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徐京植氏の和田春樹氏に対する全面批判の論稿を読んで(上)~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(9)~

2016312
 

 標題の連載テーマについて128日に8回目の記事を書いてから、次は朴裕河『帝国の慰安婦』論やら、上野千鶴子氏の「従軍慰安婦」論について論評したいと思いながら、長らく中断してしまった。
 今回、続編を書こうと思い立ったのは今朝の『ハンギョレ』新聞に「日本知識人の覚醒を促す 和田春樹先生への手紙」と題する徐京植(ソギョンシク)氏の長文の寄稿が掲載されたことを知ったのがきっかけである。まずは、3回に分けて掲載された徐氏の論稿のURLと小見出しを書き出しておきたい。

徐氏の論稿の構成
 
1http://japan.hani.co.kr/arti/international/23573.html
  ・「最終解決」
  ・暗鬱な風景
  ・初心
  ・「第四の好機」
2http://japan.hani.co.kr/arti/international/23576.html
  ・アジア女性基金
  ・亀裂
  ・初期設定の誤り
  ・逆方向のベクトル
  ・現実主義
  ・当事者のため?
3http://japan.hani.co.kr/arti/international/23577.html
  ・朴裕河現象
  ・「邪悪なる路」

理よりも「同志的」心情を立てる日本社会にとっての反面教師
 徐氏の論稿に触発された―――言うまでもなく無批判的な「共感」ではない―――のは2つの理由からである。
 一つは、徐氏が、「私自身の肉親も含めて、苦難を嘗めた者たちからみれば、恩人ともいえる」和田春樹氏に対し、心情を絡めず、和田氏の「和解の思想」に対し徹底した理性的全面的な批判を展開している点である。
 
たとえば、徐氏は、和田氏がアジア女性基金を推進する中心的人物に就いたことに「驚愕した」と記し、1953年、日韓会談が「久保田発言」で中断されたとき、当時17歳の高校生であった和田氏が、「昔のことはすまなかったという気持ちを日本側がもつか持たぬかは会談の基礎、この点について歩み寄りの余地はない」という韓国側の主張は「朝鮮民衆の声」であり傾聴されるべきだと思った、そのとき以来、自分は日本国民の考えが改められるように願ってきた、と語ったことを振り返り、「その思いがなぜアジア女性基金推進へと繋がっていくのか、論理がうまくつながりません」と疑問を突きつけている。

 さらに、徐氏は、「当事者のため?」という小見出しがついた箇所で、基金の「償い金」支給事業を正当化するときに、よく用いられる「被害当事者は高齢化しており残り時間は少ない。せめて償い金を受け取ってもらって心の安らぎを与えたい」という物言いを「国家責任回避装置であるアジア女性基金に『道徳』」という粉飾をこらす機能を果たしている」と切り込み、こうしたレトリックの普及に小さくない役割を買って出た「〔和田〕先生は徹頭徹尾、国家によって利用されたということになるでしょう」と断罪している。

 日本社会では、「世間」と称される空間ばかりでなく、左派とかリベラルとか称される人々の間でも、否、そうした人々の間ではよけいに、過去の親交とか「同志的配慮」とやらを理由(口実?)にして、原理原則に関わる意見の相違を脇に置く傾向が強まっているように見受けられる。それが強権政治や右派イデオロギーと思想的に対峙できない脆弱さの原因にもなっている。
 今回の徐氏の寄稿は、このような日本社会の理性よりも心情を立てる陥穽、長い目で見た共同の意思の思想的底上げよりも、当座の協調を重んじる機会主義的言動の危うさに身をもって警鐘を鳴らすかのような論理の切れの良さ、鋭さがちりばめられている。この点に私は魅せられた。

日本のリベラル知識人の思想の真贋に対する問いかけ
 
 私が徐氏の寄稿に注目したもう一つの理由は、「日本知識人の覚醒を促す」という寄稿のメイン・タイトルにもあるように、徐氏が和田春樹氏の「和解の思想」の質を問うだけでなく、「リベラル」という枕詞を付けられる日本の知識人の思想の質の真贋にまで鋭く、仮借なく切り込んでいる点である。

 たとえば、寄稿の(3)で徐氏は「朴裕河現象」を取り上げ、同書の歴史認識と「和解の思想」の特徴的な誤りを鋭く指摘すると同時に、「朴教授の著作そのものよりも深刻な問題は、それが日本で持てはやされている現象です」と危惧を提起している。
 この点をさらに、踏み込んで徐氏は、「『帝国の慰安婦』には(しばしば互いに矛盾する)いろいろなことが書かれていますが、執拗に繰り返される核心的主張は、慰安婦連行の責任主体は『業者』であり『軍』ではない、『軍』の法的な責任は問えない、というものです」と指摘すると同時に、「この主張は、実際のところ、長年にわたる日本政府の主張と見事に一致しています」、「安倍首相が『人身売買の犠牲者』という言葉を使うのも、『業者』に責任転嫁して国家責任を薄めようとする底意を表しています」と続けている。
 ここで徐氏が強調するのは、「嘆かわしいことは、このような朴教授の著書が日本ではいくつかの賞を受賞し、人気を得ている現象」である。徐氏は「なぜ、こういうことが起こるのだろうか?」と自問、かつての自著「和解という名の暴力」で述べた次のような推論を改めて記している。

 「朴裕河の言説が日本のリベラル派の秘められた欲求にぴたりと合致するからであろう。/彼らは右派の露骨な国家主義には反対であり、自らを非合理的で狂信的な右派からは区別される理性的な民主主義者であると自任している。しかし、それと同時に、近代史の全過程を通じて北海道、沖縄、台湾、朝鮮、そして満州国と植民地支配を拡大することによって獲得された日本国民の国民的特権を脅かされることに不安を感じているのである。」

 徐氏のこの前段の指摘は、以前、この私設のブログにもコメントとして紹介があった。正直な感想として、「日本国民の国民的特権を脅かされることに不安を感じている」という意識が日本のリベラル派にも浸透しているとまで私は考えていない。この点では徐氏と認識を異にしている。

「お詫び」は日本人が自らの「良心」を慰めるためのものではなかったか?
 しかし、ありていに言うと、安倍政権批判を繰り広げる日本の市民の間で―――さらに、そのような行動を呼びかけているメンバーや革新政党の間でもーーーアジア女性基金が「被害者救済のためではなく、まして、日本国家の責任を明らかにして新たな連帯の地平を切り開くためでもなく、日本人が自らの『良心』を慰めるためのものだったのではないのか。それは謙虚の衣をまとった自己中心主義ではないのか、その心性を克服することこそが問われている課題ではないのか」(徐氏、今回の寄稿の(2))という洞察をどこまで理解できるのか、この問題にどれほど関心を向け、理性的に考える思想を持ち合せているのかという疑問を私は拭えないでいる。

 こうした疑義、批判、思想面のもろさは、昨年12月の日韓「合意」の際に安倍首相が従軍「慰安婦」問題について韓国政府に「お詫び」の言葉を伝え、「日本軍の関与」を認めたことを以てーーー「不可逆的」という条件が付けられたことも、10億円の拠出と交換条件で日本政府が「少女像」の撤去を要求したという加害国と被害国の関係を倒錯したような外交にも一切触れず―――「慰安婦」問題の解決に向けた前進と評価した日本の革新政党にも、当てはまる。

 徐氏も指摘するように、この日韓「合意」はアジア女性基金設立の時と同じ「和解の思想」を低意とし、韓国政府がそれに卑屈に同調した結果、成立したものである。そこでも、日本政府の「お詫びの言葉」は、朝鮮半島の「被害者救済のためではなく、まして、日本国家の責任を明らかにして新たな連帯の地平を切り開くためでもなく、日本人が自らの『良心』を慰めるためのものだったのではないのか」という根本的疑義を私は持っているし、なによりも当の被害者や韓国社会にそのような疑義や不信が今も渦巻いている。こうした事実について黙して語らずの態度のまま、立憲主義の基礎には個人の尊厳を重んじる思想があると当の革新政党に言われても心底から信任はできないのである。


 替えられし弁当の砂に額伏せて食(は)めばたちまち喚声あがる

 喚声にかこまれて食(は)む砂の粒声こらえつつ地を這うわれは

 隠滅のはてに還らぬ慰安婦ら朝鮮おみなと知れば悲しく

 侵略戦争語らず詫びず恥じるなく戦後を了(お)えて日本は強し

  (李正子『鳳仙花のうた』磯貝治良・黒古一夫編『<在日>文学全
    集 17巻 詩歌集』2006年、勉誠出版、に収録)



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コメント

前田彰さんらが下記のような署名をしています。私も賛同しました。
『帝国の慰安婦』事態に対する立場


『帝国の慰安婦』事態に対する立場


日本軍「慰安婦」問題について深く考えこの問題の正当な解決のために努力してきた私たちは、朴裕河教授の『帝国の慰安婦』に関連する一連の事態に対して実に遺憾に思っています。


2013年に出版された『帝国の慰安婦』に関連して、2014年6月に日本軍「慰安婦」被害者9 名が朴裕河教授を名誉毀損の疑いで韓国検察に告訴し、去る11月18日に朴裕河教授が在宅起訴されました。これに対し、韓国の一部の学界や言論界から学問と表現の自由に対する抑圧であるという憂慮の声が出ており、日本では11月26日に日本とアメリカの知識人54名が抗議声明を発表しました。 私たちは原則的には研究者の著作に対して法廷で刑事責任を問うという方式で断罪することは適切でないと考えます。しかし、今回の検察の起訴が『帝国の慰安婦』によって甚大な心の傷を受けた日本軍「慰安婦」被害者たちによってなされたという点を考慮する時、今この時点で今回の起訴について評価することには極めて慎重であらねばならないと考えます。


私たちがもっと憂慮することは、この一連の事態が問題の本質から離れ、学問と表現の自由へと焦点を移しているという点です。日本軍「慰安婦」問題が日本の国家機関の関与のもと本人の意思に反して連行された女性たちに「性奴隷」になることを強いた、極めて反人道的かつ醜悪な犯罪行為に関するものであるという事実、その犯罪行為によって実に深刻な人権侵害を受けた被害者たちが今この瞬間にも終わることのない苦痛に耐えながら生きているという事実こそが、何よりも深刻に認識されなければなりません。その犯罪行為について日本は今、 国家的次元で謝罪と賠償をし歴史教育をしなければならないということが国際社会の法的常識です。しかし、日本政府は1965年にはその存在自体を認めなかったため議論さえ行われなかった問題について1965年に解決されたと強弁する不条理に固執しています。日本軍「慰安婦」被害者たちはその不条理に対し毎週水曜日にすでに1200回以上も「水曜デモ」を開催しており、高齢の身をおして全世界を回りながら「正義の解決」を切実に訴えています。私たちは、これらの重い事実を度外視した研究は決して学問的でありえないと考えます。


私たちは、『帝国の慰安婦』が事実関係、論点の理解、論拠の提示、叙述の均衡、論理の一貫性などさまざまな面において多くの問題を孕んだ本であると思います。既存の研究成果や国際社会の法的常識によって確認されたように、日本軍「慰安婦」問題の核心は日本という国家の責任です。それにもかかわらず『帝国の慰安婦』は、責任の主体は「業者」であるという前提に基づいています。法的な争点に対する理解の水準はきわめて低いのに比べて、主張の水位はあまりにも高いものです。充分な論拠の提示をせずに、日本軍「慰安婦」被害者たちが「日本帝国に対する『愛国』」のために「軍人と『同志』的な関係」にあったと規定することは、「被害の救済」を切実に訴えている被害者たちに更なる深刻な苦痛を与えるものであるといわざるをえません。このように、私たちは『帝国の慰安婦』が充分な学問的裏付けのない叙述によって被害者たちに苦痛を与える本であると判断します。ゆえに、私たちは日本の知識社会が「多様性」を全面に押し出して『帝国の慰安婦』を積極的に評価しているという事実に接して、果たしてその評価が厳密な学問的検討を経たものなのかについて実に多くの疑問を持たざるをえません。


私たちは、この事態を何よりも学問的な議論の中で解決しなければならないと考えます。韓国と日本と世界の研究者たちが問題について議論し、その議論の中で問題の実態を確認し解決方法を見つけるために、ともに知恵を出し合うことが必要であると思います。そこで、私たちは研究者たちが主体になる長期的かつ持続的な議論の場を作ることを提案します。また、その一環として、まず朴裕河教授や『帝国の慰安婦』を支持する研究者たちに、可能な限り近いうちに公開討論を開催することを提案します。 最後に、私たちは名誉棄損に対する損害賠償請求と告訴という法的な手段に訴えねばならなかった日本軍「慰安婦」被害者らの痛みを深く反芻し、日本軍「慰安婦」被害者たちにさらなる苦痛を与えるこのような事態に陥るまで私たちの思考と努力が果たして十分であったのかどうか深く反省します。また、外交的・政治的・社会的な現実によってではなく、正義の女神の秤が正に水平になるような方法で日本軍「慰安婦」問題が解決されるよう、更なる努力を重ねていくことを誓います。

2015. 12. 9.

日本軍「慰安婦」被害者たちの痛みに深く共感し

「慰安婦」問題の正当な解決のために活動する研究者・活動家一同


投稿: 小浜健児 | 2016年4月29日 (金) 14時56分

以前、メールしたこと<第2弾>
新聞社説:日韓合意~「慰安婦」問題(15/12/29)

私は、安倍首相の「私たちの子や孫、その先の子供たちに、謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない。今回はその決意を実行に移すための合意だった」にすべてが凝縮されていると思う。
安倍首相は「慰安婦」実態、制度、その国際法上の違法性を認める気はさらさらない。
韓国政府に、日本大使館前の「少女像」の撤去を要求した。また、再び、「慰安婦」問題を出さないように要求した。
また、世界へも、日本の「慰安婦」問題を国際問題として、今後、扱わないように要求した。

私は謝罪するのではない。事実を認め、二度と繰り返さないように決意することだ。そのために、子や孫、さらに先の世代まで、この事実を継承していくことが必要だと思う。

以下、新聞社説を記録する。

朝日新聞:慰安婦問題の合意 歴史を越え日韓の前進を
    http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_gnavi

毎日新聞:慰安婦問題 日韓の合意を歓迎する
    http://mainichi.jp/articles/20151229/ddm/005/070/153000c

読売新聞:慰安婦問題合意 韓国は「不可逆的解決」を守れ
    http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20151229-OYT1T50009.html

産経新聞:慰安婦日韓合意、本当にこれで最終決着か 韓国側の約束履行を注視する
    http://www.sankei.com/column/news/151229/clm1512290002-n1.html

日経新聞:「慰安婦」決着弾みに日韓再構築を
    http://www.nikkei.com/article/DGXKZO95652890Z21C15A2PE8000/

東京新聞:従軍慰安婦問題で合意 「妥結」の重さを学んだ
   http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015122902000131.html

北海道新聞:慰安婦問題合意 日韓は一層歩み寄りを
    http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0037747.html

河北新報:慰安婦問題合意/誠実に履行し不信解消を
    http://www.kahoku.co.jp/editorial/20151229_01.html

東奥日報:歴史を直視 真の和解を/日韓慰安婦問題合意
    http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/20151229008890.asp

秋田さきがけ:「慰安婦」決着へ 日韓融和、加速させたい
    http://www.sakigake.jp/p/akita/editorial.jsp?kc=20151229az

岩手日報:慰安婦問題解決へ 日韓新時代を歓迎する
    http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2015/m12/r1229.htm

茨城新聞:慰安婦問題で日韓合意 歴史直視し和解進めたい
    http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu

信濃毎日:慰安婦で合意 確実に前進させねば
    http://www.shinmai.co.jp/news/20151229/KT151228ETI090012000.php

新潟日報:慰安婦問題合意 信頼関係の修復急がねば
    http://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/

北國新聞:日韓「慰安婦」合意
    http://www.hokkoku.co.jp/_syasetu/syasetu.htm

福井新聞:日韓慰安婦問題合意 真の和解へなお努力必要
    http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/editorial/86499.html

京都新聞:慰安婦問題合意  日韓関係の新たな出発点に
    http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/index.html

神戸新聞:慰安婦「決着」/日韓の真の和解につなげねば
    http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201512/0008683036.shtml

山陽新聞:慰安婦問題合意 新たな日韓関係の一歩に
    http://www.sanyonews.jp/article/278548/1/?rct=shasetsu

中国新聞:慰安婦「解決」で合意 真の和解へ努力をしたい
http://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=210538&comment_sub_id=0&category_id=142

山陰中央:慰安婦問題で日韓合意/真の和解にさらなる努力を
 http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=556724033

愛媛新聞:慰安婦問題決着で合意 真摯な反省を関係改善の一歩に
    http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201512290117.html

徳島新聞:慰安婦日韓合意 誠実な履行で最終決着を
    http://www.topics.or.jp/editorial.html

高知新聞:【慰安婦問題決着】日韓合意の確実な実行を
    http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=349665&nwIW=1&nwVt=knd

西日本新聞:日韓外相会談 真の和解へ向けた一歩に
    http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/215690

宮崎日日:慰安婦問題 ◆歴史を直視し和解進めたい◆
    http://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_16524.html

南日本新聞:[慰安婦問題決着] 「日韓新時代」の契機に
    http://373news.com/_column/syasetu.php

沖縄タイムス:[慰安婦問題で合意]関係改善の機が熟した


河野官房長官談話後に発見された日本軍「慰安婦」関連公文書等を公開しました
    http://wam-peace.org/20150804/

日本軍「慰安婦」研究会設立準備会による声明「日本軍「慰安婦」問題、早まった「談合」を警戒する」発表
    http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=966

投稿: 小浜健児 | 2016年4月29日 (金) 14時25分

以前、メールしたものから。
日韓合意~「慰安婦」問題について、やはり納得できない。
1 日本政府は、「慰安婦」事実をどこまで認めたのか。また、河野談話にあるように、「慰安婦」を学校教育で扱っても問題ないのか。
2 韓国政府は、なぜ、ソウルの日本大使館前の「少女像」撤去に合意したのか。
3 国連事務総長は「歓迎」を表明したという。それなら、今まで、国連が日本政府へ勧告したことはどうなるのか。

私には、日本軍(日本政府)は「慰安婦」には関与していない、そんな歴史はなかった、と安倍政権はいっているような気がしてならない。
合意内容をみても、河野談話以上ではない。それすらも到達していない。それなのになぜ、世界は「歓迎」するのか。
私には、イギリス・フランス首脳とヒトラーが会談した「ミュウヘン会議」を連想してしまう。そこまで、妥協する政治力って何だろう。日本の自衛隊が海外へ自由に派兵できることと関係あるのか。

男性である私は、戦場で「慰安婦」は必要であるとか、戦争では「レイプ」はつきものという発想に嫌悪感を覚える。女性からそのような目で男性をみられているとしたらいたたまれない。「慰安婦」問題は男性からの問題関心も必要だ。当たり前だという認識があるなら、それを変えるような思考転換を図りたい。また、その原因である戦争を起こさない状況をつくりたい。

NHK:元慰安婦の支援団体“少女像 韓国内外でさらに設置”
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151230/k10010357221000.html

   :慰安婦問題の記憶遺産申請「不参加」 韓国が否定
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151229/k10010356481000.html

時事通信:「誤解生む言行ないよう」=慰安婦合意で日本側に-韓国外相
    http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015123000489

天木直人:慰安婦問題を決着した安倍首相の正しい評価はこれで決まりだ
    http://new-party-9.net/archives/3173

金原徹男:「慰安婦」問題についての日韓外相記者発表を読んで歴代総理大臣の「お詫びの手紙」を思い出す
    http://blog.livedoor.jp/wakaben6888/archives/46423096.html

澤藤統一郎の憲法日記:「従軍慰安婦」問題 国家間での合意が真の解決ではない
    http://article9.jp/wordpress/?p=6131

村野瀬怜奈:韓日間の「大日本帝国軍性奴隷制度歴史認識問題」。日韓政府が当事者の元・慰安婦の被害者のハルモニたちを置き去りにしたことを深く悲しむ。
    http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-6810.html

投稿: 小浜健児 | 2016年4月29日 (金) 14時22分

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