払っていないのになぜ自分だけ」という国民感情をかき立て、NHKの放送番組や経営のあり方への関心(批判や不満)からではなく、損得の次元で受信料の支払いの是非を考える視聴者を増やすことにならざるを得ないからである。

無関心を喜ぶ者は無関心のつけを負わされる
 
 番組に対してうるさくものを言う視聴者よりも「粛々と」受信料を払ってくれる視聴者、あるいは少々、クレームをつけても受信料となれば「国民の義務」と自分に言い聞かせて「真面目に」支払いをしてくれる視聴者の方がNHKにはありがたいのかもしれない。しかし、<無関心を喜ぶ者は無関心のつけを負わされることも確かである。
 戦後、NHKは幾度か、政治の介入や第三者を標榜した審議機関の市場競争万能論的な規制「改革」論によって、公共放送としての存立が危ぶまれる危機に直面してきた。前者の例としては「従軍慰安婦」問題を扱ったETV特集番組に対する政権幹部の介入などが挙げられる。後者の例としては、放送事業の民間開放をうたい文句にNHKの民営化を唱えた上記の「規制改革・民間開放推進会議」の答申などが挙げられる。
 しかし、こうした公共放送の存亡の危機を食い止めたのはNHK内部の良識ある人々の抵抗とともに、文化人、研究者、ジャーナリストらと連携した視聴者・国民の理性的なサポートにも依るものだった。「公平負担論」を錦の御旗にしたNHKの受信料拒否者対策は、こうしたNHKの国民的支持基盤を掘り崩し、多くの国民を公共放送の価値に対する無関心層に追いやる結果になる。
 多菊さんが指摘した、「事業体に寄せられる受信者の信頼」と「右顧左眄せず公共放送の王道を歩む真摯で勇敢な経営姿勢」こそ、今日における受信料制度の不可欠の補強材であるという指摘は、それこそが公共放送としてのNHKの存立の条件であると同時に、受信料拒否者解消策の王道でもあることを意味している。この
ことをNHKのすべての役職員は銘記する必要がある。(完)

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