都知事選:自省なくして革新候補への支持は広がらない(2)
2016年7月27日
「眼高手低」あるいは当選あっての理想?
「だったら、人気もある候補者で勝つしかないじゃないか」というつもりはありません。しかし、「政策の現実味に根拠を!」という政策に対する〈ご意見番的存在の要求に応え〉つつ、〈少なからず存在する、政策を吟味できない有権者からの支持〉も得ることが、自民党やおおさか維新の議員が当選してしまう現在では、必要なのだと思います。
憲法学者の長谷部恭男早大教授が、「一般市民が、憲法や立憲主義について意識したり、声高に叫ばなければならない状況というのは、悲惨な状況だ」といったようなことを発言されたようです。
政策の根拠や現実性についてのチェックは、醍醐先生のような学者の方々が冶金して整えて、そして、その苦労を知らない私たちの前に、政策や公約として提示されるのが本筋なのでしょう。
「理想は高いものの実力が伴わないこと」をいう「眼高手低」という言葉があります。〈眼高〉は〈先生がた〉で、〈手低〉は〈私たち庶民〉です。しかし、これは、〈眼高〉と〈手低〉との間に《乖離がある》とか、〈眼高〉に〈手低〉が《追いつかない》と言いたい訳ではありません。〈眼高〉は〈手低〉を「理想的な方向に導くべく引き上げてくれる存在」という意味で、この言葉を、いま引きました。
<醍醐:私は持論として、「有識者」という言葉は好みません。「専門家」は真空では難しい議論をしますが、実際に起こった問題の処方箋を訊かれると、ありきたりの話でお茶を濁す場合が少なくないと感じています。
たとえば、NHK問題に関わる中で放送法第4条の解釈が問題になる時、専攻学者の解説書を読んだり、彼らと議論をしたりしても、問題になっている論点、たとえば、放送法第4条に掲げられた「政治的公平」と「多角的論点の提示」はどのような関係にあるのか、について明快な説明になかなか巡り合えません。
「専門知」が「実践知」と乖離して社会的影響力を持たない現実、「実践知」が論理的思考で冶金されず、制度論や政策論の場で俎上に乗せられない現実、これら両極に分化しているのが大きな問題ではないかと感じています。>
ぼくは、過去4年間ほど、ずっとTPPの危険性を知ってもらうべく、何千枚も、自費でコピーしてポスティングしてきました。また参院選でも、職場の周囲に、政治の話題や危険性の話題を出して、バカにされてきました。バカにされるのと孤立することは、覚悟の上で、政治の話を周囲にふってきた立場として、先生の立ち位置と視点は〈眼高〉だと思います。でも、世の中に〈眼高〉がいないと、私たちは盲目になってしまいます。しかし、有権者全体の割合で、先生のような方は、多くないと思います。
反小池キャンペーンの前にやるべきことがある
<醍醐:「原理的立場」と「実践的処方」の葛藤という点で今、私が考えているのは、両者の溝をつなぐ運動論は何かということです。私の今の発想は、大学生の間でさえ、政治の話を持ち出すとアウェイの状況を味わうという現実、地域でも政治の話をし出すと周りが引いてしまうといった現実を変えていく地味な根っこからの苦労をしないと、政治を変える確かな地盤は根付かないのではないかということです。
野党共闘は、おっしゃるとおり、自力では多数与党に立ち打ちできないという少数野党の危機感の産物といえると思います。そして個々の一人区で足し算で成果を収めたことも事実です。しかし、それでも全国的には与党改憲勢力に初めて3分の2を超える議席獲得を許した現実を直視しないわけにはいきません。
そのような選挙結果を踏まえて言えば、個々の選挙区の足し算を超えた、野党それぞれの支持率の底上げを果たす以外、政治の革新は望めない気がします。そして、その底上げのためには、社会の隅々で政治を自分の言葉で語り合う風潮、特に異なる意見と冷静に向き合い、対話する機会を育み、大切にする努力が欠かせないと痛感しています。
「アベ政治は許さない」と仲間内で唱和するよりも、なぜ有権者は改憲政党に3分の2を超える議席を与えたのか(小選挙区制の問題はありますが)、いろいろ批判される小池百合子候補がそれでも優勢と言う状況がなぜ生まれているのか、彼女の危険な右翼的体質を都民が見抜いていないことが主な理由なのか、一本化したはずの野党統一候補が2人の保守候補のあとを追うという展開になっているのはなぜなのか------都民の政治意識と向き合った政治活動という意味では、こうした点を自問し、冷静に考えることの方が、小池百合子候補の右翼的体質を暴露することに執心するよりも重要だ、と言うのが私の感想です。>
「今回のような対立の図式は、中央の選挙結果」への反動なのは、それだけ危機的状況で地盤沈下が起こっているからだ、と拝察し、生意気ながら申し上げます。
どのようにしてTPP批准を阻止できるか惑いつつ、心細くなっているくせに、長々と書かせてもらいました。
どうぞ、これからも宜しくお願いいたします。
「アベ依存症から脱却せよ」~浅羽通明さんの論説に触発されて~
<醍醐:いただいたコメントと私が今、思案している問題とが重なる地点で、考えるヒントにしたいと思っている論説を一つだけ、紹介させてもらいます。抜き書きは私が共感した箇所です。
「(耕論)瀬戸際のリベラル 浅羽通明さん、五野井郁夫さん」
(「朝日新聞」2016年7月16日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12462723.html?rm=150
まず敗北直視し絶望せよ 浅羽通明さん(著述業)
「すべて「安倍」を前提にしないと何も打ち出せない「アベ依存症」です。ライバルだけ見ているから、国民=顧客が何を望んでいるのかがさらに見えなくなってゆく。」
「思えば明治の昔から、日本のリベラル勢力は、有権者と向き合った等身大のところからビジョンや政策を立ち上がらせる姿勢に乏しい。ボトムアップが少なすぎる。」
「超長期構想と地道な地盤作り。そのためにはまず、リベラル野党が、とことん絶望する必要があります。それなのに民進党の岡田克也代表は『3年前と比べると、よくぞここまでという気持ちもある』などと、敗北を全く直視せず現実逃避している。他人から見たら体形なんて変わらないのに、『ダイエットで3キロやせた!』とはしゃぐ人みたい。まずこの甘えぶりに絶望してほしいですね。」
(聞き手・尾沢智史)>
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