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強制否認の持論を政略的に開閉する安倍首相(下)~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(7)~

2016126

安倍首相の強制否認論は理性崩壊の証し
 安倍首相が強制の広狭論を語ったり、歴史教科書に介入までして「慰安婦」問題を封印しようとする根底には何があるのかを考えていくと、自国の加害の歴史を引きずり、被害国に謝罪を続けるのを「国恥」とみなす自虐史観に行きつく。

 例えば、「朝日新聞」が一昨年856日の紙面で、「韓国済州島で若い朝鮮人を狩り出した」などと述べた吉田清治氏の発言を従軍慰安婦の強制連行を裏付ける証拠として用いた同紙の1982年以降の計16回の記事すべてを誤りとして取り消したことに関して質問を受けた安倍首相は、「慰安婦」問題に関する持論を全開させ、「現在でも、紛争下において女性の人権が侵害される、これに対して、日本は積極的に、そうした状況において女性の人権が侵害されることのないように貢献していく」と断った上で、次のように答弁している。

 「慰安婦問題については、この誤報によって多くの人々が傷つき、悲しみ、苦しみ、そして怒りを覚えたのは事実でありますし、ただいま委員が指摘をされたように、日本のイメージは大きく傷ついたわけであります。日本が国ぐるみで性奴隷にした、いわれなき中傷が今世界で行われているのも事実であります。この誤報によってそういう状況がつくり出された、生み出されたのも事実である、このように言えますし、かつては、こうした報道に疑義を差し挟むことで大変なバッシングを受けました。」
 「しかし、今回、これが誤報であったということが明らかになったわけでございます。政府としては、客観的な事実に基づく正しい歴史認識が形成され、日本の取り組みに対して国際社会から正当な評価を受けることを求めていく考えでありますし、そのため、これまで以上に戦略的な対外発信を強化していかなければならないと思っております。」
2014103日、衆議院予算委員会) 

 さらに、同じ日に開かれた衆議院の予算委員会では、次のように答弁し、自ら教科書検定に介入して「成果」を挙げたことと誇らしげに語っている。

 「基本的には、事実は強いわけでありまして、吉田清治証言が、これはでたらめであるということがかなり早い段階からわかっていたわけであります。だからこそ、きょうは中川昭一さんの命日でもありますが、中川昭一さんを中心に、それが教科書に、事実であるかのごとくの前提に強制連行を書かれるのはおかしいという運動を展開してきました。
 しかし、なかなかそれは成果を生むことができなかったのでありますが、随分時間はかかったのでありますが、しかし、だんだん強制連行の記述はなくなっていったわけであります。」(2014103日、衆議院予算委員会)

 しかし、「事実は強い」という言葉はそっくり安倍首相に返上しなければならない。安倍首相は折に触れて河野談話の見直しに言及したが、談話の取りまとめ責任者を務めた石原信雄氏(当時の内閣官房副長官)は、2014911日に放送された「報道ステーション」に出演し、吉田証言が河野談話に及ぼした影響を尋ねられた際、「「吉田証言をベースにして韓国側と議論したということはありません」、「私は繰り返し申しますけれども、河野談話の作成の過程で吉田証言を直接根拠にして強制性を認定したものではないということなんです」と語っている。また、この石原発言の後、番組では政府の慰安婦担当者の次のような証言が字幕入りで放映された。
 「私は吉田さんに実際会いました。しかし、信憑性がなく、とても話にならないとまったく相手にしないことにしました。」

 実際、河野談話のどこにも吉田証言を引用なり参照なりした箇所はない。また、この連載記事の(中)で紹介した、小林久公氏の資料リスト(「慰安婦」の強制性、違法性を裏づける公的資料)には吉田証言は含まれていない。
 つまり、「慰安婦」強制徴集の事実は、吉田証言の信憑性によっていささかも動じないのである。この点を知らないはずがない安倍首相が、「朝日新聞」が吉田証言に依拠した記事を撤回したことに小躍りして、まがいものの持論を全開させる理性の崩壊現象は見るに堪えない。
 その上、「慰安婦」徴集の場面にひたすら焦点を当て、徴集された『慰安婦」が事実上、拘禁状態の「慰安所」で、連日、多くの兵士相手に性交渉を強要された実態を直視せず、言及もしようともしない安倍首相の一片の「お詫び」が、元「慰安婦」に通じると考える方が不見識である。

 このように、愚かな自虐史観に冒されて理性崩壊に陥っている安倍首相に対し、前記の報道ステーションの番組に登場した元外務省条約局長・東郷和彦氏の発言を献上し、自分の持論が国際的理性ではどう受け止められるかを伝えておきたい。
 東郷氏は、20075月にカリフォルニア大学のサンタバーバラ大学で開かれたシンポジウムにスピーカーの一人として出席して日本の議論を丁寧に説明したが、参加者から次のように反問されたと語っている。

 「狭い意味での強制性、それがあるかないかということにこだわっている日本が本当に世界と落差があって世界の世論とかけ離れているところにいることをあなたは理解していないんじゃないか。私たちは今、自分の娘が慰安所に送られていたら、どう思うかというふうにこの問題を見るんですよと。強制連行があったかなかったかということは問題の本質ではまったくなくなっている。」

愚かなのはどちらか
 
 「小躍りして」というなら、この人の言説にも触れる必要がある。天木直人氏は自身のブログで、安倍首相が「軍の関与」を認め、日本国の首相として心からおわびと反省の気持ちを表明した点を挙げ、「これは安倍首相とその子分たちが繰り返してきた従来の主張の全面的撤回であり豹変だ」、「これまでの方針の全面否定であり、完全な転換である。これで韓国側が評価しないはずがない」、「これで元慰安婦が反発するようでは、批判は元慰安婦に向かうだろう」と日韓合意にこぎつけた安倍首相の「決断」を絶賛した。

 しかし、天木氏の予想〈期待?〉とは裏腹に、元「慰安婦」の多くは「合意」の受け入れを拒否し、10億円は受けとらないと宣言した。韓国の世論も天木氏の予想に反し、54%が合意を評価しないと答え、58%が交渉のやり直しを求めた。
 日本の野党も、安倍首相が「軍の関与」を認め、「心からのおわび」を表明したことを「問題解決に向けての前進」と評価したが、韓国の世論はこうした評価も一蹴した。
 では、元「慰安婦」や韓国の世論が安倍首相の「誠意」に応じないほど頑ななのか? そうではない。この3回の記事で見てきた安倍首相の持論、そしてそれを政略的に開閉する狡猾な言動に照らせば、そっけない「お詫び」が被害国に通じると考える方が浅慮である。
 まして、そっけない「お詫び」と趣旨も明かさない10億円の拠出で取り引きするかのように、歴史の事実の封印を要求したり、被害国の市民の意思で建立された「少女の像」を加害国が撤去を求めたりする傲慢な態度が反感を買うのは当たり前である。

 さらに視野を広げて言えば、「慰安婦」徴集の場面にひたすら焦点を当て、事実上、拘禁状態の「慰安所」で、連日、多くの兵士相手に性交渉を強要された「慰安婦」の実態を直視せず、その事実に言及しようともしない安倍首相の一片の「お詫び」が元「慰安婦」に通じると考える方が不見識である。

 他虐を自虐と言いくるめる極右派ならともかく、リベラルを自認する論者や個人の尊厳を掲げる野党が、これほどまでに「他者のまなざし」に無頓着な姿もまた、理性の「崩壊」とは言わないまでも、理性の「劣化」を意味することは間違いない。そのように劣化した理性が安倍外交に野党まで飲み込まれるという惨めな結果をもたらしているのである。 

国家責任を追及しない民衆の不作為は国家との共犯関係に通じる
 「国家責任と民衆責任」と出した徐京植氏と山田昭次氏との対話の中に次のようなやりとりがある。

   ところで、たとえば関東大震災の朝鮮人虐殺に関する先生の研究などについて、同じ研究者の間から、日本民衆に対して厳し過ぎるという批判もあったと聞き及びますが?
 山田 そうですね。はっきりとはおっしゃいませんが、国家とか、軍隊の責任は追及するけれども、あまり民衆責任については言わない方が多いようですね。
 ・・・だって、民衆責任の問題で一番大きいのは、民衆が国家責任について沈黙していることなんですよ。・・・・
   企業だけでなく日本の民衆の大多数も近現代史を通じて国家との共犯関係を保ち続けているともいえますが、こうした共犯関係をきっぱり拒絶したのが金子文子だと考えていいでしょうか?
 山田 そうです。国家はそういう人間を、歴史から抹殺してしまうわけです。なかなか国家との共犯関係をビシッと切れる日本人は少ないんですよ。」
 (徐京植『新しい普遍性へ――徐京植対話集』1999年、影書房、207208ページ)

 愚かな自虐史観に冒された持論を政略的に操作して、「慰安婦」問題を「不可逆的に」決着させるという安倍首相の外交戦略に易々と飲み込まれたリベラル左派の論者や野党の姿は、ふがいないで済む問題ではなく、加害国の国家責任を免罪する不作為を意味し、国家との共犯関係に通じる危うさをはらんでいるのである。

   派は知らず流儀は無ければ我が歌は圧しつけられし胸の焔よ
   燃え出づる心をこそは愛で給へ歌的価値を探し給ふな
   真白なる朝鮮服を身に着けて醜き心をみつむる淋しさ
    (金子文子『獄中歌集』より)




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コメント

 こんにちは。お返事ありがとうございます。
 
 さて、自虐史観という言葉は90年代後半に、藤岡信勝らの「新しい歴史教科書をつくる会」一派が旧来の教科書を罵倒するために作ったものです。

 ウィキから引くのは非常にアレですけど
 >自虐史観(じぎゃくしかん)とは、太平洋戦争後の日本の歴史学界において主流であった歴史観を批判・否定的に評価する側が用いる言葉である。彼らは、戦後の歴史観が自国の歴史の負の部分をことさら強調する一方で正の部分を過小評価し、日本を貶めるものであると主張している。https://ja.wikipedia.org/wiki/自虐史観
 ですから、安倍の歴史観とは逆です。ようするに、世界のアカデミーで論じられ共有されているような内実のことを「自虐史観」というのです。
 で、彼らは「自虐史観」の由来をGHQと左翼の陰謀で説明しています。

 安倍の歴史観はこちらの方でしょう。
>「新しい歴史教科書をつくる会」
日本の戦後の歴史教育は、日本人が受けつぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものであった。特に近現代史では、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くにあつかわれている。
冷戦終結後は自虐的傾向が強まり、現行の歴史教科書は従軍慰安婦のような旧敵国のプロパガンダを事実として記述している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/新しい歴史教科書をつくる会
 彼らによると、日本は無謬でいいことだけやって外国に苛められる可哀想な国で偉い男によって歴史が作られてきたそうです。
 ま、要するに学会で世界で通用しない自慰史観、自滅史観、自爆史観、自殺史観、自慢史観、歴史修正主義ですね。実際、「歴史はお話」「嘘も許される」「歴史教育は国策で、歴史学と無関係」と言っています。

 ちなみに彼らは自分たちの見立てを「自由主義史観」と称しています。
>教育学者の藤岡信勝が提唱した歴史観。
大日本帝国の植民地政策や対外戦争、国家主義的な内政などを批判的に論じる現在の通説的な歴史観を「日本人の自尊心を失わせる『自虐史観』」とみなして批判し、大日本帝国時代を肯定的に再評価することを主眼に置いている。「自由主義」と題しているがリベラリズムとは無関係であり、支持者も保守派・右派が大部分を占める。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%CD%B3%BC%E7%B5%C1%BB%CB%B4%D1
 という訳で、安倍の歴史観に対して皮肉ではなく、「」抜きで自虐史観という言葉を当てるのは過去の論議の積み重ねがありますので妥当ではありません。

 

投稿: L | 2016年2月 7日 (日) 17時17分

Lさんへ
いろいろと情報をありがとうございます。朴裕河氏の著書への評価は日本の「進歩的知識人」の思考の深みがいかほどかを知る教材のように思えます。私も彼女の「和解の思想」を吟味して論評しなければと思っています。
「自虐史観」は日本では通用している言葉だと思うのですが。むしろ、月並みかなと思案したのですが、とにかく、この言葉を使いました。

投稿: 醍醐 | 2016年1月28日 (木) 04時32分

名前なしさんへ
日本で、「日韓合意反対」を叫んでいるのはヘイトスピーチのグループだけというのは、惨状と思います。

投稿: 醍醐 | 2016年1月28日 (木) 04時24分

 こんばんは。
 先生の仰る通りで、第一に安倍らが悪い訳ですがそれにパククネらが乗り米政府が後押しをしている構図。そこにはハルモニたち当事者の思いは全く無縁だと。そして、この没義道を真に後押しをしたのは非常に多くの臣民達であり、尊敬を集める知識人であり、ほとんどの野党も含む政治家であると。
 また、韓国でもジャーナリストも含む少なからぬ知識人たちがこれを後押ししたそうですね。
http://roodevil.blog.shinobi.jp/韓国進歩言論/朴裕河と「同志的関係」なのはハンギョレのような韓国進歩勢力
http://roodevil.blog.shinobi.jp/韓国進歩言論/朴裕河と「同志的関係」なのはハンギョレのような韓国進歩勢力(2)
http://roodevil.blog.shinobi.jp/変質者列伝/朴裕河と「同志的関係」なのはハンギョレのような韓国進
http://roodevil.blog.shinobi.jp/日韓2013年体制/韓米日国連、全部クソ
http://roodevil.blog.shinobi.jp/朝鮮・韓国/朴裕河と日韓合意にまつわるトピックス集 1

 石が浮き、木の葉が沈むとはこのことであります。

 先生が金子文子を引用なさったのでびっくりしました。社民党は、福島みずほさん個人かもしれませんが、毎年、大逆事件のシンポをやっています。ある年、講師の方が大逆事件繋がりだからと金子文子について話してくださったことがありました。(31分頃)https://www.youtube.com/watch?v=KqoTq5xFBqc
 福島さんには頑張って欲しいです。

 教科書の件ですが、安倍も河野・村山談話などを踏襲していますから、理屈で言えばこれに沿って記述しても検定に通るはずです。まあ、新検定基準には、”気に入らない罪で一発却下”の規定もありますが。その筋の集会でのお話を伺うと、教科書に書く事を避けているのは、吊るし上げられ攻撃や忌避でほとんど採用されないことを恐れてのことのようですね。
 それから、最後から2つ目の段落の
>愚かな自虐史観に冒された持論
の”自虐史観”という用語選びは、皮肉としてでしょうか?
 ありふれた用語選びだと、歴史修正主義、自慰史観、自爆史観、自滅史観と言った言葉を用いるところなのでしょうが。

投稿: L | 2016年1月27日 (水) 01時39分

戦時の性奴隷や「外国人」徴用の問題、戦後の北朝鮮帰国事業の問題、日本人拉致事件、以上の3案件についての日本人の態度には、左右を問わず、人権軽視・無視が色濃く表れているのですね。
そして、いずれの案件にも外国が絡んでいるので、外国人蔑視と自国中心思想が現れる。
国家の論理が人権を圧殺することに鈍感なのが現在までの日本民族です。
共産党だって、金天海たちかつての党幹部や渡北日本人家族すら見殺しにしたままですからね。

投稿: | 2016年1月26日 (火) 14時27分

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