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大企業に足りないは投資財源ではなく需要 ~法人税減税は中止すべき(3・完)~

20141125

わが国の大企業は再投資財源を事欠いているのか?
 このテーマの連載記事の1回目で記したように政府は、利益を上げている企業の再投資余力を増大させ、収益力改善に向けた企業の取り組みを後押しすること、を理由の一つに挙げて来年度から数年で国・地方を合わせた法人税の実効税率を現在の約35%から20%台まで引き下げる税制改正の検討を進めている(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014624日;政府税制調査会「法人税の改革について(案)」2014627日)。
 しかし、わが国では法人税率(基本税率)は1990年当時の37.5%からから現在の25.5%まで12%も引き下げられた。その上、なお、国、地方を合わせた実効税率を20%台まで引き下げなければならないほど、わが国企業は再投資(特に設備投資)の余力(原資)に事欠いているのかどうか、あるいはわが国企業には、より多くの原資を必要とするほど投資資金の需要があるのかどうかを確かめておきたい。

 次の表は2008年度末から2014年第1四半期(6月)末までの資本金1億円以上のわが国企業(全産業)の財政状況等の推移を示したものである。

    わが国企業の経営状況の推移(20082014.6年度/期)
 
         ~全産業・資本金1億円以上~
 
  
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyo_no_keieizyokyo_no_suii.pdf
  (財務省財務総合政策研究所調査統計部「法人企業統計調査」時系列
   データより作成)

 これを見ると、法人税率が段階的に引き下げられたこの6年間に有形固定資産は横ばいで、近年はわずかながらも2008年度の水準を下回っている。では財源に事欠いたからかというと、課税後の可処分利益を社内に留保した利益剰余金は51兆円増加し、2008年度対比でいうと約26%も増えている。この利益剰余金とは減価償却費に見合う内部留保資金などとともに、企業財務論でいうところの内部金融の主な源泉である。
 では、これほど潤沢な設備投資の財源があったにもかかわらず、それが設備投資に充てられなかったとなれば、どのように運用されてきたのだろうか?
 運用の累積実績からいうと、上の表にあるように資産側で顕著に増加したのは「投資その他の資産」(長期投資目的の有価証券や貸付金、子会社等への出資)で、この6年間の増加額、伸び率は利益剰余金のそれをやや上回る水準となっている。
 このほか、上の表では、原資料(「法人企業統計調査〕に金融・保険業を含む全産業ベースの該当データが収録されていないため、表記していない現金・預金残高の推移を、金融・保険業を除く全産業ベース(資本金1億円以上)で調べると、2008年度末現在で53.7兆円だったのが20143月末現在では70.3兆円へと16.6兆円増加している。

足りないのは財源ではなく需要
 このように見てくると、2008年度以降を見ても、わが国大企業には、法人税のさらなる引き下げで増やさなければならないほど、再投資余力(財源)が不足した状況は全くない。むしろ、逐次の法人税減税で増加した内部留保はほとんどが設備投資の純増には回されず、あるいは賃上げや雇用の拡大にも充てられず、大半は長期投資目的の有価証券や社外出資に充てられ、16兆円余も現金・預金が増加している状況なのである。
 これでどうして、再投資余力の増大を理由に法人税減税を実施する大義が成り立つのか? 欺瞞も甚だしい。
 設備投資が伸びないのは財源が足りないからではない。製・商品に対する需要が伸びない、見込めないためである。法人税率を引き下げ続けたにもかかわらず、わが国企業の生産の海外移転が止まるどころか、増加し続けるのは、前の記事で示したように、移転先の現地で日本国内よりも製品需要が見込まれるからだ。

的はずれの安倍首相、黒田日銀総裁の見識
 であれば、政府が打つべき政策は供給サイドの「稼ぐ力」を付けるための金融緩和や法人税減税ではなく、需要サイド(家計)の購買力を高める政策である。
 安倍首相は企業を強くすることが日本経済の成長を牽引し、それが家計にも恩恵を及ぼす好循環をもたらすという信念にとりつかれているようであるが、きわめて有害な「信念」である。
 日銀、特に黒田総裁は他の委員の異論・反対を押し切る形で、2%の物価上昇率の達成を自己目的かのように唱え、この目的達成のためには今後も追加的な金融緩和を実施すると公言しているが、的はずれも甚だしい。
 縮小した需要をどう底上げするかを省みず、物価上昇を善とみなす「デフレ脱却策」は賃金を上回る物価上昇の実態を一層悪化させ、消費税増税の影響も重なって、景気を低迷させる結果にしかならない。

 次の記事では、250兆円に上る大企業の留保利益をいかに活用すべきかについて考えたい。

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法人税負担率はすでに20%以下 ~法人税減税は中止すべき(2)~

20141123

 政府与党は目下、来年度から数年で国・地方を合わせた法人税の実効税率を現在の約35%から20%台まで引き下げる税制改正の検討を進めている。
 前回の記事では、その根拠の一つに挙げられている「日本の立地競争力の強化」が実態に照らして的外れであることを指摘した。
 しかし、そもそも論を言えば、法人税率引き下げの根拠の適否を議論する前に、わが国の法人税の実効税率の水準を把握する基準を明確にしておく必要がある。
 いうまでもなく、納税者にとっての税負担額は税率×課税ベース(課税対象額)で決まるのであって、税率だけで負担の軽重が測れるわけではない。そして、法人税負担率と言う場合、

 法人税の納税額
 ------------------
  課税対象額 

で測るのが常識である。
 ところが、過年度に欠損を計上した企業の場合、当期の課税対象額は欠損金の繰越控除制度によって過年度の欠損金で相殺された金額、さらにその他種々の所得控除分だけ圧縮されている。同様に、分子は租税特別措置による研究開発費の税額控除等を受けている医薬品業等では当該税額控除分だけ納税額が圧縮されている。
 そこで、これら諸控除を分母、分子に戻し加えた時の法人税負担率(これが企業の実質的な税負担率とみなされる)を財務省自身が示している。次の資料がそれである。

 実際の税負担率
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/zei_futanritu.pdf
 (財務省説明資料「法人税課税の在り方」2013122日より作成)

 これを見ると、2011年度の時点で全法人の平均税負担率は21.3%となっている。これは法人税の標準税率30%から欠損金の当期控除分として6%だけ圧縮され、さらに租税特別措置による税額控除の影響で0.8%だけ税負担が引き下げられたことなどによるものである。その結果、電気機械器具(18.2%)、輸送用機械器具(19.7%)は2011年度時点で、すでに実質的な税負担率は20%以下になっている。

 以上は2011年度時点の状況であるが、時系列でみるとどうか?
 次の棒グラフは利益計上法人の益金処分の内訳(百分比)を時系列で表わしたものである。用いた資料は2011年度分までは前記の財務省説明資料であるが、2012年度分は国税庁「会社標本調査」をもとに財務省が採用したのと同じ方法で筆者が計算したものである。

 利益計上法人の益金処分の内訳(推移)
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/ekikinshobun_uchiwake.pdf
 
 この場合の益金はおおむね、課税対象所得と一致するから、そのうちの法人税額の割合は上で示した毎年度の法人税の実質的な税負担率を表している。例えば、このグラフで示された2011年度の21.3%は前掲の表で示された2011年度の全法人の実質的な税負担率の平均値と一致している。
 このグラフから読み取れるポイントは、
 ①2000年度に法人税率が37.5%から34.5%に引き下げられて以降、税負担率が30%台から25%以下に急減する一方、社内留保の割合が40%台後半へ急増したこと、
 ②2012年度には税負担率が17.5%まで下がったこと、
である。
 つまり、全法人の平均値で見ると、わが国企業の実質的な法人税負担率は2012年度には30%を割り込むどころか、漸次の税率引き下げと種々の特別措置の適用によって、20%台を下回る水準まで下がっているのである。
 こうした実態を無視して税率だけに着目して法人税の税負担率がまだ下げ足りないかのような議論をするのは重大な錯誤と言わなければならない。
 さらに、わが国企業は過去20年間の法人税率の引き下げで増加した可処分利益を増配に充てる以外は内部留保に回してきたこと、これが次の記事で取り上げるわが国企業の留保利益の増加につながったことを確認しておく必要がある。
 加えていえば、政府の税率の高低に偏重した税制論議を鵜呑みにして報道するメディアに対しても、調査報道の貧困、それに起因する政府広報化に猛省を促さなければならない。

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法人税減税は中止すべき (1)

201411月19日

実態にもとづく検証が必要:引き下げの2つの理由
 政府与党は年末の法人税制改定にあたり、国と地方を合わせた法人税の実効税率の引き下げに向けた議論を進めている。具体的には来年度から数年で現在の34.6%を20%台まで引き下げるという。
 こうした法人税率引き下げの理由として政府は、①わが国の立地競争力を高め、わが国企業の国際競争力を強めること、②
利益を上げている企業の再投資余力を増大させ、収益力改善に向けた企業の取り組みを後押しすること、の二つを挙げている(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014624日;政府税制調査会「法人税の改革について(案)」2014627日)。しかし、これらが法人税を引き下げる根拠として正当かどうか、事実にもとづいて検証してみたい。
 なぜなら、わが国の国際的立地条件や企業の競争力が他の先進諸国と比べて劣後しているとしても、法人税率の高さがその主たる原因なのかどうか、さらに言えば、そもそもわが国の法人税率は国際比較で高いのかどうか、事実で検証しなければ議論を先へ進められないからである。
 また、わが国企業は法人税率を下げて財源をねん出しなければならないほど再投資余力に事欠いているのかどうかも事実による検証が必要である。

 法人税の高さが投資の阻害要因か?
 ――わが国企業の場合――
 わが国の法人税率が国際比較で高いかどうかを確かめる前に、そもそも、法人税の税負担の多寡が世界市場でのわが国の立地競争力のネックになっているのかどうかを検証しておきたい。
 ここで政府が言わんとするのは法人税率を引き下げることによってわが国企業の投資の海外逃避を抑制しようということである。では、実際に、わが国企業が海外投資を決定する際に税制(税率や税の優遇措置)をどの程度考慮しているのだろうか? この点を確かめるうえで参考になるのは経産省『海外事業活動基本調査』が実施した、わが国の海外進出企業の意識調査である。

わが国企業の海外投資決定のポイント(2011年度)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaitoushikettei_point_nipponkigyo.pdf

 これを見ると、わが国の多くの海外進出企業が海外投資を決定する際に重視しているのは「現地の製品需要」(73.3%)である。「他の日系企業の進出実績」(32.2%)、「進出先近隣諸国での製品需要」(26.4%)、「良質で安価な労働力の確保」(23.5%)がこれに続き、「税制融資等の優遇措置」を挙げた企業は複数回答可でも9.7%に過ぎない。ここから、税制のいかんは海外投資の是非を判断するポイントとしてはきわめて弱い要因であることがわかる。
 現に、わが国では1987(昭和62)年から1990(平成2)年にかけて法人税の基本税率が43.3%→42%→40%→37.5%へ段階的に引き下げられ、1998(平成10)年から1999(平成11)年にかけて37.5%→34.5%→30%へと引き下げられた。さらに、2011(平成23)年の税制改正では30%から25.5%へと引き下げられた。その結果、国、地方を合わせた法人実効税率は40.69%から35.64%へと下がった。
 では、この間のわが国企業の海外生産比率はどのように推移したか?

 わが国企業の海外生産比率の推移
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaiseisannhiritu.pdf

 これを見ると、海外生産比率は、国内全法人ベースでは1990年から2011年にかけて、法人税基本税率は37.5%から30%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は下がるどころか、6.0%から18.0%へと3倍に上昇している。
 海外に事業展開している製造業の場合も、1990年から2013年にかけて法人税基本税率は37.5%から25.5%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は13.7%から34.6%へと約2.5倍に上昇している。
 国内生産か海外生産かの意思決定はさまざまな要因の合成作用で決まるとはいえ、上のデータを見る限り、法人税率の大幅な引き下げはわが国企業を国内生産に回帰させたり、海外生産を抑制したりする効果は全く果たしていないことがわかる。

法人税の高さが投資の阻害要因か?
 
 ――海外企業の場合――
 
 次に、海外企業から見て、法人税率の高低が、どの程度、わが国への投資の決定要因として作用しているかを確かめてみたい。
 次の表は海外の企業が日本のビジネスの「強み」と「弱み」をどのようにとらえているかを調査したものである。

 海外企業から見た日本のビジネス環境の「強み」と「弱み」
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nippon_no_bisineskankyo.pdf


これを見ると「強み」として挙げたトップ(約40%の企業)は「市場の大きさ」であり、「社会の安定性」、「高度人材の獲得」などが続いている。他方、「弱み」のトップは「事業活動コスト」で、「英語でのコミュニケーション」、市場としての成長性」がこれに続いている。注目すべきは「税制・規制の透明性」が「強み」の12位、「弱み」の9位にとどまっていることである。しかも、これは「税制・規制の透明性」であって「法人税率の水準」だけを指すものではない。このように考えると、もともと法人税率の高低は海外からの対日投資を左右する要因としては有意なものとはみなされておらず、法人税率の引き下げで対日投資を呼び込むという政策判断が実態とマッチしたものとはいえないことがわかる。
 また、対日直接投資の推移を示した次のグラフを見ると、わが国への直接投資(ネット)は法人税率が37.5%から段階的に25.5%まで引き下げられた1996年から2006年にかけて「流入」が上昇し続けている。これだけを見ると法人税率の引き下げの海外資本誘因効果であるかのように見える。しかし、同じ期間中、「流出」も上昇し、ネットではマイナス(資本の引揚げ)となっている。
 同様に、20062007年にかけて「流入」が「流出」を上回る規模で急騰し、ネットでもプラスになっている。そこから、2005年になされた法人税率の引き下げ(34.5%→30%)の効果とみなされるかも知れない。しかし、その後、2011年まで法人税率(基本税率)は30%台のままだったにもかかわらず、20082009年にかけて「流入」が「流出」を上回る勢いで急落し、ネットではマイナスとなっている。

 対日直接投資の実績の推移
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tainai_chokusetutoshi_no_suii.pdf

 このことは、法人税率の引き下げが対日直接投資にほとんど影響を及ぼしていないか、影響を及ぼしているとしても一律に一定の方向に(「流出」の抑制、「流入」の誘引)及ぼすものではないことを示している。

 以上見てきた事実からすると、わが国の立地競争力という観点からみて法人税率の水準はわが国の立地競争力と無関係か、他の要因との対比で微々たる影響しか及ぼしていないといえる。よって、わが国の立地競争力の向上のためとして法人税率を引き下げるのは的外れな政策と言って間違いない。

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