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昭恵夫人のメールとFB投稿の不可思議

2017327

反証は不可能と言いながら、籠池氏の証言をなぜ全否定できるのか?
 感情に駆られるあまりに、思わぬ断定がたたって自分を窮地に追い込む愚かな人々がいる。323日に衆参両院に証人として出席した森友学園理事長・籠池泰典氏の発言に対する安倍首相や与党首脳の反応を聞くと、この言葉を思い浮かべる。

 籠池氏は、証言のなかで、201595日、安倍昭恵氏が講演のため塚本幼稚園を訪れた際、講演に先立って、園長室で同行した2人の政府職員を人払いし、籠池理事長と2人だけになったところで「安倍晋三からです」と100万円が入った封筒が差し出されたと証言した。これについて、安倍首相は324日の参院予算委員会で、「密室でのやりとりなど反証できない事柄を並べ立て、事実と反することを述べたのは誠に遺憾だ」と反論した。
 しかし、「反証できない」と言いながら、「事実に反する」と語るのは「反証」を試みていることを意味する。ただし、「では、事実はどうだったのか」を語らず、「事実に反する」と言うだけでは無に等しく、反証の体をなさない。

 「反証」を裏付ける物証なり、その場に居合わせた者でなければ語れないような状況をリアルに話せるのは、籠池氏と昭恵氏の2人である。このうち、籠池氏は、物証はなかったが、金銭が授受された時の状況をそれなりに説明した。
 となると、籠池氏の説明を反証できるのは昭恵氏以外にいないから、国会は籠池氏と同じ条件で、つまり、偽証の責を負う証人として昭恵氏を召喚し、事実関係を確かめるのが筋である。この後で紹介するフェースブックへの書き込みでは、この場合、反証にならない。

菅官房長官の会見は昭恵氏がなすべき反証の代行にならない
 NHKほか報道機関は、「安倍首相、安倍夫人に確かめると、100万円の授受などないということだった」と語る菅官房長官の会見の模様を繰り返し伝えた。しかし、「という話だった」では伝聞に過ぎず、籠池氏の証言に対する反証に値しない。そのような官房長官の発言を、籠池氏の証言とペアで報道すること自体、おかしいのである。

 2人のほか、同行した昭恵夫人付きの政府職員の少なくとも1人は、終始、昭恵氏に随行していたと言うなら、その職員からも状況を聴けばよい。また、籠池氏の言うように、昭恵氏から100万円を受け取ったことを籠池氏がすぐに幼稚園の教職員に伝えたというなら、それら教職員からもその時の状況を聴けばよい。

 「証拠を出すのは不可能だけれど、事実でないものは事実でない」と語るのは、自分の主観を同義反復するだけで、「反証」ではないし、一考に値する「反論」にもならない。

 同じく24日、自民党の高村正彦副総裁は党役員連絡会で、「23日の証人喚問で明らかになったのは、籠池さんという方が、かなりの嘘つきであるということだけだ」と述べた。二階俊博幹事長も会合後の記者会見で、籠池氏について「予備知識もないので嘘つきと決めつけて踏み込んで申し上げないが、立派な人ではないということは、だいたい誰が見ても分かるのではないか」と述べた。

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 世間話で、「お前は嘘つきだ」、「いや嘘つきはお前の方だ」とやり合うのを見かけることはある。しかし、国権の最高機関である国会に証人として喚問した人物を指して「かなりの嘘つき」、「立派な人ではない」と言い放つとなれば、それ相当の確証がなければならない。籠池氏の証言の個々の部分を捉えて虚偽というなら、それを裏付ける証拠をそろえてからだ。どの部分と限定せず、証拠も示さず、人格批判を展開するのは、それこそ籠池氏に対する「侮辱」である。
 
 では聞くが、高村氏、二階氏は籠池氏の証言の中で注目された「昭恵夫人付き政府職員を通じて、財務省国有財産管理室長の回答をFAXで受け取った」という籠池氏の証言、そのFAXに書かれた内容を「嘘」といえる証拠を持ち合わせているのか? 「昭恵夫人を通じて安倍晋三氏から100万円を受け取った」という籠池氏の証言を「にわかに信じがたい」と言うのならともかく、「嘘」と断言できる証拠を持ち合わせているのか?

 ちなみに私は、籠池氏の証言の中で、事実確認が必要な疑問点(安倍首相の名前入りの寄付金受付書を使った期間)もあるが、真実と受け取れる点(上記のFAXに関する証言)もある。また、今の時点では真偽を確定的に判断できない部分(100万円の授受など)もある。

「朕は真実なり」の独裁思考
 さらに、自民党の下村博文幹事長代行はこの23日、「首相あるいは官邸が昭恵夫人に確認したが、『寄付していない』と明確に言っている。本人から聞かなくても官邸がうそをつくはずがない」と語った。また、公明党の山口那津男代表も「事実がないものはない。これ以上やる必要はない」と述べ、昭恵氏の招致には応じない考えを示した。

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  しかし、「首相、あるいは官邸がそういっている、官邸は嘘をつかない」と信じるのは下村氏、山口氏の自由だが、首相や官邸の言うことは国政調査権を超越した真実だとなれば、その限りでは国会は要らない。
 しかし、近代立憲主義、議会やメディアによる政権監視の思想の根底には、「人民にして政府を信ずれば、政府はこれに乗じ、これを信ずること厚ければ、益々これにくけ込み、もしいかなる政府にても、良政府などといいてこれを信任し、これを疑うことなくこれを監督することなければ、必ず大いに付け込んでいかがのことをなすかも斗り難きなり」(家永三郎編『植木枝盛選集』岩波文庫、1112ページ)という思想があるはずだ。

 「ないものを証明するのは悪魔の証明」と言いつつ、自分に歯向かう人物の言動となると、反証抜きで「嘘」と決めつける一方、時の政権トップや官邸の言説は証明抜きで「真」と断定して「聖域化」するのは、政権首脳を真偽の審判者だと公言する独裁政治の発想そのものである。

不可思議な昭恵夫人の反応
 「逆は真ならず」(ここでは昭恵氏の書き込みに不自然な点があるとしても、そこから反射的に籠池氏の証言が真と断定できるわけではない、という意味)というが、逆が真かどうかは確証がないとしても、ある発言の「確からしさ」に疑問を投げかけることはできる。それはどういう場合か?

 租税の世界では、「節税」か「脱税」かのグレーゾーンに相当する「租税回避行為」をチェックする際に、「通常の経済人の行為に照らし、不自然な行為」という見立てで特定の行為を観察することがよくある。ある商品を特定国へ輸出するにあたって、合法的な範囲内で税務上のメリットを考慮したうえで行われる通例の取引では見受けない異例な形式(例えば、第3、第4国を経由するような輸出)が行われた場合、無税または低税率の国を介在させたタックスヘイブン対策ではないかという疑念を持って、それぞれの取引の経済的実質をチェックするケースなどがそれにあたる。

 先日、籠池夫人と安倍昭恵氏が交換したメールが公表された。その中で、籠池理事長が昭恵夫人を通じて安倍首相から100万円を受け取った、と発言した直後の316日、昭恵氏は次のようなメールを籠池夫人に送っている。
 
 (A)「100万円の記憶がないのですが。」

 それから1週間後、籠池理事長が証人尋問で再度、同様のことを証言したその日のうちに、昭恵氏は自身のフェースブックにこう書き込んで反論した。

 (B)「私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料を頂いたこともありません。」

 さらに続けて、昭恵氏は、そのとき、夫人付きの政府職員に席を外すよう指示したとの籠池氏の説明に対し、そのような人払いはしていない、そのことを当日、同行した職員2名にも確認した、講演の控室として籠池氏と向かい合ったのは籠池氏が言った園長室ではなく「玉座の間」だったと思うとも書き込んだ。

 しかし、(B)で昭恵氏が書き込んだように、100万円を籠池理事長に渡した事実などないと断言できるのなら、その1週間前に、なぜ、(A)のように自分の記憶を確かめるようなメールを籠池夫人に送る必要があったのだろうか?

 籠池氏が100万円の出どころと語った安倍首相は、317日の衆議院外務委員会で、「会ったこともない方に多額の寄付を私自身が行うということはありえない話で、妻や事務所など第三者を通じても行ってはいない」と明言し、みずからも昭恵夫人も寄付を行っていないと強調した。また、324日の参院予算委員会でも、前記のとおり、「事実と反することを述べたのは誠に遺憾だ」と反論した。

 こうした安倍首相の反論は、昭恵氏が、社交的なメールの文面とはいえ、「記憶にないのですが」と、いささか引けた表現をしたのとはずいぶんトーンが違っている。昭恵氏も安倍首相と同じ認識なら、きっぱりと100万円の寄付を否定するのが自然ではなかったか? 安倍首相も答弁したように、100万円という大金を持参したか否かは必死に記憶を辿らなければ確認できないような出来事だろうか? しかもそれは、10年前、20年前のことではなく、1年7カ月前のことである。昭恵氏は100万円相当の資金をたびたび他人に届けることがあって、個々の事例の日時、場所、相手方を定かに記憶できないような事情だったのだろうか?

 「昭恵夫人を通じて安倍首相から100万円をいただいた」という籠池氏の発言が事実無根なら、安倍夫妻を貶める発言であり、籠池夫人に記憶を確かめるまでもなく、昭恵氏は、直ちに籠池理事長に抗議をし、発言の撤回と謝罪を求めるのが普通ではないか?

 もう一つ、不自然なのは、かりに316日の時点で昭恵氏は真実、100万円を持参し、籠池理事長に渡した事実があったかどうか、記憶が定かでなかったとしたら、それから1週間の間に、なぜ、かくも断定的に100万円の授受を否定できるほど記憶が蘇ったのだろうか? その間に100万円の授受を否定できる物証が見つかったのなら、堂々と証人喚問に応じて、その物証を提出方々、籠池発言を否認すればよいのではないか?

〔付記〕323日の昭恵夫人のFB投稿は昭恵氏自身の原稿なのか?

 郷原信郎氏は、このFB投稿の文面をそれ以前の昭恵氏のFB書き込みと比較して、両者は多くの点で異なり、323日のFB投稿は昭恵夫人自身が書き込んで投稿したものかどうか疑わしいとし、その根拠を次のように記している。
 (以下、「郷原信郎が斬る」2017325日の投稿記事による。)

 

1)昭恵夫人のそれまでのFB投稿は、年号がすべて西暦表示、数字はすべて半角表示であるのに、323日のFB投稿では年号は元号、数字はすべて全角で表示されている。
 (2323日のFB投稿では、昭恵夫人が使うとは考えにくい、典型的な「役人用語」が多く使われている(「回答する旨」、「何らか」、「当該」、「書面でお問い合わせ」、「関与しておりません」など)。特に「旨」「当該」「何らか」などの言葉は、典型的な「官僚的、公用文書的表現」であり、そのような役人仕事、公的事務の経験がない昭恵夫人が書いた言葉としては違和感がある。

  こうした理由から、郷原氏は、籠池氏が証言した100万円の授受、ならびにその時の状況を完全否定した昭恵氏のFB投稿は、昭恵夫人自身がまとめて投稿したものではなく、別に作成された文書をフェースブックの投稿欄にコピー・アンド・ペーストしたのではないかと考えられる、と推論している。
 そのうえで、郷原氏は、内容面からしても、昭恵夫人自身が書いたものではない疑いがある、むしろ、証人喚問での籠池証言に対する「首相官邸側の反論ないし弁明」そのものであり、官邸側が作成して、昭恵夫人に投稿を依頼したのではないかとさえ思える、と論じている。

  かつて10年ほどの間、いくつかの中央省庁の審議会委員を務めた私の体験からいうと、郷原氏が指摘したように、霞が関の政府職員が書く文書では、数字は全角が通例で、半角を見かけたことはまずなかった。「・・・旨」、「当該」という用語も彼らの常用漢字の一つで、昭恵氏がそのような堅い用語を使うのは不自然に思える。

 

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コメント

 昭恵氏のFB投稿に関する多くの疑問点を具体的にお知らせいただき、ありがとうございます。昭恵氏の投稿にしては不自然な文体を直すゆとりもないほど、慌てていたのかなと思います。

 その他の方々からは重要な情報提供をいただき、ありがとうございます。拝見しました。

 佐川理財局長の「交渉記録は廃棄した」という答弁(それが事実だとして)の法令違反をほぼ検証しました。広めたいと思っています。

投稿: 醍醐 | 2017年3月29日 (水) 17時08分

先生、平成29年3月23日付でフェースブックに掲載された安倍昭恵氏のコメントについて、一読して氏名不詳の公務員が代筆したものと断言します。

そもそも、文章構成を概観しますと、公用文中に多くある「照会・回答」に関わる文章構成、乃至は、庁内通達・示達文書、若しくは、議会での質疑応答に関わる文書、等の構成であり、巷間、既に多くの国民が眼にした安倍昭恵氏のメール文とは異質な文章と断定し得るでしょう。

第一番に目を引くのは、「何等」と書く場合に「何ら」と「等」の漢字を使っていないことです。 巷間、例えばWordの場合ですが、漢字変換では、「なんら」と入力しても、第一選択肢として「何等」と変換される処、第二選択肢の「何ら」と仮名を充てるのは、公用文作成が手慣れた人物に依る文章である証左、と言えるでしょう。 何故なら、公務員は、公用文作成に当たっては、「公用文作成の要領」以下の関連通達に則る様々な規範に束縛されるからです。 

そして、同要領には、漢字「等」の表記は、「とう」と読む場合に限り表記すること、とされている処から、同要領とそれに基づく参考資料等に馴染んだ者、即ち、公務員に依る、と考えられるのです。

公用文作成の要領(昭和27年4月4日内閣閣甲第16号)とは、公用文の表記の改善を目的として1952年(昭和27年)4月4日に内閣が内閣閣甲第16号として各省庁の次官宛に発出した通達(指示文書)のことです。 今日では、本通達に基づく用語法の拡充から、各種書式と文例を満載した参考書が数種類出版されていますし、就中、法令作成の実務参考書も何種類も出版されています。

「旨」であるとか、「当該」であるとか、公務員の常套語彙が出て来るのは、文意を明確に、端的に表現するためであり、出来得る限り、解釈の余地の無いように表現するためです。 

従って、公用文に頻出する行政用語の辞典が存在します。 法制執務程の厳密さを要求されない程度の文章であっても為るべく文意を厳密にするべく努めるのが官庁内での共通認識であるからです。

また、「秘書に対して書面でお問い合わせいただいた件」についての返事を「回答」と捉えるのは、要望、陳情等への「回答」文作成事務に倣ったのでしょう。

極め付きは、年月日です。 西暦では書けない「癖」が骨にまで染みついているのでしょうか。 和暦に依る場合には、漢字に半角数字を混入せず、全角に依るのも同じです。 馴れなので、代筆者は、特に意識はしていないでしょう。 

議会答弁書作成等に慣れた者ならば、反論根拠を把握していれば、即時に作成出来得るものと思われます。

(同様の拙稿を「ちきゅう座」に投稿しておりますが、掲載されたものには、問題箇所明示のための符号が欠落しております。) 

投稿: 熊王 信之 | 2017年3月29日 (水) 15時09分

昭恵のあの「反論」には官僚作文を疑えるおかしな点がまだまだありますね。
たとえば、籠池の事は「さん」付けの苗字だけど、谷については「秘書」や「当該秘書」。
以前は「谷さん」だったのにね。

投稿: バッジ@ネオ・トロツキスト | 2017年3月29日 (水) 13時28分

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