大学教員の会、TPP「妥結」に抗議する緊急声明を発表
2015年10月10日
米国・アトランタで開催されたTPP交渉会合に参加した12か国の閣僚は、10月5日午前(日本時間5日夕刻)から開催された全体会議を終えて交渉は「妥結に達した」と発表した。
これを受けて、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」(以下、「大学教員の会」)は10月9日、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の「妥結」に抗議する緊急声明」を取りまとめ、同日、発表した。その全文は次のとおりである。
「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の『妥結』に抗議する緊急声明」
(2015年10月9日 TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/TPPdaketu_kogiseimei_20151009.pdf
以下、この声明の骨子を掲載しておきたい(小見出しは筆者が追加したもの)。
声明は今回の「妥結」がはらむ大きな問題を3つに要約している。
全容示さぬまま「妥結」が独り歩き
【1】日本政府も日本の大手マスメディアもそろって「大筋合意」と喧伝しているが、果たしてどこまで具体的に「合意」した上での「妥結」なのか極めて不透明だということ。
具体的に言うと、「閣僚声明」は、「合意の結果を公式化するには完成版協定テキストを準備するための技術的作業を継続しなければならない」としており、協定本体すらできあがっていないことを公言している。また12ヵ国による『協定の概要』では,全体がほとんど具体性を欠くだけでなく、投資の市場開放,サービス貿易の市場開放、政府調達、国有企業規律といった、日本をはじめ各国の市民生活や国家主権にもとづく政策・規制実行にかかわる重大な事項に関する例外のリストや適用範囲が、いずれも「附属書に記される」とされたままで、明らかにされていない。
これでは、今回の「妥結」なるものが、主要交渉国の政治日程(米国大統領選挙、カナダ総選挙、トルコでの主要20ヵ国閣僚会合、日本政府内閣改造など)への帳尻合わせと、「この機会を逃せば妥結まで年単位の時間がかかる」「その間に交渉各国での反対の世論や運動が高まってしまう」という危機感から、「妥結」という形式を既成事実化してしまうための「演出」なのではないかという疑念さえ否定できない。
国会決議、自民公約違反のオンパレード
【2】日本政府が即日発表した説明文書、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」と「TPP交渉参加国との交換文書一覧」(内閣官房TPP政府対策本部)によると、衆参両院農林水産委員会決議(2013年4月18日・19日)や自民党外交経済連携調査会決議(2013年2月27日。2012年12月総選挙公約の再確認・具体化)との関係で以下のような重大な問題がある。
第1は、妥結内容が、「米,麦,牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目を、(関税交渉の)除外又は再協議の対象とする」とした国会決議・自民党決議に違反しているということである。例えば、
①米はミニマムアクセスの他に米国とオーストラリア向けに当初5.6万トンから13年目以降は7.84万トンの追加輸入枠を供与し、ミニマムアクセス枠の内部でも6万トンを実際上米国向けとし,さらに調整品・加工品は関税撤廃ないし削減した。
②麦もWTOで約束したカレントアクセスの他に、米国、オーストラリア、カナダ向けに小麦で当初19.2万トンから7年目以降25.3万トン、大麦で当初2.5万トンから9年目以降6.5万トンの輸入枠(SBS方式)を供与し、さらにこれら国家貿易分全体に対する関税にあたるマークアップを9年間で45%削減するとした。
③牛肉は自民党自身が「これ以上は譲れないレッドライン」と公言していた日豪EPAでの最終関税19.5~23.5%を大幅に下回る9%まで削減し、20年目以降はセーフガードさえ実質的に廃止する道を開いた。
④豚肉も従価税4.3%を10年間で廃止するとともに、もっとも重要な,安価品の国境措置となってきた従量税482円/kgを当初125円とした上で、10年間で50円まで引き下げ、さらにセーフガードも12年目には廃止とした。その結果、牛肉・豚肉については限りなく関税撤廃でセーフガードもないというところまで市場を開放する内容となった。
さらに乳製品でも特別輸入枠を設定して拡大するというように、国会決議・自民党決議への「違反」がオンパレードの状況になった。
さらに「重要品目」以外でも,輸入の伸びている林産物(合板・製材)を16年間で関税撤廃、あじ、さば、さけ・ます、ぶり、するめいか等の水産物でも11~16年で関税撤廃というように、農林水産物分野全般で、とめどない譲歩を差し出した。
利益相反抱えるISDS仲裁人
第2に、市民生活にとって懸念材料である食の安全・安心、自動車等の安全基準、環境基準、国民皆保険、公的薬価制度の仕組みの維持、濫訴防止策等を含まないISDS(投資家国家間紛争条項は合意しないといった点を担保する具体的措置がなんら示されていないということである。例えば、ISDSの「濫訴抑制」を誇示するために、政府は「全事案の判断内容等を原則公開とする」「外国投資家による申立期間を制限する」という規定が入っていることを強調しているが、これらが「濫訴抑制」、まして「濫訴防止」の歯止めになる保証は何ら担保されていない。
それどころか、仲裁廷では、多国籍企業のコンサルタントや顧問弁護士を日常業務とする世界でひとにぎりの法律事務所・法律家が、投資家、国家、仲裁人を入れ替わり立ち替わり務めている実態があり、そこには謂わば「ISDSビジネス」が成立している。これでは多くの仲裁人は「利益相反」の立場にあるといえる。
内容不詳の「合意」
また、「TPP交渉参加国との交換文書一覧」には,「医薬品及び医療機器に関する手続きの透明性・公正性に関する附属書」「自動車の非関税措置」「自動車の基準」など、TPP協定本体とは一応別ではあるが、私たちの市民生活に重大な影響を及ぼしうる日米間協議事項が多数あげられながら、「(※全て関係国と調整中)」として「合意」されていないか、あるいは「合意」されているのに概要すら公表されていないものが山積している。
このような、国会決議や自民党決議にもある重要事項についての重大な懸念が「全て調整中」などとしたままの「妥結」は、はたして「合意」「妥結」といえるのか、深い疑義を持たざるを得ない。
国民主権、国会の審議権を蹂躙した国内承認スケジュール
【3】この「妥結」が「大筋合意」だと既成事実化されてその後のプロセスが米日両政府などの思惑どおりに進められるなら、そこでは国民、そしてその代表として協定「承認」の是非を議論すべき国会(国会議員)に対して、協定(協定本体、譲許表、附属書、附属書簡、交換文書などを合わせると数千ページになるとされている)をまともに知り、理解し、精査し、議論し、そして判断する機会を奪う、つまり国民の知る権利、国民主権、国権の最高機関たる国会権限をいずれも蹂躙するという重大問題がある。
日本政府は2016年1月招集の通常国会にTPP協定承認案を上程して審議・可決し、すかさず「TPP対策予算」を組んで重大な被害が及ぶ農業等の分野に対する何らかの「手当」を済ませた上で、7月の参議院選挙に臨もうとしている。しかしこのような党利党略的スケジュールでは、日本の国民も国会議員も、2016年1月招集の通常国会に上程されるまで、TPP協定について公式の情報を知ることができなくなってしまう。限られた期間内に、国民が,そして国会議員が膨大なTPP協定の全貌について認知し、理解し、精査し、その上で是非を判断することなど事実上不可能と言わざるを得ない。つまり政府・与党が政権延命のために「大筋合意」~「署名」~「承認案通常国会上程・審議・可決」というスケジュールを描いているとすれば、それは国民の知る権利、国民主権、議会制民主主義の蹂躙にならざるを得ない。
政府に対して3つのことを要求
大学教員の会の緊急抗議声明は以上3つの重大な問題を指摘した上で、次の3点を実行するよう、政府に求めている。
1.ただちに「妥結」「大筋合意」の全内容を、附属書(譲許表、ネガティブリスト、非適用措置その他)、附属書簡、「調整中」の交換文書などを含めて、公開すること。
2.政府自身が衆参両院の農林水産委員会決議に違反していないことを明白に証明し,かつそれを両委員会が精査の上承認しない限り、今次「合意」の撤回を日本政府として他の交渉参加国に呼びかけること。それが受け入れられない場合、今後の「署名」に至るプロセスには加わらず、TPP交渉から脱退すること。
3.上の二の過程では、いわゆる業界団体に限らず、希望する最大限の一般市民・国民に「合意」の全内容を誠実かつ正確に伝達し、それら関係者、市民、国民からの意見聴取を行なう機会を、全国各地で設けること。
今回の大学教員の会の声明は、発出者である呼びかけ人の1人として私が言うのも気が引けるが、発表された「TPP合意」がはらむ問題点、未解明の論点を全面的に検討し、「妥結」と称されるものの危険な内容を知らしめる上で価値ある文書と考えている。
関係各位はもちろん、多くの国民の皆様にぜひとも一読いただき、拡散にご協力いただくことをお願いしたい。
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コメント
醍醐さん、ありがとうございます。早速、社会科教員のMLに送りました。今回は農産物についてでしたが、食の安全、医療、福祉、保険、金融など様々な分野に広がっているとききます。なんか、そのあたりもよろしくお願いします。いつも注文ばかりで失礼します。でも、すごく感謝しています。
投稿: 小浜健児 | 2015年10月10日 (土) 21時54分