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死刑存廃の世論調査はどう設計されるべきか

2015131

今回は主体的解釈にもとづく報道も見られた
 前回(20123月)の死刑存廃の世論調査に関するメディアの報道は、内閣府が発表した主質問に対する結果をそのまま受け止め、「85.6%が死刑容認」をメインの見出しにした横並び報道だった。
 それに対し、今回は新たに「終身刑(仮釈放のない無期懲役刑)を導入した場合の死刑制度の存廃」が質問事項(注)に追加されたこともあって、メディアの報道にはバラツキが生まれた。
 (注)この質問に対する回答結果は次のとおりだった。
    死刑を廃止する方がよい (37.7%)
    死刑を廃止した方がよい (51.5%)
    わからない・一概にいえない (10.8%)

 「読売新聞」、「朝日新聞」、「毎日新聞」はそれぞれ「死刑『容認』、高水準を維持」、「死刑制度を容認80%」、「死刑制度 容認8割」という見出しを付け、主質問に対する回答結果に重きを置いた記事を掲載した(いずれも125日朝刊)。
 これに対して、NHK124日のニュースで「『終身刑導入でも死刑存続』は半数」という見出し(字幕)を付けて、「現状での死刑制度の存続は80%の人が容認する一方、仮に終身刑を導入した場合でも死刑は存続した方がよいと考える人は51%にとどまりました」と伝えた。「東京新聞」(125日朝刊)も、「死刑容認 微減80%」という小見出しを添えた上で、「終身刑導入なら『存続』は51%」という文言を主たる見出しにした記事を掲載した。
 ただし、「朝日新聞」は記事の最後の部分で終身刑を導入した場合は、「死刑容認の割合が大きく減る一方で、半数以上は「終身刑は死刑の代わりにならない」と答え、意見が割れた状況も伝えた。「毎日新聞」も「終身刑を導入した場合の死刑容認派は半数程度にまで減るとの結果も今回初めて出た」というコメントも付け加えた。

 死刑を廃止したイギリス、ドイツ、フランスで死刑廃止後の最高刑として、各国それぞれに適用緩和の条件を付けて、終身刑を採用している事実を参照すると、終身刑を導入した上での死刑廃止に関する賛否を問う意味は十分あると思われる。
 しかし、「死刑の存続か」、「最高刑として終身刑の導入による死刑の廃止か」という枠組みに収斂させて死刑存廃の世論調査なり国民的議論なりを進めるのはなお早計と思える。
 その前に、死刑存廃(特に廃止)の時間軸を明確にした世論の趨勢を見極めることが重要と思える。

死刑制度の存廃を問題にする時間軸
 政府が行った死刑存廃の世論調査の結果に関し、「当面は存続、将来、状況が変われば廃止してもよい」という回答を政府解釈のように「死刑存続」に含めるべきか、「死刑廃止」に含めるべきかの判断を難しくするのは、一連の質問の設計の仕方に問題があるためと思われる。
 というのも、冒頭の主質問で死刑の存廃に関する回答を求めた後で、「即時廃止か」、「漸進的廃止か」、あるいは「将来も存続か」、「状況が変われば、将来的には廃止してもよいか」を選ぶ質問が設けられたところからすると、「死刑制度の存廃」を問う主質問は暗黙裡に将来はともかく、「当面は存続か」、「ただちに廃止か」を問う趣旨だったと解される。そのうえで、「当面は存続」と答えた人に「将来的にはどうか」、「状況が変化した場合はどうか」を問う質問形式と受け取れるのである。
 質問の趣旨がそうなら、その趣旨が調査対象者に明瞭に伝わるよう、質問の文言を工夫する必要がある。また、質問の形式がこのように段階的なものだとしたら、「当面の存廃」を問うた主質問への回答結果が、その後のサブ・クエションと切り離して、一人歩きすることがないような広報や報道のあり方が求められる。 
 なぜなら、死刑制度について日頃から特定の強い主義・信念を持ち合わせている人は別として、死刑制度に疑問を感じている国民の間でも、「即時廃止に賛成か」と問われるとためらいを感じ、十分な国民的議論を経て(段階的に)廃止といった意見を選好する国民も少なくないと予想されるからである。

 実際、法務省が「死刑制度に関する世論調査についての検討会」第1回会議(2014828日開催)に提出した「死刑廃止国における死刑廃止に至る経緯等について」という標題の資料によると、イギリス、フランスにおける死刑廃止までの経緯は次のとおりである。

イギリス
 1957年以前 謀殺罪には死刑を絶対刑として適用
 1957年 犯情の重い謀殺犯、以前に別の謀殺で有罪判決を受けた者には死
      刑を適用し、これらに該当しない謀殺には終身刑を適用するとの
      法律を施行
 1965年 5年間の死刑停止を定めた法律が成立
 1969年 1965年制定の死刑停止法を恒久的なものとする動議が可決さ
                れ、謀殺罪が全廃される。
 1998年 反逆罪、暴力を用いた海賊行為罪の死刑および軍法犯罪の死刑廃
      止(死刑全廃)

 つまり、死刑制度をめぐる議論が立法府で議論され始めた1957年から起算すると死刑全廃まで41年を要し、その間、謀殺罪など犯罪の類型ごとに死刑の適用が段階的に停止・廃止されてきたのである。
 また、イギリスでは、その間、下院議会ではたびたび(直近では1994年死刑復活の是非を問う投票が行われたが、いずれも復活反対票が賛成票を上回った。
 死刑廃止後の最高刑は無期刑とされ、裁判所は無期刑を言い渡す場合、犯罪が極めて重大な場合は最低拘禁期間を「終身」とする(終身刑)ことも可能とされている。

フランス
 1970年代に相次いで発生した凶悪殺傷事件およびその被告に対する判決な
      どが国民の間にも死刑の存廃をめぐる議論を喚起
 1977年 この年に死刑が執行されたのをきっかけにバダンテール弁護士を
      中心とする死刑廃止派が死刑の廃止に向けた運動を強力に展開、
      数回にわたって死刑廃止法案が提出されたが、いずれも可決に至
      らなかった。
 1981年 死刑の存廃が争点の一つになった大統領選挙で死刑廃止法 案の
                提出を公約に掲げたミッテラン候補(社会党)が勝利 
 同年6月 司法大臣に就任したバダンテールは死刑廃止法案を国民議会に提
      出、可決・成立し、同年1010日から施行
 
その後、2007年までに死刑復活を規定した法律案が約30回国会に提出され
 たが、いずれも否決または採決見送り。
 2007年 死刑禁止規定を創設した憲法改正。これにより死刑復活の議論終
      結 

 
このようにイギリスでは死刑存廃の議論が始まってから死刑廃止に至るまで41年を要した。フランスでも死刑存廃の議論が起こってから死刑廃止が確定するまで37年が経過した。
 わが国でも、かりに死刑廃止の是非に関する議論を起こすとしても、立法的結論に至るまでには死刑をめぐるそもそも論や効用(犯罪抑止力)などについて、国民的な議論、国会での審議、専門家の間での国際的な刑法制度の比較研究などに長い年月を要することは間違いない。

死刑の存廃に関する世論調査の設計私案
 であれば、今の時点での死刑の存廃に関する世論調査は、死刑制度存廃をめぐる論議の長期的な展望に立って、次のように設計されるべきではないか。

 主質問 1 死刑の存廃をめぐる今後の議論の進め方について
   A. 死刑存続を基本にして議論を進めていくのがよい
   B. 死刑廃止を基本にして議論を進めていくのがよい
 
      C. わからない、一概に言えない。
 
主質問 2 死刑の存廃が定まるまでの間の制度の運用・見直しについて
   D. 現在の死刑制度に則り、対処していく
   E. 存廃の議論が定まるまで、死刑を停止する
   F. わからない、一概に言えない
 サブ質問1 (A, Bどちらを選んだかを問わず、すべての対象者に)
  今後、死刑の犯罪抑止力に関する評価が変わるなど、死刑をめぐる状況
      が変わった場合
   D. 議論の基本的方向性を見直す
   E. 議論の基本的方向性を見直す必要はない
     F. わからない、一概に言えない
 サブ質問2 (Aを選んだ回答者に対して) 
 
終身刑を導入した場合の死刑制度の存廃について
   G. 死刑を存続させる
   H. 死刑を廃止する
   I.  わからない、一概に言えない

 上川法務大臣は、さる127日の記者会見で内閣府が実施した死刑制度に関する今回の世論調査の結果について、死刑について「肯定的な結果が示された」、「慎重かつ厳正に対処していく」と述べつつ、死刑制度を維持し、刑を執行していく考えを示した(「朝日新聞」2015128日)
 現職の法務大臣として現行制度に則って死刑を施行していくのは当然と言えば当然であるが、刑の執行については大臣の判断が介在してきたことは周知のところである。そして、その判断にあたって、死刑をめぐる国内世論(冤罪の確定、それが死刑制度や死刑執行に及ぼす世論の動向なども含む)や死刑制度をめぐる国際的な議論の動向が斟酌されるのも当然だろう。
 その意味で、内閣府が行う(質問形式は法務省が作成)世論調査の回答結果は慎重に解釈される必要があると同時に、質問形式の適否にまで及ぶ十分な検討が必要である。


 

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