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安保法案の採決「不存在」へのこだわり

201629 

国会内の重要な動き
 先日、ある大学教員の方から、24日の『中日新聞』に次のような記事が出ていることを知らせてもらった。

「安保法「可決」追記 議事録の調査要求 参院議運委で野党
 参院の議員運営委員会は四日午前の理事会で、安全保障関連法を「採決」したとする昨年九月十七日の特別委員会の議事録問題について協議した。野党側は参院特別委の議事録で、委員長発言を「聴取不能」とした後、「速記を開始し可決すべきものと決定した」との文言が追記されていることについて、同様の追記方法が過去にあったかどうかなどを事務局に調査するよう正式に求めた。

 野党側理事の吉川沙織氏(民主)は調査を求めた理由を記者団に「野党側は議事録掲載の経緯を明らかにするよう、参院事務局などに求めていたが、昨年秋に臨時国会が開かれず協議の場がなかったためだ」と説明した。調査委決壊は次回以降の理事会で示される。

 速記の中断や開始は、審議の休憩や再開を意味する。野党側は、審議の細管が確認できない中で採決が行われたことを問題視してきた。採決をめぐっては、野党側は「委員長の声は全く聞こえなかった。理事会での与野党協議もなく築城したのは納得できない」と反発してきた。弁護士や研究者の間からも、議題や結果の宣告の聞き取れない中での採決は「法的に認められない」との声が上がっていた。」

 見落としていたが、『東京新聞』の夕刊にも同文の記事が載っていた。

道理へのこだわり
 こうした国会の動きは遅きに失した感は否めないが、市民の間でもあの「採決」の体をなさない議事進行に対する怒りは収まっていない。
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6日、名古屋に出かけて「安保報道の検証とNHK改革への提言」というテーマで話をさせてもらった後の質疑の中でも、「天皇陛下がご臨席される国会であんな無茶がまかり通ったままでよいのか。この先、何かやれることはないのか」という発言、質問があった。「天皇陛下のご臨席」云々という言葉が挿入された意味は忖度しないとして、「採決」の外形すらない917日の参院安保特別委員会の異常な議事進行は日本の憲政史上まれに見る汚点である。
 しかし、野党や市民団体の安保法案反対運動が、こうした法案審議の決定的な「瑕疵」を素通りし、法案は成立したことにして「安保法廃止」を求める運動に切り替わっていったことに私は強い違和感――道理へのこだわりの不徹底――を感じてきた。

「規則」「先例録」にことごとく反する議事進行
 そのような中で、遅まきながら、上記のような動きが国会で現れたことは歓迎したい。ただ、特別委委員長の指示にしたがったまで、などという事務局からの通り一遍の回答や、与党判断で「可決」という文言が議事録に追加された(『東京新聞』20151012日)不当行為をまかり通らせてはならず、参議院議事規則に従った議事進行がなされなかった事実が確認されるまで徹底究明されなければならない。

 参議院事務局『参議院委員会先例録』(平成25年版)には次のような記載がある。小学校のホームルームの規則を紹介するようで気が引けるが、そうも言っていられないので引用しておく。①②は醍醐の追加。

155 採決は、挙手又は起立の方法によるのを例とする
 ①採決を行うには、委員長は、まず、表決に付する問題を宣告する。
委員会における採決は、挙手又は起立の方法によるのを例とするが、異議の有無を諮ってこれを行った例も多い。
 ②挙手又は起立により採決するときは、委員長は、問題を可とする者を挙手又は起立させ、挙手又は起立者の多少を認定して可否の結果を宣告する。
(以下、省略) 」(150~151ページ)

 昨年917日の参院安保特別委の議事進行は、この「先例録」にことごとく反するものだったことは一目瞭然である。

 速記録には「議場騒然」「速記不能」という記載のみだった。特別委終了後、廊下で報道陣からマイクを向けられた福山哲郎理事(民主党)は、「可決はされていません。委員長が何を言ったかわからない。いつ動議を出したのか、採決されたのかわからない」と吐き捨てるように発言した。井上哲士委員(共産党)も 「そもそも動議が出たのかどうかも、委員長が何を発言したのかも誰もわからない。だからこれは全く無効」と語った(朝日デジタル、2015年9月17日、19時28分)。

 実況中継をしていたNHKの高瀬耕造アナウンサーも「委員長の姿は多くの委員の姿に隠れて見えない状況になっています」、「委員長の発言はまったく聞き取れない状況になっています」と語った。
 中継に同席し、「法案は可決された模様です」と語った田中泰臣・政治部記者も当日23時から放送されたNHK WEB NEWSに出演して「私自身も今、何が行われているのかということが正直言ってわからない状況でした」と発言している。

   このNHK WEB NEWSでは番組放送中、視聴者から寄せられた投稿(ツイッター)がテロップで次々と流されたが、そこには次のような感想が続いた。

「あれ、採決取ってないじゃないか! あれで可決が成立ですか @sekicot

「今回の採決、議事録は取れているのでしょうか? 委員長何を言っているのか全くわかりませんでしたが @sotentyou

「佐藤議員が手で立てと合図して自民党議員が立ち上がっている様にしか見えない @reteracy

「採決の映像は子ども達に見せられないと思ったのは私だけですか?? @pyongkichi

議事録ねつ造
 
 こうした一連の証言をまとめると、
 
*鴻池委員長が事前の進行案にそって議事進行を宣告したとしても、何を今、表決に付そうとしたのか、宣告の声は大半の委員には全く聴取できていない。それでも与党委員が断続的に起立したのは自民党の佐藤理事の合図に呼応したものであって、鴻池委員長の表決の宣告、起立を促す発言に従ったものではない。よって、参院議事規則も上記の「先例録」の①も全く満たしていない。

*鴻池委員長は委員長席から委員の姿を見える状況になかったから、起立の多少を認定できる状況になかった。よって、これも参院議事規則と上記の「先例録」の②を全く満たしていない。

*議事の実態が以上このようなものであったにもかかわらず、閉会後、委員長の「認定」なるものや「与党の判断」で、存在もしない「可決」を議事録に追記したり、実際にはなされなかった公聴会報告を議事録の末尾に「参考」と称して追録したりするのは、議事録のねつ造以外の何物でもない。

追加された議事録も欠陥だらけ
 さらに、追加された議事録も瑕疵だらけであることを指摘しておかなければならない。
 というのも、委員会室で行われたといわれる5件の「採決」―-質疑打ち切り動議、安保関連2法案、鴻池委員長に審査報告書の作成を一任する動議、付帯決議――
のうち、安保2法案に関する「採決」以外は、案件ごとに採決がされたことを証する記録がないということである。
 例えば、追加された議事録の
末尾に、「右両案の質疑を終結した後、いずれも可決すべきものと決定した」と記されているが、自民党の山本一太議員から提案され、「採決」されたとされる質疑打ち切り動議の「採決」が宣告され、起立多数で「可決した」という記録自体がないのである。
 同様に、これでは、鴻池委員長に審査報告書の作成を一任したとされる5番目の「採決」も、外形上存在しないと同時に、議事録の上でも存在しない。
 記録(議事録)とは存在を裏付ける唯一の証拠である。委員長の「認定」がこれに代わり得るはずがない。議事が終了した後で、委員長が廊下で「可決した」と発言したら、委員会室で存在しなかった「採決」が「創作」され、法案が「可」と決せられるなら、委員長独裁以外の何物でもない。

 国会議員は、立憲主義を語る以前に、このような子供にも見せられない国会の非行、不正行為を撤回し、法案の審議をやり直すことが先決である。有権者はこのことをしつこく質し続ける必要がある。

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コメント

全く同感です。国会には国民に審議した内容を知らせる義務があります。それが次の選挙での参考となります。議院内閣制のもとでは、国会が内閣に対決していくのは難しいかもしれません。しかし、憲法には、「内閣は連帯して国会に責任を負う」とあります。国会は内閣に十分な説明を求める使命があります。国会中継をみていると、秘密保護法の影響か、「その問題は相手国があるので申し上げられません」と逃げている。国会は内閣に対してきぜんたる態度をとるべきだ。また、国民を軽視した発言・行動はしてはいけない。「決められない政治」とメディアは煽った。いま、「決められすぎ」と思うのですが、メディアの責任も問いたい。

投稿: 小浜健児 | 2016年2月 9日 (火) 21時17分

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