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本土の有権者・政党はオール沖縄の選挙態勢から何を学ぶべきか(2)

20141214

沖縄の特殊事情?
 今日、投票日となった衆議院総選挙。翁長知事、城間那覇市長を誕生させたオール沖縄が14区で擁立した共同候補が全員当選を目指して運動を続けてきた。全員当選が実現すると自民党は沖縄の小選挙区では議席ゼロという厳しい審判を突きつけられることになる。
 しかし、どの報道機関の世論調査も、本土では自民単独で300議席を超え、自公あわせて3分の2に迫る勢いと伝えている。まだ、態度を決めていない有権者が少なくないことから、なお流動的な要素もあるが、こうした議席予想が広がるなか、この先、本土の政党、有権者には選挙後の諸課題(集団的自衛権、原発再稼働、秘密保護法、消費税増税、TPP、社会保障や税制改革など)の取り組み、さらには来年以降の地方選挙、総選挙に向けてどのような対応が求められるのか、熟慮を迫られている。

 先日、労働組合の某ナショナルセンターの幹部に「オール沖縄の選挙態勢を本土も教訓にすべきでは」と話しかけると、即座に「沖縄の特殊事情ですよ」という答えが返ってきた。そう言って済ませてよいのか?
 確かに沖縄で知事選、那覇市長選に続いて国政選挙でも保革を超えたオール沖縄の共同候補を擁立するに至った背景には、普天間基地の危険除去、辺野古での新基地建設をめぐって自民党が分裂し、保革を超えた県下の自治体首長の賛同で新基地建設反対、沖縄の自治権貫徹を謳った建白書が採択されたという新しい状況があった。「保守は保守でも私は沖縄の保守」と語る翁長知事の言葉は沖縄の自民党に重大な地殻変動が起こった証しである。
 他方、本土の自民党には目下のところ、そうした地殻変動の兆しはない。だから、本土では保革を超えた護憲、脱原発、反TPP、企業優遇から国民生活第一等を掲げる共同行動を生み出す可能性は見えてこない。その限りでは、沖縄の経験をただちに本土でも、といっても現実味が乏しいのは確かだ。

自党の伸長を目指すだけでよいのか

 では、本土ではどうすればよいのか?「多弱」と称される野党内の再編、第三極の結成という政党間の合従連衡は、マスコミに話題を提供はしたが、結局は、議会政治に健全な緊張感を生む保革伯仲ではなく、野党内に政権すり寄り競争、自民党補完勢力を再生産させるだけだった。そういう帰結を省みることなく、野党再編論を繰り返したのでは有権者の政治不信を増幅させるだけである。
 では、自民党の悪政からの転換を願う国民は、強弱はあれ、自分が支持する政党の勢力拡張を期待するほかないのか? あるいは自分が支持する政党の伸長を支援する行動に努めるだけでよいのか?
 どの党も立党の目標、自らが掲げる政策の実現を可能にするよう党勢拡大に腐心するのは当然である。また、有権者としては、自分が支持する政党の伸長を支援するのは政治的自由、参政権行使の一環である。問題は有権者にしても政党にしても、それだけでよいのかということである。
 1つ前の記事で紹介したように、今の自民党一強体制のもとで、与野党伯仲を期待する国民が全体の過半を占めている。重要な政策課題ごとの民意をみても、安倍政権が目指す政治の方向には過半に近い国民が不支持を表明している。その意味では政治の転換を求める民意は間違いなく本土にも存在している。要はその受け皿となるべき政治勢力がいっこうに現れないということである。
 多くの国民は、自民党政権との違いが見えない政権交代や第三極には辟易としている。今回の衆院選ではこれらの野党勢力と一線を画し、自共対決を前面に押し出す日本共産党が議席倍増の勢いと予想されている。同党の長年にわたるぶれない主張と政策が次第に評価されてきた証しと思われる。
 しかし、その共産党にしても、予想通りに議席を倍増したとしても、自公両党で3分の2の議席を確保するという予想が行きかう中での倍増である。大勢としては自公両党の支持基盤に食い込む議席増ではなく、民主党や第三極に失望し、漂流した票、党の存立が危ぶまれる野党から離れた有権者を取り込んだ結果と見るのが正解だろう。

 選挙後に予想される衆議院の議席分布から見ても、政策面で自民党と対峙する野党とはいえない政党を除くすべての野党が連合したとしても、自公政権と伯仲する勢力とはなり得ない。
 このような政治状況のもとで「自党が伸びることが自民党政治の転換につながる」と訴えるだけでよいのか? そのような訴えが果たして与野党伯仲を期待する有権者の願いに沿うリアリティを持つのか? 今、野党各党はもちろん、政治の革新を求める有権者が熟慮すべきはこの点である。  

注目すべきは「支持する政党なし」層の動向

しかし、自民党あるいは自公政権と拮抗する、あるいはそれに代わる新しい政治勢力と言っても、言うは易く、どのようにそれを組織していくのか? こんな大それた問題に一介の市民が何を言っても空しいで済ませたのでは、今の政党政治に失望して選挙を棄権するのと大差ない。むしろ、近頃、私は「棄権は白紙委任に等しい」という呼びかけにも虚しさを感じる。そう言うなら、ただ、黙々と1票を投じるだけでなく、意味のある一票を投じる対象(受け皿)を作る努力をすることこそ重要ではないか? では、言うところの受け皿とは何か、それをどう作るのか?
 選挙後も続くと予想される自民一強、多弱野党の議会状況の下で、個別の重要課題に示された民意を政治に反映させるとともに、次の総選挙、地方選挙で一強多弱の議会状況そのものを変えるには、多弱の野党の共同を呼びかけるだけでは力不足なことは明らかである。

 ここで着目すべきは、「支持する政党なし」層である。
 この層の割合は各種世論調査でかなりバラツキがみられる(以下、カッコ内は調査時点)。もっとも低いのはNHKの調査で26.3%(1257日)、もっとも高いのは『時事通信』の調査で56.8%(1258日)。2倍以上の開きがあるのは腑に落ちないが、『毎日新聞』(12910日)30.0%、『朝日新聞』(12月6~9日)38%となっている。このような調査結果を要約すると、有権者の30%台が支持する政党なし層と考えられる。その割合は最高の自民党支持率(これも各種調査によってバラツキがあるが、2538%の範囲に収まっている)に匹敵する大きさである。しかも、この層が選挙にあたって1票を投じるか、棄権するか、選挙外の日常生活において焦眉の政治テーマに沈黙するのか、声を上げるのか、どのような主張に共鳴するのかは、今後の民意の趨勢に大きな影響を及ぼす。
 しかも、一つ前の記事で紹介したように、安倍政権が進めようとする憲法「改正」、集団的自衛権の行使容認、原発再稼働、特定秘密保護法の施行、消費税増税、企業優遇に傾斜した税制改革等に関して、おおむね過半の有権者が不支持を表明している。ということは、「支持する政党なし」層の中に、反安倍政権あるいは非安倍政権の民意が潜在していることを意味している。今、求められるのはそうした民意を顕在化させ、国政に反映させる現実的な受け皿を誕生させることである。


有権者が主役となって反自民の大同結集を
 
このように考えると、野党各党が「わが党の伸長こそ政治をよくする」という自党中軸主義を固持する(各政党が自党の綱領、主張の実現を可能にする議席の獲得を目指して日常の政治活動や選挙活動を行うこと自体は当然であるが)だけでは足りないのは明らかである。なぜなら、今回の衆院選挙後も強まりこそすれ、弱まる可能性が低い自民1強の議会状況のもとでは、野党の政党間組み合わせを追求したり、特定の政党が議席を増加させたりするだけでは、自民党政治にストップをかけ、悪政の転換を図るのに力不足なことは明白だからである。
 こうした議会状況ならびに各野党が自党中軸主義を固持する状況においては、可能性のある小選挙区での無所属の統一候補の擁立も含め、反自民の大同結集を実現するには有権者が主役となって政治勢力の結集を図る以外に道はない。

 私が京都で過ごした大学生時代、大学院生時代は地域によって時期的な前後はあるが、蜷川京都府政、美濃部東京都政、黒田大阪府政、飛鳥田横浜市政など革新自治体が大都市に誕生した時期だった。今、思い起こしたいのは、こうした革新自治体を誕生させた原動力は政党間の組み合わせでいえば、社会党、共産党の統一行動だったが、それを可能にしたのは両党関係者の努力もさることながら、文化人、研究者、労働組合、医療、法曹、消費者など各界の市民・有権者団体が主役になって選挙母体を結成したことだった。社共両党の統一もこうした市民・有権者の媒介があって初めて実現したと言っても過言ではない。当時も政党間の協議だけに委ねていたら、革新自治体を誕生させた選挙母体も革新自治体を実現させた有権者のエネルギーも生まれなかったと思われる。
 翁長知事、城間幹子那覇市長を誕生させた沖縄の政治状況もこれに似ている。保守か革新かという従来の支持政党の違いを超えた各界の市民団体や財界人が主役になった「ひやみかち うまんちゅの会」が接着剤になり、主役になって候補者選考・一本化を協議したからこそ、国政選挙でも4つの小選挙区すべてで共同候補を擁立できたのである。政党間の協議だけに委ねられていたら、そのような結果を生み出すのは極めて困難だったと思われる。

 これとの対比でいうと現在(の本土で)は、選挙母体というと、多くの場合、政党が主役で、労組など各界の団体は政党の動き待ち、政党の呼びかけに呼応するという受け身の姿が大勢と思える。こうした傾向は、もともと、政治的に自由な立場で発言し、それを通じて世論に影響を及ぼすことが期待される文化人、知識人にも見受けられる。政治的「中立」の殻に籠って沈黙を守るか、さもなければ、特定の政党支持を打ち出す文化人や研究者が散見される。どのような職域にいようとも、自らの見識に従って政治的見解を表明するのは、保身のために沈黙を守るよりも、はるかに真摯な態度である。しかし、それだけでよいのか?

 自民党支持者ならともかく、そうでない有権者や各界の団体には、自分がどの党を支持するかは別に、自分が第一義的には支持しない政党、意見に隔たりがある有権者や団体であっても、目下の喫緊の課題―ー―憲法改悪を阻止し、憲法を生活の様々な局目に活かす課題、集団的自衛権の法制化を阻止する課題、原発再稼働を阻止し、原発に依存しない社会を目指す課題、特定秘密保護法による知る権利の侵害を排除し、同法の廃案を目指す課題等―――での共同を追求し、共同の輪を広げ、組織化するために、政党の動き待ちではなく、政党の呼びかけに受け身的に応えるだけもなく、自らが政治の主人公らしく、望ましい政治勢力の結成のために何をなすべきかを主体的に熟慮し、行動を起こすことが求められる。

 こうした行動は、節度を保ちさえすれば、自分が支持する政党の伸長のために行動することと二者択一ではなく、両立するはずである。そのために強く求められるのは「異なる意見と真摯に向き合い、対話する理性」である。ここでは、気心の知れた仲間の間でしか通用しない「身内言葉」、「われこそ正論」と構える独善的な態度は最悪の風潮である。

 こうした理性、謙虚な資質は個々の有権者や市民団体に求められるだけではなく、政党にも強く求められる。特定の政党をゆえなく忌避する反理性的な先入観はもとより、自党に向けられた市民からの意見・批判に対し、自党の見解と相容れない部分があるというだけで、そうした意見を政党活動への「介入・干渉」と断じて対話を拒否する姿勢は、異なる意見に真摯に向き合う理性の欠如、政党を市民の上に置くに等しい不遜な態度である。

 こうした障害を乗り越えて自民党政治に代わる、憲法を内政・外交、国民生活のすみずみに活かす政治を実現するためには、政党の動き待ちではなく、各自がどの党を支持するかの枠を超えて、有権者が主役になって、反自民の有権者、政党の共同を促し、共同の質を高める運動を起こすことが肝心である。それによって、「支持する政党なし」層も参加する政治勢力の結成を図る展望も開けてくるだろう。

本土で既存の保革の枠を超えた政治勢力を誕生させる道筋
 また、そのような政治状況を生み出すことができれば、沖縄の場合と契機の違いはあっても、本土でも自民党支持層(特にその中で相当数を占めていると思われる消極的支持層)の間にも、自民一強体制への反省が生まれ、自民党政治に代わる保革の枠を超えた新しい政治勢力が誕生する可能性が開けるだろう。

 例えば、従来、自民党の支持基盤とみされてきた農業関係者の間では自民党が先の総選挙の公約を覆してTPP交渉への参加に踏み切り、前のめりの合意にのめり込もうとしている現実に直面して、農業の未来、食料主権への責任を放棄した自民党政治への批判、反発が全国的に広がっている。それでも農業団体の政治連盟である農政連は、かなりの都道府県で今回の
衆院選にあたって地元の小選挙区に立候補した自民党候補の推薦を決定した。しかし、幾つかの地域では自主投票を決定している。また、自民党候補支持を決定した地域の農家の間では自民党の農政への反発が根強く、農政連の決定に応じた投票行動になるのかどうか不確定と見られている。それだけに、自民党政権が安定的基盤を失い、目下の農協改革に対する「重石」が揺らげば、農業関係者の間でも自民党離れがより顕在化する可能性がある。

最後に
 保革の枠を超えた政治勢力の誕生を沖縄の特殊事情と言って済ませてはならない。本土でも、要因、契機は違っても、既存の保革の枠を超える政治勢力を誕生させる有権者主役の対話と行動が望まれる。繰り返しになるが、そのために各界の団体、個人に強く訴えたいのは、自らが支持したり、親密な関係を保ったりする政党との協力、共同だけでは足りないということである。そうした、いうなれば「縦割り」の政治的活動を超えた大同小異、さらには、特定の大異(例えば、消費税増税の「中止」か「凍結」かなど。私見は「延期」でも「凍結」でもなく「中止」だが。)を保留してでも、多くの国民の支持が得られると考えられる重要課題(企業優遇税制の見直し、1年半後の消費税増税をひとまず見送り、それまでの間に、消費税増税に選択肢を限定しない財源の共同提案を市民代表も交えた場で協議するなど)で大同する政治勢力の結成を図ることを強く訴えたい。

20 摩文仁の丘の最南端の高台から。眼下に牛島司令官の自決の地(壕跡)が見える。2014年11月13日撮影

20_2「さとうきび畑」の歌碑(読谷村) 2014年11月12日撮影







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