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悲しみを求める心~心の友 尾崎翠の作品に寄せて(1)~

2018630

もはやいかなる権威にも倚りかかりたくない

 茨木のり子は「倚りかからず」と題する詩の中でこう綴った。
 
  もはやできあいの思想には倚りかかりたくない・・・
  もはやできあいの学問には倚りかかりたくない・・・
  もはやいかなる権威にも倚りかかりたくはない 
  ながく生きて心底学んだのはそれぐらい
  (『倚りかからず』1999年、筑摩書房、所収)

 茨木のり子がこう書き留めたのと同じ年齢になって私も同じことを実感している。
 今どきの「リベラル」とやらの薄っぺらな言動、狭い同心円の中でしか通用しない、威勢のよい安倍批判をぶって喝采を浴び、得意げになっている「学者」面々、なぜ後退したかを吟味せず、減ったから増やせとハッパを掛ける組織の不条理な方針に(表向き?)忠実に従う「前衛」党員・・・・どれも私には偽善としか思えない。

 それでも、私にとって「心の友」と呼べるのは数人の故人――金子ふみ子、高見順、坂口安吾、茨木のり子など――である。もはや自分を偽る後知恵を持たないという安心感からだけではない。
 尾崎翠(1896~1971 もその一人だが、彼女のことを知ったのは、連れ合いが集めた女性文学者の書物の書棚にあった『尾崎翠全集』1979年、創樹社)を何気なく開いたのがきっかけだった。今から78年前のことだったと思う。

死の悲しみに心を打ちつけて居たい

 前置きはこれくらいにして、今でも私を惹きつける彼女の作品3編を順次、書き留めておきたい。
 以下で紹介する短編について、『全集』に付けられた「尾崎翠年譜」(稲垣真美作成)には、こう記されている。
 「1916年(大正5) 20
  4月、『文章世界』論文欄(相馬御風選)に「悲しみを求める心」
  が入賞。少女時代の父の死を振り返ったもので、肉親の死を超え
  た生死の姿への洞察がみられる。」

          悲しみを求める心(抜粋)

 「私は死の姿を正視したい。そして真に悲しみたい。その悲しみの中に偽りのない人生のすがたが包まれてゐるのではあるまいか。其処にたどりついた時、もし私の前に宗教があったら私はそれに帰依しよう。又其処に美しい思想があったら私はそれに包まれよう。」

 「私が願ふのはその心の永続である。絶えず死の悲しみに心を打ちつけて居たいのである。それは決して無意味な悲しみではない。私の路を見つけるための悲しみである。」

 「あの頃の私がたどったやうに、幼いから若いからと言ってそれに長いたのしい生を求めることは不可能なことであった。死を悲しむ後に見出す生のかがやき。それを得ようと私は一歩ごとの歩みをつづけて行かなければならない。」

苦しみの日々、悲しみの日々はひとを少しは深くするだろう

 冒頭、引用した茨木のり子の詩集の中にもこんな詩がある。

       苦しみの日々 哀しみの日々(抜粋)

  苦しみの日々 
  哀しみの日々
  
それはひとを少しは深くするだろう
  
わずか五ミリぐらいではあろうけれど

  
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
  
あれはみずからを養うに足る時間であったと

  
苦しみに負けて
  
哀しみにひしがれて
  
とげとげのサボテンと化してしまうのは
  
ごめんである

  
受けとめるしかない
  
折々の小さな刺や 病でさえも
  
はしゃぎや 浮かれのなかには
  
自己省察の要素は皆無なのだから



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